第138話 容赦無き宣戦
誤字報告いつもありがとうございます。
自粛中特にやる事がないので荒れ果てた畑を甦られようと行動中。
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第2世界 オワリノ国城下町
在オワリノ国日本大使館 応接室
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ヴァルキア、サヘナンティスがレムリア帝国・聖国連軍による電撃強襲を受ける半日前に遡る。
第2世界で数少ない正式な国交を日本と結んでいる国オワリノ。その首都たる城下町の中にあまり似つかわしく無い、コンクリート式6階建ての堅固な建造物である在オワリノ国日本大使館。その最上階にある応接室にて某国の一団5名が、美しい造りのテーブルを挟む様に置かれた椅子に座り待機していた。
その某国の一団……レムリア帝国の一団はただ静かに座して待機していた。より正確に言うならば聖国連所属の軍務外交局という部署から送られてきた外交団である。
その外交団の責任者であり聖国連外務局職員のダイツ・オッ・ルデーリアンは目を動かし部屋の中を観察する。
(我が国の一級建築物に引けを取らない精巧な造り。ニホン国は建築と鍛造、採掘技術に長けたドワーフ族なる亜人族の国と国交を結んでいると聞くが……これら全てドワーフに頼らず自らの力のみで建てたとするならば素晴らしい技術力だ。スラウドラ閣下の報告通りというわけか)
他の国々に建てられている王城や聖堂という特別な建築物とは違った…慎ましくも絢爛たる見事な造りである日本の建物にルデーリアンは感心を抱くと同時に警戒心を強めた。
その視線は部屋の出入り口脇に直立不動で佇んでいる2体の警備用WALKERへと向けられていた。
(機械人形……何としても手に入れたい)
WALKERを見た時から彼の背中は冷汗で濡れている。心と魂を持たぬ自動人形。これが武器を持ち、無尽蔵の大軍となって押し寄せてきた暁には少なくとも陸軍では対処が困難となるやも知れない。
未だあの機械人形の詳細な性能が不明である為、全て憶測でしかない。しかし、もし自分が今考え得る通りの実力を有しているならばあまりにも危険過ぎる。
(最悪……陸軍は壊滅必至か)
少し前までのレムリア帝国、聖国連の陸軍であれば「絶対に勝てる」という自信があっただろう。だが、今のレムリアと聖国連は無能な貴族共が上官としてのさばっている状態だ。賢帝たるルデグネス皇帝陛下は何故この様な暴挙に? と考えない日はない。
唯一の救いはまだ有能な上官も少なからず残っている事と大英雄たるバミール閣下やスラウドラ閣下、ツァーダ閣下なども積極的に動いている事だろう。あと一つ挙げるとすれば、魔導科学技術がここ最近で爆発的に発展したこと。
少なくとも軍事的行為に関しては敗北する事はあり得ない。つまり最悪の事態は起こり得ない。
(結局のところ、我々が危惧している事は聖戦後の後始末だ。無能貴族が外界統治政策に出しゃばり暴力的で傍若無人な統治を行えば、収拾が付かなくなる。泣く目に合うのはいつも中間管理職と下っ端だ)
そうならない為にも、最後となるやも知れないこのニホン国との会談を最後にしてはならない。出来る事ならばスムーズな形で解決に望みたい。
コンコンッ
ルデーリアンが考え込んでいるとドアからノックする音が聞こえた。ルデーリアンと他の外交官らは一斉に椅子から立ち上がる。
入ってきたのは男女の2人。
どちらも立派な造りのスーツを着込んでおり、華やかさはあまり無いが気品さは十分に感じられた。しかし、男の方はその強面な見た目でスーツの気品さが掻き消されている。
男の威圧とも取れるその顔に思わずルデーリアンらは圧されてしまうが、何とか平静を保つ。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。私は日本国外務大臣の安住と申します。そしてこちらは外交官の舛添です」
「舛添と申します」
2人が頭を下げると今度はルデーリアンが自己紹介を始める。
「い、いえ、お気になさらずに。私はレムリア帝国聖国連軍務外務局の第三席外務官ダイツ・オッ・ルデーリアンと申します。此度は会談の場を設けていただき感謝致します」
ルデーリアンらも拳を左胸に当てながら軽く頭を下げて挨拶をする。一通り挨拶を終えると、両者は椅子へ腰掛けた。
「あまり周りくどい言い方はせず、ここは敢えて簡潔に述べさせて頂きたいのですが、宜しいですか?」
ルデーリアンは真剣な面持ちで安住らにそう告げる。安住達は静かに頷き「此方も構わない」意を伝える。
「では失礼します」
ルデーリアンは椅子から立ち上がり、一枚の用紙を隣の外務官から受けとると、用紙を広げそこに書かれた内容を読み上げる。
「『本日をもって我がレムリア帝国は外界の非教化の国々に対し、大規模な聖戦を聖国連共々に実行する事を此処に宣言いたします。聖国連最高位議長兼レムリア帝国《第2帝国》初代皇帝バークリッド・エンラ・ルデグネス』……以上になります」
ルデーリアンは宣言書を丁寧に折り、直立不動で安住を見入る。しかし、彼らは一切動じることはなく、此方に視線を向けていた。
「宣戦布告、ですか」
「そうなります。外界の非教化の国々はレムリア帝国及び聖国連軍によって浄化される事となるでしょう。例えそれがヴァルキアでも、サヘナンティスでも」
「なるほど……」
「しかし貴国、ニホン国は別です。あなた方にはまだ神メルエラからの救いの手が残されております」
「……それはどういう事でしょうか?」
安住の疑問は当然だった。
その疑問に応えるべくルデーリアンはまた別の用紙を隣の外交官から受け取り、広げてそれを読み上げる。
「我がルタロスタ文字と貴国の文字は全く異なる故に口頭で述べさせていただきます」
ルデーリアンが述べた内容は以下の通りである
・ニホン国は聞きしに勝る技術力と文明、そして礼節を持つ国であり、周辺国家の安寧にも尽力を尽くしている。偉大なる皇帝陛下はそんな貴国を高く評価しており、故に貴国に対してのみ血を流さない平和的解決案を提案。
・貴国を外界統括として4番目の常任理事国の地位を聖国連最高位議長の命により授与する。
その為の条件としてーー
・貴国が現在まで許可している数多の宗教と信仰の即時廃絶。新たにメルエラ教を国教とし、その教示を各教育学院の必須科目とさせる。
・貴国へレムリア帝国の一等〜二等臣民約1500万人の移民の受け入れ。これは将来的民族同化を想定した聖案である。
・我がレムリア帝国に対し貴国の持つ全ての魔道科学技術の開示と供与。
・我がレムリア帝国の治外法権を認める。
・現在保有している軍事力は聖国連軍務局の指示に従い順次、縮小すること。
・聖国連軍の駐屯地設立の為の土地を提供。また、その土地及び必要面積については後日連絡する。
・聖国連からの指示が及びない限りは貴国の基本的主権を認める。
・聖国連からの要請には原則従わなければならない。拒否の意を伝える場合はその明確な理由を書状を用いて述べること。また、聖国連最高幹部がそれを受理しなかった場合は認めず、非武力的制裁を加える。
・ニホン国皇族の男性は全て皇位剥奪の上で聖国連へ引き渡しとする。入れ替わりとしてレムリア帝国皇族の男性とニホン国皇族女性は婚姻すること。
・ニホン国皇族とレムリア帝国皇族の間に産まれた子は齢3から13までの間、レムリア帝国にて教育を受ける事とする。
・上記の御子が齢13でニホン国へ戻られる際、ニホン国皇族を復権させ、貴国の最高権力者とする。また、その御子はニホン国皇帝兼聖国連常任理事国外界統括最高責任者とする。
・万が一、その御子が聖国連へ危害及び外界の国々に反意を懐かせる様な行為が判明した場合には武力による制裁を下した後、レムリア皇族を除く御子とニホン国皇族全てを処刑。その後、新たなニホン国の皇帝として純血のレムリア皇族を君臨させる事とする。
レムリア側からすれば、これはかなり優遇されている方だ。本来、反逆を企てる国があれば国そのもの地図から消し去るのが決まりなのだが、日本に対しては飽くまで皇族が犠牲になるのみで国や国民まで滅ぼす事はしない。更に言えば自国の技術開示も捉え方によってはその国の技術力を素直に認めているとも言える。レムリアは日本を出来るだけ丁重に扱いたいと考えている。他の常任理事国3カ国にはそれは無く、扱いも消耗品に近いものでどちらかと言えば冷遇されている。
つまり日本に対するレムリア側の扱いは非常に厚遇的かつ温厚なのだ。
「――以上になります。当然、今回の内容は一時持ち帰りの上、1週間の期限を与えた後に返答を求める形となりますが……敢えて伺いましょう。アズミ殿、これらの深き慈悲とも言えるこの条件を受け入れますか?」
ルデーリアン以下外交官らは皆一様に日本がこれを蹴るとは思ってもいない。寧ろ、ここまで優遇してくれる事に逆に感謝の言葉が来るのではないかとも考えていた。
しかし、帰ってきた言葉はルデーリアンらの予想を完全に裏切るもので、日本からしたら当然の返答だった。
「では僭越ながら……我が国は一つたりとも受け容れる訳にはまいりません」
「なんと……」
聖国連側の外交官らが騒つき、その内の1人が椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「き、貴様らッ! 皇帝陛下の御慈悲を無下にするなどッ!」
突然の怒鳴り声に舛添は少し驚いたものの安住は凛とした態度で座りその怒鳴る外交官を見つめる。しかし、ルデーリアンは立ち上がった身内を横手を伸ばして制止させようとする。
「やめんか」
「しかし、ルデーリアン殿! この者たちはー」
「やめろと言っているのだッ!」
今度はルデーリアンの怒鳴り声が響き渡る。
ドア前の2体のWALKERが此方に向かい動こうとするが舛添がそれを抑える。
「我らは誇り高き聖国連外務局の人間! 意に沿わぬ返答が来たからと言うだけで、威圧的な行動を取ることは断じて許さん! 我らは聖国連の顔役なのだ!」
「ッ!? も、申し訳……ございませんでした」
外交官は安住に謝罪した後、静かに椅子へと掛けた。
「アズミ殿、マスゾエ殿。私の部下が大変失礼した。申し訳ない」
安住はここで「気にせず」と言う返答はせず素直に相手の謝罪を受け止める事にした。
「話を戻させて頂きますが、この条件は他3カ国の常任理事国と比べかなり優遇されているのですが……それでも断るという事は、其方側で言う第2世界全てを敵に回す事になります。ここは国運の掛かった重要な選択肢です。何卒、御英断を」
「当然持ち帰りの上での判断とはなりますが、到底受け入れることは出来ないものと考えてください」
ルデーリアンは安住から目を離さずその瞳の奥底を見遣る。そこからは覆る事のない意志を感じた。彼自身、異端国家群への交渉の際に、自種族の信仰と自由を守る為に戦うと口にした者たちと同じ決意がそこにはあった。
「なるほど。此方としてはここで受け入れていただければ直ぐにでも使者を送れたのですが」
「……私からも一つお聞きしたい。本当に戦う道しかないのですか?」
ルデーリアンは一度目を閉じ、静かに開いた。
「これは皇帝陛下決定です。そして、元老院からも同様の意を頂いています。皇帝陛下の宣言が無ければ覆ることはあり得ません」
「そうですか……」
安住が初めて少し俯いた様に見えた。
これは戦いの道は避けられないという事への嘆きなのか、はたまた双方に出る犠牲者への嘆きか……少なくとも戦いを避けたかったのは確かだった。
ルデーリアンはならば何故受け容れないのかと疑問に感じない訳ではないが、それでも凛として姿勢を崩さずに意志を曲げず述べたという事は彼の国自身もその準備は行ってない訳ではないとも感じた。
「さ、どうぞお掛けになってください。長旅でお疲れでしょう。お茶を飲んで喉を潤してください」
「はい。では失礼します」
ルデーリアンは安住に促されるまま椅子に座り目の前のテーブルに置かれていたお茶を啜った。
(これは……美味い。)
そのお茶は今まで飲んだ物の中でも特に美味い。
目の前の席にいる者がこれから戦う事が決まっている国の人間で無ければ、どれだけ心地よく飲めた事か。目の前の者が敵では無く、同じ神を信仰とする同志であればこのお茶も更に美味しく頂けただろう。
「玉露という日本の茶です」
「ギョクロ……良い味です」
他の外交官らもお茶を啜る。
皆が驚いた様にお茶を見つめ、そして一気に飲み干した。それ程までに彼らにとってこのお茶は美味しかったのだ。
少し沈黙の後、安住が口を開いた。
「正直意外でした」
「む?」
「もっと威圧的な対応で来るのかと少し心構えしていたのですが……はは、とんだ真逆でした」
「ハハハ、軍務局の人間ならともかく、外交を預かる役を持つ者がそんな態度で相手方と接するなど愚の骨頂ですよ。外交の役を持つ者は言わばその国の品格を表すのです。威圧的な態度を隠す事なく表に出す者はその国が礼儀作法も知らない蛮族国家である事を自ら証明している様なもの。我らは常に冷静で、高貴で、誇り高くあり続けなければならないのです」
「それは実に素晴らしい事だと思います」
「ありがとうございます。しかし……」
ルデーリアンは今自国、聖国連で起きている問題を思い出していた。
(少しずつ無能な貴族共が軍務だけでなく、外務にまで手を出して来ているとは……言えないな)
「どうかされましたか?」
「あ、いえ……少し長居しすぎましたな。では我々はこれで失礼します」
ルデーリアンらは一斉に椅子から立ち上がり、安住達も椅子から立ち上がる。
「ニホン国に神メルエラの慈悲があらんことを……では」
彼らが部屋を出ようとしたその時WALKERが1体部屋に入ってきた。
『失礼します。安住大臣。外で待機していた聖国連の方が軍務外務局の皆さま方に緊急報告があるとの事ですが、いかがされますか?』
立て続けに起きた妙な出来事に安住とルデーリアンはただ事ではないと悟る。安住はその聖国連の人間の入室を許可した。
そこへ何やら通信機のような物を背負った1人のレムリア人が現れた。その顔はかなり焦っているのが伝わって来る。彼は近くのWALKERを少しマジマジと見ながらすぐ様ルデーリアンの元へと駆け付け耳打ちをする。
その言葉を聞いてルデーリアン一同は驚愕した。
「なんだとッ!? な、何故!」
「そ、それが私にもさっぱりで」
ルデーリアンは灰色の肌でもはっきりと分かるほどに蒼褪めた顔で安住の方へ顔を向ける。安住は事態を理解しているかの様に落ち着いており、一言も発さずにただ頷いた。
「すまない、アズミ殿。そして、マスゾエ殿。少し失礼する!」
そう言うとルデーリアンらは急ぎ足で部屋から出て行った。
「確かめるぞ! クソッ何がどうなってやがる!」
聖国連外務局員全員が部屋から出ていくと安住と舛添は立ち上がる。
「やはりこうなりましたか……」
「オワリノ国との国境付近に60隻を超える空中艦艇がいるとは聞いてはいましたが、まさかここまで容赦がないとは」
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大使館から急いで飛び出してきたルデーリアン達だったが、彼らの頭上……大使館の上を丁度、高官専用輸送艇が飛んで行くのが見えた。
ルデーリアンは何度も手を振って戻って来る様精一杯伝えるが、既に遠くまで飛んで行ってしまった艦艇に聞こえるはずも無く、そのまま元来た空路へと飛び去ってしまった。
「クソっ! 何がどうなっているのだ!?」
「る、ルデーリアン殿!」
「これは一体どういう……」
「分からん。分からんが…途轍も無く嫌な予感がする」
困惑する聖国連外交官一同。当然ルデーリアンも何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。何故、輸送艇が我らを置いて去って行ったのか。外で待機していた通信士が慌てて無線で輸送艇に繋げ呼び掛けてたが向こうは何の返事も返さなかったという。
ルデーリアンは直ぐに通信士を呼び、その者が背負っていた無線電話機を取って、飛び去った輸送艇へ通信を繋げた。
彼はY字型の受話器に向かって喋り始めた。
「聞こえるか? 此方、聖国連外務局のルデーリアンだ。輸送艇応答願う」
受話器からの応答は無い。
しかし間違いなく通信は繋がっている。
ただ応答しないだけなのだ。
それが尚更、彼らの不安と困惑を助長させる。
「聞こえるか!?こちらー」
『ザザーーー! ザザザザー』
丁度、安住達も現れたとき、突如として無線機から砂嵐の音が聞こえてきた。
数秒間掠れたような音が響いた後、無線機から声が聞こえた。
『聞こえるかね? 私は聖国連オワリノ遠征軍第3航空軍司令官のリッター大佐である』
「り、リッター大佐!?」
聞こえてきたのは聖国連軍所属の軍人でそれなりに高位のリッターという指揮官だった。安住らはその人物の名前など知らないが、それよりもオワリノ遠征軍という言葉に引っかかりを覚えた。
「な、何故貴方様が……い、いや、それよりも大佐殿。我らの輸送艇が我等を待たずに飛び去ってしまったのです。どうにか迎えの船を此方に送っては下さらないでしょうか」
色々と不明な点が多い中、一先ずルデーリアンは戻る為の輸送艇を送って欲しい事を彼に伝える。直ぐに返事が来るものと期待していたが、何故か返答は無かった。
「た、大佐殿?」
ルデーリアンが再び呼び掛ける。
『あぁ、何という事でしょう。我らが同胞、誇り高きルデーリアン殿とその部下達が野蛮で下劣なニホン人共に宣戦布告を待たず殺されてしまうとは!』
「……は?」
無線から聞こえた言葉はその場にいる者全員を唖然とさせるものだった。
「た、大佐殿何をー」
『輸送艇は命辛々逃げ出せたそうですが……許せん! 下賤な劣等人種どもめ! 偉大なる神を知らぬ事すら大罪だというのに、我らが偉大なる皇帝陛下の慈悲すら無下にするなど言語道断! やはり蛮族には相応しい神罰を、神に代わって我らが下さねばならないようですね』
開いた口が塞がらないとはこの事を言うのだろう。このリッターという男は外交官達が日本人に殺されたと何故か豪語しているのだ。それも輸送艇が勝手に飛び去った事も考えれば……
(彼らは生贄にされた……と言うべきですか)
要は日本との交戦における第2世界側の大義名分を得る為の策略と言えるだろう。そして、これをその人物個人で行えるとは到底思えない。恐らくこれは国いや、聖国連という組織そのもので図っている可能性もある。この事実にルデーリアンらは顔面蒼白だが、安住達は驚いてはいるものの、さして彼らほどの衝撃はなかった。
(偵察衛星で常時監視していたからこそ、敵の動きから予測は出来たが……本当にこの通りになるとはなぁ)
日本は偵察衛星『月光』と、つい先月打ち上げた『月暈』、『月毛』、『弦月』による第2世界の常時監視を防衛省にて実施していた。この会談の半月近く前から大規模な艦隊や陸軍の動きが活発に見られた事から、この『同盟国』たるオワリノにも何かしらの脅威があるものと考えていた。
その為、日本国政府はオワリノ国との協議の末、第2世界側との国境防衛強化計画案を速やかに実施する事となっていた。無人機による24時間作業の末に計画の8割が完成という形となる。
『大義は我らにあり! 帝国万歳! 君たちはニホンへ恭順勧告を告げに向かった……という事実さえ有ればいいのだ。ご苦労、君たちの役目は終わりだ。神の祝福があらん事を』
この言葉を最後に無線は切れた。
ルデーリアン達は誰も言葉を発することが出来ないほどにショックを受けている。恐らくリッターは自身が率いる艦隊を連れてやって来るだろう。
その時にオワリノ国諸共自分達を亡き者にする可能性が高い。
「どうやら聖国連の上方は是が非でも武力による衝突がお望みのようで。例え相手が恭順の意を持っていたとしても……」
安住の言葉にルデーリアンは振り向いた。
その顔は申し訳なさと恥を前面に受け止めた苦悶のものだった。直ぐ様ルデーリアンは右手を左胸に当てて深々と頭を下げた。彼に続いて部下の外交官達も慌てて追従する。
「大変申し訳ない! まさか組織がここまで愚かな行いをするとは思いもしなかったのです! しかし、どうか、どうか私の部下達だけでも匿っては下さいませんか?」
その言葉に彼の部下達から驚きの声が上がる。
「な、ルデーリアン様!」
「何を申されるのですか!?」
「お前達はまだ若い。こんな所で死ぬ必要など無い! アズミ殿、平に……平にお願い致します! 私は如何なる罰を受ける覚悟でー」
「お、落ち着いて下さい! 皆さん」
突然の相手の行動に安住達も困惑するが、取り敢えず頭を上げて落ち着くよう声を掛けた。
「我々は貴方を無下に扱うようなことは致しません。確かに今回の件は予想外でしたが……」
「し、しかしアズミ殿。恐らくリッター大佐は60隻近い艦隊を此処へ送り込んで来るでしょう。そうなればまともな対空手段を持たぬこの国は灰燼と化す事間違いありません。貴国とてまともにぶつかれば勝ち目はないでしょう。故に手遅れにならぬ内に直ぐにオワリノ国から逃げましょう! ハッキリ申しますが、我が航空軍は空戦及び対地戦闘では敵無しと豪語しています! 故にー」
「と、とにかく落ち着いて下さい! 分かっています。避難はしますが国外へ出る必要はないかと思います。万が一の備えも当然しますが、取り敢えず此処から一時的に避難しましょう。既に城下町にも避難勧告がー」
ウゥ〜〜〜〜!
城下町全体にサイレンの音が響き渡る。
「…灰燼今おりましたね。では我々も避難先へ向かいましょう」
「え?あ、そのー」
妙に冷静な安住達に困惑するルデーリアン達であったが、彼に勧められるがまま専用のバスに乗って避難を開始した。城下町の人々も滅多に聞かない避難勧告のサイレンに驚きはしたが、見た目によらない真面目で率直な性格が多い国民な為、大した混乱もなく避難はスムーズに進んでいた。
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オワリノ国 第八自衛隊駐屯地
作戦会議室
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『ロ』の字型に並べられた長テーブルに第八自衛隊駐屯地の陸海空の幹部自衛官達がただならぬ気配を纏いながら座っていた。
この第八自衛隊駐屯地の宇都宮虎昌陸将補が入室すると同時に各幹部自衛官らが一斉に立ち上がり敬礼する。
宇都宮も敬礼で返す。
「楽にしろ。座っていい」
幹部自衛官達は敬礼を解き椅子へ座る。
宇都宮は立ったままだ。
「事態は火急を要する。既に一部の隊が行動を開始しているが、今回の相手は大戦後のアメリカと同等……特定の分野に関してはそれ以上の技術力と、圧倒的物量を持っている。これだけでもその相手がどれだけ危険かは諸君らも分かると思う」
周りは一斉に頷く。
「本日、1426。大使館にて聖国連外務局の方々との会談中、突如、その外務局の方々が乗られてきた輸送機が何故か発進。このオワリノ国を飛び去り、元来た航路へと戻って行った。その際、外務局の方々すら知らされていない不測の事態が発生。聖国連もといレムリア帝国は今回の会談で内容に関わらず、このオワリノ国に電撃侵攻作戦を練っていた事が判明。既にこれらの行動の大半は監視衛星からの情報収集及び分析・解析に当たっていた情報科部隊によって把握済みである」
この言葉に第八自衛隊駐屯地の情報科幹部らは少し得意げに口角を僅かに上げて笑みを浮かべる。
「諸君ら含め多くの隊員達の尽力のもと、城下町は大した混乱もなくスムーズに避難を完了する事が出来たこと先ず礼を述べさせて貰う。…肝心の敵戦力についてだが、空中艦艇30隻が速度25ノットでオワリノ国国境部を目指し接近している。少なくとも空母艦は確認されておらず、600m越えの超巨大艦艇が確認されている。この規模の艦艇は1隻のみ。この600m越えの超巨大艦艇が旗艦であると推測される。他にも戦艦級3隻、巡洋艦10隻、駆逐艦16隻が現在確認されている。陸上戦力は主な道以外が森林に覆われている為、衛星からの確認は今のところ見られない。現地協力者達からも地上に敵地上戦力の確認は無かったとの事だ」
つまり今回このオワリノ国に攻め込んで来るのは聖国連軍の航空戦力群である。
宇都宮は一呼吸置いた後、テーブルに置かれた水を一口飲んでから話を続けた。
「諸君。我らはオワリノ国との同盟盟約に基づき、行動を開始しなければならない。イール王国の時の再来だ。更に言えばオワリノ国在住の日本国民達を護らねばならない。諸君……これはただの有事ではない。我々の住う場所にまで覇道を突き進まんとするレムリア聖国連に対する『自衛行為』である。既に久瀬防衛大臣からの行動要請は受けている。我ら自衛隊は、その信念を旗本に戦わねばならない」
「「ハッ!」」
部屋全体が何度も反響する程の返答が幹部自衛官達から返ってくる。
「先も述べた通り既に行動を開始している隊……国境守備隊が固定型電磁加速砲塔3番から7番。それと同時に隠蔽式CIWSも6基稼働させている。陸自第60普通科連隊は第1機甲無人機連隊を起動。空自からは第11航空団よりF-35Jによるアウトレンジを、海自からは第13護衛隊群より第1護衛隊が海上からの支援を行う手筈となっている。以上、状況開始」
各自衛官幹部達は各々の役目を果たす為に一斉に行動を開始した。
久々に日本側を書いた気がします。
日本が絡む内容はやはり難しく……




