第56話 人工生物兵器
今回はこれからの戦争における展開に向けての『下準備』みたいな感じですかね?
ーーハルディーク皇国傘下国 ニルドール王国
高度文明国家の内の1国ではあるこの国は、今現在ハルディーク皇国の命の元、軍の招集し、クアドラード連邦国家との戦に備えていた。
「全くツイテおらぬな、我が国の東隣りの国がハルディーク皇国を裏切った国であるとは…お陰で前線国としての初陣を担う事となってしまった。」
「仕方ありませんよ国王陛下。傘下国である以上キッチリと役目を果たさなければなりません……でなければ我が国がハルディーク皇国に…」
「う、ウゥム…」
ニルドール王国はクアドラード連邦国家側のアリ=ワンバ王国と隣同士である為、今現在は両国の国境にて互いの軍が続々と集結し始めており、睨み合いが続いていた。ニルドール王国の軍勢約12万、アリ=ワンバ王国の軍勢約13万弱…ほぼ互角の実力を持った国である為、まともに戦えば相打ちになっても可笑しくなかった。
高度文明国家の軍隊の大半が、中世時代の鎧甲冑姿に先込め式の銃と帯剣が主な装備である。そして、前装式の『大砲』が双方の前線に向かい合うようにズラリと並んでいた。一触即発…正にそんな状況だった。
「…今回の戦争を切っ掛けにハルディーク皇国は我が国の様な前線国家に何か『最新鋭の兵器類』の物は寄越さんか?」
「残念ながらその様なモノや報告はありません。」
「そうか…今回の戦争を良い口実にハルディーク皇国の最新鋭兵器が来ると淡い期待をしていたのだが…やはり『今後』のことを考えれば当然のことか…。」
「仮にクアドラードに備え、我が国も含めた傘下国へその最新鋭兵器を渡したとならば、後々面倒な事に成ります。ハルディーク皇国もそれは避けるはず…」
「うむ…」
「ですが、一応火薬や弾薬などの供給はしてくれるようですが…実は少し…気になる物が……」
「ん?気になる物?」
そう言うと国王の側近は数枚の資料をペラリとめくり出した。
「そのぉ…『合成獣1型〜5型約1500体』っというのがありまして…」
「き、『キメラ』?それは世間一般的に言う『魔獣』の一種では?」
この世界では、魔獣は何処でも普通に存在している。故にニルドール王国の王は、『合成獣』の事を新種の魔獣か何かと思っていた。
「い、いえ違うそうです…実は、例のテスタニア帝国に現れたとされる『魔獣』も…正式名では『合成獣』と言うそうです。」
「で、ではあのテスタニア帝国で暴れていた『魔獣』は、『魔獣』では無くハルディーク皇国の生物兵器…『合成獣』だと⁉︎」
「そういう事になるかと…」
「なんと…」
ーーニルドール王国 軍港
普段であれば、ニルドール王国のガレオン船がこの軍港に停泊しているのだが、今はハルディーク皇国から来た軍事支給品の蒸気輸送船が複数停泊している。その為、ニルドール王国のガレオン船は追いやられる形で離れた沖に寄せられていた。
「クソッタレがッ!俺たちの軍港だってのに、何で他国の軍船が独占してんだよ⁉︎」
「アレは軍船じゃなくて、ハルディーク皇国のぉー…何だったかなぁ…確か『蒸気輸送船』ってヤツだった様なぁ…まぁつまりは輸送船だ、軍船じゃあない。」
「どっちにしたって他国の船が独占してるのは確かだろうが⁉︎」
「荷物を下ろす間だけだ、我慢しろ。あの輸送船がデカすぎてるから俺たちが離れてなきゃいけねぇんだからよ。」
「だとしても腹立つぜ‼︎『じゅーき船』だか『じゃーき船』だか何だか知らねぇが、チョット近未来的で大きい船だからって調子に乗りやがってッ‼︎」
ハルディーク皇国の蒸気輸送船に対し恨みったらしい言葉をブツブツと呟いていたのは、彼らだけでは無く、ニルドール王国の海軍全員が思っていた。
自分達の居場所を他国の…それもたかが輸送船如きに自分達が追いやられる形になる事が、プライドの高い彼らにとっては癪にさわる事であったからだ。
しかし、そんな彼らの気持ちを知らずに、ハルディーク皇国蒸気輸送船団の水夫達は次々と荷物を運び込む。
「おらぁ!さっさと運べ!俺ぁ早く帰りたいだからよ!」
「「ヘーーイ‼︎」」
次々と荷物が船から降ろされて、港の格納庫へと運び込まれる。その運び込まれる荷物の大半が、火薬、鉛玉といった弾薬、砲弾etc…そしてー
「キメラ?」
「はい、この大布に覆われた檻の中には『合成獣』が入っています。」
「そのぉ…き、『合成獣』も兵器なのか?」
「はい、『人工生物兵器』っと言ったところでしょうか?」
「『人工生物兵器』…」
ハルディーク皇国の輸送船団の責任者とニルドール王国の役人が会話をしていた。
次々と運び込まれる格納庫の手前に置かれた、コンテナ程の大きさの布に覆われた檻が置かれていた。責任者曰く、「日の光を浴びると興奮してしまい、落ち着かせるのが大変になる」との事だそうだ。
「し、しかし、何故このような生物兵器を?どうせなら貴国の…列強国の名に恥じない『最新鋭兵器』を渡してくれれば、我が国の屈強な兵たちで敵を皆殺し出来ますのに。」
「フフフフ……そうはいきませんよ。そんな事をして、後々貴国が我が国に対し、謀反を起こされては堪りません。我が国の兵器が我が国に牙を向く…何て事があっては困りますから。」
「そ、その様な事は…ははは」
「それに、この合成獣も強力な兵器にもなります…ちょっとだけご覧になりますか?」
「え、えぇまぁ…見てはみたいですが…か、噛み付いたりとかはしませんか?…人工生物兵器とまで言うのですから、流石に主人の言う事は聞くでしょう?」
「残念ながらそれはありません。眼に映る同族以外の生き物全てが彼らにとっては敵もしくは餌にしか見えないのです…貴方も…私もね。」
「え⁉︎」
「高い戦闘能力を得る代わりに知能が極端に低下してしまったのです…我が国としても、この欠点の解決法を探っている最中です。」
「は、はぁ…」
「では…少しだけ布を取りますよ…彼等は日の光を浴びるとかなり興奮しますから…」
そして彼が檻の布をゆっくりとめくり始める。めくれた所から日の光が少し入っていく…すると突然鉄格子に勢いよく噛み付いてきた十数匹の『グリム』が恐ろしい鳴き声を上げながら現れた。
ガウガウガウ‼︎ガウッ‼︎‼︎
「ひ、ヒィ⁉︎」
役人は突然の事に思わず悲鳴をあげて、尻餅をついてしまう。周りで作業をしていた水夫達も突然の『グリム』の鳴き声に驚いてしまう。
倒れた役人に声をかけながら手を差し伸べる彼の顔は少し笑っていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…ですが、この『グリム』は我々が知っている『グリム』よりもずっと大きくて凶暴なのですね…これが『合成獣』。」
姿は自分達が知っている野生の魔獣…『グリム』であるが、その姿が普通の2倍から3倍はあった。大きさだけで無く、獰猛さもこの『合成獣』の方がずっと強かった。
「えぇ…この『グリム』は、一般的な野生のグリムに上質魔鉱石の魔力を強制的に注入させる事によって産まれました。」
「は、はぁ…」
「中には、何かしらの大きな変異を遂げる者も何体かいるのですよ…我々は『変異体』と呼んでいるのですが、これによって神話や空想上の怪物ソックリな合成獣が産まれることも極稀ですがあるんですよ。そして…そういった変異体に共通するのが、他の合成獣達よりも圧倒的に高い戦闘能力と知能がある…中には人語を解する者もいるのですよ。」
「そ、その変異体にはどの様な種類が?」
「『ケルベロス』、『オルトロス』、『ゴリアテ』、『バシリスク』、『クラーケン』etc…まぁ数える程度ですが…」
「全部が…神話に出てくる怪物ではないですかッ⁉︎」
「そして我がハルディーク皇国はその神話の怪物を軍門に下らせているのですよ。」
「な、何と…」
役人はこの言葉を聞いて改めて思った、「ハルディーク皇国側についていて良かった」と…しかし、彼は役人にある重要な事を知らせていなかった。それは…『知能が高いぶん反抗的である』ということを。
役人がその場を離れ、また別の輸送船へ向かい積荷を確認しに行くとハルディーク皇国輸送船団責任者の元へ1人の将兵が歩み寄る。
「…よろしいのですかゾーニャ大佐?」
「何がだ?」
「『合成獣』はまだ実験段階で、実用性はほぼ皆無だったのでは?…あのテスタニア帝国の時も敵味方問わず襲い掛かったと聞きましたが……傘下の国々はその事を知らないので?」
「構わん…所詮は『属国』よ。」
「……強制的に高濃度の魔力を注入させる事で、戦闘能力を上げる代わりに知能が極端に低下してしまうのは『合成獣』実用化にあたっての最大の問題であり課題…それを承知で⁉︎」
「この戦…裏切りの傘下国を確実に叩き潰すのが最優先…敵を仕留めるには先ず周りから…とも言うであろう?それに、この国だけではないが、我が国の傘下国の大半が大した上納金も寄越さない国ばかりだしなぁ、そんなチンケな国を傘下に入れても大した得にもならん。『列強国』という名の傘に守られていたのだ、それ相応の働きをしてくれなくてはなぁ?…だから『合成獣』を投入させるのだ。」
「『捨て駒』…いやそれだけではありませんね…『合成獣』の詳細な情報を更に得るための『実験』も目的ですね?…そんな事をすれば…」
「ふむ…間違いなく彼らも大きな被害が出るだろう…だが彼らはこの『合成獣』の欠陥の有無について聞いてきたか?…無いよな?それに彼らが我が国に対し文句を言ってくるとでも?そんな事をすれば滅びるのは奴等よ…それに『合成獣』を使わせる国は、この国だけではない。裏切りの国々と隣同士の傘下国全てだ。なぁに、偉大なるハルディーク皇国が勝利する為の礎になれるのだから本望であろう?」
ーー
一方、政府専用蒸気船『カルム』では、特に何事も無く平穏そのものだった…しかし
「ん?……あり?」
高台にいた見張りの一人が望遠鏡を覗き何かを見つけたのか、突然キョロキョロと落ち着いなさそうにしていた。
「ん?おい、どうした?」
「へ?あぁ…なんか今…黒くて大きい何かが……飛んでってたような…」
「はぁ⁉︎何処よ⁉︎」
「あそこに居たんだけど…」
そう言って指差した方向には何も無かった。もう一人の見張りの水夫がその辺りを望遠鏡を使って何度も見るが、やはり何も見つからなかった。
「なんだよ…何もいねぇじゃねぇか…ったく、脅かしやがって…お前は昔からボーッとした奴だったからなぁ、何かカモメか何かと勘違いしたんだろ?」
「あっれぇ…おかしいなぁ…」
結局は何も無かったこととにして、2人は引き続き見張りを続けた。しかし、さっきの水夫が見つけたのは決して気のせいでは無かった。
ーーとある上空
「貴方には感謝に絶えません…普通に船で向かったらとんでも無い時間が掛かりますから…」
「勘違いするな、今回のニホン国との会談は『全員』が揃わなければ意味がないのだからな。待つのが嫌いなだけだ…だから『お前達』全員を乗せたのだ。」
「ほほほほ……本当に有難いぞ。長旅は老体に堪えるのでなぁ。」
「ガッハッハッ‼︎俺も待たされるのは大嫌いだ‼︎んでもって、疲れるのも嫌いだ‼︎全く、お前ぇさんのとこの国はこんな便利な『乗り物』があるんだから羨ましいぜ‼︎俺んトコなんか猪や山羊だぜ⁉︎」
「ッ⁉︎貴様ぁ…言葉に気を付けろ全くッ!」
「キャハハハッ全員はしゃぎ過ぎーー!まぁ私も何度けどね♡キャハハハ‼︎ってゆーか、『オルぴん』いないじゃ〜ん!ねぇねぇ『オルぴん』ど〜こ〜?」
「ん?あの人は今…海の下じゃ。ワシらの真下…」
「キャハハハッじゃあここから岩を落としたら脳天直撃だね⁉︎ねぇねぇ!誰か岩持ってな〜い〜⁉︎」
真剣な面持ちの者もいれば、まるで遊びに行くかの如くはしゃぐ者もいる。そんな6人が大空を飛びながら移動していた…いや、彼ら自身が飛んでいるのでは無く、『巨大な何か』の背にある城郭の様な建物の中に入っていた。
その『巨大な何か』は、時折地響きのような唸り声を上げながら、猛スピードで中ノ鳥半島へと向かって行った。




