第147話 サヘナンティス侵攻その4
熱中症にご注意ください
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ボウド島
レムリア帝国内聖国連西方面侵攻軍中継基地
情報通信区画 第一通信室
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サヘナンティス帝国の最東方軍事基地カマより
東へ約3500㎞地点に存在するボウド島は、地球でいうボルネオ島と同規模の面積を持っている。かつてはサヘナンティス帝国軍が年に一度だけ行う遠方航空訓練に使われていたのだが、今はレムリア帝国内聖国連外界西方面侵攻軍の中継基地と化していた。
中継基地内の情報通信区画第一通信室にて2人の将校が大型の魔導モニターを前に立っていた。
1人はこの中継基地の基地司令べウルス陸軍大将と
もう1人は西方面侵攻航空軍所属の第9機動艦隊提督を任されているモーグナー大将である。
『なるほど……では侵攻軍の継戦能力に問題は無い、という事で良いのだな?』
モニターに映るのは外界西方面侵攻軍最高司令長官であるバミール上級大将が真剣な面持ちで話していた。
彼の問い掛けに答えたのは基地司令のべウルスである。
「ハッ。現在、港湾都市エゼと工業都市オローム、そして、東方都市ランダルシアにて設置されていた魔導転移装置が詳細不明な敵の攻撃を受け完膚なきまでに破壊尽くされました。しかし、奇跡的にも最前線たるランダルシアに今回のサヘナンティス方面に派遣されている艦隊の殆どが集結しています。大主力艦隊は健在です。ビルゼー中将は予定通り電撃作戦を開始すると話しています。」
『そうか。だが、なんにせよ敵は見事にやってくれたな』
「ハイ、兵站輸送の殆どを魔導転移装置に依存している此方の弱点を敵は把握していると考えて良いでしょう。問題はどういった手段を用いたのか……サヘナンティス帝国の特殊部隊でしょうか?」
『いや、恐らくニホン軍だ。サヘナンティスにはニホン国の軍事基地が2箇所存在する。そして、サヘナンティスにアレだけの事が出来るとはとても思えん』
「つい先刻上がった例の報告、オワリノ遠征軍を撃退したというニホン軍ですか? あの国はサヘナンティス以上、ヴァルキア未満の力を有すると聞いておりますが」
『可能性は十分あり得る』
画面の向こう側にいるバミールは顎に手を当て考える。占領した3つの重要拠点の魔導転移装置をほぼ同時に、そして正確に敵は破壊してみせた。問題はべウルスの言う通りで、どんな手段を使ったのかだ。目撃者の証言では「突如、爆破した」としか言われていない。
彼は最初に陸路を想定したが直ぐに否定した。
被害現場を捉えた写真を見たが、やはりと言うべきか並大抵の爆発力では無い。巨大な建造物を破壊する事が出来るほどの爆薬を抱えながら厳重な警備を掻い潜るなど不可能に等しい。
そう考えると敵は空から急襲を仕掛けて来たと考えるのが妥当だった。だが空にも対空魔波レーダーや偵察機、戦闘機が常に目を光らせている。それらに察知されず空爆を行ったとするなら敵は相当高度な航空兵器を有している事になる。
(日本の魔導科学は我々に匹敵するか……或は一分野においては我らを超越するか。やはりオワリノ遠征軍での一件が気になる)
バミールの脳裏には数日前に届いたある報告が過っていた。
オワリノ国へ侵攻した遠征軍前衛艦隊が全滅したという報告である。既に彼の国に対する次の一手は考えてあるが、それでも全滅と聞いた最初の頃は信じられなかった。
(偵察隊の話ではオワリノ国にあるニホン軍基地には飛空戦艦の類は見られなかったと聞く。なのに、我が国が誇る不沈艦ヴァルンゴルスト級すらも屠ったとなれば……うぅむ、ここはやはりザイザム達を信じるしかないな)
そこに部屋にいたもう1人の将校が口を開く。
「あまりこの様なことを言うのはよろしくないのでしょうが……本当に作戦決行出来る兵力はあるでしょうか?」
その言葉を聞いた2人の視線がその男に向けられる。
「ランダルシアの件です。本当に向こうの被害は魔導転移装置を破壊されただけなのでしょうか? 私にはどうも信用ならんのです」
「モーグナー大将……」
厳格な雰囲気を漂わせる初老の男性、レムリア帝国航空軍第9機動艦隊提督のゼール・ベイ・モーグナー大将は迷いなく述べた。
その言葉を興味深く感じたバミールは口を開いた。
『ほう、それはまた……どういう意味なのだ?』
「ランダルシアにはサヘナンティス帝国軍が使っていた船渠があります。定時連絡によれば主力艦隊はその船渠区画へ停泊している状態で、更に人海戦術による大規模建築で船渠区画を更に拡大していました。そして、その船渠区画となっている場所が、魔導転移装置建設地の真横にあるのです」
「なるほど。加えてあの爆発の規模から察するに被害は船渠区画にも及んでいると?」
べウルスの言葉に彼は頷く。
『確かその主力艦隊の中には最新鋭魔導ミサイルの魔導瘴気ミサイルを搭載したミトロギア級のミサイル戦隊10個か。もしお前の読み通りならば不味いことになるな』
「ハイ。魔導瘴気ミサイルにまで誘爆が起きたのだとすれば、その被害はかなりのものとなるでしょう。ただ、艦隊を密集させず分散的に配置していれば良いのですが、航空軍の指揮官はビルゼー中将である為、その可能性は低いかと」
『……貴族将校どもが我が軍に齎すのは〝混乱〟ばかりだ』
バミールの呟きには2人も同意見するつもりで頷いた。あの愚弟が皇帝へ成り代わってしまって以降、今まで蚊帳の外であった貴族連中は国政を始め凡ゆる機関の役職を担う様になってしまった。それは軍部とて例外ではない。寧ろ、彼らは御伽話の英雄譚や栄光、名誉に憧れて積極的に軍部へと入るようになった。外界の平均文明レベルが低い事も原因の一つと言えるだろう。圧倒的技術力と軍事力で、安全圏から敵を叩き潰せる…そう考えている輩ばかりだ。
お陰で大勢の有能な将兵達は適当な罪状を突きつけられ牢獄送りか内地へ左遷されてしまった。
バミールのような影響力の強い軍将校であれば貴族の影響を受ける事は殆どなく、中には真っ当な貴族もいる。しかし、それよりも問題を起こす貴族将校達の方が圧倒的に多い。
「無線で再度確認を?」
「いや、無理だろう。確信では無いが、万が一私の仮説が正しければ、仮に無線で確認を取ったところで変に誤魔化されるだけだ。最初の報告の時点で既に誤魔化しているのだからな。如何致しますか? 閣下」
『一先ず、作戦は延期するように伝えよ。戦備が整うまで都市防衛に専念させるのだ。そして、兵站輸送手段を再度確保する為、魔導転移装置を再度建造する為の必要資材を輸送する為の輸送船団を組織せよ』
バミールの命令を受けたべウルスは恭しく頭を下げた。
「わかりました。それは3都市全ての分、という事でしょうか?」
『可能ならそうして貰いたい。べウルス、どうなのだ?』
「サヘナンティス各所に魔導転移装置を建てる為の資材はこの中継基地に集まっていますので問題はないかと。しかし、3都市分全てとなれば相応の大船団が必要になります」
『うむ、そこでだ。大輸送船団の護衛をモーグナーに任命したいと考えている。やってくれるか、モーグナー』
彼の言葉を受けたモーグナーは微塵も狼狽えず静かに右拳を左胸に当てて頭を下げた。
「お任せ下さい。必ずや無事に輸送船団をサヘナンティス本土まで護衛致します」
『頼むぞ。お前は我が国が誇る大英雄だ。貴族連中もお前に憧れを抱く者は多い。無事に物資を届ける事が出来ればサヘナンティスにいる我が軍の士気は上がるだろう』
「ハッ!」
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その夜、中継基地は大輸送船団の準備に勤しんでいた。早期にサヘナンティスは落とせると踏んでいたべウルスは魔導転移装置建造資材を運び出す為の準備をある程度進めていた事もあり、出撃は1週間後には出立出来るように急がせている。
航空基地区画の某飛空艦専用船渠のデッキにモーグナーとべウルスはいた。2人の目の前には巨大な軍艦が船渠内に停泊しており、整備員達が忙しく行き交う多数の連結通路を視界の端に捉える。
「着々と準備は整ってるようだな、モーグナー」
「べウルスこそ、サヘナンティスを早期に落ちる事を予測していたお陰で予定通りに準備が整いそうだ」
「まぁ、そのサヘナンティス早期陥落も少し伸びてしまいそうだがな」
べウルスは自虐気味に笑うとモーグナーも釣られて笑った。少しの間を開けてからモーグナーは話し始める。
「船団を守る為に防御面を考慮したいところだが今回の作戦は速さが重要だ。ヴァルンゴルスト級は外させてもらうが、代わりにオワリノ国へ向かう例の急襲艦隊に加えさせる。既にベルリッヒ提督には通達済みだ」
「そうか。そっちの方は任せてくれ。お前の座乗艦、テルメンテ級の『デュナモス』は大丈夫なのか? 結構な老朽艦だろ?」
「なぁに、まだまだ現役だぞ、彼女は」
2人の目の前に停泊している軍艦のテルメンテ級航空戦艦はモーグナーの座乗艦で長年の相棒でもある。第9機動艦隊は大規模艦隊である為、その総艦艇数は300隻で各員の練度も高く、司令官たるモーグナーとの信頼関係も厚い。
モーグナーは西方面派遣軍最高司令官長官バミール上級大将の腹心で数々の偉業を成し遂げだ英雄だ。
「お前の実力を疑うつもりは無いが……無事を祈ってるよ」
「ありがとう。あとは頼むぞ、べウルス」
2人は固い握手を交わした。
出撃の準備は着々と整いつつある。
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サヘナンティス帝国
ハーロ街郊外
在沙航空自衛隊駐屯地
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ICBMによる敵の魔導転移装置破壊から2日後の深夜。滑走路には60機に及ぶ大型輸送機『山鯨』が整列しながら止まっている。各機の後部ハッチへ次々と乗り込むのは武装したWALKERで『山鯨』20機につき約一個連隊規模を搭載させている。
「アレらが軍隊の統制をもって群れを成し攻め込んで来たならば、私は卒倒する自信があるよ、ゼラスケス提督」
「奇遇ですね、パウパル少将。私も同じ事を考えておりました」
既に終盤に差し掛かっている搭載作業を離れた所から第8艦隊提督ゼラスケスと第5軍団指揮官パウパル少将の2人は眺めながら呟いた。
「成程。重量までは分からんが膝を抱えるように縮こませれば人数分以上の数を搭載出来るということか」
「私は『あいしーびーえむ』と言いましたか? アレは是非とも我が国にも欲しいものですね」
「あぁ、全くだ。今度上に掛け合って我が国に輸出が出来ないか頼んでみるか。まあ望み薄だろうがな」
そこへサヘナンティス兵が2人の元へやって来た。兵士は敬礼した後、2人に報告をする。
「失礼します! ランダルシア奪還部隊の準備完了しました!」
「うむ、そうか。では出撃要請が出るまで暫し待機だ。大型輸送機の整備はしっかり頼むぞ」
「ハッ!」
2人は踵を返す兵士の後ろ姿を静かに眺めていると『山鯨』が次々と離陸を始めた。各翼部に装着されたブイトール機特有のエンジンが轟音を上げながら土煙を巻き上げ深夜の空へ次々と昇っていく。
「……さて、私は第8艦隊の元へ戻ります。街を守る為の最後の防波堤としての役目、必ずや真っ当してみせましょう。無論、ハーロ戦線にいる守備隊と自衛隊の実力を疑うつまりはありませんが」
「あぁ、任せてくれ。我が誇り高きサヘナンティス陸軍第5軍団とその戦車部隊が大河を超えてやってくる敵を葬ってやろう……だが、私としては陸上自衛隊の実力も気になるところなのだが」
ゼラスケスとパウパルは各々が指揮する居場所へと向かって行った。ハーロ街は既に殆どの住民が避難を終えており、代わりにサヘナンティス軍と自衛隊員、WALKERが行き交う街に変わっている。張り詰められた空気に街全体が包まれている中、サヘナンティス軍人達は無機質なWALKERが人間のように銃を持って動いている姿を眺めながら思った。
命を賭ける必要の無い存在が羨ましい、と。
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サヘナンティス帝国
東方都市ランダルシア
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在沙航空自衛隊駐屯地より60機もの『山鯨』が飛び去ってから1時間後。此方でもハーロ街攻略を目的とする第50、56歩兵師団、第36、42魔導機甲師団を輸送艦『アトモス』に乗せた大輸送団と護衛となる2個の中規模艦隊が出撃準備が完了していた。
『勇敢なるレムリア陸軍諸君、遂にこの時が来たのだ! 神メルエラが我らに大いなる栄光を与える機会を下さったのだ!』
50万以上の整列された陸軍、空中に停滞する艦隊……そして演説台に立ち拡声器を片手に高らかに声を上げているランダルシア占領区レムリア陸軍特務中将のジィードリヒ。その傍には護衛艦隊の指揮を執るビルゼー中将も居る。
『2日前に発生した謎の爆発事故によりミサイル戦隊と護衛艦隊の大半を喪ってしまったが、この程度で我らの意思を砕かれる事は決して無い! これは神メルエラが我らに与えた試練なのだ! この試練を乗り越えた先に待つのは勲であり誉である! 恐る事は無い、敵は既に虫の息だ! 光の如き速さで敵陣を突破し、ハーロ街を占領すればサヘナンティスに勝ったも同然である! 神は見ている、我らの勇姿を! 神は見ている、敵を討ち破る諸君らの至強!』
「「おおおおおぉぉぉ!!」」
ジィードリヒの演説はこれまで大した戦いを経験していなかった欲求不満な陸軍達の名誉欲を大きく揺さ振った。陸軍指揮官が急遽変わってしまったことへの混乱はあったが、それも大した問題では無いだろうと踏んでいる。
勝てば良い、そう考える者が大半を占めていた。
『さぁ行こう、栄光は目の前だ!』
「「偉大なる主に栄光を! 偉大なる主に栄光を!!」」
「「帝国万歳! 帝国万歳!!」」
都市防衛の格闘戦闘機部隊と一個旅団の陸軍、警備艇30隻をランダルシアへ残し、兵士達や戦車輌が次々と輸送艦へ乗り込んでいく。
力強い軍靴の足音と戦車のエンジン音を聞きながらその光景を眺めていたビルゼーは自身の座乗艦であるエスパーダ級航空戦艦の『ビルマルク』へ乗り込む。
(必ず勝つ……勝たねばならぬ! 命令など知ったことか! 手柄を用意すれば全てが収まるのだからな! もう後戻りは出来ん!)
最早彼の中に国家への勝利貢献など存在せず、ただの自己保身に走った醜悪なる貴族としての彼がいるのみだった。それに気付いていても周りの副官達は誰も咎めない、出来ないのだ。
彼らもまた自己保身の塊なのだから。
今回からは初心に帰り5000字〜10000字の間で投稿していきたいと思います。




