第70話 運命の一夜 その2
この前亡くなった祖父の道具を整理してたら折れた軍刀を発見…何があってこうなったのか。それを知るすべはない…
ーー王宮内のとある大廊下にて
月と燭台の明かりに照らされる普段は静かな大廊下、今日に限っては金属と金属がぶつかり合う音と男の雄叫びが聞こえて来る。
「だぁら‼︎」
「ぐっ!おのれぇ!」
謁見の間から出て行ったアガルドを追い掛けたは良いが、道中現れた『影』達に足止めされていた。
大廊下には2人の『影』達がスミエフ将軍に斬り伏せられ倒れていた。
「ハァー…ハァー……の、残りは貴様ら3人だけだ!」
スミエフ将軍は怪我こそは殆んど無かったが、既に体力の限界であった。彼の前には『影』幹部のリコーロを含めた3人が鎌剣を構えジワジワと追い詰める。
「おい、大丈夫か?」
「腕を軽く斬られただけです!クソッ!あのジジィ思った以上にしぶといです!」
「伊達に将軍は名乗ってないな。」
リコーロ達は中々スミエフ将軍を仕留めることが出来ない事に焦りが出ていた。彼らの身体には深傷ではないが所々に斬られた傷が見られる。恐らく何太刀も斬られたのだろう。
「フンッ!こ、この程度の相手…どうという事もないわ!」
今までたった1人で持ち堪えて来たスミエフ将軍にも疲れが現れ始めた。そこに気付いたリコーロは一気に畳みかけようとする。
「(いいか?奴はもう満身創痍だ。もう一度三方向から同時に仕掛ける。脚の健を斬れば終わりだ。)」
「(おう)」
「(舐めやがってあのジジィ…。)」
3人はゆっくりとした動きから一気にスミエフ将軍の周りを囲むような配置に着く。
「クッソ!…」
いつどいつから仕掛けて来るか分からない状況、すると後ろにいた『影』が鎌剣を振り上げて襲い掛かった。
「ヒャァ!」
チャリーン!
「うぬぅ!」
スミエフ将軍はギリギリで振り返ってその攻撃を受け止めると今度は別の方向から来た敵が滑り込む様に鎌剣を下から斬り上げて来た。
「ぐわッ!」
何とか転がって回避しようとするが、足首近くを斬られてしまい、そのまま体勢を整える事が出来ずにゴロゴロと転がってしまう。
「ぐっ!」
立ち上がる事が出来ない、何とか這いつくばりながら廊下の壁を背に付けた状態で剣を構える。『影』達は勝利を確信した様子でゆっくりと近づく。
「ヘッヘッヘッへ…もう終わりだ」
「逃げても辛いだけだゼェ?」
「さっさとくたばりな!」
構えていた剣も簡単に叩き落されてしまい、最早何の抵抗も出来ない状態となった。スミエフ将軍は半ば諦めかけた気持ちになり、静かに目を閉じてその瞬間が訪れるのを待っていた。
「(無念ッ……)」
次の瞬間、何かがゴトッと落ちる音が聞こえた。それと同時に生暖かい液体がスミエフ将軍に降りかかった。
「ッ⁉︎な、何だ!」
彼は目を開けて目の前で何が起きたのか見てみると、さっきまで圧倒的優位に立っていた2人の『影』達の首から上が…無かった。
「ッ⁉︎」
2人の首は床に落ちており、身体は直ぐに崩れる様に倒れてしまう。他の『影』達はスミエフ将軍とは別方向へ向いて身構えている。そこにいたのはー
「あ、アガルド様⁉︎」
アガルド・ヴェルチである。その手に持っている剣と身体にはおびただしい量の返り血が付いていた。
「て、て、テメェ!バズゥ達が仕留めに行った筈だぞ⁉︎」
「あぁ…確かにそんな奴が来たな…だが、私は生きている…そのバドゥとか言うヤツの姿は見えない…何故だろうな?」
アガルドの不気味な笑みとその言葉が全てを語っていた。
「まさかッ!」
『影』達がすかさず武器を構えアガルドへ斬りかかろうとしたその時、アガルドは一瞬で彼らの懐に忍び込み、流れる様な剣さばきで一気に2人を切り殺した。
「な…に…ッ!」
一瞬のうちに2人の部下が血を流し倒れる姿をただ見ることしか出来ないでいたリコーロ。
「兄上からは幼少の頃から剣術をご指南頂いてきた。…この程度の相手はどうという事はない。」
兄エドガルドを夢見る才無き弟…落ちこぼれ…そうとばかり思っていたアガルドは実際これほどまでの実力を有していた事に信じられないリコーロは、鎌剣をカチャカチャと震わせる。
「そんな馬鹿な事が…そんな馬鹿なー」
次の瞬間、彼の視線は突然足元まで下がってしまう。何故このようなことになったのか、自分の身に何が起きたのか、それすらも分からない。
視線を上へ向けると首の無い自分の身体が首から血を吹き出しながら立っていた。そして、彼の意識はどんどんと暗い彼方へと消えて行った。
「無事だったかスミエフ!」
部下の無事に安堵の表情を浮かべ近づくアガルド、スミエフ将軍も何とか立ち上がるがその表情は暗い。
「アガルド様‼︎…申し訳ありません……護衛のつもりが逆に護られてしまうとは…情けない限りです‼︎」
スミエフ将軍は廊下の壁に拳を叩きつけ、自身の不甲斐なさを恥じていた。アガルドは、そんな彼の肩を優しくポンと手を置いて微笑みを返す。
「気にするなスミエフ…それよりも此奴らは…」
「…えぇ、ハルディーク皇国の『影』共です。狙いは我らとニホン国の使者…ホリウチ殿達ですかな?何故に彼の国は我らを…」
アガルドは『影』達の死体を見ながら答える。
「先ずクアドラード連邦国家大統領であった父上…その息子である俺が目障りなんだろ?ニホン国については分からん。ついでなのか…我らと同じく、彼らにとって目障りな存在なのか…。何がともあれ、彼らには迷惑を掛けてしまった。」
「エドガルド様の仇と見るやつい突っ走った行ったのは、やはり良い行動とは言えませぞ。って私もですな…タハハ。」
「だが彼らにはいい情報が聞けた。」
「情報?」
「あぁ…お前と合流する前に襲撃してきたバズゥと呼ばれる『影』が言っていた言葉だ。……『これから襲い掛かる脅威からは、お前達は勿論、ニホンも逃げられずに滅びるのだ』っとね。」
この言葉を聞いたスミエフ将軍は顎に手をあてて考えた。
「ふむ……今回のとは別の何かをハルディーク皇国は仕掛けようとしているのでしょうか?」
「可能性は高い…本当はもっと聞き出そうと思ったが、まぁまぁの手練れでな…正直少し余裕が無かったのだ。」
2人が廊下で会話を続けている中で、奥の暗闇から1人の死にかけた『影』が現れた。彼は銃を引き抜き、ゆっくりと照準をアガルドに合わせる。
「く、クソ野郎がぁぁ‼︎」
「ッ⁉︎」
バチィ!
彼が引き金を引こうとした瞬間、突然何かが弾けた様な鋭い音が聞こえた。それと同時に、男はバタリと倒れ、起き上がる事は無かった。
「あ、危なかったですな…アガルド様。」
「うむ、そうだが…だ、誰がやったのだ?私ではないぞ?」
すると2人の目の前に1体の『A・W』が天井より降りてきた。
突然の見たことの無いモノの登場に驚く2人だが、すぐにコレが日本国の兵である事に気付いた。
「ニホン国のか…あの『ぷろじぇくたー』で見た事があるヤツと少し似ている。」
『お怪我は御座いませんか?』
「あ、あぁ…私もスミエフ将軍も無事だ。かなり心配をかけてしまったな…。」
『では、謁見の間へお戻りください。』
ーーイール王国 王都内
屋根から屋根へと飛び移りながら素早い動きで移動するヨルチがいた。
「はぁ!はぁ!…クッソ!まだ着いてくんのか⁉︎」
彼が振り向くと、其処には数体の『A・W』と低空飛行で飛んで来る『片影』がいた。
「王宮内各所定の位置にいた援護隊からも連絡がない…全員やられちまったのかよ!」
刻一刻と距離が縮まっていく、このままでは捕まるのも時間の問題…すると彼は腰袋へ手を伸ばし、ニヤリと笑う。
「良いぜ…やってやるよ。」
すると彼は近くの民家へ窓を突き破りながら侵入する。ちょうど夫婦と子供が眠っている寝室で、突然の来訪者にガバッと起き上がる。
「な、何なんだあんたは⁉︎」
民家の男は近くの木の棒をヨルチに向け、その後ろでは女が子供を抱き抱えて怯えていた。そこへ『A・W』達も突入して来る。『片影』は、民家に入る事が出来ず、その上空に停滞していた。
『投降しなさい。』
「へ、へへへ…大人しく捕まるわけないだろ?」
ヨルチは腰袋から光る物体を取り出した…『ノヴァ』である。
「あばよ…」
次の瞬間、大きな爆発が巻き起こり、その民家は跡形もなく吹き飛んだ。真っ暗な王都内に突然の轟音と共に光を放つそれは、直ぐに王宮内にいる者全員が気付いた。
こうして、深夜の王宮内で起きた襲撃事件は予想だにしない結末を迎えた。
ーー王宮内のとある倉庫内
「今の爆発は何だ?……」
アミラと共にアデール王妃の薬を取りに来た中村は、突然外から聞こえて来た爆発音に驚いていた。そして、もしやと思い謁見の間にいる宇津木へ連絡を取る。
「こちら『朝烏』…そっちは大丈夫か?なんか爆発音が聞こえたが?」
『コッチは異常無しだ。それに、もう終息した。敵は殆ど捕らえたよ。…爆発音はコッチも聞いた。衛兵達の話では、どうやら王都内の方から聞こえたそうだ。』
「そうか…そっちが無事なら良いが。」
中村はチラリとアミラの方へと目を向けると、彼女は高い棚の上にある壺を取ろうと必死にピョンピョン跳ねていた。
「うーーん!届かない…えい!…それ!」
(あの時みたいなスーパージャンプで取ればいいのに…)
「ほっ!と、取れた!って、わぁ⁉︎」
ガシャーンッ!
何とか壺を取ったまでは良いが、手が滑ったのかそれを床に落とし割ってしまう。
「あぁ〜〜!ど、どうしましょう!…ってあれ?」
「ん?どうした?」
「はぁ〜よかった…薬入れの壺じゃない…空の壺でした〜。」
床に散らばったのは壺の破片だけで、中身は入ってなかった。
「そうか…だったら良かったんだが…その肝心の薬は何処に?」
「はッ!そ、そうでした!えーっと、えーっと…あ!コレです!」
そう言うと彼女は小さな小壺を棚から取り出し、蓋を開ける。
「ほら!コレが薬ですよ!そう言えば最近、薬の数が少なくなってきたから、小さい壺に入れ替えたんでした!」
「ほう、随分と赤い色をした薬だな。まるで木ノ実だ。」
「コレは王都内のとある薬屋から月に一度頂いてるお薬なんです。…値段はかなりの額ですが、効き目は間違いないです。それに薬嫌いの王妃様も『この薬が無性に欲しくなる時がある』と言うんですよ!この薬は不味くない万能薬です。」
「へぇ〜、俺たちの国では『良薬は口に苦し』って言葉があるんだが、それを覆す代物か?」
ーー翌日 イール王国 王都
王都は昨夜の出来事がまるでなかったかの様な相変わらずの賑わいを見せていたが、あの爆発によって亡くなった一家がでてしまった。
爆発跡には王国兵達が処理と調査をしていた。その周りには近所の人達による野次馬が集まり、ガヤガヤとしている。
「昨夜は大きな爆発があったそうだが、何があったんだ?」
「アムールさんトコの家が吹き飛んだんだよ!一家は全員死んだらしい…」
「可哀想に…何があったんだ?」
「火の魔鉱石を油釜にでも落としたか?」
イール王国兵達は粉々となった家の残骸を片付けていた。そして、かき棒を使って細かい瓦礫をどかしながら、亡くなった家族の遺体を探す。
「はぁ…んにしてもひでぇ事するよな敵さんも…何の罪もねえ一家を巻き添えに爆死とは…」
「口じゃなくて手を動かせ。ほら、この木片の山を運べ運べ。」
「人使いの荒いやつだなぁ…んお?」
彼が木材を持つと何かに気付いた。奥の瓦礫からヒョコッと出ているモノが…
「指だ…人の指だ!」
「ッ⁉︎ほ、本当か⁉︎」
兵士達が一斉にその場所へと移動し瓦礫を退ける。瓦礫の下からは千切れた一本の腕が見つかった。見るからに男の腕…それは見るからにこの家の男のモノではなかった。
「み、見つけた…敵のだ!」
爆発の跡から見つかった死体は損傷がはげしすぎた為に誰がだれなのか、人間だったのか動物なのかすらも分からないほどだった。その為、敵が本当に死んだのか、それとも生きているのかの確認が出来ていなかった。
ーーイール王国 王城 謁見の間
昨夜の爆発による瓦礫は殆ど片付けられており、現在復興作業が進んでいる中、ギーマ国王と堀内外交官、護衛自衛官の宇津木と中村、クアドラード連邦のアガルド、スミエフ将軍がいた。
「昨晩は本当に…貴国の世話になったな、ホリウチ殿…『影』の件も然り、妻の件も然り…」
「とんでもございません。我々は当然のことをしたまでの事です。……犠牲となった兵士と民間人の方々には、申し訳ない気持ちで一杯ですが……」
「それは仕方のなかった事よ。まさか敵が自爆までするとはな…過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。…それに、先ほどの調査であの爆発跡からは一家の者以外の人間の腕が見つかったらしい…取り敢えずは万事解決だろう。」
「……ハイ」
堀内外交官達は昨晩の件で犠牲となった兵や民間人の件で、敵を捕らえきれなかった自身に強い責任を感じ、ショックを隠しきれないでいた。ギーマ国王は何とか彼らをこれ以上気に病ませまいと声を掛ける。
「…うむ…彼らの死を乗り越えねばならぬのだ。何事にも犠牲は付き物…お主達は…乗り越えねばならぬ。」
「も、申し訳ありません…変に気を使わせてしまって。」
「よいよい…さて、アガルド殿、昨晩貴殿から聞いた話によると…ハルディーク皇国はまた何かを仕掛けてくるっと?」
「えぇ、間違いないかと…」
「むぅ…そうなると不味いな……今度また敵が来れば、我等だけでは到底守り切れぬ。…あまり大きな声では言えぬが、お主達は見たであろう?我が兵達の『不甲斐なさ』を。」
「えっ?…いや、そんな…」
昨晩の件で、大して役に立っていなかったイール王国兵達、確かに殺し合いとなると誰だって恐怖は芽生えてくるもの…しかし、彼らの行動を見ていると、とても兵士として度胸があるように到底思えなかった。
「…分かっておる…しかしなぁ、コレが我が国のような『辺境の田舎国家』の現実なのだ。我が国は、他の大陸諸国とだいぶ離れた場所にある為に、200年近くも外国と戦争を起こした事が無い…只ひたすらに訓練の毎日、実戦など程遠い…ごく稀にクアドラード連邦と合同訓練を行う事はあったが、距離がある為に機会は少なく、オマケに海軍しか参加出来なかった。」
ギーマ国王は不甲斐なさそうに答える。その後に、堀内外交官が口を開いた。
「…それは恐らくハルディーク皇国も似たようなものかも知れません。」
「なに?列強国の一角がか?」
堀内外交官は自信なさげな様子だったが、言葉を続ける。
「昨晩現れたあの国の者を見ていると、何というか…『自分達が負けるわけがない』、『勝って当然』の様な…そのぉ…過信、軽率、自負心に満ち溢れていた様な印象が強かったです。…う、上手く言えませんが、彼の国は今まで『格下の国しか相手をしてこなかったから』では無いでしょうか?普通ならもっとエゲツないやり方をしてくるのに、隠密部隊と言う割には随分と正面から向かってきましたし…」
堀内外交官の言葉を聞いたギーマ国王とアガルドは考える。
「格下の相手…か。」
「ふ、ふむ…確かに、言われてみれば…だがしかし、それでも彼の国が我が国より上である事は確実。申し訳ないが、アガルド殿達を守りきる自信が…」
「でしたら…我が国で一時的に保護いたします。」
「「ッ⁉︎」」
堀内外交官の突然の言葉に、驚きを隠せないギーマ国王とアガルド。アガルド達を匿う事こそ、ハルディーク皇国を敵に回す事になる。それはすなわち、日本が避けたかった戦争が避けられない事に繋がる。
「そ、それは…我が国としては非常に心強い事だが、それでは貴国にハルディーク皇国の脅威がー」
「我が国は、今回の件で完全にハルディーク皇国から目をつけられたと言うことがわかりました。アガルド様達を匿おうが変わりありません。だったら、こっちもそれなりの対応をさせて頂くまでのこと…ご安心下さい、既に国からの許可は得ています。アガルド様…スミエフ将軍殿…お二人を日本国領中ノ鳥半島基地へお連れ致します。」
堀内外交官の言葉に口を開けてただ驚くアガルドとスミエフ将軍、確かに日本が彼らの知らない未知の武器兵器を有している事は分かっているが、ハルディーク皇国を相手に通じるのかハッキリ言って疑問に思っていた。
「それは…イール王国に迷惑の掛からない…良い案だとは思うが、今度は貴国に迷惑が…」
「ご心配なく…命を賭して守り切ります。」
堀内外交官と宇津木、中村の意志の強い目を見る事でアガルドは感謝の意を込めて敬礼をする。
「ッ!……かたじけない!」
堀内外交官は最後にある事をギーマ国王に伝える。
「あと…奥方様の事なのですが。」
「む?妻がどうかしたのか?」
「え、えぇ…その…奥方様のご病気を…我が国で治すというのはどうでしょうか?」
アデール王妃の病の事は、この国に来た時から聞いてはいたが、容態までは詳しくは知らなかった。しかし、中村から王妃の容態を聞いた時にもし治せるのならっと思った堀内外交官は、この提案をギーマ国王に出した。
「ッ!な、なに!な、治るのか⁉︎」
ギーマ国王は身を乗り出すように出てきた。それに驚いた堀内外交官は、すこしたじろいだ。
「せ、精密に検査をしなければ何とも…ですが…あの容態を見ると…」
「そ、それは非常に嬉しい事だが…妻の病気は不治の病…今飲んでいる薬で何とか命を繋いでいるのだが…確かにニホン国の技術力ならあるいは……すこし不安だが、治る見込みがあるのなら是非ともッ!」
「分かりました、ではその様に本国へ連絡を…それと…奥方様が服用されているお薬も調べさせてもよろしいでしょうか?」
「ん?あ、あぁ…別に構わんぞ。アレは時折来る薬屋から高額で買った薬なのだ。高額なだけに効き目は間違いないから、貴国も驚くと思うぞ!」
ーーイール王国 港町
多くの漁船で賑わうこの港町、沖から戻ってくる漁船からは大量の新鮮な魚が箱に乗って降ろされていく。そして、その魚が入った箱はまた別の船へと運ばれる。その船は輸送船で、他国へと輸出品を送るための大きな船である。
「コッチの樽を輸送船に詰めてくれ!」
「うっす!」
「おーい!ノグ茶葉の箱が2つ足りねぇぞ!」
「落っことすなよ!ゆっくり運べ!」
水夫達が忙しそうに積み荷を運ぶ中、近くの小屋でその様子を眺める1人の老人がいた。
「ホッホッホ…みんな頑張っておくれや。」
「親方!親方も手伝って下さいよ〜。」
「これこれ、年寄りをあまり虐めるでない。」
「やれやれ…」
老人がパイプ草に火をつけてプカプカと椅子に座りながら吸っていると彼の背後の壁から音が聞こえる。
コンコンッ…コンッ…コンコンッ…コンコンッ
「………誰かな?」
その音は誰かがノックをしている音で老人はその後ろにいる者に声を掛ける。すると、その壁の向こうから男の声が聞こえてきた。
「……調子はどうだ?……はぁ…はぁ…」
「まぁ…ぼちぼちですなぁ…。」
「そうか…はぁ…はぁ…」
男はかなり息が荒れていた。
「ふむ…どうやら昨晩のアレはお主の様だな…かなり手酷くやられたとみた。」
「あぁ…だが上手く誤魔化せた……おかげで腕一本無くしたがな。」
「そうかい…んで?どうするつもりだ?」
「トレボール王国経由の船に乗せてくれ…」
「ふむふむ…あの魚が入った樽に潜みなさい…そうすれば上手く行く。」
老人は輸送船の近くに置いてある1つの樽を指差して答える。
「…はぁ…はぁ…分かった。」
「だがなぁ…タダで帰ったらそれこそ無事では済まんぞ?」
「心配するな…ちゃんと手土産はある。」
男がそう言うと彼とは違うゴツっとした音が聞こえてくる。老人は彼が『何か大きなモノ』を持って来ていることに気付いた。
「…何か持っとるな?まぁいいか…ほら、早よう行きなされ…ヨルチさん」
壁の後ろにいたのは、あの時自爆したとばかり思っていたヨルチがいた。彼の左腕は無くなっており、かなりのダメージがあるのは姿や表情を見れば明らかであった。
「…はぁ…はぁ…悪いな。」
ーーとある海上
モクモクと黒煙を上げながら進む一隻の蒸気船『カルマ』は、大きな機械音と共に回るパドルが海を掛け分けながら悠々と進んでいる。
その『カルマ』と甲板で青い空を眺める外務局局長のシリウスがいた。
「全く、クアドラード連邦ももう少し骨のある国かと思ったがな…意外とあっけない。まぁいい…これでマグネイド大陸は、完全に我がハルディーク皇国のモノなっただけでも良しとするか。」
彼の元へ1人の将兵が訪れる。
「失礼します!明日にはニホン国領ナカノトリ半島に到着します!」
「おっ!そうですか。やれやれ、かなり時間が掛かりましたな。さぁて、辺境の田舎者に列強国の偉大さを教えてあげましょうか。それと…『アレ』もね。」
シリウスが目を向けた先には、甲板に並べられた複数の木箱だった。その木箱は被せているシートがはみ出るほどの大きさだった。
すると見張り台にいた水夫から声が聞こえる。
『11時の方角より何か飛行物体が近づいてきます‼︎』
「何!…よ、翼龍か闘龍の類か⁉︎」
『い、いえ!龍ではありません‼︎鉄の…な、何かです‼︎物凄いスピードでこちらに向かって来ます‼︎』
「ッ!…ぜ、全員戦闘準備‼︎」
船全体に緊急時の鐘が鳴り響くと水夫達が大砲の準備や武器を持って甲板に出て来た。そして、1人の将兵が剣を抜き、それを掲げながら全員を鼓舞する。
「いいか⁉︎敵が何かしらの危害を加えようものなら躊躇なー」
ギュオオオオーーーーーーーッ‼︎‼︎………
「「ッ!」」
気が付いたらその飛行物体は自分達の上空を通り過ぎていた。その時に聞こえた空を切る轟音が甲板中に響き渡り、一気に水夫達を恐怖のどん底へと叩き落とした。
「な、なんだよ…ありゃ」
「あんな音…俺初めてだよ…」
「ひ、ひる、怯むな‼︎あんなの撃ち落とせばいい!」
まだ何とか戦意のある水夫達が大砲を何とかあの飛行物体へ照準を合わせようとするが、シリウス外務局局長が必死にそれを止める。
「ま、待て待て‼︎撃つな‼︎な、何もするな‼︎」
通り過ぎて行った飛行物体は、旋回して再びシリウス達の所へと戻って来た。
ーー中ノ鳥半島基地 第2作戦指令センター
機器が付けられたデスクに座って、モニターもコンソールに向かい、黙々と情報の整理などを行っているオペレーター達は、画面に映し出されている一隻の蒸気船に注目していた。
「『八咫烏05』、排他的経済水域に侵入して来た未確認船を確認。なお、未確認船の甲板には、武装した乗組員も見て取れます。」
「了解。ではスピーカーを使用しての警告開始せよ。」
「了解。」
ーー
蒸気船『カルマ』へと戻っていく『八咫烏』、乗組員達に緊張が走る。そして、『八咫烏』のスピーカーから大音量が聞こえてくる。
『警告する!貴方達は日本国の排他的経済水域に侵入している!これより先日本国領である!即刻、引き返しなさい!繰り返す!ー』
水夫達は見た事もない飛行物体から、音声拡張魔法具以上の大音量で聞こえてくる声に混乱していたが、オリオンだけは違う所に驚いていた。
(ニホン国⁉︎…今アレからニホン国という言葉が聞こえたが、まさかアレはニホン国の…へ、兵器なのか⁉︎)
『警告を無視するのであれば、強硬手段をとる!繰り返す!警告を無視するのであれば、強硬手段をとる!』
この警告を聞いたオリオンは直ぐ何かに気付いたかの様に、水夫達へ命令を下す。
「い、急いで信号旗を使え!『我等はハルディーク皇国の使者である。敵意なし。貴国と話がしたい』と伝えよ!」
「えっ?」
「早くせよ‼︎」
直ぐに水夫が信号旗を取り出し、『八咫烏』へ向けて旗を振って信号を送る。
ーー中ノ鳥半島基地 第2作戦指令センター
「ん?未確認船から信号旗を確認。」
「解読可能か?」
「えーっと…」
この世界の信号旗の内容などについては他国の者から教わっている為、オペレーター達はそれを元に解読を行う。
ーー
信号旗での伝令を終えた後、『八咫烏』からは先ほどの警告が聞こえなくなった。その沈黙が逆にオリオン達を不安にさせる。
(ど、どうなのだ?伝わったのか?)
数分後、再び『八咫烏』のスピーカーから声が聞こえた。
『了解した。これより貴船を中ノ鳥湾まで誘導する。』
取り敢えず衝突は免れた事にホッとするシリウス。しかし、水夫達の大半が不満の表情を浮かべる。
「納得いかねぇよ。ニホンは中小レベルの高度文明国家じゃなかったのか?なんでそんな国の要求に従わなきゃいけねぇんだよ⁉︎」
「でもあのテスタニア帝国を打ち負かした国だぞ?半端な高度文明国家であればまず勝てない。」
「噂じゃ準列強国と秘密裏に協力してたって聞いたぞ?」
「だがあの飛行物体は何だったんだ?」
「辺境の田舎地方だ。新種の怪鳥かなんかだろ?クソッ!何で列強国の俺たちが配慮しなきゃー」
「シーッ!シリウス様に聞こえる!」
水夫達の不満を聞いていたシリウス…彼も少し前まではニホン国は大した力のない弱小国家、テスタニア帝国を打ち破ったとしてもそれは偶然だと思っていた。
しかし、あの『八咫烏』を見てからはその考えが180°変わってしまった。
(お前達が不満に思う気持ちは分からんでもない…私も少し前まではすこし変わった高度文明国家程度にしか思っていなかった。だが、もしかしたらニホン国は…我々が思っている以上に強力な力を秘めた国なのやも知れぬ!)
彼は日本に対し強い警戒感を抱いていた。だが、それと同時にコレはチャンスだと思った。もしこの『作戦』がうまく行けば、この未知の力を秘めた国を本当に自国の軍門へと下す事が出来る事に…そして、その未知の力を自国のモノに出来る事に…。
(コレは…大きな賭けだ!うまく行けば間違いなく、5大列強国の中でもより強力な力を発揮することが出来るやも知れぬ!あの時の会談で取り決めた『ニホン国を手なづける』という案…レイス王国とバーグ共和国は同意すると言いながら行動しなかった。だから…両国に工作を行なった。)
バーグ共和国の原住民に武器を秘密裏に輸出して反乱の手助けを行い、それをスキにレイス王国がバーグ共和国と衝突させる。バーグ共和国とレイス王国は、元々不仲である為、それを狙った工作であった。
(あの2カ国がぶつかれば、どっちが勝とうが負けようが、まず無事では済まない…我が国はそこを狙い…手に入れる!オマケにニホン国も手に入れたのなれば……イケる!この交渉…絶対に失敗はさせぬ‼︎)
ーーとある上空
大きな風を巻き起こしながら空を飛ぶ巨大な何か…その上にある城郭のような建物の中にいた5人の人物達がいた。そして、怒鳴り声が響き渡る。
「も〜〜〜〜‼︎また間違ったじゃ〜〜ん!ねぇねぇウェンドゥイル!本当に場所分かってるの!本当だったら今ごろ着いてるはずなのにぃ〜〜〜!」
「いやぁ…その……も、申し訳ない」
「コレコレ…喧嘩はよろしくないぞ?ここは気長にまったりと行こうではないか。」
「おーい!酒がねぇぞ‼︎おい!ここの酒少ねぇんじゃねぇの⁉︎もっと用意しとけよ‼︎」
「ここは酒場でないぞ!全く!…あっ⁉︎わ、私の酒も…こ、これだからドワーフ族はッ‼︎」
「だ、だからここはまったりと…」
ギャーギャーと怒鳴り散らす声が止めどなくなく聞こえてくる。海の中にいた者は、その声を呆れた様子で聞いていた。
「まぁた喧嘩してるよぉ〜…そんなことしてる暇あるんなら、早く『ニホン』に向かった方がいいと思うんだけどなぁ〜。」
久しぶりに蒸気船『カルマ』の登場です。




