第5話 ロイメル王国とアムディス王国
チョット長めになりました。
――ロイメル王国 東側 『禁断の地』上空
既に日が沈み、美しい星と月明かりが微かに世界を明るくしている。その夜空を数十騎の翼龍騎士団が編隊を組んで飛行していた。その中に、第8翼龍騎士団団長クックと第9翼龍騎士団団長アンドゥイルがいた。
「伝令兵!まだ、偵察隊からの報告はないのか?!」
「ハッ、まだ連絡はありません!」
第1翼龍騎士団団長兼総長ラーツからの報告に出てきた謎の灰色の龍。その灰色の龍がやってきた北東方向へとクック達は数騎の偵察隊を派遣していた。
「ラーツ殿の話では、その『灰色の龍』は翼龍とほぼ同じ大きさで速度も機動力も翼龍よりも高いと聞く。しかし正直なところ私はまだ信じられんな」
第9翼龍騎士団団長アンドゥイル。9人いるロイメル王国翼龍騎士団団長の中で唯一の紅一点である。長いブロンドヘアーをポニーテールの様にまとめている。年齢は38歳だが、その容姿は20代半ばといっても良いほど若々しい。しかし、その眼は一流の猛者そのもので性格は男勝りである。
「何を言っているのだアンドゥイル。ラーツ総長の話を信じないというのか? 彼がどれほど有能で忠誠心のある男なのかは、お前もよく知っているだろ? 彼が嘘の報告や何かと見間違えるようなヘマをするワケがない」
アンドゥイルの言葉を叱咤する様に話したのは、第8翼龍騎士団団長クックである。カイゼル髭が特徴の男で49歳。非常に厳格であるため、他の団長達からはウザがれる事もしばしば。無論団長に選ばれるほどの実力はある。
「フン!別にそんな意味で言ったわけではない。相変わらず堅苦しいやつだなクック」
「何を言うか! 軍人たる者仲間を信じ、国に絶対的忠義を尽くす事が大事なのだ! それなのに最近の兵士ときたら……」
クックがブツブツと文句を言うとアンドゥイルは「また始まった…」と口をこぼし、ため息をつく。すると、突然伝令兵が報告に来た。
「ほ、報告します。北東方向へ偵察に向かった部隊から謎の飛行物体を2騎発見したとの事です」
「ん? 2騎だと。灰色の龍は2騎もいたというのか?」
「い、いえ、1騎は先の報告の通り灰色の龍と思われるのですが、もう1騎の方は灰色の龍よりも遥かに大きい飛行物体との事です。恐らく、母龍ではないかと……」
「何?!よし、分かった。第8翼龍騎士団の半数は私と来い! 残りはここに残り引き続き警戒にあたれ! 不審な物があれば魔伝でスグに報告しろ!」
「アンドゥイル、お前たちはどうする?」
「我らはここに残ろう。クック達も何かあれば直ぐに知らせてくれ。決して無茶だけはするなよ!」
そして第8翼龍騎士団の半数は北東へ向かい、残りの半数は第9翼龍騎士団と共にその場に残ることとなった。
――『禁断の地』から北東約850㎞地点
クック率いる翼龍騎士団は偵察隊と合流。そこで、驚くべき物を見た。
『灰色の龍』そしてその母龍と思われる飛行物体。見た事のない形状をしているが、何に似ているのかと言われると『龍』としか答えようがない。この世界ではここまで大きく空を飛べる生き物は龍以外に存在しないからである。
母龍と思われる物体を見た時、クックは思った。
デカイ……昔見た炎龍よりも。しかし、何とも不思議な形をした生き物だ。そもそも生き物なのか?
速さは翼龍と同じくらいか……いや、ワザと遅くしている様に感じるな。まるで向こうも我々を観察しているように。
翼と思われる所に剣のようなモノが左右翼に2つずつ付いており、それが高速で回っている。
しかし、クックはその母龍と思われる物体の先頭に何とか追いつき確認した。すると、信じられないものを見た。
「人だ、人が乗っている!」
するとそれらは突然大きく旋回し、さらに北東へと進んで行った。それも凄まじい速さで。
「やはりワザと遅く飛んでいたのか!」
他の騎士団が逃げていくソレに向かおうとする
「お、追え追え!」
「恐らく敵だ!仕留めろ!」
するとクックが声を上げる。
「やめい、このまま引き上げるぞ! 伝令兵、『禁断の地』に残っている者達に魔伝だ、よいな?」
「ハッ!」
クックは未知の飛行物体が消えていった方向へと目を向けて呟いた。
「奴らは一体」
――ロイメル王国 王都ロクサーヌ 王城 政務官会議室
部屋に集まった政務官たち。真剣な顔をしている者もいれば早く終わらないかと言いたげな表情をしている者もいる。
数時間前、第1翼龍騎士団団長兼総長ラーツからの報告にあった謎の『灰色の龍』が『禁断の地』北東からやって来た。最初は新種の龍ではないかといった答えが多かったが、「明らかに生き物ではなかった」と言うラーツの言葉を聞いた一部の大臣からは「アムディス王国の新兵器ではないか?」といった意見も聞かれた。
新種の龍ならともかくアムディス王国の新兵器だとしたらマズイことになる。
報告を聞く限りでは、『灰色の龍』は翼龍よりも速く、機動力も高いとのこと。それが兵器となれば間違いなくロイメル王国の脅威となる。
想像以上に事態は切迫していた。
「さて、今回の件を皆はどう捉える?後に色々と報告も出てくるだろうが、現時点での皆の意見をもう一度確認したい」
ロイメル王国 国王グラディス・ルファー。ラーツからの報告を聞き、緊急の会議を開いた人物である。
「今更ですが、今回の件はハッキリ言って誤報ではないでしょうか? 炎龍でもない生き物が翼龍以上の性能で飛ぶなどあり得ません」
「ラーツ団長が誤報するなどありえん!怪鳥の一種の可能性もある」
「だから、新種の龍だと言っているだろうが!」
「何を根拠に言っているのだ? 怪鳥の可能性もあるだろうが!」
「だが報告では生き物では無かったと……」
「新しい魔法防具を装備した翼龍かもしれんぞ!」
「だがどの国が開発したのだ? クドゥム藩王国か? フラルカム王国か? 少なくともこのドム大陸に存在する国にそんなおとぎ話の様な防具を作る技術などないぞ! 唯一可能性があるとすれば……」
「アムディス王国」
「しかし、アムディスに向かわせたダークエルフ族の隠密部隊からはそんな報告は無かったが」
「アムディスが我々以上の報酬金で買収したのかもしれん」
「お、おい。それでは逆にこちらの情報を敵に知られる事になるぞ!」
「だから、亜人族は信用ならんのだ!」
「おい、何だその言い方は! 差別主義者め!」
「今の発言を撤回しろ差別者が!」
「我が国はベルム教に頼らず、そして干渉せずに生きているというのに貴様は、」
「そのつもりで言ったわけではない!私はただ……」
「彼等と我らに大して格差などないだろうが!」
「その通り。生きとし生けるものには皆平等に自由を……」
いつの間にか会議の内容と目的が大きくずれ始めた事に国王は大きな溜息をつく。
すると、1人の男が会議室の机を思いきり殴り、ダァァン‼︎‼︎といった大きな音が会議室に響き渡ると部屋は一瞬にして静粛する。
「貴様らそれでもこのロイメル王国を代表する政務官か? 全く情けない……今我々がすべき事は、その『灰色の龍』に関する情報収集と周辺国の動向に目を光らせ警戒することだろうが! 何故そんな当たり前のことも思いつかんのだ!」
机を殴り、怒鳴り声をあげたのは軍務局局長のドルメル・ガーナンドである。彼の言葉に続いて、外務局局長のホムルス・マトゥが口を開いた。
「ホホッ、相変わらずじゃのうガーナンド殿。隠密部隊に関しては安心されよ。彼らは裏切ってはおらぬ。いや、あり得んだろう。彼らの腕は確かだ、まず捕まったり情報を漏洩する様なマネはせんよ。そもそもアムディス王国はベルム教を是とする国だ。仮に捕らえられても拷問などせずさっさと殺すだろうよ」
ベルム教はアムディス王国独自の国教で、その内容は大雑把に言えばアムディス人以外は人の姿をした悪魔とのこと。アムディス人以外と口を聞くだけでも罪であるとされる程であるため、アムディス王国は鎖国国家として続いてきた。
ところが近年、突然周辺諸国に対し戦争を仕掛け、圧倒的武力にて侵略を行っている。元々軍事力がどの程度なのか、鎖国国家である事からよく分かっていない国であるため、その軍事力の高さにロイメル王国を含めたドム大陸の国々は驚いた。
バタァーン!
突然会議室のドアが勢いよく開いてそこから汗だくの伝令兵が現れた。
「か、会議中失礼します! 第8・第9翼龍騎士団からの報告です! 北東約850㎞地点にて謎の『灰色の龍』を確認したとのことです!」
「本当か! それで他に何か分かったか!?」
「ハッ! 『灰色の龍』の側には炎龍と同等の大きさの飛行物体もいたとの事です! その飛行物体には、人が乗っていたそうです!」
「!?」
会儀室が緊張感に包まれる。
「ま、まさか本当にアムディス王国の……し、新兵器だと言うのか!?」
上級政務官の1人が驚愕しつぶやくと同時にざわつく会議室。ドルメルも額に汗が流れる。
会議室は「緊急で軍備を増強するべきだ」「まだ決まったわけではない!」といった意見が飛び交う。
そのなかで、グラディス国王は暫く考え込んだ後呟いた。
「本当にアムディス王国の兵器なのだろうか……」
その言葉を聞いた政務官達は一斉に黙り込み、ホムルスが口を開く。
「確かに、高度文明圏国家の可能性もありますな」
「ウゥむ……真意は不明だが、アムディス王国はその高度文明圏国家の内の1国と繋がりがあるという情報を隠密部隊から聞いたな」
「兵力だけならともかく兵器も我らを凌駕するか」
「ベルム教を是とするアムディス王国が他国とつるむとは、もはや国教などただのお飾りに思えるな」
すると会議室の扉から今度は外務局員か入って来た。
「報告します。先ほど、『禁断の地』にて警戒及び偵察出ていた第8・第9翼龍騎士団の所へ再びあの2騎の飛行物体が現れたとの事です。そこで、警戒態勢のもと、翼龍騎士団が誘導・臨検を行ったところ、ニホンという国の外務局員がおり
、我々に対し敵意はない事を伝えてきました」
「そ、それは誠か?」
「ハッ! それとニホン国はこのような事も発言をしていました」
外務局員は下記の事を伝えた。
・日本国は貴国から北東約1200㎞に存在する国である。
・日本は別世界から転移してきたため、哨戒機による日本国外へと調査活動をすすめた。その間、知らずに貴国の領空を侵犯してしまい、多大な不安と不快感を与えてしまったことを深く謝罪する。
・貴国との会談の場を設けたい。可能であれば、貴国と良好かつ平等な立場で国交を結びたい。
とても信じられないニホンと言われる国からのメッセージに全員が鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をしていた。そもそも国ごと転移など、高名な魔導師でもそんな神の如く魔法を使う事など出来ないからである。色々と信じられない事ばかりだが、ニホン国がわが国と会談を行いたいということは分かった。
「ニホン国?聞いたことが無いな」
「どんな国でどこにあるのだ?」
ざわつく会議室をよそにグラディスは混乱と驚愕しながらも指示を出す。
「う、うむ、分かった。ではホムルス」
「ホホホ。私の出番という訳ですな国王陛下。お任せ下さいませ」
かくして日本国とロイメル王国との国交を結ぶ為の会談が近日中に行うことが決まったのであった。
――アムディス王国 王都ランカーム
『号外、号外だよ!ラザール共和国との戦争が終結……結果は勝利!我がアムディス王国の大勝利だよ!』
音量拡張魔法具を使った男性が、多くの紙束を乗せた荷馬車に乗りそれを都内にばら撒きながら声を上げていた。
都の人々は、まだ夜中だというのに大通りや裏通りも歓喜のこもった大歓声をあげる者で埋め尽くされていた。
友人・家族・恋人同士で抱きしめ合い喜びを分かつ者、地面に跪き神に感謝するかの様に祈る者、自国が勝利した日に産まれた我が子に戦争で活躍した英雄と同じ名前を付けようとする者がいた。
その様子を王都が一望出来る王室の窓から覗いている1人の男性がいた。彼は、アムディス王国国王 バルトルア・ラザロ3世。国王と言うよりは死線をくぐり抜けてきた戦士の様な外見をしている強面な男性である。
「こ、国王陛下。少し宜しいでしょうか?」
上級政務官のタサナ・タナーハが恐る恐る声を掛ける。それに対し、バルトルアは鋭い眼光を返しながら聞く。
「なんだ?」
「ハッ、恐れながら申し上げます。後生です! どうか他国への聖戦行為を一時中断して頂けませんか?」
その言葉を聞いた途端、バルトルアは怒鳴るように答えた。
「馬鹿を申すな! 我がアムディス王国の永遠の富と繁栄の為、一刻も早いドム大陸統一が必要なのだ!」
「し、しかし、兵士達の多くは連戦に続く連戦で疲弊しきっています。それに、もう十分すぎるほどの領土を得ています。ここは、兵士達の事も考え、軍備回復と増強の為に聖戦中止を……」
「黙れぃ! それ以上くだらん事を抜かすと貴様を不敬罪で縛り首にあげるぞ!」
「ヒィッ!」
「分かったら下がれ!」
タサナは逃げる様に部屋を後にした。
バルトルアは近くにあった椅子に腰掛けると大きな溜息をつく。
「もう少し、もう少しなのだ。もう少しで我がアムディス王国がこのドム大陸を完全に統一できるのだ」
コンコンッ
誰かが王室前のドアをノックしている。バルトルアは今度は何だと言いたげな顔で扉に目を向ける。
「入れ」
ガチャッ
「失礼します。情報局のゴメスです」
「おぉゴメスか」
彼はアムディス王国情報局局長兼国王補佐官ゴメス・メレディーレス。35歳と若いが、バルトルアが心を許すことが出来る数少ない上級政務官の1人である。その彼の後ろから若い情報局員も入室してきた。
「お主が来たということは、ロイメル王国についてか?」
「はい。ロイメル王国にいる密告者のリヌート殿からの情報で、あの『禁断の地』にて問題が起き、王国政府は混乱しているとの事です」
「ほう、あの薄気味悪い土地でか?事によってはロイメル王国を攻め落とすチャンスとなるだろうな。それで、どのような問題がおきたのだ?」
「ハッ、それが……」
ゴメスの眉間にシワが寄ってくる。
その様子に気付いたバルトルアはゴメス今一度問いかける。
「どうした?申してみよ」
「ハッ! リヌート殿はその情報を提供する代わりに、先日の倍以上の報償金を要求してきました」
その言葉を聞いたバルトルアの顔にとてつもない怒りが表情と血管が浮き出てくる。
「おのれぇ、金の亡者がぁ! ドム大陸統一の暁には嬲り殺してやる!」
バルトルアの怒号を聞いたゴメス達は冷や汗をかいていた。そしてゴメスが口を開ける。
「も、申し訳ありません。我らの力がおよばなかったばかりに」
その言葉を聞いたバルトルアは先程までの怒りの表情が嘘のように消え、優しく答える。
「何を言うか。お主達情報局がおるからこそ我が国はここまで発展できたのだ。感謝してもしきれん。報告ご苦労であった……あとで褒美を与えよう」
「そ、そんな。今でも十分過ぎるほど恩恵を受けているのにこれ以上は……」
バルトルアはその言葉に笑いながら返した。
「ハハッ。これは私の気持ちなのだ、受け取ってくれ……」
「は、ハッ! 有り難き幸せ!」
「時にお主、確か名は……キルトとか申したな?」
バルトルアが声を掛けたのは若い情報局員であった。彼の名はキルト・スフルス、20歳。紅色の眼と銀髪が特徴的な若者である。
「ハッ! お見知り頂き光栄であります、国王陛下!」
「うむ。つかぬ事を聞くがお主、妻はおるのか?」
「は、はい。幼少期からの幼馴染みでサラと申します」
「子供はおるのか?」
「はい、男の子が1人。まだ首も据わってません」
「そうかそうか!ならば此度の褒美はお主の子の養育費に当てるがよかろう」
「は、はい! ありがとうございます!」
そしてキルトは部屋を後にするが、ゴメスだけは王室に残っていた。
「……してゴメスよ、ハルディーク皇国に送った密偵からの報告はどうだ?」
「ハッ。あの件に関する情報は未だに……」
「そうか……やはり分からんか。流石は高度文明国の中でも最も高い文明力を持つ5大列強国の内の1国だな。そう易々と情報を盗ませてはくれぬか」
バルトルアは椅子から立ち上がると、窓から王都を見ながら呟いた。
「私を、建国以降最低最悪の国王だと言ってくれ。この自分勝手な私を愚か者と言ってくれ……」
「そのような言葉、たとえ口を裂かれようと言えませんし、思った事もありません。陛下は立派なお方です!」
「それは人としてであろう?国王としての私は……」
「陛下、何を言っているのですか」
「分かっておるよ。上級政務官は私から王位を、奪い新たな国王を用意しようとしているそうではないか。おそらく私は殺される、もしくはありもしない大罪を被せるつもりだろう」
「そのような事、我々が絶対にさせません!」
「ありがとう、ゴメス」
ゴメスが王室から退出してから暫く経った後、バルトルアはとある部屋を訪れた。そして、その部屋にいる1人の存在に声をかける。その時の声は、国王としてでも友人に対してでもない、愛情のこもったとても優しく温かい声だった。そう、父親のような…。
「ただいま、セティ」
今回はロイメルとアムディスの2国の様子を書いてみました。読んで頂けたら幸いです!




