第145話 サヘナンティス侵攻その2
色々な事が起こり過ぎて投稿が停滞してしまい大変申し訳ありませんでした。
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ヴァルキア大帝国
南方のとある海上
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聖国連・レムリア帝国による大侵攻によりバロク方面に近い地方の住民達は一斉に避難を開始。その中でも若い女性や子供達は優先的に南方海域に存在する避難先の群島へ向かった。
移動手段は基本的に民間輸送船になる。
数隻の軍艦が護衛として随伴するが今は大半が激戦地のバロク方面へ狩り出されている為、30隻の輸送艇の護衛としては少し心許ない数であった。
「うわぁ〜〜! 海だ海だ!」
「見て見てお母さん、海だよ!」
「こ、こら、ちゃんと座りなさい!」
「軍艦が直ぐそこにあるよ、カッコイイぃ!」
自国の将来に強い不安を抱える親達に対して子供達は無邪気なものだった。窓から見える水平線に男の子なら憧れである飛行軍艦と、普段ならあまり見慣れない光景に興奮していた。
「随分とまぁ心許ない護衛だな。この船にも一応対空火器はあるけど、レムリア軍艦に何処まで通用出来るか……あー嫌だねぇ陰気になっちまうよ」
民間船に無理やり搭載した対空銃座に腰掛けていた軍人が空を仰ぎながら呟く。銃弾補充員として側にいたもう1人の軍人が応えた。
「仕方ないだろ。最近じゃ軍艦だって貴重なんだ。5隻だって多い方さ」
「そうかねぇ〜。周り見てみろよ、他の兵や親御さん達なんか顔色が頗る悪いぜ」
避難用群島は転移したばかりの時に偶然見つけた場所だ。以降、政府はそこに無数の大規模な地下施設を建設。多量の水や食糧、生活物品等を備蓄して国民達の緊急避難場所に活用する事に決めた。多くの高官たちからは高い山脈に囲われた本国を攻め込まれる心配はないと反対するが、皇帝はコレを強行した。
異世界に来てから30年……避難用群島を使うのは今回が初めてだ。
「みんな不安なんだ。未だかつて本土まで敵が攻め込んで来るなんて事は無かったんだからな。ましてや相手は記憶に新しい強国レムリアだ。前世界でもレムリアの容赦無い侵攻でどれだけ多くの国や生存可能区域が侵されてきたか……その魔の手から逃れられたかと思いきや、この世界へ500年前から既にやって来ていた。強大な力を身に付けてな」
「ふーん……」
「さっきからお前……怖くないのか?」
「全然。元々孤児だったからな、何も怖いもんはねぇよ」
「そうか……」
重苦しい空気に包まれる船内。それとはまた別に緊張感に包まれている艦内が存在していた。
だがそれは海の中にあった。
「何か変化は?」
「いえ、海中探知機には何の反応もありません」
「海獣の類はいないようです」
「よし、このまま気を引き締めていくぞ。大した武装のない船団が海獣なんぞに襲われたらひとたまりも無い」
「「了解」」
ヴァルキア大帝国ロヴス級潜海艦3隻は避難船団の護衛の任務に付いていた。その中の隊長艦である『ランデルマン』の艦長エルンストは緊張した面持ちで海中探査班を見守っていた。
(巡洋艦3隻に駆逐艦2隻、加えて本艦を含めた潜海艦3隻……避難船団30隻に対して些か不足気味だが致し方あるまい。我ら潜海護衛隊の任務は海獣撃退ともう一つ、レムリアが保有しているとされる潜海艦から船団を守るという目的も含まれているのだ。決してミスは許されない)
その時、ソナー員が海中から聞こえてくる水中音に気付いた。
「ッ!…北東より水中音探知! これは……お、恐らくフタアゴクジラの鳴き声かと」
「間違い無いかと……鳴紋と一致します」
「どれ、貸してみろ」
エルンストはソナー員からヘッドホン型の聴音機を取りそれを自身の片耳へ当てる。
ーーキュオオ〜〜 キュオ、キュオオ〜ーー
不規則な金属音とは違う音、自国の潜海艦のようにスクリュー音ともまるで違う。そして、ありとあらゆる怪獣達の鳴き声を記録してある鳴紋にも一致する。
エルンストは安堵の溜息を吐いた。
フタアゴクジラは海獣の中でもかなりの大型だが無害である為、特に警戒する必要の無い存在だ。
ヴァルキア大帝国の潜海艦は基本的には海獣駆除を目的として活動している。少し前までは海中から異世界軍の軍船や戦列艦を魚雷で一方的に沈めていたが、列強国に成ってからはめっきり戦争での活躍の場を失っていた。
レムリア帝国の潜航艦に遭遇した事が無い。そもそも自国以外で潜海艦を有する国と出会っていない為、彼の国のスクリューによる音紋など知るはずも無い。しかし、ヴァルキアは海獣達が発する独特の音波や鳴き声を徹底的に調べ集めているのだ。故に記録してある海獣の鳴声こと『鳴紋』に一致せず一定のリズムで何かしらの音波や金属音などを感知した時、それはレムリア帝国の潜海艦となるのだ。
そうやって彼らは海獣と潜海艦を区別している。
「そのようだな……よし、切り替えー」
「再びソナー探知!」
突然、声を上げる部下に一瞬驚くエルンストだが、先ほどのフタアゴクジラの鳴き声の件もあり少し気が緩んでいた。
「何だ? またあの海獣か? フタアゴクジラは無害で――」
「コレは……す、スクリュー音!?」
「真っ直ぐ本艦へ向かって来ます!」
「まさか……ぎ、魚雷!?」
エルンストは驚愕するも急いで回避行動を取るよう指示を出す。
「魚雷だと!? ええい、機関回せ! 緊急回避だ!」
幸い魚雷の軌道先に避難船は無い。急速に前進を開始する潜海艦は魚雷と思わしき物体からの軌道先から大きく逸れて前進した。
「よ、良し。一先ず危機は去ー」
「ぎ、魚雷と思しき物体より謎の音響を感知……スクリュー音とはち、違います」
「レーダーより魚雷と思しき物体が航行軌道を変えました! こ、此方に向かって来ます!」
「何だと!? つ、追尾してくるというのか!? そ、そんな馬鹿な事があってたーー」
次の瞬間、仄暗い海中で大きな爆発が発生。
ヴァルキア大帝国のロヴス級潜海艦ランデルマンは凄まじい爆圧により容赦なく爆沈。
巨大な水柱が海上に上がる。
避難船に居た避難民達は突如として起きた巨大な水柱に怒号と悲鳴、叫び声で埋め尽くされた。
護衛隊のヴァルキア兵達は顔面蒼白になりながらも居場所も正体も不明な敵に備え迎撃態勢を取り始めた。しかし、再びまた別の方向から大きな水柱が今度は2つ海面から上がって来たのだ。
護衛の駆逐艦が急速反転し北方へ向かい全速で向かう。
ーーー
ーー
ー
南方へ航行する避難船団と護衛隊は傍らで起きた巨大な水柱と爆発、そして潜海艦ランデルマンの消滅により大混乱に陥っている。
その原因たる存在は海深くからゆっくりと近づいていた。
北東約5㎞の海中にてレムリア帝国西方外界侵攻軍第3潜航艦隊旗艦ディヴィアタン級潜航艦『フールフール』が随伴するラ・ドゥラ級潜航艦5隻と共に音を立てずに航行していた。
薄暗い管制室では魔音・魔波ソナー員、魔音・魔波レーダー員、水雷員、魔導通信員が其々が担当とする端末機に座して役割をこなしている。
魔導レーダー員は菱型端末モニターにてレーダービームの回転に探知し表示されている緑色の逆三角形がゆっくりと動いていた。
「海獣が本艦隊の真上を通過します」
「そのままやり過ごせ」
潜航艦隊の真上を巨大なフタアゴクジラが優雅に通過する。
レムリアの潜航艦は日本の潜水艦やヴァルキアの潜海艦と幾つか違う点が存在する。
日本は海底随伴航法装置とソナーを駆使している。海図で自艦の位置を把握し、時折音波を発する事でその反射を利用して航行している。その為、海底や海底岩などにぶつかる事なく海中を進む事が出来るのだ。一方でヴァルキア大帝国の潜海艦は潜海時、常時測位音響装置を使う事で航行をしている。
レムリアの潜航艦は探知防御機能である『魔音遮断防壁』を潜航中は常時展開。つまり音波による索敵に引っ掛かる事は殆どあり得ないのだ。海中航法は航法機関に登録してある海図を元に航行しており、魔音波を使う事で反響する物質を瞬時に把握している。また、魔音波は魔石物質を微量でも含んでいるモノで有ればより詳細かつ鮮明に地形を把握する事が可能なのだ。この世界の地上海底含め殆どに極微量ながらも魔力や魔石が含まれている。つまり、彼らは魔音波にて把握した地形を管制室に備えたメインモニターに映し出し、目視で航行することが可能なのだ。
「先行のデモネアより入電……〝敵潜航艦撃沈〟」
「良し……一番槍を付けたのは我等だ。これは我々の手柄だ」
スキンヘッドの堀の深い顔立ちの男、第3潜航艦隊旗艦フールフールの艦長ロアヒム・シェプ・ダーゴン少佐は手を突き出して命令を下す。
「先行のデモネアへ通達。〝艦隊集結 『鯨翼の陣』にて一斉魚雷攻撃を仕掛ける〟」
「了解」
彼らは上からの命令に従いヴァルキア大帝国の補給船団の撃滅を行っていた。しかし、あの船団が積んでいるのは人々であり武器弾薬では無い。尤も、そんな事は彼らの知る事では無いのだが。
「クックック……我らレムリア潜航艦隊には『魔音遮断防壁の陣』を展開しているのだ。彼奴等のポンコツなソナー探知機ではとても感知できまい。そして…我らには貴様らが筒抜けよ」
ディヴィアタン級の旗艦フールフールを中心とした以下ラ・ドゥラ級による鶴翼の陣は、真正面から捉え見ると翼を広げた鳥類の輪郭を思わせる陣形をしている。
全艦が一斉に魚雷発射管に海水が注水される。
『ラ・ドゥラ1番艦より第1、第2魚雷発射準備完了』
『同級2番艦第1、第2魚雷発射準備完了』
『同級3番艦ー』
海中用魔導無線により続々と魚雷発射準備完了の報告が管制室内に響き渡る。
「第1番、2番、3番、4番艦首魚雷発射管注水完了。」
「ククク……ヴァルキアのウジ虫共に我がレムリアの誇る魚雷攻撃を食らわせてやるのだ!」
「撃て!」
本艦の魚雷攻撃準備完了の報告を受けたダーゴンは攻撃命令を下し、計14発にも及ぶ魚雷が発射される。
発射された魚雷群は魔波探知誘導により目標の魔力を探知補足して追尾する機能を有している。ヴァルキア大帝国の飛行軍艦や潜海艦、民間機も含め浮遊生物オルフィクトンの『浮動器官』という臓器により造られる『浮動器官原動機』なるバイオ機関を利用している。そして、より良質な浮動器官を取り出す為、ヴァルキアはオルフィクトンに魔鉱石を含めた餌を与えている。
つまり、レムリア帝国の魔波誘導魚雷の恰好の的になってしまうのだ。
「続けて第2、第3波雷撃用意せよ。」
「了解。」
再び魚雷による一斉攻撃の準備を進めていると、通信員から報告が上がる。
「第89空母艦隊より入電。〝対艦攻撃部隊到着まで5分〟」
「来たな……。全艦へ通達、第3波雷撃後は機関停止。再度第89空母艦隊より報告があるまで待機せよ」
「了解」
そして、第2波の魚雷群が発射される。
ーーー
ーー
ー
多数の雷跡が避難船団に向かって行くのを見た護衛艦隊は必死に無線で回避行動するよう叫び続けた。
「魚雷だ、魚雷が向かってる! 舵を切れぇぇーー!」
『と、搭乗人数を超えていて満足に船が動く事ができません!』
パニックに陥っている避難船団は隊列を忘れ、向かってくる魚雷を回避しようとバラバラに動き始めている。しかし、限界以上に避難民を乗せた事によりあまりにも鈍足だった。飛行軍艦の甲板にはいても立ってもいられずに空兵達が身を乗り出しながら逃げるよう叫び続けている。
「逃げろぉぉ!」
「船を捨てるんだ!」
「頼む避けてくれぇぇ!」
空を行く軍艦まで避難船から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえて来る。そして、無数の雷跡が捕捉した避難船に接近し、爆発が発生……巨大な水柱が10隻の避難船の横っ腹に上がった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「助けてくれぇぇぇ!」
「おかあさーん! おかあさーん!」
「い、いやぁ! 誰か……誰か助けてぇぇ!」
「ふ、船が沈むぞ!」
「か、海水が……まだ中に人が居るのにッ!」
魚雷により船体に大きな穴を開けられた避難船は大量の海水が船内へ浸水。船は瞬く間に海底へと引き摺り込まれる様に多くの人々を道連れに沈んで行く。
そこへ更に第2、第3波の雷跡が残存している避難船団へと襲い掛かる。
ズガァァァァァァァン!
ドォォォォォォン……!
ゴゴゴゴゴゴ……!
一隻、また一隻と避難船が魚雷の魔の手により沈んでいく。その度に乗船していた避難民が海底へと引き摺り込まれ、大勢が死んだ。
「おのれぇ……悪魔どもがァァァァァァ!」
守るべきものを守れず、呆然と浮かび続けていた護衛艦隊は憤怒に任せて一斉に魚雷が飛んできたであろう場所へ艦を走らせる。
「撃って撃って撃ちまくれぇ!」
艦底部の15㎝単装砲の砲口が轟音と共に火を噴く。無闇に放たれた砲弾は一見何も無い海面へ着弾し水柱を上げる。5隻の護衛艦隊は虚しい砲撃を居るかどうか、そもそも効果が無いに等しい砲撃を続けていた。
そこにレーダー員が端末画面に無数の飛翔物体が高速で此方に向かっている事に気付き声を上げる。
「レーダーに感あり! 高速の飛翔物が北東より接近中!」
「何だと!?」
「物凄い速さです!」
「敵戦闘機か!? いいだろう、弔い合戦だ! 対空戦闘よー」
艦長が接近してる敵戦闘機と思われる存在に対し対空戦闘の指示を送ろうとした。その瞬間、3隻の艦艇が高速飛来して来た物体が命中し、けたたましい轟音と爆発と共に黒煙を上げて海面へ墜落した。
「なっ!? 何だ、今の攻撃は!」
「5番、3番、2番艦被弾!」
「ご、轟沈しました!」
「ま、まさか……追尾式誘導弾だとでもいうのか!? 我が国でもほんの少数のみ試製として生産されたばかりと言われている。だが、あの破壊力と速度は……」
「再度レーダーに感あり! 敵誘導弾高速接近!」
死刑宣告のようなレーダー員からの報告に艦長は困惑する。
「た、対空戦闘だ! は、は、早くしー」
ドドドドドォォォォォォンッッ!!
残った2隻のヴァルキア軍艦も突如として襲って来た飛翔物体……レムリア帝国の第89空母艦隊による対艦攻撃機部隊の対艦魔導ミサイル攻撃により成す術もなく全滅した。
第89空母艦隊のラングー提督は座乗艦であるゲイル級航空母艦の艦橋にて攻撃隊からの報告を受けていた。
『ガリアンテ攻撃隊より、敵輸送船団の護衛艦隊を撃滅。繰り返す、敵護衛艦隊を撃滅』
「うむ、良くやった。全機帰投せよ。直掩機は引き続き周辺空域の警戒に当たらせろ」
『『了解』』
ゲイル級航空母艦艦長のヴォルガンが彼に話しかける。
「資源物資を積んでいるとされる敵輸送船団の殲滅は無事に成功ですね」
「あぁ、なんとかな。やはりヴァルキアは軍用艦艇が不足しているという情報分析庁の判断は間違い無かったようだ。アレほどの船団に対しての護衛の数が圧倒的に少な過ぎたからな」
「海軍もこの大聖戦で大きな活躍をしましたね。正直、海獣駆除しか取り柄の無い変人どもの集まりとばかり思っていましたが……」
「そうだな。ダーゴン将軍に浮上しても問題無い事を伝えよ」
「了解」
通信員が対潜用魔導通信で海中に潜み続けている第3潜航艦隊に指示を送った。
間もなくして5隻の潜航艦が海面を掻き乱しながら浮上してきた。遠方の空から見ると潜航艦は少しずんぐりとしたカブトガニに似た形状をしている。一際大きい、ディヴィアタン級潜航艦は言うならば女王カブトガニとでも言ったところだろうか。
「ん? ヴォルガン艦長、撃沈した輸送船の乗組員と思われる存在を海面より多数確認」
「生き残りがいたか。よし、魔導モニターに映せ」
艦底部に取り付けられた魔導拡大レンズにより映し出される遠方の海面の映像が艦橋の大型魔導モニターに送られる。
そこには確かに大勢の生き残りと思われる乗組員が必死に残骸にしがみついているのが見て取れた。だが、遠方のためかボヤけていてハッキリとは分からない。
「映像を拡大できるか?」
「ハイ、拡大します」
そうして漸くハッキリと見えた映像にヴォルガン艦長らは絶句した。
どこからどう見ても乗組員ではない。
軍人ですらない。
「な、何という……!」
大勢の傷付いた民間人だったのだ。
それも殆どが女子供。敵が戦争に備えた武器弾薬資源を多量に載せている輸送船団と聞いていたのだ。
ヴォルガンはショックのあまり眩暈を覚えた。
ラングー提督も同じようにショックを受けているが、直ぐに気持ちを切り替える。民間人の救出をする為、丁度海面へ浮上している第3潜航艦隊へ命令を出そうとした。
「い、今すぐにダーゴンへ通達!」
「ッ! 第3潜航艦隊乗員が続々と甲板へ出て来ました」
「なに? そ、そうか……」
ラングー提督は素直に感心した。
ダーゴンはいち早く民間人の存在に気付き、救出作業に取り掛かろうとしている……そう思っていた。
「なっ!? だ、ダーゴン、貴様何をしているのだ!!」
魔導モニターに映っていたのは常備していた自動小銃を使い、海面に漂い助けを求める民間人に向けて容赦無く発砲する光景だった。
第3潜航艦隊旗艦『フールフール』から通信が届く。その声の主はダーゴン司令だ。
『ラングー提督殿。お見事な活躍ぶりでー』
「ダーゴン、お前一体なにをしているのか分かっているのか? 無抵抗の、それも民間人に向けて発砲するなど!」
『はい? アッハハハハハ! ラングー殿は冗談がお上手ですねぇ』
「冗談などでは無い、貴様はーー」
ダァァン!
突然の銃声と共にラングー提督は艦橋の床に倒れてしまう。
艦橋に居た乗組員らが呆然としている視線の先に居たのは発砲煙を出している拳銃を握るヴォルガン艦長だった。
彼は何食わぬ顔で拳銃をホルスターへ仕舞うと通信が繋がっているダーゴンに話かける。
「今のラングー元提督の発言は偉大なる神メルエラの御意志に叛く行為と判断しました。よって、『聖火隊』として処断……やれやれ眩暈を覚える程のショックでしたよ。まさかヴァルキア人の生き残りが居たとは……では、キッチリと片付けて下さい、ダーゴン殿」
涼しい顔で発せられるヴォルガンの言葉に通信端末の向こう側にいるダーゴンも少しも動揺する事なく応じていた。
『えぇ、お任せを。偉大なる主に栄光を、帝国万歳』
通信が切れると恐ろしい沈黙の間が艦橋内を包み込んでいた。ヴォルガンは襟元を整えてから「さてッ!」と今度は明るい顔を乗組員達へ向ける。
「神メルエラの為、そして帝国の為に、各員しっかりと敵を殲滅していこうぞ! 帝国万歳!」
「れ、帝国万歳!」
「「帝国万歳! 帝国万歳!」」
乗組員達は意見一つ言うこと出来ず、引き攣った顔で必死に声を上げ続けた。
あんな風の様になりたくない。
その一心で声を上げ続ける。
一方でダーゴン達も潜航艦の甲板から海面に浮んでいる避難船団の生き残り達を次々と自動小銃で撃ち殺し続けていた。
その場を支配していたのは、戦争特有の『狂気』と『恐怖』だった。
ーーー
ヴァルキア大帝国
バロク方面から150㎞
グランダーヴェ大渓谷
ーーー
西方外界侵攻軍航空第1機動大艦隊内バロク方面遠征打撃艦隊の電撃強襲によりバロク方面が瞬く間にレムリア・聖国連の占領下に落ちてから2週間以上が経過していた。
地球のアメリカ合衆国にある渓谷地帯グランドキャニオンを思わせるヴァルキア最大の渓谷地帯グランダーヴェ。
その隆起した超巨大な岩壁と一体化する様に造られた『グランダーヴェ要塞基地』の作戦司令室にてヴァルキア大帝国の軍将校達が作戦会議を開いていた。
「では、レムリア軍はグランダーヴェとバロクの境界線『グロックベリー要塞基地』からは相も変わらず動いていない……と?」
「ハッ。偵察部隊からの報告によると敵はグロックベリーにて勢力を再集結させているとの事です。地上では歩兵小隊規模の衝突が頻回に起きていますが、敵機甲部隊は腰を据えて動かず、でした」
「そうか……むぅ」
グランダーヴェ要塞基地に配属されたヴァルキア大帝国空軍第2艦隊提督ラングル・ドルツキー大将は部下からの報告を聞き難しそうに唸った。
それに同調していたヴァルキア大帝国陸軍第3軍団軍団長バンドン・コームラー大将が口を開く。
「やはり罠に掛からんか……バロクとグランダーヴェの境界線全域に張った大地雷網。奴らが超電撃侵攻による勢いと慢心そのままに突っ込んでいれば陸軍に大打撃を与えられたというのに……」
「敵は確実に潰せる大規模戦力をぶつけて来る。それも大地雷網やロケット弾網を受けても揺るがない程のな……だが、再集結までに時間を要する程の被害を与える事が出来た事自体は大きい。でなければ今頃、此処も奴らに落とされていた事だろう」
バロク方面で歴史的大敗を喫したヴァルキアは3度にも渡る奪還兼反攻作戦を実施。聖国連常任理事国のルシール公国とエル・ドラヴィル王国の連合艦隊と交戦し完膚無きまでに叩き潰す。だが、ヴァルキアの快進撃も此処で止まってしまった。
入れ替わるように現れた本軍、レムリア帝国軍の大艦隊が現れたのだ。
ヴァルキアの反攻艦隊は少数ながら新型の誘導魔導空雷と新型戦艦の42㎝3連装砲塔という切り札を積極的に使用。レムリア帝国艦隊が誇る魔導障壁に苦戦し、駆逐艦級と巡洋艦級を数隻を沈める程度の戦果しか上げられず、戦闘機による制空格闘戦闘に於いても速度の差は共に音を超えていたとしても機動力と兵装性能の差で敗北を喫した。
この大敗北にヴァルキアの空軍戦力は半分までに減ってしまい、以降は確実に防ぎ切る陣を築く為の時間稼ぎの目的も含めた撤退戦に切り替えたのだ。バロク方面に残存する陸空軍の各部隊をグロックベリー基地まで引き上げるのだが、元よりグロックベリー基地はここまでの侵攻を想定した要塞化は施していない為、ヴァルキア東方部に於いて最も頑強なグランダーヴェ大要塞基地まで引き上げる事となった。
無論、ここまで来るのに多大な犠牲を払った事に間違いはない。しかし、グランダーヴェ大要塞まで来れば後はこちらのモノ
「今も続々と陸空両方の援軍が集結している。更に此処はバロクにある要塞基地よりも頑強なグランダーヴェ大要塞だ。現に敵艦の対地艦砲射撃に対してもグロックベリー基地を始めとする多くの要塞はビクともしなかったと聞いている」
峻険な地形と大渓谷地帯を利用し、隠蔽型の対地対艦砲塔や対空高射砲塔に重機関射撃装置、地上には蜘蛛の巣の如き張り巡らされた対歩兵用有刺鉄線網と対戦車バリケード、地雷も隠されている。厚さ560㎝のコンクリート製で発電室や武器弾薬庫は80m以上の地下に建造、各区画も堅牢に作られているのだ。
だからこそ、此処を突破されるという事はヴァルキア大帝国の1/3は落とされる事になる。
決して敗北は許されない。
「しかし、サヘナンティスとは違い我らにはニホン軍の基地は無い。彼の国はかなり高度な実力を持つと言うが……」
「他国の軍が我が祖国に基地を作るなど許される事ではない。気持ちが分からん事もないが、自分の国くらいは自分で守ってみせる」
「そうか……うむ、そうだな」
ドルツキーは地下天井に垂れ下がる豆電球を眺めながら、自分たちの行く末が明るいものである事を静かに祈った。
ーーー
サヘナンティス帝国
東方主要都市ランダルシア
ーーー
建設した魔導転移装置から続々と艦隊が集結、武器兵器や兵員等含めた物資が占領された都市へ運ばれていく。
レムリア人からすれば壮観な眺めに違いないが占領された都市の人々からすれば屈辱的な光景でしか無い。
「将軍達は集まったな……では、これよりサヘナンティス帝国攻略に向けた作戦会議を始める」
レムリア帝国内聖国連航空軍第400艦隊提督のビルゼー中将は、作戦司令棟と化した都市市役所の会議室にて本攻略軍の陸空其々の将軍達を招集し、今後の作戦会議を行おうとしていた。
豪華な長机が挟む形で向かい合うように座っていた各将軍達が一斉に立ち上がり、ビルゼーに向け敬礼を行い、再び席に座ると漸く作戦会議が始まる。
「先ず我ら航空軍はミサイル戦闘艦を主力とした対地魔導瘴気ミサイルによる飽和攻撃を、次の主要攻撃目標である第3首都リヴェにて行う予定である。既に10個規模の航空ミサイル戦隊が集結している」
「つきましては、そこに10個規模の艦隊も護衛として随伴して行く所存であります」
同航空軍の指揮官の言葉にビルゼーは満足げに頷く。10個規模の艦隊となると戦艦だけでも40隻、巡洋艦80隻、駆逐艦120隻と合計240隻にもなる大連合艦隊だ。全てに於いて圧倒的に劣っているサヘナンティス帝国の艦隊など恐るるに足らない。
「敵は第8艦隊なる対艦ロケット弾を装備した艦船が存在するが、問題は無いな?」
「我ら空母艦隊も5個規模で随伴いたします」
「敵戦闘機部隊が現れても我らが全て蹴散らしてご覧にいれましょう」
大規模な空母艦隊も加わるとなれば負ける要素など見つからない。ビルゼーは確実に敵を撃滅出来るという確固たる自信に満ち溢れていた。
そうなればサヘナンティス帝国攻略を果たしたという大戦果を得られる事になる。自分も英雄の仲間入りとなり、ビルゼー家は半永久的に大成する事になるだろう。そんな希望と栄光に満ちた未来を噛み締めていた。
「よし。では陸軍は何か異存は無いか?」
ビルゼーは航空軍の将軍達が座す側と反対側で対面している将校達へ顔を向ける。
レムリア内聖国連陸軍第102軍団軍団長のライマー・ド・フォイト中将は静かに答えた。
「1つ懸念がある。つい数ヶ月前、つまり大聖戦が勃発する前に、サヘナンティスとは違う他国の軍隊が第3首都リヴェとランダルシアの中継地点である街『ハーロ』郊外にて基地を建設しているという話は聞いているだろう?」
フォイトの言葉にビルゼーの眉がピクリと動く。
「あぁ、ニホン軍か。確かそのハーロと最西端の港湾都市アロスカにもニホン軍の基地が建設されている、と諜報部隊からの報告は受けた。だが、それがどうした?」
「……正確な規模は不明だが、ニホン軍基地にはおよそ1個から2個旅団程のニホン兵が存在すると聞いている。更にその基地の形状から見て航空機が存在する可能性が高い。だから、我ら陸軍としては、ニホン軍の実力を知る為にも、ここは一先ず威力偵察を実施して、敵戦力の分析を図るべきだと考えている」
「……ふむ。では作戦決行日を遅らせよと言うのか?」
「予定が少しばかり遅れる事にはなるが、敵の正確な戦力を把握する為には必要なのだ」
陸軍側から頷く反応が見られる。
確かにニホン軍の存在は以前より確認は取れていた。しかし、その規模の少なさから大した脅威にはなり得ないと判断していた。何より、ここまで侵攻して来たというのにニホン軍は基地に篭ってばかりで動いていない。
(全くフォイトめ……何を警戒する?)
ビルゼーはニホン軍は日和ったのだと判断していた。ならば警戒する必要は無いと考えていたのだが、フォイトは敵の情報収集の為にもその様な腰抜けどもを探る為に作戦決行日を遅らせて欲しいと申し出て来たのだ。
「だがなぁフォイト、奴らは今日に至るまで全くと言って良いほど動いていない。偵察するほどでも無いであろう、捨て置け」
ビルゼーが彼の要請を流そうとするがフォントは譲らなかった。懐から数枚の魔写されたものを取り出しテーブルへ並べる。
「これはつい先ほど偵察部隊から送られてきたニホン軍基地を撮ったものだ……注目して欲しいのはココだ」
彼が指差す場所に目を凝らす。そこには人が大分重そうな荷物を軽々と運んでいる姿が写っていた。「それがどうした?」と皆が不満と疑問の目を彼に向けると、1人がある違和感に気付いた。
「これは……例の人型魔導機械なのか?」
1人の将校の言葉にフォントは頷く。
「これは紛れもなく以前話にあったニホン国の人型魔導機械であると考えられる。まぁこれがどこまで我らの脅威となり得るかは不明だが問題はその数だ……先ほど私が言った1個から2個旅団規模と言うのは人間の数だ。コレらの数は恐らく1個師団規模以上とーー」
「下らんな」
「……なんだと?」
ビルゼーは彼の話を遮り深々と椅子に凭れ掛けた。そのあからさまな態度にフォントを始めとする陸軍側の顔色が怒りで強張る。
「私がその程度のことを考慮に入れていないとでも思ったのか? やはり陸軍は地を這うことしか能の無いトカゲということか」
「何だとッ!?」
「今のは聞き捨てなりませんぞ!」
数人の陸軍将校が侮辱を受けた事に立ち上がるが、フォントが部下らを宥めて何とか椅子に座らせる。だが、彼らの怒りを理解出来るフォントはその言葉の真意をビルゼーへ問い掛けた。
「……どういう事だ? つまりビルゼー殿は対処法を考えていると?」
「無論だ。ふん、何も難しい話ではない。先ず我らが制空権を獲得出来るのは確実。対して人型魔導機械はどう見ても陸上でしか運用出来ていない。つまり、空からの艦砲射撃で基地諸共アレらを粉微塵に粉砕する。それで終わりだ……尤もあそこまで緻密で繊細な魔導機械を人型に持っていくあたり、耐久性に難があると思うのだが……まぁ大した問題にはならないと言うのが私の考えだ。まだ不満はあるかね?」
「全て上手くいく、と言う事か? まぁ我々としては制空戦確保が約束出来るであればな」
「あぁ、約束しよう。制空権は確保する。お前達が空の脅威に怯える事無くハーロを制圧できるようにな」
「ならば……もう何も言うまい」
フォントは小さく手を挙げてもう他に意見は無いことを告げる。
確かにニホン軍は未だに未知な点が多いが、宣伝情報省内情報分析庁の報告書によればニホンはサヘナンティス帝国と同等レベルの実力を持つと言われている。油断は出来ないが必要以上に警戒する必要もない……その程度の相手なのだ。
「今作戦は電撃戦だ。サヘナンティス帝国の西方部にはまだ主要工業都市や採掘地帯が複数存在する。その為、敵が立ち直る前に叩き潰す必要がある。航空軍が侵攻開始し第8艦隊との交戦に合わせて陸軍も侵攻を開始してほしい」
「陸から攻め入る際、街の手前に幅300mの河川を輸送艦で越える。その先は兵員輸送車などを使って陸路で移動。装甲部隊による飽和砲撃を浴びせた後、占領に移る」
ビルゼーとフォイトの言葉に周りの将校達から異論の声が上がる事もなく頷いている。
陸空同時で行われる作戦はどちらか一方が失敗する事は決して許されない。特に重要な航空軍が敗れるとなれば陸軍は敵艦隊による攻撃を容赦無く空から受ける事になってしまう。陸軍に対空手段が無いことではないが、戦艦クラスを相手では純粋に携帯火力では敵わない。
故にフォントが念を押して制空権は取れるのか、と確認して来た理由もビルゼーも理解出来る。
だが作戦の遅延は許容出来ない。
既に決行日時は西方派遣軍大本営に居る最高司令長官たるバミール大将閣下に通達済みなのだ。ここで余計な警戒で作戦が遅延してしまっては上層部からの印象が悪くなる可能性がある。最悪、御家の名に泥を塗る結果にもなりかねない。
迅速にサヘナンティス帝国を降伏させる。
平均的に文明レベルが低いこの外界で戦果はまさに奪い合いだ。もう勝ったも同然なのだから懸念するべきは手柄を横取りされないようにする事のみ。
(他の貴族将校達も同様だ。俺と同じ様にこの戦いで手柄を得ろうと企んでいる。待てよ? そう考えればフォイトもその手柄を独り占めしようと?)
この外界で3番目か2番目の実力を持つサヘナンティス帝国を早期に降伏させる事が出来れば大戦果は間違い無い。
この機会を絶対に逃すわけにはいかない。
ビルゼーは何としてもこの作戦は成功させなければならないと強い決意を改めて胸に刻んだ。
ーーー
ーー
ー
作戦会議を終えた後のフォイト中将は自身の右腕たる副官達と密かに話し合いをしていた。
「フォイト中将。今作戦……本当に意義は無いのですか?」
副官の言葉に耳を傾けていたフォイトは口を開く。
「……完全なアウトレンジ戦法に多数の護衛艦隊。制空権が確保できる事を見越した陸軍との合同作戦。理には叶っているとは思っている。だが、それは相手がサヘナンティスならばな」
「では……」
「意義自体は無い……だが、ニホン軍という存在が気掛かりだ」
フォイトはニホン軍の存在ばかりを気に掛けていた。
サヘナンティス帝国陸軍も状況によっては脅威となるが、基本的にレムリア帝国の武器兵器の性能差が開いている為、大きな被害を受ける事はこれまでも殆ど無かった。ニホン軍とはまだ一度も軍事的衝突は発生していない。それでも、彼と彼が信頼に足る副官達は日本は大きな脅威となり得るだろうと予測している。
テスタニア帝国、ハルディーク皇国……どちらもレムリア帝国ほどの強大国家ならば僅かな被害を出す事なく圧倒的完勝を収めることは可能だろう。だが、それはレムリア帝に匹敵する実力があればこその話であり、ヴァルキア帝国ですら快勝は出来ても小規模の犠牲者は出る筈だとフォイトは考えている。だが、ニホン国は見事に成し遂げていたと聞く。
それが今作戦に於いてフォイトが懸念している事だ。ランダルシア侵攻までは距離的な問題も含め、大きな動きは無いだろうと彼はそこまで警戒はしていなかった。尤も全く動かなかったのは予想外ではあったが、まだ比較的余裕はあったのだ。
しかし、リジェ攻略までの通過点に中継地点たるハーロとその近郊にあるニホン軍基地に攻撃を仕掛ける事はほぼ間違いない。
ここまでニホン軍の動きが何一つ分からない。
それが不気味で仕方が無かった。
(航空軍の連中は、それを「ニホン軍が日和っている」と決めつけているが……どうもそうは思えない)
作戦会議の場で根拠もなく「嫌な予感がする」と言って無理にでも作戦延期を訴えたら、非難を受けるだけならまだしも、最悪作戦を阻害させていると憲兵達を派遣してくる可能性もあり得る。
そうなれば新しく陸軍の指揮を執るのは間違いなく欲深い貴族将校だ。奴らは「突撃」と「撤退」の二言しか命令を下せない無能ばかりだ。そんな輩に大事な兵達を預けるわけにはいかない。
「ニホン軍が駐留しているオワリノ国と交戦中の遠征軍からの戦況もまだ上がってきておりません。報告書のまとめ作業が遅れているだけかと思いますが」
「ふむ、彼らの勝利を神に祈るしかあるまい」
「ニホン軍……一体どれほどの実力を有しているのでしょうか?」
部下達の懸念は尤もだ。それはフォイト自身も抱いてるものだからである。
「なんとも言えんな。人型魔導兵器を含め我らに似た兵器もあるとなれば……負けぬまでも陸軍だけでは被害は相当なものとなるだろう」
「やはり航空軍が作戦通りの成果を出すことを期待するしかないですね」
「致し方あるまい。作戦開始は3日後だ。準備は進めているな?」
「ハッ。第50と56歩兵師団、第36と42魔導機甲師団の準備は滞り無く。輸送艦隊は既に集結済みです」
「よし。準備はそのまま続けろ。此度の作戦でこのサヘナンティス戦線における勝敗が決すると言っても過言では無い。皆の活躍を期待しているぞ」
「「ハッ!」」
サヘナンティス帝国攻略陸軍の中で最も最前線で活躍をしているフォイト中将率いる第102軍団は、開戦から今日に至るまでサヘナンティス帝国陸軍を撃退し続けている。河川と都市部以外は平坦な地形が多いサヘナンティス帝国で彼の軍団は火の如き勢いで地上を踏破し続けていた。
時折、サヘナンティス帝国陸軍守備隊の野砲による待ち伏せ攻撃を受ける事はあっても、レムリア帝国陸軍の55㎜に及ぶ装甲を誇る『破壊型重戦車ハヴァリーIII世』打ち破る事は叶わなかった。瞬く間に返り討ちに遭い、全滅していったのだ。だが、ハヴァリーIII世が活躍したのは市街地戦であり、平野が広がる場所での襲撃には『強襲型軽戦車シエルーヴァV世』がその高い機動力を駆使して敵を翻弄しつつ撃滅を果たしている。
何も戦車戦や歩兵戦のみでは無い。
陸軍には『小型機動強襲艇アーヴァ』という上空から敵を撃滅させる軍用飛空艇も活躍していた。上下に伸びた楔型の中央部に操縦席となる楕円形に近い機体が埋め込まれている形状をしている。左右翼には対地魔導ロケット砲、機体下部には15mm機関砲が武装され、陸軍の要とされ兵士達からは愛されている。
待ち伏せをしているサヘナンティス帝国陸軍を発見次第、アーヴァは敵が潜伏している場所へ向かい、敵の射程圏外の上空から対地魔導ロケット弾を打ち込み粉砕する。レムリア帝国陸軍に大きな被害が出なかったのはアーヴァの活躍によるものが大きい。
これまでの戦闘経験や戦訓、戦果から見てもレムリア帝国陸軍は強い。間違いなく強い。それはフォイト自身も良く理解している。例え航空軍が援護するにしても彼は何よりも自分の部隊を信頼し信用しているのだ。
自負心もあったと言っても過言では無い……ニホンという未知の存在を知るまでは。
(そうだ……私には有能で勇敢な部下達がいる。例え大きな困難が立ち塞がったとしても必ずや乗り越えて見せよう。来るなら来い、ニホン軍!)
フォイトは胸中の不安を無理矢理押し殺し、3日後に出会う敵との戦闘に決意する。
ーーー
サヘナンティス帝国
ハーロ街
ーーー
第3首都リジェとランダルシアの直通国道の中間に存在するハーロ街はその場所故に人々や物流が豊富で、サヘナンティス全体で見れば限りなく都市に近い街である。
ハーロ街の住人達は現在目の鼻の先まで迫って来ているレムリア帝国の侵略に備え、第3首都経由の鉄道列車や民間移動用飛行艇を使い大規模な避難を慌ただしくも進めていた。
「押さないで下さい!」
「まだ次の便が残っています!」
係員や警備員が必死に慌てふためく人々を鎮めようとするも本当に今日まで感じた事も想定した事も無かった身の危険を前にしては、慌てるなと言う方が無理な話である。
通りはさながら満員電車の様に人がごった返し、押して押されて倒れる人も少なく無い。
「おい! 割り込むなよ!」
「押すんじゃねぇ!」
「早くしろよ、敵が来るじゃねぇか!」
「お、おい誰か、俺の鞄知らないか?」
「ウチの子はどこ行ったの?」
ここまでのパニック状態に陥った大きな要因の1つが、大きな被害を受けた状態で帰還して来た第8艦隊を目の当たりにした事にあった。人々はサヘナンティス帝国が劣勢に立たされている事を本格的に実感してしまったのだ。
正にパニックだ。
列車や飛行艇便が満員であろうが関係無い。
危険意識を持たず楽観的なのも困るが、こうも恐怖のあまりに混乱を引き起こしてしまうのも大変困る。
街の警備員や守備兵達はそんな街の現状を嘆きながら近いうちに攻め込んでくる敵に警戒するのだった。
ーーーー
サヘナンティス帝国
ハーロ街 在沙・ハーロ自衛隊駐屯地
ーーー
サヘナンティス帝国の第3首都リジェは強固な要塞都市。帝都に近い為、敵の侵攻に備えた重要な拠点となる。
その前哨地点である街ハーロもまた同様なのだ。そんなハーロ街近郊の平野に作られた在沙航空自衛隊駐屯地。整えられた滑走路を一望できる部屋でサヘナンティス帝国の数人の軍将校がいた。
「未だに信じられん……ニホン軍の戦闘機が音を超える程の速さで飛行出来るなど」
「えぇ。空中艦すら有していないというのにコレ程の航空技術を持っている事に……今更ながら嫉妬を覚えてしまいます」
「だが何よりも驚くべき事は……アレらが命を持たぬ鋼の兵士であるという事だ。ニホン軍は事実上、理想的な兵士を創り上げている……何もかもが規格外過ぎる」
この場にいるサヘナンティス帝国将校の中で最も位が高く、ハーロ街防衛軍の司令官でもあるパウパル少将は窓から見えるWALKERを見ていた。
滑走路に綺麗に整列しているF-35J戦闘機とF-3心神戦闘機と共に、普通の人間と何ら変わらず動いているWALKER。彼らはまるで当然のように扱っている日本の自衛隊に今更ながら驚嘆する。
「パウパル少将。ニホン軍ではなく彼らは『自衛隊』であります」
「分かっておる。だが似た様なものだ。名前が違うだけで、一般的な軍隊と何も変わらんよ」
窓を眺めながらそんなやり取りをしているしていると部屋の扉がノックされた。
ーーコンコンッ
「失礼致します」
本基地の基地司令である渡邉空将補が部屋に入るとパウパル少将らは一斉に姿勢を直し直立する。彼らは軽い挨拶を交わした後、早速防衛と敵勢力撃退に向けた話し合いを始める。
「ハーロ街及びリジェ防衛の要である第8艦隊は少なくない被害を受け、切り札である対艦噴進弾の残弾数も心許ないモノとなっています。……どうか、恥を忍んで同盟国たるニホン国にお願い致します。何卒、街を……帝国をお救い下さい」
パウパルらは渡邉空将補とその副官達に向けて頭を下げる。
本来ならばもっと早い段階で自衛隊の力を借りたかったパウパルら前線の将兵達だったが、サヘナンティス帝国帝政府高官達が「自国の問題は我らで解決出来る」、「他国の力を借りてはサヘナンティスの恥である」と頑固な拒否を示したが為にそれが叶わなかったのだ。虎の子である第8艦隊の出撃すら渋るほどに……しかし、次々の重要拠点を落とされ続けた事で身の危険を感じた高官達は今更になって慌てて第8艦隊の派遣許可を出したのだ。だが、この時点でも日本の自衛隊の力を借りる事に抵抗を訴え続けていた。これにほとほと呆れた皇帝は強い反感を受けながらも「今は国家存亡の危機であり恥を忍んでも他国の力を借りるべき」と公的に発言した事で、漸く高官達の納得を得る事に成功したのだ。
元来、皇帝の特権を使えばそれも可能だったのだが、この様な危機的状況にも限らず自らの利権と派閥を重要視する高官という名の貴族達からの妨害を受ける事は明白。中にはレムリア帝国と通じようと画策する者まで現れるまでに至っていた。
「どうか、お顔を上げてください。貴国と我が国は既に同盟国です。助け合う事は当然のこと……必ずやご期待を添えてみせましょう」
「おぉ、何と……かたじけない」
渡邉とパウパルは固く握手を交わす。しかし、事はかなり切迫している状況だ。何としてと敵を早急に撃退する必要がある。
「しかし、一体どの様にしてレムリア帝国とその聖国連軍を叩くおつもりで?」
「貴国の力を疑うつもりはないのですが敵の総艦艇数は1000前後です。見たところ飛行戦艦を有していない貴国ではとても撃退し切れるとは……」
パウパル達は、自衛隊実力は見て取れるだけでも相当なものをである事は理解出来る。しかし、幾ら高度な科学力を有していても圧倒的物量と言うものはとてつもなく脅威なのだ。それが実力に大きな差が開いていない場合となれば尚更である。
日本の援軍は非常に有難いが今現在確認できる彼の国の戦闘機数では敵を全て撃退するには圧倒的に不足気味なのだ。
しかし、渡邉は焦る事なく淡々と説明した。
「えぇ、分かっています。先ずは敵の兵站を徹底的に潰します。補給路を断たせた後に残存兵力の掃討に移る予定です」
「補給路を断つ……ですか?」
「しかし具体的に補給路すら把握できていないのではないですか? 地の利をもつ我らですら未だに……」
「レムリア帝国が継戦していく上で重要な拠点は大きく分けて3つ存在します。そこを同時に叩くのです」
パウパル達は顔を見合わせる。方法は不明だが日本は敵の動きや補給路を既に把握している事に驚愕していた。
「方法は? ど、どのように?」
「ICBM……大陸間弾道ミサイルにより目標物を破壊します。上手く撃破出来れば敵の補給路を完全に遮断する事が可能でしょう。次に目標となるのはレムリア艦隊が大規模に集結しているランダルシアの船渠です。レムリアはサヘナンティスの各重要拠点に必ずと言っても良い位に存在する空中艦専用船渠をそのまま利用しているのです。尤も、既存の船渠で足りる筈もなく、彼らは現地で得た捕虜達を使った人海戦術で急ピッチに増設を無作為に繰り返しているようです」
「な、何だと!?」
「おのれ、侵略者どもめェ!」
「気持ちは分かります。ですが、今は堪えて下さい。話を戻しましょう……無作為に増設をといってもそれでも集結している艦隊規模を考えればまだまだ足りません。その為、地上に錨を下ろして無理矢理停泊、随時補給している様子も見て取れました。では船渠に入っている艦艇はどんなものなのか、人工衛星による超高性能カメラで確認したところ、全て同じ艦種である事が判明しました」
「それはつまり、足りない船渠に優先的に入れる程の艦艇。今後の作戦に大きなチカラを持つものという事でしょうか?」
「そう考えるのが妥当かと。そして、その艦種とは、コチラです」
そう言って渡邉は数枚の人工衛星から超高性能カメラで撮られたランダルシアの鮮明な写真をテーブルへ並べた。いつどうやって撮ったのか、コレも『人工衛星』なるモノが成せるものなのか、パウパル達は聞きたい事が山程あったが今はその感情を抑え、真上からの占領されたランダルシア、その船渠区域の写真に目を凝らす。
「コレは……確かに同じ形状をしているように思えます。」
「はい。コチラは我々が入手した情報によりますと、ミトロギア級ミサイル戦闘艦という艦艇のようです」
「み、ミサイル? そういえば渡邉殿も先程、『ミサイル 』と」
「ミサイルとは、大まかに言うと『誘導式で目標物に向かい飛来するロケット』です」
「誘導……ですと!?」
「ぐぅッ! それでは仮に我が国が誇る第8艦隊を向かわせたとしても……」
「はい。向こうは安全圏から一方的に撃ち込んでくる事でしょう」
パウパル達は改めて敵との圧倒的な力の差に打ちのめされてしまった。しかし、幾ら悔しがったとしても今の自分たちでは到底敵う相手で無いことは事実。ならば、今は煮湯を飲まされたとしても耐えに耐えて、唯一対抗出来る同盟国日本に頼るしかない。
「これらの艦隊群も攻撃目標として撃滅致します。全てとまではいかずとも大分数は減らせるでしょう」
「な、なるほど。敵の補給路のみならず孤立した敵艦隊も撃退する、と。わ、分かりました……どうか、よろしく頼みます」
ーーーー
日本国 某近海
海上自衛隊海底ミサイル基地
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首相官邸および防衛省からの指令要請が届く。
内容は〝サヘナンティス内に居るレムリア帝国軍占領地点の補給地点と密集している敵艦隊群をICBMにて攻撃せよ〟とのものだった。
管制室に配備されている遠隔操作型のSEAWALKARが慌ただしく動く。室内は発射要請時に鳴るサイレン音で響き渡る。
『ミサイル発射要請確認。目標地点座標を衛星より捕捉……固定します』
『目標地点座標捕捉……固定しました』
『目標地点誤差調整します』
『誤差調整確認』
『発射安全装置解除』
『解除確認……』
『1番 2番 3番 4番発射ダクト開きます』
『ダクト解放確認 発射コード再入力』
『…………発射コード再入力完了』
『1番 2番 3番 4番の発射準備完了』
『カウントダウン開始……10……9……8……7』
4機のWALKERは其々が担当する端末にある差込口に右手を挿入させる。端末画面には『待機中』の文字が表れている。
そしてカウントダウンが「0」になった瞬間、発射信号を端末へ送った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッーーーーーーー!!
腹の底まで唸り響く轟音、ICBMのロケットブーストによる激しい振動により海底基地全体が揺れ動く。
そして、海面に巨大な水柱と飛沫を上げながら飛翔する4発のICBM。白い噴出煙を引きながら高く高く飛んで行く……捕捉した目標を破壊すべく人工衛星の座標誘導に従いながら……。
久しぶりの投稿で少し不安ですがどうかこれからもよろしくお願いします。




