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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第5章 ハルディーク皇国編
93/161

第88話 突然の来訪者

長らくお待たせいたしました。


体調もだいぶ良くなってきました!


今回は少し長めです。

ーー首相官邸 会議室


首相官邸の会議室で、広瀬総理を始めとした大臣達が椅子に座り、昨晩の第五駐屯地の襲撃も含めた、日本の現状について話し合いをしていた。日本がこの世界に転移してから2年近く経とうとするが、未だ安寧な日常を得る事なく、テスタニア帝国、ハルディーク皇国に戦争を仕掛けられる事に大臣達は、正直頭を悩ませていた。



「困っちゃうよねぇ。始まってからそんなに時間は経ってないのに、国民世論は段々と反戦意識が高まってるよ…まぁ分かりきっていた事とはいえ、やっぱり長引かせる事は良くないな。」



広瀬総理が不機嫌そうな顔で、頬杖をしながら大臣達へ話し出す。各大臣達も腕を組んで、頭を傾げ悩んでいた。



「マスコミやメディアがこぞって戦争を引き起こしたのは、まるで日本からだみたいに報道してますからねぇ。遠回しではありますが、それに感化された国民が各地で大きなデモ行動を……」



南原副総理の言葉に、大きな溜息が会議室を埋め尽くす。



「全くッ!何の因縁で日本に喧嘩吹っかけてくるんですかね?」


「そりゃあお前ぇ…俺たちが異世界から来た国だからだろ?」


「ヴァルキア大帝国も同じですよ。」


「バーカ!あの国は軍事国家だが、日本は違うだろ?ヴァルキア大帝国は、力で他国を圧倒させ、力で抑えつけてる。日本はそうする訳にはいかねぇ。日本は力を誇示して、他国を抑えつける何て事ぁしねぇよ。」


「…その結果がコレだ。仕方の無い事ではあるが…。」



会議室の空気がかなり重くなる。まだ開戦から数日程度とは言え、マスコミやメディアの偏向報道が国民の反戦意識を煽り、今や内閣支持率は38%まで下落、その減少した分、野党の進民党へと移動している。



「支持率を取り戻すにはやはり、このハルディーク皇国との戦争を早期に終わらせる必要があります。…此処は敵の主要基地や部隊に対する大規模攻撃の必要がありますね。」


「クルーズ大使は『在日米軍は喜んで手を貸す』との事でした。」



広瀬総理は少し顎を抱えながら考えた後、真剣な面で全員に語りかける。



「まぁ…今回はそれで良いとしても。実際のところ、このままじゃ駄目な気がするんだが…どう思うよ?」


「は、はい?」


「駄目…ですか?」



「このままでは駄目」…それが今回の戦争のことを話しているのか、それとも日本の今のあり方を言っているのか…大臣達には解らなかった。



「勿論今回の戦争に関しては、日本の将来を考えれば絶対に避けられないモノであった事は確かだ。あのまま下手に戦争を回避してクドクドとやってたら、今よりも面倒な事になるだろうしね。…だが、俺たちがそうだと気付いても、世論一般は違う。」


「ち、違うとは?」



数人の大臣は、その意味が全く理解出来ていなかったが、小清水長官や久瀬大臣、南原副総理はその意味に気付いていた。



「我が日本国民の反戦意識…まぁある意味洗脳に近いかも知れんな。あの大戦以降、我々は戦争がいかに残酷で、醜くて、悲惨なものかを体験し、それを文章や映像、言葉、映画などで伝えて来た。『絶対に戦争を起こしてはならない』という意識を…ね。」


「は、はぁ…」


「いや、あれだよ…戦争を起こさない!って言う気持ちは必要だよ…ただね、それが行き過ぎるのも…問題なんだよ。本当に先を考えて、戦うべき…然るべき時を見定められない。これはどんなに優れた文明を持った国であっても、そこを見誤れば、簡単にやられてまう。」


「い、今の日本は…まさにそうだと?」


「メディアやマスコミの報道に簡単に流されるようじゃあそうだろうな。まぁ別にマスコミとかを避難する訳じゃあないさ、でもねぇ…いくら私たちが危機感を持っても…最終的に動くのは国民意識だ。みんな大好き民主主義の成果って訳だ。」



日本国民の反戦意識。それは戦争がいかに悲惨かを知る国であり、その国の者であれば誰しもが抱く意識で誇るべきものである。しかし、その意識が、逆に自国を危機に陥れるのも問題であるのが現状なのだ。

広瀬総理は、反戦意識と防衛意識の境目が全く理解出来ていないこの日本社会を嘆いていた。そして、最終的に評価するのは我々政治家では無く…国民である。



「なんか軽い気持ちでいる奴もいるかもだけどねぇ……これは本当に気を抜けれないよ。この戦争もね…マジでさぁ。」




いつものほほんとした広瀬総理からは想像出来ない程の真剣で話すその姿に、周りの大臣は唾を飲んだ。数秒沈黙が続いた後、いつもの広瀬総理が戻って来た。



「まっ!そういう事だから、宜しくね♡」


「「は、はい…」」


「んじゃあ〜話しを戻そうか…それにしても、あのイール王国沖合での海戦がただの誘導目的だったとはねぇ。」



広瀬総理が、頭をポリポリと掻きながら困り顔で話した。他の大臣達は、ハッと我に帰り質問に応えようとする。



「ですが、その後の敵の破壊工作も防ぐ事が出来ました。まぁ無事と言うわけではありませんでしたが、あの怪物相手に死者が出なかったとは不幸中の幸いです。」


「まぁね…そうなんだけどさぁ…奴さんは自国民の命が失われる事に毛程も感心がないんだよねぇ。いやぁ〜困ったねぇ。」



他の大臣達も広瀬総理の言葉の意味が理解出来ていた。命の価値が低い…つまりは敵はどんな捨て身な攻撃をしてくるのか予測不能である事で、これはかなり危険である。



「オマケにだ!イール王国に蔓延る隠密部隊のアジトへの強襲作戦も、敵はまた変なバケモノになって襲い掛かってきた。」


「負傷者の中には、全治1年以上の隊員もいました。それでも死者が出なかったのは、やはり自衛隊個人装備を見直したのが大きかったかと…」



久瀬大臣の言葉に、周りもウンウンと頷いた。

数年前に行われたのが、『自衛隊個人装備改善指令』である。


第二次朝鮮戦争で自衛隊からも少なからず殉職者を出してしまった。そこで政府は国民や野党からと強い批判の中で調査した結果、銃火器による殺傷力を全くと言っていいほど軽減できなかった、個人装備の老朽性やあまりにも旧式過ぎる事が分かった。


時代と共に進化する武器兵器、周りの国々はそれに比例して個人装備の改良を繰り返してきた。しかし、日本はそういった事に関する与野党からの反発や国民の反戦感情を刺激してしまい、中々改良する事が出来なかった。


そこで政府は『防衛技術開発局』を設立と防衛費の増額により、この問題を大きく改善させていった。しかし、これにより、国民の政治不満を強めてしまい、その当時の内閣は解散総選挙にて終わってしまった。


そして、その時の防衛技術開発局設立を唱えたのが…当時一議員でしかなかった、広瀬総理である。




「大事だね♡装備ってのは。」


「全くです。」


「それじゃあ、安住ちゃん。イール王国の件はどうかな?」



安住大臣が姿勢を整えた後に答える。



「ギーマ国王からの許可は頂けました。第五駐屯地には米軍も駐在する事となりました。クルーズ大使も喜んで協力すると話されてました。」


「アメリカ国の方は?」


「アメリカ国となる島への米国人移住は、現在70%まで完了しました。インフラ設備などの建設も80%以上です。まぁ居住区に限りですが…」


「いや、それで良い。後の細かい所は後でやっていけば良いし。」



続いて厚生労働大臣の中川が報告をする。



「コッチはまだバタバタしてます。生活保護などを日本人に優先させた結果、在日外国人や左翼団体からのデモでもうてんやわんやですよ。…あと、ウンベカントへの人員派遣で失業率は大幅に回復してます。」


「ふぅ…まぁそのデモは暴動が起きない程に抑えといてね。在日外国人の方も全くではないにしろ、もう少し対応を改善させないとねぇ。」


「その件についてですが…中国や韓国、ロシアにイタリアの大使館から、アメリカだけでなく自分たちの国民にも居場所を設けよとの訴えが…」


「…具体的には?」



中川がペラっと資料を巡りながら答える。



「ま、先ずは中ノ鳥半島の半分近くを…中国大使館が割譲せよと…韓国側も似たような要望を出してます。ロシアに至っては、どっかの国の人間を追い出してそこに新たなロシアを再建するといった話も出ているとか。」



広瀬総理は大きな溜息を吐きながら、頬杖をついた。



「そんな事…認めると思う?」


「…む、向こうは本気みたいですよ。」


「…適当にあしらっとけばいいさ、どうせ何も出来やしない。」


「は、はぁ…」


「んじゃあ…次は小見川ちゃんね。」



経済産業大臣の小見川が答える。



「現在我が国のエネルギー自給率は90%に近いレベルです。それもこれも皆んな、あの旭諸島のお陰ですね。少なくともあの大戦を3回は出来るほどの石油資源がありますし、鉱物資源も豊富で、ドルキン王国からはまた未知の鉱物が来る予定です。…もう鰻登りですよ。」



小見川のニヤついた顔がハッキリとわかる。今まで輸入に頼ってきた日本のエネルギー事情は、180度変わった。日本は既に豊富な有資源国家へと生まれ変わったからである。



「エネルギー問題はいい感じみたいだね。…そんじゃあ食料問題は?」



厚生労働大臣の田頭が答える。



「食料問題に関しては、中ノ鳥半島南部にある『バイオスフィアドーム』のお陰で、国民が飢えに苦しむ危険は無くなりました。しかし、それでも栽培出来ていない、作物はまだあります。ロイメル王国やアムディス王国からの紹介で得た作物の豊富な国からの輸入に頼るのはやはり仕方のない事かと…」


「まぁしゃあないよね。」



一通り、現時点での日本の現状についてまとめ終えた後、広瀬総理は最後に安住大臣に確認を取る。安住は深刻そうな顔をしていた。



「なぁ安住ちゃん。アルフヘイム神聖国からの連絡はどうなんだい?…防衛省からの戦略型人工衛星の写真だと、なんかハルディーク皇国っぽい国の艦隊が向かってるんだけど?どうなの?」


「は、はい…それが、アルフヘイム神聖国のシーギス・ヴェンベリ氏とは何度も連絡を取っているのですが…『心配は無用』の一点張りです。」


「うーーん…流石に許可なく自衛隊を派遣する訳には行かないし、ましてや向こうが『いらない』と伝えてる以上は…ねぇ。」



本来であれば自衛隊基地の建設に賛成の意を出していたウェンドゥイルであったが、その直後に同種他部族と衝突してしまい、頓挫してしまった。日本政府としては、強制して行うわけには当然いかない。


あり得ない事だが、万が一現地人の反対を押し切って基地を建設した場合、国内はもちろん現地住民の日本に対する反抗意識を助長させる事になる。


小清水長官が少し悩んだ後に口を開いた。



「まぁしょうがねぇ、無理強いする事ぁねぇな。」



小清水の言葉に全員が納得した。だが、やはり気になるのはアルフヘイム神聖国へ向かっていると思われるハルディーク皇国の艦隊。明らかに戦争を目的としているのは明白であるのだが、同盟国である彼の国から一向に援助を求めるような返事が来ない。シーギス氏の『問題無い』という発言は果たして本当なのか。



「まぁ…取り敢えずハルディーク皇国の軍隊が接近している事は伝えてありますから、その認知はある筈です。」


「だと良いけどね…。」










ーー中ノ鳥半島 ウンベカント



一方でウンベカントは相変わらずの賑わいと活気に満ちていた。しかし、この街の風景も少しだけ変わった事が起きていた。それはー



「こんにちはー!!!JBSの者です!えーっと…そこのドワーフのお方にインタビューさせて頂いても宜しいでしょうか⁉︎」


「お?い、いんたびゅー?何じゃそりゃ?」



「ちょっとそこのエルフのお嬢さん!テレビ日本の者ですが、少しアンケートにご協力お願いできますか!」


「あ、あのぅ…アンケート…ですか?」



至る所でテレビクルーやカメラマンを見かける様になっていた。勿論、日本から来た一般の観光客の姿も少なくはない。


異世界に転移してから2年近く経った事で、メディアや国民からの強い要望もあり、日本国政府は遂に、異世界の地へ民間人の立ち入りを認める形となった。それもあってか、街はかなり賑やかになり、現地の人々も日本国民との交流を十分に楽しんでいた。



「ご覧ください!この中ノ鳥半島のウンベカントでは、多種多様な人種や種族が暮らしています。まるでおとぎ話の世界に来ているかの様な気分です。」



日本のテレビクルーの取材にかなり動揺したり困った様子の現地人も見て取れる。その為、ちょっとした揉め事が起きる事もしばしば発生している。街の警備隊もここ最近では何時もの倍の数で治安に当たっている。



「かぁ〜〜…ニホン人との交流が増えた事は良いことなんだろうが…俺たち警備隊の仕事がこうも爆増しちゃあ落ち落ち休みも取れねぇ。」


「仕方ねぇよ…ニホン人は俺たちみたいな亜人族が居ない世界から来たんだ。珍しいのさ…。」


「だとしてもだ…限度ってもんがー」



そこへ2人の警備員の元に数人のテレビクルーがやって来た。



「どうもー!!!JBSの者ですが、少しだけインタビューにご協力下さい!」



2人は軽く溜息を吐いた。今日だけでもう5回目…最初は真面目に話をしていたが、流石に疲れが出て来ていた。



「…ニホンゴ、ワカリマセーン。」


「ワタシモワタシモ…」



2人は日本語が分からないフリをしてその場から立ち去ろうとするが、回り込まれてしまった。



「ちょっとちょっと!そんな訳ないでしょう?さっきまで日本語で話してましたし、そもそも会話は普通に出来るのは知ってますよ〜〜も〜〜う。」


「はぁ…」



2人は諦めて、仕方なくインタビューに答える事となった。


そんな様子を少し離れた店の2階テラスで、グラスを片手に酒を飲んでいた1人の男がいた。男はグイッと酒を飲むと乱暴な口ぶりで近くのウエイターにお代わりを要求する。



「オォーイ!そこの小僧!酒だ!酒持ってこい!」


「は、はい!ただ今!」



現地の人族の青年がオドオドしながらも直ぐに酒の入ったグラスを持ってくる。男はバッと奪う様に受け取るとシッシッと青年を払いのけさせる。



「ケッ!…情けねぇ面しやがって…酒が不味くならぁ…お前もそう思うよなぁ?堤ぃ…」



男はあのフリージャーナリストの高見であった。あの後、追い出される様にウンベカントまで引き返し、自衛隊の文句を垂れながら酒を飲み続けていた。後輩の堤は酒こそ飲んではいないが、高見の愚痴を黙って聞いていた。



「高見先輩、飲み過ぎですよ。」


「馬鹿野郎、俺ぁ国民に〜真実を伝える正義のジャーナリストだぞぉ〜〜?…昼間っから酒飲む事ぐらい…許される事だぁ!」



かなりベロンベロンに酔っている。これには流石の堤も呆れてしまう。



「……ですが限度というものがー」


「なんダァ〜?お前までそんな貧弱な事を言うのかぁ?…見てみろよ!他のテレビクルー達は、どんなにこの暮らしが良いか?どう変わったのか?何が好きで何が嫌いか?文化はどんなのか?…みたいなぁ質問ばーーーっかりだ!くっだらねぇなぁ?」


「そ、そりゃあ…ここでの暮らしがどんななのかは今まで新聞だけを通してでしか本土まで届きませんでしたから…」


「それ!…ヒック!…それだよぉ〜。」



高見はおぼつかない足取りで席まで歩いて座る。



「良いかぁ?…周りがこうしてるから…これに注目してるからコレをやるとか…そんなのをやってたら、いつまで経っても一人前にはなれねぇぞ?」


「でしたら…どうすれば?」


「ワカンねぇか?…敢えて周りとは違う事をやるんだ!周りの流れに逆らう様になぁ!…その一つとして、巷じゃあ自衛隊は英雄だの何だのと言っている社が大半だが、俺ぁ敢えて逆の報道を取るねぇ?」



この異世界へ転移してから起きた戦争…一つは未遂だが、もう一つは実際に起こってしまった。国民は強い不安に駆られていたが、自衛隊の勝利の報せを聞くや否か全員が彼らを英雄の様に扱い始める。だがしかし、高見は敢えて自衛隊を非難するかのような取材・編集をして、出版している。



「何故ですか?何故敢えて皆んなから叩かれる様な事を?」


「えぇ?…叩かれるからだよ!社会の波に敢えて逆らう様な事をする事で皆んなからの注目を集める。中には、俺を擁護して賛同する者も現れる、そうなる事で更に熱が上がってくる!擁護派やアンチ派、更には只の見物や興味本位の奴らも俺の出版物を買う様になる!…これが俺流の売れる為の方法よ。」



言ってることはメチャクチャであるが、確かに注目度を得るには良い考えであると言えるだろう。しかし、ここである疑問が生まれた。



「じ、じゃあ高見先輩は、もし世間に対する自衛隊の評価が今と逆だったら?」


「あん?…そりゃあお前ぇ…自衛隊を擁護するさ。今は擁護派が多いから、俺は身も心も反自衛隊精神…反民自党でいるんだにょ〜ん。」


「つ、つまり高見先輩は、自衛隊を嫌ってる訳では…ない?」


「今は嫌ってる…とだけ言っておこうかな?アレ?また酒がねぇゾォ!!!」



堤は相変わらずの高見の態度に唖然とする。だがある意味こう言ったスタイルが、ジャーナリストが売れる為の一つの道なのかも知れない。高見はその道を彼なりに上手く進んでいるのだ。



「…ハハッやっぱり高見先輩には敵わねぇ。」





ーーアルフヘイム神聖国



王都…と言う名の大森林は何時ものように平和そのものだった。木の上で生活をするエルフ族達は木の実を集め、地上では農作物を育て、川魚を釣る。

市場も、日本国との交易により沢山の物品や食料が運ばれる事となり人々の生活はより豊かになっていた。


しかし、そんな賑やかなのはこの王都に限る。島を囲うように建設された木造の城壁には、いつも以上に沢山の兵士が配置されていた。日本国とハルディーク皇国との戦争が開始した事により、アルフヘイム神聖国も万が一に備えて警備を強化したのだ。




ーーアルフヘイム神聖国 東海岸城塞



海岸の兵達は十八番の弓を手入れしながらいつ来るべき時が来ても直ぐに対処出来るよう準備をしていた。しかし、旅人の風噂で聞いた話が国内の酒場から広がった、日本国の連戦連勝報告を聞いていた。飽くまで噂だと分かっていても、テスタニア帝国の一件の事もあるため、心の中では「日本が何とかしてくれるだろう」と言う気持ちが出て来始めていた。



「毎日弓の手入ればっかじゃあ…正直言って飽きるよな?」


「ハハハッまぁな!」



警備を任されていた兵士たちは座り込んで与太話をする事も珍しくはなかった。いつ起きるかもわからない、いつまで経っても起きない事に集中力が持つはずもなかった。



「こんなんだったら…家で畑仕事してた方がずっと有意義だな。」


「全くだ。同盟国のニホンが付いてるんだ…何とかなるさ。」


「そう言えば、あの件は結局、各村長達の反対があって中止になったんだろ?」



あの件とは…在アルフヘイム自衛隊基地の建設である。あの会談の後、アルフヘイム神聖国は島国内で自衛隊基地の建設にはかなり前向きの姿勢を見せていた。しかし、その建設予定地近くの集落の長や村長達からの強い反対もあり、この件は一時中止となっている。


ウェンドゥイルとしては、自国安全の為にも必要な措置だと考えていたが、ダークエルフ族との完璧な対立もあって、これ以上国内での同族同士の関係悪化は良くないと判断した。日本国政府も、アルフヘイム神聖国側の主張を尊重する形をとり、当面様子を見ていく事とした。



「…あの老人達は『異国の軍隊が聖なる森を騒がせる様な事は許されん!』の一点張りだったな。」


「でもよぉ…確かに森を騒がれるのは良くない事だ…森の神スアール様を怒らせることは絶対にダメだ。」


「確かになぁ…でもこの世界情勢じゃあしょうがないんじゃないか?」


「でもよー」



そんな2人の会話は暫く続いていた。そして、2人と似た様な会話をしている兵士は実は他にも沢山いた。



「ニホン軍の基地建設の件は中止だってよ!」


「いや、極秘裏に進めるって話も…」


「当然だ!スアール様を怒らせる事は絶対に容認できない!」


「まぁ確かに、自分の国に他国の軍が居座るのは良いとは感じないなぁ。」



どこの国にもそれなりの事情と言うものが存在する。日本国政府は、改めてこの事実を深く実感した。実際にアルフヘイム神聖国内でも、反対意見が強かった。下手に強行すれば、地元民との間にイザコザが生まれる事は勿論、日本国内からも強い非難と嵐が、メディアなどを通じて全国に広がるだろう。



状況は東海岸城塞へと戻る。



1人の兵士が離れた小島にある警備基地に魔伝の無線を入れていた。その場所の状況を確認する為であったが、ここからでも小さなランタンの光が見える事から、特に問題は起きてないだろうと軽い気持ちで確認を行う。



「こちらは東海岸城塞…そっちの状況を報告してくれ。」


『……。』


「ん?…どうした?応答してくれ。」


『こ、此方は異常無しだ。』


「何だ居るじゃないか……わざわざ悪いな。何せここからそっちまで結構距離があるからな。だから、いつでも魔伝に応答できる様にしててくれよ。それじゃあな。」



魔伝を切ると、兵士はテーブルに置いてあったワインボトルの栓を開けて、ラッパ飲みをする。



「はぁ…そうそう。どうせ何も起きやしないって。」



そう自分に決め込ませると兵舎の方へフラフラと歩き始める。そして、自分の寝床であるハンモックへと横たわり、眠ってしまう。






ーーアルフヘイム神聖国 東海域 小島の警備基地



アルフヘイム神聖国の周りには複数の小さな島が存在する。その島の約半分以上には、常に警備兵が駐留しており、敵の襲来に備えている。


その内の1つ、東海岸に1番近い小島は、広さは野球場ほどで、物見櫓と島を行き交うための小さな港に小舟程度しか存在しなかった。数人の警備兵であたるこの島は、今日だけは何時もと少し違っていた。


一隻の小舟しか停まっていない筈の小さな港に、見慣れない中型の船が停泊していた。そして、島を巡回する警備兵も見られない…この小島は、今日だけ少し変わっていた。





ーー小島の警備駐屯地


小島の中央付近に建てられている小屋には、固定型の魔伝石が常備されている。その魔伝石を使い、震える手で交信をしている1人の兵士がいた。



『ん?…どうした?応答してくれ。』



兵士の身体を、大量の冷や汗が身体を伝う。

魔伝に出ている兵士は、言う通りにしなければ殺されてしまうからだ。

兵士の喉元には鋭利なナイフの先が当てられている。小屋の隅には、他の警備兵達の死体が置かれていた。



「こ、此方は異常無しだ。」


『何だ居るじゃないか……わざわざ悪いな。何せここからそっちまで結構距離があるからな。だから、いつでも魔伝に応答できる様にしててくれよ。それじゃあな。』



魔伝石の光が消え、交信を終える。

彼の周りには見たことのない服装をした兵士達が囲んでいた。



「さ、さぁ…言うとおりにした。見逃して…くれ。」


「あぁそうだな…御苦労さん。」



男は喉に当てていたナイフを一気にグッと、兵士の喉元へ向けて刺し込む。喉からドロドロとした黒に近い血が噴き出していく。兵士は転がり込み、苦しそうに喉を押さえながら息を引き取った。



「……此方は強襲部隊。東側海岸までのルートを確保しました。」


『了解。明日の明朝から作戦決行だ。お前達は引き続き、東側海岸の状況を見張っててくれ。何かおかしな動きを見せたら直ぐに知らせろ。』


「了解。」



彼らはハルディーク皇国軍であった。彼らは既にアルフヘイム神聖国の目と鼻の先まで接近していた。

他の大隊は、あちらこちらに存在する小島などに隠れながら待機している。





ーーアルフヘイム神聖国 沖合 小島にて



多数のハルディーク皇国海軍のガットゥ艦隊が停泊していた。モガモスカ中将が率いる15万の第II軍団が控えていた。

近くの小島には、木々は倒され開けた土地に飛行戦艦や戦闘機がズラリと並べられていた。

その中でも少し大きい島には多数のテントが張られていた。




ーーハルディーク皇国軍 前線野営基地




「よーし!取り敢えずアルフヘイム神聖国東側沖合の諸島はほぼ無傷で手に入れた。ここを前線基地として態勢をしっかりと整えた翌日明朝より、一斉攻撃を仕掛ける!」


「「おぉ!!!」」



第II軍団軍団長のモガモスカ・ルイゲル中将とその幹部将校達が、大きな野営基地のテントの中で会議をしていた。



「それにしても軍団長。まさか貴方様も公王の座を?」



1人の将校の質問に対し、モガモスカ中将は大きく口を開けながら笑った。



「ガッハッハッハ!無論だ!私が王だ!王だぞ⁉︎信じられるか!これが上手くいけば間違いなく私は王になれる!…その暁には、お主達には貴族の地位を与えよう。」


「「オォーー‼︎」」



約束された地位と権力に歓喜の声が響き渡る。誰しもが、明日の功績を残すのは俺だ私だと話していた。しかしそんな空気に1人だけ溶け込んでいない将校がいた。その将校にモガモスカ中将は恐る恐る声をかける。



「……そ、それにしても、まさか貴方様が今回の指揮系統を自ら捨てて、私に譲って下さるとは…そのぉ〜…ど、どういった理由で?…ベネット・サジタリュウス大将補佐殿?」



テントの隅にいたのは、『猛銃』の異名を持つベネット・サジタリュウスだった。ベネットは、部屋の隅にある木箱に座り、自分の愛銃の手入れをしていた。その最中に割って入って来たモガモスカ中将の言葉に、ベネットは一瞬鋭い眼差しを彼に向ける。モガモスカ中将は、その目線に怯んでしまう。



「ッ⁉︎い、いえ…話したくなければ結構ですので…」


「知りたいの?」


「へ?」


「知りたいの?」


「え、いや!結構ですので…はい。」


「知りたいの?」


「えーっと…」


「知りたいの?」


「そ、そのぉ…」



先程までの鋭い目つきではなかったが、不気味なほど無表情で聞いてくるその顔は、違った意味で恐ろしかった。モガモスカ中将は、その恐ろしさから思わず、『はい』と答えてしまう。



「は、はい…」



するとベネットは先程まで手入れしていた愛銃を近くのテーブルへ優しく置くと、立ち上がって、ゆっくりジワジワとモガモスカ中将へと詰め寄ってくる。他の幹部将校達は、あまりの状況に誰1人声を出すことなく、静かにその一部始終を見守るしかなかった。



「ゲヒッ!知りたいの?ゲッゲゲゲ!知りたいのぉ〜〜?」



いつもの調子の笑い声と顔になるが、それがより一層恐怖を掻き立てていく。モガモスカ中将はついに、テントの壁側へと追い詰められてしまう。



「正直に言うとねぇ〜?…手柄とか、公王とか、地位とか名誉とかは……どうでも良いんだよぉ〜〜〜ん!ゲッゲッゲッゲ!!!」



顔を突き出し、長い舌をレロレロと動かしながら不気味な満面の笑みで答えるベネット。モガモスカ中将は完全に引いてしまう。そして、ベネットはホルスターから『ダミアン』と彫られたリボルバーを取り出した。



「戦争の手柄なんざくれてやる!…その代わり俺に『居場所』を寄越せ!…戦場という名の居場所を‼︎」


「な、何故そこまで⁉︎」


「……俺ぁ、今の皇帝さんが好きだよん。だってだって〜〜、この世の全てを手に入れようとするその『強欲性』!あの男について行けば、自然と戦争が勃発する!俺はよぉ〜、純粋に戦争が好きで好きで堪らないだけなんだよ。その為なら、皇帝直属幹部の座だって譲るさ。あぁ〜本当だとも…ゲヒヒヒ!!!」



突然、ベネットは持っていたリボルバーをくるくると回した後にモガモスカ中将の眉間に銃口を当てる。



「ッ〜〜〜〜〜⁉︎」


「……うっそーーーん!!!ゲッゲッゲッゲ!!!いやぁ〜〜可っ愛い〜反応してくれるねぇ〜〜。」



モガモスカ中将は床にへたり込んでしまい、近くの幹部将校が駆け寄る。



「だ、大丈夫ですか⁉︎」


「モガモスカ中将!」


「あ、あぁ…。」



モガモスカ中将は気の無い返事を返す。

ベネットはまるで何事もなかった様にテントを後にする。


ベネットが居なくなった後のテントは、数分の沈黙の後、全員が彼に対する恨み辛みをそれぞれ話始めた。



「全くなんなのだあのイカれた男は!」


「軍の規律に悪影響だ!皇帝陛下は何故あの様な男を直属の幹部にッ⁉︎」


「軍人としては優秀なのかもしれない…だが、あの常軌を逸した行動は頂けんな。」



周りの幹部将校が言いたいだけ言った後、再び席について作戦会議を再開する。テント内は、再び誰がどこを攻め込めばよいか、様々な意見が飛び交う様になった。




ーー前線野営基地


アルフヘイム神聖国の東側沖合の群島は、ほぼ全てハルディーク皇国軍の基地や野営テントが建てられていた。まるでちょっとした集落の雰囲気であった。そんな中、1人だけ人気のない所でただ銃を眺めながら、その辺の岩に座っているベネットがいた。



「そんな所で何しているのですか?」


「んぁ?…何だ、スコミムスかよ。別に何でも良いだろ?」



そこへ現れたのは、彼の右腕的存在であるスコミムス・ケスピス大尉であった。彼は数年前に現れ、その優秀な頭脳からベネットの側近へと大出世した。



「……今回の戦争…真っ先に前線へ出て戦うものと思っていましたが…意外でしたね。」


「そうかぁ?俺ぁどっちかって言うとこっちの方が激戦の匂いがしたからこっちを選んだだけだ。…さっきも言ったが、あのオリオンに付いていけば自然と戦争がやって来る。強大な欲望を抱く所には必ず戦争の火種が来るもんだからな。ゲヒッ!」


「…『アレ』は?…どうします。」



スコミムスの言葉にベネットは一瞬口ごもる。そして、困り顔で頭をボリボリと掻いた後、落ち着きなさそうに答える。



「俺の性格上…あんまり気が進まねぇが…しゃあねぇだろ。」


「…そうですか。」


「まぁ…俺みたいな外道でも通すべき筋ってもんがある。それは…通してぇんだよ。ゲッゲッゲ…はぁ〜」




ベネットは立ち上がり、整備していたリボルバーを目にも留まらぬ速さでホルスターに戻していく。



「まぁそれはさて置いてだ…今はこの戦争に全てを捧げるつもりだ。ニホン軍と戦えない事は残念だが…エルフ族の綺麗な顔を吹っ飛ばせると思うとゾクゾクするわぁ〜…ゲッゲッゲ!」



2人が人気の無い場所から出て来ると、1人の兵士が息を切らして駆け寄って来た。



「し、失礼します!ベネット中将、通信所へ来て下さい。」


「あぁ?…何処の誰からだ?」


「そ、それが…何故か発信源を特定出来ず…『愚者』っと言えば分かると…」


「ッ⁉︎…分かった。」



ベネットは足早に通信所と呼ばれるテントへと向かった。



「…何番の固定通信機だ?」


「ろ、6番です!あ、あとモガモスカ中将からで、ベネット中将殿の部隊は第2陣との事です!」


「…あぁ分かった。」



見向きもせずにスタスタと歩き続けるベネット中将。その背中を黙って見つめるスコミムス大尉は、何処か悲しそうな目をしていた。



「随分…らしく無い事をするじゃないか、友よ。」





ーーハルディーク皇国軍 前衛基地 通信所



周りの軍用テントの中でも少し大きいテント…通信所では、多数の固定式通信機が置かれていた。魔鉱石と機械を足したような通信機には、ハルディーク皇国軍通信兵達が忙しそうに作業をする。その中の、6番の固定式通信機には、ベネットが真剣な表情で、その相手と会話をしていた。周りの兵士達はその只事とは思えない彼の表情に臆してしまう。



「(成る程な…あんたの言う『最悪の展開』になりつつある訳だ。)」


『(そういう事よ……トニーとソニーは、やっぱりレムリア共和国に毒されてた。あの陰気な2人の事よ、恐らく『計画』は、私達の想像しているよりもずっと早く進んでいる可能性が高い。)』


「(…ゲッゲッゲ!やっぱり早くぶっ殺せば良かったな!)」


『(いや…あの能無し皇帝が変に警戒する可能性もあったから、仕方ないと言えば仕方ないわ。)』


「(……あのお嬢ちゃんは?)」


『(大丈夫よ……少し非情かも知れないけど、あの子の存在があったからこそ、奴らの計画は遅れたようなモノね。でも…もうこれ以上先延ばしするのは出来ない…向こうも痺れを切らしてる。)』


「(いよいよってやつか……おまけにニホン軍との戦争…)」


『(…それは幸運ね。もしかしたら、この戦争のゴタゴタに扮して上手く誤魔化せるかも。……フフフッ)』


「(あ?何笑ってんだ?)」


『(貴方はやっぱり……あの子との出会いがもう少し早かったら…)』


「(…勘違いするな。俺は借りを返すだけ…ただのそれだけ、それ以上もそれ以下も無い。分かるな?)」


『(そう…取り敢えずコッチはこっちで進めるわ。)』


「(あぁ…頼むぞ、羊女。)」



静かに通信を切るベネット。彼は大きく背伸びをした後、スタスタとテントから出て行ってしまう。通信兵達は一体何を話していたのか気にはなっていた。しかし、下手な事をすれば撃ち殺される事を恐れ、誰も追求しようとは思わなかった。








ーーハルディーク皇国 とある部屋



絢爛な大廊下のとある壁から1人の女性が出て来た。王族護衛隊のアリエスである。彼女は周囲を警戒しつつ、そっと隠し扉を閉めてその場を後にする。



(…何としても最悪の状況を回避しないと……この世界のためでもある。)




彼女が真剣な顔でブツブツと廊下を歩いていた時、ある違和感に気付いた。廊下の奥を何人もの使用人や兵士達が忙しそうに駆け回っていたのが見えた。



(何だ?……何があったのか?)



アリエスはたまたま近くを通った1人の使用人に理由を聞いた。



「済まないが、何があったのか?」


「あ、アリエス様!…実は、第2世界からの使者が……突然この国へ…」


「何ッ⁉︎」




ーーハルディーク皇国 皇帝の書斎室



「コレはコレは……遠路はるばる良く来てくださりました。まさか…貴国からおいで下さるとは……初めてでして…。」



椅子に座り、緊張した面持ちで挨拶をするオリオン皇帝。周りにはトニーとソニー、シリウス、レオ、そしてアリエスがいた。全員がかなり驚いた様子で目の前の椅子に座る、涼しげな顔の男へ目を向けていた。


男は鎧の様なモノを服飾とした、煌びやかな服装をしていた。



「いやはや…まさか幹部の方々が揃いも揃って出迎えずとも良いのですよ。何やらそちらは、今かなり忙しそうで…。」


「そ、そういう訳には参りません!…まさか第2世界の『ガルム帝国』の外征長官である、オルバ・ラルゥ・クワンドゥア殿とは……しかし、どうやってここまで?」


「ははは…なぁに向こうの世界では当たり前の…飛行艇でココまで来ただけのこと。ほら…『例の半島』を経由すれば、この世界へ来る事は可能でしょう?」


「あ、あの秘密の通路ですか?確かに可能ですが…」


「いやぁ〜それにしても、この世界では未だに龍に乗ったり、飛行船すらまともに造れる国が無いとは……我が国の様な飛空艇は、かなり珍しいとは思いますが。」


「わ…我が皇国でも一隻造るのに苦労しているのに…流石、第2世界の国ですな。」



クワンドゥアは優越感に浸っているかの様な顔で話を続ける。



「ご存知の通り、第2世界でも非常に上質な魔鉱石が採れましてね。魔法技術はこの世界より遥かに進んでおります…まぁごく一部を除けばですが…。」



クワンドゥアの顔が当然、気難しい顔へと変わった。オリオン皇帝は少し口が詰まるクワンドゥアの様子を見て、ある事に気付いた。



「…『オワリノ国』ですね。」


「えぇ…全く困ったものです。未だに鉄の棒を振るうことを主力としている小国相手に大苦戦ですよ。実に腹立たしい事で…」


「もっと大々的に軍を派遣すれば良いのでは?」



レオが不用意に思ったことを口に出してしまう。この言葉を聞いたクワンドゥアは、レオを睨みつける。



「此方の『事情』については御存知でしょう⁉︎…オワリノ国への侵攻…いや、『聖教化』は決して目立たせてはいけないのです!それに…あの地帯は『特別』なのです。」



レオはオリオン皇帝にも睨まれてしまい、視線を下に向けてしまう。オリオン皇帝はこの空気を変える為、話を元に戻す。



「……そ、それで本日はどの様な御用で?『極楽草』や『純度の高い魔鉱石』は、滞りなく貴国経由で輸出している筈ですが?」


「えぇ勿論、貴国から贈られてくる輸入品は大変高評価ですよ。ですが、それだけではないないでしょう?…オリオン皇帝殿、『例のモノ』は?」



この言葉を聞いた瞬間、オリオン皇帝はハッとした顔をする。『例のモノ』…この言葉の意味を理解しているこの場の者全員が冷や汗をかく。



「…す、既に2つを確保しました。現在はユートピアの最深部で保管されています。」


「ほぅ!それは朗報ですな!では早速、ユートピアまでご案内頂けますかな?今回の目的はソレなのですからな。」


「しかし、『アレ』は一体何を目的に?…我々もよく分からないながらも、指示に従っていましたが、我が国が誇る魔法技術士ですら、『アレ』について全く理解出来ぬ状態です。」


「うぅむ…それは我々にも答えられぬのです。口を止められている…のでは無く、単純に解らないのですよ。ですが…『教主国』様からの調査で、『アレ』が『此処』にあると言われ、それを見つける様に指示を受けた以上、逆らう訳にもいかないでしょう。」


「は、はぁ…」


「御察しします。しかし、コレは貴国と教主国様が決めた…契約です。即ちそれは『神聖なる契約』…変な気持ちを抱く事は許される事ではありませんぞ。その契約が上手く運ぶ為の補助として選ばれた、我がガルム帝国も同じです。」



これらの言葉を聞いたトニーとソニーは、2人揃ってニヤリと笑う。その様子をチラリと見たアリエスは、心の中でかなり焦り始めていた。



「(クッ!…思っていたよりも早くに此処へ来た!…霧の壁が一刻も早く消えることを望んでいる、それは間違いない…だがそれ以上にも奴等は『例のモノ』の回収を急がせて、ガルム帝国を使い、回収しようとしていた。これは明らかに焦っているッ!)」



「それからオリオン皇帝陛下…エルフ族のフレイヤは確保しましたでしょうか?」


「今我が軍がエルフの国アルフヘイム神聖国へ侵攻を開始しています。彼女を抑えるのはそう時間はかからないでしょう。」


「そうですか……ですが、なるべく早くに頼みますよ。あの忌々しい霧さえ無くなれば、此方側への侵こ……おっと失敬、『聖教化』の障害となるモノが無くなります。貴方様からの情報が本当であれば、そのエルフの女こそが『カギ』です。」


「古代龍……」



古代龍による霧の壁……それはこの世界と第2世界を文字通り分断をさせる形となっていた。しかし、ハルディーク皇国が見つけた秘密のルート…一度はそれを封印していたが、オリオン皇帝は再びそのルートで第2世界の国と国交を樹立していた。


それによって得られた高い技術力…何故、古代龍が霧の壁を作ったのか…それは未だ定かではない。しかし、500年間…気の遠くなる様な年月を経て、今まさに、それが崩れようとしていた。



「彼女の『龍を操る能力』は……全世界の『聖教化』を実現するに当たっての近道となります。本当に…頼みますよ。」


「正確には…『龍とのコミュニケーション能力』ですが…まぁ彼女を服従させればそうなりますか。」



オリオン皇帝は息を呑む。今回の戦争、何としてでも上手く行かなければならない。改めてそう思い知らされた。



「では先ず…ユートピアへと向かいましょう。『例のモノ』を……」


「はい、宜しくお願いします。」


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