第61話 動き出す列強国
今回も長めです。
あと久しぶりに日本が少しだけ登場します。
ーーラリオノフ共和国統治下アリ=ワンバ王国 王都広場
ラリオノフ共和国の統治下に入ったアリ=ワンバ王国の王都の広場では人集りが出来ていた。その人集りの大半は、牢獄に入れられていたアリ=ワンバ王国軍人とハルディーク皇国の軍人達だった。そのハルディーク皇国の軍人達の中で一番声を出す1人の将兵がいた。
「よーーし‼︎‼︎皆の者集まったな‼︎…ではこれより…選別を始める‼︎‼︎」
「(あ、あのぉ…タウラス将軍。)」
「なんだ⁉︎用があるならもっとデカイ声を出さんかーー‼︎‼︎」
「は、はい‼︎こ、これを使った方が便利かと思いますです‼︎‼︎」
そう言って1人の兵士が手渡そうとしたのは、音声拡張用魔鉱石だった。
「こ、これで多少は喉に負担をかけずに声を出せー」
しかし、タウラス将軍はその音声拡張用魔鉱石を取るや否や、それを地面に向かって思い切り叩きつけた。
「フンッ!」
ガシャッ‼︎
「えぇーーー⁉︎」
「なんだぁ⁉︎ちゃんと声出せるではないか‼︎…それよりも‼︎こんなものに頼らずとも‼︎私には親から貰ったこの自慢の喉がある‼︎」
「は、はい‼︎申し訳ありません‼︎」
「わかればよろしい‼︎では…下がれーーい‼︎」
「ハッ!」
彼の名はタウラス・ディエス、ハルディーク皇国の大将軍である。軍人として高い誇りを持つ猛将として有名でもある。国の発展の栄光の為、兵器と兵に力を注ぐべきだと常に考える事から、『鉄血』の異名を持っている。
「気を取り直して……これより『選別』を行う‼︎アリ=ワンバ王国軍の佐官クラスより下の兵は右の大荷馬車へ‼︎‼︎上は左の大荷馬車へ‼︎‼︎」
手枷を付けられたアリ=ワンバ王国の兵士達は、続々と言われた大荷馬車へと進んで行った。するとー
「待ってくれ‼︎‼︎」
「「ッ⁉︎」」
突然連れて行かれるアリ=ワンバ王国軍の兵士達の中から大きな声を上げる1人の兵が現れ。その兵は他の兵達と同じく手枷を付けられていたが、ガッシリとした体格とその目は決して死んではいなかった。
その兵は列から離れて、ズンズンとタウラス将軍の元へと近づいて行く。タウラス将軍の側にいたハルディーク皇国の護衛兵達は、その兵を近付けさせないよう銃を構える。
「と、止まれ‼︎‼︎な、何なんだぁ貴様はぁ⁉︎」
「大人しく列へ戻らんか‼︎」
しかし、兵はそれに臆する事なく尚も近づいて来る。ついにしびれを切らした護衛兵は、その兵の足元へ向けて発砲した。
ダァーン‼︎
「い、いい加減にしないか‼︎」
その兵士はやっと歩みを止めたが、その顔からは恐怖心が全くなかった。逆に歯茎が見えるほどのニタァとした顔をタウラス将軍へと向けた。
「俺はエルギン・レドリッジ‼︎アリ=ワンバ王国闘龍騎士団の団長だ‼︎」
「そ、そうか…だったら左の大荷馬車へ行け‼︎早くしー」
「まぁ待たんか。」
「ッ!た、タウラス将軍⁉︎」
タウラス将軍は、護衛兵の銃を掴みそれをゆっくりと下へ降ろさせる。そして、エルギンに向かい歩み寄って行く。
「…お前ぇ…中々の強者と見たぞ。して、何用かな?」
「…我らを何処へ連れて行くつもりなのですか?」
「お前達は我が国にとっては貴重な捕虜であり…兵力だ‼︎…これからは我がハルディーク皇国の為に戦ってもらう。その為にはまず、お前達がこれから暮らす兵舎へと向かうのだ。安心しろ、ちゃんと衣食住及び健康面は保障する。」
「我々が敵国の為に命を賭けるとでも?」
「普通は賭けないだろうな‼︎だがお前達はやるしか無いのだ‼︎何故なら…何故なら……」
「なに?」
するとタウラス将軍は突然、顔を真っ赤にさせながら歯を食いしばる表情を見せていた。その顔は怒りに満ち満ちている様子だった。
「何故ならお前達の家族・親戚・友人一同全てが、我がハルディーク皇国の保護下にいるからだ‼︎‼︎つまり‼︎‼︎……その者たちの命運を握っているという事だ‼︎‼︎」
「なっ⁉︎…クソッタレ‼︎やっぱりそうか‼︎‼︎」
その言葉を聞いたアリ=ワンバ王国の兵士達全員が動揺し、怒りと不安、そした泣き言が飛び交った。
「ふざけんな‼︎妻と子に手を出してみろ‼︎テメェら殺してやる‼︎」
「娘は…エリザは無事なんだろうな‼︎」
「頼むぅ…家族に会わせてくれぇ‼︎…何で会わせてくれないんだ⁉︎このまま会わないまま死ぬのは嫌だぁ‼︎」
「俺の妻は今、身重なんだ‼︎頼む…返してくれ‼︎」
「ママぁ〜…帰りたいよぉ…帰りたいよぉ」
最早いつ暴動が起きてもおかしくは無かった。護衛兵達は何とかして鎮めようとするが、全く静まる気配が無かった。中には魔伝を使って応援を要請している兵もいた。
「えぇい‼︎黙らんか‼︎」
「大人しくしなければ撃つぞ‼︎」
「列を乱すな‼︎」
「コラァ‼︎荷馬車から降りるな‼︎」
「こ、こちらタウラス将軍の部隊です!捕虜たちが暴動を起こそうとしています。直ぐに応援を寄越して下さい!出来れば『サイクロプス』をー」
するとその光景を見ていたタウラス将軍は瞬時に荷馬車の上へと登り大声を上げる。
「黙らんかぁ‼︎‼︎」
タウラス将軍の馬鹿でかい声に辺りは一瞬にして、静寂となった。するとタウラス将軍は、肩を震わせながら涙を流し声を荒げた。
「私が‼︎…何とも思わない訳がないではないか‼︎‼︎…このような…騎士道にあるまじき行為…卑劣な手を…私が喜んでやると本気で思っているのか⁉︎」
「命令してるのはあんたらの『上』の奴らなんだろ?…それに…そこまで恥ずかしと思っているなら…ここは騎士らしい事をしようじゃないですかい‼︎」
「むむ⁉︎」
「俺とここで戦え‼︎タウラス‼︎もし俺が勝てたら、ここにいる者たち全員を家族の元へ返してくれ‼︎……俺はどうなっても構わねぇ!」
「え、エルギン団長⁉︎」
「なる程…決闘か…いいだろう‼︎‼︎」
するとタウラス将軍は腰に差していた剣を引き抜いた。
「エルギンとやら!お主が使う武器を言え‼︎剣か⁉︎槍か⁉︎斧か⁉︎槌か⁉︎弓矢か⁉︎はたまた銃か⁉︎どれでもいい…好きなのを言え‼︎」
「俺が使うのは…『槍』だ!」
「いいだろう‼︎…おい‼︎誰か彼に槍を‼︎」
近くの護衛兵がエルギンに槍を手渡し、手枷を外した。
「約束…忘れないでくれよ‼︎」
「私は騎士だ‼︎…騎士は嘘を恥じるものだ‼︎」
「その言葉を聞いて安心したよ。」
全員が固唾を飲んで見守る中、真っ先に動いたのはエルギンだった。彼は槍をクルクルと回しながらタウラス将軍へ突っ込んで来た。タウラス将軍は微動だにせず剣を構え続ける。
「そこだーーーーッ‼︎‼︎」
エルギンがタウラス将軍へ向けて上から槍を振り下ろした。タウラス将軍は、それを難なく躱し背後へ回る。振り下ろされた槍はそのまま地面を砕いた。
「おのれぇ‼︎」
エルギンはすかさず振り返りざま槍を横水平に振るった。しかし、タウラス将軍は跳び上がりその攻撃も避けると、剣をエルギンの眉間目掛けて突き出した。エルギンは紙一重でそれを躱すが、その際に大きくバランスを崩してしまった。タウラス将軍は、その隙を見逃さずに崩れかけた足元に蹴りを加える。
まともに脛を蹴られたエルギンは、激痛のあまり膝をついてしまった。
「〜〜ッ!」
「勝負アリだな。」
「ッ⁉︎」
タウラス将軍の剣はエルギンの喉元を捉えていた。槍で都合にも此処まで距離を詰められてはどうしようもなかった。
「ま、敗けだ…」
「「う、ウォォォォォォォォォ‼︎‼︎」」
辺りは一斉にハルディーク皇国の兵士たちの歓喜の声で包まれていった。アリ=ワンバ王国の兵士達からは絶望の表情が見て取れた。
「……タウラス殿…私を殺しー」
「お主は…真の騎士であった‼︎‼︎」
「ッ⁉︎」
「仲間を思うその心‼︎…そして己の死をも厭わないその覚悟‼︎……これ程までの強い志を持った騎士がおったとはッ!……敵にするには惜しい…殺すにはもっと惜しい‼︎」
「俺にこのまま生き恥を晒せと?」
「ここのアリ=ワンバ王国兵士達を皆家族の元へ送る事を約束する‼︎」
「なっ⁉︎…」
「納得いかぬか?…だがどうするかの選択は勝者である私にある‼︎安心しろ…全ての責任は私が負う‼︎」
「タウラス殿……」
アリ=ワンバ王国の兵士達から少しずつ希望の表情が見えてきた。しかし、それさえも遮ろうこの如く、ハルディーク皇国の兵が出てきた。
「い、いけませんよ⁉︎タウラス将軍‼︎…任務に私情を挟むのはご法度です‼︎」
「黙らんか‼︎‼︎さっきも言ったように、全ての責任は私が受ける‼︎」
アリ=ワンバ王国の兵士達の顔からは、少しずつ希望が見えてきた。エルギンはタウラス将軍の言葉に少し驚きながらも、自分達を見逃してくれるという言葉に嬉しさが出てきた。
「タウラス将軍…貴方はー」
ダァーーン‼︎
「「ッ⁉︎」」
突然鳴り響く銃声、その銃声と同時に頭から血と脳髄を噴き出して倒れるエルギン…周りにいる者たちは、一瞬何が起きたのか分からなかった。ただ、ボロ人形の様に横たわるエルギンの姿をただ眺めてるだけだった。
「ゲッゲッゲッ‼︎…ご要望通り応援が来ましたよぉ〜ゲッゲッゲッ!」
不気味な笑い声と劈く不快な甲高い声が聞こえた。全員がその声が聞こえた方向へ目を向ける。そこには、二丁のフリントロック式に似た拳銃を持った背高く細身でマントを羽織った軍服姿の男が現れた。髪は長髪でボサボサ、顔はまるで道化師の様な化粧を施しており一層不気味さが増していた。
「ん〜〜?…オイオイ、皆リアクションが薄いゼェ⁉︎折角来てやったのに歓喜の声ひとつも無しかよぉ〜?」
「べ、べ、ベネットォォォォ‼︎‼︎」
タウラスはベネットと呼ばれる男の襟元を掴み、睨み付ける。
「き、貴様はッ!…貴様はッ!…」
「はぁ?俺なんか悪い事したかよ?…俺ぁ暴動を鎮めに来ただけだぜ?ほらッ!お仲間も連れて来たぜぇ?」
そう言って彼が手を挙げると、建物の陰から一斉にハルディーク皇国軍が現れ、アリ=ワンバ王国の兵士達を取り囲んだ。しかし、タウラス将軍は直ぐにその者たちを下がるよう命令をだした。
「ッ⁉︎よ、よせ!…此処は私の管轄だ!」
「え〜〜…」
「早く引き上げさせろぉ‼︎」
「……はぁ…へいへい。」
再び彼が手を挙げると兵達は、元来たところへ一斉に戻っていった。
「騎士道に生きるのは結構だけどよぉ〜…情なんかクソの役にもたたねぇよ?」
「な、なんだとッ⁉︎」
「あっそれから…オリオン様が『早く返事を聞かせて欲しい』とよ…ゲッゲッ!」
「……。」
一気に失意と絶望のどん底へと突き落とされたアリ=ワンバ王国の兵士達は、何も言うことなく再び誘導の元、大荷馬車へと運ばれて行った。
「タウラス将軍…」
「あぁ…彼らを家族の元へ連れて行ってやれ…騎士同士の約束だったからな。」
「わ、分かりました。」
タウラス将軍は、自身のマントを脱いでそれをエルギンの死体へ被せた。彼は、ビシッと直立しながら右手拳を心臓に当てて目を瞑った。数秒後、彼は重い足取りでその場を後にする。
「い、今のイカれ野郎は誰ですか?先輩。」
「バッ⁉︎…お前知らねぇのか⁉︎さっきのお方は、ハルディーク皇国の大将軍ベネット・サジタリュウス様だ。」
「えっ⁉︎あ、あの人が…『猛銃』と呼ばれた?…」
「あぁそうさ。見ての通りあの性格だから、同期や部下からの信頼はほぼ皆無らしい。だが、射撃の腕はハルディーク皇国随一の実力者だ…数々の武勲も立ててるしな。」
「うわぁ…」
ーーラリオノフ共和国 東壁上空
ラリオノフ共和国のクアドラード側に建設された東壁と呼ばれる高い城壁が連なるこの場所の上空では、今現在死闘が繰り広げられていた。
次から次へと翼龍や闘龍、そしてその騎士達の死体がはたき落とされた羽虫の如く落ちてきている。しかし、その死体の『全て』がラリオノフ共和国の者達で、まるで焼け焦げた様な姿をしていた。
「スッゲェ…俺、エドガルド中将の実戦初めて見たよ…」
「俺たちの出番…無くね?」
「これが…『光将』…『アヴァロンの御子』の力ッ!」
四方八方から攻めて来るラリオノフ共和国の龍軍約5000騎を相手に大奮闘しているエドガルドの姿があった。
「ハァァァァーーッ‼︎‼︎」
エドガルドの身に纏っている鎧に埋め込まれている魔鉱石が光り出すと、それは右手に持っていたトランディートへと連動する。すると、トランディートは稲妻を纏い始めた。
「弾けろッ‼︎」
エドガルドはトランディートを敵集団に向け突き出すと、その先端から稲妻がまるで木々の枝の様に別れながら撃ち放たれた。ラリオノフ共和国の龍軍は多数の稲妻を避ける間も無く直撃してしまう。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」」
敵の断末魔の叫び声が稲妻の音に負けないくらい大きく聞こえてくる。すると、エドガルドの真上から大槍を突き出しながら突っ込んでくる翼龍騎士が見えた。
「クソッ‼︎この怪物が‼︎」
「……ゼラ、撃て。」
エドガルドは特に焦ることなくその敵に、相龍『ゼラ』に雷を撃ち放つよう命令を出す。『ゼラ』は、すかさず上空へ向けて口をひらき、そこから雷を撃ち放った。
「ッ⁉︎クソッ⁉︎雷龍を従えるなんてッ⁉︎クソォォ‼︎」
敵の翼龍騎士は、雷に包まれるとそのまま黒い煙を上げながら落ちていった。
既にたった1人で2500騎以上の共和国の龍軍を迎撃していた。その光景を見ていた、後方の共和国の龍騎士達は、動揺を隠しきれないでいた。
「な、何だよありゃ…」
「アレが〝光将〟エドガルド…噂以上のバケモンだぜ。」
「か、勝てるわけねぇよ…」
すると共和国龍軍の指揮官がエドガルドに声を掛ける。エドガルドはその声に従い攻撃を止めた。
「ま、待てぇ‼︎…貴方はあのエドガルド・ヴェルチ殿とお見受けした。」
「…あぁそうだが。」
「どうでしょう?ここは一つ、昔のやり方で決着をつけませんか?両軍の中で一番の強者を出し戦わせる。そして、勝った方がこの戦いの勝者と言うのはどうでしょう?」
「……何故ですか?私は別にこのままでも構わない。」
「わ、我が方にはまだ1万の龍軍が控えておる。流石の貴方様でもそれ程の数を相手にするのは骨が折れるでしょう?(まぁ嘘なんだがな…)」
「いいだろう…だが、我が方の代表者は私がいく。」
「え、えぇ良いでしょう。では我が方からは100年に1人の逸材と呼ばれる者を出しましょう……ディーーーゴォォ‼︎‼︎」
敵指揮官がその者の名を呼ぶと、共和国龍軍からは大歓声が沸き起こり、その中を闘龍に乗りながらかき分けるように現れた1人の大男がいた。その身体は筋骨隆々で長槍を数本両手に持っていた。
「へへッ俺ぁ副団長のディーゴってもんだ。悪りぃがあんたの首をとって、俺が伝説の龍騎士になる‼︎」
「…分かった……では始めようか。」
「ッ⁉︎…フンッ!痩せ我慢しやがってッ!」
双方一旦距離を置いた後、にらみ合いが続いた。そして、掛け声と共に決闘が始まる。
「…始め‼︎‼︎」
真っ先に動き出したのはディーゴだった。彼は闘龍を猛スピードで突っ込ませながら槍を構える。
対してエドガルドは、特に焦る事なく雷龍をディーゴへ向けて動かせる。
ディーゴは持っていた槍をエドガルドへ向けて投げてきた。しかしエドガルドはそれを難なく躱す。続けて2本の槍が飛んできたが、1本目は避けて、2本目はトランディートで叩き落とした。
「ッ⁉︎…なめるなァァァァァァァン‼︎」
激昂したディーゴは大剣を抜き、エドガルドの脳天へ向けて振り下ろす。しかし、エドガルドは横へ避けると同時にガラ空きの脇腹へ向けトランディートを突き刺した。
「ッ⁉︎クソがぁ………」
ディーゴはそのまま力なく落ちて行き、残された闘龍は、何処かへ飛んで行ってしまった。
「そんなバカな⁉︎…た、退却ぅーー‼︎」
残った共和国の龍軍達は、蜘蛛の子が散らす様に逃げて行った。
「フンッ…腰抜けどもが。」
「お疲れ様でした!流石ですなぁエドガルド中将!」
「喜んでいる暇はない…このまま一気にラリオノフ共和国を叩き潰すぞ‼︎陸海軍に連絡を取れ!一斉攻撃だ‼︎」
この空戦から始まったクアドラード連邦国家軍とラリオノフ共和国軍との戦争は、エドガルド中将を先頭に陸海空共にハルディーク皇国からの援軍が間に合わない程の勢いで攻め落としていった。
僅か3日という思わぬスピードで大敗したラリオノフ共和国のニール首席は側近と兵を連れて西へと逃亡し、一先ずニルドール王国へ避難する事となった。
エドガルド中将は、このまま勢いで進軍を行うとしたが、ハルディーク皇国軍が現れ始めた事から、ラリオノフ共和国を前線として膠着状態となった。
ーーハルディーク皇国 皇城内 会議室
今回のクアドラード連邦国家の電撃侵攻により、流石のハルディーク皇国も焦りの様子が出ていた。そこでヴァルゴ皇帝は、幹部達を集めて緊急会議を始める事となった。
ーー
◇皇帝
ヴァルゴ・ガピオラ
◇皇子
オリオン・ガピオラ
◇護衛隊長
レオ・レハンバーゴ
◇顧問
トニー・ジェミニェス
◇軍務局長
リブラ・グリエント
◇大魔導士
カプリコス・カミュエス
◇将軍
ベネット・サジタリュウス
ーー
ヴァルゴ皇帝はクアドラード連邦国家の予想外の実力を発揮し、いとも容易くラリオノフ共和国を攻め倒したこと。そして、ハルディーク皇国が遅れて出てきた事に強い不快感を抱いていた。
「ハッキリ言って予想外…敵がこれ程までに早く動いて来るとは思わなんだ。」
軍務局長のリブラは申し訳無さそうな表情で下を向いていた。
「申し訳ありませんでした、皇帝陛下。正直、あの男の強さを見くびっておりました。ですが、『合成獣』を無駄に減らすのを防ぐため、ラリオノフ共和国への投入を中止したのは正解でした。あれ程の猛将を殺すのに『合成獣』を何体投入してもー」
「ゲッゲッゲッゲッゲッ‼︎…素直に敵の進軍が速すぎて間に合いませんでしたの一言ぐらい言ったらどうだぁ⁉︎」
「チッ!…ベネット…ッ‼︎貴様はアリ=ワンバ王国で『選別』の任務に就いていたはずでは無かったか⁉︎」
「あぁ〜?…っんなこたぁ部下にやらせてるよ。ゲッゲッ!」
「ッお前はッ〜〜ッ‼︎……はぁ…まぁそんな事はどうでも良い…敵をラリオノフ共和国までに抑えることが出来たことは先ず良しとしましょう。ナウゴーラ国まで奪い返されては堪ったものじゃあないですから。」
「全くだ!折角、上質な魔鉱石が大量に手に入る鉱脈を有した国を奪い返したのだ!ここでまた奪われてしまったら、『魔操機』の生産が間に合わなくなってしまう!既に『合成獣』を10万まで造ったのだぞ!我ら魔導士が一体どれほどの労力を費やした事か……」
「まぁ落ち着きなさい。リブラ…カプリコス…お前達が苦労して創り上げた『合成獣軍団』…それを悪戯に失わせる訳にはいかないからなぁ。私とて…我が国が誇る人工生物兵器が敵を殺す姿を見たくてしょうがない…」
「ゲッゲッゲッ‼︎それは俺も同じです皇帝陛下‼︎」
「ふむ…レオ。お主は何か策は無いか?」
王族護衛隊長で獅子の獣人族と人族の混血種であるレオ・レハンバーゴは、少し考え込んだ後口を開いた。
「俺ですかい?…敵はラリオノフ共和国にいるのでしょう?だったらその南側にいる低文明国家達に南からラリオノフ共和国へ攻めるよう伝え、敵がそっちに気を取られている間に我が国が一気に攻め落とす‼︎ってのはどうでしょうか?」
「クククッ…如何にも脳筋が考えそうな作戦だなぁ?」
「あぁ‼︎何だとリブラ様‼︎」
「低文明国家達は、あの男の強さを真っ先に知っているはず、ならば自ら犠牲となるその作戦に賛同する事などあり得ない。何かしらの理由を付けて誤魔化すはずだ。」
「チッ!何のためにいるんだよそいつら‼︎全く役に立たねぇな‼︎いつもみてぇに報復してやろうぜ!そんな役立たず共は‼︎」
「そんな時間ねぇよバーカ‼︎ゲッゲッ‼︎…ってゆうかぁ…俺的にぁ皇子様の御意見もお聞きしたいで御座いますぅ〜。」
ベネットが不気味な笑みを浮かべながら見つめた席には、ただ目を閉じて座っているだけの男がいた。彼の名はオリオン・ガピオラ。このハルディーク皇国の皇子であり、次期皇帝でもある。ガッシリとした筋肉質の体型と王族の服装はイマイチ違和感を感じる。
ベネットの言葉通り、他の者もオリオン皇子の意見が聞きたかった。オリオン皇子の方へ全員が目を向ける。
「……息子よ、どうなのだ?」
父であるヴァルゴ皇帝の言葉でゆっくりと目を開けるオリオン皇子は、静かに話し始めた。
「グワヴァン帝国とニルドール王国に軍の派遣を要請しろ!目的地はラリオノフ共和国…クアドラード連邦国家軍を攻撃させろっとな。」
「…お言葉ですが皇子、いくら2国が組んでもクアドラード連邦国家軍の勢いを止められるとはとてもー」
「フンッ‼︎注意を引くだけでいい…所詮は『格下』…それ以上の事は期待出来ない…頼んだぞトニー。」
「分かりました。両国にはその様に伝えておきます。」
王族顧問のトニー・ジェミニェスが、その場を後にすると、ヴァルゴ皇帝は息子のオリオン皇子へ目を向け、質問する。
「ほぅ…息子よ、何か秘策があるのか?」
オリオン皇子は、ヴァルゴ皇帝の質問に対し、ニヤリと笑いながら答える。
「はい、父上…クアドラード連邦国家は本当の敵が『内側』にいることに気付いていないのですよ。」
ーー皇城内 魔伝通信室
淡い光を放つ魔伝用魔鉱石が多数設置されているこの魔伝通信室で、王族顧問のトニーが魔伝を使って通信をしていた。
「ーーっと言うわけで、貴国には夜明けと共に、ラリオノフ共和国にいるクアドラード連邦国家軍に奇襲を仕掛けて頂きたい。」
『ーーーーーーッ⁉︎ーーー‼︎』
「はい?…何を仰いますやら。断ると言うのであれば、貴国も我が国の敵とみなしー」
『ーッ‼︎……ーー。』
「そうですか。引き受けて下さいますか。」
『ーー…ーーーーッ?』
「はい。グワヴァン帝国には既に了承を頂いております。」
『ーーッ?』
「勿論ですとも…もしクアドラード連邦国家軍を撃退する事が出来れば、我が国への輸出量を大きく軽減させますよ。」
『ーーッ⁉︎……ーッ?』
「嘘などつきませんよ。ホラホラ、早く準備をしないと…グワヴァン帝国は直ぐに行動を起こしましたよ。」
『ーーーーッ⁉︎ーーッ‼︎』
「はい……はい…では失礼します。」
トニーは魔伝通信を終え、その部屋を後にしようとした時、別の魔伝用魔鉱石から通信が入ってきた。それは彼にとって良く知る人物からの通信だった。
「はい、私です。どうかしましたか?」
『ーーあぁ、此方は少しマズイことになった。仕留めたと思ってたヤツがギリギリ生きていたらしくてな…今逃げているところだ。ーー』
「おやおや、あの高さから落ちて生きていたとは…どこか干草溜まりにでも落ちましたのかな?」
『ーー多分そうだろうな。まぁ作戦はギリギリの所で成功した…本当にギリギリだったよ、時間も掛かったしね。ーー』
「貴方ほどの腕を持ってしても、8年は長かったですね…オリオン様も我慢の限界でしたが、成功したのなら問題ないでしょう。」
『ーーニホンとの衝突作戦は失敗してしまったがな。ーー』
「それは仕方がないでしょう…元々急に入ってきた『オマケ』の様な任務でしたから。それにあの国の事を何も知らなさ過ぎていた事も失敗の原因の一つです…ですが、ニホンには相当優秀な隠密部隊がいると睨みますねぇ。」
『ーーまぁこの借りは近いうちに必ず何倍にもして返す…ーー』
「…それよりも、あなたは無事に戻る事を考えなさいよ。余計な事はせずにー」
『ーータダでは帰らない。主要な工場地帯に爆発物を大量に仕掛けてきた。これでこの国も多少はマヒするだろう。ーー』
「そうですか…とにかく今は戻りなさい。オリオン様には私から伝えおきます。詳しい内容は帰国後に報告しなさい…ソニー。」
『ーーわかってますよ、トニー。…今本物を仕掛けてる所ですからーー』
「ふぅ…『テオドシウスは2度死ぬ』…ですか…『ロイメル王国』とかいう2流低文明国家のリヌート・テュメルと同じですね。」
ーーマグネイド大陸から約2500㎞地点上空
クアドラード連邦国家の龍車に乗っていたアガルドとスミエフ将軍達は、そろそろ目的地であるイール王国への着陸に備え準備をしていた。
「それにしても、上手く気流に乗れたお陰で半日も早く着きましたなぁ!アガルド様!道中よく酔わなかったですね!」
「兄上から与えられた任務、龍車に揺られて酔う訳にはいきませぬ!」
「ハハハハッ!その意気ですぞ!」
2人は荷物をまとめながらこの様な会話をしていた。表情には笑顔が見られていたが、スミエフ将軍の笑顔は少しぎこちない感じがしていた。それに気付いたアガルドは、心配そうにスミエフ将軍に体調不良が無いか問い掛ける。
「ん?…大丈夫かスミエフ。」
「え?イヤイヤ!大丈夫ですぞ!」
「嘘を申すな、明らかに無理をしてるような笑顔だ。」
「あっ……じ、実は…」
「どうした?遠慮せず申せ。」
「……いやぁ〜慣れない龍車に少し酔ってしまいまして!…いやはや情けない限りですなぁ‼︎」
「なんだ…心配して損したぞ!良し!その荷物をコッチに渡せ!」
「え⁉︎イヤイヤ、大丈ー」
「ふらついて転んでもしたら大変だ。遠慮するな、ほら!」
アガルドは半ば強引にスミエフ将軍の荷物を持ち、それを運び始める。スミエフ将軍は申し訳無さそうな表情で見ていたが、彼は一つの事を気に掛けていた。
(エドガルド様…どうかご無事で……貴方様が亡くなれば、誰よりも悲しむのは貴方様の弟…アガルド様なのですぞッ!)
コンコンッ…ガチャ
「失礼します。アガルド様、スミエフ将軍
、あと数分でイール王国の着陸地点に到着します。着陸時は少し車内が揺れますので、席に座りお待ち下さい。」
(遂に来たか!…さて、エドガルド様の読みが当たっていれば良いが…)
ーーイール王国 王城内 来賓専用龍車場
「クアドラード連邦国家大統領‼︎‼︎ディカルド・ヴェルチ様が御子息、アガルド・ヴェルチ様‼︎‼︎同じくクアドラード連邦国家軍中将‼︎‼︎スミエフ・スモルク様が御到着されましたーーー‼︎‼︎」
イール王国の王城内に存在する来賓専用の龍車場と呼ばれる芝生の様な広い場所には、沢山の衛兵と政務官、そして国旗を持って歓迎の声を上げる多くのイール王国民達が出迎えていた。
「ようこそ!イール王国へ!」
「よく来て下さいました‼︎」
「古き友好国の御到着だ!」
「イール王国とクアドラード連邦国家に栄光あれッ‼︎」
イール王国は四国の半分程の小さな島で、国土の70%以上が砂漠と荒野地帯が広がる熱帯国である。その暑い気候のせいで、翼龍は1匹も存在しないこの国には龍軍は存在せず、島国であるため陸軍は国内の治安維持などに当てられる。しかし、島国である為海軍は一般的な低文明国家の中ではソコソコ強い位置にいる…しかし空からの攻撃には滅法弱い為、結局全体的に見れば低文明国家の中で最弱候補に上がっている。
「アガルド殿!スミエフ殿!遠路はるばるよくおいで下さいました‼︎私はイール王国国王ギーマ・ラ・ダーラと申します‼︎」
「この様な熱烈な歓迎を頂いき、感謝に絶えません。」
「ハハハハッ何を仰いますやら⁉︎貴国とは100年以上も前からの兄弟分ではないですか‼︎ささっ!どうぞ城内へ‼︎長旅でお疲れでしょう‼︎」
「ギーマ王殿、おもてなしは嬉しいのですが…我々は少し急ぎがー」
「分かっております‼︎ですが今は旅の疲れを癒すのが先決ですぞ‼︎」
「は、はぁ…(話には聞いていたが、すごい強引なお人だなぁ…)」
「おい!この方々を『月光の間』へ案内して差し上げろ‼︎」
ーー城内 来賓専用部屋 月光の間
すっかり陽が落ちてしまい、辺りは賑やかな王都と窓から見える他の王城内の部屋明かりのみが照らしていた。昼間の暑い気候とは違い、夜になると非常に心地いいほど涼しい気候へと変わる。アガルドは、この心地いい時間を窓際に座りながら外の景色を眺めていた。
「なぁスミエフ…すっかりもてなされてしまったな。」
「ハハッ左様でございますなぁ。」
「この国は…とてもいい国だ…『生き生き』としている。国も…人も…風も…砂も…。」
「この『月光の間』は、この王城内でも1番美しく月と月光に照らされる部屋だそうで…」
「なる程な…」
「つ、つかぬ事をお聞きしますが…書状はギーマ王殿にお渡ししましたかな?」
「ん?あぁ、ちゃんと手渡したぞ。もっとかしこまった所で渡すのかと思ったが、まさか宴の席で手渡す事になるとはなぁ。」
「さ、左様ですか!」
「だが…少し気になることがあってなぁ。」
「え?」
「書状を読んだ時のギーマ王殿の表情だ。あの時のギーマ王殿の顔は、いつもの豪快な笑顔とは違う真剣な表情をしていた。」
「そ、それは国からの手紙の様な物ですから‼︎誰でも真剣にはなりますよ‼︎」
「いや…あの時の顔はそれとは違う顔をしていた。」
「むぅ……」
コンコンッ
「アガルド様、スミエフ様、御在室でしょうか?」
突如この国の召使がドアをノックしてきた。このような夜更けに訪問とは何かあったに違いないと思ったアガルドは少し気構えしながら返事をする。
「あ、あぁ!…2人ともいるぞ!どうかしたか?」
「実は、2人に是非お会いしたいと言う方々が…」
「ん?こんな時間にか?…その方々とは?」
「えーっと…遥か西の国から来られた使者の方々です。」
「西の?…わ、わかった…入ってくれ!」
「は、ハイ!失礼します!」
ガチャッ
開かれた扉の奥から召使いの後に現れたのは、上下黒い礼服を来た男と緑色でマダラ模様の服を着た男が2人入ってきた。その身なりから、少なくとも自分の知っている国からの来た使者ではない事が分かった。
「失礼します。こんな夜分遅くに申し訳ありません。私は外交官の堀内武久と申します。後ろにいる2人は護衛の自衛官で、名前は宇津木と中村です。私達は、遥か南西に存在する日本国という国から来ました。」
最初、アガルドは聞き慣れない国とこの3人の名前に少し困惑していた。しかし、あのテスタニア帝国に勝利した『ニホン』と言う謎の新興国の名前を思い出した。
「ニホン国?………に、ニホン国ッ⁉︎」