第10話 僥倖の日々と新たな発見
日本にとって喜ばしい事が起き続けます。そして、新たな情報が出てきます。
ーー9月3日 『禁断の地』中ノ鳥半島
中ノ鳥半島基地周辺
日本が『禁断の地(中ノ鳥半島)』に自衛隊基地と開発事業団を設立してからは、ロイメル王国とアムディス王国の貿易の為、鉄道や道路などの構築に相変わらず忙しかったが、何とか食料品の輸出入が出来る程度までの流通システムが出来た。
ーー3ヶ月後
ロイメル王国とアムディス王国と国交を結んでから3ヶ月近く経つ。日本は両国からの食糧輸入により何とか大飢餓の危機は免れつつあった。
アムディス王国は、一応近隣諸国に対し不要な聖戦行為をした事を事実上認めた形になってしまったが意外も意外、国内では大規模な反政府デモのような事は殆ど起こらなかった。これはすべての責任と贖罪をバルトルア国王が請け負うという事とバルトルア国王に対する国民の支持率が高かった事が理由と考えられる。中には、反国王側の息のかかった群衆がいたが情報局の働きにより全員が御用となった。
日本は両国に対し日本製品とインフラ設備、医療技術・知識を輸出した。中には、日本の最新技術も輸出して欲しいとの要求も出たが日本はこれを拒否。これは、異世界の国々と国交を結ぶ事で日本の技術・科学を下手に流通させない為『秘密保護法』を大きく改正した。最初は野党から「科学に国境は無い!どんどん日本の知的財産を出していくべきだ!」と言った意見が多数出てきたが、安全保障上日本の医療・科学技術が兵器類に利用されるのを防ぐ為、必要最低限のインフラ整備と医療技術の提供に留まった。しかし、それだけでも両国を発展させるのには十分だった。
国交を結んで間も無く、大量の輸出物を運搬する為の道路や鉄道建設を開始、これにより物資の流通システムを飛躍的に拡大する事になる。しかし、アムディス王国と中ノ鳥半島までかなり距離がある為、インフラ設備がある程度完成しているロイメル王国まで運搬用翼龍を使用して日本へ輸出と輸入を行っていた。
また、日本と商売取引をしたいと出てきた商会が各地からやってきた。その為、いつの間にか基地から少し離れた場所に1つの町レベルにまで発展した。この町の名前はホムルスの助言で「ウンベカント」と名付けられた。意味は「未知なる出会い」とのこと。この町ではここでしか手に入らない日本製品を求めて、今も様々な種族がやって来る。
また、基地の自衛隊員にとってはちょっとした憩いの場であり、現地人との交流を深める為の貴重な場所でもあった。最初は、差別などの衝突が起きる不安があったが、自衛隊員と現地人は直ぐに打ち解け、町の治安維持も現地から雇った傭兵くずれや、元軍人、獣人族と自衛隊で協力する事で平穏を保つ事が出来た。そして、日本と商売取引をした商会から間接的に日本製品が入ってくる国々が日本の存在を知るのであった。
ーーー一1ヶ月後、中ノ鳥半島南側
この半島の南側3割近くは把握出来ていない。他の地帯は比較的、穏やかな山脈や平原だけだったが、この南側は深い森林地帯が多いためP-3C哨戒機による上空からの調査は困難であった。その為
陸上からの探索が主となった。
その未開の森林帯を横一列で進むマダラ模様の服装の男達。
「どこもかしこも、森だらけだな。」
「去年行った、カンボジアを思い出すな〜。」
「親父!右方向に沼の様な地帯があります!」
「おわ!ここ滑るなぁ!親父殿!転けないでくださいよ!」
現地特別調査隊隊長 陸上自衛隊所属の一等陸尉 近藤勇巳。部下からは親父と呼ばれている。堀内武久外交官の護衛も務めた彼も今はこの未開の地の調査隊隊長として任務にあたっていた。
「おぉ!本当だ、滑るなぁ…。」
「ま、マジで転けないでくださいよ…俺まで巻き添い食らいそうですから…」
「ハハッ!分かってる分かってる」
「ん?親父、上空。」
「ああ、アレだろ。」
彼等の上空を数体の翼龍が調査隊が向かおうとしている方向から飛んで来た。ロイメル王国の翼龍騎士団である。今回の中ノ鳥半島南側の調査に協力したいとの申し出があり参加したのである。翼龍の機動力はヘリコプターとほぼ同等である為、上空から調査隊が向かう方向に危険が無いか確認するのが主な任務である。
そして、翼龍に乗った騎士から緑色の旗が出た。これは、この先に危険は見られないという合図である。
「よし!全体進め!」
再び調査隊は少しずつ前進し始めた。
すると隊員が近藤に寄ってくる。
「親父、ここから約13㎞先にはロイメル王国からの報告にあった『神の涙』が落ちた場所です。もう少ししたらクレーターらしきものが見えるかと。」
彼は陸上自衛隊所属 陸曹長の土方十三である。近藤一尉の右腕の様な存在で普段は眉一つ動かさないポーカーフェイスだが、キレるとおっかない人物である。
「おう、にしても『神の涙』か…、俺はただの隕石か何かだと思うんだけどな。」
「正直な話、自分もそう思います。」
「うわ!!(ベシャッ‼︎‼︎)」
「はっはっはー!野沢が転けたぞ!」
「うぅ…ついてねぇな…」
「…任務中に騒いだ奴、調査が終わった後基地のグランド200周だ。分かったな菅井?」
「り、了解…」
緊張感の欠片も無い菅井隊員を引き締める為、土方は静かに怒りながら無慈悲な罰を与えた。
ーー2時間後
進めど進めど森が続くばかり、中ノ鳥半島の南側も何もなく終わるかに思えた。
しかし、上空を飛んでいた翼龍騎士団から赤色の旗が掲げられた。これは、『この先注意しろ』という合図である。
「…親父」
「おう」
旗の合図と共に調査隊全員の表情が厳しくなった。音を出さず、身をかがめながら少しずつ前に進んでいく。するとーー
「ん?親父。」
「これは…」
それはさっきまでのどんよりとした森とは違い、少し若々しい木々が生い茂っていた。そして根元を見ると、1度切れた切り株から新しく木や若草が生えた様になっていた。その一帯の地面も所々抉れた様な跡が残っていた。
「なんでこの辺の木々の切り株から上は少し若々しいんでしょうか?」
「誰かが昔1度切り倒したからとか?」
「でもよ、もう200年近く誰も入ってない所だぞ。」
切り株を少し観察すると土方は何かに気付き呟いた。
「いや、切り倒されたんじゃない。『吹き飛ばされた』様な跡がある。つまりこの辺の木々は例の『神の涙』が落ちて来た時の衝撃波で吹き飛んだんだ。」
調査隊は引き続き前進していく。上空の翼龍騎士団も飛んでいるが、あまり奥へは進んで行かなかった。彼らも近づきたくないのである。
暫く進むと森林帯を抜け、所々隆起した丘が見える広い平原へと出た。太陽の光を遮っていた深く生い茂った森林が無い為、太陽の光を浴びるのは久し振りに感じた。そして丘の向こうからは波の音が聞こえる、どうやらこの辺りが最後の様だ。
そして、丘を登ると少し離れた場所にクレーターが見つかった。そのクレーターの周囲と内側は草木が生えていたが、その形が不自然である事は誰が見ても明らかだった。ホムルス外務局長の話では、開拓調査団が野営していた場所のど真ん中に落ちてきたとのこと。
「これは…凄いな…」
「やっぱり隕石が落ちてきたんですかね〜。」
「よし!測量道具を使うぞ。」
その後、調査の結果そのクレーターは直系約1.5㎞、意外と傾斜は緩やかだが深さは30m、隕石だとしたら、大きさ約50m程の隕石が落ちてきたことになる。さらに、クレーター内部の土の成分を分析する為、特殊な容器に入れる。
「よし!これで中ノ鳥半島もあらかた調査したな。」
近藤が指示を出して撤退しようとした時、近藤はクレーターの中央付近に変わった模様の欠片がある事に気付いた。かなりの年月雨風にうたれたボロボロの欠片、しかしその模様は所々黒い斑点の様なモノが見えていた。ガラスでは無い、陶器でも無い、石にも思えない。
「何だ…これ?」
近藤は欠片を特殊パッケージケースに入れて、後で科学班に調べてもらう事にした。
かくして現地特別調査隊は無事に任務を遂行する事が出来た。すると、程なくして日本はそのクレーターを囲む様な巨大なドームの建設を始めた。これは、農作物を栽培する為のドームである。調査隊が持ち帰ったクレーター内部の土を調べたところ、有害物質は検出されず、他の土地と比べ、非常に肥えた土壌である事が分かった。
そして、例の欠片は損傷が激しいため詳しい事は分かっていないが、少なくとも鉱物や植物類でない事は確かで、もっと詳しく知るには時間がかかるとの事である。
ーー更に1ヶ月後
中ノ鳥半島から南400㎞地点に群島を発見。その地下深くには、日本の年間消費量800年分はある思われる石油、レアメタルなどの地下資源が莫大に眠っている事が明らかになった。首相官邸内の会議では、この事実を知った渋川経済産業大臣はその嬉しさのあまり、突然椅子から立ち上がり雄叫びを上げながらガッツポーズをした。他の大臣達はかなり引いていた。早速日本はこの群島に無数の採掘施設建設を開始する。そして、その群島が奇しくも太陽の様に連なっていた為『旭諸島』と名付けられた。
日本は少しずつ、異世界で生き延びる為の準備が整いつつあった。
ーー日本国 東京都 首相官邸内 某部屋
広い和室、そして縁側から見える大きな日本庭園、その庭園をかすかに照らす淡いライトと月明かり。その光によって電気がついてない和室を微かに明るくする。
和室の真ん中にある座布団に座り1人酒を飲む広瀬総理大臣。彼の前にはもう1人分の日本酒と座布団が用意してある。彼はある人物を待っていた。
コーン…
静かな部屋に響き渡るししおどし。
暫くすると奥の襖が開く音が聞こえた。そして、此方に向かって歩いてくる。縁側から照らされる光によってその人物の姿が少しずつ見えてきた。
その人物はかなり汚れた作業服の様な姿で、顔も所々汚れている。ホームレスと言っても不思議ではなかった。
広瀬総理はその人物が来たことに気付き声をかける。
「来たか…悪いなぁ忙しいのに。」
「いえ、お気になさらずに。」
その人物は軽く広瀬総理と言葉を交わした後、用意してあった座布団に座り、お猪口に酒を注ぎ、それを一気にグイっと飲んだ。
「ハァー…久々に良い酒を飲んだ…。」
「岩手産の最高級の日本酒だ。ところで…そっちの方はどうなんだ?」
「大丈夫ですよ、ウチには優秀な部下が多いですから…。」
「へへっそうかい、仕事が順調ならええわな。黒巾木組には優秀な人材がいて羨ましいねぇ。」
「本当にそう思ってますか?フフ…『黒巾木組が羨ましい』って」
「んー?タハハッ!」
2人は少し世間話をした後本題に入った。
「そっちの方はどうだい?『田中一朗』さん。」
「えぇ、某国の大使館が何やら怪しい動きを見せています。」
「奴らの目的は…やっぱりこの異世界で『新国家』を創り出す事だろ?」
「ご明察。で、如何致しますか?『此方』は何時でも行動可能ですが。」
「まず泳がせる。今はまだ動くな、良いな?」
「ハイ…。」
「あとー」
「こちらですね?」
そう言うと田中は十数枚の写真を広瀬に渡した。
広瀬はその写真に数分ほど目を通した。
「…なーんだ、もう終わってたのかよ。あーあ、俺も『人工衛星』の打ち上げ見たかったなぁ。」
「申し訳ありません。公にしてはならない事なので…」
「ん?いやちょっと待てよ!そもそもたった数ヶ月で、しかも国民やレーダーに気付かれずにあの『人工衛星』を打ち上げられたのかよ?普通ありえねぇよ。」
「…我々は『普通』じゃありませんよ?」
「あ、そうだった♡」
「フフ…では話を戻しますがそのNo.12の写真を見てください。」
広瀬は一枚の写真を手に取ると一気に眼が真剣になった。そこに写し出された写真には黒に近いモヤがほぼ全体にかかっており、微かに見える大地には木々がほとんど写されていなかった。そして所々見える光の点。
「ん?…おーっと…これは…」
「気付きましたか?因みにその写真に写っているのは全て『一つの国』であると思われます。」
「これ全部スモッグか?」
「『石炭』の燃焼による可能性が高いですね。」
「蒸気機関か…少なくともこの世界の文明は18世紀イギリスの産業革命時代と同レベルである事がわかりますね。」
「もしかしたらこの国が例の…」
「5大列強国の内の一国の可能性が高いです。」
「他はどうなの?」
「他にも興味深いモノがいくつかありますが、その中で最も注意が必要だと思われる写真はこれだけです。あとはまた後日…」
「へ?後日?…なんでよ。」
「打ち上げた人工衛星は4基。それでもこの星を短時間で把握するには十分とは言えないです。」
「…この星デカイのか?」
「はい、少なくとも地球の倍近く…いや、それ以上あるとお考え下さい。」
「うひゃー。」
「では私はこれで…」
「ん?もう帰る?だったら、一つ聞いていいかい?」
「なんでしょう?」
「あのさぁ、この国が向かってるのは希望のある未来か?それとも破滅しかない未来か?お前はどう思うよ?」
「それは進んでみなければわかりません。ただ…間違えればこの国は滅びる、それは確かです。」
「…そっか、報告御苦労さん。」
「では…」
田中はまた薄暗い襖の奥へと消えていった。
残った広瀬は1人で酒を飲み続けている。
「…日本はこれからどこに行くんだろうなぁ。」
中ノ鳥基地に在留している人達には人工衛星があがった為、日本へ直接電話などが可能になった事を伝えた。
ーー同時刻 ウンベカントの離れ丘
星と月の光に照らされた広く静かな草原。その中に、つい数ヶ月前までは存在しなかった町があった。ロイメル王国の城下町よりも明るく、賑やかな声が聞こえる。
ウンベカントから1㎞近く離れた少し高い丘を登り、その町の様子を見ている。ボロボロのフードを纏った者がいた。エメラルドグリーン色の眼が月明かりによってチラつく。
「…あれが噂の『ウンベカント』か。あそこにニホン人が…。」
その人物はそう呟くと、ウンベカントへ向けて歩きだした。
800年分の地下資源…とんでもない量だなぁ…