第71話 ハルディーク皇国の狙い
大変長らくお待たせしました。
空いた期間に対して割りに合わない内容かも知れませんが…
ーー中ノ鳥半島 中ノ鳥湾 沖合部
『八咫烏』の誘導の元、1日かけてようやく港湾が見えてきた。不安と緊張の中で夜もぐっすり眠ることが出来なかったシリウスは、これから始まる大きな賭けに挑もうとしていた。
「フフフッ…この交渉次第で我が国は大きく成長する。」
暫くすると、港湾の様子がハッキリと分かる位置まで近づいてきた。港湾には、無数の他国の貿易船や輸送船、使者を乗せる為の船などが見て取れる事から、シリウスは日本国がそれなりに多くの国と貿易によって繋がり、品々が豊富である事を予想する。
「ふむふむ…まぁ、テスタニア帝国を打ち負かした国だからな。何かしらの繋がりは得たいのであ………ッ⁉︎」
彼はふと港湾とは違う方向を見て驚愕した。彼だけでは無い、蒸気船『カルマ』に乗船している者全員が信じられない様子で眺めていた。
「な、なんだアレは⁉︎」
蒸気船『カルマ』の2時の方角から護衛艦『きりしま』が現れた。そして、1隻から先ほどの『八咫烏』と同じ様にスピーカーによる声が聞こえて来る。
『ここから先は、当艦の誘導の元続いて下さい!』
ソレは『カルマ』をも上回る大きさとスピードを有していた。向かって来る護衛艦『きりしま』は、あっという間に『カルマ』の前方に着き、スピードを合わせゆっくりと減速するのが見てわかった。
「あ、あの船はこんなにも早く減速する事が出来るのか⁉︎…いやそれ以前に、パドルも無ければ帆も無い…アレでどうやって動いているのだ⁉︎」
シリウスを含め、船のことならばよく知っている水夫達はただ口から出る正直な感想を無意識に話していた。
「アレ…どうやって動いてんだ?…蒸気ではないし…」
「ってかあの船『カルマ』よりずっと鉄の質量が多いのに、何であんなスピード出るんだ?」
「仕組みが分からん…し、新種の魔鉱石を使った動力源でもあるのか?」
シリウスは近くにいた自国の魔道士を呼び出した。
「ヘンリーよ。あの船からは魔法の類は感じられるか?」
魔道士のヘンリーは困った様子で答える。
「も、申し訳ないですが、あの船からは風魔法の類は一切感じられません。特殊魔波検知器も使って見ましたが…」
「反応は無かった…ということか?」
ヘンリーは静かに頷いた。それを見たシリウスの頬に汗が垂れる。魔法の類を使っていないのであれば、考えられる事は1つ…純粋なる技術によって造り出されたとしか考えられなかった。
「あり得ない!…まさかこんな辺境の田舎国家ごときがそんな…だがー」
「おい!周りも見てみろ‼︎」
「ッ!」
シリウスは、先ほど声を荒げた水夫の指差す方向を見てみると、先ほどまで護衛艦『きりしま』にばかり気を取られていた所為で気が付かなかった港の風景を見て驚く。
すこし離れた場所に途轍もなく巨大な鉄船があった。その巨大な鉄船とは日本からの品々が多数運ばれた『コンテナ船』である。
埠頭に設けられたガントリー・クレーンで貨物コンテナを次々とコンテナ船から降ろしていく。その光景を見た水夫達は息を呑み、そのうちの1人がシリウスに質問する。
「し、シリウス様…あの様な巨船…建造する事は可能でしょうか?」
「みるからにアレは鋼鉄製…それもアレほどの質量、体積で動かすなど…海に浮かせるだけでも一苦労だと言うのに……あんなもの造れる筈が無い…」
「で、では…あの巨大な鉄棒から伸びている紐は?…アレはそもそも何なのですか?か、滑車に見えなくも無いですが…」
「サッパリ分からぬ…どういう原理であの様な事になるのか……」
港を行き交う人々を見るが、特に驚いた様子も無く皆がそれぞれの仕事を黙々とこなしていた。中には知っている低文明国家の使者もいたが、あの光景を気にすることなくニホン国の貿易関係者と思われる人物にヘコヘコとしている。
「あやつらにとっては…もう見慣れた光景なのだな……」
護衛艦『きりしま』の誘導のもと、暫くすると蒸気船『カルマ』は港に停船した。水夫達は急いで下船の準備を行うが、シリウスは1人自室に籠り、椅子に座って顔を手で覆いながら深い溜息を吐いていた。
コンコンッ
「あ、あのぉ…し、シリウス様?…そろそろ下船の準備を…」
「はぁ…ん?あぁ…分かってる。」
あの謎の飛行物体を見た時から、多少の技術格差がある事は何となく覚悟はしていた。しかし、まさかニホンの土を踏まずにこれほどまでの大差を実感させられるとは思わなかった。
「はぁ…どうする?…通常通りに行くか?…そうだ…いつも通りにやろう…そうすれば上手くニホンを抱き込める事が出来る…」
シリウスはそう自分に言い聞かせながら、スッと立ち上がり、深々と深呼吸をした後部屋を出た。
シリウスは立派な衣服を身に纏い、堂々とした態度で蒸気船『カルマ』から降りていく。彼が船からは降りると、目の前には1人の自衛官が複数の部下を連れてやって来た。彼はビシッと敬礼をした後、自己紹介を始めた。
「私は日本国海上自衛隊所属、小山信吉二等海尉です。遠路はるばるよくぞおいで下さいました。」
シリウスも右手を胸に当てて少しお辞儀をしながら挨拶をする。
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます。私はハルディーク皇国外務局局長のシリウス・マルクッチと申します。突然の訪問で申し訳ありませんが、貴国と話がしたいと思い来た所存です。」
「ッ⁉︎そ、そうでしたか!上にはハルディーク皇国の使者が向かっている事は伝えていましたが、まさか外務局の局長が来日されるとは思いませんでした…直ぐに基地へ御案内いたします。」
「うむ。宜しく頼みますよ…ところで移動にはどういった乗り物を?…馬車の類は見られませんが…」
「彼方へどうぞ。」
小山二尉が案内した先にあったのは、ごく普通の自動車であった。しかし、これもシリウスにとっては不思議な物でしかなかった。
「ッ⁉︎こ、これが⁉︎(『ユートピア』で造られた『蒸気動車』に似てなくも無いが…動力部分がはみ出ていない⁉︎あ、あの車体の中に入っているのか⁉︎)」
恐る恐る車に入り、動き出すと同時に変な声が出てしまう。それは彼だけでなく、付き添いの者達も全員が同時に出てしまった。
「ウワッひょ⁉︎」
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫で…す。」
ーー30分後 中ノ鳥半島基地
ほぼ真っ直ぐな道のりを進む事30分、中ノ鳥半島基地に到着したシリウスは、大して揺れずに進んだ日本の車に驚いていた。
「(我が国の蒸気動車は、ここまで安定して走る事など出来ない…まず揺れが凄まじい…道というよりは動力の問題だったが、ニホンのコレは…)」
あまりの乗り心地の良さに車体を触りながら、感想を言葉に出してしまう。
「…凄い。こんなものを人は造れるのか。」
「さぁ、シリウス様。どうぞ中へお入り下さい。淡島外務官がお待ちです。」
「う、うむ。そうか…。」
シリウスはこれから始まる、国の威信と未来が掛かった最大とも言える交渉の場へと進んでいく。
ーー基地内部 応接室
「ようこそおいで下さいました。私、日本国外務副大臣の淡島徹と申します。」
「私はハルディーク皇国の外務局長シリウス・マルクッチと申します。突然の訪問に困惑しましたでしょう…申し訳ありません。」
「いえいえ!此方こそ、港でお出迎え出来れば良かったのですが、生憎込み入った事情がありまして…。」
応接室に入るなり、外務副大臣の淡島が笑顔で立って待っていた。2人は軽く挨拶を交わした後、握手を交わした。
ーー
◇日本国
外務副大臣 淡島徹
外交官 舛添香
◇ハルディーク皇国
外務局長 シリウス・マルクッチ
外務員 アヨセ・ミーソン
貿易局副局長 フリアン・ガビロンド
ーー
緊張感が漂う空気の中、最初に口を開いたのは、ニコニコと笑顔を見せる淡島だった。
「さて…本日はどういったご用件で?確か〜…貴国は5大列強国の…」
「仰る通りです。我がハルディーク皇国はこの世界を統べる5つの国が一角、偉大なる我が国が、貴国へ手を差し伸べるために来訪した所存です。」
シリウスは出来るだけ平静を装いながら、いつも通りのペースで答える。それに対し、淡島は特に大きな反応はしなかった。
「……なぜ…我が国へ手を差し伸べようとお考えに?」
「貴国は巷で噂の国でありますからね。あのテスタニア帝国を打ち破った謎の新興国…そのため、我が国は早い段階の内に貴国とより良い関係を築き、国交を結んでいきたいと思っているのです。」
この言葉に対し、淡島は少し怪訝そうな表情を見せた後口を開く。
「ふむ……なるほど、確かにその様な理由で我が国と関わりを作りたいとやって来た国は少なくありません。ですが、貴国は5大列強国の一角…そのような超大国が、そのような理由で我が国と国交を結びたいと言うのには、些か動機が単純すぎるような気がしますが?」
淡島の言葉にシリウス達は少し驚いた。今までの国であれば、喜んでハルディーク皇国と国交を結ぶ事に応じていたからである。列強国とのパイプを持ちたいと、向こうからせがんでくる時も珍しく無い。実際、ハルディーク皇国の傘下国の大半は、向こうから国交を結びたいと願い出て来た。
しかし、日本は頑なにハルディーク皇国が日本と国交を結びたいとする理由をしつこく聞いてくる。今までの相手が相手であっただけに、少し不快な気持ちになった。
「(まさか『列強国との国交』と言う餌に喰いつかないとはな…やはりニホンは噂通りの?)」
シリウスの側近であるアヨセ・ミーソンは、少し咳き込みながら淡島に質問をする。
「ゴホン!…えー、アワシマ殿?貴方は我が国の何が不満であるのですかな?我がハルディーク皇国は列強国ですぞ?」
「ええ、当然存じてます。」
「ならば…もう答えは決まっているではないですか?ここはサッサと我らの言うことに従った方が身の為ですぞ?」
アヨセは上から目線な態度で大きく鼻息をした後、足を組見始めた。それを見てギョッとしたシリウスは慌ててアヨセに小声で話す。
「(あ、アヨセ⁉︎何をしている!)」
「(何をって…『いつも通り』ですよ。この様な世間知らずな田舎者に、列強国である我々が『常識』というものを教えてやるべきですよ。今までもそうして来たじゃあ無いですか。)」
「(はぁ…今回ばかりは丁寧且つ慎重にやるのだ!お前も見ただろ?あの国の飛行物体と軍艦を…。)」
「(えぇ…確かに驚きましたが、1つの分野が異常に優れた国など幾らでも存在するものでしょう?そんな事で一々オドオドしていたらきりが無いじゃないですか?)」
「(それは分かっている。取り敢えずココは少し落ち着け。)」
アヨセは少し不満な表情を見せるが、ゆっくりと組んだ足を戻し、普通の姿勢に戻った。一通りのやり取りを見ていた淡島は首を傾げながら話した。
「あのォ…何かありましたかな?何やらコソコソと話していた様でした?」
「ご、ゴホン!…特になんでもありません。我が国のヴァルゴ皇帝陛下とその御子息、オリオン皇子は、貴国に対し強い関心を抱いておりますゆえ。貴国としても、出来るだけ多くの国との関わりを得たいのでしょう?ましてや、その相手が列強国であるのなら尚更では?」
「ふむ…確かに日本としては、列強国とのパイプを持っていた方が今後の事を考えれば必要かも知れませんね。」
この言葉を聞いたシリウスはチャンスとばかりに言葉を続ける。
「そうでしょう?…ですから、我々は貴国に手を差し伸べているのです。ではその証拠に…」
シリウスは同席のフリアン貿易副局長に目を向けると、クイっと顔を動かして合図を送る。
「はい。私はハルディーク皇国貿易局副局長のフリアン・ガビロンドと申します。我が国から貴国へ、これからのより良い関係を築くために我が国からの高価な品々をお贈りしたいと思います。」
彼がこの様に話すと奥のから3つの大きな木箱を水夫達が運んで来た。それが何なのか分からない淡島は質問をする。
「この木箱は?」
「ふふふ…」
水夫達が木箱のフタを開ける。するとその内の2つには多くの藁が詰められており、更にその中から高貴な形をした箱が取り出される。フリアンはその箱をゆっくりと開くと、中には『赤い木の実の様なモノ』が数粒入っていた。
「この木の実の様なモノは?」
シリウスはニヤリと笑みを少し浮かべた後答える。
「これは我が国の崇高な医薬学術と魔法技術によって生み出された奇跡の丸薬…『ルカの秘薬』でございます。」
「…る、『ルカの秘薬』?」
「はい!『ルカの秘薬』の『ルカ』とは、この薬の原材料を最初に発見した人物の名前から取っているのです。この丸薬は、ありとあらゆる病を治し、至高の幸福を与える…正に奇跡の正に万能薬なのです!」
「ほう!奇跡の万能薬…ですか。」
淡島達の反応を見たシリウスは、不敵な笑みを浮かべながら、箱から『ルカの秘薬』を一粒取り出して淡島へと手渡す。
「ささ!どうぞ、御一つ試しに使ってみてくだされ!…今は自覚が無くとも、誰しもが身体に何かしらの病を抱えているもの。苦味などは一切ありません、使えばたちまち『天国にいる様な感覚』を味わえます。」
「……。」
淡島はシリウスの言葉を聞いてある疑惑が頭をよぎった。そして、シリウスの持っていた秘薬を受け取ると笑顔で答える。
「お気持ちは嬉しいですが、今は大事な会談の最中…使用するのはまたの機会と言うことで。」
シリウスは「それでも是非」と言おうとしたが、下手に勧めすぎるのも怪しく思われると考え、これ以上の事は言わない事にした。
「…そうですか。では残りの品物もお見せしましょう。」
残りの一箱の中から現れたのは1つの卵だった。それもダチョウの卵の倍くらいはあるであろう大きさのモノだった。
「おお?これは何の卵ですかな?」
「こちらは…我が国のみが保有している龍の一種、『真龍』の卵です。」
「『真龍』?」
龍については日本もアムディス王国との一件以来、本格的に調査及び研究をしていた。無論興味深い結果の連続で、その鱗はちょっとした装甲車並みの硬度で重量はとても軽い。
喉元近くにある器官の『火炎袋』からは、どこから分泌されるのか未だに不明の高濃度のニトロ物質が検出された。
既に翼龍と闘龍、テスタニア帝国で仕留めた炎龍のデータは収集していたが、『真龍』のデータは持っていなかった為に、その卵を得ることが出来るのは正直なところ貴重なデータが取れる絶好の機会であった。無論、生命に危険のない検査であり、調べ終えた龍は元の国へ返すか自然へと自然に放していた。
「どうですかな?…因みに我が国が他国へ『真龍』の卵を渡すのは貴国が初です。」
「…いやぁ〜大変貴重なモノを頂きました。」
淡島の笑顔を見たシリウスは、高い好感を得た事を確信した。
本来ならばこれらの贈呈品を差し出すのは最終手段であった。万が一相手国が強国の可能性があった場合を想定しての備えだったが、今までの相手が低文明国家及び格下の高度文明国家であった為に、一度も使ったことはなかった。
いつもであれば、ハルディーク皇国の蒸気船や闘龍騎士団の圧倒的な強さを見せつけることで、国力の違いを見せつけて自国にとって有利な条件で友好条約と言う名の『属国化条約』を行うの筈だった。
しかし、護衛艦や無人機などを見たシリウスは、日本の得体の知れない未知の技術力を危惧し、今回の最終手段を使ったのだ。これには彼の側近達も驚き、列強国としてのプライドが傷つくと最後まで反対していたが、上官の命令とあって渋々従うことになった。
「ありがとうございます。この様なものを頂けるとは…」
「これからの関係発展の為ですから(良し!、これは非常に良い印象を与えたぞ!)。」
そこでシリウスが本来の目的である日本国との国交樹立について話をしようとしたその時、淡島の目が突然スッと冷たい目付きに変わった。
「では〜…貴国と我が偉大たるハルディーク皇国との国交樹立について、早速話し合いっていきたいなと思いますがー」
「シリウス殿。」
「ッ⁉︎は、ハイ?」
「非常に申し訳ありませんが、我が国の意思は、貴国が現れたつい先日に決まっております。我が国日本は……貴国と友好条約を結ぶ事はおろか、国交を樹立するつもりは毛頭ありません。」
「「ッ⁉︎」」
驚愕…先ほどまでの良い表情、雰囲気がまるで嘘の様にピリピリとした空気が、彼の目付きと一緒に180度変わってしまった。
「は、ははは!アワシマ殿、何をバカなことを…からかっているのなら度が過ぎますぞ?」
シリウスは戸惑いと怒りを心に滾らせながら、必死な笑顔で質問するが淡島の表情が変わる事は無かった。そして、彼の口が再び開きシリウス達へ向けて言葉を発する。
「一ヶ月と少し前…我が国の領土『ウンベカント』にて、サヘナンティス帝国、その他亜人族国家との関係を崩壊させようとする事件が起きました。幸いにもその企みは未遂に終わり、犠牲者も0では無かったですが、必要最小限に抑える事が出来ました。」
「そ、そうですか…それは…そのぉ…た、大変でしたねぇ?」
「…ご存知ないですか?」
「えぇ…ありませんねぇ。」
シリウスはヘヴァックの潜入工作が失敗したあの事であると直ぐに気が付いたが、シラを切り通して、何とかこの場を乗り切ろうとした。しかし、そう甘くは無かった。
「そうですか…舛添さん。」
「はい。」
知らないという返事を聞いた淡島は、ズッと隣でメモを取っていた外交官の舛添に声を掛けた。舛添は懐から一つのボイスレコーダーを取り出すと、それを机の上に置いた。シリウス達はそれが何なのか分からず、それを見つめる。
「コレは、その『主犯格』を事情聴取した時に録音した『音声』を記憶しております。」
舛添はボイスレコーダーのスイッチを入れると机の上に置いた。ボイスレコーダーからは巌城防衛副大臣と『影』の1人であるヘヴァックの声が流れた。
シリウス達はこの小さな黒い機械から出てくる声にも驚いたが、ヘヴァック自身の正体を明かしてた事により、その工作事件にハルディーク皇国が関わっていることを吐いた事に強い焦りを感じた。
(ッ⁉︎あのバカ‼︎…しくじったらサッサと自害しろと言ったはずだ‼︎)
「……如何ですかな?」
鋭い目つきで問いただして来る淡島により更に焦りが増すシリウス。どうすればこの状況を打破出来るのか必死に考えてた時、側近の1人であるフリアンが口を開く。
「ば、バカバカしいにも程ありますな!その様な戯言に狼狽える我々では有りませぬぞ!それに、その小さな物体から出て来る声…方法は分かりませんが、そんな子供騙し…ふざけるのも大概にして頂きたい。」
次いでシリウスも一気に詰め寄る様に言葉を発する。こうなってしまっては、多少強引にでも進めるしかないと思ったからである。
「全くですな。とんだ濡れ衣…とんだ茶番だ!列強国である我が国に対しこの様な無礼は到底許されぬ事では有りませんぞ?…コレは謝罪の一つや二つで済む話では無くなりましたな?貴国の望む『平和』を崩すキッカケにもなり兼ねませんぞ?」
「シリウス様の仰る通りである!全く!こちらが大人しくしていれば偉そうにッ…『あの2カ国』といい…ニホンといい…少し変わった技術力を持っているからと言って調子に乗らぬ事だ!」
シリウス達は席を立ち上がり、机を叩く勢いで怒りの表情を見せていた。それに少し臆する舛添だが、淡島は動じずに話した。
「…ふむ…そうですか。では…」
淡島がドアに向かい「入れ。」と言うと、ドアから複数の自衛官に連れられた1人の男が現れた。シリウス達はその男を見ると血の気が一気に引いて口をパクパクと動かしていた。
「なっ⁉︎…なん…そんな…お、おまえ⁉︎」
部屋に入って来たのは…ネイハム・エアドレッドだった。
「久しいな…シリウス。出世したらしいが…どうだ?責務は重かろう?」
「ね、ネイハム!…おまえは確か!あ、あの監獄島でッ⁉︎」
「殺された…と思ったであろう?無理もない…あの砲撃の雨を受けて生きている方がおかしい…だが現にこうして生きている。ニホンのお陰でな。」
開いた口が塞がらない。監獄島に幽閉し、そして、あの夜の砲撃でバラバラに吹き飛んだとばかり思っていた男が…生きていた事に、シリウス達は驚愕していた。
だが、何よりも驚いたのが、ニホン国に保護されている事に…最悪の内容が頭をよぎる。
「ね、ネイハムッ!…まさか、『アレ』をニホンに?」
「無論だ。ニホン国が『協力すれば身の安全を保証する』と約束してくれてな。まぁ何よりも、今まで国のために尽くして来たというのに、使えないと思えば牢へ幽閉、オマケに口封じと来た。もうハルディーク皇国に未練は無い。これからは私はニホン国に尽くすことを決めた。」
ハルディーク皇国が絶対に他国へ知られてはいけない『秘密』…それを日本国という彼らにしてみれば『辺境の田舎国家』がそれを知ってしまえば、ハルディーク皇国が孤立してしまい、最悪の場合、ヴァルキア大帝国との衝突の可能性もなくは無い…それほどの極秘情報だった。
「こ、この売国奴が!」
「ハルディーク人の誇りを忘れおって!売国奴め‼︎」
シリウスの側近達は鬼の様な形相で罵声を浴びせる。シリウスは冷や汗をタラタラと流し考えていた。
(事態は深刻だ‼︎…日本への『第2の作戦』も失敗し、オマケにネイハムを奪われて、極秘情報をニホンに……ま、マズイ‼︎)
「このネイハム氏から、色々と情報提供を頂きましてね。貴国の事について良く聴かせて頂きました。」
シリウスは全てを悟り、そして口を開く。
「成る程…分かりました。コレが貴国の答えなのですね?我々と『手を取り合う』つもりが無いと?」
「勿論。貴国と手を取り合うなど…デメリットしかありません。我が国は、ただ静かな平和を望んでいるだけなのです。」
シリウスの側近達は淡島達に罵声を浴びせ続けているが、シリウスがスッと手を挙げるとピタリとやめた。
「よく分かりました。我が国の機嫌を損ねると一体どうなるか…しっかりとその身に教えておく必要がありそうですかな?折角の栄光への望みを無下にするとは…」
「先に仕掛けたのはどちらですかな?とにかく、早く御帰り下さい。」
「…フンッ!その『静かな平和』を乱したのは貴国である事を御忘れ無く‼︎少し変わった技術力を持っているからと調子に乗らぬ事だ!」
「大人しく我が国の属国になっていれば良かったものを…本当に愚かな国だ!」
シリウスはガタッと立ち上がり、ノッシノッシと部屋を後にする。他の側近達も淡島達を睨みつけながら部屋を出る。他の従者も先ほどの木箱を持って出て行った。
バタンッ!
彼らが部屋を出て数秒後、ネイハムは崩れる様に床にへたりこんでしまった。
「はぁ〜〜〜……怖かった…しかし、スッとしたぞい!」
「お疲れ様でした、ネイハム殿。」
「う、うむ。だが相手は列強国の中の列強国だぞ?テスタニア帝国とは格が違う。」
今回のハルディーク皇国との会談は、蒸気船『カルマ』が現れてから、官僚達が緊急で会議を開き、どうするか話し合っていた。結果は、『ハルディーク皇国とは付き合うべきでは無い』と判断し、彼の国の出方を伺いながら適当にあしらっていく様に指示を受けていた。
しかし、あくまで日本は平和主義として最後まで反戦意思の構えをしていくつもりであるが、ハルディーク皇国がそれに対しどう動くかは全く分からないでいた。
「…素直にそっとしておいてくれるとは思え無いですね。」
「アワシマ殿…ハルディーク皇国を怒らせてしまったことは紛れも無い事実であるが、結局のところ、あれで良かったのだと思う。下手に仲良くしようとでれば、間違いなく面倒な事が起きる。結局のところ、あの国は他国と手を取り合う事とはほど遠い国なのだ…『列強国』という看板を盾に、常に他国を見下している。」
「まぁ…今更言っても仕方ありません。そもそも我が国を陥れようと仕掛けてきたのは向こうですし。」
ーー数時間後
蒸気船『カルマ』は、さっさと港を後にし、本国へと向かった。
先ほどの会談で自国のプライドを踏みにじられたシリウス達は、船内の一室で酒を飲みながらイライラしていた。
「クソッ!クソッ!…調子にのりおって、ニホン国め!」
「プハァ〜〜!シリウス様!あの国は列強国に逆らった愚か者です!我が国に抵抗した今までの愚行を赦してやろう歩み寄ったというのに…実に許せません!今すぐ、この船に常備されている大砲で港を吹き飛ばしまー」
「待て待て、少し落ち着け。」
ニホン国に対する不満を訴える側近達を鎮めるシリウスは、口を開く。
「やれやれ、ニホン国に対する第2の作戦…『ルカの蝕み』作戦は失敗か…今までの国々では上手くいっていたというのに…贈呈品による油断も上手くいかなかった…。」
『ルカの蝕み』とは、あの万能薬とは名ばかりの麻薬である『ルカの秘薬』を使った相手国内部からの崩壊作戦である。
「…ルカの秘薬を国の高官職者へと気持ちとして渡す。そして、それを使うことにより病が治ったと『思いこませる』。そして、強力な依存作用により更なる秘薬調達を要求してくる。ルカの秘薬の噂は少しずつ国勢内部へと広がり、更なる高官達がルカの秘薬を求めて買い付けてくる…遂には王族へと広がって…」
「「その国は『ルカの秘薬』に溺れる。」」
「ルカの秘薬の輸出をカードに我が国にとって有利な条件で事が様々な公約が結ばれる。オマケにルカの秘薬購入資金を膨大に手に入れる事が出来る。」
だからこそ、彼らが大量のルカの秘薬を淡島達へ贈呈品として贈ろうとしたのである。万が一、怪しいと思われても後から『真龍』の卵を贈呈する事で有耶無耶にして話を進めようと考えていた。しかし、それも上手くはいかなかった。
「それにしても、他の国々(バカども)は、コレが本当に万能薬と思っているのが滑稽ですなぁ。そう思いますでしょう?シリウス様。」
「フフフッ…全くだな。ルカの秘薬に含まれている治療用魔鉱石の一時的な緩和のみ…後は『極楽草』による身体と心の蝕みだけ。『娘を治す薬が欲しい』、『妻を治すあの薬が』、『息子が』、『自分の』、『親の』、『家族の』……こう言ったもの達が大金をはたいて手に入れた薬は…ただの『麻薬』……万能薬などあるわけが無い!本当に大馬鹿者どもだよ!滑稽だ!ハーハッハッハッ‼︎」
シリウス達の不気味な笑い声が辺りに響き渡る。そして、暫く笑った後、側近の1人がシリウスに質問をする。
「ですが…このまま何もせずに帰るのも如何なものかと…」
「やはりここは大砲で港を吹き飛ばしましょう!今すぐに船を引き返してー」
「いや…敢えてまだ何もするな……先ずは本国へ連絡出来る距離まで戻ったら直ぐに報告する。ネイハムがいたことは予想外だったからな。下手に手を出すのはあまり良くない…ここは堪えよう。」
側近達は少し不満げな顔ではあったが、シリウスの言うことを素直に聞いて、とりあえずは手を出さない事を決めた。
蒸気船『カルマ』は陽が沈みかけた黄昏の海をゆっくりと進んで行った。
ーー更に数時間後 とある海上
「もーーーー‼︎すっっかり夜じゃなーい!ねぁあんたん所の『古代龍』もっとスピード出なかったの⁉︎」
「これが精一杯だ!これ以上文句を言うとここから突き落とすぞ⁉︎」
「アララ?…女人鳥族の私にそんな事を言うなんて…いい度胸してるじゃない…トカゲちゃん♡」
「こ、これこれ…争いは良くなー」
「「『猿』は黙ってろ!」」
「さ、『猿』?…間違いでないが…間違いではないが…」
「オッ!もう着くのか‼︎全く待たせやがって!」
「うっぷ…酒臭いぞ。タダでさえドワーフ臭がキツイのに…」
「なにぃ⁉︎コッチこそ!エルフ族の陰気臭さが体に移りそうで嫌なんだよ‼︎」
「……全く品がない。」
巨大な物体の上だギャーギャーと騒がしくしているのに対し、その真下の海中では、鋭い眼光の魚影が心配そうにその上を眺める。
「まぁた喧嘩してるよぉ〜。怪我しなきゃ良いけどなぁ〜。」




