第153話 悪魔の進撃 その2
塹壕戦線の陸上自衛隊後衛野営陣地に設置されている無数のモニター。そこに映るのは現在進軍中のレムリア帝国陸軍総勢250,000人で、自衛隊のUAVから送られているリアルタイムの映像だ。引っ切り無しに155㎜榴弾砲を撃ち込まれ続けているレムリア軍は正に『悲惨』そのもので、加えて敵輸送船団の掃討を終えた無人対艦戦闘機『烈空』と無人偵察機『八咫烏』の誘導型爆弾による地上攻撃が敢行されていた。
第1塹壕戦線まで5㎞を切る頃にはレムリア軍の損害は戦車等含め少なくとも50,000人は下らない。この後衛野営地まで聞こえてくる膨大な数の炸裂音は敵兵を殺す『死の音』である。しかし、自衛隊側は彼らに対し特に慈悲を抱くつもりは毛頭無かった。彼らは一方的に攻撃を仕掛け、軍人や民間人問わずに容赦無い蹂躙をしてくる好戦的な種族なのだ。
この異世界に来てもう数年経つが、『暴力にはそれを上回る暴力を持って制しなければ護らなければならないものも護れない』事を自衛隊は勿論、一般世論が認識している事も戦闘行為に対する忌避感をあまり感じさせない大きな要因の1つと言える。
「敵の勢いは未だ衰えず、か」
在沙陸上自衛隊の土井陸将補がリアルタイムで映る無数のモニターを腕を組みながら仁王立ちで眺めていた。未だ敵兵の姿を肉眼で発見出来ないどころか敵戦車砲の射程外であるものの、彼は現状を決して楽観視してはいなかった。
未だ記憶に新しい地球の某地域で起きた紛争では、最新鋭兵器に対し旧式兵器群で押し切ろうという出来事があったのだ。結果は数で圧倒していた旧式兵器群を扱っていた国が勝利した。その時はそれ以上の衝突こそ起きなかったものの、世界は改めて物量戦力の恐ろしさと力強さを再認識したキッカケでもあった。
此度の戦闘はまさにそれに該当する。
(レムリア軍の兵器はどんなに低く評価しても第二次大戦中期から末期に匹敵する。それだけでも十分脅威な上に、まだ50,000人しか撃退出来ていない……果たして間に合うか)
多数のUAVによる偵察観測による敵の数や正確な位置データを瞬時に後衛野営地や各車両、部隊へ送られる統合共有化を行い、的確に判断するC4Iシステムに加え高度AI機能による学習機能で敵の予測位置を一瞬で表出し攻撃を仕掛ける。彼ら最新鋭の有事情報処理システムにてレムリア軍に多大なる損害を与えていた。
レムリア軍が通った場所は死屍累々の地獄と化すも、残存兵力200,000弱は未だ前進を続けている。
土井陸将補は悩んでいた。
敵兵団を撃退する事は出来るとしてもこのままでは恐らく第1塹壕戦線は突破される可能性があったからだ。敵も味方も可能であれば必要最低限の犠牲で済ませたいのだ。その為にも先ずは敵の前進を膠着させた後、その戦意を完全に粉砕する必要がある。
そこで彼は歩兵部隊や戦車部隊とは別の、後方から装甲車両で迫って来ている部隊へ目を向けた。
(アレらを見る限り、旧ソ連の督戦隊に酷似したモノだろう。でなければ、散り散りとなったり動けなくなった味方を撃ち殺す何てマネをする筈がない)
全てでは無いしろ200,000も居る敵兵の中には、督戦隊という後方から迫って来る恐怖から逃げる為に前進を続けている者も少なく無い筈と踏んだのだ。
「敵がテトラ型戦車用障害物や有刺鉄線の壁に阻まれた瞬間が勝機だ。一気に敵へ猛攻を仕掛け、後方から迫って来る督戦隊部隊を排除する。後方から迫り来る恐怖が除去されれば、恐らく一気に瓦解するかも知れん」
正直見ていて気分の良いものではないが、そうでもして味方を強制的に前線へ追い込まなければならない程、味方の士気が頼りない可能性が高い。それでも希望的観測に過ぎないが試してみる価値は十分にある。
『土井陸将補、作戦の第二段階の準備が整いました』
「む? そうか……では目標地点上空到達後直ちに降下だ。作戦決行予定時刻の誤差は」
『誤差プラスマイナス0です』
「ならば予定通りに進める。各隊へ通達──ッ!」
WALKERからの報告を受けた土井陸将補は指示を送る。
ーーー
レムリア帝国陸軍
第1塹壕戦線まで5㎞地点
ーーー
端的に言えば侵攻は停滞してしまった。
ほぼ何もない平坦な道無き道を降り注ぐ敵の砲弾を掻い潜りながら残りあと半分の距離まで迫ったところ、突然、目の前に広範囲的に設置された対戦車障害物が現れたのだ。
障害物の間を縫うように進もうにも、そこは対戦車地雷原の巣窟であり、進もうものなら戦車は磁気センサーや振動センサーが作動し起爆。瞬く間に破壊されてしまう。既に戦車数を50輌は切った状況である為、これ以上の損耗を許容出来る筈もない。
そこで先頭指揮官達は戦車による砲撃を以って対戦車障害物や地雷原を掃討するよう指示を出した。
「撃てェ‼︎ 撃って撃って破壊し尽くすのだ‼︎」
「戦車が通れる道を作れ‼︎」
重戦車ハヴァリーIII世の48口径7.6㎝砲と軽戦車シエルーヴァV世の22口径35㎜砲が一斉に火を噴いた。けたたましい轟音が戦場に鳴り響く。
ドドドドドドドドォォォォォォ‼︎‼︎
「よーし、開いたところから進めーッ!」
対戦車障害物が次々と粉々に砕かれると、開かれた箇所から動ける戦車は次々と進軍を再開する。
レムリア帝国陸軍が全幅を持って信頼を寄せる重戦車ハヴァリーIII世は、45tという重戦車の名に恥じない重量とあらゆる障害物や敵戦車を破壊する砲を有している。とは言え、既に陸上自衛隊の155㎜榴弾砲やUAVのJADMによる空襲で呆気なく破壊されているのだが、それでもレムリア陸軍にとってハヴァリーV世は陸上戦の要とも言える存在なのだ。
「やっと進軍が再開しましたか」
「まぁ、あれだけの障害物があっては無理もありません」
後方から指揮戦闘車に乗って来たジィードリヒ特務中将ら『聖火隊』は、双眼鏡を覗き見えた戦車隊の進軍再開を確認すると小さく溜息を吐く。
起伏帯を利用し身を隠しながら進軍の機会を持つ兵達を眺める。
「ふぅむ、敵の砲撃が止みましたね」
「恐らく撃ち尽くしたのでしょう。我らが誇る重戦車を容易く破壊する砲弾などそうそう造れるものではありませんから」
「さて、どうでしょう。しかし……」
ここまで到達する間に敵の砲撃によって粉々に吹き飛ばされる味方をジィードリヒは何度も見掛けていた。そんな彼が心中で抱いた感情は『嫉妬』である。
(アレほどの威力を持つ砲さえ有れば、我が偉大なる帝国はより強大な国として栄える事となるでしょう。ならば此度の戦闘は敵の切り札を奪う為の絶好の機会、即ち神の御導きに他ならないと言えるでしょう‼︎‼︎)
ジィードリヒは歓喜した。それはもういまここで飛び跳ねてしまいたいくらいの歓喜である。
サヘナンティスの、敵の切り札である超破壊力を持つ砲を鹵獲する事こそが自らに神メルエラが与えた役目だと言うのならこれほど名誉な事は無い。彼の心は今、これ以上ないくらいの使命感に燃え盛っていた。
「まさにッ‼︎ まさにこれぞ神メルエラの御導きに相違無し‼︎‼︎」
「じ、ジィードリヒ様?」
突然の大声に困惑する部下の事など何のその。ジィードリヒは腰から拳銃を引き抜くとそれを天に向かって何発も撃ち始めたのだ。
戦車による砲撃とはまた違う、後方から聞こえて来る銃声に兵士達は驚愕し振り返る。敗走したり心折れて進めなくなった味方を容赦無く断罪に処してきた聖火隊からの銃声は彼らの恐怖心を更に引き立たせるには十分過ぎる効果を発揮していた。
「進むのです‼︎‼︎ 立ち止まっている場合ではありません‼︎‼︎ もたつく愚者は今すぐこの場で処断して差し上げましょう‼︎‼︎」
「ジィードリヒ様、我らの行く手を阻むは地雷だけにあらず。対戦車障害物や有刺鉄線が張り巡らされておりますれば早急の進軍は困難を──」
ジィードリヒの言葉に困惑しながらも、これは不味いと思った部下の1人が冷静に諌めようとする。が、そんな彼の眉間に彼の拳銃の銃口が押し当てられた。
「な、何を──」
ダァン‼︎
凶弾によって頭部を撃ち抜かれた部下は力無く倒れ車外へ転げ落ちた。突然の出来事に唖然とする兵士たちや聖火隊の隊員達だが、ジィードリヒの暴走は止まらない。
「撃ち方用意‼︎」
号令と共に他の指揮戦闘車の上部ハッチから上半身を出していた聖火隊隊員達が車体上部に装備されている『ガローク8型汎用機関銃』の照準を近くにいる味方の兵士達へ向けた。
「勇敢なるレムリアよ‼︎ 敵を恐れず、突き進むのです‼︎‼︎」
兵士達は恐怖した。
敵に対してではなく、躊躇なく味方の兵士に向けて銃口を向けてくる聖火隊にである。
目の前に広がる地雷原や有刺鉄線が見えていないのか、つい先ほどまで降り注いでいた敵の砲撃を見ていなかったのか、どちらにせよ彼らの無謀な突撃命令はとても正気の沙汰とは思えない。
「あ、あの中を無闇に突撃せよと仰せですか⁉︎」
「正気ではありません‼︎」
聞き兼ねた下士官達が異議を立てて詰め寄るが、ジィードリヒは躊躇なく彼らに向けて発砲する。倒れ伏した下士官達には一切目もくれず、彼は声を荒げた。
「死にたくなければ進めェ‼︎‼︎ 全ては神メルエラの為である‼︎」
その言葉を皮切りに各指揮戦闘車よりガローク8型汎用機関銃の銃撃は一斉に始まった。何かを引き裂くような機関の音が各地より響き渡ると、まるで囃し立てられたかのように兵士達は一斉に起伏帯から飛び出して無闇矢鱈な突撃を敢行し始めた。その喊声はもはや悲鳴や絶叫に近いモノが込められている。
「と、突撃ィィィィ‼︎‼︎ 進めェェェェ‼︎‼︎」
「「わぁああァァァァァーーーーーーッ‼︎‼︎」」
戦車は相変わらず障害物に阻まれ遅々と進まなかったが、兵士達は障害物の間を通り抜ける事で素早く進むことが出来た。有刺鉄線の広大な垣根は匍匐前進で何とか突破するも、どこに地雷があるのか分からない為、終始神に祈る気持ちで無我夢中で進み続けた。
「ヒィィィィィ‼︎‼︎ ひ、ひぃぃああぁぁぁ‼︎」
失禁しながら必死に匍匐前進で有刺鉄線を潜り越えようとするラピカの顔は涙と鼻水で酷い顔になっている。だが、それは彼だけに限らず皆に言えること。有刺鉄線に身体中が絡まってしまい至る所から出血している兵士は気をヤッてしまったのかゲラゲラと笑っている。
「アヒャヒャヒャ‼︎ ヒーーヒッヒッヒッ‼︎」
(あぁ、なんて酷い……)
「お気の毒に」とラピカは有刺鉄線に絡まれた兵士を流し目で見ていると、ある事に気付いた。あの見慣れた顔……ここまで来る途中で逸れてしまったが見間違う筈がない。
「イエメル⁉︎」
そうアレは間違いなく親友のイエメルだ。
あんなに勇ましく自分をここまでは引っ張ってくれた友人は、酷い姿での再会となってしまったのだ。
「い、イエメル、俺だ、イエメル‼︎」
彼を助ける為、ラピカは匍匐前進で彼の元へと近づいて行く。途中、必死で前進を続ける味方兵士にもみくちゃにされるがそれでも何とか彼の元へ進み続けた。しかし、そこへ歯車が廻る轟音が近付いて来たのだ。
軽戦車シエルーヴァV世が直ぐそこまで近付いていた。シエルーヴァは高い機動力が最大の武器である為、対戦車障害物の中を重戦車よりも素早く進む事が出来てきた。
その内の1輌が進む先に親友のイエメルが居る。
ラピカはその場で少し立ち止まり、自国の戦車が行先に居るイエメルの存在に気付くものだと思っていた。だがそれは間違いだったと直ぐに気づいた。
そのシエルーヴァのキャタピラに幾つもの肉片がこびり付いているのが見えた。原形がわからないモノや明らかに腕と分かるモノも引っ付いている。
「嘘だろ?」
彼は絶句した。
戦車部隊は前にいた仲間達を轢き殺しながら進んでいたのだ。最早仲間に構っていられる余裕など彼らには無かったのだ。
戦車隊が恐れているのは後方からイカれたように機関銃をばら撒き撃っている『聖火隊』ではなく、いつ降ってくるか分からない敵の野砲なのだ。動かなければ、進まなければコッチがやられる。
「ま、待ってくれ、頼むから止まってくれ‼︎」
一気に血の気が引けたラピカは急いで彼の元へ駆け付ける。途中ぶつかる味方すら殴る様に払い除けながら進み、何とか戦車が通るよりも前に駆け付ける事が出来た。
「し、しっかりしろ、イエメル‼︎」
「あはは、あはははーー‼︎」
「ぐっ⁉︎ ……い、今解くからな‼︎」
幾ら耳元で叫んでも彼は此方に視線すら合わせずに笑い続ける。ラピカはその事に驚きながらもナイフを取り出し、彼の軍服で有刺鉄線に食い込んでいる部分を一つずつ斬り裂いていく。しかし、複雑に絡まったソレは中々解く事が出来ず苦戦していた。
「クソッ! クソッ‼︎ 早く早く早く‼︎」
時間が経てば経つほど戦車の音が近付いて来る。ソレが余計に彼を焦らせてしまい手元が狂っていく。そのせいか、手に有刺鉄線が刺さった事で反射的に腕を引いてしまった事で彼の腕の布部分が絡まってしまった。
「う、嘘だろ⁉︎ 何でだよ、クソォ‼︎」
ラピカは落としたナイフをもう片方の手で拾い慌てて絡まっている軍服の部分を斬り取ろうとする。だが、戦車はもうすぐ後ろまで迫って来ていた。とてもイエメルを助けるまでの時間は無い。
「う、うわぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
自分も彼らのように踏み潰されて死ぬ……そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、一気に死に対する恐怖心が溢れるくらい湧き上がり悲鳴を上げながら必死に絡まった腕を解こうとする。そして、ギリギリの所で解く事に成功した。
ラピカは慌ててその場から這って逃れようとするが、その瞬間に誰かが自身の裾を掴んできた。一体誰だと思い振り向くとそこには未だ有刺鉄線に絡まっているイエメルがいた。
「い、イエメル⁉︎」
「ラピカァァァァ‼︎ オれヲ見捨テるのカァァァァァ……⁉︎」
「ひぃ!」
「た、助ゲてェェェェーーーーーー‼︎」
どういうわけか彼は戦車に轢き殺されそうになる寸前に僅かだが正気を取り戻してしまったようだ。そして、その手は必死に助けを懇願し自分の裾を掴んでいる。とてもじゃないが話の通じる状態では無い。
「は、離せ! 離してくれ‼︎‼︎」
「嫌ダァァァァァ‼︎‼︎ 助けデ、助けデェェェェ‼︎‼︎」
このままでは自分も巻き込まれてしまう。
そう思ったラピカは持っていたナイフで裾を掴んでいる彼の手を斬りつけた。
「離せよこの馬鹿野郎ォ‼︎‼︎」
「ぎゃあッ⁉︎」
すると掴んでいた手は血を流しながら裾から離れて行った。すかさずラピカはその場から慌てて逃げ出す。
「らぁぁぴぃィィィカァァァァァ‼︎‼︎」
呪詛のような叫び声と共に彼は戦車のキャタピラの下へ巻き込まれていった。意識があるが故に残酷な絶叫がラピカの耳の中で劈く。
「ふぅーーッ! ふぅーーッ!」
彼は横へ転がる事で何とか戦車の進路から逸れるも友の絶叫から聞き逃れるため、小さく踞り必死に両耳を塞ぎながら服の膝部分を噛み締めて耐え続けた。その間の数秒間が彼にとって何時間にも感じた。
ゆっくりと目を開き、彼がいた場所…戦車の通った所を見るとやはりと言うべきかそこにはドス黒い血溜まりと何の部位かわからない肉片溜まりがあった。
「……うっ! おぉえぇぇぇぇぇ‼︎‼︎」
変わり果てた悲惨な友の姿、そして、そんな友を見捨てる自分自身の行動に対し強い吐き気を催してしまいそのまま吐いてしまう。だが心が折れている暇は無かった。後方から機関銃を撃つ音が段々と近付いていたのだ。
「う、うわぁ……あぁあぁぁ……」
ラピカは土と血、吐瀉物に塗れながら必死に匍匐前進を再開した。
ーーー
ーー
ー
UAVから送られる進行中のレムリア軍のリアルタイム映像を眺めていた土井陸将補らはそのあまりにも悍ましい光景に絶句した。
「幾ら何でも狂ってる」
WALKERを覗きその場にいる誰もが思った事を土井は口に漏らした。
士気高揚とは全く違う。アレは背後から迫り来る恐怖や脅威から逃れる為に無我夢中で前進を続けているに過ぎない。有刺鉄線や対戦車障害物、対戦車地雷などなんのその、そんな光景が鮮明な映像が映し出されている。
「これは……彼らの為にも早急に決着をつけねばなるまい」
土井はモニター画面から目を逸らさずに命令を下した。
追い立てる狼を退治する為に……
ーーー
ーー
ー
ジィードリヒは指揮戦闘車上部から見える光景を見て苛立たちを隠せずにいた。
「何と無様な……何をモタついているのです」
目の前に広がる障害物が余りにも多過ぎるがために思った以上に進行が進まずにいたのだ。兵士達は有刺鉄線の鋭利な棘に巻き込まれて傷だらけのまま身動きが取れず泣き喚き、上手く匍匐前進が出来ずに戦車に轢かれたりなど散々たるものだった。
そんな情けない自軍の兵士達を焚き付ける為に自分達がいるのだがだとしても全く度し難い。
「むむ? そこに不信心者がいますね」
彼が指を差した先に居たのは戦意が折れ蹲りながら震えている兵士だった。別の指揮戦闘車に居た聖火隊が機関銃の引金を迷い無く引き、容赦無い銃火が襲い掛かる。
震えていた兵士は見るも無惨な姿へと変わり果て、血溜まりが出来上がった。
「さて、我々は戦車隊が進んだ道を辿って行きましょう。地雷は既に彼らが起動させてくれたでしょうしね、ハハハハ!」
「地雷は戦車隊が処理してくれた事でしょう。我らは安全に不信仰者を処断しながら進むべし、ですな」
「しかし、随分と兵が減りましたねぇ」
「気にする必要などありますまい。此方はまだ200,000近くの兵がいるのです。対してハーロ街に駐屯しているサヘナンティス軍はたかだか10,000足らず。あの野砲は厄介でしたが兵力にものを言わせれば問題など──」
その瞬間、少し離れた場所に配置されていた指揮戦闘車が突如として爆発した。あまりに唐突過ぎる出来事にジィードリヒは驚き、爆発が起きた指揮戦闘車へ顔を向ける。
「何とッ⁉︎」
驚愕に目を見開くジィードリヒだが、状況を理解し得るその間にも次々と部下達が座乗する戦闘車が謎の大爆発を起こし続けた。
消えたとばかり思っていた圧倒的暴力が、兵士達に向けられていた圧倒的暴力が、今度は自分達に向けられている。
「じ、ジィードリヒ隊長‼︎」
「また敵の野砲で御座います‼︎」
「いや違う……これは!」
彼は次々と爆散する味方車両を見て、アレは野砲の類では無い事を確信する。破壊された車両はどれも車体下部からの爆発によって燃え盛る廃車へと変えているのだ。つまりアレらは全て地雷によるものである事が伺える。
「まさかそんな……確かに我々は一度戦車が通った道を辿り……ハッ⁉︎」
ジィードリヒの脳裏にある可能性が閃いた。
「まさか、任意で地雷を爆破させているのか⁉︎」
もはやそうとしか考えられなかった。俄には信じ難いが何か特定魔波を感知して発動するタイプで、サヘナンティス軍はそれを遠隔で操作して起動させているのだとジィードリヒは踏んでいた。自国が持つ対戦車地雷よりも遥かに優れた高性能地雷にハラワタが煮え繰り返るような屈辱を受けるが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
(何処からか今も此方を監視し、そして起爆させているのだとすればここに居ては不味い!)
慌ててジィードリヒは指揮戦闘車の上部ハッチから飛び出した。釣られる形で他の隊員達も次々と降車するが、その直前にジィードリヒが乗っていた車両が凄まじい爆発と共に車両が宙を舞う。
「うわぁァァ‼︎⁇」
「ぐぎゃあ‼︎」
ジィードリヒを含めた数人の隊員達は逃げるタイミングが僅かに遅れたが為に爆発の衝撃波をまともに受けてしまった。数mも吹き飛ばされて地面へ叩きつけられてしまった。中には落ちた先が運悪く有刺鉄線の草むらであったが為に身体中がズタズタとなる者もいた。
「うぐぅ‼︎」
ジィードリヒは対戦車障害物に胸部を強打した。暫く痙攣した後、そのままピクリとも動かなくなった。
ーー
ー
最後方で前と背後から迫る脅威に怯えながら遅々と進めずにいたとある若兵が、匍匐の状態で有刺鉄線の垣根から覗き見えた光景に我が目を疑った。
「し、死んだ……聖火隊が……皆……し、死ん……」
そして、彼はすぐさま引き返し有刺鉄線の垣根から抜け出すと、一気に駆け出しながら武器や鉄帽を放り捨てた。非常に清々しい顔で空を仰ぎながら彼は叫んだ。
「やったぁぁーーーーーー‼︎‼︎ 死んだ死んだぞォォォーーーーーー‼︎‼︎ 聖火隊の連中が死んだァァァァァーー‼︎‼︎」
その声は近くの、またその近くに居た兵士達の耳に入ると、それはまるで枯草野に燃え広がる火の如き勢いで伝染した。
既に7万近い兵士が一斉に戦線から逃亡を開始。
不運にもそれが聞こえる事無く、対戦車障害物や有刺鉄線の広大な垣根を越えたレムリア軍は歩兵100,000人、戦車24両である。
作戦の第2弾も着実にその時が近付いていた。
それが現在もレムリア軍が実効支配を続けている東方都市ランダルシアにて起きたのは今より僅か1時間後のことだった。
2度目のワクチン接種を無事に終える事が出来ました。
腕が少し痛みますが…




