第93話 作戦開始
日本のターンです
ーーアルフヘイム神聖国 第1防衛線 ウルバーゴ高壁
石と巨木の根が複雑に絡み合う事で出来た高壁は、王都を囲む形になっており、この壁を越えられてしまうと、王都は蹂躙されてしまう。
今まさにその危機的状況にあった。
「撃てぇぇーー!!!」
ダダダダダーーーーンッ!!!
ドォォンッ!!!
パパパパッ!パパッ!
ボゴォォ…ンッ!
ハルディーク皇国軍の大軍がウルバーゴ高壁を囲むように攻撃を仕掛けていた。今までの地形とは違い、大きく複雑な形をした根がそこら中に張り巡らされている為、魔導蒸気戦車は比較的根の少ない正門のある南側から攻撃を仕掛け、他は『合成獣』や歩兵で攻めていた。
「どこでも良い!早くあの古臭い壁をぶち破れ!」
ドゴォォッ!ボゴォォン!
撃ち放たれた砲撃が高壁に直撃するが、多少岩が崩れただけで、破壊には至らなかった。
高壁は高さ約15m程で所々に苔が生い茂り、かなり古いモノではあったが、木の根が補強の役割を果たしていたが為に、魔導蒸気戦車の砲撃にビクともしなかった。
圧倒的な兵力と火力で攻撃の手を緩めないハルディーク皇国軍であった。しかし、アルフヘイム神聖国のエルフ達は必死の抵抗により、何とか進軍を阻止し続けていた。戦況的には、意外にもアルフヘイム神聖国が優勢であった。
「放てぇぇ!!!」
高壁とその内側から放たれた矢の雨が、進軍を続けるハルディーク皇国軍に襲いかかる。
「うわぁ!」
「ぎゃあ!」
エルフ族は生まれ持っての弓の名手。
少しでもその姿を晒した者を捉えれば、ほぼ百発百中仕留める事ができる。
高壁に近づけば近づくほど、その命中精度は上がり、多くの皇国兵の骸が死体の山を築いていた。
「クソがッ!さっさと『サイクロプス』であの城壁を叩き壊せねぇのか⁉︎」
「やっています!しかし、周りの堀が広く水も深い為、サイクロプスが高壁まで移動する間に射殺されてしまいます!」
周りを見ると確かに装甲を身に纏ったサイクロプスやグリム達が高壁に向かい攻撃を仕掛けようと移動していた。しかし、高壁の周りにある堀が行く手を阻み、水に足を取られてしまっていた。そして、動きが鈍くなった所を狙い撃ちにされている。
装甲に身を包んでいると言っても必ず隙間があるモノ、エルフ達はそこを狙い矢を放っていた。
グォォォォ……!
次々と『合成獣』達が呻き声を上げながらその場に崩れ落ちていく。魔操機を持った魔導師達も、矢の餌食になっていた。
「な、ならば門はどうなっている!」
「あそこは…あ、相変わらず…」
皇国兵達が『ノヴァ』や魔導蒸気戦車の砲撃で、高壁の門を打ち砕こうとしていた。
けたたましい轟音と共に爆炎が正門を包み込む。
ドゴォォォーーーーンッ!!!
皇国兵は誰しもがやっと門を破壊できたと期待していた。確かに門は、完全にでは無いにしろ、損傷はかなり酷くなっていた。
「良し!!!『今度こそ』は砕いたぞ!」
「今だ!サイクロプスを橋にして全軍突げー」
「み、見ろ!まただ!!!」
1人の兵が声を上げる。
すると突然、さっきまで半壊状態となっていた正門からみるみる木の根が生え変わり、瞬く間に門が元どおりに治ってしまう。
「クッ!あの馬鹿でかい木のせいか⁉︎」
「も、もう一度集中砲火だ!」
再び一斉砲撃が正門に襲いかかる。
ドドドォォォーンッ!!!
しかし今度は大した損壊も無く、ただ小さな傷が所々にできた程度だった。
そしてその傷すらもニョロニョロと生えた根が補強して直してしまう。
門は破壊され、そして治るたびにより強固な門へと変わっていた。
「だ、ダメだ……。」
「クソッ!」
次の瞬間ー
ボゴォォォン!!!
「「ッ⁉︎」」
突如指揮官の隣にいた魔導蒸気戦車の上から大きな瓦礫の塊が降ってきた。
魔導蒸気戦車は暗い煙を上げながら、そのまま動かなくなってしまう。
この瓦礫の塊を飛ばしていたのは、高壁内にいる『土人形兵』達であった。
『土人形兵』は近くの瓦礫を拾い上げると、それを高壁の外へ向けて勢いよく投げ飛ばしてた。
「く、来るぞーーー!!!」
無数の瓦礫が高壁に近づく皇国軍に襲い掛かる。
ドドドドドドドドーーーーッ!
「「うわぁぁぁーー!」」
「ぎゃあー」
「ヒィ〜!」
魔導蒸気戦車も兵士たちも無闇やたらと近づく事もままならない。
空からの援護があれば間違いなく突破出来てるだろう。しかし、アルフヘイムはミスリル地帯である為、飛行戦艦に使われる『飛行石』の力を無力化してしまう。
今現在、あの高壁や門を破る火力の兵器をハルディーク皇国軍は有していない。この状況に指揮官は更に苛立ちを露わにした。
ーーアルフヘイム神聖国 王樹
生命の間
外でハルディーク皇国軍の猛攻を受けている中、王樹の最深部にある根っこに囲まれた小さな部屋にウェンドゥイルがいた。
部屋の中心部にある緑色に輝く水の球体に、彼は両手を翳しながら念じていた。
(大いなる森の母にして森の神スアールの愛子王樹よ……その大地と自然の力をもって……どうか外界からの脅威から我らエルフの民をお護り下さい……どうかその力を…今暫し、我にお貸しください……)
只管に念じ続けるウェンドゥイル。
高壁の根は王樹のモノで、あの再生能力もウェンドゥイルが王樹に語りかけ、その力を使っているからであった。
(私は……娘を守れなかった。ならば…せめて民だけでもッ!あぁ神よ…今一度我に力を…そしてどうか…我が娘をお救い下さいッ!これ以上私から大切なモノを…奪わないで下さいッ!)
ーーウルバーゴ高壁 南の正門
高壁では激闘が続いていた。状況は皇国兵達の死屍累々な光景へと益々変わっていた。
相変わらず『再生する高壁と門』を突破出来ず、エルフ達から放たれる矢の猛襲を受け続けている。
ハルディーク皇国軍の死者は既に500人を既に超えていた。
「このままでは全滅ではないかッ⁉︎」
「て、撤退しましょう!」
「ちくしょうッ!」
皇国兵の士気はみるみる堕ちて行き、遂には逃亡するものも出てき始めた。
この状況を見たムオント少将は、魔導蒸気戦車に乗って前へ出てきた。
「何をもたついておる!!!あんな古臭い門も破壊出来ないのか⁉︎」
「お、恐れながら、このままでは我が方の被害が増すばかりです!敵の城壁は木の根が邪魔して破壊出来ません!」
ムオント少将は門の方へ目を向ける。
兵士達がバタバタと倒れる中、『ノヴァ』を投擲し、その直ぐ後方から魔導蒸気戦車の砲撃が正門へ向けて攻撃を仕掛ける。
しかし、やはり瞬く間に再生してしまう。
「ムゥゥ……何もしてでも突破しろ!」
兵士は少し振り返り、正門付近の戦況を確認した後、追い詰められたような顔で答えた。
「と、とても無理です!!!」
ムオント少将は少し考えた後、思い付いたように答えた。
「『悪魔の息吹』なら……可能だな。」
「ッ⁉︎」
「直ちにモガモスカ中将へ伝達!てきの牙城を砕く為に『悪魔の息吹』を使用するとな!」
「は、ハッ!!!」
兵士達は後方のモガモスカ中将へ伝達を行うと同時に、一時その場から退避を行った。
敵が退くのをみたアルフヘイムのエルフ達は、束の間の勝利を感じ喜びに満ちていた…。
ーーハルディーク皇国軍 東城塞海岸
アルフヘイム神聖国の東城塞海岸を完全に占領した皇国軍の通信基地に一本の命令が下った。
『ムオント少将より伝達!アルフヘイムの首都への攻撃行うも、敵の激しい抵抗に遭い被害拡大!早期打開の為、悪魔の息吹使用許可を願います!』
「了解した。モガモスカ中将へ伝達。」
ーー東海岸 沖合の孤島 後方司令室
「はぁ?『悪魔の息吹』だと?」
多数の戦況報告書類の整理をしているモガモスカ中将の元へ届いた前線からの要請に驚いていた。
「は、はい…いかが致しますか?」
彼は掛けていたメガネを外し、困り顔で頬杖をつく。
「うむぅ…報告書を一通り目を通したが……飛行戦艦からの援護が出来ないのは確かにイタいからなぁ…。」
「では……許可すると?輸送用蒸気駆動車を使えば数時間程度で到着可能ですが…。」
「…『悪魔の息吹』は我が国の切り札だ。使えば間違いなくアルフヘイムは終わるだろう。しかしだ、個数は限られている。まだ大量生産にまで至っていない。今完成されているのはココに1つと本国に1つ…それとクアドラード神国に1つの計3つしかない。」
「で、ですが…アルフヘイム侵攻作戦は最重要任務です。より早く、より確実な成功が求められるかと…。」
「分かっている…はぁー…仕方ない。直ぐに手配の準備だ。」
「ハッ!」
兵がテントを後にすると、モガモスカ中将は椅子から立ち上がりアルフヘイム神聖国の地図を眺める。
「何故だろうな……胸騒ぎがしてならない。」
ーーアルフヘイム神聖国 東海岸 飛行戦艦停泊島
ハルディーク皇国軍が占領した無数ある孤島の中でも広く大きい島が複数存在する為、200を超える飛行戦艦とレシプロ戦闘機が停泊するにはうってつけだった。
その島々の中で唯一の野営司令室には数人の兵士達が対応していた。しかし、飛行戦艦の出番が無い以上、彼らは暇を持て余していた。アルフヘイム神聖国には航空戦力が無く、ココに敵が攻め込む事も無いため、警備も数が多いだけで殆どがサボっていた。
「こちら停泊島。海岸側はどうだ?」
『いやぁコッチは平穏無事だ。時々前線から増援要請や負傷兵が運ばれてくるけどな、此処まで敵は攻めて来ない。』
野営司令室にいた兵士の1人が通信機を使い、東海岸基地にいる兵士と会話をしていた。
テント内にいる他の兵士達は、酒瓶を片手にイビキをかいて寝ている者や手紙か何かを書いている者しか存在しなかった。このダラケきった状況は、圧倒的優位であるという余裕があるからであるとしても、あまりにも酷い有様だった。
「そっか…いやぁそれにしても羨ましいな。そっちは正に好き放題に出来て。」
『何でよ?』
「だってエルフ族だぜ!一級品の美女が選り取り見取り!好き放題だよ!」
『バーカ、捕虜をどうするかは皇府が決める事だろが。』
「ケッ!相変わらずお堅いねぇ。俺は迷わずヤリまくるね。」
『ハッ…。』
状況報告の筈がくだらない会話が続いていた。
『ところで…そっちは本当に大事ないか?後方からアルフヘイムの別動隊が奇襲に来たりはしてないのか?』
「はぁ⁉︎コッチには何百って数の砲艦と飛行戦艦や飛行戦闘機があるんだぜ!警備も大勢いるし、こんなとこに敵が攻め込むなんてありえねぇよ。」
『ハハッ!確かにそうだな。』
「そもそもこんな…………。」
『……ん?』
突然途切れた向こう側の声に困惑する東海岸側の兵は、何かあったのかと呼び掛ける。
『お、おい?何かあったのか?』
「……い、いや…何でもねぇ。うるさい上官が近くに通ってたからよぉ…へ、へへへ、へへ…」
『そ、そうか…。』
上官にサボってあるところ見られそうだったと話す友人の声は何処か震えていた。しかし、彼は気に留めず、このまま会話が長引くと友人に迷惑が掛かると思い、通信を切ろうとする。
『じゃあそろそろ切るか…またな。』
「お、おう…。」
通信を切った野営司令室側の兵士は震える手でソッと両腕を上げる。彼は冷や汗をだらだらと流しながら、俯いた顔をソッとあげる。
「よ〜しよしよし。良い子だねぇ坊や。」
彼の前には、黒を身に纏った1人の男が銃口を彼に向けて立っていた。他の2人は、綺麗に裂かれた喉から血をドクドクと流しながらぐったりと床に倒れていた。
男の片手にはどす暗い血のついたナイフが握られていた。
「君があのまま仲間に私のことを伝えていたら…直ぐに殺してた。でも君は言わずに自然な感じで通信を切ってくれた。いやはや本当に賢い判断だ。…さぁ椅子から立って。」
気味の悪い甘い声で彼に席から立つように伝えると、兵士はガタガタとあからさまに震えながらゆっくりと席から立った。ズボンの股はスッカリ濡れてしまっていた。
「た、頼むッ…助けてくれ…殺さないで…」
涙目で訴える兵士に男はウンウンと頷く。顔こそマスクを被っていたが、表情はニヤついているのが、眼を見て伝わった。
「よーし、賢い判断をした君には……」
「じ、じゃあ……」
自分は見逃して貰える。兵士は期待して、表情が一瞬明るくなる。しかし、彼の意識は直ぐに遠い世界へと旅立ってしまう。
ブシュッ!
空気が掠れたような音が小さく鳴ると同時に、兵士は血と脳髄が混ざった液体を後ろに撒き散らしながら倒れてしまった。
「命乞いの時間を与えた……まぁ終わったけど。」
更に数発発砲し、通信機を破壊する。
ブシュッ!ブシュッ!
パシューーッ!シュ〜〜ッ……
煙を上げる通信機を確認した後、野営司令室から外へ出る。いつの間にか、外の警備兵も見当たらなくなっていた。
「随分遅かったな…長谷部。」
「勘弁して下さいよ…俺にもお楽しみってやつがあっても良いじゃないですか。」
野営司令室近くの茂みから出てきたのは、同じような服装をした男達だった。
彼らは『別班』である。
茂みから出てきたのは隊長の鈴木で、彼と他の部下達は外の警備を片付けていた。
「あ、コッチも終わりですね。」
「あぁ…定期連絡と警備交代まで2時間しかない。急いで作業に取り掛かれ。」
「「了解。」」
隊員達は其々バッグを持って、一斉に停泊している飛行戦艦やレシプロ戦闘機へと移動して行く。
ーー東海岸 とある孤島
「あぁ暇だなぁ…」
1人の皇国兵がダラダラと島の警備をしていた。
どうせ何か起こるわけでもない場所での警備に嫌気がさしていた。彼は出来ることなら前線に出て戦いたかったが、それも叶わず今に至っていた。
「はぁ…何でも良いから…何か起きないかな。そうすりゃあ退屈せずに済むんだが…」
元も子もない事を冗談半分の言葉を口ずさみながら、静かな海岸沿いを歩いていた。
「何でもいいからさぁ…この退屈を何とかしてくー」
ドドドドドドドドォォォォォーーーーッ!!!
「ッ⁉︎…え?…え⁉︎」
大きな地響きと爆音と共に辺りが突然明け方の様に明るくなった。兵士は何が起きたのかと思い、他の兵士達と共に爆発の聞こえた方向へ見にいく。
「あ、あそこって…確かッ!」
まるで昼間の様に赤く燃え上がるその孤島は、ハルディーク皇国の飛行戦艦やレシプロ戦闘機が停泊していた場所だった。火の海となった島からは悲鳴と怒声が遠くからでも聞こえて来た。
ーーアルフヘイム神聖国 アラド大森林のとある小山
「おっほ〜スゲェスゲェ。流石隊長、やる事が派手だねぇ。」
暗視機能付双眼鏡で燃え盛る孤島を眺めている粕谷とその隊員達は、ベネットとピスケス、フレイヤを連れて移動していた。
ベネットとピスケスは、皇国軍が駐留している孤島群で大爆発が起きている事に衝撃を受けていた。
「今の爆発は…あんたらの仲間の仕業か⁉︎」
ベネットが粕谷に問いかけると、粕谷はコクリと頷いた。
「マジか……どんだけの火薬使ったんだよ。」
「ベネット……あそこは確か飛行戦艦や戦闘機が止まってある島では?」
「ッ⁉︎……なるほどな。皇国軍の飛行戦力を…」
粕谷はニヤリとほくそ笑んで答えた。
「まぁまぁ、本作戦はこれからが本番ですよ。時間はちょっと掛かりますが……将棋で例えるなら『王手飛車取り』と言った所でしょうか?」
粕谷達は再び移動を開始した。彼らは暗い森の奥へと進んで行く。
ーー東海岸沖合 後方司令室
テントから飛び出して来たモガモスカ中将は、呆気に取られていた。
燃え盛る自軍の飛行戦艦とレシプロ戦闘機の光景をただ見つめていた。
「な、何が起きた⁉︎……ね、燃料に引火したのか!そ、それとも…いやぁそれよりも、我が軍の飛行戦力がッ…」
「で、ですが…此処はミスリル地帯ですよ。アルフヘイム神聖国に翼龍や闘龍と言った戦力は有りませんし…例え飛行戦力が削がれても問題ないのでは?…」
1人の将校がモガモスカ中将にこの様に話すと、彼は激昂した。
「お、愚か者めッ!!!コレで我が軍は空からの攻撃に無防備なのだぞ!万が一、アルフヘイム神聖国と繋がりのある何処かの国が翼龍騎士団を送り込んでみろ!壊滅的被害を受けるのは目に見えている!」
敵が何かしらの飛行戦力を投入して来たら、到底太刀打ち出来ない状況にかなり焦っていた。
「敵が真っ先に役にも立たないと考えれる飛行戦力を狙ったという事はだ!……そういう事になる……これは一刻も早い決着が必要だ!『悪魔の息吹』は⁉︎」
「ハッ!既に東海岸にッ!」
「急げ!何者かは知らぬが、間違い無く第三国が絡んでいる!!!警備を強化し、砲艦の火器に火を入れろ!!!」
「は、ハッ!」
モガモスカ中将は、妙な胸騒ぎの正体がこれであると確信した。そして、もっと悲惨なことがこれから起きるかもしれない事に絶望を感じていた。
日本国召喚の第2巻を買いました(^^)




