第143話 悪夢の終焉
いつもご愛読ありがとうございます。
そして遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
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ヴァルンゴルスト艦内
艦中腹部 各所
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第3通路を突破され、制圧された格納区を橋頭堡のように利用している敵軍……陸上自衛隊第一、第三機甲無人中隊は燃え広がる火の如く勢いで進んでいた。
「こ、この野郎ぅ!」
「くらえェ!」
遭遇するレムリア兵を各個撃破しつつ広い艦内の一室一室を念入りに調べていく。
気が付けばほぼ艦内全体に敵味方の銃声や破裂音がこだましていた。
「グぎゃあ!?」
数機のWALKERが少数で隊を組みながら狭く歪んだ通路を進み、つい先程不運にも遭遇した敵兵を撃破する。
入り組んだ構造だが高度な学習能力を持つWALKERであれば多少の時間は掛かるが内部構造の把握は難しくはない。制圧した部屋は現作戦に参加している全てのWALKERにも情報が届く事になっている。
「そこだ!」
通路突き当たりの曲がり角で隠れていたレムリア兵が半身を出して、自動小銃の引き金を引いた。
ダダダダダダダダダ!
カカカカン! カキィン! チュイン! カキィン!
先頭にいたWALKERに多数命中するもごく僅かに装甲を削る程度で殆どダメージにすらならなかった。
撃たれても何の問題はない。
生物的『死』の概念を持たぬ彼らだからこそ、ここまでスムーズに制圧が進むのだ。
すかさずWALKERはレムリア兵に向けて発砲。
レムリア兵は顔面と額を撃ち抜かれ絶命した。
『死亡確認……』
WALKERが無残な骸と化したレムリア兵の死亡を確認した途端、カンカンっと何か金属の様なモノが転がって来た。
それが手榴弾だと分かるとWALKERは直ぐに後続機に退がるよう指示を送った瞬間、爆発が起きた。衝撃波と爆発力により多少吹き飛ばされたWALKERだったが活動に大した支障は起きなかった。
しかし、M4カービンは使い物にならなくなってしまった為、右脚部のホルスターから9mm拳銃を取り出した。
『……目標消失』
すぐさま通路奥の確認をするが手榴弾を投げ込んだ敵兵を見つける事は出来なかった。
「くそっ! 手榴弾も効いた気がしねぇ!アレは本当に何者なんだ!?」
「奴らの装甲……と言っていいのか? そこに書かれた紋章、あれはニホン国のものだろう」
「じゃあアレはニホン軍!?」
「ニホン軍は魔導機械だったのか!?」
慌てて通路を逃げている数名のレムリア兵。
彼らはバイタルパートである重防区画に向けて逃げ続けていた。他の兵士たちも恐らくそこに向かい、重傷であるものの、ナスレス艦長もそこに居る。
だがその最中に敵兵と運悪く出くわしてしまった。
切り抜ける為に仲間の1人が囮を買って出て、発砲した。しかし、囮になる暇もなくソイツは頭部を撃ち抜かれて死んだ。何とか手榴弾を使って切り抜ける事は出来たが、もうギリギリの状態だ。
ここまで来るのに多くの仲間の死体を目の当たりにしたが、腹立たしい事に敵の死体は1つも見てない。そもそもアレらは人なのか? 人でないのか、それすらよく分からない。
(俺たちは何と戦っているのだ!)
それでも彼らは目的地に向けて走り続けた。
損傷の激しい艦内は進み慣れている通路も悪路に変わり、頻回に行手を阻み続ける。加えて徐々に艦内へ展開し続ける敵兵団。
これを最悪の状況と呼ばずしてどう呼ぶか。
「ッ! と、とまれ!」
とある通路に差し掛かると、先頭を走っていた仲間が腕を横に伸ばし、後ろから続く仲間を静止させた。恐る恐る覗き込むと、そこは艦内の第3共同休憩室で十数人の船員達がそこで食事を摂ったりする場所だ。
その扉の前に10人もの敵兵達が集まっていた。
『C-4設置』
『了解』
何か円形のモノを扉に取り付けると敵兵達は扉側左右の壁沿いへ分散して移動する。何事かと思い周囲に注意しつつ観察を続けると、突然扉が大爆発した。
ボォォォン!
「うわぁ!?」
突然の爆音に皆思わず身を屈めてしまった。激しい耳鳴りと眩暈が襲い掛かり、自分の身に何が起きたのか一瞬訳がわからなくなった。
ドォンドォン!
「うわぁぁぁ! 嫌だぁぁ!!」
「うぎゃああ!」
ダダダダダダダダダダダダ!
ダダダダダダ!
やがて徐々に目と耳が少しずつ正常に戻ると、この症状が敵兵達の爆破によるものである事を思い出した。
銃器を構えながら再び先程の扉へと目を向けると、例の敵兵達は既に廊下に居なくなっていた。それどころか異様な静けさすら感じる。普通に考えれば連中は部屋の中に居るはずなのだが……
「爆破した……だけ?」
「な訳ねぇだろうが」
皆、静かにその部屋の前へ移動し中を覗いた。
「これは……」
凄惨たる光景だった。
第3共同休憩室は血腥い臭いと死体が広がっていた。若兵から老兵まで関係なく殺されていた。抵抗もしたのだろう、銃を持ち構えたまま斃れ伏す者や欠けた軍用短剣を握り締める者もいた。
だが皆、瞬く間に殺された。
自分たちが爆音に混乱している間に……。
敵兵らしい死体は一つも見当たらない。
「クソ!」
味方の1人が悪態を付いて壁を殴った。激しい怒りと憎しみが込み上がっているのはそいつだけではない。だがその拳をぶつけるべき相手は壁ではない。
今も所々で爆発音と発砲音が聞こえてくる。
仲間と思われる悲鳴や断末魔も耳に入ってくるが、一行は重防区画へ急いだ。
ーーー
ーー
ー
鈍い爆発音で区画全体が揺れる。
一度や二度では無い、何度も繰り返し発生しているこの爆発音は味方ではなく敵兵達によるものだ。
「畜生! 好き放題やりやがる!」
欠損した片腕を包帯に巻かれた負傷兵が苛立ちながら叫んだ。
ここは艦内でも高い防御性を持つ重防区画。艦内に侵入して来た敵兵達から逃れて来た船員達が此処に避難して来ている。それなりに広い区画である為、まだ余裕はあるが、最後にここまで逃げて来た船員数名以降、1人も来ていない。
多くの兵達がいつ敵兵達がここまで攻めて来ないかという不安げな顔をしている。実戦経験のある兵達でも怖いのだ。碌な経験の無い若兵達はもっと恐ろしい心情に襲われているだろう。
現に若兵達の多くが震える体で必死に神に助命を乞いていた。
「しかし、この重防区画が無事で本当に良かったですな」
「はは、そうだな」
1人の兵の言葉にナスレスは笑って答えた。勿論、その一言は周りで不安がっている若兵を落ち着かせるための言葉なのだが、周りはその余裕すら無いようだ。残念ながら聞こえていない。
「やれやれ、情けないですな。栄えあるレムリア人ならば最期の時までー」
「いや、彼らはまだ若い。仕方ないさ。それに万が一敵がここまで攻め込んで来た時は……」
最上官である私の命で他の兵達の助命懇願をするしかない。多くが助かるためにはこの方法しか無いとナスレスは考えていた。
自分は敗将。
例え生きて戻ったとしても厳罰を受けるのは目に見えている。ならばこの命一つを差し出して未来ある兵達を助けた方が遥かにマシと言えるだろう。
ナスレスは自らのボロボロの身体を見つめながら覚悟を決めていると、必死に重防区画の扉を叩く音が聞こえて来た。
「開けてくれェェェェ!」
「助けてくれ頼む!」
「開けて! お願い早く開けてェェェェ!」
敵兵から逃れて来た仲間たちの悲痛な声だった。誰かが「ドアを開けろ!」と叫び扉近くにいた兵達が一斉に駆け出そうとした時ー
ダダダダダダ!
ダダダダダ!
「ギャアアアアア!」
ダァンダァン!
無数の銃声と悲鳴。
そして何も聞こえなくなった。
重く緊張感で張り詰めた空気が重防区画を包み込んでいた。敵はすぐ近くまで迫って来ている。誰もが息を潜む中、1人の兵士がドアへ恐る恐る近寄り扉へ耳を当て扉の向こう側の音に耳を澄ませた。
『ここが例の重防区画か』
聞き慣れない声に耳を当てていた兵士は跳ねるように扉から離れた。すぐそこにいる。
「このままやられてたまるか!」
「徹底抗戦だ!」
「レムリアは不滅だ!」
「「抗戦だ! 抗戦だ! 抗戦だ!」」
負傷している熟練兵達が各々の武器を持ち「抗戦だ!」と声高らかに叫び鼓舞している。しかし、若兵達は皆、蒼褪めた表情をしていた。彼らにそんな覚悟は無い……死を恐れている。
「待て」
ナスレスの言葉に声を上げていた兵士たちが振り返り、口を閉じた。彼は何とか横たえていた身体を起こす。
「抗戦はしない……我々はここで、降伏をする」
その言葉に鼓舞していた兵士達は信じられないような顔になる。無論、ナスレスとて彼らの気持ちは痛いほど分かる。だが、ここで戦っても勝ち目など当然あり得ない。それも此処には若兵が多く、見たところ彼等の大半は抗戦の意思はなく既に心が折れている。この場にいるのが負傷兵や熟練兵ばかりならば抗戦の意思もあっただろうが今は違う。
未来ある若者を無駄に散らせる必要は無いのだ。
「何故ですか、ナスレス艦長! 敵に臆したのですか!?」
声を荒げたのは先程まで悪態を突いていた負傷兵だった。そして、抗戦の意思を真っ先に叫んだのも彼だ。
「お前達の気持ちも痛いほど分かる……だが、此処で戦えば皆が死ぬのだ」
「そんな事は分かっております! だからこそ、敵に我らの勇姿をー」
「違う……もっと周りを見よ。怯え切った若い兵士ばかりではないか。こんな状況で敵に我らの勇姿を見せつけるなど不可能だ。ただの悪足搔きにしか感じないだろう。兵士としての矜持を持つのならば、引き際も心得よ。苦渋を飲まされようとも生きていればそれを挽回する機会もあるのだ」
その言葉に周りのいきり立っていた兵士たちに段々と迷いと躊躇が現れて来た。しかし、目の前にいるこの男だけは目が血走り、息を荒てている。上官に向ける目ではないそれは明らかに敵意に満ちていたが、ナスレスは臆せずに彼の瞳を見据える。
すると彼は懐から軍用短剣を取り出し、それを近くの積み荷へ突き立てた。どうやら思い止まったようだ。
「まだ……我らは……負けていない! そうですよね?」
「そうだ。ここで降伏しても我らはまだ負けではない……皆、武器を下ろせ。扉を開けよ」
彼の言葉に兵士たちが恐る恐る扉へと近づき鍵を開けた。
扉を開けた先にはやはり敵兵達が銃口を向けて待ち構えていた。しかし、発火炎が放たれる事はなかった。油断はしていないが連中もまた此方が武器を持っていない事に気付いている様子だ。
レムリア兵達は艦内に侵入して来た敵兵達を目の当たりにし息を呑んだ。
「なる、ほど……人間だと思ったが、人間では無かったか。お前達は何処の国の兵達なのだ?」
ナスレスは部下の肩を借りながら敵兵達の前へ歩み寄りながら問いかけた。しかし、彼らに言葉がつうじるのだろうか。レムリア兵達は口があるとは思えない連中が喋れる事は分かっているが、まともなコミュニケーションを取れるとは到底思えなかった。あそこまで冷酷無比で人を殺せる連中なのだ。きっとこれから容赦の無い蹂躙が始まるのだと誰もがそう思っていた。
「この艦の艦長ナスレスだ……君達の指揮官と話がしたい」
『貴方がナスレス殿ですか?』
彼が前へ出てくる事は知っていたかのように銃口を構え続ける他の敵兵達が左右に移動すると、他の敵兵達とは少しカラーリングが違う人物が前へ出て来た。何処となく喋り方も人間に近い印象を受けた。
『私は日本国陸上自衛隊無人機甲第一連隊指揮官の新橋です 貴方が本当にここの艦長、現状の最高司令官であるのなら早速要件を伝えます 〝直ちに武装を放棄し投降しなさい〟』
「ニホン……国? そうか……君たちがそうなのだな」
1人のレムリア兵が顔を真っ赤に詰め寄ろうとするが周りがそれを必死に止める。ナスレスは数秒の沈黙の後、静かに頷いた。
「……もとよりそのつもりだ、降伏する。今も艦内にいる同胞達にも伝える。だからどうか、これ以上の戦闘はやめてほしい」
『……了解した』
そう答えると無人機甲連隊が一斉に内部へ展開し始めた。1人1人の動きが精巧で瞬く間に周囲を包囲していく。
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「急げ! もう少しで重防区画だ!」
レムリア兵達が急いで通路を駆けていく。その背後からは敵兵達……無人機甲連隊のWALKER達が迫って来ていた。
「止まるな! 行け行け!」
最後尾の兵士が振り返りざまに自動小銃の引き金を引き発火炎を噴かせる。
ガガガガガガガガ!
放たれた無数の弾丸がWALKERの装甲にぶち当たり火花を煌めかせた。WALKERの軍用装甲にレムリア兵の対人携行火器は大した効果を示さないが、僅かに怯ませる事は出来る。手元に上手いこと当てさせれば武装火器を落とすことも出来る事が分かった。
「走れ走れ! 走れェェェェ!」
レムリア兵達が必死に重防区画へ向けて走り続け、とある曲がり角へ差し掛かると、急に先頭を走っていた兵士が止まった。
目の前にWALKER達が整列し銃口を向けて待ち構えていたのだ。
「くそ……ここまでか」
「でも撃ってこない……ぞ?」
『武器を捨てろ』
撃ってこない事に困惑しているとWALKERの1体から発せられた無機質な人の言葉で更に困惑する。互いに顔を見合わせているとさらに強い口調で『武器を捨てろ』と言って来た。意味そのものは理解出来る為、皆はゆっくりと武器を床に下ろした。
一行はそのまま艦外まで連れて行かれると、外では既に投降していた他のレムリア兵達が1箇所に集められていた。
(みんな既に……いや、それよりも)
レムリア兵は驚愕した。
外には無数の飛空艇が轟音を上げて待機していたのだ。レムリアでは見たことがない艦艇である為、恐らく敵のモノだろうと思った。しかし、よくよく見てみると自分達の知る飛空艇とは似ても似つかない形状をしている。
(アレは回転翼か? い、いやアレはそうだとしても……あのデカいのは? ぱっと見は飛空艇だが……)
彼が見たのはV-22と大型輸送機『山鯨』である。V-22は兎も角、山鯨のブイトール式の固定翼機はあまり見たことが無いものだった。近いと言うならばアトラス級輸送艦だろうか。
更に大勢のWALKERが多数展開している為、自分達が必死に艦内で戦闘をしている間にも連中は黙々と包囲していたと考えると彼はゾッとした。
「俺たちは最初から詰んでたのか……」
それから日本は5日にも渡り武装解除と生存者の救助と連行を繰り返し、最終的に約1500名弱の生存者を救出した。同時にある程度状態が良いレムリア艦艇の鹵獲輸送作業も開始。ヴァルンゴルスト級を始めとして数隻の輸送を完了。しかし、ヴァルンゴルストに関してはその巨体ゆえに重要区画のみを運び込むことに成功。
幸運にもレムリア艦艇はブロック工法に近いものである事が分かった。
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日本国 東京都内
防衛省 大臣室
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防衛大臣の久瀬は受話器を手に取り報告を聞いていた。内容は無論、オワリノ国国境部で発生した第二世界の覇国『レムリア帝国』との軍事衝突である。
「そうか、わかった。ご苦労だったな。直ぐに補給物資の輸送手続きを踏んでくれ。連中に関してまだ分からん点が多いからな……財務省には俺から一本入れておく……なぁに、憎まれ役は慣れてるさ」
日本側としては明らかな宣戦布告を行って来たレムリア側の飛行型艦隊から友好国オワリノにいる自衛隊員とインフラ設備等の目的で訪れている民間企業の日本人保護の名目で応戦。
メディアも今は『異世界に来て3度目の戦争』で話題となっている。これがもう少し公平な内容であればまだ良いが、報じている内容は『武力外交 歴史を繰り返す広瀬内閣』や『歴史を繰り返す広瀬内閣 日本の行く末は?』といったマイナスイメージたっぷりのものだった。
「ッとは言っても良い気分はしねぇな。コッチだって必死なのによ」
スマートテレビを付けて丁度その事に関するニュース番組を見ていた久瀬は苦々しくそう呟いた。
その時、丁度個人PC端末に防衛省情報本部から例の報告データが送られてきた。久瀬は早速そのデータの中身を見るとその表情が段々と強張るっていく。
「これは不味いか……」
久瀬はすぐ専用回線を使用した。
「防衛省の久瀬だ。首相官邸へ繋げてくれ」
データに入っていた報告……それは『ガルマ帝国の兵装報告書』だった。
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レムリア帝国
帝国議事堂 大広間会議室
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外界国家に対する大聖戦宣言から数日後。この大広間の会議室には各省庁の中でも必要な責任者のみが集められており、大円卓を囲うように各々の席に座していた。
・レムリア帝国総務省長官
ロコンド・リザ・ザムレス
・レムリア帝国宣伝情報省長官
リジィ・キー・ボラーロ
・レムリア帝国国防省長官
ゲーリン・イル・ラザム
・レムリア帝国外界支配管理局局長
ジャシフ・ダ・パルパト
中でも目立つ豪華な席にはレムリア帝国皇帝バークリッド・エンラ・ルデグネスが座していた。
もっとも本物の彼は『霞の沼地』と呼ばれる場所に軟禁状態で、あの席に座っているのは双子の弟である簒奪者、アルバラ・エンラ・ルデグネスである。
「では外界侵略統治は概ね順調なのだな?」
アルバラが上機嫌に訊ねるとボラーロ長官は「ハイ」と微笑を浮かべながら頷いた。
「東方・西方辺境派遣軍共に随伴している使節団からの報告によれば、双方合わせ約25ヵ国の蛮族国家が我らの聖門に下りました。多少の生意気な抵抗姿勢を見せてくるものもいますが……なんて事はありません。我らが誇る軍艦団を見せつけた途端に手のひら返しです」
「そうかそうか。では聖教化に入った外界国家の管理は任せたぞ、やり方はお前の裁量に任せる」
アルバラがそう話した相手は新たに創設した外界支配管理局の局長を務めているパルパトと呼ばれる男だ。パルパトは胸に片手を当て恭しく頭を下げた。
「お任せ下さいませ。劣等人種どもに偉大なるメルエラ教の素晴らしさ、そしてレムリア人の強さを魂もろとも刻ませてご覧にいれましょう」
「うむ。期待しているぞ。ラザムよ、軍備の方は?」
「ハッ。新型兵器群含め現在も更に数を増やしつつあります。件の『衛雲』展開もそろそろ本格的に移れそうかと」
「そうか。よいな、衛雲の全世界展開は何としても必要なのだ。それが我ら栄えあるレムリアの世界統一化をより確実なモノとしてくれるのだからな」
「ハハァ!」
「ククク、世界の統一化は最早時間の問題であるな。ボラーロよ、これは全臣民に此度の大戦果を大々的に報じる必要があるぞ?」
「お任せ下さい皇帝陛下!」
面白いくらいに全てが順調に上手くいっている。世界統一化は既に現実のモノとかしつつある現状にアルバラは更に上機嫌に頷く。
「ザムレスよ。臣民階級制度の固定厳格化は順調か?」
総務省長官のザムレスは静かに答えた。
「はい、滞りなく進んでおります。二等臣民以下のレムリア人の既存権利の縮小化は勿論、外界人の奴隷化法案も順調です。ですが、やはりバークリッド殿を昔から支えていた国議員などの上位政務官からの反発はそれなりに……」
「構わん。私の権限を持ってそいつらは黙らせる。しかし…私に従順な者だけを残せば良いと言うのに、何故そんな反発分子まで残す必要があるのか」
アルバラは元老院議長の仮面を被った失われた筈の正統王家の末裔、ヴァルガメシュ・エンキ・レムリアスを思い出していた。
実際皇帝としての矜持は心得ていてもこういった政務にはどうしても疎い所があるアルバラにとって、彼と彼の取り巻きである元老院の老人達からの助言は必要不可欠だ。
彼の言う言葉によれば「周りが頷く連中ばかりでは意味がない」との事らしい。
そう言われたアルバラは素直に従うしかないのだが、正直納得はしていない。反抗してくる連中など目障りなだけでは無いだろうかと常に思っている。
皇帝の座を奪う前の、バークリッドも同じだった。常に自分に意見をして来るものを必ず一定数は残すようにしていたらしい。
(やはりここは今一度あのお方と話をする必要があるな)
どう考えても反対意見を出す者は邪魔にしか思えない。そんな連中は片っ端から収容所なり監獄へぶち込むなりしなければ有益な国政は進まない。
アルバラはこの考えこそ単純かつ国家繁栄に大きく繋がるものだも改めて思いつつ、こんな考えも浮かばない兄であるバークリッドは勿論、レムリアスは意外と間抜けなのではないかとすら思えてきた。
(まぁそれは今はどうでも良い。そろそろ彼の国の戦果が届く頃だと思うのだが)
アルバラは例の日本国に恭順した蛮族国家、オワリノ国へ侵攻した軍隊からの報告が未だに上がって来ていない事を考えていた。本来ならばもう既に来てもおかしくは無いというのに一向にその返事が上がってこない。
(何故こんなにも報告が遅れるのだ? 相手は未だに鉄の棒を振り回すだけの野蛮な連中であろう? いや、待てよ。確かニホン国の使者や軍隊もオワリノに居ると聞いたような……ん? はてさて、ニホン国とはどんな国であったか? 兄上からも何度かニホン国の言葉を聞いた事があったのだが……まぁ良い、どうせ大した力も持たぬ蛮族だろう)
アルバラはニホン国については聞き齧った程度の知識しか持っていなかった。
彼にとって外界唯一の脅威はヴァルキア大帝国のみでニホン国はヴァルキア以下のチカラしか持たない国なのだと勝手に認識していたのだ。
報告が遅れているのは約束された大勝によって得た戦果が誰のものになるのか貴族出身の将校達が言い争いをしているに違いないと思った。「やれやれ仕方のない連中だ」と溜息を吐いていると、職員の1人が会議室に入って来て報告書をアルバラへ手渡した。
「御苦労。ふむ……諸君、オワリノ遠征カプターゼ基地からの戦果報告が届いたぞ」
その一言に周りからの注目が一気に集まる。
「ほう、漸くですか」
「随分と遅い報告でしたな。まさか貴族出身の将校達が手柄の取り合いをしていたのやも知れませんな」
「ククク、私も同じ事を考えていた」
笑い籠った空気が大広間会議室を包む中、アルバラは静かに報告書に目を通していく。すると、先程まで機嫌の良い顔が段々と強張り、やがては血管が怒張する程の怒りへと変わっていった。
アルバラの変化に周りは動揺するばかりで何も言い出せずにいたが、やがてアルバラは報告書を円卓へ叩き付けながら大声を上げる。
「軍部省長官のヴァレンシアを呼べェェ! 今直ぐだァァァ!!」
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ーー
ー
1時間後
急遽帝政府特一級通信にて緊急招集の命令を受けた老年の男、ヴァレンシアが皇帝書斎室へと訪れた。
「これをどう説明する? ヴァレンシアァァァァ!!」
アルバラは彼が入室するなり激昂しながらクシャクシャに丸められた用紙を彼に向けて投げつける。ヴァレンシアは眉一つ、視線を動かすことなく投げつけられたクシャクシャの用紙を片手で易々と受け取り用紙を広げ中身を確認する。
直ぐに彼は片手を胸に当て恭しく頭を下げた。
「このような結果を招いてしまい誠に申し訳御座いません。如何様な処罰も甘んじて受けー」
「処刑だ! 我が帝国に局地的とは言え敗北を与える事は許さん! カプターゼ基地の司令部諸共、貴様も……」
怒りが一周回り冷静さを取り戻して来たアルバラは一度神都が一望できる壁窓へ振り返りながらゆっくりと深呼吸をする。そして、今一度ヴァレンシアに顔を向けた。
「と、とにかくだ。ヴァレンシアよ、この被害は許容範囲を超えておるぞ! そもそもヴァルンゴルスト級を出すなど聞いておらぬぞ!」
「遠征軍派遣にあたりどの程度の戦力で攻略するかの裁量を我々軍部省に任せると申されたのは陛下ですぞ。軍部省内航空軍局の局長を始め最高幹部達との話し合いの結果、外界の列強が庇護するとなれば〝より確実な勝利を〟という結論に至り、ヴァルンゴルスト級を旗艦とした前衛艦隊の派遣を決定しました」
これにはアルバラも口籠る事しか出来なかった。正直肚わたが煮え繰り返る思いに駆られる。
「……オワリノ遠征軍前衛艦隊の大敗は隠し世論には〝大勝した〟と報じればそれで良い。だがヴァルンゴルスト級を失うというのは痛手であるぞ!」
この言葉に対しヴァレンシアは鋭い視線を向け、彼のそれ以上の駄弁を許さなかった。アルバラはそのあまりの気迫に思わず怯み足が竦んでしまう。
その後、ヴァレンシアは一層真剣な面持ちで口を開いた。
「着眼点を違えておりますぞ、陛下。ヴァルンゴルスト級を失った事もそうですが、不沈艦である筈のヴァルンゴルスト級が沈められた事を危惧するべきです。正直に申しますと、ヴァルンゴルスト級が沈められたと言う報告が未だに信じられない所があります……しかし、事実です」
「ッ! オワリノ国にそんなチカラはー」
「恐らくはニホン国かと」
「な、何だと?」
「未だ情報が十分と言えない彼の国ですが、そうとしか考えられませぬ」
脂汗で滲む顔を両手で押さえながらアルバラはフラフラとした足取りで応接間のソファへもたれかけた。
「ふ、ふふ……馬鹿を申すな! 我らより優れた存在などいるはずが無かろう!」
「しかし陛ー」
「我らが純粋に敗けるなどあり得ぬのだ! 例えそれが局地的と言えどもな! ええい、この話は終いだ! 何としてでもオワリノ国を焦土と化せ! これは勅命である!」
「……はっ!」
ヴァレンシアはそれ以上の反論はせずに退室した。高級な装飾が施された廊下を歩きながら彼は静かに思案した。
(想像を超える愚物だな、アルバラ。まぁ我々としてはそんな愚物が上に立っていた方が都合が良いと言うもの。我らが従うはレムリアス様のみ。貴様などただのお飾りに過ぎぬ。それすら気付かないとは……だがそれは救いやも知れぬな。選ばれたと勘違いしたまま最期は消されるさだめ)
人気がない事を確認したヴァレンシアは老年とは思えない邪悪な笑みを浮かべる。それは顔の皺も相まって悪魔的に見えるほどの恐ろしさだった。
(ワシの望みは戦災乱世、相手が強敵だろうが関係は無い! 我々が持つ力を存分にぶつける大戦を味わいたいのだ! だがまだ早い、もっともっと外界の国々にレムリア帝国という脅威が直ぐ目の前にあるという自覚を待たせ、一致団結を確実なモノとするまではお預けだ……その時こそは互いの死力を尽くそうぞ。バークリッド殿は真の賢王であったが、我らが望む戦乱を実現はしてくれなんだ……しかし、レムリアス様は我らの望み聞き入れてくださった、クククク)
確実な戦略と政策。
もしバークリッドが皇帝の座を奪われる事が無ければまた違ったカタチの、出来るだけ血を流さないやり方で時間を掛けて外界を治めようとしただろう。だが、戦乱の世を望むヴァレンシアら古参の軍高官部達はそれを是としなかった。
この世界に来て間もないかつてのように、世界全てと戦える死闘を夢見ていたのだ。
勝ち負けや国の利害など関係ない。
彼は…彼らは周りが見えなくなる程の戦争狂いなのだから。
コロナ禍を乗り切ろう!
手洗いうがいをしっかりやれば大きな予防に繋がります
皆様、良いお年を!