第155話 『ルクス』
誤字報告・感想など誠にありがとうございます。
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第3塹壕戦線
陸上自衛隊後衛野営地
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作戦会議等行われている野営テント内で日本の幹部自衛官とサヘナンティスの指揮官達が1つのテーブルを間に挟めて話し合いを行っていた。
その内容は敵が現在占領しているランダルシアとオロームへの奪還を目的とするCFWの空挺急襲作戦である。部屋中央部にはハーロ街以東全域がホログラムにより映し出されていた。そこには東方都市ランダルシア、東域最大の工業都市オロームと港湾都市エゼが赤く点滅されている。
陸上自衛隊の佐和山一佐はこの場にいる日本、サヘナンティス両国の幹部及び指揮官達に説明を始めた。
「ランダルシア、オロームへの奇襲作戦は、予定通り本日0700に開始し、2ヶ所其々3000機のCFWによる空挺降下を実施」
この場に居るサヘナンティス軍の指揮官達からすれば上空から兵士を降下させると言う考え自体に違和感を感じてはいるものの、余計な茶々を入れる事なく静観の姿勢で話を聞き続けた。
「概ね奇襲そのものは成功。適宜、プログラムに沿った掃討及び制圧行動を開始しております。そして、同日の1342よりランダルシア、オロームに展開している指揮型より『両都市制圧完了』との報告が届きました」
ランダルシア、オロームを占領している敵軍を制圧…即ちそれは都市を奪還した事を意味する。待ち望んでいた朗報にサヘナンティス軍の指揮官達は皆々席を立って溢れんばかりの歓喜の声を上げる。
「オォォ‼︎」
「執着の極みなり‼︎」
「ハハハッ‼︎ してやったりぃ‼︎‼︎」
サヘナンティス軍指揮官達が落ち着いた後、佐和山は話を続ける。
「2つの都市には其々より民間人及び捕虜となっていたサヘナンティス兵、合わせて5000人を保護。占領していたレムリア軍も合わせて3600人が武装放棄により降伏」
「ッ!? し、しばらく…‼︎」
報告を聞いたサヘナンティス軍指揮官の1人が驚きの声と共に話を遮った。
「聞き間違いではありませんか!? ま、誠に5,000…と!? 2つの都市合わせて…ッ!?」
他の指揮官達も同様の意見らしく皆が唯ならぬ雰囲気を醸し出している。佐和山もその意味と彼らの心情は理解出来るものの、CFWからの報告に間違いは無い。
「間違いありません。また…多くのご遺体が乱雑に放置されていたとの事。拘束しているレムリア軍の幹部へ聞いたところ、“あとで焼却処分する予定だった“との話が聞かれました」
「な、なんと…!」
「惨い…余りにも惨すぎるッ」
「己ぇ、レムリア人め‼︎ この恨みと無念、晴らさいだか‼︎‼︎」
サヘナンティス側の指揮官達が激情に駆られる中、彼らの心中を察しながらも佐和山はホログラムを停止させて次の話題へ移り、UAVから送られる戦地のリアルタイムの映像が無数のモニターに映る様子を各々方に見せた。
サヘナンティス側は勿論、佐和山は他の幹部官共々、神妙な面持ちで眺めている。
「敵は100,000近くまで瓦解。撤退した70,000の敵兵は第1塹壕戦線へ引き返す様子は確認出来ず」
未だ敵は大軍を有している。
今なおCFWが随時進撃してくる敵兵へ随時攻撃を仕掛けているものの、第1塹壕戦線まで敵が押し寄せてくる可能性もあった。航空部隊からの空襲もあるとは言え100,000と言う敵の数は侮れない。最悪、第1塹壕線を越えて一部の敵兵が第2塹壕戦線まで迫る可能性もある。
「憚りながら、佐和山殿に申し上げる」
サヘナンティス軍の指揮官パウパル少将が口を開いた。周囲の注目が彼に集まる。
「第1塹壕戦線に配置している我が軍の2個歩兵連隊と1個戦車部隊の出動をさせたいと考えている」
佐和山は彼の言葉に一瞬困惑した。要するに第1塹壕線に配置しているサヘナンティス軍を前面に出したいと言っているのだ。
「しかし、それでは貴軍に被害が─」
「その義は重々承知。しかし、戦争とは本来はそういうもの。国の為、仲間の為、家族の為、友の為、命を賭して戦う。既に多くの民間人や友軍を野蛮なレムリア軍に殺されてしまっている。今ここで我らが立ち上がらねば、例えレムリア軍に勝てたとしても、我ら自身の手で彼らの無念を晴らせなかった事を悔やみ続ける事でしょう」
パウパル少将の言葉に他の指揮官達も力強く頷き同調の意を示した。確かに心情的には彼らの言い分は理解出来る所はある。
しかし、今は戦時中。ドラマや映画の世界では無いのだ。
今現在、日本国は今後を見据えた政治的な意味合いを含め、これ以上のサヘナンティス側の被害を出すのは避けたいのが本音なのだ。
「ジエイタイの皆々方には心より感謝します。しかし、戦闘指揮権に於ける権限まで譲渡した覚えはありません。何卒、ご理解を」
一見他のサヘナンティス軍指揮官たちと比べて落ち着いている様に見えるパウパルだが、その目は強い復讐心に燃えた意志が宿っていた。恐らくだが、佐和山が何を言ったところで彼はそれを無視して軍を動かすだろう。また。彼の言う通りサヘナンティス軍とは協力体制ではあるが自軍の指揮権は飽くまでサヘナンティス側にあるのだ。
佐和山に彼らを抑制する権限はない。
(仕方ない。一度、土井陸将補に報告をするか)
パウパル少将を始めとする指揮官たちは第1、第2塹壕線に配置されているサヘナンティス軍の指揮を執るべく野営テントから出て、其々の持ち場へと戻った。一方、佐和山は今回のサヘナンティス軍側の件を土井陸将補へ報告。
陸上自衛隊は第1塹壕線よりCFWの一部を前進させた。敵の進撃を遅らせて空爆による多数撃破を目的とする為、先陣を持って雪崩れ込むレムリア兵を迎え撃つ事となった。
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レムリア帝国軍
第1塹壕戦線から10㎞地点
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冷酷非情な聖火隊の監視から解放された70,000人近いレムリア陸軍の兵士達は、航空自衛隊や陸上自衛隊による155㎜榴弾砲の砲火、UAVによる空爆から逃げる為、我先に逃走をしていた。
100,000人の友軍は70,000人も逃走している事実に気付かぬまま突撃を敢行しているが、そんな事に構ってはいられない。愛する家族や恋人、友人との再開を望み、永遠の別れを惜しむ者なら共感できるという事だろう。
「流石に…逃げてる兵士に砲撃や空爆はして来ない…か」
その中の1人のラピカは何度も背後や空を見返しながら逃げ続けていた。友を見捨てた事は心痛い出来事だったが、アレはどうにもならない。
下手したら自分も巻き添えを食らっていた。
「流石に渡河は無理でも、河合沿いを進めば浅瀬くらいは…」
今はとにかく敵の手から逃げる事だけを考え、砲弾や空爆によって酷く荒れ果てた大地を走り続ける。もし敵に見つかれば、良くて殺されるか、最悪捕虜だ。捕虜にだけはなりたくない。それは彼だけでなく逃げている皆が同じ気持ちだった。
少なくともラピカは加担していないが、他の兵士達までは分からない。ランダルシアでは捕虜となったサヘナンティス人の扱いは酷いものだった。強制肉体労働は勿論のこと、満足な食事も与えない。レムリア兵の誰かが何か気に入らないような事があれば問答無用で殴る蹴るなどの暴行が起きていた。これらの蛮行を諌める為の特務憲兵隊なる部隊は存在しているものの、ハッキリ言って形骸化した組織だ。諌めるどころか彼らも一緒に捕虜へ暴行を働き、或いはその光景を酒の肴にして愉しんでいた位だ。
女性に至っては……言わなくても分かるだろう。使い物にならなくなったらゴミ溜に捨てる。ランダルシアに於いては現地とサヘナンティス人にとっては正に地獄のような場所と化していた。そんな自分達の行いを連中が赦してくれる筈がない。それ以上の報いを受けさせて来るに決まっている。例え当事者でなくとも、同じレムリア人というだけでだ。
気がつくと哀れな10万の友軍達が進んだ方角より絶え間なく聞こえていた、爆撃や銃撃などの戦闘音が苛烈さを増している事に気付いた。
(や、やばい……)
敵による精密かつ無慈悲な破壊の雨…あの地獄のような時間が更に激しさを増していると考えるだけでゾッとする。しかし、これはある意味チャンスだと思った。敵の攻撃が激しさを増したと言う事は、それだけ友軍に釘付けになっている事になる。今こそ逃げる絶好の機会だ。
(神メルエラよ…勇敢にも敵へ挑む同胞達に救いを…)
せめて同胞達の行く末を心の中で祈ろうとした時だった。同じく逃げていた仲間のレムリア兵に押し退けられてしまった。
「邪魔だ、ウスノロ‼︎」
無駄にガタイの良いレムリア兵は地面に倒れたラピカに走り抜けざまに罵声を浴びせる。苛立ちを覚えながらもラピカは急いで立ち上がり、彼と同じように再び逃げようとした。
「うぎゃああああああーーーッ‼︎」
突然の絶叫が逃げ惑うレムリア兵達の耳に響き渡る。ラピカもその声を聞いた1人だが、その絶叫が、さっき自身を押し退けたあのレムリア兵だと気付いた。
皆が声の聞こえた方向へ顔を向けようとした時、何かが別のレムリア兵の前へ投げ捨てられた。
「ひ、ヒィィ‼︎?」
それを見たレムリア兵は悲鳴を上げ、無様に尻餅をつく。それはさっきラピカを押し退けたレムリア兵の下半身だったのだ。
皆がその凄惨な彼の姿に絶句した。そして、下半身が飛んできたであろう方向から現れた存在を見て、更に驚愕する。
「ば、バケ…モノ…」
誰かがそう呟く。
2本脚で佇むソレは人型であるが明らかに人ではあり得ない巨躯をしている。身長は少なくとも4m以上、筋骨隆々の上半身は異常な程に膨張しており下半身とのアンバランスさが一層不気味さを増している。中でも特に異様なのは頭部に生えた2本の角で猛牛を思わせる凶暴な角に真っ赤に光る瞳孔……そして、背中にかけて生え聳える中小様々な紫の結晶石。
「バケモノ」以外の比喩が見つからない。
そのバケモノの暴力的な片手にはあのレムリア兵の上半身だったモノが握り潰されていた。
フゥーーーーー‼︎ フゥーーーーー‼︎
猛牛の様な息吹を荒く蒸しながら、こちらをただ睨み付けるのみ。何をして来るわけでもないが、どう見ても普通では無い。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
見たことの無いバケモノを目の当たりし、身の危険を感じた1人の兵士が持っていた半自動小銃を構え、無造作に引き金を引いた。
ダァン‼︎ダァン‼︎ダァン‼︎
その発砲音を合図とばかりに他の何人かの兵士達も釣られて持っていた銃火器を使いバケモノへ向けて発砲した。
ラピカは銃火器を捨てて来たのでひたすら地面に伏せていた。
ダダダダダダ‼︎
ダァン‼︎ダァン‼︎
ガガガガガガガガガガガガガガ‼︎
しかし、バケモノは避けるでもなく、ほぼ全弾をその筋骨隆々の巨軀で受け止めた。無数の銃弾が身体を抉り、幾つかの血飛沫を上げる。しかし、バケモノは僅かに唸り声を上げるだけで相変わらず佇んでいた。
「な、なんだよ……」
「効いてねぇぞ‼︎」
「嘘だろ…何だよあのバケモノは」
すると、今まで息吹を上げるだけだったバケモノが口を開いた。
「恥知ラズノ……逆賊ドモガ……貴様ラハモウ、神メルエラノ…祝福ヲ、受ケルニ、値…セズ」
カタコトだが人語を話した事に驚く兵士達だが、バケモノの胸部に着いている何かを見たラピカは一気に血の気が引いた。
「せ、せ、聖火隊……」
バケモノの胸には帝政府直轄の部隊『聖火隊』の紋章があったのだ。
つまりこのバケモノは元々は人間だったと言う事になる。
「鉄槌ヲ…下サン」
次の瞬間、バケモノは腰を落し、一気に大地を踏み込んでからレムリア兵達の中へ飛び込んで来た。その先には未だ地面に臥したままのラピカがいた。
「え?」
その僅か数秒後には意識が完全に途切れた。
バケモノは丸太のように巨大な拳を振りかぶるとそれをラピカ目掛けて振り下ろして来たのだ。
ズゥゥン‼︎‼︎
周辺の地面と共にラピカはバケモノの拳を受けて頭部を含めた上半身が完全にミンチになったのだ。
飛び散る血肉飛沫に周りの兵士達は呆然となる。いや、それだけでは無い。彼らの目には更に信じられない光景が映った。
ついさっきまでバケモノがいた場所の奥から似たような外見をした無数のバケモノが一定間隔の統率感が取れた横一列で歩み出て来たのだ。あのバケモノたち……聖火隊は逃亡兵達をこれ以上進ませまいと行手を阻むかの如く現れた。
「なんだよ、アレは…」
「か、か、囲まれた…」
新たに現れた無数のバケモノ達の巨躯は、最初の1体目と比べて一回り小さいが、それでも人間を上回る巨躯を持つバケモノに変わりはない。
血の臓物、そして土に塗れた拳を地面から引き抜いた一番大きなバケモノは、周囲にいるレムリア兵達へ悍ましい声で告げた。
「私ヘノ銃撃ト叛逆ハ…コノ役立タズノ命デ一先ズ済マセマショウ……ダガ、コレ以上ノ無様ナ行イト叛逆ハ……逃亡兵トシテコノ私自ラ、正義ノ鉄槌ヲ下シマス」
その言葉を合図に他のバケモノが一斉に歩みを始めた。
「進メ…敵ニ背中ヲ、見セルナカレ……少シデモ逃ゲヨウトスル、裏切リ者ハ…殺ス。ウォォォォォォォォォォー‼︎‼︎」
「う、うひゃあああーーーッ‼︎」
「ヒィィィィィーーーーッ‼︎」
逃亡を図っていた約7万のレムリア兵達は再び踵を返して走り始めた。しかし、それは進撃ではなく単なる別の恐怖からの逃走に過ぎない。
まともな武器さえ持たない彼らはまさに死にに行くようなものだが、あのバケモノ達から逃げられる筈もない。
自暴自棄に…それでも目の前の恐怖から逃げたかった。ただのそれだけなのだ。それはもう『兵士』に非ず。
「ブフゥーーーー‼︎ ……状況報告」
一番大きなバケモノの言葉に近くにいた別のバケモノが近寄り、報告を始める。その喋り方はカタコトと言うよりも言葉そのものを覚えたばかりの幼子に似たものだった。
「せいかたい…覚醒者……30めい、です」
「30ゥ? ……思ッタヨリモ少ナイデスネェ。所詮ハ、適合率30%以下デハ、コンナモノデスカ……後ハ死亡…ソウ言エバ、アノ隊員モ未覚醒ノママ死ニマシタネ」
「でも、じぃーどりひたいちょーは、いしきはきりしてる。す、す、すごい…すごいすごい」
一番大きなバケモノ…聖火隊のジィードリヒ特務中将は、醜悪なバケモノと化した己を見た。
「聖火隊…指揮官クラスハ例外ナク適合率50%以上……私ハ精々62%。ソレデモ覚醒シタ姿ガ、コノヨウナ醜悪ナバケモノ、ソレニ些カ知能モ下ガッテイル様ナ感ジモアリマス」
ジィードリヒは深い溜息を吐いた。そんな彼を部下は言っている意味が理解出来なかったのか首を傾げている。
(聖火隊長官ノ…ヒュームラー様ノ適合率ハ98%。人ノ姿ヲ保ッタママデモ能力ヲ一部扱ウ事ガ出来ル数少ナイ者ノ内ノ1人…アノ御方ノヨウニハナレマセンデシタカ)
所詮は劣等人種が蔓延る外界、ハルディーク皇国から得た生命操作型魔導技術の試作品と自らを自虐的に心の中で笑う。しかし、当初は「理性すら残らない」と言われていたこの技術をある程度の理性を残すことが出来ただけでもあのイカれた科学者は大したモノだと褒めるべきだとも思えた。
「コノ“力“…『ルクス』ヲモッテ敵ヲ鏖殺シテクレルワ」
世界情勢がかなりヤバい事になってますが何とか頑張りましょう




