第83話 海戦後のイール王国
地図の件に関しての批判コメントが思っていたより少なかった事に少しホッとしました。
ーーハルディーク皇国 皇城
皇帝の部屋
「ふ、ふざけるなぁーー!!!」
ガシャーーン!!!
持っていたグラスを床に叩きつけ、激昂しているオリオン皇帝がいた。目の前には、落ち着いた様子のトニーが立っているだけであった。
「…ふざけてなどいません。先ほど申しました通り、我がハルディーク皇国海軍の主力『バルザック艦隊』の先遣隊62隻…合成獣のクラーケン1体を失い、初陣は敗戦しました。」
「だから…それがふざけているのだ!!!」
オリオン皇帝の怒りは収まらず、近くの高価な壺や置物を蹴るや投げるやで壊していく。その間も、トニーは動じることは無かった。
「フーッフーッ!……それで⁉︎次はいつ出陣だ⁉︎」
「ハッ、現在タウラス将軍の兵達が決死の突撃を開始し、イール王国港の占領を目指してます。その24時間後…タウラス将軍からの連絡がなければ、『ウェールズ艦隊』の援軍を要請し、合流次第進軍を再開するとの事です。」
「…タウラスは上手くできると思うか?」
「地上戦ならともかく、海上戦となると厳しいかと。ましてや、ニホン軍の実力が報告通りであれば、絶望的ですね…」
「チッ!あいつもダメか…我が計画の良い人材と思っていたが…仕方ない、代わりを探すか。」
「ふむ…『派遣公王制度』の適任者が早々見つかるとは思えませんが…」
『派遣公王制度』とは、ハルディーク皇国がとある時期に施行する制度である。オリオン皇帝がその実績を認めた者…優秀な政務官や武官を、一定地域を管理する統治権を与え、そこへ派遣する事である。その者達は皆が『公王』の地位を与えられ、皇国の直参下国家とする制度。
オリオン皇帝から声をかけられた者達は、全員がその派遣公王制度の件を勧められていた。当初は複数人が応じない、もしくは中々返事を返さなかったが、オリオンが皇帝の地位を得てから、全員が承諾の意思を表明した。
しかし、一名…例外がいた。
「オリオン皇帝陛下、キャサリアス様は如何致しますか?」
「ん?何をだ?」
「いえ…あのお方は承諾を得ては頂きましたが、中々に協力的では無くてー」
「あぁ〜…構わん構わん。実は奴には内緒で密かに進めていたのよ。」
「……『向こう』は確実に了承したと?」
「あぁ、キャサリアスの似顔絵を見せた途端、速攻で承諾を得た。ヤツ(妹)は、ナヨナヨした性格ではあるが容姿が素晴らしい。アレは他所からしたら超一級品扱いだな。」
とても実の妹に対する言い方とは思えない言葉を笑いながら話すオリオン皇帝。彼は、机の引き出しから複数枚の書類を机に置いた。そこには『国際政略結婚の件』と書かれていた。
「ふむ…レムリア共和国の元老院議長ベンジャミン・ヴィルヘルム様が御子息、パルナムス・ヴィルヘルム様のお気に召したというわけですね。」
「そういう事だ。まぁ側近の羊女は、奴を死んでも嫁に行かせようとしないらしいがな…口では言わないが、アレはそういう目をしていた。」
「アリエスですか?…全くあの女には困った者です。まぁ彼女にも公王の座を与える辺りは、キャサリアス様を守ってきた彼女に対する恩恵でしょうか?」
「恩恵ぇ?まさかッ!……あいつには辺境も辺境…蛮族国家しかいないような所へ送る予定だ。あいつの目…何か企んでいる。それを阻止する為に、キャサリアスから離すのだ。」
「企む?…ふむ、もしかするとあの時の事を?」
あの時とは、アリエスとその家族が奴隷商人達に捕まり、自分以外のみんなが殺された件である。実はあの時の奴隷商人は、オリオン皇帝の息のかかった商会が、彼の権力を盾に商売を行なっていた。不運にもその時の被害者が、アリエスとその家族だったのだ。
「かもなぁ、もしかしたら奴は何か掴んだのかもしれん。そもそも、あの奴隷商会の後ろ盾をしていたのが当時の俺だったからな。恨まれる覚えはあるにはあるなぁ。」
「あの時の黒幕が貴方様である事を掴んでいると?」
「可能性があるというだけの話…あの羊女は何かと俺に反抗的だからな。念には念をっと言うやつだ。そんな事よりも、早くイール王国再侵攻の準備を始めろ!」
コンコンッ
ガチャ!
「失礼します!皇帝陛下、メザート艦隊とビルゲット中将率いる第Ⅴ軍団が侵攻した西側諸国の約7割近くを制圧。残った国々は着実に和睦交渉を願い、無血開城の道へと進んでいるとの事です。」
1人の兵士の報告を聞いたオリオン皇帝は、満足そうな顔で答える。
「そうか‼︎では直ぐに西側諸国を1つの要塞基地へと開拓せよ!万が一、サヘナンティス帝国が攻め込んで来たときに備えるのだ。」
「ハッ!既に開拓は以前『娯楽用』として秘密裏に集めた奴隷達を使って、進めております!」
以前の合成獣の実験で、敗れた敵国の民を捕らえて秘密裏に連れて行った人々。普通であれば、列強国協定違反で大問題となるが、ハルディーク皇国はこれをうまく隠し、開拓及び開発用に使役する奴隷としていた。
オリオン皇帝は更に満足そうな顔をしていた。西側諸国を制圧し、サヘナンティス帝国への対策も進み、ヴァルキア大帝国との事実上の同盟も結びつつある。後はイール王国を制圧し、前線基地として、日本国制圧を行うだけなっていた。他の国々や列強国は、後でじっくりと手を掛けていけば良い…そう考えていた。
「いいぞ…イール王国以外は良い流れだ。晴れてこの世界を制圧した暁には、レムリア共和国と共に覇者としての栄光の道を歩む事ができるッ!」
この言葉を聞いたトニーはある懸念を胸に抱いていた。
(はてさて、あの国がそう簡単に手を取り合ってくれるかどうか…どちらかと言えば……)
ーーイール王国 王城
謁見の間では国王のギーマも含めた全員が緊張した面持ちで待機していた。港町にいた警備兵からの報告を今か今かと待っていると、1人の兵士がやって来た。
「こ、国王陛下!報告します!」
「な、なんだ。」
「突如襲来して来た、ハルディーク皇国艦隊の件で…」
「………。」
「に、ニホン国のジエイタイが見事撃退!敵を追い返したとの事です!港町への被害はありません!」
この言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れたギーマ国王はへなへなと玉座から滑り落ちそうになった。周囲の衛兵やメイドから喜びと安堵の声が聞こえてくる。
「そ、そうか!…しかし、我が国の主力水軍が全滅してしまった。」
「致し方ありませんが、ウッドード将軍がいなければ、敵は今頃港町を占領していた可能性がありました。ウッドード将軍達がいたからこそ、港町の被害をゼロにすることが出来たのです。」
側近の言葉を聞いたギーマ国王は、そうだなと自分に言い聞かせ、心の底からウッドード達に感謝をする。
「…だが、敵は直ぐにでも勢力を整えた攻め込んでくる。幾らニホン国から援軍が来ようとも、此方は『守り』ハルディーク皇国は『攻める』…明らかに向こうが有利だ。」
「分かりませんが、あれ程の艦隊をだった一隻で撃退する程の力を有したジエイタイなら…もしかしたら…」
「むぅ…それと、捕らえた捕虜達の件も少し納得がいかぬ。何故拷問しないのだ?」
「それも…ニホン国のやり方ですので…詳しくは分かりません。ですが、ニホン国は例え敵であろうとも捕虜を乱暴する事は絶対に無いとの話です。」
「ますます分からない…理解不能だ。まるで住む世界が違うみたいでは無いか?」
ギーマ国王と側近が、日本の理解できない行動とその力を難しく考えていた。そこへメイドが慌てた様子でやって来る。
「国王陛下!奥方様の容態が安定したと、サヤマ様がッ!」
「おぉ!本当か⁉︎良し、直ぐに行こう!!!」
ーー王妃室
狭山含めた『MSFJ』は海戦の最中もずっと、アデール王妃の麻薬中毒治療を行っていた。
多数の点滴と呼吸器装置に繋がれたアデール王妃は、スヤスヤと眠っていた。しかし、部屋の中は荒れに荒れていた。
部屋には所々傷だらけでヘトヘトの状態の狭山達がいた。実はアデール王妃は、ほんの少し前まで、麻薬中毒の禁断症状により、激しい妄想と興奮状態だったのだ。
近くのメイドや衛兵達も協力してなんとか押さえこむ事が出来た。
「はぁ〜〜〜参りましたねぇ、狭山さん。」
「仕方あるまいよ。現実逃避の馬鹿とは違って、このお方は治療だと思って、あの薬を飲んでたんだからな。」
「それにしてもかなりの暴れっぷりでしたねぇ。抑制作用と麻薬中毒治療用の『ナノマシン剤』の効果って相変わらず凄いですねぇ。」
「そんなこと言っても、所詮は其の場凌ぎだ。少しでも効果が切れれば直ぐにまた暴れ出すぞ。定期的に本格的な治療と『ナノマシン剤』を注入しなくちゃなぁ。」
バタン!
「あ、アデール!アデールは無事か⁉︎」
そこへ慌ててやって来たギーマ国王が現れた。国王は、ベッドでスヤスヤと眠る王妃を見てホッと一安心する。
「ありがとう!!!サヤマよ!お主達は正に名医だ!!!…しかし、まさかあの薬が…そんな恐ろしい効果を持っていたとは…あの顔色が良くなったように見えたのは……クスリの快楽作用だったのだな?」
「…アレは飲んではならない悪魔の産物です。残念ながら奥方様はそれを長期間服用していた為に、簡単に治すことは出来ません。しかし、根気よく治療していけば必ず回復に向かう事は出来ます。」
「あ、あぁ…すまない。本当に恩に着る。」
ギーマ国王は、王妃がこれから回復していくことを静かに祈った。例えそれがそう簡単に行かなくとも、また昔のように戻れる事を…。
ーーイール王国 自衛隊第五駐屯地
捕虜収容隔離棟
あの海戦から半日近く経った頃、急遽建てられた捕虜収容隔離棟には、200人近くのハルディーク人が収容されていた。そのうちの大半は、タウラス将軍率いる部隊であった。
取調室では、そのタウラス将軍の兵士一人一人に取調べを行っていたが、誰1人として、国のことは勿論、自身の名前すら語ろうとはしなかった。寧ろ、罵詈雑言が一方的に飛んでくる事も珍しくない。
「はぁ…全く、自分たちが置かれている立場ってのが分かってんのか?」
「だがそれくらい忠義の厚い兵士なんだろ?よく訓練されてるよ。」
「馬鹿ッ…褒めてどうすんだよ?」
取調べをしていた自衛官達からも疲労と不安の声が聞こえだしていた。まともに会話が出来ることは最初から期待してはいなかったが、こうも中々上手くいかない事は、思っていた以上にキツい所があった。
しかし、そんな中でも唯一話の通じる相手が存在していた。それはー
ーー取調室
「えーーっと…貴方のお名前と所属は?」
「うむ!我が名はタウラス・ディエス!!!ハルディーク皇国の大将補佐兼中将である!」
腕を組み、椅子にドッシリと座る堂々とした男…タウラス将軍がいた。彼はあちこちに傷をおっており、頭には包帯を巻いていたが至って大丈夫そうだった。
彼は自衛隊に対し特に嫌な顔1つせずいた。
「タウラス将軍…ですね。失礼ではありますが、そんな簡単に御身分を話して良いのですか?」
「勝者はお主達!!!私は敗者だ!!!敗者は勝者の要求に応えるのが戦場での鉄則!!!」
「は、はぁ…と、取り敢えず、此方からの質問にキチンと正確に答えて下されば、貴方達の身の安全と衣食住は保証します。」
「ムゥ⁉︎なるほど…敗者への情けか…実に慈悲深いモノだな!我々ならキツい拷問を四六時中行うだろう。まぁ私はそんな下品な真似はせんがな!!!…とにかく、私の部下の安全を保証してくれるのであれば良い!!!」
逆にここまであからさまに話してくると、何か戦略があっての事なのではと考えてしまう。しかし、あまり深くは考えずに取調べを続けた。
「ご、ゴホンッ…では最初に…貴方達は何故イール王国を攻撃してきたのですか?何かこの国に恨みでも?」
「恨みは特に無い!まぁ一部を除いてだが……イール王国への侵攻はお前達の国…ニホン国侵攻への準備だと捉えてくれれば良い!!!」
「…つまり狙いは我が国であって、イール王国はその為の前線基地の1つにするつもりだったと?」
「まぁそういう事た!!!」
「何故…我が国を攻め込もうと?」
「ニホン国はハルディーク皇国をコケにした!!!…っと言うのが建前だな。実際はニホン国を自国の属国にして、その力を手に入れたかったのが強い。それに、他の列強国への見せしめにもなるからな…『ハルディーク皇国はやると言えばやるぞ』っと。」
つまり、ハルディーク皇国は新しく手に入れた力を世界に誇示すると同時に勢力を拡大し、列強国での地位を上げてその力を確実なモノにしようとしているという事であった。しかしー
「…何故貴方達は…日本を狙うのですか?我々はただ平和に暮らしたいだけなのに…」
タウラス将軍は更に真剣な表情で答える。
「…ニホン国は異世界から来た国であろう?」
「ッ!……隠すつもりは無かったのですが、ご存知でしたか。」
「未だにニホン国は新しい辺境の新興国だと認識している国が殆どだが、少なくとも5大列強国は、ニホン国も異界から国であると気付き始めた。まぁバーク共和国だけは、気付いているかどうかは知らぬがな。」
「……日本国『も』という事は…他にも?」
「うむ……もしかしたら貴国もある程度の情報は得ているとは思うが…レムリア共和国とヴァルキア大帝国…この2カ国も貴国と同じように異世界から来た…存在だ。」
第2世界の転移国家、5大列強国の一角を担う転移国家…様々な国からの情報から、ある程度の予想はついていたが、これでほぼ確実なものとなった。
ヴァルキア大帝国は、120年前に突然現れて30年前に列強国の仲間入りし、他の2カ国の列強国との戦争に勝利。以降5大列強国となり、その力を確実なものとしている。
レムリア共和国は500年前に現れた国で、最初は他国からの交流の一切を拒絶…もし無理にでも近づこうものなら迎撃…そしてある日、突然四方八方に軍を派遣し、『聖教化』という名の侵略戦争を仕掛けて来た。
周辺諸国が次々と大火の如く勢いでレムリア共和国の魔の手に襲われる中、突如として現れた巨大な霧に包まれてしまい、事実上この世界と隔たれてしまった。
しかし、キトゥア大陸とローゲウス大陸も霧の向こうへと飲まれてしまう。キトゥア大陸はほぼレムリア共和国の『聖教化戦争』により、属国化となり、ローゲウス大陸もごく一部を除き、『聖教化』されている。
タウラス将軍の言葉とネイハム氏の言葉が繋がったことにより、この話が本当である線が濃厚となる。
「…だからこそ、我がハルディーク皇国は欲しがっている。この世界よりも遥かに進んだ…圧倒的な文明力、技術力、軍事力…異世界の力を手に入れて、この世界を統一しようと考えている。」
「…であればヴァルキア大帝国も黙っていないのでは?」
「その心配はほぼ無い。我が国とヴァルキア大帝国は友好関係を結んでいる。…ヴァルキア大帝国もニホン国に興味津々であるな、ニホン国を手中に納めたら、その技術力を分ける手筈となっている。」
「つまりは…互いの目的となる利益の為に手を組んだと?」
「そういう事だ。だから貴国がヴァルキア大帝国とコンタクトをとってこの話を伝えても、向こうは知らん顔をするだろう。」
「いずれ降りかかる脅威を放って置くとは思えませんが。」
「…我々にはあの国と対等になれる『あるモノ』があるからな。それもヴァルキア大帝国が我が国と争わない理由の1つでもある。」
その『あるモノ』が何なのか気になるところではあるが、タウラス将軍はそれ以上の事は話さなかった。
「…何故貴方はこれ程の情報を私達に教えて下さるのですか?幾ら敗者だからと言っても限度が…」
するとタウラス将軍は、クスクスと笑い始めた。
「…何が可笑しいのですか?」
「……理由その1、この程度の情報を教えてもこの戦に何の支障もないからだ。理由その2、敗者なのは今この場でだけだからだ。」
タウラス将軍の話を聞いてもイマイチピンとこなかった。タウラス将軍は相変わらず、ニヤニヤと笑っているがその目は真剣そのものであった。
「話は終わりだ!!!これ以上は無意味だぞ!だが1つ忠告しよう…一時の勝利、その油断は死を招くぞ。」
ーーイール王国 王都
真っ暗な王都の夜、その中を脱兎の如く速さで移動する複数の何か…。
「隊長、案外あっさりと侵入出来ましたね。まぁ、囮になってくれたタウラス将軍のお陰ですが。」
「…ニホン軍とイール王国は海戦での勝利に油断してます。チャンスですね。」
2人の男が中央に立つ1人の男に声を掛ける。その男は2人よりも背は低いが、誰よりも強い目と殺気を放っていた。
「まさかこんなにも早く…復讐の機会が来るとは……覚悟しで待つがよい、イール王国とニホン国。死の影が…お前達を迎えに行くぞ。」
その男の名は…ヨルチ。ハルディーク皇国隠密部隊『影』の隊長であった。
「…準備は出来てるな?」
「はい…勿論です。」
彼らの背中に掛けてある袋の中には大量の『ノヴァ』が入っていた。一人一人が屈強な男達…以前のメンバーとは段違いに強いのが見てわかる。彼らは、『影』の中でも屈指の実力者達でヨルチの弟子達であった。
今回の彼らの任務は1つ…イール王国と自衛隊第五駐屯地の破壊であった。