第32話 狂皇帝の最期
今回はちょっと短めです。
完全に追い詰められたベルマード皇帝。信頼していた側近2人に裏切られた事によるショックはかなりデカいが、直ぐに何かを悟ったかの様に、さっきまでの怒りの表情から静かな表情になった。
「そうか…私はここまでか…なら仕方ない。」
「貴方を中ノ鳥半島基地まで連行します。どうか抵抗せずにそのままで…。」
するとベルマード皇帝は部屋の机に置いてあった酒瓶とグラスを持ち始めた。それに気づいたカーネギー公は直ぐにグラスを置くようベルマード皇帝に話す。
「こ、皇帝陛下!変な真似は起こさないで頂きたい‼︎」
「おいおい、最後の一杯くらい飲ませてくれても良いではないか?」
ベルマード皇帝がグラスに酒を注ごうとした瞬間、彼は酒瓶を床に叩きつけて粉々に割ってしまった。辺りに酒が飛び散る。
ガシャーーンッ!
「ッ⁉︎」
「私は……こんな所で捕まる気は…無い‼︎」
そう言うと彼は近くの火のついた蝋燭を持ちそれを酒が滴る床に落として…火を付けた。
「うわっ!」
火力は弱いが火が付いたことでカーネギー公達が一瞬怯んだ隙をついて、油の入った複数の小壺も床に叩きつけ、さらに火力を増していった。
部屋は一瞬の内に業火に包まれた。
「し、しまった⁉︎」
「クソッ!自決するつもりか⁉︎」
「ひ、火を消せ‼︎」
カーネギー公達が壺に多量の水を入れ必死の消火活動を行うこと約40分でやっと消火したが、そこには皇帝の姿は無かった。
「い、居ない⁉︎」
「あの業火の中だ、助かるまい。でも死体がない…一体何故?。」
「窓も空いてない…やっぱりこれは。」
ーー数時間後 テスタニア帝国 とある場所
ひどく汚れた建物の間をヨタヨタと歩く1人の男がいた。その男の服装もかなり汚れてはいるが、元々は煌びやかな服装だったと思われる物だった。ベルマード皇帝である。あの部屋には隠し通路があったため彼は逃げる事に成功した。
「はぁ、はぁ、はぁ、クソッ!この私がこんな惨めな…クソッ!」
彼は復讐を決意していた。ニホン国に対する復讐心に燃え、必ず這い上がろうと心に決めてきた。
「見ていろよ…ニホン国めぇ…それにしてもここは何処だ。必死に逃げていたから今どこにいるのかサッパリ分からんぞ。帝都の外れにいるのは確かだが…。」
すると突然ポツリポツリと雨が降り出した。それはあっという間に豪雨となり、数m先も見えない程だった。
「仕方ない、この建物へ雨宿りとするか…ん?ずいぶん堅牢な扉だな。」
ギ…ギギィ…ギィ〜〜
重い扉を開けるとそこは真っ暗で何も見えなかったが、思ったより広い所であることは分かった。そして、匂いがキツい…獣くさい…獣くさい?
「何だ?ここは…?」
グルルゥ…
「ッ⁉︎」
ベルマード皇帝は近くに小さく燃える壁に立てられた松明と蝋燭がある事に気付いた。その火をなんとか燃やし、蝋燭に付ける。そして、辺りが多少明るくなると恐る恐る周りを見渡す。
そこに居たのはー
「なッ⁉︎よ、よ、翼龍⁉︎」
ー『翼龍』である。彼が迷い込んだ先は翼龍がいる龍舎だった。
この国の翼龍は、ロイメル王国の翼龍と違い与えられた餌は何でも食べる。使えなくなった奴隷達を処分する為に行い続けた故の結果である。
「ヒィッ!」
彼は急いで出口の方へ戻ろうとするが、背後にも翼龍達が既に待ち構えていた。
完全に囲まれ、翼龍達はヨダレを垂らしながらじわりじわりと近づいてくる。明らかにベルマード皇帝を『餌』だと思い込んでいる。今回は、何時もの死体ではなく生きている餌だった。
「く、来るな…来るな…汚らわしい蜥蜴めぇ…。」
尚も近づく翼龍達、もう彼に逃げ場所など無かった。そして、翼龍達が我先にとベルマード皇帝へ飛び掛かる。
「う、うわぁぁあぁぁぁああぁぁぁーーッ‼︎た、助けてェーー誰か…誰か助けてくれぇぇぇ‼︎頼む!頼むゥーー‼︎死にたくない‼︎死にたくない‼︎イヤだぁぁーーッ‼︎」
何時もの彼からは想像出来ない程破顔に満ちた表情で必死に助けを求め声を荒げる。しかし、彼の声は外に聞こえる事はなかった。彼の悲鳴と絶叫全てが豪雨の音で掻き消されていく。
数分後、彼がいた場所に残ってたのは微かに残った臓物と血だまり、そして身に付けていた衣服の一部だけであった。
数時間後に皇帝の捜索隊がこの龍舎を訪れた際、その遺留品を見て全てを悟った。こうして、ベルマード皇帝の処分は、誰もが想像のつかない形で行われたのだった。
ーー2日後 テスタニア帝国 王城内
朝日が眩しく差し込む大廊下を歩く1人の男がいた。カーネギー公である。彼は、今回の戦争のケツを拭くため、彼が責任者として先導していくことになった。
無論、彼が責任を負う事に納得のいかない者もいたが、これはカーネギー公自身が名乗り出た事だった。
「帝国が今まで行ってきたことは到底許される事ではない…一生この罪を背負う事になるだろう…だが、これでやっと…帝国は前に進むことが出来る。平和国家として生きる事が出来る…リウマード皇帝陛下、帝国はやっと…『0』に戻る事が出来ました…。」
明日は日ロア国家と今回の戦争における処理について会談を行うと事となっていた。
カーネギー公は部屋を出た後、普段は誰も近づかない離れにある塔へと向かった。そこの最上階に一つだけ部屋があった。そこを開けるとホコリだらけで何も無い部屋だったが、彼が部屋の壁に手を当ててそこを強く押し込むと、壁に小さな穴が空いた。中には、古ぼけた書物が数枚入っていた。彼はこれを手に取るとポタリと涙を流す。
「やっと…これが…国の『一部』になる時が…。これでこの帝国はー」
「おや?こんな所で一体何をしているのですかな?カーネギー公…。」
「ッ⁉︎」
バッと後ろを振り返ると、そこには同じくベルマード皇帝の側近の一人だったロスキーニョ侯が不気味な笑みを浮かべながら立っていた。
「ろ、ロスキーニョ侯⁉︎こんな所で何を…?」
「いや、貴方が普段は誰も近づかない離れの塔へ向かうのを見かけましたので、気になってつい…それにしても、ひどい荒れようですねぇ…とても先代皇帝が使っていた書斎室とは思えませんねぇ。」
「そ、そうですな。」
カーネギー公はとっさに書物を懐に隠していた為、気付かれてはいないと思っていた。確かに彼は私の反乱に加担してくれていたが、それでもこの男だけは信頼しきれていなかった。それは彼が奴隷管理の責任者だった事も一つの理由だが、何よりも彼の眼から邪悪な野心の様なものを感じていたからである。
「実は…貴方に折り入って相談があるのです。ここはちょっとホコリっぽいので、外に行きませんか?」
「あ、あぁ。」
ーーテスタニア帝国 帝都郊外 ファムスの丘
2人は丘の上を歩きながら、他愛ない話をしていた。ロスキーニョ侯は相談があると言っていたが特にそれらしい事は何も言ってこない。少し疑問に思っていたが、取り敢えず彼に合わせるようにしていた。
そして、2人は帝都が一望できる高台まで登ってきた。下には大きな川がながれており、緑生い茂る美しい森も見えていた。
「私はここから見える帝都の景色が大好きなんですよ。ここなら安心して話す事ができます。」
「そうですか…では相談とはどんな…?」
「実は……私は…貴方に…」
「?」
「…………死んで欲しいと思っているんです。」
「ッ⁉︎」
「恐らくこのままでは、貴方が次の皇帝としてこの国を先導していくでしょう。しかし、それではこの国は大きく廃ってしまう‼︎ここまで築いてきた国力も威厳も…全てが水の泡…そんなの、この帝国を愛する者として耐えられません‼︎」
「ろ、ロスキーニョ侯!恐れることは何も無い!確かにこの国は廃ってしまうだろう。しかし、それは一時的なことだ!これから帝国は生まれ変わるのだ‼︎」
「敵の条件を全て丸呑みして、降伏する帝国に未来があると本気で思っているのか⁉︎そんなことをすればこの帝国は滅びる‼︎ならば…どんな手を使ってでも…敵を殺すしかない!それが正しい道なのだ!」
「今回の敗戦は後退でも滅亡でも無い‼︎『前進』だ‼︎」
「……そうですか…やはり貴方には死んで頂くしかない…貴方が居ては…この帝国はダメになる。その『書物』と共に死ね。」
するとロスキーニョ侯は懐に忍び込ませていた小型のボウガンをカーネギー公へ向ける。
「ッ⁉︎」
カーネギー公はその場から逃げようとするが、ボウガンから放たれた矢が彼の身体に突き刺さる。
ヒュンッ!…ドスッ!
「ぐあ‼︎」
辺りに血が飛び散る。そして、射抜かれた衝撃でカーネギー公は高台から川の中へ落ちてしまった。
ドボォォォ…ン
カーネギー公はピクリとも動かずに力無く浮いた状態で流れていった。
「……帝国はまだ敗けてはおらぬ…これからは私が…皇帝だ‼︎」
ロスキーニョ侯は遠くまで流されていくカーネギー公を悲しそうに見ながら呟く。
「…永遠の別れだ……兄上…。」
皇帝は酷く惨めな最後でした…かな?
そして新たな陰謀が…。