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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第9章 侵攻編
142/161

第137話 侵攻開始その2

誤字報告ありがとうございます!!


近いうちにレムリア兵器百科その2を投稿します。

 ーーー

 ヴァルキア大帝国


 西方国境内縁分 バロク森林

 ーーー


 サヘナンティス帝国が聖国連軍の侵攻を受けるほぼ同時期。ヴァルキアは来たる第2世界との開戦に向けて国境付近の警備体制を強化していた。


 このバロク森林には軍用都市バロクが存在し、3つの艦隊が常時滞在している為に、都市に住まう人々は第二世界との戦争に不安は感じつつも何処か心に余裕があった。


 西方国境付近の警備には陸空共にバロクがその一部を担当している。大半が外縁部なのだが、内縁部にも数隻程度の警備が敷かれている。


 バロク基地第6艦隊所属駆逐艦部隊が1隻……駆逐艦『フォゲル』2番艦が森の上空をゆったりと航行していた。



「異常はなし……か」



 艦長のメガツは艦橋内の窓から見える景色を双眼鏡で覗きながら呟く。目に映るのは青い空と緑豊かな森……そして、鳥やら怪鳥、翼龍も少し。



「まぁ九割以上が外縁部に出払っていますからね」


「ダッチの言う通りだな。まぁ変に隊を組ませられるより我が艦1隻の方が気が楽といえば楽だな」


「……国防の任に就く者のセリフとは思えませんが?」


「聞き流せ」



 副艦長のダッチと顔を見合わせながら苦笑いを向ける。実際、外縁部でそこそこの艦隊が常時巡回をしているのに、ここまで真面目に内縁部を見回らなきゃならない意味がメガツにはあまり理解出来なかった。しかし、これも大切な任務だと割り切り、黙って自身の愛艦を飛ばしている。


 どうせ何もない任務と捉え掛けているメガツは少し話題を変えた。



「そういえば例の連合、お前はどう思う?」


「列強国連合ですか?」


「あぁそうだ。しかし随分と思い切った事するよな」


「敵は未知ですからね。でも、レムリアは別です。あの国は余りにも危険です。時間軸がズレての転移らしいですが……470年の差は大きいかと」


「だろうな。いつの間にか国際レベルのクソデカい宗教組織まで立ち上げてる始末だ。資源が限られてる現状じゃあ、ちょいと厳しいかもな」


「この生体機関のメリットはミスリル地帯でも航行可能。デメリットは劣化が個々によって早いと言う点と、増産が難しい点だ。この生体機関が無ければ船は飛ばん。水や土があっても種がなければ作物が育たないようにな」


「それでも、何とか目標数まで増やすことが出来たのは素直に認められるべき事だとは思いますが?」


「いっても1500隻だ。第2世界と戦うにはあとゼロ一桁欲しいな」


「そういえば……ニホン国から何やら一定の技術流出案が出されて、政府はその受け入れを前向き検討してると。どう思いますか?」


「フン。まるで技術流出しても問題ないようなやり方で気に入らん。第2世界対策もあるだろうが、経済的意味合いでもあるんだろうよ」


「それはつまり、我が国を格下にみていると?」


「そうだ。ある程度ブレーキのある技術を売る事でこの世界に競争力と産業生産力を付ける気だろう。いくら優れた国といえど、経済と言うのは同格並みがいなければ崩落する一方だからな」


「なるほど。つまりニホン国は経済的不安を感じる余裕があると?」


「ったく、気に入らん事この上ない」



 などと談話を挟みながら彼らの警戒任務は進んでいく。その時、無線機から通信が入る。同じく内縁部の警備にあたっていた同型艦からだ。



「艦長、バロク基地より入電。同型3番艦が機関の不調により一時基地へ帰投する。その間、本艦に彼らが担当していた警備区域まであたるようにとの命令です」


「基地へは了解したと伝えろ。やれやれ……」


「同胞の穴埋めと向かいますか?」


「あぁ」



 メガツとダッチは肩を竦め、別の同型艦の警備区域に向けて進んで行った。





 ーーー

 ーー

 ー

 メガツらは普段とは違う区域という事もあり、初めは真面目に取り組んではいたのだが、結局は何事も起きず、同じ光景ばかりで段々と艦内に緩んだ空気が漂い始めた。



「何も無し……さて、あと十数分で昼飯だ。今日の配給は何かなぁ?」


「虹豆のスープです」


「ゲッ、アレ苦手なんだよ」



 既に太陽は真上にまで昇りかかり、乗組員たちの脳内には昼食の楽しみがよぎる。その時、双眼鏡にて地上を警戒していた乗組員の1人が何かを発見した。



「艦長。ちょっと良いですか? 3時の方向、距離約40㎞なんですが、妙にチカチカ光るモノが」


「妙に光るもの? 金属片か?」


「いや、それがどうなのかも……」



 メガツも双眼鏡を取り出し部下が指差す方向を覗いた。最初は何もない森しか映らなかったらが、よく目を凝らしてみると確かにチカチカと光る何かがあった。偶に貨物船がここを通る事があるので、その落ちた積荷が光っているのではないかと考えたメガツは操舵手に指示を出す。



「念のためだ。あの地点へ向かう」


「了解」



 ある程度の距離まで近づき森の地面も見えて来ると改めて双眼鏡を覗き込む。


 するとそれは直ぐに目に入った。



「なんだ、アレは」



 それは積荷などでは決してない。明らかにそこに設置された人工物があった。何やら電気を帯びて一定の高さで漂うリング状の金属塊が見えたのだ。


 さらに目を凝らしてみると、視界の端な何かが通り過ぎたのが見えた。メガツは慌ててその跡を追うと、人が走っていた。謎の人影は木陰へ身を隠した。



「人だと?」


「民間人でしょうか?」


「い、いや、そんな筈はー」



 どういう事だと思い双眼鏡を覗きつつ、艦を動かすよう指示を出す。艦が回り込むように移動を始め、木の裏側に隠れている人物をもう一度よく確認しようとした。


 しかし、それよりも前にその人物が姿を現し、此方に身体を向けていた。


 メガツは双眼鏡でその人物を覗きながら蒼ざめた。


 こちらに向けているのは銃。

 その人物は灰色の肌に尖り耳。



「レムリア軍だ!!」



 メガツが叫んだ瞬間、レムリア軍人が構えていた小銃が火を吹いた。操舵手は急いで回避行動を取った。


 船体が大きく傾く。



 ガガガガガガガガガッ!



 同時に放たれる無数の銃弾。

 カンカン! と艦艇に銃弾が当たる甲高い音が耳を劈く。運悪くその内の数発が艦橋部の窓に直撃し、数枚のガラスが粉々に砕け散った。



「くっ……3番銃座着け! 通信士、直ぐにバロク基地へ報告! 敵は内縁部まで侵入していた!」



 即座に命令を下すメガツ。

 通信士は直ぐに通信機を使いバロク基地へ報告を始める。


 艦底部に設置された機関銃座へと着いた兵士が直ぐにレムリア兵へ向けて引き金を引いた。



 ババババババババババッ!



 火を噴く機関銃座の銃口にレムリア兵が居た木の根本付近の地面を穿つ。大きな土煙を舞い上がらせ、その姿が見えなくなっても尚撃ち続ける。


 木が少し傾く程に撃ち続けていると、土煙の端から片腕を押さえたレムリア兵が飛び出てきた。手に持っていた筈の小銃が無いところを見ると、機銃掃射によって落としてしまったのだろう。



「逃すか!」



 好機とばかりに銃座に着いた兵士は逃げるレムリア兵へ銃口を向け直す。



「くたばー」


 ガガガガガガガガガガガガガガ!

 ガガガガガガガガガ!

 ガガガガガガガガガガガガ!



 銃座に着いた兵士が機関銃の引き金を引こうとした瞬間、地上の様々な所から銃撃を受けてしまう。


 光の雨が幾つも銃座へ被弾。

 艦底部銃座の装甲板の一部が破れてしまい、銃座に着いていた兵士の身体を銃弾が貫く。



「ぐわッ!?」



 銃座は瞬く間に血の海へと変わる。

 兵士はダラリともたれ掛かるように動かなくなった。


 まだレムリアの兵士が森の中、それもこの艦の近くに隠れている事に驚いたメガツは直ぐにこの場から一時撤退するよう指示を出す。



「急いでこの場から離れろ!」



 操舵手が舵を切ろうとするが、また別方向からゆっくりと現れたレムリアが持っていた火器を駆逐艦フォゲルへと向けた。


 メガツはまだその存在に気付いていない。



「くらえヴァル公!」



 レムリア兵が構えたのは携帯型対装甲擲弾発射器『23式ラプガー』というロケット推進擲弾である。小型弾頭を装填したラプガーを肩に担ぎ、照準を回避行動中の駆逐艦フォゲルへと合わせる。


 引き金を引き、発射時の後方噴射(バックブラスト)が発生すると、撃ち出された小型弾頭は真っ直ぐに駆逐艦へと向かって飛んで行く。


 艦橋下部に直撃し大きな爆発が発生した。



 ドォーーンッ!


「おわぁ!」


「うぎゃああッ!」



 強烈な衝撃波と爆風が艦全体を襲う。


 乗組員はその威力に飛ばされ、壁や艦内機器に打ち付けれられてしまい、艦橋全てのガラスが砕け散る。打ち所が悪かった乗組員はその場で昏倒し、まだ意識が残っている乗組員も打ち付けた事による出血や骨折、ガラス片が無数に刺さってしまう。



「ぐぅ……み、みんな無事か!?」



 聞こえてくる返事は艦橋内いた者の半数のみ。

 その中に副長ダッチの声はなかった。



「て、敵は対空手段を持っている。ただちに上昇! ダッチ、無事か……オイ!?」


「うぐぅ……せ、生体機関に損傷……上昇も……そ、速度も上がり……ま、せん」



 最悪の状況報告に悪態を付きたくなる。

 恐らく報告は済んでいるだろうが基地からここまではそこそこ離れている。例え大至急で向かうとしても時間は掛かるだろう。


 何よりも副長の返答がない。

 メガツがふらつく脚で何とか立ち上がり副艦長を探すと、艦橋内の隅に彼はいた。



「だ、ダッチ……っ!?」



 そこには大きなガラス片が首に深々と刺さり倒れている彼が居た。彼の倒れている場所は血の海となっていた。


 メガツは慌てて彼の元へ駆け寄る。


 首や口元からゴボゴボと血が止めどなく溢れ出ており、ダッチは儘ならない呼吸で必死に首を押さえていた。



「しっかりしろ! 大丈夫だ、助かる! 衛生兵! おい早く来てくれ!」



 その時、ダッチは血塗れの手で彼の腕に手を掛けた。何かあるのかと思っていると、彼はゆっくり首を振った。



「だ、ダッチ!」



 彼の腕を掴む力がみるみる無くなっていく。


 そして間も無く…副艦長ダッチは絶命した。



「くぅ!」



 メガツは項垂れて泣き叫びたい気持ちを押し殺し、まだ動ける乗組員に向けて指示を続けた。



「このまま基地まで撤退する! 敵の追撃に警戒せよ! 衛生班は負傷者の治療にあたれ!」


「「ハッ!」」



 動力部から黒煙を昇らせながら約20m程の高度で何とか航行を続けていた。幸いなことに敵の追撃は起きていない。このままであれば何とか基地まで戻れると考えていると、あの時見た光景を思い出していた。



(あの建築物は……一体何だったのだ?)



 それはあのレムリア兵たちがいた場所に設置された建造物。何やら頂上部に電気を帯びたリング状の物体が浮かんでいたアレがなんだったのか……少なくともサヘナンティスの物ではなかった。


 戻って確かめようにもこの状況では敵の迎撃を受けてしまい、今度こそ沈められる。ならばせめてこの情報を基地へと持っていく事が先決である。



「艦長、バロク基地より入電! 外縁部の偵察艦隊と基地の残存艦艇5隻が救援に向かうとの事です!」


「わかった。此方の被害状況を報告の上、敵は何やら謎の建築物を設置していたとの内容も伝えろ」


「ハッ!」



 此方の犠牲はあまりにも多い。

 メガツは悲壮感に押し潰されそうになるが、直ぐに気持ちを切り替えようと頭を振る。


 救援が駆け付ければ何とかなるだろう。


 そう考えていると、艦後部で警戒していた乗組員から鬼気迫る大声が上がった。



「て、敵がいた地点より謎の物体浮上!」



 その報告に自身の血の気が引いていくのが分かる。



「何だと!? まさか軍船か!?」


「い、いえ、それが……」



 言い籠る乗組員に痺れを切らしたメガツは悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら艦後部へと移動し、双眼鏡を覗き込む。



「な、何だあれは」



 そこに映っていたのは電気の線を帯びながら上昇するリング状の物体があった。直ぐにそれがあの建築物の頂点で浮かんでいたリングだと分かった。それは地上約200m程で止まった。


 次の瞬間、リングがいきなり分解した。分解というより8つほどのパーツに分離したの方が正したのかも知れない。遠目から見えていた小さなリングは、電気を帯びた線で繋がった巨大な輪になった。


 乗組員全員がその光景に唖然としていると、巨大リングが魔導電気を帯びながらゆっくりと回り始めた。段々とその回転に勢いが増すと、帯びていた魔導電気も強くなる。


 向こう側の景色が見えていた巨大な輪の内側が、急に全てを呑み込まんとする漆黒の世界へと変化した。



「なッ!?」



 遠目から見ても寒気を覚えるその渦巻く漆黒の世界に目が離せなくなっていた。もはや訳がわからない状況に皆が混乱しかけていた時、その漆黒の世界から何かがゆっくりと姿を表せた。



「まさか……アレは!?」



 メガツらが目を見開いて驚愕する。

 そこから現れたのはー



「だ、大艦隊……?」



 巨大な漆黒の穴から現れたのは数十隻にも及ぶ大艦隊。直ぐに見張りの乗組員が双眼鏡で、漆黒の世界から現れたその大艦隊が何者なのかを識別する。



「か、艦種識別、レムリア!」


「こんな反則級の技術を!? あ、あり得ん! あってたまるか!!」


「艦長、ど、どうすれば……」


「ええい! こんなボロボロの駆逐艦で敵う数ではないだろう! このまま撤退を継続する!」



 駆逐艦フォゲルは黒煙を上げながら出せるだけの速力で撤退を続けた。どう考えても敵う相手ではない。ここは逃げに徹し、援軍に対処を任せるしかなかった。



「敵艦隊増加傾向! もの凄い数です!」


「監視を怠るな! 通信士はギリギリまでこの事を基地へ伝えろ!」



 レムリアは一瞬で目的地まで移動出来る手段を持っている。これは誰が見ても軍事的驚異である。

 例の建造物がそのカギとなるのだろう。


 どんな原理で動いているのか、また、どんな技術が組み込めれているのか……認めなくは無いが一瞬でレムリアと自国での軍事技術には大きな差が開いている事にメガツは歯噛みした。



「敵艦2隻急速接近!」


「なに!?」



 背後を振り返れば、敵の大艦隊から2隻の小型艦が猛スピードで此方へ向かって来ていた。その速さはヴァルキアの主力駆逐艦フォゲルをも上回るものだった。



「た、対空戦闘!」



 直ぐさま艦後上部に設置された機関銃塔が火を吹いた。連続した発砲音で撃ち続けられる。しかし、接近してくる2隻の敵艦艇は機動力も優れているらしく、左右に蛇行しながら航行を続けていた。


 内数発が当たったが、敵艦艇の装甲はかなり頑丈で、通常であれば装甲板に多少穴を開けるのだが、擦り傷程度しか与えられていない様子だ。



「く、来るぞぉ!」



 メガツは撃沈しきれない事を悟り、敵艦艇からの攻撃に備えるよう乗組員らに伝える。


 しかし、そのまま2隻の敵艦艇はフォゲルを追い抜いて行った。



「何だと!?」



 まさか見向きもしていなかったのか。

 そう考えた瞬間、2隻は直ぐに反転を始め、真正面から向かい戻って来た。



「ッ!? 主砲発射用意! 仲間たちの仇だ!」



 驚きはしたが既にフォゲルは前部甲板と艦底前部の単装主砲の発射準備は整っていた。射程圏内に入り次第、撃ち放つよう砲手に指示を出す。



「撃てェェ!」



 射程圏内に入った瞬間、2門の単装主砲が火を噴いた。メガツは敵艦艇が粉微塵に爆散する光景を信じて疑わなかった。


 直撃を受ける2隻の敵艦艇。

 大きな爆発と共に爆煙が2隻を覆い隠される。



「良し! ざまぁみー」



 フォゲル艦内で歓喜の声が上がる。

 だがそれもほんの一瞬だけだった。


 2隻の敵艦艇は爆煙を抜けてフォゲルへ向けて突撃し続けていた。その2隻の艦艇には傷一つ付いていない。



「ッな!?」



 驚愕と絶望に包まれるフォゲル艦内。

 メガツもショックのあまり頭の中が真っ白になる。


 お返しとばかりに2隻の敵艦艇から砲門が向けられる。分かってはいても頭が指示を出す事を放棄してしまっていた。だがしかし、仮に指示を出していたとしても乗組員は誰1人として行動に移さなかっただろう。


 敵砲弾によって吹き飛ばされるその瞬間まで……誰1人その場を動けずにいた。


 敵艦艇の砲門が火を噴いた。


 その刹那、メガツは敵艦艇を見てある事に気付いた。薄紅に淡く光る膜の様なモノが2隻其々を覆っていた。



(あぁ……アレに阻まれたのか。あんな薄いモノに)



 ……駆逐艦フォゲル、撃沈。

 乗組員生存者無し。






 ーーー

 ーー

 ー

 西方外界侵攻軍航空第1機動大艦隊内バロク方面遠征打撃艦隊。


 常任理事国から派遣された援軍の艦隊を含めた西方外界侵攻軍航空第1起動大艦隊。その数は2000を超える。10に分けられた200隻の艦隊からなるその大艦隊は総旗艦たる最新鋭大型戦艦を中心に悠然な航行を続けていた。


 その最新鋭大型戦艦に座乗するバロク方面攻略打撃艦隊の指揮官。この最新鋭大型戦艦は彼の座乗艦ではないが、この大艦隊の最高指揮官が彼を認め預けている。



 ビッカルト・マク・ラグナー中将



 バロク方面攻略打撃艦隊指揮官であり西方外界侵攻軍最高指揮官ラドリッジ・ドゥ・バミール大将の『片腕』と呼ばれている。



「ラグナー司令。バロク方面攻略打撃艦隊前衛部隊が内縁部へ到達しました。さらに、威力偵察へ出向いた2隻がヴァルキアの軍艦艇と遭遇。機関銃による掃射を受けましてが被害は皆無。魔導障壁展開にて主砲を完全に封殺し撃沈しました」


「そうか。報告ご苦労」


「はっ」



 副官からの報告を受けたラグナーは小さく頷き、艦橋内の正面ガラスから見える次元の狭間特有の稲妻が走る漆黒の世界を眺めていた。周りを見渡せばどこも軍艦ばかり。


 200を超えるバロク方面攻略打撃艦隊の姿は正に空の王者の行進。



(こんな大艦隊……異端国家群(ヘリジア)討伐の時でも見た事がない。一生に一度の機会だな)


「ラグナー司令、各副旗艦艦長より状況報告が魔導モニターにて上がっております」


「よし、繋げろ。」


「はっ。」



 艦橋内正面の斜め上に設置された菱形の魔導モニターより副旗艦からの報告を受けていると、艦橋出入口の自動扉が開き誰かが入ってきた。



「どうやら無事に航次元を終えたようですね、ラグナー司令」


「……シュタイナー大佐」



 背筋の伸びた面長の狐顔。

 身に纏う軍服は一般的な佐官のモノと比べてかなり小綺麗な造りをしている。


 彼はアルト・ファ・シュタイナー大佐。


 西方外界侵攻軍所属の佐官で貴族出身の男である。

 シュタイナーは吊り上がった細目と両口角の上がっているニッコリとした顔付きで丁寧に頭を下げて挨拶をする。ラグナーも敬礼で返そうとするが、シュタイナーは胸ポケットから高価なハンカチを優雅に取り出すとそれを口元へと当てる。



「やれやれ、軍艦というのは不潔でなりません。内地勤務の頃が恋しいですねぇ。私の様な高貴な者には相応しくない。」



 艦橋内にいる乗組員たちをまるで汚れ物でも見るかのような目つきで一瞥する。乗組員は彼の態度に少なからず不快感を覚えるが、それを表に出すような者は此処にはいない。



「そんなに不快ならば前線基地の一等居住区に待機していても宜しかったので?」



 ラグナーの少し嫌味を含めた言葉に対しシュタイナーは顔をグイッと近づけて、その細目のニヤけ顔を向けてきた。



「御冗談をラグナー司令。野蛮な未開人を、ましてやヴァルキア人を容赦なく叩き潰す光景をこの目で見る事が出来る機会を逃すなどトンデモございません」



 なるほど、この男は敵兵が無残に死んでいく様を見たいがために最前線にて戦う本艦隊は来たのだ。この幼稚で非情な思考にラグナーは頭が痛くなる。


 そもそも彼のラグナーに対する不遜な態度にも問題がある。乗組員たちは自身のことよりも自分達のこの艦隊のトップたる彼に対する態度に対する怒りが強い。


 彼の階級は大佐。

 ラグナーの階級は中将。


 これだけで見ればラグナーの方が階級が上なのだ。しかし、それを覆す手段をあの男は持っている。


 それは彼が貴族出身という事実。


 現在のレムリア・聖国連は貴族というだけで高位の役職に就くことが可能となっている。

 軍部に関しては高名な貴族なら一瞬で佐官に就く事が出来るのだ。無論、抗議する者はいた。自分達の命を預ける上官が、ただ財力があるだけの無能など溜まったものではない。


 だがその訴え全てが捻じ伏せられてしまい、抗議した者の殆どが左遷させられるか謂れのない罪を科せられて投獄されるか……もはや余程の者で無ければ貴族出の軍上官には逆らえなくなってしまった。


 だから敢えてラグナーも生意気な態度の彼には何も咎める事はしなかった。



「この軍艦艇はバミールからお借りしたモノなのでしょう。少しだけ私にも指揮権をー」


「この艦はバミール閣下からお借りしたモノ。そして、この西方外界侵攻軍航空第1機動大艦隊の総旗艦です。閣下の許可無く他者に貸すなど有り得ません」



 ラグナーは鋭い眼で睨み付ける。



「……じょ、冗談ですよ、冗談」



 シュタイナーは笑顔で誤魔化し、前面ガラスへ視線を逸らした。そして、話題を変えるように話を振った。



「し、しかし、この最新鋭艦は本当に素晴らしい。この直衛艦らは増産型と言われていますが。ふむ、数が10隻のみというのが何とも惜しいです」


「仕方ありません。レムリアの輝きとも言えるこの艦を増やす事は困難を極めるでしょう。しかし、それが10隻も出来たのです。素直に偉業と認めるべきでしょう」



 総旗艦と言われるこの艦……

 ノスウーラ級殲滅型大戦艦

 一番艦『バミラーゼII世』


 大英雄ラドリッジ・ドゥ・バミールの名を冠するレムリア帝国最強の戦艦。


 更にそのノスウーラ級増産型が10隻を含めた特務艦隊『エバ・エスガーラ』。



「……さて、ラグナー司令」



 シュタイナーが楽しみで仕方ない様子でコチラを見つめてくる。その意味はラグナーも理解してはいるが、その様な疚しい意味は含まれていない。



「分かっている。この特務艦隊もお借りしている今は重々承知の上。だが、無闇に使うつもりはー」


「ラグナー司令。前衛部隊より通信。ヴァルキアのバロク基地本艦隊が此方に向かって来ています」


「数は?」


「150!」


「そうか……丁度いいな」



 シュタイナーはニヤニヤと笑っている。

 気に触る下卑た笑みだがこれが好機なのは事実。

 特務艦隊の実力を測れという命令を成すには150隻の敵艦隊は正に格好の相手だ。



「間も無く次元航行終えます」


「ゲート突破」


「よし、すぐに前衛部隊を下がらせよ。本艦を中心とし特務艦隊『エバ・エスガーラ』全艦出撃」


「「はっ!」」



 この指示を聞いたシュタイナーはギョッとした。

 その顔からは冷汗が流れている。



「お、お待ち下さい、ラグナー司令! ぜ、前衛部隊をさ、退がらせる? ならば我らの盾となる艦艇は何処に!?」


「ない。搭載型魔導障壁の有用性は実験でも実戦でも証明されたではないか。それに戦艦はそう簡単に沈まー」


「冗談ではありませんよ! 万が一にでも敵の砲弾が来たらどうするのですか!?」


「敵の射程圏外からの完全アウトレンジです。問題ありませんよ」


「あ、そ、そうなのですか? ならばゴホンッ! ならば結構。存分におやりなさい」



 なんと情けなく、頼り甲斐のない無様な佐官なのだろう。彼が指揮する兵達を思うと胸が痛む。彼に向ける冷めた目線があちらこちらから出ているが、愚か者故にそれに気付かず、『エバ・エスガーラ』による作戦行動を今かいまかとワクワクしながら待っていた……何故か艦長席に座って。



「あぁ。私のことは気にせず指揮を続けてください、ラグナー司令」



 軍の規律も階級もあったもんじゃない。

 そんな奴の態度に馴れつつある事にも少し焦りを感じている。だが今は戦闘中。

 無駄な事に気力を割くつまりはない。


 ふとガラス窓へ目を向ける。


 前衛部隊が次々と後退していく様子が見える。



「ラグナー司令。前衛部隊の後退完了しました」


「特務艦隊前へ」


「了解。特務艦隊は前衛へ」



 何もいない前方の景色。

 左右から出てくるノスウーラ級が並列の陣で現れて来た。見た目は一番艦『バミラーゼII世』と瓜二つだが兵装はバミラーゼII世の半分ほどで、心無しか少し小柄な気がしなくもない。


 しかし、最も重要な魔導転送砲は一番艦と同等。

 どんな敵をも魔導転送砲の一斉砲撃で殲滅する最強の艦隊。


 それが『エバ・エスガーラ』特務艦隊。


 艦隊は前列とその間を埋めるように後列が整然と浮かび並ぶ2列隊形……通称『殲滅の陣』を敷いていた。



「本艦の魔波レーダー精密範囲に敵艦隊捕捉。詳細な魔力データ観測」


「観測班より敵艦隊の魔力データ照合。照合データ主要モニターに映します」



 観測班からの報告を聴き、魔導モニターに映し出される詳細なデータに目を通す。30人弱が居てもスペースにまで余裕のあるこの艦橋内でも一切混乱なくここまで任務を熟すあたりは流石は自分の部下であると実感させられる。



「ふむ。以前より入手していたデータとの差分は……ほぼ無い、か」


「はい。ヴァルキアは技術開発をだいぶ怠っているようで」


「或いは……そんな余裕が無かったか」



 シュタイナーは顎に手を当てながらそのデータを興味深そうに口に出す。



「戦艦リューブラント……戦艦ウェガテー……巡洋艦シャグリーラ……駆逐艦フォゲル……計150。その性能は……ハッ、常任理事国より少し上程度ではないですか!」



 心底、小馬鹿にした嘲笑の顔をする。

 ラグナーはさっきまでの彼の姿を今の彼に見せてあげたい気分になる。


 確かに性能や物量共に此方が遙か上であるが、此方は無敵という訳ではない。


 ヴァルキアに対する認識としては


『恐れるな、だが油断もするな』


 実際、ヴァルキアの戦艦級の砲撃を模した実験で魔導障壁を張ったところ、1、2撃で巡洋艦級の障壁が砕け散ったのだ。戦艦級ならその倍近くは保つだろうが、結局はそれまでだ。


 此方の射程が如何に長かろうと、それを完全に維持できる保障はない。此方の砲撃を掻い潜り、射程圏内に潜り込ませようとするだろう。


 負けはしない。

 それは断言出来る。

 だが無事ではすまない。



「最も警戒すべきはリューブラント。あれは耐久性も高いと聞く。各艦へ通信。決して油断するな!!」


「「ハッ!」」


「やらやれ……文明の遅れたヴァルキアのゴミムシ相手に何を恐るやら」



 愚者で臆病者の戯言が聞こえるが無視だ。

 ラグナーは一つ呼吸を整えた後、命令を発する。



「魔導転送砲……発射準備!」



 瞬く間に艦橋内が慌ただしくなる。



「魔力隔絶式安全弁拡張!」


「魔導力安定リング装置作動!」


「魔導力安定リング装置安定! 異常無し!」


「転送装置作動開始!」


「転送作業班、開け!」


「各測量値安定!」


「瘴気漏出確認せず!」


「魔導転送砲魔力莢充填率上昇開始!」


「薬室内圧力上昇!」


「砲身耐久限界値内……安定!」


「照準合わせェェ!」



 全ての準備が整った。

 通信班より各特務艦も発射準備完了の報が届く。


 魔導モニターが敵艦隊の映像へ既に切り替わっており、拡大によりその姿もボヤけてはいるがある程度の姿は確認出来る。



「我がレムリアの力、ヴァルキア軍に魅せてくれよう……全艦魔導転送砲、発射ァァ!」


「殲滅!!」



 ギュゥゥンッ! という音の後に前面窓から見えたのは巨大な1本の紫光色の柱。それが敵艦隊のど真ん中へ向けて伸びて行く光景は恐ろしくも美しさを感じさせる。それが左右から5本ずつ発射、伸びていくのだ。


 その質量からは想像出来ない程に速く。


 肉眼ですら捉えきれない遠い敵艦隊へ向けて。






 ーーー

 ーー

 ー

 ヴァルキア大帝国バロク基地本艦隊

 旗艦リューブラントの艦長兼提督のドノスカーは怒りで拳を固めていた。友軍のメガツが乗る船が憎き敵兵に殺されたのだ。



「己ぇ野蛮な侵略者共め! 反撃だ! 友軍達の仇だ! 敵の艦艇は捕捉出来たか?」


「レーダーに感無し! 射程圏外かと!」


「ちぃ! 敵は何処だ! む!? なんだあの光は?」


「ッ!? れ、レーダーに感あり! 膨大なエネルギーでー」


「な、なんだ……何なんだあー」



 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!



 巨大で強大な紫光の奔流に呑みこまれたヴァルキア大帝国バロク基地本艦隊は自身に何が起きたのかすら理解し得ぬまま、全滅となった。




 ーーー

 ーー

 ー

 大きな爆発と閃光が遠く離れた所からでもハッキリと確認できた。特務艦隊『エバ・エスガーラ』の初任務と実証実験は大成功だ。その破壊力は予想を遥かに上回るものだった。



「敵艦隊の消滅を確認。距離180㎞地点」


「最大射程200㎞よりも20㎞までその余波を確認」


「敵残存艦艇、確認出来ず」


「本艦含め各特務艦より、航行機能に問題無し」



 ラグナーは腕を組み立っていたが、改めて自国はとんでもなく恐ろしい兵器を作ったのだと理解した。それはラグナーだけでなく、艦橋内にいる乗組員全員も同じ気持ちだった。


 中には神メルエラのロザリアを握り締めながら神妙な面持ちで魔導モニターを見ながらブツブツと祈りを口にしている者もいる。


 その気持ちは同じメルエラ教徒故に共感出来る。



「あぁ神よ……何と恐ろしいモノを」



 誰かが言った。


 そうだ……恐ろしいのだ。

 堪らなく恐ろしいのだ。

 自らの神に縋りたくなる程に。


 理解していた……つもりだった。

 だが何も分かっていなかった。


 ラグナーは改めて心に鞭を入れる。

 我々が手に入れた兵器の危険性に対する認識が甘かった。



 パチパチパチパチッ



 拍手が聞こえる。

 その音が聞こえる方向には……シュタイナーだ。



「んん〜〜、素晴らしい! さぁ残るはバロク基地ですよラグナー司令。隊列を戻し、殲滅の再開です!」



 そう言い残すとシュタイナーは上機嫌に艦橋を後にした。彼が居なくなった後、悪態をつく者が何人かいたがそれを咎めるつもりはない。


 癪に触るが彼のいう事は間違いではないのだ。



「よし……進路そのまま。バロク基地攻略だ」


「「はっ!」」



 ヴァルキア大帝国バロク基地陥落。

 その後、3つの中小都市部を奪われてしまう。


『バロクの悪夢』である。


 その後、ヴァルキア大帝国は基地と中小都市部奪還を目指し、空・陸軍に大規模な軍隊を派遣。

 ルシールとエル・ドラヴィルの艦隊に多少の損害は与えるも、聖国連軍の艦隊により全滅。


 これにより多数の死者が双方に出る。

 しかし最も悲惨な事は、その死者の大半がバロク方面に住まう民達である。


 その数15万。


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― 新着の感想 ―
[一言] かろうじて勝ったじゃ日本を見直してくれない一部同盟国民が出そうなので圧倒して欲しいもんです。
[一言] 艦隊の転移方法がヤバ過ぎる(*_*;
[一言] レールガンとかかな。 なんにしても思い上がったバカには鉄槌を期待したいですね。
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