第129話 山鯨にて…
暑い…暑いぞ。
ーーー
某上空
国賓専用機『山鯨』
操縦室
ーーー
急遽、第2世界の国賓を想定した専用機『山鯨』は、3機のF-35J護衛の元、順調に航空を続けていた。
雲1つない晴天。
太陽の光に当てられた海面はキラキラと美しく煌いている。とても最近まで巨大な霧の壁で分断されていたとは思えない光景である。
「自動操縦も異常無し」
「油圧システムも異常ありません」
「うん、順調だな」
山鯨の操縦士達も順調な空の旅にホッと胸を撫で下ろしていると、丁度WALKARが頼んでいたコーヒーをカートに乗せて持って来た。
『失礼します。コーヒーをお持ちしました』
独特な電子音の声を発するWALKARは、カートに乗せていたコーヒーを2人へ手渡した。2人が「ありがとう」と伝えた後、WALKARは丁寧にお辞儀を頭を下げてから静かに退室した。
副操縦士がコーヒーの縁に口を付ける前に何かを思い出したように話し始めた。
「そういえば、レムリアの使節団方からは何か言ってくる事はなかったんですかね。ああいう国って、変わった礼儀作法とかでグチグチ言って来ますから」
「あぁ、そんな国があったなぁ。確か、瞬きを短い間隔で何度もやる行為は侮辱に値するって国がどっかにいたよな。でも、彼らは特に何も言わなかったよ。今のところ、ウチらの礼儀作法に難癖付けて来る事はないな」
「ふーん。飲み物はどうなんでしょう。確かWALKARがハーブティーや緑茶とかコーヒーとかをカートに乗せて運ぶところを見ましたが……」
「あの国賓館では、イール王国産の茶葉を普通に飲んでたそうだ。まぁ嗜好確認の意味合いを込めて、イール王国の茶葉以外のモノも出すんだとよ」
「そうですか。ところで、この輸送機…いや、専用機の印象はどうなんでしょうね? 変に侮られなきゃいいんですけど」
「そうなってないことを祈ろう」
機長はコーヒーを口の中へ運ぶ。
副操縦士も若干不安を抱きながらコーヒーを口に運んだ。
ああ、美味い。
ーーー
国賓専用機『山鯨』
機内 会議室
ーーー
機内に設けられた一室。
C型のテーブルや椅子の他に、複数枚のガラス製スクリーンと立体映像式プロジェクターが設置されたこの部屋では、主に日本へ訪れる来賓方へ向けた日本についての理解を深めるための説明会を行う場所である。
これからレムリア帝国使節団は中ノ鳥半島へ訪れる前にある程度の日本について、また訪日中の注意事項等の説明及び講習を受けることになっている。
(なぜ私が劣等人種の国の注意事項に気を配らねばならぬのだ。だが、あの国の情報を聞き出す良い機会とも言えるだろう)
未だ日本を取るに足らない劣等国と認識しているカリアッソだったが、その国の情報を引き出せる良い機会と捉えていた。それは彼に限らず、他の面々も一部を除けば彼と同じ心境だった。
『失礼します。お飲み物と御茶菓子をお持ちしました』
使節団の面々がそれぞれの椅子へ腰掛けていると、WALKARが飲み物などをカートに乗せて運んで来た。
妙に不自然な声だなと皆がWALKARへ視線を移した数秒後、魔導科学省副長官補佐のハーソンが勢い良く立ち上がり、驚愕の表情を見せた。
椅子は倒れ、その音と彼の突然の行動に皆が驚いたが、それ以前に皆の興味は完全にWALKARへ集まっていた。
既に何人かは顔面蒼白と脂汗を滲ませている。
ハーソンに至っては一番酷い。
一度顔を洗った方が良いと言えるほどに。
『大丈夫ですか? お怪我は御座いませんか?』
WALKARは飲み物と御茶菓子の準備を一時中断し、ハーソンが倒してしまった椅子を丁寧に直した。怪我の有無を聞かれたが、ハーソンは口をパクパクと動かしながら、ゆっくりと頷くことしか出来なかった。
WALKARは軽く頭を下げた後、飲み物の準備に戻った。その後、沈黙の間が続いたが、何かある事もなく仕事を終えたWALKARは部屋を退出した。
「アレは……一体何なのだ?」
カリアッソが汗を滲ませながら誰かに問い掛けた。彼の持つ知識では、今しがた現れた存在をとてもでないが理解出来なかったからだ。しかし、それはこの場にいる誰もが同じ気持ちを抱いていた。
誰もがあの無機質な人型が何なのか理解出来なかった。否、見当はつくが理解の範疇には及ばない者は1人だけいた。
「ハーソン、君ならアレがどんなモノなのか……理解出来るか?」
ゾマノフの言葉に彼は口元を押さえながらゆっくりと話し始めた。未だショックを隠しきれないハーソンの口調は、まるで鉛のように重かった。
「恐らく……ではありますが……今現在、我が国でほんの極々一部にのみ活用されている……魔導人形に……酷似したモノであると考え……られます」
現在、レムリア帝国の超富裕層及び国議員の中でも確かな実力を有した者にのみ所持が許されている超最新鋭魔導機器『魔導人形』は、主に部屋に落ちている埃や塵などを吸い取る機能を有した機器である。
『人形』とあるが、オートマに人間的要素を模した部分は非常に少なく、コケシの様な上部に菱形を横に倒した様な板が付けられた形をしている。
高さ約1m程。
幅は下部の菱形で約80㎝。
動力源を作動させれば床のゴミを自動で吸い取ってくれるのだが問題点は山積みだ。
物体認識や周囲認識能力が十分とは言えず、一度壁にぶつかればずっと同じ壁にぶつかり続ける。
精密機器にも関わらず吸引した塵などが何故か動力部へ入り込んでしまい故障する。
魔導電力の消費が膨大であるため、その費用がバカにならない。
起動中、動力音がうるさい為、寝かしつけていた子供を起こしてしまい、逆に不便。
限界まで小型化しているとはいえ、かなりの大きさがある為、狭い場所などを掃除する事が出来ない。
――などなどの問題が山積みなのだが、最新鋭機器と掃除の手間が幾らかは省けているという事もあり、オートマはレムリア帝国からすれば正に誇るべき近未来の魔導機器なのだ。
そんな魔導科学の最先端を有する自国の、自らの誇りが見るも無残に踏み躙られたような感覚を全員が覚えた。今しがた見たアレは間違いなく遥か未来の技術の結晶なのだ。
「ではお聞きします、ハーソン殿。アレと同じモノを我が国は造ることは可能なー」
「ふ、不可能です!…現段階であのようなモノを造ることはまずは無理でしょう!」
ゾマノフの問いかけを最後まで聞くでもなく、ハーソンはハッキリと不可能の意を伝えた。彼は注がれたお茶……ではなく、元々用意されていた水が注がれたコップを掴み、一気に飲み干した。
「色々と……そう、色々と分からない点は多々ありますが、まず1つ上げるとするならばあの『動作』です。アレは機械的な静歩行ではなく、生物的『動歩行』を可能としたモノです。それを可能にした時点で……途轍もない事なのです」
歩行の形態には大きく分けて2種類存在する。
『静歩行』と『動歩行』。
静歩行は重心の路面への投影点が左右いずれかの足底に位置する歩行で、例えるなら安いオモチャのロボットの様な動きと考えて良い。その為、歩行出来る環境が凹凸の無い平面のみと言った制限が出て来てしまう。
動歩行は静歩行の逆転である。
人間などの生物はこの動歩行にあたる。静的には不安定な点もあり、制御が極めて難しいが、その分あらゆる環境……凹凸の激しい地面などでも歩行が可能とその応用力は静歩行の比では無い。
実際、これらの仕組みは理解してもそれを人工的に造りだすとなれば困難を極める技術である。人型云々よりも先ずはこの人工的歩行能力技術の向上が優先される。
ニホンはこれを実現させ、レムリアはそこまでに至っていない。そもそも、レムリアは静歩行の段階で既に大きく躓いている状態なのだ。動歩行を有する人型なり四足歩行型なり、今のところは空想の産物でしかないのだ。
それを十分すぎるほど理解しているからこそ、ハーソンは動揺せざるを得なかった。
「さらに……に、二足歩行ともなれば関節駆動、バランス制御、歩行制御……正直、途方も無い程の超難解な問題が大量にあります。魔導科学の究極系の1つとも言えるモノを……この場でお目にかかるとは思いもよらなかったです」
ハーソンは項垂れた頭を押さえ、セットした髪型がグシャグシャになる。何とか見えるその目からは諦めの境地に近い憔悴があった。
生粋の技術者でもある彼がここまで打ちのめされている様に皆がショックを受ける。彼は魔導科学省のNo.3であり様々な魔導科学に精通している。その為、他の誰よりもアレがどれほど凄まじい技術力によって造られたものなのか理解しているのだ。理解しているからこそ、そのショックはかなりデカい。
無知なものであれば「レムリアの魔導科学の粋を以ってすれば造れないことはなかろう」と豪語するだろう。実際、少なからずそう思っている者がこの場に数名いるのだ。
打ちのめされた彼の姿を見るまでは。
「まさか……あんなモノを……どうやって……劣等人種が何故……神に選ばれた我らよりも先に……クソ、クソ……何でこんな……クソ!」
髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながらブツブツと何かを呟くハーソンを見ていられなかったが、彼らはニホンの力を見極める為の使節団として来た身である。どんなにショックを受けようと、心をへし折られようが使命を全うしなければならない。
まだ彼らが与えられた使命は始まったばかりなのだから……。
デナティファとゾマノフが彼を何とか落ち着かせた事で彼はなんとか平静を取り戻した。テーブルに置かれていた水の入ったコップを一気に飲み干すと、深い深呼吸の後にゆっくりと口を開いた。
「我々の任務が何たるかを理解した上で……偉大なる我が国のチカラを理解した上で具申致します……私は……ニホン国と矛を交えるべきではない、と」
その言葉に一瞬の沈黙が場を包み込む。
数名が同胞の顔を見合わせ、ゾマノフが先に沈黙を破る。
「は、ハーソン殿。それはまだ尚早と言うもの。我々はまだニホン国にすら到達しておらぬのですぞ?」
「この飛空艇までの移動中に乗った自動車そして、あの人型の魔導機械……それだけで全てを物語っているも同然。車はともかく、あの魔導機械だけは、アレだけは今現在、我が国のありとあらゆる魔導科学力を集結させたとしても叶わぬ物なのです」
恐らく、彼の意思はニホン国に着いても変わらないだろう。彼の心はすでに折れている。対抗しようという意思が微塵もないのだ。それでも彼が辞退を申し出てこない(そもそも戻れない)のは、使節団としての最低限の役割を担おうという気力が僅かにあるからだろう。皮一枚の気力ではあったが…。
(不味い……安全を考慮してルインを先に帰国の途へつかせたのは失敗だった。帰らせるにしてももう少しニホンについて話を聞くべきだった)
ノリスはルインを先に帰国の途へつかせたことを後悔した。例え曖昧な情報でも大方の予想はつくものだ。ここまで来て自らの甘さに苛立ちを覚える。
チラリとスラウドラへ目を向ける。
格上とはいえ、枠組みで言えば彼女も国の裏を知る同志である。これからはニホン国の外務官達からニホン国に関する説明会を受ける予定とはなっているが、まさかそれよりも前にここまで出鼻を挫かれるとは思わなかった。
彼女から今後について何か良い案があるか期待するが、彼女も顎に指を当てながら何か考え事をしていた。いつもは冷戦沈着な彼女の額から汗が滲んでいる。
彼女自身もあの人型魔導機械とハーソンの戦意喪失には驚いていた。それを踏まえ、今後の我々の役割をどういう方向へ考えるべきか思案していた。情報収集のみに絞るのがベストである事は違いないが、聖教化へ向け何かしらの楔を打ち込む事も必要ではないかと当初は考えていた。しかし、それも軌道修正する必要がある。
(やはり情報収集のみに限局しよう。下手な手は打たず……それが一番良い)
スラウドラが此方へ横目を向けてきた。
流石と言うべきか、彼女は此方の意図を理解したらしい。
2人は互いに目を合わせ、小さく頷いた。
「何もそう悲観する事はないではないか?」
そんな時、カリアッソが話し始めた。彼はハーソンの元へ近づき、彼の肩へ手を置いた。
「先程見たモノが凄いものであることは理解した。だがそこまで悲観する理由が分からない。それからもう1つ分からないのは、何故ニホン国と矛を交えるべきではないと言えるのだ?」
また変なことを抜かすのか……
皆が呆れながらも彼の話を一応は聞き入ることにした。ハーソンにとっては、彼の間抜けな発言が逆に安らぎになるかもしれないが。
「逆に矛を交えるべきであろう? あの生意気な態度が気に入らん。我らと同格のつもりか? 愚か者どもめ! 神に選ばれし者の証である、この高貴なる灰色の肌、叡智溢れる長耳。それを持たぬ者など分け隔てなく劣等人種よ! まぁニホン国の連中はそこそこ、そこそこのモノを造れる技術がある事は分かった。そこでだ、あの国を打ち負かした暁には奴らが持つ技術全てを我が国で手に入れるのだ。自らの技術が神に選ばれし我らレムリアの民の為に使われるのだ。感謝するべきだろう。まぁあの国が愚かにも聖教化を拒めば矛を交える! という話だがな」
何とお気楽な話だろう。彼を除く全員が内心深い溜息を吐いた。しかし、彼の発言は大半の国議員や官僚達の言葉を代弁したものとも言える。行き過ぎた愛国心は却って良くない事態を引き起こすもの。自らの固定概念から逃れられず、新たな出来事を正しく分析し、捉えることが出来なくなる。
彼はその良い例とも言えるだろう。
彼の話はまだ終わらない。
「そもそも国賓として迎えるのにこんな小さな飛空艇というのもどうなのだ? 中身は、まぁ悪くはないがハッキリ言って我らが誇る飛空艇とは似て非なるものではないか? 何ともおかしな造りだな。住む世界が違うとはいえ、飛空艇を造れるのならもう少しマトモな大きさのモノを用意すればよかろう」
スラウドラは彼の言葉にある引っ掛かりを覚える。
彼の言う通り、この飛空艇は我々が知るモノとは少し違う感じがする。大きさは自国の輸送艦アトラスよりも一回り大きいくらいで、速度は同じくらい。しかし、やはりと言うべきか違和感を覚える点は多々ある。文化や世界が違うと言う点もあるだろうが、魔鉱石を用いた建造技術であるのなら、構造に対し色々と疑問が出て来る。
この時、スラウドラはある答えを導き出した。
(ハーソンは……いえ、私達は……とんでもない誤解をしていた! あぁ、クソ! 何故気付かなかった!? 異世界から来た転移国家、異なる文化を持つとは分かっていても理解はしていなかったではないか! くっ! 何と……何と私は愚かな!)
彼女はソッとメルエラ勲章を撫でる。
ハーソンは否、彼女も含めこの場にいる多くが最初から誤解をしていた。
飛空艇を造れるからといって同じ技術概念を持つと捉えていた。魔鉱石を用いた技術を発展させた国だと勘違いしていた。この世界に長く居座り、独自に開花させた魔導科学をモノサシとして測っていた。
自らもまた固定概念に囚われていた。
この飛空艇……と思われる乗物も、国賓を迎えるにしては少々お粗末なデザインだった。無理に見た目を良くした様な印象を受けた。最初に見た国賓館や車からは本来持つ気品を感じ取れたが、この乗物に至ってはそれは無かった。
その不自然さが妙に引っかかっていたのだが、カリアッソの発言でその答えが分かった。
(ニホン国に『魔導科学』は存在しない。全く別の、彼の国が存在していた世界独自が発展させた技術を持っている。それが何なのかは分からない……でも、間違いなく自分たちとは違うモノだ。そして、それはレムリアよりも高い技術である可能性が高い)
つまり、根本的な技術概念なども異なるということになる。
ハーソンは悔しがる必要はない。
相手は我々の常識や考え方とは違う世界から来たのだ。向こうが出来て、此方が出来ないのも無理はない。
あの人型の魔導機械がいい例だ。
そして、此方が何もかも出来ない訳ではない。
(確信はないが、恐らくニホンには飛空艇と概念は存在しない。空中に浮かぶ軍艦を持たぬのではないか? まさか、海の上を? ありえるか。そうだな。此方側の価値観で測るべきではない。改めて気を引き締めよう)
ニホンが軍艦を空中に浮かせるものだという概念が無く、海に浮かせるものだとしても不思議ではない。逆にレムリアは軍艦を海の上に浮かせるという概念が無いのと同じだ。出来ない訳では無いが、普通はそうはしないのだ。
革製品は食べれるが普通は食べないのと同じように。
しかし、もしニホンが飛空艇を持たぬ国であるならば、仮に衝突があったとしても、此方にも十分な勝機はある。同じ技術概念を持っていれば危険度が高かったが。
(叶うことなら衝突は避けたい。けど、それも前提として考えるべきね)
カリアッソは今だにベラベラと訳の分からない事を抜かしているが、最早気にするべきものではなかった。
彼女の心にあるのはニホン国に対する好奇心で満たされていた。
「とにかく、ニホンは油断大敵な同じ転移国家であることは紛れも無い事実。私たちの役目はニホンの情報を1つでも多く本国へ持ち帰ること。ハーソンも落ち込むのは勝手だけど、それで役目を投げ出すなんて事はやめて頂戴」
「あ、あぁ……分かってる」
「カリアッソも。例え下手に出られても舐めたような態度は控えて」
「む、むぅ……我が愛しのフィアンセにそう言われたらなぁ」
スラウドラが場をまとめ、ハーソンとカリアッソに使節団としての役割を見失わないように釘をさす。
「全ては国の為、そして神メルエラの為に」
最後の一括りにそう伝えると、皆が一斉に頷いた。
全ては神の為、国の為。
それだけで人は1つになれる。
スラウドラはそれを知っている。
そして、それは自国だけではないことも知っている。
それから数分後、安住ら数名の外務官が入室して来た。
使節団は既に着席にて待機していた。
少しばかり動揺もあったが、今では志を1つにした同胞たち。
その目は先ほどの狼狽など何処にもなかった。
ーーー
ーー
ー
軽い挨拶を済ませた後、安住はガラス型スクリーンを使用して日本国に関する映像を流す。それに合わせて安住らが説明をしていた。
その内容は様々で、文化、歴史、特産品、災害、復興など多岐にわたるが、それら全ては他国に知られても差して問題のないモノばかりである。その上で日本の特色を精一杯前面に出して紹介していった。世界大戦の話も映像で流した。そして、映像の中でも日本の建築技術、復興支援、インフラ整備等に関しては政府はかなり強調した。
レムリアの使節団は誰一人飽きる様子を見せず、その映し出される映像と説明に集中していた。そのどれもが非常に興味深いものが多く、感銘の息を漏らす者も少なくなかった。
大戦時の映像を流した際、使節団の反応は大きかった。かなり昔に撮られた白黒映像は所々掠れてはいたものの、映像として見るには何も問題は無かった。当時の兵士、戦車、軍艦、軍用機の数々に驚きの声が止まなかった。映像を指差しながら隣と耳打ちし合い、思案し、汗を滲ませる。
だがしかし、現在の日本の軍事関係は殆ど紹介されなかった。下手な情報漏洩を防ぐ旨も当然あるが、一番はそれを相手が武力で威圧していると勘違いされる可能性を考慮したからである。また、紹介したとしてもデタラメと言われ、逆に侮られるのを防ぐ為でもある。
無論、政府としては何も見せない訳ではない。
モノは口よりも直接目で見たほうが早いと政府は判断したのだ。
相手に侮られてはならない。
しかし、下手に威圧して逆に敵愾心を与えさせてもならない。
その微妙なバランスで上手く此方の威信を示し、相手に認めてもらう。難解極まりない任務であるが、故に安住らの気合が入る。
次に彼らが興味を引いたのは災害時の日本の復興支援について。幾たびも日本で起きた大規模災害。地震、豪雨、洪水、噴火、台風、津波……小国であれば滅亡してもおかしくないものばかりが何度も日本を襲ったという事実に皆が唖然とした。また、長い年月を掛けて乗り越え、復興を成し遂げた事にも驚きの声を上げていた。
そして、約一時間にも及ぶ映像は終了した。
「以上になります。ですが、色々と聞きなれない言葉が多々あったと思います。何か質問のある方はいますでしようか?」
質問を求める安住の言葉にいち早く反応したのは、ハーソンであった。
「非常に興味深く充実した内容でした。まさか、ニホンがこれ程までに長く険しい歴史を持つ国であったとは……しかし、貴国の軍事力に関する情報が極めて少ないように感じました。その点について詳しい説明をお聞きしたく」
「ハーソン様のご意見は至極もっともかと思います。しかし、今ここで説明するよりは直接ご覧いただいたほうがより深く理解出来るものかと思われます。その為、その質問の答えは目的地へ着いてからお披露目するという事でいかがでしょうか? 無論、皆様方が今ここで説明をお求めになるのであれば此方としては一向に構いませんが」
「い、いえ。アズミ殿の言う通り、直接この目で見てみたいと思います」
ハーソンは黙って彼らに従うことを選んだ。今ここで説明を受けたとしても理解できる自信が無くなっていたのだ。それは向こうに着いても同じやもしれない。実際、よく解りやすく作られてはいるものの、あの映像で見た中でも理解に及ばないモノが多く存在していたのだから。
ならば、せめて直接この目で見た方が良いと判断したのだ。
「分かりました。では他に質問のある方は?」
手を挙げたのはスラウドラだ。
「アズミ殿。先ほどの素晴らしい貴国の紹介映像、誠にありがとうございました。あれら映像や説明が全て事実だとしたら、貴国はかなりレベルの高い国なのでしょう。そこで、1つ質問があります」
「はい、何なりと」
「貴国がここまで高度の文明を築いてきた背景には……どのような宗教が? ここまで国民が一丸となって築いてきた国であるのなら、それをまとめる為の礎があるはずと私は受け止めました。しかし、あの説明を聞く中ではそれは見られませんでした。2度目の大戦で敗北を喫した貴国の常識外れの復興の速さもニホン独自の宗教があるからでは?」
スラウドラの質問は使節団全員が抱いていた疑問である。紹介映像と説明の中に、日本が2度目の世界大戦で敗北し、首都と2つの都市に甚大な被害を受けたという話が出てきた。
中でも2つの都市がそれぞれたったの1発の爆弾で滅ぼされるなど到底信じがたいモノだったが、その2つの都市も長きに渡る復興により今ではめざましい発展を遂げているという。その2つの都市の戦後間もない映像と現在の映像を見るとその違いは一目瞭然であった。
あれほどの復興を成したとなれば、さぞ大きな宗教を持つ国なのだろうと、スラウドラは考えていたのだ。
でなければあそこまでの著しい戦後の復興と発展が1世紀も経たずに成し遂げられる筈がない、と考えていた。だが、そんなスラウドラの予想は大きく外れた。
「いえ。我が国は特定の宗教を是としてはおらず、国教を持ちません。国民それぞれが自らが信じる神を祈り、信仰することを認めています。要するに無宗教の国です」
「宗教を……神を持たぬ……だと!?」
スラウドラは目を剥き驚愕した。
恐らく他者が今の彼女を見れば、口をパクパクと動かすだけの呆けた顔と見て取れるだろう。
しかし、彼女は驚かずにはいられなかった。
動揺せずにはいられなかった。
あの人型の魔導機械を見たとき以上の衝撃が襲ってきたのだ。
それは彼女のみならず、この場にいる使節団全員が驚愕していた。
「いえ、神を持たないという意味ではー」
安住の言葉を待たずして聖典省のデナティファが顔を真っ赤にして立ち上がった。
「な、な、なんたる何たる異端! 貴国は異端だ! 神という存在を否定し軽んじる異端の中の異端だ! こ、こんな国が存在して、い、い、良いわけがなー」
「デナティファ殿、落ち着かれよ!」
「気持ちは理解出来るが、ここは堪えるのです!」
眉間に皺を寄せ、こめかみの血管を怒張させたデナティファが激しく声を荒げる。信仰を担っている聖典省の彼からすれば、信仰の自由など神に対する冒涜以外の何物でもない。普段温厚な彼がここまで激昂するほどに我慢ならない事だった。
彼を必死に鎮めようとノリスもゾマノフが説得するが、続けてカリアッソとルガリカーも立ち上がる。
「正しき神を持たぬ愚か者どもめ! お前たちとの会談などやはり無駄だ!!」
「然り! やはり劣等人種! 貴様らには神の裁きを受けさせる必要がある!」
「お、お二人ともどうか落ち着いて!」
ハーソンが2人を何とか宥めようとするが聞く耳を持たぬ2人は彼を払いのけた。そして、カリアッソがテーブルを回り、安住らの元へ近づいて行く。
この行動には最初、冷静な態度を取っていた外務官らも焦りを覚え次々と椅子から立ち上がる。
「すぐに引き返せ! 貴様らとの会談など最早不要だ!!」
「引き返してどうなさるおつもりですか?」
安住も椅子から立ち上がり、ほかの外務官等を庇うように彼の前へ出てきた。
身長差で言えば頭一つ分も大きい安住にカリアッソは一瞬、たじろぐが持ち前の威勢で何とか踏み止まった。
安住は終始焦る様子は見せず、ただ冷静に相手を見据えていた。
「どうするかだと!? 決まっているだろう! この事実を即本国へ伝達し、軍備が整い次第、お前たちに対し聖戦を布告させる! そして、お前たちは神の名の下、滅ぼされるのだ!」
血走った目で声を荒げる彼の言葉に安住は更に問いかけた。
「それは貴方様の一存で決定付け出来る事でしょうか? 使節団としての任を受けている者であれば、その場で思い立った発言は却って危険を招くものと具申致します」
「なっ!? れ、劣等人種ごときが! 灰色の肌を持たぬ野蛮人が、分かったような口を利くなどー」
カリアッソが手が安住の襟元へ手を伸ばそうすると、ドアの外で待機していた2機のPWが入室してきた。
次の瞬間ー
「やめなさい!!」
喧騒が一気に静まり返るほどの怒声が部屋全体に響き渡る。カリアッソの手も安住の襟元へ手が届く寸前で止まり、怒り狂っていたデナティファとルガリカーもシーンと大人しくなっていた。
安住は部屋に入って来ていたPWに退がるよう手で指示を出し、2機は踵を返した。
皆の視線が集まる先には椅子から立ち上がっていたスラウドラの姿があった。しかし、その顔は激しい怒りに満ち満ちたものをしており、その気魄と迫力に安住はゾッとしたものを覚えた。
気高く美しいといえども彼女は軍人の中の軍人。そんな彼女が本気で怒りを露わにしているのだ。安住らはともかく、カリアッソを始めとした他2名は一気に表情が蒼褪める。
「ここは既に会談の場。国の顔を担う者たちが集う場所である。ここでの相手に対し無礼を働く事は誇り高き祖国の品を下げる、愚劣極まりない行為であると知れ!!」
ビクリと体を震わせた3名は縮こまるように元の席へと戻った。
そして、スラウドラは安住らに対し…深々と頭を下げた。
「アズミ殿。そして、ニホン国の外務官の皆様方……先ほどの無礼極まりない我らの行為。全ての非は此方にあります。誠に……誠に申し訳ありません」
国の使節団が頭を下げる。
それはつまりその国が頭を下げているに等しい行為でもある。
使節団らは彼女の行動に驚いたが、彼女をそうさせた非は自分たちにある為、何も言えず彼女に追従する形で同じように頭を下げた。
「いえ……我々としても貴国と事を荒げるつもりは毛頭ありません。此方の発言に不手際があれば頭を下げる所存です」
「滅相もございません。先も述べた通り全ての非は此方にあります。どうか我々の謝罪の意を御受け取り下さい」
スラウドラは頭を下げ続ける。
安住としてはあの3人の行動は使節団らしからぬ行為であったが、下手に事を構えるつもりは無かった為、彼女の謝罪を受け入れた。
彼女はホッと胸を撫で下ろしたい気持ちを抑え、先の3名にキッと鋭い眼光を向ける。3名はビクリと肩を震わせ、借りて来た猫よりも大人しくなった。
(なんたる失態。とんだ醜態だ。これでは完全に相手に揚げ足を取られるようなものだ。これ以上の失態は我が国の沽券にかかわる。もう許されん)
一応、謝罪は受け入れてくれた事で良かったと言えるだろうが、此方が失態を犯した事実を拭えたとは到底思ってはいない。それでもスラウドラは気持ちを切り替え、使節団としての役目を果たそうと力を尽くす事にした。
(しかし、先ほどの映像は……)
彼女は先の紹介映像を思い出していた。
最早、死都と言っても過言ではない都市も含めれば、戦後日本を再起させるにはレムリアの技術を以ってしても復興までに1世紀は掛かるだろう。それをこの国は僅か十数年で2つの都市を機能させるまでに復興・発展させたのだ。
多くのレムリア人が聞けば到底信じられる話ではなかった。しかし、あの写真一枚一枚を見てもアレが偽造とも思えないだろう。
間違いなくあれらは真実なのだ。
日本は見事に立ち直したのだ。
その痛々しい爪痕は残っているものだろう。
それでもあの国は持ち堪えたのだ。
そして、更に長い年月を経た結果、潰れかけた敗戦国は更なる大国へと成長したのだ。
あれらが虚偽の情報とは何故か思えなかった。
なぜここまで持ち直せたのか。
なぜここまで発展したのか。
普通であればあの2つの都市は犯罪者や暴徒たちに呑み込まれるのがオチだろう。
レムリアでは長い歴史の中で、天災に遭った町村の復興を待たずして荒くれ達の縄張りと化してしまった。その為、連中を叩き出すために軍隊を派遣する羽目になる。復興には多大な時間と費用が掛かってしまう。
それでも皆が復興に乗り出すのは神メルエラの為、神に与えられた土地を汚す者どもに神罰を下すためだ。
それを心の指標としてレムリア人は1つになる。
純粋に復興へと動くこともあるが、高い確率で心を壊した暴徒が現れる。それらは軍が神の名の下で粛清するが、更に暴徒が増えていくばかり。治安悪化は免れないが、復興支援の傍で軍隊が睨みを効かせれば少しずつではあるが暴徒も減り、治安も元に戻る。
そして、被災地は復興を果たすのだ。
これがレムリアの復興方法である。
しかし、彼の国の復興方法は我々と大きく異なる。信仰する特定の神を持たず、宗教に縋る事なく復興へと取り組むことが出来る。我々からすれば忌み嫌う異端国家そのものであるが、逆に言えば信仰に頼らず前へ進むことが出来るとも言える。
スラウドラの全身に何か大きな衝撃が走った。
ついさっきまで畏敬の念を抱いていた彼の国に対する考えが少し変わった。
(怖い……)
何も縋らず、信仰を是とせずにここまでの発展を遂げた彼の国が急に恐ろしくて堪らなくなってきたのだ。生粋の軍人といえど彼女はレムリアの人間。神メルエラを信仰とする事こそが是であり、世の常識という概念を持って育ってきた。
多くの異端なる国を見てきた。
多くの異教徒達を見てきた。
そのどれもがレムリアの足元にも及ばない国ばかりであった。
しかし今目の前にいる、同じ転移国家であるニホン国は違う。
彼の国は我々と同格か、下手をすればそれ以上の実力を持つ国である可能性が高い。
先の映像や説明は勿論、デナティファたちが怒りを露わにした時でさえ彼らは冷静だった。
国としても、人間としてもレベルが高い。
異なる信仰をもつ国であればまだ分かる。
それを持たない、国教が無いともなれば今目の前にいる相手が同じ人間とはどうしても思えなかった。
(何にしても……情報が必要ね、うん)
彼女は背中からジンワリと滲みでる汗に不快感を感じながら、安住らとの話し合いを続けた。しかし、当たり障りない会話しか出来なくなり、気が付けば終わってしまっていた。
後からノリスに聞くと、不自然では無かったが自分は何処か心ここに在らずな様子だったとの事。
安住らが居なくなった部屋は静寂に包まれていた。声を発する者は殆どいない。デナティファらは先の取り乱しを深く反省、中ノ鳥半島では二度と無礼は働かない事を誓った。
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「……安住です。取り敢えず第一段階は無事終了しました。……そうですね、我が国が無宗教である事を伝えた途端に向こう側の何人かが、怒りを向けてきました。……いえ、手は出されていません。その前にスラウドラという方が収めて下さいました。……はい、そうです。どうやら狂信的な宗教国家というヴァルキアからの情報もあながち間違いでは無い事と言えるでしょう。ですが、皆が狂信的では無く、キチンと節度を持つ者もいるようで。……はい……今回、既成事実は作れませんでしたが、そうなるのも時間の問題かと。……それから、やはり今回の山鯨は無理があったらしく、違和感を感じている雰囲気はあります。いえ、明確な発言はありませんでしたが、恐らく日本に飛空艇なるモノは存在しない事は大凡理解しているかと……え? あ、はい。映像はほぼ成功でした。かなり高い関心を持ってましたよ。ええ、これから第二段階へ移ります。近代都市化したウンベカントの観光案内、ドーム型植物工場と自動車製造工場の見学、最後に小規模の火力演習の見学を行う予定です。……はい、無論WALKARを惜しみなく……はい、ありがとうございます。では、失礼します…………総理」
熱中症にお気を付けて!




