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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第9章 侵攻編
149/161

第144話 サヘナンティス侵攻その1

2021年最初の投稿です


どうかこれからもよろしくお願いします

 ーーーー

 日本国 オワリノ国境戦から5日後


 首都東京 首相官邸内会議室

 ーーーー

 内閣総理大臣広瀬(ひろせ)を始めとした各省庁の大臣達が集まり会議をしていた。



「なるほど。じゃあオワリノ国の国境はある程度落ち着きは見えて来てるってわけなんだな?」



 広瀬総理の言葉に防衛大臣の久瀬が頷く。



「えぇ。レムリアの空飛ぶ艦艇の運び出しも順調です。原型が残っている艦艇は少なかったですが、例の超弩級戦艦……収容した捕虜から聴取した話では正式名は『ヴァルンゴルスト級重装甲型大戦艦』だそうです。」


「重装甲型……名前の通りかなり堅そうな艦みたいですね」



 戦艦同士による艦隊決戦や艦艇搭載型魔導障壁による共鳴的防御性能向上を構想しているヴァルンゴルスト級は最新鋭にして不沈艦としてレムリア帝国では高い信頼性能を持っている。

 全長660m、固定型とはいえ48㎝連装砲塔を前後に2基ずつ、両舷部に20㎝単装砲塔を5基ずつ備えている。反航戦は勿論、正面戦からでも敵艦艇と撃ち勝てるよう装備されたアダマント製重層装甲板はあらゆる砲弾を跳ね返す。



「レムリア兵捕虜の話では今までヴァルンゴルスト級が沈められた事は無かった(・・・・)との事だそうです」


「だが現にその不沈艦は沈……撃ち墜とされている。確か国境部の山脈地帯山頂部には計7基の電磁加速砲台で対処出来たのだろう?」



 他の大臣からの言葉に久瀬は静かに頷き「しかし……」とその大臣の言葉を遮る。



「対処した自衛官からの報告によるとその装甲はかなり頑丈かつ強固なものであったらしく、ほぼ全ての砲台で対処してギリギリだったそうです。また、砲撃の威力も48㎝と言う大口径に相応しく、直撃は受けませんでしたが、その衝撃で電磁ケーブルに不調が起きる程でした。十分脅威です」


「成程……つまりは砲台の増設と改修工事は早期必須ですね」



 流し目に財務大臣の方へ顔を向けると彼は首を横に振りながら溜息を漏らした。


 他にも『ケリファルテ級駆逐艦』『アセロ級軽巡洋艦』『パレディ・エロ級重巡洋艦』『ゲイル級航空母艦』と艦載機複数の鹵獲にも成功。オワリノ国第八自衛隊駐屯地へと輸送後、補給地点を経由して国内へ運ぶ手筈となっている。

 研究・解析には厳選した魔法学術に精通したロイメル王国とアムディス王国の魔術士や魔導士、最近創設されたばかりの日本魔法研究局の職員、他にも各分野の技術工作員らで行う予定となっている。


 ここで副総理大臣の南原が一度話題を切る。




「というわけで、鹵獲した敵艦艇や艦載機等の解析を行い、何か分かり次第まとめた後、報告とさせて頂くとします。では次に各所防衛措置に向けた戦力増産の進行状況についてです。現在、レムリア帝国と直接的軍事衝突が発生しているオワリノ国には第5護衛隊群第16護衛隊所属航空戦略型護衛艦『ほうしょう』を旗艦とする計8隻の護衛艦が駐留している状況です。間違いないですね? 久瀬大臣」


「ああ、間違いない。念の為、増援で第3潜水隊群を派遣中だ」



 この発言に何人かの大臣が訝し気に顔を歪めた。



「一個の潜水艦隊群を派遣ですか?」


「いくらなんでもそれはやり過ぎでは?」


「財務省としては……あまり嬉しくないな。」



「過剰戦力だ」「費用が」と中々に非難の声が多い中、久瀬は座っている椅子から上半身を乗り出す様に非難を言ってきた大臣達を睨んだ。



「イイとこ出の連中は気が楽でイイな……全く未知の戦力と兵器を持つ敵が現在進行形で全世界に対して軍事行動を出してるって時に、な?」



 静かに、そして凄みのある声が会議室内に静かに響いた。転移以降、広瀬内閣の人事は大きく変わった。副総理の南原、官房長官の小清水、外務大臣の安住を除く殆どが最初の混乱の絶頂期を乗り越えた後に一線を退き、今では経験の浅い官僚が大臣の座に就いている。だが、その姿勢は昔の民自党よりマシとは言えかなり弱腰だ。



(特に財務省は酷いもんだ……所謂『異世界特需』で好景気が続いた途端、守銭主義が極端に酷くなってる)



 外界勢力国家よりもマスコミや派閥に対する顔色にご熱心の様子に、久瀬は辟易していた。



「総理、一つよろしいでしょうか?」



 総務大臣が手を挙げて進言を広瀬に求めた。数ヶ月前に新任されたばかりで、久瀬があまり気に入らないと思っている人物の一人だ。


 総務大臣の言葉に広瀬は「ん?」と答え、顎をしゃくり発言を促す。



「ここ最近、野党は当然として、与党内からも今回の自衛隊の大規模派遣に反対声明や難色を示す人が増えております」



 しれっとした彼の発言に対し官房長官の小清水が目を細める。あまり顔に出て無いが明らかに不快に感じていた。



「何が言いたい?」



 総務大臣は大きく溜息を吐いた後に話を続けた。



「分かりませんか? 各所から〝広瀬内閣は日本を帝国時代に戻そうとしているのではないか?〟という意見が多く出ているのですよ。SNSは勿論、各報道機関もこの話題で持ちきりです」



 彼の発言に複数の大臣達がウンウンと頷いた。



「ハルディーク皇国やテスタニア帝国、これらとの戦争でも判明した通り、この世界の技術水準や文明レベルはかなり低い。そのぉ…何でしたか? レムリア帝国、と言いました? 宗教を使った国連の真似事をしているといえど、何十隻の空飛ぶ軍艦を現戦力で堕とせるというのであれば、下手に戦力を増強したり、自衛隊を派遣するというのは如何なものかと思いますがね。あ、同盟規約に準じた行動なのは無論理解しております。けれど、それを考慮したとしてもこれはやり過ぎだと思いますね」


「おいおいお前ー」



 久瀬が反論しようとするも彼は構わず発言を続けた。



「それにこの世界にかヴァルキアやサヘナンティスと言った高い文明を持つ国もいるのです。ここは余計な手出しはせず、そういった国々に任せておくのも良いのではないですか?」


「全くもって同感です。財務省としては転移前と比べても過去類を見ない超好景気である異世界特需をあまり無駄に浪費したくは無いのですよ。」


「せっかく列強国と言うこの世界で一番影響力の高い国際的地位と権威を得たのです。何も積極的に此方が動く必要はないでしょう? 寧ろ他の現地勢力に押し付けてもバチは当たらないのでは?」


「いっその事、増援要請に何か対価を求めるべきでは? 『思い遣り予算』みたいに」


「あっははは! では中世レベルの国はどうする? 単純な円換算だととんでもない額になりますよ?」


「そこは〝誠意が足りない〟と言う事で……クク」


「こらこら、それは言い過ぎだぞ? ハハハ!」


「おや〜? これは失敬……フフフ」



 その人間の本質を見たいのならば権力を与えよ、とは言うが、列強国と言うこの世界で絶対的な国際的地位を得てからと言うものこう言った官僚がチラホラ出始めていた。前世界でのトラウマか、はたまたコンプレックスか……どちらにせよ、アメリカや中国、ロシアと言った国々のように国際的に強い発言権をあまり持てなかった日本はこの世界に転移()て、大きく変わってしまった。



(過信、軽率、対外勢力に敵はいないと分かり、国際的権威と地位を得た途端に、下らない内部派閥や世論の顔色伺いに逆戻り……こんな調子じゃこの世界の平均的な国家と大差無いじゃないか)



 聞いているこっちが恥ずかしくなる。


 流石に全てが本気の発言では無いにせよ、この場にいる大臣達の1/3はこんな調子だ。甘い汁を吸い過ぎたが故の〝ボケ〟が起きている。

 彼らは自分達が、日本が前世界で言う『全盛期のアメリカ』になったと思っているのだ。


 笑い声が響く中、堪忍袋の緒が切れかかった小清水が椅子から立ち上がろうとした。



「ふざけるのもいい加減にー」



 そんな時だった。


 今まで頬杖を突いていた広瀬が背筋を伸ばし手をパンと叩いた。


 笑い声が消え、周りの視線が一気に広瀬に集まる。誰も喋らなくなった事を確認すると、「よし」と広瀬は一言発した。



「小町さん、だっけ? うん、小町総務大臣の進言は却下。戦力増強はこのまま続けます。財務省は至急必要資金の支出と決算をしてください。自衛隊の派遣中止もしません。我々はあらゆる最悪の事態を想定した対策と行動をこれからも取り続ける方針に変更はありません」



 毅然とした広瀬の発言に楽観的に嘲笑っていた大臣達はすごすごと俯く。何時もみたいなおちゃらけた様子とは違う。彼から発せられる静かな圧は確実に彼らを萎縮させていた。


 その中で小町総務大臣は精一杯の作り笑顔を向けながら発した。



「ま、まぁ先程の発言全てが本気では無かったとして……それでも、軍国主義に向かっているという世論の懸念が出てきているのは事実です。平和を訴え続ける日本としての義務がー」



 広瀬は無理やり遮る様に大きな溜息を吐くと、いつもの頬杖を突いて小町に話しかけた。



「現にレムリアは宣戦を布告してるんだよ? それで平和云々言っところで、向こうからしたら絶好のカモでしかないじゃない。しかも異なる文化や文明の発達してる国だよ? 仮に日本が無条件で降伏したとしてもだ……レムリアが敗戦国となった我々を人道的に扱ってくれる保証がどこにあるワケ? 現地の協力者兼情報提供者(カリアッソ氏)からの発言は知ってると思うけど、あの国は半島の某国以上に危険なんだよ?」


「そ、それは……そうならないために自衛隊がー」



 今度は久瀬が腕を組みながら鼻で笑った。



「ケッ。結局は自衛隊頼みじゃねぇか? そりゃあそうだよな、あんな国に降伏なんてしようものなら特需も世論や派閥の顔色なんて気にする余裕も無いんだ。最悪、俺らはコレ(・・)かもな?」



 久瀬は首を手で横に斬る様な動き見せた。小町総務大臣を始め、先程まで楽観的だった大臣達の顔色が悪くなる。



「あらゆる事に備えることは悪い事じゃないんだよ? 『平和』を望むからこそ『備え』が必要なんだよ。歳食ってるのにそこン所も分かんないようじゃダメじゃない♡」



 ニカッと笑う広瀬に対し小町総務大臣は口籠もって俯く事しか出来なかった。


 明らかに『眼』が笑っていない。



「ま、そんな下らない事に気を掛けてしまうって事はそのくらい日本が平凡で平和な一時(ひととき)をこの異世界で得ることが出来たって事なんだけど……あんまりボケ過ぎると本当にボケちゃうぞ♡」



 小町総務大臣ら他の大臣達は「し、失礼しました」と謝罪した後、会議は続けられた。今度は久瀬が話を進める。



「日本の防衛戦略としては本国とドム大陸の中ノ鳥半島近郊海底部にて『グングニルシステム』を使った汎用弾道ミサイルシステムを活用していく予定となっている。現在の完成率は80%を超えており、戦略型偵察衛星やGPS衛星を使えば、レムリア本土への攻撃も可能。中ノ鳥半島は現在60%まで来ている」


「各同盟国の防衛状況は?」



 外務大臣の安住の質問に久瀬は淡々と答えた。



「それらに関してはまだ運用可能レベルにまで建設は進んでない。故に各同盟国への自衛隊の大規模派遣はそのままだ。無論、武力衝突を想定した武装で向かって貰っているし、一個艦隊群も居る。それからWALKERの大量生産は順調だ。何時でも動ける…が、東方大陸(・・・・)に関しては仕方が無いとしか言いようがない。全てじゃないにしろ、生身の隊員達にも頑張ってもらうしか無いな」


「ドラグノフ帝国やウェルディル王国のある砂漠と荒野の大陸か。確か地球の砂漠と比べてかなり特異な環境と聞くが?」



 小清水は思い出した様に質問して来る。



「はい。あの大陸の砂漠は『魔砂』と呼ばれるもので覆われていて、一見普通の砂にしか見えないのですが、これらが砂嵐や砂風などで激しくぶつかり合う摩擦を起こすと、特殊な電磁波を発生させている事が判明してます。人体には何の影響も無いのですが、現地に送ったWALKERの十数機がそれらの影響を強く受けてしまい、マトモに起動しなくなるという報告が多数来ています。車や重機も動かす分には問題は無いのですが、GPS機能はあまり……」



 東方大陸北部は獣人族の国(ウェルディル)龍人族の国(ドラグノフ)、南方にはバルターゴ荒野が広がり、その西方部には東方大陸における人間国家が複数存在している。しかし、バルターゴ荒野よりもさらに南方にある大砂漠地帯で先の久瀬の発言の様な超精密機械やGPS機能の不調報告が多数発生していた。



「それは戦闘機や航空機もですか?」


「はい。墜落とまではいきませんが、電波妨害に似た不調が起きる様で……バルターゴ荒野含めた南方部への出動はほぼ無理だと思って下さい」


「ちなみにその大砂漠地帯は何処の国が管理を?」


「いえ、どこも」


「つまり、何処の国も管理してないと?」



 その問題となっている大砂漠地帯とバルターゴ荒野はどの国も管理していないのだ。そもそも枯れ果てた土地を持ったとしても、と言うのも理由の一つなのだが、もっと厄介な理由(・・・・・・・・)がそこにはあった。


 それとは別にレムリア帝国の飛空艦艇がその人間国家の幾つかと接触を図っているとの報告もあった。その人間国家一つ一つは独立した国家なのだが、過去に起きたある出来事から10ヵ国の人間国家によって創設した組織『アラバーナ共同連合』が存在する。組織創設に於ける本来の目的の意味は既に失っているのだが、今なおその連合組織は存在し機能している。



「半年ほど前にアラバーナ共同連合に外交してからの例の件以降、かの国々とは比較的良好な関係は続いており、本格的な国交設立一歩手前までは進んでいます。安全保障条約の件も近々進める予定でしたが……このような事が起きてからとなれば、進めるのは難しいでしょう」



 安住は難しそうに悩んでいた。確かにレムリア帝国がアラバーナ共同連合と接触していては何をしでかすかわからない。現地に派遣した外交官はウェルディルに戻されてはいるものの暫くは動向を見守ることに専念するべきだろう。



「ヴァルキアとサヘナンティスはどうなってる? レムリアから先制攻撃を受けたと聞いていたが?」



 広瀬総理の言葉に久瀬と安住は互いに顔を見合った後に口を開いた。



「この2ヵ国は自衛隊駐留を認めておりませんし、外交官や大使も置いていないのでまだ何とも……」


「ですが偵察衛星にてある程度の様子は……まだ精査中ではありますが、少なくともよろしくない状況かと」



 南原は会議室の立体ディスプレイに久瀬の言っていた衛星からの映像データを映し出した。かなり精密な映像写真である為、その有り様がハッキリと見て取れる。


 幾つもの都市や街が炎に覆われ、瓦礫と化している。その上空を我が物顔で停滞している無数のレムリア帝国飛空艦艇軍。地上にも戦車らしき車輌やレムリア陸軍兵士の姿も確認でき、街の人々を銃火器を向け無理やり連行している。



「日本が負ければ……こうなる」



 広瀬の鋭い一言に小町を始めとする楽観的な大臣達は冷汗をかいていた。自分達が置かれている状況が如何に危険なのか、何をすべきなのか、改めて漸く気付いた事だろう。



「一応、5大列強国間の同盟は結ばれている状況なのだが……両国から何か連絡はあったのか?」


「いえ、何も。」



 広瀬は久瀬の方へ目を向けた。その視線に気づいた久瀬は何を言うでも無く、理解した様子で小さく頷く。



「両国への打診は入れ続けろ」


「分かりました」


「他に衛星映像写真から分かったことは?」


「レイス王国の傘下国にもレムリア帝国の艦艇が出入りする映像があります」


「それにレイス王国は察知しているのですが、現に接触を図った国々は口を揃えて〝そんな事は知りません〟と答えひた隠しているようです」


「呑まれたか」


「はい、恐らくは……」



 5大列強国の中で最弱なのは現時点でレイス王国だ。この国は航空戦力に特化した列強国なのだが、流石にレムリアの軍艦相手では分が悪過ぎる。高位翼龍騎士団ワイバーンロードナイツ高位天馬騎士団(ペガサスロードナイツ)高位鷲獅子騎士団グリフォンロードナイツの計900騎が存在するらしいが恐らく相手にもならないだろう。



「しかし、レイス王国より魔伝は届いてます」


「内容は?」


「『援軍要請』です」



 広瀬は真剣な眼差しで強く頷くと、久瀬の方へ顔を向ける。



「久瀬大臣……直ちに自衛隊の出動を」


「了解しました。第6と第7護衛隊群を向かわせます。」



 日本はレムリアとの戦争に対し本格的に動き始めた。




 ーーー

 ーー

 ー

 日本がオワリノ国国境にて聖国連レムリア軍と衝突している頃、サヘナンティス帝国では敵侵攻軍の迎撃戦が続いていた。


 聖国連レムリア帝国西方侵攻派遣軍第400艦隊による電撃侵攻である。


 強力な兵器群と兵力により後手に回ってしまう戦闘が続いた結果、首都防衛戦線の要とも言える第4、5首都を占領されてしまい、遂には帝都までの最終防衛戦線である第3首都までの侵攻を許してしまっていた。その後、最初の電撃侵攻戦以降レムリア帝国第400艦隊は後方へと下がり、レムリア本軍の代わりとして第二世界の国家がサヘナンティス帝国と衝突していた。


 ルシール大公国

 エル・ドラヴィル王国


 聖国連の3大常任理事国の内の2ヶ国である。

 全てにおいてレムリアの足元に及ばない2ヵ国だが、高い技術力と軍事力を有している。


 外界への大聖戦に於ける両国派遣軍の内、約100隻以上に及ぶ2ヶ国連合艦隊が、サヘナンティス帝国主力艦隊が一角である第5艦隊80隻と激闘を繰り広げていた。


 技術的差が殆ど無い両国の戦闘は拮抗し、最初こそ数で上回るルシールとエル・ドラヴィルの連合艦隊軍が勝利に終わるというレムリア本陣の予想だった。




 ーーー

 サヘナンティス帝国


 第3首都リヴェ近郊 上空 

 ーーー

 本日サヘナンティス帝国第3首都リヴェ近郊の天気は曇り時々晴れ……そしてー



 《ドウヴァ05墜落する! 繰り返す墜落する!》



 ーー機械の残骸である。


 炎に包まれたエル・ドラヴィル王国の艦載機が黒煙を上げ大地に向かって落ちていく。遂には燃料タンクに引火、大爆発を起こしバラバラになった残骸がその下で砲雷激戦を繰り広げている友軍艦の間を横切った。



「第8飛行戦隊の被害甚大!」


「第6飛行戦隊壊滅!」


「駆逐艦2隻大破! 後続艦と交代!」



 エル・ドラヴィルの主力戦闘機『ドウヴァ』(地球モデル不明)は戦車頭部に座乗部、砲塔の代わりに長身の11ミリ対空機銃一丁を備えており、下部にはジェットエンジンを彷彿とされる推進器とクワガタムシの『顎』に似た独特な形状の主翼を備えている。最高速度は410㎞。


 対してサヘナンティス主力戦闘機『キンソン』(地球モデルはMS406)は液冷V型12気筒レシプロ動力を搭載した低翼型で9.5ミリ機銃を機首に搭載、最高速度は450㎞/h。


 どちらも拮抗した空戦を繰り広げていたが、徐々に数を増やしてきたサヘナンティスに軍杯が上がりつつあった。数の暴力に次々と『ドウヴァ』は撃墜されていく。



「第8飛行戦隊、全滅!」



 次々と聞こえて来る自軍の被害報告はどれも耳を覆いたくなる様なものばかりだ。


 エル・ドラヴィル艦隊派遣軍総旗艦ヒュールーア級指揮型戦闘艦『エローア』の艦橋にてナイゴン提督は次々と燃え盛る残骸となり堕ちて行く友軍艦や友軍機を眺めながら、ワナワナと震えていた。



「バカな、そんなバカな。なぜ、何故なのだ」



 ナイゴンは何度も心の中で自分自身に問い掛けた。それは答えのない不毛な思考でしかないと知っていても、そうせずにはいられなかった。



(サヘナンティスは我が国とそう大差無い文明力の国だと聞いていたのに……サヘナンティスの兵器群は把握していたというのに何故だ、何故こうまで追い詰められておるのだ!?)



 現在、エル・ドラヴィル、ルシール連合艦隊が受けている被害はかなり甚大で既に1/3近くが轟沈ないし大破されている状態だ。


 同盟国であるルシール大公国も同様の被害を受けている。



『敵駆逐艦3、モターナ級2番艦に接近!』


「ぬぅ!?」



 通信兵の叫びに近い報告をする。エル・ドラヴィルが誇る主力戦艦モターナ級重火炎型戦闘艦の右舷前方から敵の駆逐艦(セルメック級)が横一列の隊形を組んで迫って来ていた。



「敵駆逐艦右舷前方より接近!」


「直ちに目標転換! 目標右舷前方の敵駆逐艦3隻!」



 艦長の号令によりモターナ級前方甲板に備えられた2基の30㎝連装砲が回転。砲身の向きを変えて、迫り来る敵駆逐艦へ照準を合わせる。



「主砲撃てェ!」


 ドドドドォォォーーーーン!



 艦長の号令により放たれる砲撃。

 4門の砲身から放たれた砲弾が飛翔する。


 ドグォォン!



 放たれた4発の内の2発が1隻の左舷部を掠めた。



『敵駆逐艦隊健在、尚も接近!』



 見張員からの報告に艦長は舌打ちをした。しかし苛立つ時間はない。直ぐに主砲の次弾装填の指示を送り、右舷副砲群に砲撃指示を叫ぶ。



「主砲群次弾装填急げ、副砲群一斉射撃用意!」


「敵駆逐艦、艦首部のハッチ開き始めました!」

 !!」



 その報告を聞いた艦長は腕を振りながら叫んだ。

 サヘナンティスの駆逐艦艦首部が左右横スライド式に開くと、中からほぼ剥き出しの3連装式ロケット砲が現れた。



「く、来るぞォ! 回避行動取り舵いっぱい!」



 艦長の指示に操舵手は慌てて舵を左へ回し、敵のロケット砲による攻撃から避けようと行動する。だが、その回避行動に合わせて敵駆逐艦隊も方向を変えさらに接近。



「進路そのまま。対艦噴進弾発射用意」


「対艦噴進弾発射準備完了!」


「目標捕捉完了!」



 サヘナンティス帝国駆逐艦部隊の隊長が射程圏内まで接近し対艦噴進弾発射準備が整うと、淡々に号令を下した。



「用意、撃てェェ!」



 ドシュゥ! ドシュゥ! ドシュゥドシュゥ!



 3隻の駆逐艦から噴進弾が2発ずつ放たれる。

 合計6発の無誘導式対艦噴進弾が白い煙を吹かし引きながら、時折クルクルと飛翔方向を狂わせながら敵戦艦へ向けて進んで行く。


 エル・ドラヴィルの戦艦モターナ級は何とか数発が本艦を通り過ごさせ逃れることに成功する。だが、2発が右舷と艦尾に直撃。艦全体を揺らす程の大爆発を発生させた。



「「うわぁぁぁぁ!」」



 大きな衝撃と悲鳴がモターナ級艦橋内に響き回る。何人かがその場に倒れ、艦長も近くの壁に身体を強打してまった。



「ひ、被害報告!」


『此方、動力室! 先程の衝撃により出力大幅に低下!』


『後方部の主砲塔に甚大な歪み! 使用不能!』


『右舷各所に火災発生……現在消火活動中!』



 艦内各所からの被害報告が矢継ぎ早に聞こえてきた。艦橋外の見張台へ回れば右舷推進器より黒煙が発生しており、大分機動性能が低下している。


 絶好の隙とも取れるチャンスをサヘナンティス艦艇が見逃す筈もなかった。



「敵戦艦右舷推進器より火災発生!」


「機動力の低下も確認!」


「よぅし!」



 サヘナンティス駆逐艦部隊の隊長は満足に頷くと、腕を突き出して声を上げた。



「次弾装填急げ! トドメを刺すぞ!」



 駆逐艦部隊は方向を転換し、再度敵戦艦へ向けて接近を開始する。それを見たモターナ級の艦長は顔を真っ青にして悲鳴に近い指示を出した。



「て、敵駆逐艦隊後方より再接近!」


「急げぇ! 回避しろ!」


「か、回避行動間に合いません!」



 艦橋全体に緊張が走る。

 そこへ放たれる敵駆逐艦隊による2度目の対艦噴進弾の一斉射撃を開始。飛翔してくる複数発がモターナ級の艦尾推進器へ直撃し大爆発を起こす。エル・ドラヴィル主力戦艦モターナ級は艦尾推進器の被弾により誘爆を起こし墜落した。


 サヘナンティスの駆逐艦部隊は方向を展開しその場から離脱した。



「お、おのれぇ!」



 ナイゴンは沈みゆく自軍の主力戦艦を艦橋窓から眺めながら怒りと悔しさに歯噛みした。周りを見れば爆炎を上げるのは敵艦よりも自軍の艦艇が多い。数では此方が上だと言うのになぜこうまで追い詰められてしまったのか。



(アレだ……モターナ級を沈めたあの兵器。何故サヘナンティス如きが噴進弾を!? アレを持つのはヴァルキアのみと聞いていた筈!)



 先ほど沈められたモターナ級を含め撃沈された多くの艦艇群を思い出していた。


 噴進弾はエル・ドラヴィルとルシールではまだ実用段階にまで至っていない兵器だ。しかし。聖国連常任理事3ヵ国の内唯一ガルマ帝国だけが実用化に至っている。正直腹立たしい事ではあるがガルマ帝国で(・・・・・・)あれば仕方がない(・・・・・・・・)とまだ納得は出来る。


 これまで戦って来たサヘナンティス帝国艦隊との戦闘は全て砲戦と戦闘機部隊による衝突しかなかった。故に初戦では圧倒的射程圏外からの強力な誘導兵器を持つレムリア帝国軍の艦隊に成す術無く大敗を喫し、これまでの戦闘でも決して無視出来ない被害は受けたものの2ヵ国連合艦隊の優位的物量に前に勝利を収めてきた。

 だがサヘナンティス帝国はここに来て切り札を出してきたのだ。


 その切り札にナイゴンは敗北を喫した。


 サヘナンティス帝国の戦闘機も我々と大差ない複葉機程度だったのだが、ここに来てサヘナンティス帝国の戦闘機群が大隊を率いた数のゴリ押しで攻め出てきたのだ。


 それに対抗すべくエル・ドラヴィルは空母からありったけの艦載機を出撃させるも、想像を超える数の戦闘機に追い詰められていた。


 因みにルシールは空母を有していない為、技術面では3ヵ国では一番遅れていると言っても良い。つまり戦闘機戦に関しては全くもって戦力にならない。



「我が艦隊の被害甚大!」


「る、ルシール艦隊より救援要請!」


「ええい、そんなに構っていられる場合ではー」


「敵機左舷より接近!」



 見張員からの報告を聞き左舷側へ顔を向けると、数機の敵戦闘機が本艦に向かっていた。ナイゴンは機体下部に筒状の物体が取り付けられている事に気付く。



「い、いかん! 対空戦闘!!」



 あの物体が何なのかナイゴンは此度の戦で嫌と言うほど理解している。無誘導とはいえ命中すれば確実に艦艇に大ダメージを与える噴進弾だ。サヘナンティスはそれを艦艇以外の戦闘機にも配備していた。


 サヘナンティス帝国主力対艦攻撃機『グリン』(地球モデルLate298)。時速350㎞で武装は7.5ミリ機銃、対艦噴進弾1発。

 キンソンが敵直掩機を排除した事で空母より『グリン』が発艦、多数の敵艦艇を沈めるという大戦果を挙げていた。



「絶対に近づけさせるな!」


「撃ち落とせェ!」



 エル・ドラヴィルの兵士たちは多くの友軍艦を沈めた『グリン』を見て恐怖が込み上がる。必死に左舷の対空機銃群は光の雨を浴びせた。数機の『グリン』は避け切れず撃墜されるが、それらを掻い潜り対艦噴進弾射程圏内まで接近に成功した多数がすかさず死に体の敵艦隊に向けて攻撃を開始した。


 対艦噴進弾は白い尾を引きながら敵旗艦を含めた数隻に向かい飛翔していく。


 噴進弾は飛行制御や誘導機能が無い為、飛翔経路を安定させるのはかなり難しい。先端部の爆薬や信管の重量、または高度によって風の影響を強く受けてしまう分、簡単に向きが変わってしまう為、攻撃機が放った対艦噴進弾の大半が全く関係の無いところへと飛んで行き爆発する。

 しかし、一定の距離まで接近してから発射すればある程度の命中率が上がる為、数発は大きく軌道が逸れる事なく目標物へ命中。大きな爆炎と化して炸裂した。


 大きな衝撃により艦橋内が激しく揺れる中、ナイゴンは艦長席に掴まり必死に耐えた。



「くぅ! じょ、状況報告!」


「さ、左舷に2発被弾! 複数箇所で火災発生!」


「推進力及び浮力機関出力低下!」


「敵艦隊急速接近!」



 ナイゴンが慌てて身体を起こし艦橋の防風ガラス越し前方を見ると、サヘナンティス帝国艦隊が二層単縦陣で此方に迫って来ていた。


 駆逐艦や巡洋艦が艦首部に隠蔽搭載している噴進弾も脅威だが、敵戦艦による艦砲射撃も危険だ。敵戦艦にも噴進弾を積んでいるのかは不明だが、どちらにせよ壊滅状態の自軍では勝機は極めて低い。



「こ、このままではマズい! 至急ルシール艦隊旗艦へ入電! 本艦と協力して友軍艦の退路を確保しー」


「る、ルシール艦隊旗艦反転、撤退していきます!」


「はぁ!?」



 まさかの事態にナイゴンは慌てて見張所へ移動し、ルシール艦隊が居た空域へ目を凝らした。そこには残存艦艇僅か数隻のルシール艦隊を残し、黒煙を上げながら尻尾を巻いて逃げているルシール艦隊旗艦の光景が目に入った。



「おのれぇぇ……」


「敵戦艦発砲!」



 悲鳴とも取れる報告が入る。


 艦砲射程圏内にまで接近して来たサヘナンティス艦隊主力戦艦ロックス級の30cm三連装砲塔の砲身は強烈な発射音と砲煙を上げ一斉砲撃を開始した。十数隻の戦艦から放たれた対艦徹甲弾が次々とエル・ドラヴィル艦隊に襲い掛かる。


 爆音と共に沈みゆく残存している僅かな友軍艦艇。負けじと砲を向けて撃ち放つも、直ぐに撃沈と言う名の返り討ちにあってしまう。


 砲雷撃戦開始から僅か十数分で残った艦艇はナイゴンが座乗する旗艦のみとなってしまった。言わずもがなルシール艦隊も全滅してしまっている。



「この…裏切り者どもめェェェェ!!」



 怒りで顔が真っ赤に染まるナイゴンは相手に聞こえるはずも無いありったけの大声で叫んだ。


 そして、サヘナンティスの戦艦の砲弾を受けると、大爆発と共にエル・ドラヴィル艦隊の旗艦『エローア』は爆沈した。


 ーーー

 ーー

 ー

 エル・ドラヴィルとルシールの2ヶ国連合艦隊100隻との戦闘に勝利を収めたサヘナンティス帝国は歓喜に沸いていた。



「我々のチカラを思い知ったか、侵略者共め!」


「サヘナンティス帝国に栄光を!」


「やりましたな、提督!」



 その中でただ一人、サヘナンティス帝国第8艦隊提督ゼラスケスは喜びの間に浸る事なく淡々と指示を出した。



「気を緩めるな。我々が戦い、そして勝った相手はただの使いパシリの三下どもだ。恐らく本隊であるレムリア帝国軍は高みの見物をしているだろう」


「ぜ、ゼラスケス殿……」



 提督の言葉にその場に居た皆が息を呑んだ。勝利を収めたといっても此方にも無視出来ない被害は出ている。それに彼の言う通り、我々が最も警戒すべき相手は、国境警備艦隊を瞬く間に屠ったレムリア本軍なのだ。


 エル・ドラヴィルやルシール如きの勝利では、確かに喜ぶにはまだ早い。それに占領、制圧された土地はまだある。今回は何とか第3都市を守り切る事に成功したが、我々はこれから敵に奪われた土地を取り戻さなくてはならない。



「ゼラスケス提督、ルシールの艦艇1隻逃しましたが宜しかったのでしょうか?」


「深追いは禁物だ。それに噴進弾の残弾も少ない。敵本隊と戦闘に備え不必要な追撃は避けるべきだ」


「成る程……しかし、まさか我が国の決戦兵器をこうも早く使う時が来るとは思いもよりませんでした」



 ゼラスケスは部下の言葉に自傷気味に答えた。



「いや、寧ろ遅いくらいだ。頭の固い老人どもがもっと早くに我々を出動させていれば、『東方主要都市ランダルシア』、『第2工業都市オローム』、『港湾都市エゼ』を奪われる事は無かったやも知れぬ」



 心底無念な表情でゼラスケスは下唇を噛み締めた。特に『第2工業都市オローム』を奪われたのはかなり痛い。あそこはサヘナンティス帝国随一の工業都市であり、最新鋭の艦艇や武器兵器の製造は勿論、燃料資源を豊富に備えている都市だ。敵の大進撃により多くの艦艇を失った今では少しでも

 多くの資材や兵器は欲しいところである為、欲を言えばオロームだけでも奪還はしたい。しかし、それが出来るだけの軍事力をサヘナンティスが用意出来るかと言われると厳しい。


 先ず、『切り札』にして最新鋭最強である第8艦隊を持ってしても、エル・ドラヴィルとルシールの2ヶ国連合艦隊相手に少なくない被害を受けてしまっている。純粋な砲雷撃戦では数の差も含め、敗北を喫しているようでは第2工業都市オローム奪還はとてもじゃないが困難を極めるだろう。



(何よりあそこには敵の本隊、レムリア帝国の軍隊がいる筈だ)



 彼は国境警備艦隊が敵の凶悪な未知の兵器によって一方的に殲滅させられたとの報告を受けた時の事を思い出していた。詳しい情報はマトモな生存者がいなかった為不明だが、少なくとも従来の艦艇では手も足も出ないのは間違いない。


 もはやサヘナンティス独力だけで国を守るには限界が来ていた。純粋に祖国を守る一軍人としての矜持がその非情な現実によってズタボロにされそうになるが、今はどうやって国を守るのかが重要だ。



(第3首都を突破されれば、最終防衛戦線となる『第2首都マークロルス』が最後の要。そこも突破されれば帝都まで丸裸だ。我らが敗れれば対抗出来る部隊はもう居ない……サヘナンティス帝国の終焉だ)



 サヘナンティス帝国の西の果て…最西端の『港湾都市アロスカ』まで逃げ続ければ、万が一に機会はあるかもわからない。だがそれはただの無様なその場しのぎの延命にしかならない。レムリア帝国は徹底的に潰しにくるとゼラスケスは踏んでいた。



「補給部隊及び増援が到着次第、艦隊を修正する。我ら第8艦隊は引き続きこの第3首都リヴェを死守する。よいな?」


「「ハッ!」」



 それだけは何としても避けなくてはならない。例えこの身が滅びようともこれ以上祖国を荒らす事は許してはならない。


 ゼラスケスは強い決心を胸に敵が居座る方向の空を見つめていた。




 ーーー

 サヘナンティス帝国 


 東方主要都市ランダルシア 

 ーーー

 サヘナンティス帝国が誇る技術と発展の栄華を1つの都市としてカタチ作られたと言っても過言ではないこの都市ランダルシアは帝国内東方で最も大きな都市である。


 摺鉢型の都市構造は階層式に様々な区域として分けられており、国営や国が管理している重要施設や区画は、浮力機関とプロペラ推進機関技術で造られた『人工浮島』となり、常に空に浮遊していた。その光景は圧巻の一言でサヘナンティスの象徴とも言える。


 しかし、そんなサヘナンティスの素晴らしさが詰め込まれたこの都市は……今では瓦礫の亡都と化している。レムリア軍艦の砲艦か魔導ミサイルかは不明だが、そう言った兵器群によって壊された巨大な『人工浮島』は都市真上に落下していた。人工浮島の落下で都市は半壊……見るも無惨な姿となっていた。


 空には人工浮島の代わりに無数のレムリア・聖国連軍の軍艦が停滞している。



 ーーー

 ーー

 ー

「長い年月を掛けて築き上げてきた都市が……たった1日足らずで崩壊する。ふふふ、まるで吟遊詩人の詩の様な状況だな」



 変わり果てた都市。その中で無傷で残っていた数少ない建物ーーこの都市の市役所で摺鉢型の都市最上層にあるーーの最上階にあるとある一室の窓から眺める1人の男、レムリア帝国内聖国連第400艦隊提督ナット・カ・ビルゼーは気分良さげにそう呟いた。


 サヘナンティス最東方の軍事基地カマを殲滅後、更に進撃を開始。その後、敵の出方を伺う目的としてエル・ドラヴィルとルシールの2ヵ国に先遣隊として前線を預けた。その間、ビルゼーはこのサヘナンティス帝国主要都市が1つであるランダルシアを前進拠点なる橋頭堡への改築に勤しんでいた。


 都市ランダルシアの上空は無数のレムリア・聖国連軍艦艇が我が物顔で滞空、航行をしており、既に陸軍も到着し、拠点作成に取り掛かっている。


 彼が今いる建物の一室、役所の書斎室には既に無数の魔道モニターとそれを繋ぐケーブルが張り巡らされていた。


 そこへ誰かが部屋の扉をノックする。

 ビルゼーはそれがこの建物にいる聖国連の職員である事は分かっていた。



「失礼します。魔導科学技工班からで、本国と直結する魔導転送装置(ゲート)が開通したとの事です」



 その報告にビルゼーは満足気に頷いた。

 これで片道3時間程で簡単に本国まで戻る事ができる。わざわざ一定間隔で設置されている複数の『ゲート』を経由する必要が無くなったわけだ。



「うむ、ご苦労」



 さっきまで建設間近であった巨大なリングを左右3つの塔が支える様な形をした巨大建造物を眺める。そんな建造物……完成間もない魔導転移装置が紫の稲妻を纏いながら起動し始めた。巨大なリングは稲妻を発生させ回転すると、リング内部より漆黒の空間が出現する。



「もう起動させるのか? あぁ、そういえば捕虜を乗せる輸送船団が向かっているのだったな」


「はい。予定到着時刻は3時間後となります」



 この都市で捕らえたサヘナンティス人の捕虜は1万人を超え、大半がこの都市の住人達だ。輸送船団に乗せるのは女子供のみを予定しており、老人や成人男性はこの都市を再改築する為の労働捕虜として活用する事になっている。


 自らが築き上げて来た文明の証を自らの手で破壊させる。そして、新たにこの地に築かれるのはレムリア文明の影響を受けた建築物のみとなるのだ。



(偉大なる我が祖国ながら中々酷なことを為さる)



 ピピーーッ ピピーーッ



 その時、部屋に設置していた館内通信機器から連絡が入った。ビルゼーは卓上のスイッチを押す。



『失礼します。第3都市へ侵攻していたルシール大公国派遣艦隊軍ヴァシート提督より入電です』


「……分かった、繋げろ」


『ハッ。中央モニターに送ります』




 身体を魔導モニターに向き直すと大きな画面に一瞬の砂嵐の後、映像が映し出される。そこには土下座をしているルシール大公国派遣艦隊軍提督のヴァシートがいた。


 その映像から見えるその姿勢から第3首都侵攻がどうなったのかを物語っている。



『……ま、誠に申し訳御座いません。我が国とエル・ドラヴィルの2ヵ国連合艦隊は、サヘナンティス帝国国防艦隊と交戦。敵の新兵器を前に2ヵ国連合艦隊は全滅に至り、撤退をやむなくに至りました……』



 ルシール艦隊の旗艦に取り付けられたレムリア製の魔導通信モニターは、エル・ドラヴィル艦隊旗艦にも取り付けている。にも関わらず、エル・ドラヴィル艦隊旗艦からの報告がないという事は、彼の国の艦隊は旗艦含め全滅、または旗艦は沈められたと言うことになるだろう。


 ビルゼーは侮蔑の目を向けて言葉を発した。



「役立たずなのは理解していたが、ここまでとは思わなかったぞ。やはり劣等人種はどこまで行っても劣等人種ということか」



 ヴァシートは肩を震わせていた。それが屈辱によるものだとビルゼーは理解しつつも敢えて言葉を続ける。



『も、申し訳御座いません……』


「……話によればお前たちは聖国連給付資金を政治家の私利私欲にのみ注ぎ込んでいると聞くぞ? 聖国連給付金は貴様らゴミ共の低俗な欲を満たすために渡しているではないのだぞ? マトモなのはガルマ帝国だけか? この、役立たずの劣等人種め」



 聖国連加盟国より徴収される多額の資金は、宗主国たるレムリアは勿論、3ヵ国の常任理事国にも給付される。その給付額は聖国連もといレムリアへの貢献度によって大きく変動する。中でもガルマ帝国は満足な働きをしている為、3ヵ国の中で最も多い額を受け取っている。ルシール大公国は一番給付額が少ないのだ。その事から彼の国がレムリアは勿論、他の2ヵ国から如何に軽視されているのかが分かるだろう。


 貢献度によって得られるのは金銭のみではない。宗主国レムリアより魔導科学技術の教与も認められる。


 ルシール大公国は此度の大聖戦に賭けていた。それで他の2ヵ国を出し抜き、常任理事国で最も高い影響力を得ようと画作していたのだが…ここに来て致命的に躓いてしまった。



「まぁいい。実は西方派遣軍総本営より指令が届いている。これはお前たちに与えられた最後のチャンスだ」


『ほ、本当でございますか!?』



 西方派遣軍総本営からの指令……それは言わば総大将たるバミール大将閣下からの指令でもある。それを見事にやり遂げる事が出来れば此度の失態を拭うどころか褒美を得られる可能性だってあり得る。


 思わず顔を上げたヴァシートの瞳に希望が宿った。


 ビルゼーは早速その指令を告げる。



「5日後の明朝4時まで敵艦隊を第3首都近郊内から逃さぬようにせよ……以上だ。」



 ヴァシートの頭に「?」のマークが浮かぶ。随分とあっけらかんで大雑把。それも『占領』ではなく『包囲』に近いその内容は比較的簡単とも取れるもので、とても総本営直々の指令とは思えなかった。



「理解したか? サヘナンティスにいる残存艦艇全てを以て敵を第3首都から出すな」


『は、ははーーっ!』



 床に額をぶつける勢いで再び頭を下げる。今は与えられた命令をこなし、期待に応える。それだけを考えていれば良いと思う様にした。


 ビルゼーは魔導モニター通信を切った。


 静かな室内にクツクツと笑う声が響く。



「やはり頭の回らない劣等人種よ。総本営がそんな雑な命令を下すわけがない。これは第3首都制圧という手柄を独占する為の策よ」



 ビルゼーは固定通信機を使い、装備調達班へ連絡を入れた。



「私だ。対艦・対地魔導瘴気ミサイルの配備は順調か?」


『ハッ。滞りなく進んでおります。全ミトロギア級への配備完了は予定通り4日後の深夜です』



 ニヤリとビルゼーは笑う。

 常任理事国の人間といえど所詮は劣等人種。劣等人種一万人の命はレムリア人1人よりも軽い。彼は命の価値が低い哀れな彼らの命を有効活用しようと企んでいた。


 そこへもう一つ報告が魔導通信機器が鳴った。

 それは映像でも音声でもない、文章化された報告データだった。何事かと思うビルゼーだったが、そらが総本営からの情報共有報告の通信と分かると慌ててその内容を確認する。



「……チッ、やはり劣等人種は使えんな」



 送られてきた報告データは次の様な内容だった。



 ーーヴァルキア大帝国内陸部へ侵攻を開始したルシールとエル・ドラヴィルの2ヵ国連合艦隊全滅 残存艦艇無し ヴァルキア大帝国艦隊に決定打を与える事叶わずーー




 ーーーーー

 某海域 


 深度500m

 ーーーーー



本国より入電(イデル・グ・アドラン)……南方派遣軍(サウデ・エレゲデ・)ヴァーレン大将閣下(ガヴァロ・ヴァーレン)


読み上げろ(ド・ベゥム)……」



 オペレーターが読み上げると男はニヤリと口角を上げた。



本艦はこれより(ルヴ・ウベルス・)南方海域へ(サウデ・ボーフ)移動する(・ヴァルキア)深海路にある(ゼクドゥ・ナ・ウベル)補給艦経由で向かうぞ・ガラム・ダズ・ナグー・ボーフ


「うっひひひ……いよいよ(イバメール・)連中の潜海艦との(ドゥ・ガヴァッラ)一騎打ちっすか・ボーガラム・ヴァルキア?」


多分な(ゼクゥス)……ククク」


軒下近くに車を停めるのはやめましょう

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― 新着の感想 ―
[一言] レムリア陣営の戦艦が空中なんで艦載機とか出てくると混乱しますね(苦笑) 人種差別のクソが多いので早くスッキリしたいところですね。
[良い点] あけましておめでとうございます オワリノ国が一旦落ち着いて、日本と他国の状況が明かされましたか レムリア本国以外の敵勢力も動くなど、世界大戦の様相をみせていますね そして東の大陸、魔砂によ…
[一言] 更新お疲れ様です。 平和ボケの新閣僚に『喝!!』>継続組 周辺国の『惨状』を国防に影響無い範囲でリークしないと>マスゴミ対策 参加の二級国とはいえ撃破に成功のサ帝艦隊^^ 彼らを防衛に足…
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