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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
135/161

第130話 僕が造ったオモチャを観て!

誤字報告ありがとうございます!

いつも助かってます!

 ーーー

 日本国 中ノ鳥半島

『ウンベカント』市内

 ーーー


 オワリノ国と正式な国交が開始する少し前から中ノ鳥半島にある街、いや都市と化したウンベカントは大きく発展を遂げていた。



「ニホンはこんなデカい建物をよく簡単に造れるよなぁ」


「それも下手な城壁より丈夫とか……どんな建築技術だよ」


「成る程。これならドワーフの国から大勢の建築技術官がやって来たのも納得だ」


「クルマやバイクもかなり走るようになったしな。ってかアレどんな原理で動いてんだよ?」


「知らねぇよ。噂じゃあヴァルキアやサヘナンティスも自動車はあるらしいが、性能は圧倒的にニホンが上らしい」


「ヴァルキアはあんまりよく知らないが、サヘナンティスよりも上とか……ヤベェだろ」


「おまけにこの滑らかな道路よ。もう石畳とかの次元超えてるだろ」



 少し前までは主要道路にしかアスファルトが敷かれていなかったが、今では街全体に敷かれている。また、点々と存在していたのみであった日本の建物は、今ではあちこちに日本では馴染みの建物が造られ、ビルも多く建ち並ぶようになった。



『横断歩道ハ左右ヲ良ク確認シテカラ渡リマショウ 車ハ急二ハ止マレマセン』


「あ、PW(パトロールウォーカー)だ」


「えっと……赤で渡るんだっけ?」


「青だよ馬鹿」



 道路の発展と並行して歩道も大きく変わっていた。薄暗い路地裏には今まで殆ど無かった街灯も設置されている。道路を走るのは車よりも異世界の荷馬車やバイク、自転車、馬などが多かったが、今では車が圧倒的に多く、歩道橋や横断歩道、信号機も多く設置されるようになった。



「ニホンの建物も増えて来たわねぇ」


「わたし、獣人族の国のヴェルディル出身だけど、こんな堅固な建物が連なる都市は初めて見たわ」


「ドワーフなら兎も角、私たちだけであれらの内の1つを建てるってなったら、何年も掛かるわ。」


「それをニホンはたった1ヶ月足らずで建てるんですもの。人間業じゃあないわ」


「あら? でも建築に携わってたのはWALKARよ? アレは命が宿ってないから不眠不休で働けるものね」


「あの鉄の人形兵? でもそれを造ったのはニホンよ?」


「あ、それもそうね。じゃあ結局はニホンが造ったって事になるわね」


「そうよ」


「そうね」



 商業関係でも日本の販売店、日本の工場、日本の家屋、日本の公共施設、日本の医療施設……などなどが増える一方、異世界独特の建物や中世風の木造建築物は減少の一途を辿っていた。



「この街も大分広くなったよなぁ?」


「そうだな。色んな店も増えたし、人も増えたし、だったからな。必然だろ?」


「だからと言ってこんな……中小国の都よりも遥かに立派って……必然じゃあないだろう」


「そうかぁ? ん……お前さん最近ここへ来たのか?」


「あ、あぁ……生まれは低文明国家のクドゥベキスタンだが、育ちは高度文明国家のエルギーだ。商会からの推薦でドム大陸に渡って…ニホンからの正式な許可も貰ってここで商売を始めたんだ。ほんの半月足らずも前さ」


「なるほどね。それでこの街……あっ、今は市か。どう思うよ?」


「どうって……ありきたりな言葉だけど、凄いの一言さ。エルギーの王都とは格が違う。規模も人口も治安も豊かさも何もかもがね。差があまりにも開き過ぎて悔しさは微塵も湧いてこないや」


「ハハッ! そらどうも。俺はこの都市がまだちっぽけな田舎町の時から住んでんだ。困った事があれば俺に聞ー」


「アンタぁぁ! また無駄遣いしたねェ! 今度という今度はもう容赦しないよぉ!!」


「あ……俺が困った事になった」


「……」



 市の面積も町が創られた当初の5倍にまで拡大している。これには日本からの企業団が現地へ移ってきた事もあるが、一番は現地の移住者が増加した事によるものが大きい。

 居住区は最初の頃の10倍にまで広がっており、移住者の7割は亜人族で、次いで3割が人族となっている。これらの要因は、亜人族国家の国々との国交も活発化した事にある。



「最近、ドワーフが増えてねぇか? 都市の整備とかでニホン人と一緒に行動してるのをよく見かけるぜ」


「それ言ったらエルフ族もだろ? 郊外に開拓された農地が半端ない広さになってるだろ? なんでもエルフにしか使えない魔法と農法でニホンの作物にどう変化が発生するかの大規模実験をしてるとか何とか……あれ? どうだっけ?」


「いやいや、ドリアードだって増えたぞ。ホビットにトレントに妖精人フェアリー……噂じゃあニホンのぉーなんだっけ? ケーサン省の役人となーんか怪しい話をしてたっていう」


「おいおい、ドリアードの国は魅力的とは聞くが、その実はバラの棘で、むやみやたらに近づいて来た強欲な商人が無一文になって戻って来たって聞いたぜ」


「ドリアードの国で商人はかなりの凄腕じゃないと破産すると聞くが……そんな国と商いで渡り合おうとするニホンは逞しいというか、蛮勇というか、怖いもの知らずだな」


「これも噂だが、リリスティーグはニホン政府に弱みを握られているとかいないとか」


「あ、あの騙し合いの国と言ってもおかしくない国の弱みを握るとは!」



 亜人族国家との交易が盛んになるにつれ、半島内の亜人族の数は増加傾向にあった。日本政府は一時期、治安悪化を危惧した結果、政府直轄の監督官やWALKARを多量に導入したのだが、意外にも亜人族が増えた事による治安の悪化が発生する事はほとんど無かった。寧ろ、現地の人族よりも亜人族の方が、法や秩序を遵守する傾向にあったのだ。のらりくらりとした現地の人族よりも誠実な印象を受けた。


 彼らは長い間同族以外の者から迫害を受けているケースが少なくない。ウンベカントもとい日本国ではそれが存在しないという事が彼らにとっては理想郷の様な認識となっている。そのため、やっと求めていた夢の暮らしを自らの過ちで喪う事は愚かの極みと思っているらしい。


 では人族はどうなのか?


 人族は亜人族よりも問題事を起こしやすい理由は……やはり亜人族と同居しているという点が一番だった。

 この世界の人族は亜人族を野蛮な種族と認識している人が圧倒的に多く、故に仕事や日常生活で衝突を起こす事件が後を絶たない。


 勿論、この半島に居る人族は比較的常識人が多く、他国と比べれば治安は圧倒的に良いだろう。しかし、毎日のように市で起きる事件の大半は人族と亜人族とのイザコザでそれも人族側から絡んでいる場合が多い。



「獣臭い亜人と仕事なんか出来るか!」


「此処は人族であるニホン人の国だ! 亜人族が大手を振って道を歩くなんて生意気だ!」


「飲んだくれのクセに! ドワーフが俺たちの仕事を奪ってる! おいPW、あのドワーフどもを叩き出せ!」


「詐欺種族が! ドリアードは出て行け!」


「おいエルフの雌! こっち来て酌しろ、酌!」


「あ……あの雌エルフ無視しやがった!」


「エルフの癖に生意気な! ぶち殺せ!」



 大陸内外から現れていた野盗集団の数が日々減少傾向にあるかと思えば、今度は内側の問題が浮上していた。


 政府としてはこういった問題行動を起こした現地民に対し、基本的には在留外国人と同じ扱いで罰し、場合によっては強制退去を実施している。


 死亡事故まで発生していないのが不幸中の幸いである。


 現状ウンベカント市の労働力に於いては、ほぼWALKARで事足りるのだが、現地民と日本人との交流と交易の象徴とも言える都市である為、現地人雇用はそのまま継続する事となった。


 現地人が貰える仕事として主に現地からの輸入製品の整理運搬、現地支店の店員、語学研修養成、現地警備隊員などがある。他にも細々とした仕事を受ける者も多く存在しており、現地へ移住している日本人との交流も大きな問題も無く順調に進んでいた。

 故に日本の高い評判は広範囲に広まり、今となってはドム大陸内国家の中で日本を観光した事のない貴族は存在しない程にまでの人気ぶりとなっている。



「父上! アレがウンベカントですか!?」


「あぁ、そうだとも。そういえばお前はまだニホンを観光したことが無かったな。あそこは良いぞ。色んな珍しい品々が山のようにあるんだ。着いたらお前にも好きなもの買ってあげよう。なぁ妻よ」


「ホホホ。そうですわね、アナタ」


「本当ですか!? ヤッタァーー! ところで、ニホンには『ユーエンチ』という凄く楽しい遊び場があると友達から聞きましたが、本当ですか?」


「む? それは初耳だな……よし、後で聞いてみよう」


「アナタ。馬車の移動も悪くはありませんが、次は『列車』にも乗ってみたいですわ。ハージス家の奥様は大金を叩いて切符を手に入れたそうですわよ。何でもあっという間にウンベカントへ着いたらしいわ」



 今現在、列車はロイメル王国とクドゥム藩王国に複数のレールが敷かれ、大陸内の物流や人員移動に大きく貢献している。その圧倒的なスピードで一度に大量の物資や人員を運ぶ列車にその国の人々は大きな衝撃を受けている。故に連日列車に乗る切符を手に入れる為、数カ国の王侯貴族が大勢我先にと競っているのだ。



「ところで父上。僕たちが向かってる場所はどのウンベカントなのですか?」


「ん? 今私たちが向かっているのは通称『娯楽街』と呼ばれる『西ウンベカント』だ。ユーエンチはそこにあるのではないか。西は良いぞ! 大人も子供も遊び場が山程ある! 一日中回っても遊び尽くせない位だ!」


「わぁ!」


「アナタ。わたくし買い物は『中央ウンベカント』が良いですわ。前回行った『北ウンベカント』も悪くはなかったけど、品揃えはやっぱり元祖、中央ウンベカントがいいわ」


「む? 北は確かニホンの商店よりも現地雇用の商会が多かったからな。ニホン製品が中央より少ないのは分かるが、それでもあそこで居を持つ商会は全部名のある商会ばかりだぞ?」


「うーん、そうだけど。そういえば、『東ウンベカント』はまだ行ってないわね? 彼処は何が有名なのかしら?」


「東は通常は行けない特別地だそうだ。何でも国賓級の客人をもてなす宿泊用の超高級施設やら国賓館があるらしい。娯楽や観光とは違う……本当に選ばれた存在しか入ることが出来ない場所なんだ」


「まぁ……となると、王族の中でも王位に就く者かそれに近いしい存在になるのかしら?」


「さぁな。そこは分からん。それに東ウンベカントという名前は我々が勝手に呼んでいるだけで実際は『東』だけ存在しないらしい。正式名称は分からん。要はニホン国政府直轄地帯だ。国賓クラスの御客人以外はお断りって事だ」


「私たちには無縁かしらねぇ。一度そこへ行ってみたいけど」


「ははは。ところで南はどうだ?」


「もうアナタったら。分かってて言ってるの?」


「すまんすまん。ははは」




 中ノ鳥半島に在住する人々が様々な理由で増えるにつれ、街一つでは賄いきれないと判断した政府はテスタニア帝国との戦後間もなく、西南北にも都市建設計画を実施し始めていた。始まりの街であったウンベカントは、今では近代化した都市レベルにまで発展。規模も人口も増えたそこは、他の都市部建設開始と同時に『中央ウンベカント』へと名を変えつつあった。


 こうした計画を発令したのには治安改善の意味も含まれている。


 中央には常に多くの観光客やら移住者、商人などが集まる為、悪い意味で乱雑とした光景が現れ始めていた。種族間の衝突やイザコザ、窃盗、人攫い未遂、違法物品の売買など……故に治安悪化の原因ともなるこの事態の改善に向けた取り組みなのである。


 その為、新たな都市部を娯楽観光、商業、居住地と大きく3つの種類に分類し、密集させないよう取り組んだ結果、治安は大きく改善し犯罪発生率も大幅に下がる形となったのだ。


 西ウンベカントは観光や娯楽を主体とした街並みとなっており、住民たちは勿論、大陸内外からやって来る貴族たちからも人気は高い。


 北ウンベカントは中央で受け入れきれない商会を中心に発展した広い商店街のような街並みとなっている。日本企業や商業の多くも北に集まっているが、まだまだ中央ほどの盛況さは出ていない。それでも伸び代のある賑やかな街だ。


 南ウンベカントは中央などに入りきれなくなった現地雇用の住人たちの居住区域と化している。2万弱の人口で複数店舗の日本の店も構えており、かなり賑やかな街となっているが観光とは程遠い雰囲気を持っており、同じウンベカントの名を持っているからと観光に訪れて来た観光客がガックリと肩を落として引き返すのも珍しくない。


 現在、日本政府は半島内への移住者を大幅に制限を設け、半島へと続く各入国関所の厳格化が進んでいる。様々な商会も含め、明確な理由や間接的紹介でも、入国管理局の厳正な審査の元で許可が下りなかった人は問答無用で門前払いである。初めは多くの批判を覚悟していたが、意外にも移住希望の現地人の大半が納得し踵を返していた。その理由としては、やはり相手が列強国であるという点が強く、誰も列強国の怒りを買いたいとは思わない。


 無論、潔い者ばかりではないが、それはまた別の話となる。相応な対応(・・・・・)をしているとだけ伝えておこう。


 日々大きな変化が訪れている中ノ鳥半島。


 しかし、そう言った変化が起きているのは中ノ鳥半島を始め、日本だけに限らなかった。


 日本が異世界の列強国として名を馳せてから、世界でも何かしらの変化が起きていた。


 その内の一国がアムディス王国である。


 かつてはドム大陸一の軍事力を誇り、大陸全体にその侵略の魔の手を伸ばしていた国……アムディス。大陸統一最後の障壁となるロイメル王国との開戦が始まる寸前に出会った異世界国家の日本国により両国との大戦争が勃発することはなく平和的に解決。更に侵略した国々も解放した。


 そもそも、アムディスが侵略に乗り出した原因は、暴国テスタニア帝国経由で元列強国ハルディーク皇国からドム大陸統一を条件に不治の病を治すと言われる『ルカの秘薬』を受け取るというものだった。アムディス王国国王バルトルア・ラザロは自身の愛娘、セティ・ラザロの病を治す為に、大陸制覇に乗り出した。しかし、結果的にそれは良い方向で失敗に終わった。


 事情を知った日本は危険を承知でアムディスに国境なき日本医師団(MSFJ)を派遣。


 診断の結果は重度の肺結核。


 その後、治療を受けたセティは無事に回復。


 国王も娘の病を治す事を条件にロイメルとの戦争を放棄。その後、占領下に置いていた国々を解放し、日本国とも友好的国交を結ぶ形となった。


 そして今では日本からインフラ整備を目的とした支援団体が、アムディスにて活動を続けている。


 王都の大通りにはアスファルトが敷かれ、日本の工事用車両が行き交っている。アムディスでは主な交通手段は馬車か馬で、日本の工事用車両よりもかなりの数が道路を走っている。道が平坦に整備されており尚且つ頑丈に作られている事もあって、王都で馬車を利用する人々からの評価はかなり高い。また、郊外には幾つもの鉄道も敷かれており、ロイメル経由ではあるがより多くの物資が王都を始め、各主要都市部へ運ばれるようになっている。


 その為、王都は連日大盛況で大いに賑わっていた。



「よってらっしゃい見てらっしゃい! 今日はニホン産の野菜がたんまり入ってるよ!」


「コッチはニホンの特産品だ! 日常生活に便利なモノが沢山あるよ!」


「ニホンの衣服は着心地が良くて良く伸びる! 多少膨よかな人でも問題なく着れるよ!」



 移動手段が充実すれば自然と人は増えて来る。そして、人が来れば物流が盛んとなり繁栄する。


 日本との交易と国交を結ぶことはその国にとって繁栄を意味するものとなっている。故に未だ日本との国交を望む国は少なくない。


 しかし、中にはそれを良く思わない輩も当然存在する。



「おい、見ろよアレ」


「ベルム教の信徒たちだ。今日もせっせとお布施集めか? ご苦労なこってェ」


「お前、ちょっとくらい金やってやれよ」


「はぁ? ふざけんな。『ニホン殲滅の祈りを神に捧げる為の清きお布施を!』とか抜かす連中に誰がやるかよ。ニホンのお陰で今俺たちは毎日が幸せで毎日が潤ってんだ。それをワザワザ壊すなんざ馬鹿げてるよ、アイツらは」


「だよな。今のアムディス、いやドム大陸の国全てがニホンあってこその繁栄だって言うのに。ニホンを怒らせるような事をする事はアホのする事だ」


「信徒の数も今じゃ1000人にも満たないらしいぜ。ちょっと前までは国民の大半がベルム教だったっていうのに」


「言うてそこまで関心は無かっただろ? ただの肩書きだけ」


「まぁな。おっ? ほら見ろ、国の衛兵たちが来た途端にそそくさと消えてったぞ」


「惨めを通り越して哀れだな。なにがそんなにベルム教を貫くんだ?」


「気にすんな。今も熱心にベルム教を信仰してんのは年寄り連中だけだ」



 かつてのアムディス王国の国教であるベルム教は、自国民以外は悪魔という教えのもと、それを燃料として侵略戦争を加速させていたが、日本との国交樹立を機にラザロ国王は、ベルム教の廃止を唱えようとしていた。しかし、長年信仰していた国教をおいそれと急に廃止するワケにも行かず、徐々にその数を減らす事にした。


 結果的にはベルム教の教えよりも暮らしが豊かになる道を選んだ国民によりその数は日夜急激に減っていった。


 その事実に国王は内心複雑な心境であったとのこと。


 ベルム教信者達は今日も物乞いの様なお布施を求めながら、かつての栄光を語り、ニホンを滅ぼせと語り続けている。その日暮らしの彼らがやっとの思いで手に入れる食料が日本からの輸入品である事を知らずに。


 彼らは語らい続ける。


 決して届く事のないかつての教えを。


 因みに国王の愛娘セティ・ラザロは現在、日本の医薬学術を学ぶ為に勉強の日々を送っている。


 彼女の将来の夢はドム大陸一の医者になる事らしい。


 国王ラザロはそんな彼女を今日も暖かく見守っている。


 彼女の病が治ってからというもの、彼は日本から購入したデジカメを使い、彼女の成長を記録し続けていた。


 そのアルバムは既に50冊まで増えているのは本人だけの秘密。






 ーーー

 中ノ鳥半島 東部


 政府管轄迎賓用特別区域

 ーーー

 既にレムリア帝国からの使節団が来日してから3日経っていた。


 ここは中ノ鳥半島自衛隊基地から少し東南部に位置する日本国政府直轄領の特別館地帯で異世界国家を迎えるために想定して作られた区域である。


 広さは東京23区の練馬区とほぼ同じ。

 建てられている館は1つで赤坂迎賓館をモデルに造られた建物で、他は主庭と前庭、後庭、左庭、右庭に区分され、精匠に造られた和の庭園が広がっている。


 名前は中ノ鳥迎賓館。


 普段でもその警備が堅く、国賓が来日中は厳戒な警備態勢の元、普段の倍近い無人機が常に巡回している。


 中ノ鳥迎賓館は主に会談の場を目的とした建物であり、国賓級要人の宿泊施設は別に用意されている。右庭に最高級のホテル、左庭に超一流の和風旅館。


 現在、使節団は左庭にある国賓用和風旅館『松ノ字』に宿泊している。



「では、本日で全ての見学は終了になります。明日は朝10時に半島基地からオワリノ国へ出発する予定となっております」


「今日までの3日間。実に素晴らしい時間を過ごす事が出来ました。道中色々とありましたが、貴国の我が国への友好の意はしっかりと陛下へお伝えします。心から感謝申し上げます」



 レムリア帝国外務省副長官のノリスは右手で左胸を当てながら、恭しく頭を下げると周りも彼に合わせて頭を下げた。


 彼らに対し安住を始め外務官らも頭を下げる。



「ありがとうございます。本当にお疲れ様でした。明日までごゆっくりとお休み下さい」




 ーーー

 ーー

 ー

 安住らが旅館から出た後、使節団はノリスの部屋へ集合し、会議を始めた。その面持ちは決して明るいものでは無かった。



「食事まで時間はまだある。後でもう一度会議はするけど、今現在、皆のニホン国に対する印象をここで聞かせてほしい」



 ノリスの言葉に皆が頷いた。

 先に国を開いたのは外務省第3次官のゾマノフだった。



「まずウンベカントなる街並みですが、確か中央ウンベカント市と称してましたか。まぁ、皆さんも3日間見て周り理解したとは思いますが、あの都市はかなり高度な建築技術とインフラが整備されていると受け止めます。人口も現地人を大々的に受け入れていて、商売も許可を得れば可能。そして、何よりも驚くべき点は治安の良さです。自国民だけならともかく、文明レベルの低い現地人を定住させる事はその街の治安低下の危機をもたらします。ましてや亜人族が多いあの都市です。更に言えば、良からぬことを企てる裏社会の人間もその土地で別の悪行を生業とする危険性もです。しかし、あの都市ではそれは全くと言っていいほど無かった。あの人型魔導機械が徘徊しているとはいえ、あの治安の良さには驚きを隠せません」


「ふむ。治安の良さはその国の教養レベルが測れると言うもの。となれば、現地人を多く受け入れているあの都市の治安レベルを考えれば……ニホンの教養レベルもまた高いというもの」


「話を聞けばこの土地はニホンがこの世界へ転移してから獲得した土地らしいではないか。それも一切の武力を用いずに譲渡されたと」


「うーむ」



 ゾマノフの言葉に皆が同調する。

 3日間にも及ぶ中ノ鳥半島の観光では中央ウンベカント市を始め、西、北、南へも訪れていた使節団だったが、どこも治安が悪い雰囲気が殆ど感じられず好印象だった。無論、其々の特色あってという点も含めても、あの治安レベルはある種異様であった。


 先ず、レムリア人からすれば現地人とあそこまで対等かつ良好に接すること自体が異様だからだ。


 レムリアでは純レムリア人を上とする臣民階級制が存在する。一等レムリア人、二等レムリア人、三等レムリア人とその階級は3つに分けられおり、純レムリア人は産まれて直ぐに一等、常任理事国の人間及びレムリア人の特徴を色濃く受け継いだ混血人が二等、現地人とレムリア人との混血でもその特徴が少ない者は三等と区分される。


 無論、全てがそうだというわけではないが、現地人とレムリア人が仲睦まじく過ごす事は滅多にない事なのだ。近年ではかなり改善はされているが、それでも根強い差別行為や迫害行為は全国的に残っている。臣民階級制が存在する故にそれは強いと考えられるが、実は臣民階級制があるからこそ、現在の第2世界の秩序が維持されているのだ。


 ひと昔、ふた昔前までは臣民階級制なる制度は存在しなかったが故にレムリア人と現地人との明確な身分の違いとなるモノサシが分からなかった。その結果、レムリア人と現地人との中小規模の暴動に近い衝突がひっきりなしだった。


 臣民階級制を敷いてからは明確な身分が出来た事でそう言った衝突は大分少なくなったのだ。


 レムリアからすれば臣民階級制は秩序を守るための制度でもあるのだ。皆が己の節度を知り、守って生活している為、現地人とレムリア人が混同してもその市街町村は平穏となる。


 話を聞けばニホンは現地人と自国民を区分させる階級制度は実施していないと聞く。


 だからこそ理解出来なかった。



「見て周った限り、現地人とは友好な関係を築いている風に見て取れる。いや、我々が滞在している期間だけでもそう演じろと命令されていれば話は別なのだが……」


「あの雰囲気はとてもそんな命令を受けたとは思えません。アレは本当の光景なのだと、私は思います」



 ゾマノフがそう締め括り、テーブルに置かれた酒の入ったグラスを一気に飲み干した。空になったグラスを見ながら彼は掠れた笑い声を出す。



「ハハ……行きつけの店で飲む酒より美味い」



 そう言うと、もう話す事は無いとばかり彼は手を誰かに向けるでもなく差し向けた。


 次は誰かと周りを見ると次に口を開いたのは魔導科学省副長官補佐のハーソンだ。彼は以前、山鯨で人型魔導機械を見てからと言うもの、何処か抜け殻のようになっていたが、観るものはキチンと観ていたと言う事だろう。



「まぁ知っての通り、あの魔導機械の事だ。私は最後の希望に縋ってアレは量産出来るシロモノではないと考えていた。だが、それは見事に打ち砕かれた。ウンベカントを観光している時に何時もと言っても良いほど、人型がウロついていた。どれも完成度はあの飛空艇の中で見たモノと同レベルかもしれない。ははは……ニホンはアレを量産体制まで可能としたのだ。一体どれほどの魔導技工士が存在するのかと思ったが、自動車工場を見て周って納得した。皆もそうだろう?」



 力無い言葉で皆に問い掛ける。

 皆は目を瞑るか、下を向くかの反応した無かったが、それだけでも皆の心情がどうなのかは理解出来る。


 皆の反応にハーソンは鼻で笑った後、全員の気持ちを代弁するように答えた。



「まるでおとぎの世界にいるようだったか? そうだろうな、我が国では例えどんな最先端の魔導科学研究所でもどんなに設備が整った巨大な魔導機械工場でもアレは先ず不可能だ。……自動的に機械が機械を造るなど」



 彼らが見物した場所の1つである中ノ鳥半島内にある複数の自動車工場では、使節団にとって到底信じられない光景がそこにはあったのだ。


 流れ作業で次々と組み立てられ、加工される夥しい数の自動車となるモノ。それを行うのは人ではない、機械の腕……ロボットアームだ。それも動きはゆったりとしたものではなく、目で追うのがやっとで何をしていたかが殆ど理解出来ないほどのスピードで作業を行なっているのだ。どんなに細かくて、精密な作業が求められてもあの機械の腕は数秒単位であっという間に終わらせていた。それ以外にも驚くべき無人機が多数存在していたが、中でも度肝を抜かれたのはやはりあの機械の腕だった。



「我が国では全てにおいて人の手が求められます。魔導技工士が必要なのです。それもアレほどデカい工場であれば数千人の魔導技工士が必要になります。しかし、あの自動車工場に勤務している人間は僅か100人足らず。それもシステム上のチェックやメンテナンスのみ。組み立てに関しては殆どが機械任せ。あぁ、ありえない。ありえない! ありえない!」



 ハーソンは頭を掻き毟り始めた。

 周りが直ぐに彼を止めようとするが、頭を掻き毟る彼の手は止まらない。



「一体どうなってるんだ? この国の魔導機械学は……魔導技術力は……ケタが違う。もはや工程云々のレベルじゃない。今まで火縄銃を最先端だと思っていた国が、突然他国から機関銃をポンと手渡された様な衝撃だ。いや、それよりも恐ろしいのは……アレが自動車のみに限らずあの人型を始めとした様々なモノにも利用している可能性が高いという事だ。都市の警備に利用するくらいだ。間違いなく兵器転用もしているだろう」


「感情を持たぬ生まれついての戦士として造られ、戦場に現れでもしたら……脅威だ。とてつもない脅威だ」



 国防省第三次官のルガリカーも同意見の言を発した。アレらが戦場に猛威を振るうことを想像したのか体は小刻みに震えている。しかし、それを笑うものは此処にはいない。アレの脅威については皆も同意見だからだ。


 次に聖典省第三次官のデナティファが発言した。



「フルヤ氏から話を聞けば、此処には数多の宗派を持つ現地人と亜人族が暮らしていると聞きました。ニホン国はそんな彼らに制限をかけるでも無く、周りに危害を加えない場合に限り自由な信仰を認めてるようで……納得は出来ませんが、あの治安の良さはそれも起因しているかと考えます。所々に異教の建物が建てられているのが実に不愉快でした。神メルエラに仕える者としては許し難いことです」



 デナティファは普段の温厚さは何処へやらと、不機嫌な表情を浮かべていた。それは此処に居る者の大半が彼と同じ心境だろう。もしニホンがあそこまで高度な文明を持つ国でなければ間違いなく罵声を浴びせる者は居たはずだ。


 唯一にして絶対なる神はメルエラのみ。


 この世に信仰を許して良いのはメルエラ教のみなのだ。


 それ以外の宗教など存在する事自体が大罪。

 

 ニホンは多宗教を受け入れ、信仰の自由を認めている。これは断じて許されるものではない。


 しかし、それは宗教観だけで見ての判断だ。


 国や政治として彼の国を観れば、そう易々と聖戦を仕掛けて良い国ではない事は明確。



「罪深い国……しかし、こんな私でも理解できます。この国は決して侮っていい国ではありません」



 デナティファはがくりと肩を落とす。


 彼がそう判断した決め手は、言わずもがな小規模の火力演習を見学した時だった。いや、それは彼だけに限らない。この場にいる者全員がそう思い至った事だろう。



「うぅむ。アレは……私が知り得る聖国連軍の精鋭部隊に匹敵するだろう。演習で見せてくれたのが一部だけだったのは実に残念であったが……収穫はあった。ニホンの軍事力は少なくとも常任理事国以上はあるだろう」



 カリアッソは顎に手を当て怪訝な顔で呟いた。終始ニホンを見下していた彼がここまで相手の力を認めるのはかなり珍しい。そんな彼が認めざる得ないモノを皆は目にしたのだから当然といえば当然だろう。


 彼が至極真っ当な意見を述べた事に、聖国連軍中将のスラウドラは思わず感心した。



「珍しいわね。貴方がそこまで相手を認めるなんて。」


「な、何か変なものでも拾い食いしたか?」



 悪気はない失礼な言葉にカリアッソは苦笑いを浮かべる。



「な、なかなかに辛辣な……ま、まぁ良い」


「しかし、アレがニホンの精鋭部隊か……ふむ、注意が必要かー」


「む? 何を申しているのだ、ルガリカー殿?」


「なに?」



 思わぬカリアッソからの言葉にルガリカーは戸惑った様子で彼を二度見した。カリアッソは言葉を続ける。



「アレがニホン国の精鋭だと誰が言った?」


「ど、どう言う意味なのだ?」


「私は……あの演習で見たニホン軍は通常編成の部隊なのではと考えている」


「な、なんと!?」



 カリアッソの言葉に何人かが驚愕した。

 その言葉の意味をとてもでは無いが信じられなかった。信用したくなかった。


 あの演習で見た練度の高さが特別に鍛えられた精鋭ではなく、ごく当たり前の編成部隊であるなど認めなくなかった。


 もしアレが通常編成だと言うのなら、この国の軍隊の練度は途轍もないものだ。それが精鋭部隊となればどんなに恐ろしいか……想像すら恐ろしい。



「戦車、ロケット砲、迫撃砲、小火器……中には我々でも知り得ない武器も有りました」



 皆は火力演習の時のことを思い出していた。

 洗練されたニホン軍一人ひとりの動きは見事の一言。その中には銃火器類を装備した人型魔導機械もいた。市街で見かけた人型もかなりのものだったが、アレは一つ抜きん出た機動力の高さを感じさせられた。


 聞こえてきた独特な乾いた発砲音。

 パパパパ! と射ち出されたそれは何処に当たるというわけではないただの空砲だったが、彼らが驚いたのは彼らが使う銃火器にあった。



「ニホン軍が使っていたあの自動式小銃。アレは連発と単発に切り替える事が出来るのか?」


「やはりそこに目をつけましたか。あの演習を見た限り、我が軍の単発式自動小銃を持つ兵士は一人も見られませんでしたな。確かにアレなら一々2種類を陸兵に持たせる必要もなくなるでしょう」



 ルガリカーが頷きながら答えると、「いや」とハーソンが彼の話に割って入ってきた。



「確かに一つの銃に2つの機能があれば、兵士其々の役割もまた変わりましょう。ひとりひとりにより高い任務を与える事も可能かと。しかし、そこに至るまでには長い時間と資金が必要となるでしょう。仮に出来たとしても費用が高過ぎれば量産は難しく、部品が増えればその分整備に手間がかかります。そうなればー」


「兵たちの負担になる……ですね? ハーソン」



 スラウドラの言葉にハーソンは頷いた。

 そのまま続けて彼女が話を進める。



「その銃を使うのは兵士達で観賞用ではありません。戦場は常に悪環境。土砂降りの湿地帯もあれば乾き切った砂漠もあります。それに加えて敵の銃弾砲弾……とてもではありませんが、そんな状況下で悠長に銃整備を行えると思いますか? 下手に部品を増やせば整備中に失くし、銃が使えなくなる。または時間がかかり過ぎる。最悪、砂利や泥などが銃火器に入ってしまい動作不良などを起こす可能性もあります。故に戦場で使われる銃火器に求められるのは扱い易く、整備も簡単。部品も少なく、どんな環境下でも問題なく利用できる事が重要です。更に付け加えるなら使い慣れた武器が尚良いでしょう。他所の武器が良いからといって安易に銃火器を変えるなどとは思わないよう願います。勿論、様々な問題が解決し且つ新兵でも問題なく扱えるモノであれば文句はありませんが」



 淡々と述べる彼女の言葉にルガリカーはバツが悪そうに俯いてしまう。

 彼女が言う事が正しい故に何も言えないのだ。



「スラウドラ殿の言うとおりですな。まぁ飽くまで記憶の片隅程度に留めておきましょう。次はニホン軍の戦車……30式戦車でしたか? 形状は我々と少し違いましたが能力は凄まじかったです」


「あの射撃精度は……馬鹿げてる。スラローム射撃だったか? あんなスピードで走行してあの命中精度は恐ろしい」


「アパッチなるモノも、かなり」


「形状こそ大分違うが、アレは我らの小型機動強襲艇アーヴァに酷似した役割を持っていると言えるでしょう」


「戦車も我が国の最新鋭重戦車であればニホン軍の戦車など一捻りです」


「機動力でいえば軽戦車で対応できるでしょう」


「いや、そう考えるのはー」



 この日、彼らは夜更けまで会議を続けた。

 ニホンがどれほどの国でどんな力を有しているのか、それらをまとめ本国へ伝える為に。



 そして、翌日。

 彼らは本国へ帰国した。


 無事に役目を果たした事による安堵のため息も束の間、次は今後、日本とどう向き合うべきかを議論していかなければならない。


 皇帝や各省幹部、第3委員の役割を持つ元老院達がどう受け止めるのかは分からない。


 ただ1つ言える事は、どちらにせよ面倒な事は起きる……という事だ。


 更に後日。

 安住は外務官らを連れてアルフヘイム神聖国を訪れ、第2世界でレムリア帝国を軸とする聖国連により追い込まれている異端国家群(ヘリジア)の使節団らと対談。その席で手を貸せない意を表明した。

 彼らは終始慈悲を求めていたが安住は一貫してその意思を変えず、足下に必死にしがみつく彼らに戸惑いながらもその場を後にした。


 せめて帰りの安全は、と政府は急遽アルフヘイムに山鯨を派遣。彼らを第2世界のオワリノ国へ送り届けた。


 彼らは道中ずっとすすり泣いていた。


 しかし、その目は何か決意に満ちたモノを感じた、と山鯨乗組員に扮していた別班の1人がそう口にしていたのは広瀬と、さるお方のみの話。










 ーーー

 レムリア帝国 ハーキン地区


 ハーキン北大森林 テベリア研究所

 ーーー

 使節団らが帰路に着いている中、レムリア帝国(第2帝国)初代皇帝バークリッド・エンラ・ルデグネスは皇家専用車両に乗り、人気のない不気味な山道を進んでいた。



「陛下。あと数分でテベリア研究所に到着します」


「あぁ、分かった」



 左向かいに座っている秘書に言われるとルデグネスは軽く返事を返し身嗜みを整える。


 これから彼が向かう場所は魔導科学省直轄の十翼研究施設の一つ、テベリア研究所。そこでは日夜、魔鉱石に関する研究及び実験が行われている。


 普段であれば政府専用の小型飛空艇に乗って移動するのだが、この森林一帯には常時対空妨害魔波を周囲に放出している為、空からの進入は、たとえ政府専用機でも不可能なのだ。



「到着しました」


「あぁ」



 リムジンに近いレムリアの高級車から従者が先に降りて後部座席の扉を開け、ルデグネスがゆったりとした動きで車から降りる。



「ご苦労。少しここで待っていてくれ。護衛は……知ってるとは思うが不要だ」


「「ハッ」」



 そう言うと車は発進した。夕暮れの薄暗い深い森の中、残った皇帝は臆するでもなく目の前の建物へと足を運ぶ。


 テトラポッド型の建物であるそれは入り口が特殊な魔導装置となっており、重厚な扉の傍に設置されている円柱の台座へ手をかざし、指紋認証ならぬその者だけが持つ魔紋認証で開く仕組みになっている。登録されたものであれば扉は開くのだが、そうでない者の場合は直ちに警報が鳴り響き、研究所の衛兵が現れる。


 皇帝はその台座へ手をかざす。台座に緑色に光る魔方陣が浮かび上がると重厚な扉がゆっくりと開いた。


 建物の中は外とは真逆の世界で、清潔感のある綺麗な空間となっていた。白衣を着た研究者達が行き交い、奥にある受付には綺麗な容姿の受付嬢が2人立っていた。


 この国の皇帝が現れたというのに皆は軽い挨拶を交わす程度で跪く事もなければ、敬礼する事も無かった。しかし、皇帝はそれに気にするでもなく研究所のロビーを歩いると、向かいから1人の初老の男性が現れた。


 魔導科学省長官兼ハルドロク魔導科学技術開発局局長のルシッド・タブラン・スヴェンである。


 彼はハルドロクの局長であると同時にこのテベリアの目付役でもある。彼に遅れてもう1人現れたのがこのテベリア研究所の局長カーナ・フ・ユチッド。



「これはこれは皇帝陛下。こんな辺鄙な研究所へようこそおいで下さいました。周りの研究者達の無礼の数々、どうか御許しを」


「フッ。お前が直接報告したいことがあると特一級電報を寄越して来たのだろうが。それから彼らに関しては微塵も気にしてはいない。俺が来ても畏る暇があるなら研究を続けろと命じたのは私なのだからな」


「ハハ、そうだったな! とにかく此処じゃなんだ……早速歩こうか」


「おう」



 2人はユチッドの案内の元、貴賓室へと入って行った。そこでユチッドは退室し、残ったのはDr.スヴェンと皇帝ルデグネスのみ。


 2人は適当な椅子へ腰掛けると、皇帝は早速と本題を聞いて来た。



「それで……話とは何だ? ここへ連れて来たのだからあらかた予想は付いてるが……」



 Dr.スヴェンは紅茶を淹れたカップを皇帝へ手渡しながら答えた。



「賢王石……従来の魔鉱石のエネルギーを数千倍にまで超高密度に結晶化した巨大な魔鉱石。その莫大な魔導エネルギーの量を考えれば、あれほど巨大な魔鉱石であっても容量はまるで足りない……にも関わらず自然の力でアレは出来た」


「全長約30m……重量約80t……改めて考えても、その大きさや質量含めてトンデモない魔鉱石だな。アレは正しく化け物よ」


「化け物? アレは無機質だぞ」


「だからこそだ。私はアレをそう捉えている。アレは……今の人類では手に余る代物だ」



 怪訝な顔で紅茶の入ったカップを見つめる皇帝に、Dr.スヴェンは目頭を押さえながら、やれやれと首を横に振った。



「友よ。そうだとしてもだ、お前には解るだろう? アレの途轍もない価値が」


「それは理解しているさ。だが……危険も多い。200年前……外界のドム大陸で起きた事件を忘れたか?」


「無論覚えているとも……だが、アレは必要な事故だった。お陰で賢王石の危険性やその扱い方、管理方法を改める事が出来た。過去の失敗があるからこそ、今の成功があるのだ」



 Dr.スヴェンはレムリアの頭脳とも言える存在。いくら魔導科学バカの彼でもアレの危険性が理解出来ない筈はない。現に今日まで何の問題も起きていないからだ。それに危険も多いが、強大過ぎるエネルギー故に利用価値もかなり高いのも事実。それは一般的なエネルギー資源としても、兵器としても活用している。未だに未知の力を秘めている賢王石、その利便性は計り知れない。


 彼の言う通り、あの悲惨な事件は必要な事件だったのだろう。


 お陰で当時の権力者達はアレを無闇矢鱈と弄る事は無くなったのだから。



「理解しているさ友よ。十分理解している……ただ、確認したかっただけだ。お前の働きを侮辱したのなら謝ろう」


「いや、謝らないでくれ。お前のその慎重さがあるからこそ、今の私があるのだ」



 互いに微笑を浮かべ、カップの紅茶を飲み干した。一息ついた時、皇帝は話が逸れたことに気付き改めて話を戻した。



「話がだいぶ逸れたが……結局は何なのだ? 賢王石に関してだろう?」


「おお! そうだったな。先ずはこのデータを見てほしい」



 皇帝は彼から手渡された紙を受け取り目を通した。ビッシリと書かれたいのは賢王石に関わる研究結果のデータだった。



「現時点で賢王石の解析率は10%弱。だが今回の研究結果でその解析率は……」


「25%か……凄いなコレは」



 皇帝は平静を装いつつもその心境は目を見開くレベルのものだった。未知なる巨大な魔導エネルギーを持つ結晶石を25%まで解明したのだ。


 彼が賢王石の研究に携わってから、解析率は年々上がってはいたがまさかここまでとは皇帝も予想だにしていなかった。



「確かに凄い事ではあるが……報告はこれだけか?」


「フハハ、とんでもない。20%以上のエネルギー解析が可能になった事で、より膨大な量の魔導エネルギーをコントロールする事が出来る事は理解しているとは思うが……計算に狂いがなければ、今まで出力不足が否めなかった魔導転移装置(ゲート)を完全なモノにする事が可能! それは即ち、より遠方へ転移……次元航行が可能と言うことになる! 今の今までは第2世界内が限界だった範囲が、外側まで範囲を伸ばせるということなのだ!」


「ほう……それは戦略的向上性が増すな」


「それだけではないぞ? 僅か数センチ程度の欠片だけで都市の約1年分の全エネルギーを賄うことも可能だ。ククク……魔導科学の可能性が広がるなぁ〜〜ウヒヒヒヒ。」


「ふむ……前に提唱していた魔鉱石のエネルギー量減少問題の解決には至らないが、時間稼ぎにはなるか。他には?」


「ウヒヒヒ……ッ! ご、ゴホン! あーっ、うん。次が最も重要なんだが、前に話したあの計画は覚えているか?」


「ノスウーラ計画の事か? まさか……」



 Dr.スヴェンは不敵な笑みを浮かべながら、1つの設計図を取り出した。それをテーブルへ広げる。


 そこに描かれたモノは、1つの戦艦だった。



「ノスウーラ級殲滅型特殊大戦艦……完成しました。つきましては皇帝陛下に……ノスウーラの試験航行及び魔導転送砲の試射実験をご覧頂きたくお呼びした次第で御座います」



 急に丁寧な口調へと変わる彼には気にも留めない。ただ皇帝の悲願の1つでもある無敵の最強戦艦が完成したという事実に頭が一杯だった。



「それは……本当か?」


「勿論だとも。ついひと月ほど前に完成したのだ。完成後も色々と整備点検の必要があったから報告が遅れてしまったがね」


「そういった報告はこまめに頼む。心臓が持たん」


「ははは……すまんな」


「ところで、その魔導転送砲はどうなのだ? お前の計画通りのモノなのか?」


「計画通りだな。想像通り、想像以上の力を見せることを約束しよう。その前に先ずは……軽く賢王石保管実験区域にでも散歩といこう」



 ニッコリとした顔でDr.スヴェンは皇帝の手を引いた。まるで自分のオモチャを友達に自慢したい無邪気な子供のように。


 もっとも彼が造り、自慢したいモノはオモチャなどと言う可愛らしい代物ではないのだが。

日本側が武力しているように、レムリア側も武力拡大してますよ〜という話でした。


会談の方は本来ならあと8話分続く予定でしたが、流石に長過ぎるので何とか1話未満に収めました。


違和感が無いことを願うばかりです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 全て読ませていただきました。この「賢王石」なるもの、日本の研究所、研究者が研究した場合どのような展開になるでしょうか、、、 なんかとんでもない兵器が出来たりするのでしょうか。はたまた魔…
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