第87話 港町での死闘
少し時間が掛かりましたね。
ーーイール王国 港町ニベナス
パパパパ……パパパパ…パパッ
ドォーン…ドォンドォン……
パーン…パーンッ
普段であれば静寂に包まれる港町ニベネス。その町は今現在では、自衛隊とミノタウロスとの死闘が今まさに繰り広げられていた。
「近づくな!!!離れたところから撃て!」
「クソッ!弾が切れやがった!」
「最後の弾倉だ!大事に使えよ!」
「ミノタウロスは後8体だ!」
「まだ半分以上も居んのかよ⁉︎」
ミノタウロス達との戦闘により…いや、殆どがミノタウロスが暴れ回った事により港町ニベナスは半壊していた。
「ッ!また岩が来るぞーー!!!」
「伏せろ!!!」
ミノタウロス達が近くにあった岩や建物の瓦礫を拾い、それを自衛隊目掛けて投げつけてきた。
「うわっ!!!」
ガシャーーン!!!
飛んできた岩が軽装甲機動車(LAV)に直撃し大破してしまう。銃座からMINIMI機関銃を撃っていた隊員が衝撃により、放り出されてしまう。
「うぅ……」
「おい!…え、衛生兵!!!」
気が付けば辺りは負傷した自衛隊員で溢れていた。丸太のような太い手脚によって薙ぎ払われた者や先ほどのように岩を投げつけられ吹っ飛ばされた者などでいっぱいだった。まだ、死者がいない事が唯一の救いである。
しかし、彼らとてただやられただけでは無い。既に7体近くのミノタウロスを屠っているが、その主役となった16式起動戦闘車は全て投げつけられた岩や瓦礫によって使い物にならなくなってしまった。
つまり今現在、自衛隊員達は小火器をメインに残りのミノタウロス8体と戦っていたが、それも限界に近かった。
「クソッ!…動ける者は何人だ⁉︎」
「…せ、正確な数は分かりませんが、恐らくは16人ほどかとッ!」
「16人⁉︎…3分の1も残ってねぇな!!!ほらほら休むな撃て撃て!!!」
ダダダダダダッ!!!ダダダ!!!
撃ち込まれる弾丸がミノタウロスの身体を痛痛しく抉っていく。しかしその傷も、直ぐに並外れた回復力で塞がってしまう。
ブォォォァーーーー!!!
ミノタウロスの大地を揺るがす咆哮が響き渡る。そして、身を屈めると同時に猛スピードで3人が固まっている岩陰へと突っ込んで来る。
「ッ!逃げろー!!!」
ドゴォォォン!
大きな岩はあっという間に粉々に吹き飛んでしまう。ミノタウロスの方は以前問題なし。
「…おいおい…マジでやばいぞこりゃ!」
110㎜個人携帯対戦車弾(LAM)も84㎜無反動弾も使い切ってしまった。残る有効的な火器は、手榴弾と壊れた車輌に搭載されたM2ぐらいである。
「こ、こっちに来るぞ!」
1体のミノタウロスが隊員達へ向かって丸太を片手に迫って来た。
「撃てぇ!」
隊員達は一斉にミノタウロスへ向けて引き金を引くが、その勢いは劣る事なく近づいて来る。
「装填!」
「装填!…あっ!弾がありません!」
「装て…ッ!じ、自分もです!」
これを機にミノタウロスが丸太を振り上げて、隊員達へ振り下ろそうとしたその時ー
突然ミノタウロスが尻餅をつき、頭を押さながら苦しそうな表情を見せる。その頭からは血がどくどくと流れていた。
その後すぐに銃声が響き渡る。
「…こ、後方支援の狙撃部隊だ。」
港町から120m近くの離れた木や草が生えた緩い山の斜面にて、複数名の狙撃手と観測手達がいた。
「…おー、ヒットヒット。こめかみに見事命中。」
「良し!…このまま一気にー」
「お、ちょい待ち…出てきたぞ。模様だ!」
先ほどの狙撃で大ダメージを受けていたミノタウロスの胸に模様が浮き出てきた。実は今まで倒してきたミノタウロス達も、この模様が現れて、それを攻撃するとミノタウロスは死ぬ事が分かった。しかし、この模様はミノタウロスにダメージを与え、弱らせなければ浮き出てこない。
隊員達はこのチャンスを逃さずに、胸の模様へ向けて発砲をする。
「右胸だ!撃て!!!」
ダダダダダッ!ダーン!ダダダッ
ドンドン!
銃弾がミノタウロスの右胸を深く抉り、血を吹き出す、するとミノタウロスは、そのまま力なく崩れるように倒れていった。
狙撃手はスコープを通して、ミノタウロスが倒されるのを見ると小さくガッツポーズを取る。
「良し!あと7体!」
「真壁…左へ約12m…2体いる。」
観測手の言葉を聞くと、ゆっくりと左側へと向けていく。スコープの奥では2体のミノタウロスが暴れていた。
「いたいたッ……」
「風は西から来てるぞ。」
「了解……」
ダーーーンッ!
数秒後に真壁は引き金を引き、銃声が響き渡る。銃弾はミノタウロスの首に命中し、空いた小さな穴からプシィーっと血が噴き出てくる。
グォォォォォォォ……
ミノタウロスは首元を押さえながら膝を地面につける。そこへ近くの隊員達が一斉に撃ち込んでくる。
「…お見事。次は3メートル隣のヤツ。」
「了解。」
ダーーーンッ!
更に放たれた銃弾は、もう1体のミノタウロスの右脇腹を貫く。ミノタウロスは苦しそうに地面にうずくまると、隊員達が手榴弾を投げ込む。次の瞬間ー
ドォォォォォンッ!!!
大きな爆発と共にミノタウロスの肉片が四散していく。爆発をまともに受けたミノタウロスは、そのまま起き上がることはなかった。
ジャキンッ!
M24のボルト(遊底)を手動で操作する時の金属音が微かに響くと、7.62㎜の空薬莢が排出される。そして、観測手がスコープを通して次の目標を探る。
「……次はー」
ズゥゥンッ…
大きな地鳴りが2人の近くで起きる。観測手がスコープから目を離し後ろを振り向くと、深手のミノタウロスがすぐ近くまで近づいていた。
「ッま、まずい!逃げろ真壁!」
「わ、分かったッ!」
2人は急いでその場から離れようとするが、ミノタウロスの振り上げていた腕が2人のいた場所へ思い切り地面へ振り下ろされる。
ドゴォォォン!
まるで爆発が起きたかのような衝撃と瓦礫が飛び散っていく。真壁はギリギリで破片に当たらずに済んだが、観測手の方は、四散した瓦礫に脚が挟まってしまい身動きが出来ずにいた。
「ひ、平田ッ⁉︎」
平田と呼ばれる観測手は必死に脚を抜こうともがくがうんともすんともいかない。ミノタウロスは、再び腕を振り上げて平田に向けて降ろそうとしていた。
「クソッ!クソッ!…この!抜けねぇ!」
真壁は直ぐにM24を構えてミノタウロスへ向けて発砲する。
「や、やめろッ!」
ダーーーン!
銃弾はミノタウロスのツノに掠っただけだった。真壁は直ぐにボルトを引いて次弾を撃ち抜こうとするが、最悪のタイミングで弾薬が尽きた事に気付く。
「ヤバいッ!」
直ぐに腰のホルスターの拳銃を抜いてミノタウロスへ向けて撃つがまるで効いていなかった。ミノタウロスの大きな腕が平田へ振り下ろされようとしたその時ー
「ッ?…グルルぅ?…?ッ?…」
ミノタウロスの腕が突然止まった。2人は何故ミノタウロスの動きが止まったのか分からずポカンとしていたが、直ぐにハッと我に帰り、平田の脚を瓦礫から何とか退かし、引きずりながら出来るだけ遠くへ移動する。
「大丈夫か?平田。」
「……脚が折れてる……マジで痛ぇ…で、でも何で動きが止まった?」
ミノタウロスは先程から腕のあたりを不思議そうにジロジロと見ていた。何も今更自分の身体がおかしい事に気付く訳でもないだろうにと2人は不思議に思った。しかし、平田が何かに気付く。
「あれは……?」
ミノタウロスの右腕に緑色の点がチラチラと写っていた。2人はそれがレーザーサイトだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「おいッ!こっちだ!急げ!」
少し離れた所で中原陸尉が2人の元へ身を屈めながら近づく。
「な、中原陸尉!…一体何が?」
「お仲間さんから支援攻撃が来る!急げ急げ!」
2人で平田を担いでその場から離れる。すると、ゴォォーッ!という音が近づいて来る事にミノタウロス達は気付いた。
夜空の彼方からその轟音の正体が現れた。
『目標発見…良し、近くに自衛隊は居ないな。』
2機のA-10サンダーボルトが真っ直ぐ飛来して来る……在日米軍である。この戦闘の最中、中原陸尉は通信機を使って第五駐屯地へ連絡を取っていた。無論、航空支援が来ることを全隊員には伝えていたが、真壁達はその時ミノタウロスの攻撃を受けた事で通信機が故障してしまっていた。
実は滝川陸将補は、イール王国のギーマ国王に頼んだ内容は、自衛隊以外の…つまり米軍もこの第五駐屯地に駐在する許可を得たかったが為だった。流石になんの断りも無しに日本以外の国の軍隊を率いれるわけにもいかないからである。
コクピットに乗っている2人のパイロットが地上にいるミノタウロスに若干興奮気味であった。…本当に見えているのかどうかは不明であるが。
『ヒューッ!見ろよダニエル!…ミノタウロスだ!本当にファンタジーな世界に来てるんだな俺達って!』
『いいから…黙って任務に集中しろウィル。』
『OK……発射。』
2機のA-10から放たれるレーザー誘導爆弾が火を噴いて、ミノタウロス達に襲い掛かる。そして、外れる事なく全弾がミノタウロスに命中する。ミノタウロスは盛大に爆発し、もはや再生などが出来ないほどのダメージを負いそのまま倒れていく。
『命中。』
『命中!…曾婆ちゃんに良い土産話が出来たぜ!』
『ミノタウロスにぶっ放した話か?』
『いいや!ミノタウロスの肉を使ったステーキを砂漠の国で食べたって話だ!』
『おぉ〜良いねぇ…きっとクソみたいな味がするんだろうな?』
『ハハハッ!!!お前クソの味知ってんのか⁉︎』
『うるせぇ。』
続けてA-10から30㎜ガトリング砲が重音と共に火を噴いて、残りのミノタウロス達の身体を貫き、バラバラにしていく。
『ナカハラ陸尉。そっちは大丈夫か?』
『こちら中原陸尉…コッチは問題ない、奇跡的にも死者は居ないな、お陰で助かった。今度一杯奢らせてくれ。』
『へへッ了解。』
『ダニエル!…ミノタウロスはもう確認できねぇ感じだぜ。』
『了解…これより第五駐屯地へ帰投する。』
ミノタウロスをあっという間に片付けたA-10は、そのまま第五駐屯地へと戻っていく。こうして、港町ニベナスにおけるミノタウロス軍団との戦闘は無事に幕を下ろした。
戦死者はゼロであったが、負傷者は50人以上にも及んだ。
ーーとある海岸
先程までのドンパチが止んだ事で、恐らくは全員やられたのだろうと感じた、大きな荷物を抱える1人の男…ヨルチはボロボロの身体で、地面を這うように進んでいた。
そして、はげしく波がぶつかり合い飛沫をあげる岩陰へと移動すると、無線機の様なモノを取り出して連絡を取る。
「……こ、こちらヨルチ……イール王国の『影』は…自分を残して…ぜ、全滅。」
『……了解しました。主目的の方は順調に進んでいます。御苦労でしたね、ヨルチ。』
「も、勿体無いお言葉…です。…ほ、本作戦の方は問題無いでしょうか?…」
『アルフヘイム神聖国に居る『影』達に任せます。』
「りょ、了解しました…」
『あぁそれからヨルチ?』
「は、はい?…」
『通信を終えたらその通信機ごと海から落ちて死んで下さいね。』
「……勿論です。」
通信を終えると、ヨルチは通信機を抱えながら十数メートルもあるその場所から迷いもなく飛び降りていく。
(……必ず…勝利を…必ず……)
ーーハルディーク皇国 皇帝室
「ヨルチは見事に任務を全うしました。」
トニーとソニーは、椅子に座り頬杖をついて不機嫌そうに話を聞いているオリオンに向かいそう話すと、オリオン皇帝は大きなため息を吐いた。
「その作戦…何故に私に言わなかった?」
「申し訳ありませんでした。…万が一の情報漏洩を防ぐ為にどうしても…」
「ッ?…それでは私が誰かにベラベラと喋る可能性があると言っている風に聞こえるのだが?」
「…まぁ……しかし、あくまで可能性ですので。」
するとオリオン皇帝は突然、大声で笑い始めた。大きく仰け反るほどの姿勢で笑い、トニーとソニーは特に慌てる様子もなく黙って笑い声を聞いていた。
「ハーーッハッハッハッハッ!!!…流石だな…トニー…ソニー…実にお前達らしいやり方だ。何時もそうだな!お前達はそうやって…勝手に決めて動いては……素晴らしい報せを私に届けてくれる!!!」
オリオン皇帝の顔には怒りの表情は微塵もなかった。むしろ歯茎がくっきりと見えるほどの笑みを見せていた。
「良しッ!では今回の作戦は、お前達に任せよう!!!本来ならば、正面からニホン軍を叩き潰した後からじっくりとエルフ族のフレイヤを捕らえようと思っていたが……確かに、今ニホンは東側に目が行っているはず!超電撃的作戦だな!フレイヤさえ手に入れればこちらのモノよ!」
上機嫌なオリオン皇帝の話を暫く聞いた後に、トニーとソニーは部屋を後にする。そして、薄暗い廊下を2人は会話をしながら歩いていた。
「……ヨルチが死にましたね。」
「まぁ…逸材であったが故、惜しいですね。」
「でも仕方ありませんねぇ。」
「仕方ありませんなぁ。」
「思った以上にニホン国は…手強いですなぁ。」
「ヴァルキア大帝国だけでも厄介であるのに……腹が立ちますねぇ。」
トニーはオリオン皇帝の事を口に出す。
「ところで…オリオン皇帝はどうですか?」
「あぁ〜〜〜……『アレ』はダメですね。」
「やっぱりですか?」
「えぇ…『上』に立つ器ではありませんなぁ。」
「フゥム……では誰がこの国を導くのですかな?」
「この国の未来など…どうでも良い事です。」
「えぇ…確かにどうでも良い事でしたなぁ…つい思い入れが…ですがもう直ぐ…我々の長年の夢が今果たせそうですね。」
「時間はかなり掛かりましたが…まぁ1つの国を…ましてや腐っても列強国の一角を犠牲にするのですから、仕方のない事でしょうね。」
「全ては…何のため?」
「何のためか?…答えは決まってますねぇ。」
「決まってますなぁ…。」
2人は廊下にある装飾を少し動かした。すると壁から秘密の隠し扉が現れ始める。2人は注意深く周りを見渡して、その部屋に入っていく。
部屋には複数の灯った蝋燭が円を描くように立てられていた。その円の中心には煌びやかな机が置かれており、その上に1冊の本が置かれていた。2人は机…と言うよりもその本に向かい突然跪き、指を絡め手を握りしめる。そして、ゆっくりと祈りを捧げ始め、その神の名を口に出す。
「「あぁ〜〜〜…聖神にして導きの女神『メルエラ』よ……どうか御導き下さい……そして祖国『レムリア』に栄光を与え下さい。」」
2人は第2世界の転移国家…レムリア共和国の主神メルエラを崇拝していた。トニーとソニーは、とある任務でここへやって来た工作員…レムリア共和国の手の者であった。
ーーユートピア 魔法技術研究室
相変わらずに蒸気が立ち込める機械仕掛けだらけのこの空間。その内のとある場所にある魔法技術研究室では、魔法技術者達がヨルチの持ち帰った『A・W』の残骸と睨めっこをしていた。
そこへデドリアス・スコーピオがやって来る。
「どうだ?何か分かったか?」
「局長ッ!…ダメです…この機械人形の構造はサッパリです。」
「……一応電力式に動いている事は間違いないのですが……それ以外に関しましては何も…アルフヘイム神聖国には、上級魔法によって『土の人形兵』を創り出す力を持っているので、それと似たモノであるかもしれませんが…やはり魔力や魔鉱石の類は何も…」
お通夜の様な深刻な空気で答える魔法技術者達、デドリアスも一通り『A・W』を観てみるが、やはり何も分からないが正直な感想である。そして、腹の底から悔しみと怒りが満ち溢れる。
(クッソ‼︎…異世界国家の超技術が手に入ると思ったのに、肝心の構造が分からないのであれば仕方ないではないかッ!…我々とは全く異なる文明…そして技術と言うことか…実に腹立たしい!)
しかしこの残骸…確かに損傷は激しいが、ちゃんと原型を留めているところを見るとこれ以上の解体はあまりにもリスクが大きい。下手をすれば何もわかりませんでしたで終わりもう修復は不可能になってしまう。
「……電力式っと言ったな?試しに電系の魔鉱石を使ってみよう。」
「よ、宜しいのですか?」
「動かせる様になれば多少の仕組みは分かるやもしれん。やってみよ!」
「「ハッ!」」
魔法技術者達は数人がかりで『A・W』を最深部まで運び出した。デドリアスは期待と不安で胸が押しつぶされそうであったが、上手くいけばこの技術を応用する事が出来る。
「吉と出るか…凶と出るか。」