第91話 決死の奪還作戦
溜めてた分を投稿します。
ーーアラド大森林第2防衛基地の離れ
鬱蒼と生い茂る森の中で、少し開けた場所に数人のハルディーク皇国の兵士達とムオント少将がいた。
彼らは、これから来る協力者を待っていたのだ。
「………来たな。」
うっすらと此方へ近づいて来る一台の馬車。その手綱を握っていたのは……ジーギスであった。
ジーギスは馬車をムオント少将たちの近くに停めた後に馬車から降りて、深々と被っていたフードを取った。
「いやぁ…約束を守ってくれて嬉しいぞ、ジーギス。」
「……ムオントさん。」
「約束のアレは?」
ジーギスは馬車のドアを開けた。
そこには猿轡を口にあてられ、身体をロープで縛られて動けなくなっているフレイヤの姿があった。
「ッンー!ンンーーッ!ンー!」
目的のフレイヤを確認すると、ムオント少将は満足そうな顔で、再びジーギスの方は顔を向ける。
「約束は守ったようだな。よしよし、」
「……これで…良いんだな。これで…貴国への亡命を認めてもらえるのだな?」
「あぁ勿論だ。おい!客人を丁重にお送りしろ!」
ムオント少将の命令を受けると、兵士達が馬車を誘導し奥地へと案内する。
ジーギスは馬車の中へ乗り、取り敢えず上手く事が進んだことにホッと胸をなでおろす。
そして、自身の隣へと目を移す。そこには苦しそうな表情で座席に横たわっている1人の幼いエルフ族の少女がいた。
「……メリア、もう少しで…もう少しでよくなるからな。もう直ぐ万病に効く薬が手に入る。」
「はぁ……はぁ……はぁ…」
女の子の名前はメリア…ジーギスの一人娘である。その容体は顔面に紅潮が表出している為、明らかに高熱に苦しんでいるのが見てとれる。グッタリと横になり息も荒い…ジーギスの言葉への反応も見られない。
ジーギスはソッとメリアの頭を撫でる。その目には涙が溜まっている。そして、縛られているフレイヤの方へ目を向ける。
「…姫様…貴女様は先ほど私の質問に対し『後悔しない道を選ぶ』と仰りましたね。だから私は選んだのです…国を捨て…娘を助ける道を……でも、貴女様は私の事を愚か者…売国奴と思っておいででしょう…。」
「……。」
フレイヤは改めてジーギスの顔を見た。よく見ると窶れているのが分かった。彼自身、娘を選ぶか…国を選ぶかでかなり迷っていたのだと感じた。
「……ですが姫様、メリアは私のたった1人の家族……宝であり生き甲斐なのです!…恨んでもらっても構いません。私は国を裏切った…アルフヘイム神聖国が落ちるのは時間の問題…全ての国民の恨みを抱え生きていく覚悟は出来ております。」
「ムゴムゴッ!……ぷはぁ!」
フレイヤは何とか口元の布を上手く外し、ジーギスに声を掛ける。
「…ジーギス……貴方の苦しみ…葛藤がそれ程だったなんて…気が付かなかった…ごめんなさい。」
この言葉を聞いたジーギスは驚いた。
(何故…貴女様が謝るのです?……何故?…全ては私が起こした事なのに…)
その後、暫く進めていると突然ガタンッと音がなった同時に馬車が止まった。
「何だ…も、もう着いたのか?」
ジーギスが馬車のドアをゆっくりと開けて外を見る。周りは先ほどの場所よりも一層と草木が生い茂る森の中だった。ジーギスは何故こんなところに?っと疑問に思い、ハルディーク皇国の兵士に声を掛けようとする。するとー
「…降りろ。」
突如、死角にいたハルディーク皇国兵達から銃を突きつけられた。あまりの出来事に一瞬放心状態のジーギスだったが、次にさっきよりも強めの口調で降りるよう命令して来た。
ジーギスはメリアを抱えながらゆっくりと馬車から降りて来た。
「…こ、これはどういう…」
銃を突きつける兵士たちの後ろから、葉巻を吸ってニヤニヤと笑うムオントがいた。
「ムッフフフ〜〜…いや本当に御苦労だった。だがねぇ…フレイヤさえ手に入ればそれだけで良いんだよ。有難う…本当に有難う…ムッフフフ〜〜!」
「そんな…せ、せめて娘だけでも助けー」
「撃て。」
ムオント少将は聴く耳を持たなかった。
兵士たちが銃の引き金を引こうとしたその時ー
「待てッ!」
フレイヤが何とか馬車から身を乗り出して、兵士たちを止めようと声をあげた。
「ここで2人を撃ち殺すと言うのなら……私は今ここで舌を切って自害します!」
「なっ⁉︎」
「ッ!ひ、姫様ッ!」
あまりの言葉にムオント少将は一瞬ひやりとしたが、すぐに冷静に考え何時もの調子に戻る。
「む、ムッフフ…ハッタリだなぁ。そんな事出来るわけがない。」
「そ、そうです姫様ッ!これは私が蒔いた種でございます!」
「俺は…本気だぞ!」
何時もの男勝りな口調へと変わると、フレイヤ舌に歯を噛ませ始めた。噛んだ所からはタツタツと血が滴り落ち始める。これを見たムオント少将は、決してハッタリではない事に気付き、慌てて静止させる。
「ま、待て待てッ!!!分かった分かった!!!銃を下げろ!早く!」
兵士達は戸惑いながら銃をゆっくりと降ろした。
「ぐぬぬッ……仕方ない。」
フレイヤは、兵士達が銃を降ろした事を確認しホッとした。しかしー
「この女ッ!」
「ッ!!!」
突如もう1人の兵士がフレイヤを取り押さえ、直ぐに口の中に布を詰め込んだ。
「ッ!よし!良くやった!そのまま口を縛れ!」
直ぐに他の兵士達も彼女を押さえつける。
「ムッフフ〜〜…一瞬ヒヤリとしたが、もう大丈夫だな。…さぁジーギスさんとその娘さん。」
ムオント少将は腰のホルスターから拳銃を取り出し、ジーギスへと向けた。ジーギスは背を向けて、必死にメリアを庇おうとする。
「ん〜〜?…そんなに娘が大事なら…助けてやらんこともないぞ?ただし……ワシの『夜の相手』として…『奴隷』としてな。ムッフフフ〜〜!」
「ふ、ふざけるな!」
「なら…仕方ないなぁ!」
ジーギスは心の底から後悔し…絶望した。
娘を助ける為に国を捨てたにも関わらず、その娘すら助ける事も出来ない…愚かな判断をした自分自信に…
(私は……大馬鹿者だったッ!!!)
メリアを抱えながら背を丸くし、弾丸がその身を無残に抉る事を覚悟しながら目を思い切り閉じてその時を待った。
ヒュンッ!
「ぎゃあぁ!」
突然、何か空を切る様な音が聞こえた。それと同時にムオント少将の叫び声も聞こえる。
ジーギスはゆっくりと瞑っていた目を開けた。すると目の前に地面をのたうちまわるムオント少将が情けない声をあげていた。
「ヒィ〜〜ッ!ひ、ヒィ〜〜!アヒィヒィ〜〜…腕がぁ…わ、わしの腕が…痛えよぉ〜〜!」
彼がさっきまで拳銃を持っていた筈の右腕に、鋭利な矢が深々と刺さっていた。
その矢を見たジーギスは、直ぐに誰が彼をやったのか分かった。
「む、ムオント少将!」
「少将殿!」
「く、クソッ!誰だ!何処からだ。」
周りの兵士たちがムオント少将の元へ駆け寄り、必死に介抱しようとする。銃を構えながら、矢を射ってきた者を探していた。しかしー
ヒュンッ!ヒュンヒュン!
何処からとも無く再び数本の矢が彼ら兵士達を貫いた。その全てが喉元や眉間を撃ち抜いており、彼らはそのまま力無く崩れ落ちた。
「な、何が起きて…ひ、ヒィィアァァ〜〜!」
ムオント少将は射られた腕を押さえながら、鼻水や涙でグジュグジュとなった顔でその場から必死に逃げて行った。
「……逃げたぞ。ヤルか?」
「いや、逃してやれ。」
「何故だ?今ここで殺さないと、直ぐにでも進軍してくるぞ?」
「それでいいんだ。」
「……了解。何とまぁ訳わかんない指示を出すな…『あの連中』。」
静寂に包まれた暗い森の中から聞こえる会話…ジーギスはその正体に向けて声を掛けた。
「ま、まさか…君達に助けられるとは……」
すると、暗闇の奥から動く何かが近づいて来た。ゆっくりと歩み寄るそれらは、月明かりに照らされて初めてその姿を露わにする。
「ダークエルフ族……本当に助かった。礼を言う。」
ダークエルフ族であった。
褐色の肌、銀髪の髪、黒い衣服とフードを身に纏った3人のダークエルフ達がその正体だった。
「チッ!本当なら貴様らハイエルフ族がどうなろうが知った事ではないのだかな。」
1人のダークエルフ族の女性が不機嫌そうに話す。ジーギスは疑問に思っていた事を彼女に聞いた。
「な、何故助けたのだ?」
「……ただの仕事だ。しーごーと。」
「仕事だと?」
「取り敢えずあんた達を保護する。後はお姫さんをー」
「おい、ガル。お姫さんがいないぞ。」
もう1人のダークエルフ族の言葉を聞いた、ガルと呼ばれるその女性は、馬車の方を見る。確かに、フレイヤの姿が何処にも無かった。
「おいおい…勘弁してくれよなぁ。」
「すまねぇ……少し目を離したら。」
「…マズったねぇ。まだもう1人皇国軍の兵士が居たのかもね。」
ガルは眉間に手を当てかなり悩んでいた。
「取り敢えずはこの2人だけでも連れて行こう。トーク、『連中』に連絡しておいてくれるかい?『姫さんは連れてかれた』ってさ。」
「いや、もうとっくに連絡済みだよ。」
「そしたら?なんか言ってたかい?」
「『あとは任せろ…』だってさ。」
ガルは少し驚いた。
「ほ、本気かよ?幾ら何でも無謀じゃないかい?」
「一応、俺らも後で合流する事は伝えたんだけど…『要らない』って。」
「ふーーん…あたいらもずいぶん安く見られたね…まぁ完全に私達のミスなんだけど…しゃあない、任せよう。」
ジーギスは彼女達の会話の内容に付いて行けなかった。彼女達の言う『連中』とは?依頼主は?彼はガルに質問しようとした。
「な、なぁ…これはどういうー」
「説明はあと!…ほら行くよ行くよ。」
ジーギスは納得のいかないまま、メリアを抱きかかえながら彼女達の案内のもと、暗い森の中へと消えていった。
ーー
「はひぃ〜!は、はひぃ〜〜!」
ムオント少将は必死に走り続けて居た。右腕からはポタポタと血が滴り落ちている。彼の顔は何とも醜くも情けない顔をしていた。
そして、そんな彼の後ろから1人の皇国兵が、縄で縛られて動けないフレイヤを抱えながら必死に走っていた。
ある程度走った後、2人は崩れるようにその場に倒れ、ゼェゼェと息を切らしていた。フレイヤは皇国兵から乱暴に降ろされる。
「フヒィ〜…ふ、フヒィぁ〜〜、こ、ここまで来れば…良いだろう。む、ムッフフフフ…良くフレイヤを連れて来たぞお前!」
「あ、有り難きお言葉でございます!はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。」
「さぁさぁ…もう直ぐ基地だ…もう勘弁ならんぞ。エルフ共めぇ……フレイヤはこっちの手の中だ…もうこっちの物だ!」
すると直ぐ近くの基地からラッパの音が鳴り響いた。
パパァー!!!パパァーーー!!!
この音を聞いた2人は、敵が攻め込んで来たのだと直ぐに気付いた。
「あいつら…攻めこんで来たか?大方この娘を取り返しに来たのだろう…返り討ちにしてくれる!おい!行くぞ!」
「は、はいッ!」
2人は再び基地に向かって走り始めた。
ーーガラフ大森林元第2防衛基地 ハルディーク皇国軍最前線基地
『アルフヘイムの軍団を確認!その数は約3000ほど!前列より『土人形兵』と思われるモノが確認されます!』
アルフヘイムの軍団が、フレイヤを取り戻そうと残り殆どの兵力を使い、ハルディーク皇国軍の最前線基地へと攻撃を仕掛けて来た。
ハルディーク皇国軍は突然の奇襲にかなり混乱していたが、直ぐに動ける『合成獣』部隊と数輌の『魔導蒸気戦車』が迎え討つ形となっていた。
「『合成獣』にはあの『土人形兵』を相手させろ。準備が出来た魔導蒸気戦車は後方より援護、歩兵部隊は遮蔽帯へと展開し、身を屈めながら撃ち続けろ。いいか?馬鹿みたいに身を乗り出したり突撃するんじゃあねぇぞ。」
ムオント少将が不在の基地の指揮を取っていたのは、『猛銃』ことベネット中将だった。彼は両手に銃を持ちながら現場の指揮を冷静に行なっていた。
「第2小隊は斜め向かいの二股に折れた巨木まで敵が通ったら撃て。第8小隊は、見晴らしの良い八時方向の遮蔽帯まで移動、巨木の枝にいる敵を狙い撃ちし易い所だ。敵との距離が100mを切ったら『ノヴァ』を使って、指定された巨木の根元を吹っ飛ばせ。」
「「ハッ!!!」」
現場の混乱はそう時間も掛からない内に、ベネット中将の指示で治った。
しかし彼は、矢がひっきりなしに飛んでくる場所を…スタスタと歩きながら、前線へと進んで行った。近くの遮蔽帯に居た兵士が彼に声を掛ける。
「べ、ベネット中将殿!危険です!此方へ避難をッ!」
ベネット中将は彼の方へ振り向くと、舌を出しベロベロと左右に動かした後、そのまま進んで行った。
2丁の拳銃を構え、引き金を引き続けた。
ダンダンッ!ダン!ダンダンダンッ!
彼の撃った弾が次々とアルフヘイム兵の身体を貫き、死体へと変えて行く。その時の彼の表情は楽しくてたまらないといった様子で狂ったように撃ち続けた。
「ゲーーーヒッヒッヒッ!タマんねぇなぁーー!」
弾が切れれば拳銃をホルスターにしまい、また別の拳銃を取り出して撃ち続ける。
「オラオラぁ!どうした⁉︎そんなもんか⁉︎エルフ族の力はこんなもんか⁉︎えぇ⁉︎ゲーヒッヒッ!!!」
周りの兵士達は正直かなり引いていたが、こんな猛者が自分達側に入る事を心の底から良かったと感じていた。
グルゥァァァーー!!!
ゴォォォーーッ!
『合成獣』のサイクロプスと『土人形兵』達がその巨体を活かした戦いを繰り広げていた。エルフ族の魔道士は、少し離れた場所で杖を掲げながら、必死に『土人形兵』を操作していた。
「クッ!何だこの力は⁉︎普通のサイクロプスなら問題無く倒せるはずなのにッ!」
サイクロプスから繰り出される丸太のように太い豪腕と剛拳が『土人形兵』に襲い掛かる。攻撃を受けた箇所はボロボロと大きく欠け、遂には崩れ落ちしまう。
ゴォォ…ォォ…
断末魔のような唸り声と共に『土人形兵』はただの土へと還っていく。
その姿を見た周りのアルフヘイム兵達は、絶望していた。
「そ、そんな…我が国の最高戦力だぞ。」
操っていた『土人形兵』がやられると、物陰で隠れていた魔道士は直ぐにその場から離れようとした。しかし、直ぐにサイクロプスに見つかってしまい、その巨大な足で踏み潰されてしまう。
「う、うわぁぁぁーー!」
周りを見ると、明らかに『土人形兵』の方が『合成獣』に対し劣勢であった。
更に後方からやって来た『土人形兵』の部隊が増援に来たが、ハルディーク皇国側から撃ってきた魔導蒸気戦車の砲弾が炸裂し、直撃した箇所はもはや再生が不可能なまでに損傷してしまう。
ドゴォォォン!!!
ドドォーーン!!!
このまま進撃を続ければ、アルフヘイム軍が全滅するのは時間の問題であるのは明白であった。
ウェンドゥイルも鎧を纏い、剣を持って戦場でその惨劇を目の当たりにした。敵のあまりの火力、そして文明の利器に絶望していた。
(まさかこれほどまでとは……神は何故…この様な残酷な運命を我らにッ!何故私から…妻だけで無く…娘までも奪うのかッ!)
1発の銃弾がウェンドゥイルの頬を掠めた。頬から血がツーっと垂れていく。しかし、ウェンドゥイルはそんな事など気にも留めていなかった。ただ呆然と立ち尽くし、同胞達が次々と殺されていく光景を見ていた。
「……か…陛下…聖王陛下!!!」
1人の兵士の声でハッと我にかえる。
兵士が彼の両肩を掴み必死に揺らしながら声をかけ続けている。
「陛下ッ!このまま全滅もッ……どうか御指示をッ!」
よく見えると彼以外にも何人かの兵士が私に目を向けていた。
ーーどうすれば良いのですか⁉︎
ーーこのままでは…
ーーどうか命令を!
ーーどうかッ!
そんな訴えの篭った目を見てやっと、ウェンドゥイルは口を開く。
「退却だ…退却だ!!!ウルバーゴまで退けーー!!!」
ウェンドゥイルの指示と同時に一斉に兵士達が退却を始める。魔道士達は、まだ生き残っている『土人形兵』を盾として兵士達の退路を守らせていた。
◇ハルディーク皇国軍
戦死者82名
負傷者150名
『合成獣』30体
◇アルフヘイム神聖国
戦死者1800名
負傷者220名
アルフヘイム神聖国決死の攻撃は大失敗に終わり、ウェンドゥイル達は第1防衛線のウルバーゴ高壁まで撤退となった。
アルフヘイム神聖国で現在まともに戦える兵力は3000にも満たない。
まさに絶望的である。