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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第9章 侵攻編
151/161

第146話 サヘナンティス侵攻その3

誤字報告ありがとうございます。

仕事でミスをしてしまいかなり参ってますが……もうヤバいかもしれないです(泣)


でも頑張ります。

 ーーー

 サヘナンティス帝国 


 レムリア帝国占領地

 東方主要都市ランダルシア

 ーーー

 この都市の市役所を改良した作戦司令棟の一室にてレムリア帝国内聖国連航空軍第400艦隊提督のビルゼー中将は、平民出身のロベルソシアス大佐(・・)とマヴ大佐(・・)の3人で話をしていた。



「なるほど……では君達は艦を密集させ過ぎている、と言いたいわけだな?」


「ハッ。3日後の第二次電撃侵攻に向けての滞りない戦備は素晴らしいです。しかし、あの大艦隊が密集して停滞ないし船渠にいる状況は万が一、敵が破壊工作を仕掛けてきた時に甚大な被害が起きる可能性があると愚見致します」


「何卒……」



 ロベルソシアスとマヴィは純レムリア人であるが平民出身である為、貴族出身の軍将校達からはあまり良く思われていない。だが、ビルゼーは別だ。軍人として優秀な彼らをとても気に入っている。貴族社会でも大きな影響力を持つ彼が『気に入っている』となれば下級〜中級貴族達が下手に文句を言う事も手を出したりする事も無い。


 彼らは良くも悪くも世渡り上手なのだ。

 貴族から反感を買うような真似はしない。


 そんな彼らでも大貴族であるビルゼーに意見を具申するという事は流石に看過し得ない状況であるからだ。2人はこの密集待機している大艦隊群を内心気が気でない気持ちで眺めていた。



「突貫工事で建てた大量の船渠も内外からの衝撃耐久性能は最低限で、その船渠内には10個規模の航空ミサイル戦隊が魔導瘴気ミサイルを始めとする多量の兵器弾薬を搭載しています」


「故にこの待機陣形は非常に危険かと」



 2人が危惧するのも当然の事だった。3日後の作戦に備えてとはいえ、膨大な砲弾やミサイルにその他大量の武器兵器を満載に搭載している一個100単位の大規模艦隊が15個、航空ミサイル戦隊が5個……単純計算で1500隻にも及ぶ大艦隊群が密集している。


 まさに巨大な爆薬で何かが起きたらドミノ倒しの如き勢いで大誘爆が発生する可能性が高い。



「お前達の言いたい事はよく分かった。だが、それは出来ん話だ」


「そ、それは……」


「り、理由をお伺いしても?」


「難しい話ではない。これほどの大艦隊を動かすとなれば3日後の作戦まで間に合わないからだ。故に意味が無い」


「し、しかし、せめてミトロギア級だけでも……距離を取るべきではないでしょうか?」


「魔導瘴気ミサイルを大量に積んであります。万が一、爆発事故でも起きようものならその被害は目も当てられない程にー」


「くどいぞ! とにかく、私の考えは変わらん。仮にそれを実行したとして、作戦に遅延が生じた場合その責任はどうなる? 此度の作戦の戦果をバミール大将閣下は楽しみにしておられるのだ」



 確かに此度の作戦は対外界に於ける大聖戦で非常に大きな意味合を持つ。それが細事で支障をきたすなどあってはならないのだ。



「万が一、敵が艦隊を率いて攻めてきたとしても我が帝国が誇る最新鋭対空魔波レーダーは探知範囲が150㎞。反応が出れば直ぐに戦闘機が出撃する。それにランダルシア周辺空域には常時偵察機を飛ばし警戒にあたらせているのだ。都市内のサヘナンティス人は1人残らず管理下にある。何を心配する事がある?」



 ここまで頑なに言われてしまえば2人はそれ以上の具申を出す事は出来ない。



(駄目だ……他の貴族将校達は平民出の自分達では話をする事すら叶わず門前払い。なんたる仕打ちか)


(これで名家に成れると思ったのだが……甘かったか。貴族は手頃な駒を欲すのみで己の利益や手柄を決して分け与えようとはしない)



 2人は強い不安と不満を抱えたまま部屋を出た。


 その時、2人の脳裏にある1人の将校の姿が過る。上に逆らっても信念を貫いたあの男……降格後、元々の古巣であった陸軍へ戻り、外界の東方大陸なる戦地へ派遣されたと聞く。



((アイツも……こんな星空を眺めているのだろうか?))



 そんな強い心と揺るぎない信念を持つ彼が、今となってとても羨ましく思っていた。




 ーーー

 同時刻

 東方主要都市ランダルシア


 上空18000m地点

 ーーー

 暗い夜空にまるで宝石の様に散りばめられている煌めく星々。斑に浮かぶ雲の遥か彼方上空を無人機『八咫烏』は飛行していた。


 機体下部に取り付けられた超高性能カメラがランダルシアの様子を鮮明に撮影し、その映像をリアルタイムで在沙航空自衛隊駐屯地の指揮管制室へ送られる。



『通常型ICBM到着まで10分 レムリア軍艦艇船渠区画に変動見られず ナイトバード09よりレーザー誘導を開始』



 超高性能カメラと同部位に備えられた誘導式レーザーサイトが起動し不可視の緑光線がミトロギア級が多数停泊している船渠区画とそこに隣接している巨大な魔導転移門(ゲート)へ照準が当てられる。ICBMはレーザーの変調信号によって僅差調整を行う目視線指令誘導(CLOS)が加わる。これでより精密な爆撃が可能となるのだ。



『ナイトバード05 レーザー誘導開始』


『ナイトバード02 レーザー誘導開始』



 更に2機が本機とは別の上空地点(ポイント)で同様に行動を開始した。其々がレムリアの対空レーダータワーの範囲外である為、捕捉される事は無い。遠隔操作を受けている3機の無人機は各々の役目を淡々とこなし続ける。


 そして、その時は訪れた。



 ーーー

 ーー

 ー

 ランダルシアの街並みはレムリア・聖国連軍による侵攻を受け酷い有様と化していたものの、人々が生活をする分には瓦礫の撤去や一部建物の修復は終えている為、生活そのものは何とかなっている。とは言うものの、それは決してかつてのような活気に満ちた雰囲気は当然の如く存在しない。瓦礫が片付けられた道を行くのは大半が陸軍車輌か兵隊ばかり。偶にランダルシアに住んでいた住人も居るがその人達は飽くまで労働場所を転々としているに過ぎない為、その顔は絶望である。


 ランダルシアの人々は完全にレムリア軍が街外れに用意した粗末な石造りの建物で管理された生活を強いられている。決められた建物に身を寄せ合って寝泊まりし、決められた時間に粗末な配給を受け、決められた時間以上の労働を課せられる。



「奴隷たちは今日もせっせと働き詰めってか」


「おいよせって」


「構わねぇよ。所詮4等臣民だろうが」



 絶えず悠々と飛行航行する巡廻艇のサーチライト、点々と設置されている魔灯の灯りに照らされた占領した街の巡回を2人の歩兵が行っている。

 彼らはこんな夜更けでも監視員から鞭を振るわれながら働き続けているサヘナンティス人を通り過ぎ様に眺めていた。


 レムリア軍は占領した外界の国の人間に新たな臣民階級を与えている……『4等臣民』だ。抵抗せずに支配を受け入れている国には領国民と同じ3等臣民権を与えているが、反抗的な国家の民達には4等臣民権を与えている。


 4等臣民は『臣民』と付いてはいるが中身は奴隷と何ら変わらない。人権という人権など与えられていないのだ。歩兵たちが気分転換にサヘナンティス人を痛め付けても問われず、女性が乱暴されていても文句は言えない。家畜同様の階級で消耗品扱い。


 これは外界支配管理局のパルパト局長の提案がそのまま採用されたカタチになっている。



「そういや、結構な数の子供が輸送艦で運ばれていったよな。魔導転送装置(ゲート)で運んだ先は最終的に本国なんだろうけどよ……何でだ?」


「さぁな。本国でも純粋な労働力が欲しがってるか、それとも人体実験かのどちらかじゃないか?」


「うへぇ〜、怖い怖い。あの魔導転送装置はサヘナンティス人にとって文字通りの地獄ってか」



 歩兵の1人が高く聳え建つ巨大なリングを頂点にした塔を指差した。都市郊外に建てられているにも関わらずその大きさがハッキリと分かる。そして、魔導転送装置の近くには停滞している大艦隊も見えており、場所的に此処からでは見えないが広大な船渠区画も建設されている。


 3日後にはこれらの大艦隊が敵の喉元を掻き切るのだ。



「哀れだなぁ、劣等人種は」


「仕方ないさ。所詮はー」



 次の瞬間ーー



 ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!! ドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォォォォォォ!


 ドゴォォォォォォーーーーーーーーッ!


 ズゥゥゥゥゥゥンッッッッッ!!


 ドドドドドドドドドドドドドドドド!!



 凄まじい爆発が強烈な炸裂音と共に広範囲に現れ始めた。


 その恐ろしいまでに強力な衝撃波が大爆発からほんの数秒遅れで巡回していたレムリア兵にも襲い掛かり盛大に吹き飛ばされた。幾つかの建物は倒壊し、窓ガラスは割れて周囲に飛び散り、航行していた巡廻艇は大きくバランスを崩して掛けフラフラと滞空が維持できなくなっていた。



「ぐはっ! な、なんだ?」


「おぉ、おぉぉお……耳がぁ」



 レムリア兵たちは辛うじて身を起こしボヤける視界と意識を必死に持ち直そうとする。やがて、ある程度周囲がハッキリする頃には魔灯とは明らかに違う強い灯りが全体を淡く照らしている事に気付いた。



「な、何が起きて……」



 1人のレムリア兵が目にした光景はまさに地獄絵図だった。


 魔導科学の権化とも呼ぶべきレムリア帝国が誇る魔導転移装置が豪火を纏いながら物の見事に真っ二つに折れていた。巨大な塔は至る所で爆発を繰り返し膨大な黒煙を巻き上げている。蓄積されていた魔導燃料エネルギーが紫色に光る稲妻の様に黒煙の中を走らせていた。



 ウゥゥゥゥゥ〜〜〜!



 そこへ漸く警報装置が作動。

 けたたましいサイレンがランダルシア全体に響き渡る。



「どうしてこんな……はっ!?」



 信じられない光景に唖然とする兵士だが、崩壊しつつある魔導転移装置のすぐ近くで轟々と燃え盛る船渠区画に気付いた。


 船渠区画には3日後の決戦に備え兵装や砲弾、ミサイルがふんだんに積まれていたミサイル戦隊(ミトロギア級)がいる。その直ぐ近くには護衛となる10個規模の大艦隊も空中停滞しているのだ。そして、積まれている魔導ミサイルの中には新型の魔導瘴気ミサイルも含まれている。



「不味いッ! に、逃げー」



 彼がそう叫ぼうとした瞬間、再び凄まじい大爆発が船渠区画で発生。魔導転移装置で起きた謎の大爆発に巻き込まれてしまった事で船渠内で停泊していたミトロギア級の魔導ミサイルが誘爆を起こしたのだ。爆炎と爆発は隣接する艦艇の弾薬やミサイル、燃料機関へ次々と引火し、連鎖的な連動爆発を発生させる。



 ドドドドドドドドドドドドォォォォォォ!!

 ドゴォォォォォォン! ゴォォォォン!

 ドドドドドドドドォォォンドドドドォォォン!



 最悪なのは魔導瘴気ミサイルを積んでいた事だ。魔導瘴気ミサイルは爆発に巻き込まれると膨大な誘爆を引き起こした。

 それは普通の爆発ではなく、紫の禍々しい瘴気が爆炎と共に周囲へ放散する。



 ボボボボボボボボボボボボォォォォォォ!

 ドドドドォォォォォォン!!



 辛うじて船渠区画にいた整備士たちが誘爆から逃れられたと思いきや、致死性の魔導瘴気の餌食となってしまった。



「うぎゃあああああ!!」


「助け、て、助け……あがが」


「ぐ、苦じい……体が、い、息も、ぐがッ!」


「うひゃああーーー!」



 逃げ惑い瘴気に呑まれた整備士や兵士達の全身に紫の結晶が生じると、次々と苦悶の表情を浮かべながら絶命した。

 瘴気が通り纏われた場所は爆発により崩壊した船渠の瓦礫や舗装された地面問わず石にこびりついた苔のように紫の結晶がパキパキと生じている。


 乾いた藁に放られた火の如き勢いで瞬く間に瘴気は船渠区画だった(・・・)場所を呑み込んでいく。



『す、直ぐに停滞解除だ!』


『現空域から離脱させろォォォ!』


『き、機関回せ! は、は、はやくしろ!』



 船渠区画が完全に爆炎と瘴気に呑まれるもその勢いは止まらない。連鎖誘爆の猛威は停滞していた護衛艦隊群にまで急速に襲い掛かる。偶々、乗艦していた乗組員達が急いで艦艇を動かして誘爆と瘴気の魔の手から逃れようとしていた。しかし、加速力と機動力に優れた駆逐艦が何隻かギリギリで逃れるも殆どが間に合わなかった。



『う、うわぁああああーーー!』


『な、何故だァァァァァ!!』


『助けてくれぇぇぇ!』



 艦内外から乗組員達の断末魔が聴こえる。だがそれは爆発と炸裂音により無慈悲にもかき消された。



『つ、墜落する! 墜落する!』



 爆発に巻き込まれ動力機関に損傷を受けた艦はコントロールを失いそのまま地面へ墜落し爆沈する。



「何だ! 何事か!」



 絶え間なく聞こえる爆音とサイレンを聞いて颯爽と陸軍のフォイト中将が見晴らしの良いバルコニーへ慌てて出て来た。そこには巨大な爆炎と黒煙を生み出し続ける船渠区画と無惨に倒壊した魔導転移装置が遠くからでもハッキリと見て取れる。



「な、何という事だ……」


「ふ、フォイト中将!」



 1人の副官がバルコニーへ慌ててやってきた。



「何があったのだ!?」


「突如として魔導転移装置が大爆発を起こしました。その爆発と爆炎に巻き込まれた船渠区画のミサイル戦隊が誘爆を……そのまま連鎖的に発生しています」


「何ぃ!? み、ミトロギア級にはあの新型魔導ミサイルが搭載されているのだぞ!」


「は、はい。仰る通り、ミサイル戦隊全艦に搭載されている魔導瘴気ミサイルも誘爆し、致死性の魔導瘴気が広範囲に侵食を起こしています。既に船渠区画周辺にいた兵士達で大勢の犠牲者が出ています。加えて、船渠区画で停滞していた護衛艦隊群でも誘爆が発生……魔導瘴気の影響も受けてしまい、次々と爆沈」


「し、消火作業を急がせるのだ! それと同時に救出隊も向かわせよ!」


「し、消火作業は現在進めておりますが、魔導瘴気の影響もあり思うように作業がーー」


「それでも良い! 今はできる事をやるのだ!」


「ハッ!」



 フォイトは怒りとも、屈辱とも、恐怖とも取れる苦々しい顔で燃え盛る船渠区画を見つめる。



(嫌な予感が当たってしまったか……まさか戦う前からこんな事故をー)


「し、失礼します!」



 そこへ再び別の兵士が慌てて駆けてきた。



「どうした!」


「じ、情報通信部より報告! 第2工業都市オローム、港湾都市エゼ、両方とも我が軍が占領している都市にてランダルシアと同様の事態が現在進行形で発生しているとのこと!」


「なんだと!? そ、それではコレは……」



 顔面蒼白となるフォイトは1つの結論が脳裏に浮かぶ。それは今回の出来事が単なる事故ではなく、人為的に仕組まれた『破壊工作』である可能性が高い。それもほぼ同時で起きたのならば此方側の配置や地理を完全に把握している事になる。



「同様と言う事は……まさか魔導転移装置も!?」


「は、ハイ。2つの都市にある魔導転移装置も、は、破壊されております。オロームは工業都市という点もあり誘爆が都市部中核にまで及んでいるとの事です」


「悲惨な状況というわけか……だがそれよりも気になるのは」



 他の2つの都市でもピンポイントで魔導転移装置が破壊されたという点だ。一箇所だけならまだしも攻撃を受けた3つの占領区全てでレムリア軍の兵站の要とも言える魔導転移装置を潰したという事は、敵はかなり精密な攻撃を実行出来る超精鋭部隊と言うことになる。


 其の手段がどういったモノなのかは不明だが……。



(しかし、これで我が軍は補給路を絶たれたのも同然…………非常に、非常に不味い事態だ!)



 けたたしくサイレンが鳴り続けるランダルシアは、世が明けるまで止む事は無かった。



 ーーー

 ーー

 ー

 あの惨劇から翌日。

 船渠区画と魔導転移装置設置場所跡は今なお懸命な消火作業が進んでいる。炎はほぼ鎮火し掛けてはいるものの、魔導瘴気の汚染は深刻で死体や瓦礫は勿論、汚染された動力機関も特殊防護服を纏った兵達により焼却処分が行われている。


 会議室には前日とほぼ同じ面々が揃っていた。

 ただ航空軍側将校の何人かは前日と違う顔ぶれがチラホラ見られるのは、何人かがあの大爆発事故に巻き込まれて死傷してしまったからである。



「緊急会議を始める……」



 ビルゼーが深刻な顔で言葉を発する。そこに前日の様な姿は無いが、それはこの場に居る者の大半がそうである。



「昨晩の大爆発事故、その被害状況を教えてくれ」


「は、はっ。昨日の深夜帯で発生した謎の爆発事故により魔導転移装置は崩壊。爆心地と思われる場所の直ぐ近くという事もあり、船渠区画は完全に焼失。停泊していた全ミサイル戦隊は搭載していた新型の魔導瘴気ミサイル諸々、誘爆を受けて全滅。また、そのミサイルの誘爆を受けた護衛艦隊群も巻き込まれました。その結果、護衛艦隊群の8割以上が爆沈」


「現時点で運航可能な軍艦は……3個艦隊分です」


「一見、無傷に見える艦艇も魔導瘴気の汚染を受けてしまい、いつ機関不良を起きてもおかしくありません。その為、それら艦艇も破棄する予定です」


「人員については判明している時点で5000人が誘爆に巻き込まれ命を落としています」


「なお、現在我が軍が占領している工業都市オロームと港湾都市エゼでも同様の事態が同時刻に発生し、両都市部合わせ人的被害は3000人弱です」



 報告を受けたビルゼーら航空軍将校の大半が項垂れてしまう。戦う前から主力大艦隊が壊滅的被害を受けてしまったのだ。


 バァン!


 突然、ビルゼーは机を力の限り叩いた。



「何と言う体たらくだ! こんな事はとても大本営に報告など出来んぞ! 原因はなんだ!? 何が原因でこんな事に……クソォ!」



 椅子から立ち上がると溜まっていた鬱憤を発散する様に地団駄を踏み、訳も分からず腕を振りまわし大声を撒き散らす。



「げ、現在原因を調査中で御座います!」


「生き残っている当時の船渠区画の整備員達を早急に集めております!」



 周りの副官やビルゼーより格下の貴族将校が必死に彼を宥める中、ずっと沈黙を貫いていたフォイト中将が口を開く。



「事故ではない。今回の件は明らかに敵による破壊工作だ。それも距離が離れているにも関わらず寸分の狂い無く同時に実行されてな」



 数秒の沈黙の後、航空軍将校が何かを言おうとする前にビルゼーが彼の発言を手を上げて静止。そのままフォイトを見据える。



「……事故ではない、だと?」


「我らの兵站の要ともいうべき魔導転移装置を破壊されたのだぞ。サヘナンティス内で占領した中で建造した3箇所で、それも魔導転移装置を見事に破壊されてな。敵は明らかに此方の配置や補給路を理解し把握している」


「なるほど。では敵の破壊工作と見て間違いない、と?」


「空か、それか警備を掻い潜っての陸路か……手段は不明だが十中八九敵の破壊工作とそう考えて良いだろう。問題は敵が魔波レーダーや厳重な見張りにも悟られずにそれを実行出来たと言う事だ。次はどんな手段に出るか想像もつかん……だが、可能な限り備える事は出来るだろう」


「……備える、だと?」



 ビルゼーが片瞼をヒクつかせて反応するが、フォイトは話を続けた。



「大艦隊は壊滅的被害を受け、兵站も潰され、敵の動きや攻撃手段は未だ不明……陸軍こそ大きな被害を受けてはいないものの、制空権を確保しきれない可能性がある状況では作戦を遂行しきれないのは明白だ」



 フォイトの言い分は尤もだった。

 昨日の大爆発により陸軍でも十数名の犠牲者は出したものの、作戦に投入する予定であった2個師団規模の軍隊は無傷に等しい。しかし、陸軍によるハーロ街占領は制空権が確保されていればこそ遂行出来るのであり、制空権が確保出来なければ最悪、サヘナンティス帝国艦隊からの一方的な艦砲射撃を受けて壊滅してしまいかねないのだ。


 ましてや補給路を断たれ、敵がどんな方法で破壊工作を行ったのかが不明な現状では予定通りに作戦を遂行する事は不可能に等しい。



「幸いにもランダルシアに配備されている対空兵器群は未だ健在なのだ。補給路も魔導転移装置に依存していたとはいえ、全く方法がないわけではない。大型車輌による陸路での物資運搬も少なからず行ってきたのだ。一度に多量とは行かぬまでも時間をかければ破壊された魔導転移装置の修復材料の確保は出来るだろう。それまでの間、このランダルシアの警備を陸空協力にし一層強固なモノとする事で再び戦備を整えるまでの防御に専念するべきだ」



 無論、大型車輌を使った陸路での補給という手段もある。幸いな事にサヘナンテイス帝国のインフラ整備はそれなりに充実されており、橋などを予め破壊するといった焦土作戦も行われていない為、陸路での補給は可能だ。しかし、あまり大規模な陸路の補給は経験がない為、一度に大量というのは難しい。


 フォイトはこの与えられた時間を活用し敵の動向、主にハーロ街近郊に存在する日本の動きを探り分析しようと考えていた。



(フッ、流石にこれで作戦を決行しようなどと言う輩は居ないだろう。さて、これからはより敵の情報を得なければならんな)



 故にフォイトが提言した戦備を再構築するまでの防衛は真っ当な内容であり、陸軍側は勿論、航空軍側でも反対意見が出る事は無かった。


 ただ1人を除いて……



「ダメだ!」



 ビルゼーは机を拳で思い切り叩き付け大声を上げた。彼の行動と一言に誰もが唖然とする。



「作戦の中止は認めん! そんな事をしてみろ、我らの信用と名誉は地に堕ちるぞ! そもそも陸軍は全くと言って良いほど無傷では無いか!」



 鬼気迫る勢いで話し続ける彼の言葉に陸空軍将校両陣営からざわめきが起き始めた。だが、ビルゼーは構わず話を続ける。



「サヘナンティス帝国の切り札たる第8艦隊は既に虫の息だ! 虫の息なのだぞ! 3個艦隊分しかいないだと? 違う、中規模とはいえ3個艦隊分もいるのだ! これだけの艦隊があれば貧弱なサヘナンティス帝国の艦隊など羽虫を叩き落とすが如き勢いで潰してくれるわ! おい、直ぐにでも兵員の再準備をー」


「待て、ビルゼー!」



 堪らずフォイトが怒鳴り声を上げ椅子から立ち上がった。



「貴様正気か? この状況下で作戦を決行するなど、兵達を無駄に殺すだけだぞ!」


「黙れ、フォイト! 陸軍は無傷なのだ! ハーロまで陸上からの電撃的侵攻を実施すればよいだけのことよ!」


「愚か者め、敵の艦砲射撃を受ければ我が陸軍は壊滅必至だ! 貴様は兵をオモチャか何かと思っているのか!」


「貴様の方が愚か者だ! 勝てる戦から逃げ栄光を逃している貴様がな! 必ず勝てる! サヘナンティスの第8艦隊など敵ではない!」


「迎え討つ敵が第8艦隊だけでなかったどうするつもりだ! 我らの想像を超える大艦隊を用意していたらどうなる! あそこにはニホン軍もいるのだぞ!」


「ニホン軍の基地には飛空艇は存在しないではないか。あの基地には軍艦はいない。我らの脅威にはならぬ筈だ。我が帝国に敗北の2文字は無い、3個艦隊で十分だ! 貴様は神メルエラの御加護を疑うのか!?」


「何が御加護だ! ではここの守りはどうするつもりだ? 3個艦隊全てという事はこのランダルシアを守る航空軍は居なくなる事になるぞ! 占領した首都防衛を踏まえある程度の艦艇は必須だ! 無論陸軍もそれは絶対だ、絶対なのだ!」


「ええい、もう良いわァ!!」



 ビルゼーとフォイトの2人による怒鳴り合いに周囲の将校は止めようとはせずたじろくしかなかった。航空軍将校側に関しては1人を除き皆が動揺する始末。



 ガチャッ


「失礼します」



 そこへ空気も読まないどころかノックもしないで部屋に入ってきた1人の陸軍将校が現れた。オールバックにやや細身の将校は部屋にいる他の各将校達の視線が自身に集まるのを確認すると、フォイトへ目を向ける。その視線に気付いたフォイトは少し冷静さを取り戻し、彼へ体を向けた。


 謎の陸軍将校は臆する事なく彼の目の前まで歩み寄る。



「お初にお目に掛かります。私、帝政府直轄のメルエラ神衛隊、『聖火隊』のサヘナンティス支部のヨーデ・フ・ジィードリヒ特務中将です」



 その軍制服のデザインは一般的な軍将校が着る物と似ているがより洗練されており、軍制服と軍制帽は、灰色と同じくらいに高貴な色と認識されているアースホワイト色だ。だが白は基本的に聖職者が纏う色であり軍人が着るというのはあまり一般的ではない。灰色のネクタイを付け、内側には黒色のシャツ。肩章にはレムリア国旗のマーク、襷掛けのベルトに胸には剣を上から刺された髑髏が炎に包まれている銀の徽章をつけている。


 一目見ただけでかなり高位な部隊である事が窺えるが得体の知れない不気味さも感じられる。



「な、なに? 神衛、隊? 聖火隊?」



 フォイトは聞き慣れない所属部隊を言われ困惑するが、ビルゼーの方へ目を向けると彼は至って平然としている。それどころか此方を見て不敵な笑みを浮かべてすらいた。


 何か嫌な予感を感じたフォイトだが聖火隊のジィードリヒなる軍人は話を続けた。



「先の貴方様の発言は国家の威信を欠かせる軍人に有るまじき非常に許し難いモノであると判断致しました。ですが、何よりも……神メルエラを否定した事は重罪。よって貴方様を処断する事を決定しました」



 冷徹にそう宣告したジィードリヒは直角に右手を挙げると彼と同じような服装をした聖火隊達が一斉に部屋の中へ入ってきた。その顔は鼻から下を覆い隠す黒色布地で隠されており、ジィードリヒのように素顔を拝む事が出来なかった。恐らく一般隊員だろうとフォイトは考えるが、それ以上に彼らがこれから自分に何をしようとしているのかが気になっていた。


 新たにやってきた聖火隊達は自分の後ろに2人。そして、陸軍将校側一人ひとりの背後へ移動する。そのキビキビした動きからかなりのエリートである事が分かった。



「な、何をする気だ!」



 腰のホルスターへゆっくりと手が伸びる。フォイトの部下達も尋常ならない状況に警戒し、いつでも椅子から立ち上がれるように身構えた。



「叛逆者には神罰を……帝国万歳(レーヴェ・レムリス)



 ジィードリヒが静かに呟くと素早い動きで自身の腰のホルスターに収めていた拳銃を抜き取り、フォイトの眉間へ銃口を当てる。驚くフォイトが慌てて回避しようとするも背後の隊員達に抑えられ動きが取れない。



「き、貴様ー」


 ダァン!


 そして、引き金が引かれた。

 眉間から脳髄と血が混ざったドロドロの赤い液体を撒き散らし、フォイトは力無く床へ倒れた。



「ふ、フォイト中将!」


「おのれ貴様ら!」



 一気に激昂したフォイトの部下達が拳銃を引き抜こうとするも背後に待機していた他の聖火隊員達により無慈悲に撃たれてしまう。


 ダァン!

 ダァン! ダァン!


 更に2人が血を流し床に倒れた。

 地獄のような沈黙、椅子に座りガタガタと体を震わせる他の陸軍将校となんとも言えない顔で顔を伏し続ける航空軍将校達。



「さて、叛逆者は処断しました。では今より私がこのランダルシアに居る全陸軍の指揮権を頂きます。宜しいですね、ビルゼー殿?」



 たった今同胞を殺したとは思えないくらいに冷静な口調で話すビルゼーは機嫌良く頷いた。



「あぁ、それで構わん。全く愚かな男だ……今では強権を手に入れた我ら貴族と、神を敵に回すなど。お前達もそう思わないか?」



 ビルゼーは生きた心地がしない気持ちで椅子に座っている両軍将校達へ問い掛ける。彼らはフォイト達の二の舞になる事を恐れ、必死に愛想笑いを浮かべながら首を縦に振り続けた。




「よろしい。確か艦隊の生き残りの中に空母も残っていたな? お前の活躍に期待しているぞ?」



 ビルゼーがそう言い目を向けた航空軍将校は先ほどまでの一連の出来事を終始涼しい顔で眺めていた男だ。



「まぁ、俺としてはちゃんと活躍の場を頂けるのであればそれで……部下達も腕を振るいたくてウズウズしてます」



 平凡な顔立ちの彼はニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべながら椅子にもたれ掛かっていた。あまりに無礼で上官に対する態度では無いが彼ならばその程度の無礼は許容範囲として許されている。



「我が帝国が誇る『撃墜勲章』を得た兄弟の弟か……貴様さえ入れば我が航空軍の戦闘機部隊は百人力だ」


「万人力と言って欲しいですね、クククク」



 この男、バンス・フォン・ルーゼル少佐はレムリア帝国が誇る最高位クラスの戦闘機乗りであり『撃墜王』の名誉を持っている。


 ルーゼルはただただ、自身の愛機で敵と戦う光景を楽しそうに想像するのだった。

早く時間が経ってこの辛い気持ちを忘れたい一心で最近は生きてます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日本国のICBMか、まさに神雷やなぁ。 狂信者の国は本当に気持ち悪い。神さんの名前だしゃジェノサイドも聖なる犠牲とか、ホンマ狂っとる。 レムリアの馬鹿さ加減をわからせるには徹底的な敗北を味…
[一言] ルーデルかな?w
[一言] この国に伝単とかばらまきたいな……。 「神エルメラはすでにこの国を見捨てている」とか。 神が見捨てていないのら、負けるはずがないからね……。
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