第140話 オワリノ国進撃その2
いつも誤字報告ありがとうございます。
戦闘描写はやはり苦手ですね泣
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オワリノ国 国境
内縁部と外縁部の狭間
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2段横列でオワリノ国国境部を飛行する20機の飛行物体。オワリノ遠征軍航空機動戦闘部隊の艦上戦闘機エストレーラーである。
地球で言うノースロップF-5に酷似している。
最高速度はマッハ1.3。
レムリア・聖国連軍が誇る主力戦闘機である。
『もうそろそろ敵の姿が見えても良い頃だろう。地対空兵器に注意しろ、敵は魔導ミサイルを持つ強敵だ!』
隊長機からの言葉に各機から返答が返ってくる。
『『了解!』』
力強く頼り甲斐のある声だ。
新兵時代から直々に鍛えてきた愛すべき部下たちの逞しい成長ぶりに、教官であり彼らの上司でもある隊長は思わず目に涙が溜まりそうになる。
配属された艦隊は初手で手痛い攻撃を受けてしまったがそれまでだ。ここから先は自分たちが敵を仕留め、その勢いを完全に途絶えさせる。
自身と自身の部下達による偉大なる戦記はこの戦いから始まるのだ。
隊長もその部下達もそう信じていた。
キュピーン! キュピーン!
レーダーが反応し、これから起きる出来事を体験するまでは。
ーーー
ーー
ー
オワリノ国へ侵攻中の敵空中艦隊迎撃の作戦を実行していた第10航空団飛行群第2飛行隊のF-3『心神』20機。各機体のレーダーに、同数の航空機が音速1.3で此方に向かっている反応が現れた。
『敵戦闘機と思われる編隊が接近中。』
『警戒旋回中のE-767より入電。現在接近中の戦闘機は敵艦隊より発艦した機体と判明』
高高度から敵艦載機部隊を監視している飛行警戒管制群第603飛行隊のE-767からの敵情報も送られてくる。
『各機空対空誘導ミサイルへ切り替え。目標、敵戦闘機』
F-3『心神』各機は指示を受け一斉にAAM-6へ切り替える。
『目標捕捉』
『攻撃開始』
十数発のAAM-6が敵戦闘機部隊へ向かい飛んでいく。
ーーー
ーー
ー
聖国連オワリノ遠征軍の艦載戦闘機は突如レーダーに現れた十数発の飛翔物の反応に戦慄した。
『レーダー感知! 魔導ミサイル20発接近中!』
『落ち着け! 全機迎撃ミサイル発射! その後、直ぐに回避行動に移れ!』
『『了解!』』
敵がレーダー感知外からの攻撃に一瞬の狼狽えるが、隊長の一言で直ぐに訓練時を思い出した部下達は直ぐに迎撃態勢を取る。
『迎撃ミサイル……ッてぇ!』
隊長機からの掛け声が聞こえた瞬間、各機から一斉に迎撃の空対空魔導ミサイルが発射される。
真っ直ぐ飛んでいく迎撃魔導ミサイルが、空の彼方前方からポツリと見える、同じく整列して飛来している敵の魔導ミサイルと交差しようとしていた。
敵の魔導ミサイルを見事迎撃してくれるだろうと疑わない各機は発射後、操縦桿を其々左右に倒して回避行動を取る。
すると、その動きに合わせて敵の魔導ミサイルが此方に向かって来たのだ。
『なんだとッ!?』
隊長は驚愕した。
無論、彼が驚いた理由は敵の魔導ミサイルが方向を変えて向かって来た事ではない。
敵の魔導ミサイルに合わせて動くと考えていた自分たちの迎撃ミサイルの殆どがその後を追わずに無視するかのように否、その姿が見えていないかのように、そのまま真っ直ぐ何もない空を彼方へと飛んで行った。
『な、何故こっちのミサイルが!? うわぁ!』
1機が驚きのあまりに方向転換して向かってくる敵ミサイルへの対処が遅れてしまい、無残にもその直撃を受け、火達磨と化し墜落する。
『カロトルーッ!!』
戦友が撃ち落とされた事に思わず彼の名を呼び叫んでしまう。しかし、今は仲間の死を嘆き悲しむ暇などない。5発は何とか迎撃に成功したが、未だ14発近くが我々を撃ち落とさんと追いかけていたからだ。
『な、何で……ウギャア!』
『クソッ! 振り切れなー』
『い、嫌だ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!』
『ら、偉大なる主よ! どうか……どうー』
『ちくしょう!』
中には更に迎撃ミサイルを撃ち込んで漸く向かって来る敵ミサイルを撃ち落とした機体も存在するが、この攻撃で9機が撃ち落とされてしまう。
『まさかそんな……敵は一体どんなミサイルを!? く、クソッ! 残存機で敵機を殲滅する!』
『親友達の仇だ!』
『異端者共め!』
生き残った者達は復讐心を滾らせながら全速でミサイルが飛来して来た方向へ進んで行く。
しかし、エストレーラーに搭載されている魔波レーダー装置の探知範囲は110㎞。F-3心神の探知範囲は160㎞とその差は40㎞もある。加えてエストレーラーは魔力と魔導機関が作動する事で発生する魔波を感知するシステムである事から、その実力を十分に発揮出来ずにいた。
故に、残った敵機が向かってくる様子をF-3心神のレーダーにハッキリと映っていた。
『敵機9機撃墜』
『このまま第2波攻撃開始。近接戦闘を無理に合わせる必要はない』
淡々と述べられる攻撃指示をF-3心神のパイロットたちはただひたすらに実行し続けた。そして、次々と聖国連軍オワリノ遠征軍航空機動戦闘部隊に襲い掛かるAAM-6の波状攻撃によってまた1機、また1機と撃墜されていく。
此方の魔導ミサイルも有効ならまだにしも、それすらままならない様な状況に聖国連軍のパイロットたちはただただ狼狽えていた。
まともな航空戦闘が出来ない。
敵の姿も見えない。
接近戦も敵はそれに合わせてくれない。
『クソォ! どうなってやがる!?』
隊長はミサイルを躱そうと必死に機体を動かし続ける中、次々と仲間や部下たちが撃墜されて行く姿を見ていた。
そして、敵のミサイル攻撃が止んだ時には生き残った機体は隊長機のみとなっていた。
『なんでこんな……なっ!?』
その時、魔波レーダーに反応が出て来た。
それは編隊を組んでいる戦闘機のモノだとすぐにきづいた。
絶望に呑みこまれつつあった隊長の心に、闘争心と復讐心が再び滾り始める。
『やっと姿を見せたな!』
部下たちの仇と言わんばかりの怒気で叫ぶ。
最大速度で一気に詰め寄る。
敵ミサイルを迎撃するために全ての空対空ミサイルを使い切ってしまった隊長は残った武器である機銃で敵機を撃ち落とそうと考えていた。
しかし、こちらはたったの1機。
敵は20機とその数は圧倒的。
射程も敵が上回っていると見て間違いないだろう。恐らく生きて帰る事は出来ない。
『だが、1機だけでも道連れにしてやる! 帝国万歳!』
少なくとも一対一の近接戦闘には確固たる自信があった。魔導ミサイルの射程では敗けても、機動力と速度では敗けない。しかし、敵はその圧倒的な数の差で薙ぎ払ってくるだろうと予測するが、20機全ては有り得ないと踏んでいた。そうなれば敵が入り乱れてしまい、最悪同士討ちにもなりかねない。
よくて2機か3機くらいだろう。
最悪、2機以上を相手取る事になるだろう。
(上等だ! やってやる!)
機銃の射程に入り次第、何時でも引き金を引けるよう指を掛ける。すると、敵編隊は急に左右に方向展開し始めた。
(なん……)
18機の敵戦闘機はその場から離脱して行く中、向かってくるのは2機のみだった。
隊長は確信する。
『やはり2機以上で来るか!』
1機は自身のほぼ真正面から、もう1機は少し離れた場所から向かって飛んで来ている。1機が正面から相手取り、もう1機でその隙を突いてくると隊長は踏んだ。
離れていた1機が大きく旋回しながら此方に向かってくる。此方の様子を伺う様な余裕あるその動きに不快に感じてしまう。
『小賢しいマネを……えぇい、正面の1機だけに集中だ!』
目の前の敵もどうやら近接戦闘を望みのようだ。
もしミサイルが残っているのならとっくに自分を撃ち落としているはず。
そして、ついに機銃の射程内に入った。
『くたばれェ!』
ドドドドドドドドドドドドッ!
機首の18㎜機銃が火を吹いた。
しかし、敵機は引き金を引く瞬間に機体を横に倒し、機底スレスレで避けて見せた。敵を撃ち落とせなかった事に舌打ちをする隊長だったが、敵が攻撃を仕掛けてこない事に違和感を感じていた。
(なぜ撃ち返さない!?)
どちらも撃ち落とされる事はなく、ギリギリの間隔で互いが音速ですれ違う。
刹那、隊長は驚愕した。
(は、速い!)
すれ違う一歩手前で敵が一気に加速したのだ。すれ違う時には速度が明らかに此方の機体よりも速いことが一瞬で見て取れたのだ。
直線の近接戦闘。
エストレーラーは全速のマッハ1.3で飛行している。しかし、敵は一瞬でそれを上回る速度で通り抜けたのだ。
『クソッ!』
隊長は直ぐに操縦桿を倒し敵機の跡を追う。
まるで弄ぶ様に飛行する敵機に悪態を突きたくなるが、そんな事をする余裕はない。
一瞬でも射程内に入れば空かさず引き金を引く。
それでも面白い位に弾丸は当たらず、虚しく空を進むのみとなった。
急に距離を開いて来たと思えば、突然減速して射程外ギリギリのラインでジグザクに飛行したりと明らかに此方を挑発している。
『何なんだ、なぜこんなにも……』
攻撃すら仕掛けてこない。
もはや出鱈目に機銃を撒き散らすのみとなった。
そして、気が付けば機銃の装弾数も残り僅かとなっていた。
(機動力でも……こんなにも差があるのかッ!?)
次の瞬間、突然射程外ギリギリの距離で目の前を飛行する敵機が一瞬で上へ移動したかと思えば、一気に減速。瞬く間に背後へ付かれてしまった。
そしてー
ヴヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
F-3心神による背後からの機関砲。
瞬く間にバラバラになった隊長機は火を吹きながら墜落して行った。
『敵戦闘機全機撃墜。2号機……データは取れたか?』
隊長と一対一の近接戦闘を繰り広げていたF-3心神のパイロットはもう1機の仲間に無線で問いかけると、データはキチンと取れたとの報告が返される。
この航空戦に於ける彼らに与えられた新たな任務は『敵戦闘機の性能を探ること』である。故に彼らは2機一組で敵戦闘機の詳細なデータ収集にあたっていたのだ。かなり高いリスクを伴う任務ではあったが、時間が無いために早期のデータ収集が必要だったのだ。
機動性と速度、パイロットの対応能力など、敵戦闘機の一種の大まかな性能データを得る事に成功した。
『よし。敵戦闘機の詳細な性能データは取れた。作戦通り全機一時帰投。撃ち漏らしは第2航空部隊へ委任する。』
『『了解』』
F-3心神の飛行隊は大まかな作戦を終え基地へと帰投した。その後、入れ替わりにF-35Jの第2飛行隊がオワリノ国国境内縁部へ向けて発進して行った。
『此方第2飛行隊。間も無く、作戦予定地域に到着する』
『…此方、オワリノ国国境防衛隊。了解、作戦の指示まで予定空域で待機せよ』
『了解。武運を祈る』
オワリノ国内縁国境部に連なる無数の山……ノッグス山脈という名のその山頂部から巨大な灰色の塔が地面から現れた。
天に向かっている頭頂部は特異な形を持つ西洋剣ジャマダハルに似ている。地面から2/3ほどの部分の旋回関節部が滑らかに動くと、残り1/3の剣先部分が若干斜め上を向く形で横へ傾くと真ん中まで割いた。いや、それは割いたと言うより分離したのだ。2つのレールが形成され、その周りに蒼白い電気を帯びている。
7基の固定型電磁加速砲。
その砲口がこれから現れる敵艦隊へと向けられていた。
固定型電磁加速砲は内縁部側の山中斜面に建てられていたOCICーOperation Combat Information Centerーにて操作・管理を行う。
「全基発射態勢完了」
「充電率120%」
「地底ケーブル異常無し」
OCICに配備されている陸自の操作班逹からの報告を受けた上官は真剣な面持ちで頷く。
「我らの任務は固定型電磁加速砲による敵艦隊の迎撃である。援護として空自の第2飛行隊が上空にて待機しているが、全て此方で墜とすつもりで作戦にあたれ」
「「了解」」
頼もしい部下たちの返事を聞いた上官は、立体映像のマップモニター映し出されている無数の赤い三角柱のマークがゆっくりとこちら側に向かっている様子を眺めていた。
「今作戦の成功度合いによっては今後の対レムリアにも大きく左右される。気合入れろよ」
上官は作戦が無事成功に終わる事を心中で願った。
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オワリノ国国境内縁部と外縁部境界地
上空3000m
ノッグス山脈まで210㎞
ーーー
敵の高性能魔導ミサイルの攻撃を受け、艦載機が迎撃に向かってから暫くが経とうとしていた。予想を上回る数の犠牲と撃沈だったが、何とか艦隊の陣形を整える事は出来ていた。
「必ず我らの手で敵を殲滅するのだ! 敗北を喫すれば未来永劫笑い者だぞ!」
「は、ハッ!」
「ククク、今に見ておれ劣等人種どもめ。我が艦隊で今度こそ吹き飛ばしてくれよう。艦載機部隊からの報告はまだか!?」
「は、ハイ! まだ来ておりません!」
「チッ! 何をしているか、ウスノロ共め!」
オワリノ遠征軍前衛艦隊司令リッターは眉間に青筋を立てながら叫んだ。彼の頭の中には自身と貴族のプライドを保つ事と勝利後の恩恵しか無かった。
数ヶ月前からだ。
こんな戦争の『せ』の字も知らないような無能な貴族が突然、指揮官級に就任するようになったのは。
数ヶ月前からだ。
共に苦楽を共にした優秀で信頼に足る指揮官が後方か本国に飛ばされるか、貴族の指揮官就任に反抗すれば訳の分からない罪を着せられ投獄……最悪、処断されるようになったのは。
数ヶ月前からだ。
レムリア……いや、聖国連そのものが無能共によって一気に無能の集団へと成り下がり始めたのは。
(こいつらは相手が同じレムリア人であっても、ただの消耗品としか捉えていない)
ヴァルンゴルスト級重装甲型大戦艦艦長のナスレスは心の中で嘆いていた。今も彼は敵がアレほどの力を向けてきたと言うのに、相手は野蛮な劣等人種という認識を改めようとしていない。
このままではコイツと一緒に多くの兵達が死ぬことに成りかねない。コイツがどうなろうと構わないが、兵達には兵達の帰りを待つ家族、友人、恋人たちがいる。彼らの無事を祈る者達がいる。
そんな彼らの命を無駄に散らせる事は絶対に避けたい。そう考えていると、通信班から報告が入った。
「空母より通信……こ、航空機動戦闘部隊……ぜ、全滅ッ!?」
「何だとォォォ!?」
リッターは通信班の元へ駆け寄ると乱暴に無線機を取り出し空母へ繋げるように命令する。
「貴様らッ! これは一体どういう失態だ!」
『わ、分かりません。彼らは戦闘機乗りとして非常に優秀な者ばかりです。そんな彼らからの魔力反応が1機残らず消えたとなると……』
リッターは怒りに震え顔面は真っ赤に紅潮する。
「この無能な平民どもめ! 本作戦終了の暁には貴様らを厳罰に処してくれるわ! 覚悟せい!」
『も、申し訳…ござー』
ブツンッ!
乱暴に無線を切ると怒りに染まった目付きでこの場にいる者を見渡しながら声を荒げた。
「さっさと敵を見つけて殲滅しろ! この役立たず以下のゴミ共め! 貴様ら平民は黙って我ら貴族の言うことに黙って従っておれば良いのだ! この……大貴族の私が失態を犯したのは貴様ら無能共のせいだ! これ以上の失態は上に掛け合った後に貴様ら全員を2等臣民へ降格させてやる!!」
流石に文句の一つでも言ってやろうかとナスレスが一歩踏み始めようとした。
その瞬間ー
『観測班より魔波レーダー感知! 10時から2時の方角に掛けて強大な魔力反応あり! 凄まじい魔力です!』
「数は?」
『7基!!』
「よし!来たな! 全艦戦闘配置! 空母の攻撃機の準備を急げ!」
再び艦橋内が慌しくなる。
あの敵ミサイル攻撃を受けた後では、皆の顔が恐怖に引き攣るのも無理はなかった。しかし、それでも僅かながらも内心安堵していた気持ちもあった。
あの謎のミサイルはどういうわけか魔波レーダーに映らず、敵機なのか敵艦なのかも不明だった。だが、今度は少なくとも通常通りに魔波レーダーに反応している。
ほんの……そう、ほんの僅かでもいつも通りの事が起きている事に安堵していた。それはナスレスとて例外ではない。
それでも相手は艦隊に多大な損害を与え、更には艦載戦闘機部隊をも全滅させた存在。
決して油断して良い相手ではない。
皆は気を引き締め直し、何時でも戦闘が始まっても良いように万全の状態を敷いた。
「攻撃機全機出撃準備完了しました!」
「さっさと発艦させろ! そして敵を叩き潰すのだ!」
艦橋の魔導メインモニターが魔力反応が出た方角の拡大映像が映し出される。そこに連なる山々の山頂部に設置されている謎の建築物があった。
ぼんやりとしているためハッキリと分からないが、何となく低文明国家で使われるバリスタに酷似したモノである事はわかった。
そのバリスタに似たモノは電気を帯びている風にも見える。
「何だアレは?」
リッターが目を凝らしてモニターに沈黙している中、艦長のナスレスは胸騒ぎがしていた。このままでは大変な事が起きてしまう……そんな考えが自然と頭の中をよぎった。
「ッ! 2時の方角の1基より魔力反応急速増幅あり!」
「まさか……撃つのか? この距離で」
本艦隊と謎の建築物までの距離は約200㎞。
魔導ミサイルの射程距離は150㎞。
空雷の射程距離は50㎞。
つまりあの兵器と思われる物体も此方の射程圏外から攻撃が可能という事になる。
半径300㎞の魔力を感知する最新鋭魔波レーダーの外から攻撃可能な魔導ミサイル。それも殆どレーダーに感知しない。
それだけでも凄まじいというのにー
「まだ超兵器があるというのか!?」
ナスレスは吐き気を催したくなる程の敵兵器の高性能さを前に叫ばずにはいられなかった。
「こ、虚仮脅しだ! 構うな進めー!」
無能司令官リッターは構わず進み続けるよう指示を出す。流石にこれはマズいと感じたネスレスは直ぐに『魔障鉄壁の陣』を推奨しようとした。
その瞬間ー
ズガァァァァァァァァァァ!!
突然、轟音が鳴り響いたと思ったら、左斜め上を航行していた駆逐艦の艦首部から火の手が上がった。
「は?」
呆気にとられる一同。
轟音が上がった駆逐艦をよくよく見てみると、火の手否、爆炎は艦尾からも上がっている。「まさか」と思いその後方へ目を見遣ると、駆逐艦の後ろを航行していた持つ一隻の駆逐艦と巡洋艦からも艦首部と艦尾部から爆炎が上がっている。
『此方5番駆逐艦! 被弾した! 被害甚大!』
『同じく8番艦、被害甚大!』
『3番軽巡、魔導出力、浮力ともに低下! うわぁ! 誘爆だ! 撃沈する! く、繰り返す! 本艦は撃沈する!』
通信機から次々と聞こえてくる断末魔の如き被害報告。しかし、その報告を返せる余裕がある者などそこにはいなかったのだ。
「そんな……魔導障壁が!」
「あんなの見たことないわ!」
彼らの驚愕は3隻が1度にやられた事でもあるのだが、そうなった原因が尤もだった。
魔導障壁は問題なく作動している。しかし、最初の被害を受けた駆逐艦……その真正面の魔導障壁にポッカリと綺麗な風穴が開いていた。
風穴の周囲にはヒビ1つ付いていない。
つい先ほどの魔導ミサイルなど比べ物にならない。途轍も無い速さで飛来して来た何かがあの風穴を作り、3隻の艦艇を……
ドォォォォン!
ボゴォォォォォォ!
…瞬く間に沈めた。
その何かが飛んできた場所は考える余地もない。
あの膨大な魔力を有していた7基の建造物だ。
「ほ、報告! 撃沈された味方艦の前方より砲撃の痕跡を確認!」
「やはり……砲台か!」
「続けて報告! は、発射された砲弾の推定速度……お、音速8!」
「なんだと!?」
それはあまりにも恐ろしい現実だった。
自国で最速の戦闘機クルセイダーズの軽く4倍、自国の砲速を軽く上回る速度で放たれた砲弾が襲って来たのだ。
一点に集中された圧倒的破壊力……ならばあの風穴も納得。
「できるわけがなかろうッ!!」
ナスレスは思わず叫んでしまった。
理解し難い、認め難い現実。
しかしこれが事実。
「て、敵砲台6基より更に魔力増幅を確認!」
「先程と同じ反応……う、撃ってきます!」
「いかん! 魔導障壁最大出力!!」
6箇所の前方の山脈頭頂部から一瞬だけ閃光が見えると、ほぼ同時に旗艦の周囲を航行していた無数の艦艇から轟音が聞こえて来た。その後から通信機越しに聞こえてくる悲鳴の被害報告。
魔導障壁は全く意味を成していない。ポッカリと風穴を開けて艦が爆沈すると消失した。
「く、空母撃沈! 甲板上の攻撃機も巻き込んでいます!」
「く、駆逐艦部隊残存艦5隻! 他は全滅!」
「巡洋艦部隊残存艦1せ……あぁ……ぜ、全滅」
「ミサイル戦闘艦部隊2隻撃沈!」
「本艦隊存亡準壊滅状態!」
あり得ない速さで次々と味方艦が火達磨となって墜落していく光景をナスレス艦長以下乗組員達は蒼褪めた顔で眺めるしかなかった。
未だに敵は本艦隊の射程圏外。
魔導ミサイルの150㎞まで30㎞以上ある。
尤もそのミサイル艦自体、残り1隻しか残っていないのだが。
「畜生……映ってるのに! 敵の場所は分かってるのに! 畜生! 畜生!」
観測班が半球の魔波レーダーを叩きながら苦悶の顔で涙を流している。
敵の位置がわかったとしても射程外で尚且つ魔導障壁などシャボン玉の様に無意味で抗いようもない圧倒的な力を振るわれている。
此方の射程に入らなければ現時点においてはどうする事もできない。
「し、司令、ご指示をー」
1人が司令であるリッターに指示を確認しようとする。しかし、そこに彼の姿は無かった。
「し、司令?」
「あの腰抜け……是が非でも脱出艇にでも乗って出ていくつもりなのだろう」
ナスレスは軍帽を深く被ると力強く声を張り上げた。
「只今より独断だが本艦隊の指揮官は旗艦艦長である私が引き継ぐ! 異議のある者はいるか?」
「「ハッ! 御座いません!」」
「ならば結構!」
一糸乱れぬ返答。前もって練習していたのではないかと思わせるほどに見事な即答である。状況は未だ絶望的の中、ほんの僅かに希望の光が見えてきたの思えてしまう。
信頼に足る者が指揮官となるのはこれ程までに大きな影響を与えるものなのだ。
艦長のナスレスは右手を前に突き出して高らかに指示を出した。
「『魔障鉄壁の陣』を敷け!」
その命令と共に残った残存艦艇10隻が旗艦ヴァルンゴルストを先頭中心とした正面から見れば「×」印型の陣形を取り始めた。
その陣形はさながら敵へ突き付けた剣先または矢じりを模している。レムリア帝国艦艇随一の重装甲を持つヴァルンゴルストが先陣を取る光景は見るものに威圧感を与えていた。
「各敵砲台より再び膨大な魔力反応確認!」
「撃ってくるか! 陣形は!?」
「完了しました! いつでもいけます!」
「よし!」
ナスレスは再び手を前に突き出して命令を下す。
「『魔障鉄壁の陣』展かー」
バヂィィィィィィィィィィィ!!
バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!!
突如、艦全体をアーク光の様な真っ赤な光が雷の如き激音と共に包み込んだ。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」」
艦橋内はその真紅の眩しさに目も開けられない。
この現象は以前にもレムリア帝国内に於ける魔導障壁の耐久実験で度々起きている現象だった。
魔導ミサイルは艦へ広範囲のダメージを与えるものではなく、徹甲弾などの一点に破壊力が集中しているものに起こり易い。強大な魔力同士の衝突により起こるエネルギー同士が相殺し合う現象でその際に火花など生易しものではない、雷が如き轟音と閃光が激しく生じた。
「なんなんだこれは!?」
「き、強大なエネルギーの塊が魔導障壁と激しく相殺し合っています!!」
「魔導障壁……り、臨界点突破する勢いです!」
この言葉に皆の顔が蒼褪める。
「馬鹿なッ!?」
レムリア帝国・聖国連軍の艦艇の中で最大出力を誇るヴァルンゴルスト級。その耐久性は戦艦の約3倍。まさに不沈艦の異名に偽り無しの装甲性能を持つヴァルンゴルスト級の魔導障壁が破られようとしているのだ。
艦橋内に居る乗組員全員が恐怖した。
不沈艦伝説がこの一戦によって破られるのではないかと脳裏によぎったのだ。
ズガァァァァァン!!
突如として響く轟音、立っていられない程の揺れと衝撃が艦橋部は勿論、艦内に居る乗組員全員に襲い掛かった。
倒れたナスレス自身、床に頭をぶつけた事で頭部から少なからず血が流れていた。
「ぐぅッ! じ、状況報告!」
「魔導障壁臨界点突破されました……!」
「2時の方角より砲撃! う、右舷に被弾!」
ネスレスはふらつく足を何とか動かして立ち上がると左舷を映している魔導モニターに注目した。
確かに艦艇左舷部に痛々しい砲撃を受けた痕があった。砲撃痕からは黒い煙が立ち昇り、乗組員達が決死の消火作業が今も進んでいる。
しかし、艦は尚沈まず。
皆は流石不沈艦と安堵する。少なくとも航行能力に支障が無い事は分かった。
だが、その安堵感すら簡単に塗り替えられる衝撃と恐怖が全身を襲った。
ーー最高出力を誇る本艦の魔導障壁を貫いたーー
即ちレムリア・聖国連軍の艦艇全ての魔導障壁をたった1発で貫く事を意味する。
「バケモノめッ!!」
ナスレスが悲痛な表情で叫ぶ。
叫ぶことしか出来なかった。
しかし、終わりではなかった。
敵砲弾の弾道計算上、その通りに進んでいれば敵の砲弾は艦橋部に襲い掛かっていた。被弾した場所は左舷部。つまり、砲弾の軌道を逸すくらいは出来た事になる。また一つ、これは予期せぬ幸運とも言える。
魔導障壁にヒビ一つない綺麗な風穴が今も残っている。臨界点を突破した魔導障壁はガラスの如く砕け散り、艦艇の損傷具合にもよるが再び展開する為には早くても1時間は掛かる。
だが、臨界点を突破された筈の魔導障壁は未だ風穴を残し展開し続けているのだ。恐らくこれは一点に集中された敵の砲撃が分析班の予測計算以上のもので、故に魔導障壁も相殺し合った箇所以外の影響は殆ど無かった為ではないかと思われた。
強力過ぎるが故に起きた予想外の僥倖。
喜ぶべきか嘆くべきか……この場合に限り前者だろう。
しかし、ここに来てやはり不幸が重なる。
「よ、よし……『魔障鉄壁の陣』を展開させよ!」
「特殊魔導動力室より非常事態発生! 先ほどの被弾による衝撃で特殊魔導動力に不具合が起きているとの報告あり!」
「なんだと!? 直ぐに復旧させよ!」
「敵砲台動きあり! 魔力出力増幅!」
またあの砲弾が飛んで来る。『魔障鉄壁の陣』が使えぬ今、この陣形はあまり意味を為さない。
ナスレスは意を決した。
「全艦へ通達! 『先槍の陣』を敷け!」
艦隊は『×』型3次元の陣形から1列単縦の陣形へと変化させた。
「全艦へ再度通達! 魔導障壁出力を両舷部へ展開させよ! 本艦は魔導障壁の出力を両舷部1割、艦首部へ9割に調整展開!」
「「ハッ!」」
ギュイィィィィィィィィン!!
独特な人工音が鳴り響くと同時にヴァルンゴルスト級の最高装甲部である艦首部が真っ赤に輝きを発生させると、巨大な菱形の赤く光る膜が展開する。魔導障壁のエネルギーを艦首部に集中させ、正面攻撃を防ごうとしていた。
もっともこの作戦自体、あの砲弾の前で何処まで通用するのかは分からない。ナスレスは自信が無かったが、全体展開のヴァルンゴルスト級の魔導障壁でもあそこまで抵抗は出来たのだ。全く通用しないということはないだろうと考えていた。
イチかバチかの賭けだった。
「魔導ミサイルの射程までどの位だ!?」
「射程まで10㎞!!」
「くっ……最大戦速で進め! 決して速度を緩めるな!」
ナスレスは生き残っているミサイル戦闘艦へ何時でも魔導ミサイルを撃てるよう厳命する。
ーーー
ーー
一方、OCICの自衛官たちは敵の艦艇、動作、陣形などの情報収集等を並行しながら排除を実施していた。その最中、敵艦隊の旗艦と思われる大型空中戦艦に電磁加速砲の砲弾が直撃したのだが薄い膜のようなモノに衝突し赤い閃光を発生させたかと思ったら、目標箇所とは違う箇所への直撃。
上官はアレがバリアの類いなのではないかと分析した。この異世界に於いてバリアなる存在があったとしても不思議ではない。現にその現象らしき事が目の前で起きていた。突破は出来たとしても軌道を逸らされたのだ。
そして敵艦隊は今、1列単縦陣で向かっている。
出来るだけ此方の砲撃を避けんが為の陣形でバリアらしきものを活用出来るからこその陣形と感心した。旗艦である敵艦の真正面の艦首部に菱形の赤い膜が展開されていることから、恐らくつい先ほどのバリア以上の耐久力があると睨んでいた。
(敵の指揮官は優秀なようだ)
上官が関心しているとオペレーターから報告が上がる。
「三佐。敵艦隊単縦陣後方3番目にて提供者からの情報に一致するミサイル艦を確認しました」
オペレーターが端末を操作するとメインモニターに数種類のレムリア・聖国連艦艇が表示される。その中の一隻が拡大し立体映像化した。
「ふむ。ミトロギア級ミサイル戦闘艦か…魔導敵旗艦を除いた残存艦艇の中で最も脅威だな。あの艦艇を最優先で撃滅せよ」
「了解」
固定型電磁加速砲の操作員が機器を操作する。その席に設置されたモニターにミサイル艦が高画質且つ鮮明に映し出される。
「2号基発射準備完了。目標捕捉宜し」
「てーー(撃て)」
「発射」
固定型電磁加速砲2号機から砲弾が発射される。発射されてから目標艦艇までは瞬きの間、目標艦艇が展開しているバリアへと衝突する。
一瞬の赤い閃光の後に、艦首側に近い右舷から反対の左舷後方部まで容易に貫通。艦艇内部の火器も誘爆した後、あっという間に爆沈した。
これであの現存艦隊の中で1番の射程を誇る艦はいなくなった。
「よし。1号機、2号機及び6号機、7号機は両脇から単縦陣の敵艦隊へ攻撃を続けよ。残りの3号機から5号機は先頭の敵旗艦を狙う」
各固定型電磁加速砲の操作を担当するオペレーター達が一斉に端末を粛々と操作する。各画面には其々が捕捉された艦艇が映っていた。
ーーー
ーー
突然、長射程を持つミトロギア級が沈められた事にナスレスは焦った。
「狙ったか、偶然か……いや、前者と考えるべきか!」
艦載機もない魔導ミサイルも使えない。
頼れる武器は空雷と主砲のみ。
もっと距離を詰める必要がある。
「撃沈された艦に構うな! 空いた分は詰めろ!」
最大戦速で突っ切る艦隊。
しかし、正面部以外の固定型電磁加速砲から放たれたマッハ8の砲弾が1列単縦陣の艦隊へ襲い掛かる。
「来るぞぉぉ!!」
ズガァァァァァン!
ドドドドドドドドドドォォォン!
ドゴォォン!
耳の中に嫌と言うほど入り込む轟音。左右の副次魔導モニターからは、後続の艦を爆発に巻き込みながら撃沈される友軍艦、爆炎を巻き上げながら墜落する友軍艦の姿が映し出されていた。
そして、返って来た被害報告はー
「……本艦を除き……壊滅」
たった一度の斉射でこの有り様。
そして、嘆く暇もなく真正面から此方へと砲口らしきモノを向ける3基の歪な砲台から蒼白い閃光が一瞬見えた。
「ッ! 来ー」
ナスレスが叫ぶよりも前に、極一点集中最高出力の艦首部に展開されている魔導障壁が3発の超音速砲弾が衝突する。
バヂィィィィィィィィィィィ!
バヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!
ギギギギギギギギギギギギ!!
(頼む! 耐えてくれ!)
すると1発はガギィィン! と魔導障壁に弾き返されて大きく軌道を逸れてしまった。艦橋内が歓喜で溢れる間も無く、残り2発が魔導障壁を砕いたのだ。
ガシャァァァァァン!
ガラスが粉々に砕けた時の様な音が艦全体に響き渡ると、その内の1発は軌道を逸れて艦橋部ギリギリを通過して行く、残りの1発は軌道が逸れる事なく直線へ突っ切ると、ヴァルンゴルスト級で最も装甲が厚い艦首部へと直撃した。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!
「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
激しい衝撃が艦全体を襲う。
誰も座していない艦長席にしがみつく事でナスレスは転倒を免れた。他の乗組員も万が一を考え衝撃に備えていた甲斐あって床や壁に叩き付けられる者は殆どいなかった。
「状況報告!」
「敵砲弾の1発が艦首部を直撃!」
「内部への被害は?」
「艦首魔導障壁制御室より報告! 敵砲弾、最終装甲板を貫通する寸前で停止! 爆発もありません!」
「そ、そうか……」
少なくとも敵砲弾は遅延信管や徹甲榴弾の類ではない事に先ずは安堵した。しかし、通常のアダマント鉱以上の頑強さを誇るヴァルンゴルスト級最高装甲の艦首部。それを最終装甲板……内部へ到達する半歩手前まで容易に突破する敵砲弾の威力に改めて恐怖する。
艦首は捻れた様に穿かれた穴が空いていた。
「魔導障壁出力低下……間も無く消失します」
そして数秒後に魔導障壁が完全に消失してしまった。最高出力で展開していた艦首部の魔導障壁が破られた事により今度こそ完全に崩れたのだ。
「全敵砲台より魔力増幅反応!」
「撃って来ます!」
ナスレスは軍帽を被り直すと決して声を発する。
「主砲発射用意!」
皆はその言葉に驚愕した。
まだ主砲の最大射程にすら入っていないにも関わらず発射の命令を出したナスレスの考えが分からなかった。
「このまま1発も撃たずに終わるなど恥だ! 届かずとも、この艦の力を奴らに見せつけるのだ!」
何もせずただ座して死を待つより一発でも砲弾を撃ち込む。至ってシンプルで至って単調な内容だが、その意味を汲み取った乗組員全員がその命令を実行する為に動き始めた。
「第1、第2砲塔発射準備良し!」
「照準合わせぇ!」
ヴァルンゴルスト級が持つ2基の48㎝連装砲塔が鈍重で力強い動きを見せながら照準を合わせる。
「発射準備よし!」
ナスレスが発射命令を出すよりも前に観測班から悲鳴が聞こえた。
「敵砲台より発ー」
ズガァァァァァン!
今までの比ではない強烈な衝撃。
敵砲台より放たれた7発の砲弾がヴァルンゴルスト級に襲い掛かったのだ。
「そ、損傷調整!」
「し、出力低下!」
「浮力機関影響無し!」
「艦内の至るところで火災発生!」
「両舷副砲使用不能!」
「か、艦尾部より誘爆!」
「うわぁ! 浮力機関が誘爆に!?」
「高度低下!」
「こ、航行能力……大幅な低下!」
次々と上がる被害報告。
まだギリギリ沈まないあたり流石不沈艦と逆に余裕な面持ちで感心してしまうが、艦橋からでも見える痛々しい被害状況は目を背けたくなる。
幸いにも主砲2基はまだ沈黙していない。
ナスレスは最期の一撃と言わんばかりの覚悟を持って発射命令を出した。
「撃てェェェェ!!」
ドドドドォォォォォォォォォン!!
轟音が鳴り響くと同時に放たれる4発の砲弾。
それらが数秒後に着弾した箇所は敵砲台よりもまだ少し手前の麓付近で大きな土煙を巻き上げた。
一矢報いる事は出来なかったが、自慢の砲撃を敵に見せ付ける事は出来た。
「敵砲台より更に魔力増幅反応!」
終わる。
次の斉射で終わる。
「ここまでか……」
乗組員たちはナスレスに敬礼を向けている。
この絶望の中でも誇り高き彼らの姿に対しナスレスも敬礼を返す。
「皆……ご苦労だった」
ナスレスはこの時ついに再会が叶わなかった友を思い出していた。
(すまないラゼフ……先に逝ってるぞ)
ヴァルンゴルスト級は敵砲台からの砲撃を受けるよりも前に内部爆発が一気に加速。多量の黒煙を巻き上げながらゆっくりと地上へ向けて墜落して行った。
ーーー
ーー
「ハァハァ……クソ! クソクソ! 何で、何でこんな! ちくしょう!」
ヴァルンゴルストの艦内通路を必死の形相で走り抜けるリッター大佐がいた。彼は敵が持つ圧倒的破壊力を有する兵器を見た途端、最初の謎の魔導ミサイルにより味方艦が撃沈される光景を思い出していた。
その瞬間、とにかく凄まじい恐怖が全身を駆け巡った。そして命の危機を察した。
このままでは自分は死ぬのだ、と。
だから彼は走っている。
ついさっきまでは自室に篭り、今はこの艦から脱出する為に。
(私は……私はこんなとこで死ぬべき人間じゃあない! 再び貴族が権威を振る時代の為にも、私は生きねばならぬのだ!)
彼が今向かっている場所は格納区で数隻の小型艇がある。彼はそこで小型艇に乗って艦から逃げようとしていたのだ。
指揮権も何もかもを放置して自分の保身に走っている。他者が死のうが関係ない。自分は貴族の人間。つまり必要不可欠な存在。
そう信じて疑わなかった。
「私は生きる……生きるゾォォォォ!」
暫く走り続けると彼はついに格納区へたどり着いた。しかし、格納区も他の区画と同じく敵の攻撃によって幾つか破損している所が多々見られる。
ここに配置されている整備士達があちこちで駆け回りながら怒号や悲鳴が聞こえる。どうやら此処でも多数の怪我人が出ているらしい。
整備士の大半が二等臣民、現地人から成っている。
(何と不敬な! リッター家の当主たる俺を見向きもせぬとは……ま、まぁいい。今は俺が生き残ることが大切だ!)
リッターは近くに停まっている小型艇へと近づき、タラップに足をかける。
「り、リッター司令!?」
「どちらへ?」
そこへ偶々小型艇へ乗り込もうとしている彼を見かけた整備士が声をかけて来た。
「決まっているだろう! 逃げるのだ!」
「え?」
「逃げ……た、退艦命令は聞いておりませー」
「そんな事知るか!」
傍若無人で無責任な彼の言動に整備士達は呆然としていた。気が付けば他の整備士達もそのやり取りを見て驚愕している。
(な、なんだ……その侮蔑的な目は! 本来なら此処で全員不敬罪で撃ち殺してくれようものを! ええい、今はそれどころではない!)
リッターは構わず操縦席へと腰掛ける。
しかし、此処で問題が起きた。
「ど、どうやって使うのだ? おい貴様ら、早く教えろ!」
リッターが怒鳴り声を上げるが、その言葉に答える者や動く者などいなかった。そして、最初からそこでは何も無かったかのように皆がその場から離れていき、この緊急事態での各々の役割を再開した。
「お、おいどこへ行く? さっさと私を助けろ! この未開な劣等人種どもが!」
誰も見向きもしない。
見たとしても汚物を見る様な冷たい視線のみ。
これらはリッターのプライドを容易に傷付けた。
「貴族である私に逆らうのか? この不敬な蛮族どもめェェェェ!!」
彼は顔を真っ赤にしながら腰のホルスターから拳銃を抜こうとした。次の瞬間ー
ドゴォォォォォォォォ!!
弾薬庫からの誘爆が格納区まで到達。
強烈な爆風が格納区全体を襲う。
「う、うわぁぁぁ!」
整備士達が吹き飛ばされる中、リッターも小型艇ごと吹き飛ばされてしまう。壁に勢い良く激突、リッターは小型艇と共に倒れてきた瓦礫に身体を挟まれてしまい身動きが取れなくなってしまう。
「う、うぐぐ……くそ!」
必死に身体を動かすが自分も瓦礫も微動だにしない。気が付けば格納区は瞬く間に火の手が広がり始めた。此処も爆発に呑まれるのも時間の問題だった。
「お、おーい! 誰か……助けろぉぉ!」
全身に走る激痛を耐えながらリッターは必死に声を上げて助けを求める。
だが誰も助けには来なかった。
皆、傷付いた仲間に手を貸しながら急いで格納区から脱出している最中だったのだ。そもそも、業火の音により弱々しいリッターの声など誰も聞こえてすらいなかったのだ。
「だ、誰か俺を助けろ……俺は貴族だ! 金なら幾らでも払うぞ!」
返事は返ってこない。
業火の勢いは増している。
灼熱が迫りつつあるのを自分の身体でジワリジワリと感じていた。
「た、た……」
もうなりふりかまっていられない。
「お願いだァァァァァ! 頼む助けてくれェェェェ! 嫌だこんな、こんな死に方は嫌だァァァァァ! 頼む助けて! 助けてェェェェ! 死にたくない、死にたくないィィィ!!」
遂に業火は小型艇にまで到達し、自身の身体に引火し始めた。
「熱い熱い熱い熱いィィィィィィ! 痛い痛い痛い痛い!! 助けてェェェェ、誰かァァァァァ! い、嫌だァァァァァァァァァァ!!」
ものの数分と経たずに格納区は火の海と化した。
ーーー
ーー
敵旗艦の墜落……否、轟沈。
その様子をOCICのメインモニターから眺めていた隊員達は直立不動の敬礼を向けていた。
(最期の一撃……あれは凄まじかったな。まだ距離があるというのに振動がここまでハッキリと伝わって来た)
敵とはいえ、国の為に戦って散っていった武士たちへ送る精一杯の敬意だった。
完全にモニターから敵旗艦の姿が見えなくなるのを確認すると、上官は指示を送る。
「これより敵艦艇の鹵獲作業及び救出作業へ移行する。機甲無人第一、第二中隊を派遣。遠隔操作型作戦指揮所へ指揮系統を移行する」
在尾張ノ第八自衛隊駐屯地滑走路より無数の大型輸送機『山鯨』が飛び立っていく。その格納庫に詰められているのは人間ではなかった。
『全機起動確認』
家庭菜園の現状
ジャガイモ、ピーマン…成功傾向。
ナス……絶望的。




