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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
133/161

第128話 初接触

誤字報告いつもありがとうございます!

 ーーー

 第2世界 オワリノ国

 ーー

 オワリノ国は大分変わった。

 天獄一派の反乱終結から1年経つが、あの頃の混乱は何処へやらと言わんばかりに城下は活気に満ちていた。


 日本と友好条約及び国交を結び、様々な恩恵をオワリノ国は惜しみなく受け取った。


 インフラ設備、医療施設、食料資源の輸入etc……


 特にインフラに関しての発展は目覚しいもので、主要道路は全てアスファルト舗装、細かな道路も少しずつ舗装工事が行われていた。必要最低限の作業員と他は大量のWALKER(ウォーカー)をほぼ休みなく稼働させれば恐ろしく早く工事が進む。


 未だ数える程度しか敷かれてはいないが、鉄道の設置も進んでいる為、今後この国は第2世界の国々と交易を行う中間地点として栄えるだろう。


 最近では、日本から来た工業団体の関係者家族がオワリノ国へ移住して来た。最初こそ見慣れない異形のオワリノ人々に怯えてはいたが、それも数週間でかなり打ち解けている。


 オワリノ民には角人族、ゴブリン族、オーク族、オーガ族がいる。中でもゴブリン 、オーク、オーガに対する日本人のイメージ像は大分崩れたとの事だ。話によればゴブリン、オーク、オーガは日本でも野蛮で不衛生で乱暴者というのが一般的なイメージらしく、中でもオークは女を姦するとまで聞いた。


 しかし、そのイメージは大きな誤りだ。

 見た目こそは醜悪であるが中身は清純なのだ。


 ゴブリンは手先が器用で利巧な種族だ。

 大工や鍛治士、裁縫士などに携わる事が多く、伴侶となるものを見つけるまでは決して貞操を捨ててならないという鉄の掟がある。


 オークはそのずんぐりとした巨軀から力仕事関係が多く、畑仕事などに携わる者が多い。因みにオークは同種族以外の異性に対する性的興奮は一切無い。寧ろ、同じオワリノ民である角人やゴブリン、オーガに対し異性の違いが今だに良く分からないとの事だ。あとはゴブリンと同じく伴侶以外に貞操を捨てる事は許されていない。


 オーガ族は力仕事と誇り高い戦士としての器量を持つ大巨漢の種族だ。また、伴侶となる相手は自身と同等以上の異性で無ければならないらしい。


 3種族とも少し下系の話が出ると頬を真っ赤にして恥ずかしがる様子は色んな意味で不気味だったらしい。


 何はともあれ、オダ・ノブタケは希望に満ち溢れた未来を想像しつつ、それに向けた激務に取り組んでいる。


 今回、レムリア帝国の使者が自国の自衛隊基地で会談を行うと聞いていたが、そこに立ち会う事は許されないほど忙しいノブタケは、せめて日本の益となる結果になる事を仕事場から祈っていた。





 ーーー

 ーー

 ー

 レムリア帝国使節団が通された場所は綺麗に整備された土地に建てられた瀟洒な木造の立派な建物だった。オワリノ国での会談を想定しウンベカント在住のドワーフ大工達に急遽造って貰った建物だ。その仕事ぶりは凄まじく精巧且つ早く、此方の要望通りに建ててくれた。


 周囲にはこの建物以外何もないサッパリした土地だった為、広い日本庭園へと変える事にした。オワリノ国の自然風景と日本の自然風景は非常に酷似している事もあり、その庭園は見事に周囲の環境にマッチした素晴らしい出来となった。


 この建物……国賓館は第2世界の国々との会談を想定した建物だったが、メルエラ教を信仰としていない異端者というだけで会談が行われる事はなかった。

 その為、オダ・ノブタケとその家臣らと現地在住の自衛官幹部や外交官らのお茶会の場として使われる事が殆どだった。


 そして現在、この国賓館本来の役目を果たす時が来たのだ。


 迎える国は第2世界の覇者。

 レムリア帝国。

 


「本日は遠方からお越し頂き誠に感謝致します。私は日本国政府外務省大臣の安住と申します。諸事情につきお出迎え出来ず申し訳ありません」



 外交官とは……いや、議員にはあまり似付かわしくない巨軀の男に使節団は少し驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し自己紹介を始める。



「レムリア帝国外務省副長官のマナン・デッファ・ノリスです。どうかお気になさらず。本日はどうぞ宜しくお願いします」



 自己紹介を終えたノリスは開いた右手を差し伸ばした。



「貴国ではこの様に挨拶をして相手に敬意と好意を伝えると移動中に古谷氏からお聞きしました。当然我らも握手をする事はありますが、それは近しい者に対する時のみです」



 差し出され開かれた手を安住は迷い無しにその手を握った。こちら側の礼儀作法をここまで来るまでの間で少しでも得ておこうという彼の行動に対し安住は素直に好意を抱いていた。



「こちら側の挨拶についてご理解頂けていたとは恐縮です」


「未知なる国との会談ですので……」


「確かに。失礼ながら貴国の国際会談などにおける挨拶はどの様に? そちらが此方に合わせた挨拶をして下さったのです。でしたら、今度は此方側が貴国のやり方に合わせたいと思いまして」


「おぉ! それはそれは! では我が国での挨拶は右手を左胸に手を当てて頭を軽く下げるのです。これは相手に対する敬意の現れと受け止めて下さい」



 ノリスも相手が此方の作法を学ぼうとする言動に好意を抱いていた。まず、他の外交官であればそうはならないだろう。異端者というだけで嫌悪感を抱くほどだ。作り笑顔での対談すら出るか怪しい。しかし、ここにいる面子は選りすぐられた者ばかりだ。異端者といえど対等に向き合う事ができる者たちだ。


 安住は言われた通りの挨拶を行う。出だしとしては中々好ムードな雰囲気で始まった両国の会談であったが、その中で1名……カリアッソのみが安住たちを冷たい目で見ていた。



(フン! 劣等人種と馴れ合いなど……それにしても不細工な男だ。こんなのが外交の長とは……ニホン国は余程の人材不足と見える)



 安住のがっしりとした体躯と強面は生まれつきだ。そんな者が国の外交部門に携わる。それも大臣という役職を与えられている事にカリアッソはニホン国の評価を1段階下げた。


 しかし、スラウドラは日本に対する警戒レベルを更に1つ上げていた。



(見た目からは想像も付かない友好的態度! 確かに外交に携わる者であれば礼儀作法は及第点以上が道理。しかし、彼の容姿はそれを更に引き立つ役目を果たしている。外交官であれば当たり前の対応も彼がやるとより好印象が増す!……そのものが持つ天性の特徴を活かした人員采配……ニホン国もやるわね)



 スラウドラは人種の違いに関係無く、友好的な安住に対し純粋に好意を抱いていた。未知なる転移国家、未知なる人種、未知なる価値観、未知なる概念、未知なる文化……そういった連中とは基本的に蛮族を指す事が多いが、どうやらニホンはその限りでは無いというのが彼女の分析である。


 聖教化いや、常任理事国いやいや、もしかすれば真なる同盟国としてニホンと共に歩む事が出来るのかも知れない。


 ニホン独自の特色とレムリア独自の特色。


 これら2つが上手く混ざり合う事が出来れば間違いなく世界は文化的進化が一気に進むやも知れない。


 スラウドラはそんな未来をほんの……そう、ほんの少しだけ抱いた。




 ーー

 ー

 場所は変わり、とある一室へと案内された。

 会談やレムリア人の青年引き渡しの準備とこの部屋の環境を楽しんでもらうため、安住らは少しばかり席を外した。


 残されたレムリアの使節団達は部屋の中を散策した。


 そこは和を感じさせる広い一室で敷かれた畳は勿論、襖や柱……設置されている長机や椅子に至るまで全てが一級品の材質と匠によって作られたものだ。


 部屋に入ると奥のガラス戸から中の日本庭園が一望出来る仕様になっている。


 カーンっと鹿威しが岩にぶつかる音が心地よく耳に響く。


 無論、レムリアの使節団達にとっては馴染みのない……『和』の部屋ではあった。しかし、それらが全てが美しく、華美かつ幻想的な空間である見事であると理解した。

 皆が開いた口が塞がらないと言った様子で部屋をぐるりと見渡す。



「変わった部屋ですが……これはとても良いものですなぁ」


「ほんと……心地よい木の匂いに包まれて」


「素晴らしい……良い木材を使っている」



 皆が初めての和室に次々と感銘の声を呟く。

 そんな中、カリアッソのみが歪んだ顔で部屋を見渡していた。口元はへの字に曲がり、誰が見ても決して機嫌は良くないことが伝わる。



「なんとも貧乏臭い部屋だ。ほぼ木材で出来た部屋か……優美さがまるで無い。反吐がでるな」


「カリアッソ……」



 露骨な彼の態度は安住らが居なくなった事をいい事にしたものだ。そんな彼の態度を由としないノリスが小声で彼の言動を諌めるが、カリアッソの悪辣な言葉は止まらない。



「事実であろう? 皆もそうおべんちゃらな感想を述べる必要など無い。我らは選ばれた人間だ。他の劣等人種共とは違う。……私ならそうだな。部屋全体を白銀大理石にする。そして、天井には真紅のシャンデリアで部屋を烈火の光で照らすのだ。あとソコと、あそこ、それからあそこにも金の像をドンと置く。これこそ、優美さが栄えた部屋となるだろう。こんな獣小屋ではなく」



 これにとってこの上質な木材で作られた空間は貧乏臭い部屋にしか感じなかったらしい。飾られていた生け花や陶器。透明な窓ガラスから見える庭園全てが気に入らない様子だ。



「全くもって反吐が出る」



 カリアッソは腕を組みながら鼻で笑う。

 少し離れた所に立って庭園を見ていたスラウドラをチラチラと伺うが彼女は彼の視線に気づくことなく、静かに庭園を眺めていた。


 それが面白くなかったのか、カリアッソは皆に聞こえる様な舌打ちをする。



(本当に気に食わん!)



 皆が彼の横暴な態度に胸中で溜息を吐く中、スラウドラは窓ガラスへゆっくりと手を当てて庭園を眺めていた。



(凄い……自然と芸術が一体となった世界。並大抵の職人では到底マネ出来ない)



 日本は礼儀を重んじるだけで無く、この様な素晴らしい芸術性を持った国なのかと感服する。


 となれば、ここまで感性が豊かな国であれば文化や技術の発展も大きく進んでいる事は明白。着ていたスーツなる服装から見てわかる通り、あれはかなり上等な素材で出来たものだろう。


 純粋に考えて彼の国のレベルは宿敵ヴァルキアと勝るとも劣らないと言った程か。


 彼女の中での日本に対する評価がまた少し上がった。



(これは本格的に使う(・・)必要があるかも知れない)



 彼女は胸に付けられた勲章を軽く撫でた。



「これはこれは……なにかお考えですかな? スラウドラ中将殿」



 カリアッソが彼女へ近づいて来た。

 内心舌打ちするがここは表に出さず、微笑にて彼の言葉に答える。



「えぇ。素晴らしい庭園だなぁ、と思いまして」



 彼女の言葉に対しカリアッソはクスクスと笑った。彼女自身彼が何故笑ったのかは分からないではないが、不快感を抱きつつも彼の言葉に耳を傾ける。



「御冗談がお上手なのですな。こんな野蛮な、優美さの欠片も無い庭の何処に素晴らしい要素がおありで? 全く、私たちの新婚旅行となる国がこんな野蛮国家だとは……候補地を改める必要がありそうですね。」


「新婚……旅行?」



 彼の言葉にスラウドラは思わず眉を顰める。そして、先日のバミールから聞いた言葉を思い出した。



 ーーお前に惚れているーー



 その瞬間、彼女の全身から鳥肌という鳥肌が一気に逆立った。


 自惚れているわけでは無い。

 寧ろそうでないことを祈りたい。

 しかし、可能性は捨て切れない。


 彼の新婚旅行の相手は自分と捉えているかも知れない。その可能性があるだけでもかなりの嫌悪感を抱いてしまう。しかし、彼女は今では全臣民の英雄。下手な態度は慎むのが吉だろう。


 彼女は出来るだけ自然の笑みで会話を続けた。



「そ、そうですか。カリアッソの婚約者はどのようなー」


「それはもう強く気高く、美しく……私に相応しい女性です」



 妙にキラキラした目で言ってくる。

 スラウドラは万が一の神に縋る思いで自分ではない事を祈るばかりだった。


 そんな彼女の胸中を悟った皆が彼女の人生に幸あれと申し訳程度に祈った。


 カリアッソは相変わらず熱い視線を彼女へと向けている。




 ーー

 ー

 日本国政府の外交官ら数名とレムリア帝国使節団らが向かい合う形で長テーブルを挟み座っていた。日本の外交官は大臣の安住をはじめ、出迎えていた古谷と篠原の他に何人か増えていた。



「さて……ではよろしくお願いします」


「こちらこそ。よろしく頼む」



 安住とノリスが言葉を交わし両国の会談が始まった。


 最初の議題は日本国が保護したレムリア人の青年の事だった。



「……やはり、彼は連れ去られていたのですね」


「ハイ。保護された時、彼は打撲などの怪我を負っていましたが、どれも命に別状は無い軽傷でした。念には念を精密検査を実施しましたかが、身体はどこも異常は見つかりませんでした。ただ、精神的ショックが軽度ながら見られた為、少しばかりのカウンセリングも受けてもらいました」


「カウンセリング? つまり彼は精神的に追い詰められる程の何かを受けたと?」


「えぇ……」



 その後、安住は彼が受けた境遇を事細か説明した。日本が救出する直前、彼は奴隷狩りのリーダー格から性的暴行を受け掛けていたのだ。


 その事を伝えた途端、レムリア側からは口々に怒りの声が聞こえてくる。



「何と下劣な!」


「許せん! 我らが同胞にそのような!」



 安住自身彼らの怒りは理解出来る。

 もしその場の被害者が日本人であれば安住も同じように激しい怒りを抱いていただろう。



「我が同胞を保護しただけでなく、適切な処置を実施して下さった事……我ら一同、貴国に心から感謝の意を表明いたします」


「いえ、お気になさらず。我々は当然の事をしたまでです」



 その後、両国は少しの間ではあったが会談と言うよりも軽い談話の様な話が続いた。時には笑い声も聞こえ、場の空気は最初と比べると大分明るくなった。


 そして両国の話は保護されたレムリア人の引き渡しに変わる。



「では……彼の準備も整っております。そちら側は宜しければ今ここへ彼を連れて来ますが?」


「ハイ、お願いします」



 安住が入り口付近に立っていた職員に目を向ける。職員は別室で待機しているレムリア人の青年、ルインを連れて来るために部屋を出た。



「アズミ殿。同胞を連れて来るまでの間つかぬ事をお聞きしますが、彼を引き渡すのは無条件にっでございますか?」



 レムリアの外務省第三次官ゾマノフの言葉に、使節団の表情が厳しいものに変わる。皆が安住の返答を待つ中、当の安住本人は変わらぬ表情で口を開いた。



「いえ、特には何も御座いません」


「ほう?」



 これには使節団達も少しばかり驚いた。

 彼らは日本が無理な話題な要求をかましてくるものと考えていたが、意外にもそれは杞憂となった。



「それは本当でしょうか? 貴国の善意を軽んじる様で申し訳ないのですが、今此処は国と国との会談の場。本当に何も無いと受けてもよろしいで?」



 安住からの返答は直ぐに来ない。

 姿勢も表情も変わらず、ただ机の上に置かれた両手の指を組むばかり。


 古谷と篠原ら他の外務官達も何か発する訳でも無く、顔を安住に向けて此方と同じく彼の返答を待っていた。


 外務副長官のノリス、第三次官のゾマノフの2人は視線を安住から離さないようにしていたが、首筋からは汗が数滴垂れていた。この汗は暑さによるものではない。



(なんと末恐ろしい。眉ひとつ動かさない……口ごもる様子もない……思考が何一つ読めない。机の上に手を置く。コレはこちらに対し心理的には心を開いていると言う意味を持つが、果たしてそれすら本当かも怪しい)


(オマケにあの強面がこの沈黙の間で更にその威圧感を際立たせている。並大抵の者であれば余計な言葉を発する事などは出来んだろう。余程の愚か者でなければな。見た目だけでなく、芯も強いと来たか……ククク、コレは久し振りに手腕を振るえそうだ)



 2人は安住の外務官としての能力が本物である事を純粋に認めていた。国と国との会談の場は文字通りの『舌戦』『心理戦』でもある。その為、高い外交能力は勿論、容姿もキチンとした者である事が求められる。


 昔で言う貴族達の社交パーティーに近い。


 安住は日和った態度やご機嫌取りの素振りも無く、その容姿を武器にした横暴さも無い。初めて彼と対峙した者は、見た目に反した彼の高い能力……その激しいギャップは中々の困惑を相手に与えるものだろう。


 実際、自分らもその1人となっている。

 しかし、彼らとて国に選ばれた優秀な職員。

 引くわけには行かない。


 更に数秒の沈黙の後、漸く安住は口を開いた。



「では……一つだけ条件があります」



 やはり! と使節団らは思った。

 カリアッソは露骨に不快感見え見えに顔を歪めていた。今だけは彼の心情が少しばかり理解出来る。向こうは何も無いと言ったにも関わらず、では……と条件を出して来たのだ。つまり、初めからこうなる事を予想して既に条件を決めていた事になる。例えあの時、条件が本当に無いのかと訊かなくとも結果は同じであっただろう。寧ろ、同胞を引き渡す前に聞くことが出来た事を良しと捉えるべきだ。


 今だにカードを持っているのは相手だ。

 此方が受け取ってから出されては拒否のしようがない。最悪、全員が人質に取られる可能性だってある。


 そうならばニホンとの戦争は不可避。


 自国が敗北するなど微塵も疑ってはいないが、今だに謎が多い同じ転移国家が相手なのだ。どんな痛手を受けるか分からない。勝てたとしても、その時に受けた被害によっては敗戦国と変わらない状態に陥るだろう。


 緊張感に包まれる中、彼が出したニホン国側の条件は意外なものだった。



「貴国が我が国に対し敵対行為を起こさない事を確約していただきたい。それが直接的でも、間接的でもです。我が国は……貴国との争いを望みません」


「そ、それだけ……ですか?」



 あまりにも呆気ない言葉に思わず動揺した声を出してしまった。しかし、アズミを始めとした各外務官らは一様に頷いた。



「はい。我が国には平和を重んじる国。叶うなら貴国との平和的かつ友好的関係を結べる事を……」


「なるほど……分かりました。今この場では決めかねる事ではありますが、貴国の意志は漏らす事なく本国へ持ち帰りたいと思います」


「どうか我が国の意志を……貴国の皇帝陛下へお伝えくださいますようお願いします」



 頭を下げる安住にノリスも反射的に頭を下げた。隣から「おい」と声が聞こえたが、この場合に於いて自身の行動は間違いでは無いと彼は思った。


 何より、大きな収穫も得た。



(どうやらニホン国は我が国と一戦交える事を望まぬ国のようだ。うーむ、過激派達からすれば『弱腰』やら『腑抜け』と相手を見下すのだろうが、冷静に見れば理性的でもある)



 上手く事を運べばニホンを無血で聖教化する事も不可能では無いかも知れない。それはノリスに限らず皆がそう考えていた。



(だがそれが彼の国の本心とは限らない。まだだ……まだ情報が足りない)



 気が付けば扉が開き、職員に連れられて1人の灰色の肌をした青年――レムリア人のルインが入って来た。緊張した様子ではあったが顔色は良く、此方側に気づいた時は笑顔も見せていた。



(本当に大事はなさそうね。はぁ……良かった)


(ふぅ……これで大神官様も安心ですな)



 内心本当に無事なのかどうか疑っていたが、あの様子からして健康面の問題は本当に無いと受け止めて良いだろう。


 元気そうな彼を見て、スラウドラと聖典省第三次官のデナティファは安堵した。問題は精神的苦痛を受けたという点とそれに対しカウンセリング療法を実施した点。その精神的苦痛がどれほどのモノなのか……ニホンは支障は無いと言うが真に受けてはいない。そして、カウンセリング……問題が高いとすればコレだろう。もしルインがニホン国から何かしらの洗脳を受けているとも限らない為、これも後ほど自国の専門医達による精密検査を受けて貰う事になる。



「皆さん……御心配をお掛けしました。大変申し訳御座いません」



 ルインは深々と申し訳無さそうに頭を下げる。しかし、スラウドラを始め多くがそんな事よりも彼の無事を喜んだ。


 少しの間、同胞の無事と再会を喜んだ後、会談へと話を戻した。ルインは退室を促されたが、この会談に是非参加したいとの希望と両国からの了承を得て同席した。



「さて……では早速ではありますが、本格的な会談を始めましょう。此度の会談が両国にとって実に有意義なものとなるようにしましょう」


「はい。それについては同意見です」



 ノリスらは頷いた。

 両国にとって有意義なものにしよう、というのは建前なのは百も承知。実際は自国にとって有利に立てるようなものにしようと言うのが本音だ。これまでの関わりを通してノリスは安住に対し高い好感を得ていた。しかしそれは個人的な感情に過ぎず、国の為なら喜んで陥れようとも考える。



「では此処では色々と不便な点がございますので、移動をしたいと思います。大変申し訳ありませんが、御足労願います」



 この言葉にノリスは眉をひそめる。



「それは、場所を変える……と?」


「はい。中ノ鳥半島へ移動します」



 中ノ鳥半島。

 その名前はノリスらも知っている。ドム大陸という場所にある半島で元々はロイメル王国の領土であったがある不幸な事件が出来事が起きて以降、『禁断の地』として未開拓の土地と化していた場所だ。

 しかし、その禁断の地で起きた出来事の原因は200年前のレムリア帝国の軍務と魔導科学省らの暴走によるもの。強大なエネルギーを宿した巨大魔鉱石『賢王石』の力を測る実験。結果としてはその威力は凄まじく、周囲の土地や木々含めた実験の証拠全てを跡形もなく吹き飛ばすほどのエネルギーを有している事が判明した。それもほんの一欠片を使っただけ、である。


 ロイメル王国の者たちはそれを『神の涙』と呼び恐れているが良い方向に勘違いをしてくれたので、それは結果オーライとなった。


 今ではそこはニホン国の領土となっており、かなり栄えた街も出来ているとの事らしい。今ではそこへ移住する者も増えた為、また別の街をいくつか造っているとの事だ。



(その街は確か『ウンベカント 』と言ったか? いや、最近では『街』から『都市』に変わったと聞く。そのウンベカントなる都市で会談を行うと言うわけか? ふむ、それも良いだろう)



 ノリスは日本が何を企んでいるのか理解した。



(なるほど。たしかにソレなら手っ取り早いだろうか。おべんちゃらな口談をよりも遥かに効果的だ。我が国も今では対話と武力で手っ取り早く実施しているが、かつてはそのやり方も良くやっていたと聞く)



 日本国の狙い。

 それは示威行為。

 自国内にある栄えた都市を見せる事でその圧倒的な技術力の差を思い知らせる事で、相手の外交的戦意を削る。上手くいけばあとは独壇場となる。



(しかしニホン国は我が国の技術レベルをまだ十分に理解していない筈。その手は些か悪手な気もしなくはないが……まぁ相手の技術レベルを向こう側から公開してくれるようなもの。有り難く拝見させて貰いましょう)



 ノリスは第三次官のデナティファとスラウドラへ目を向ける。2人は彼の意図を察してか同じく視線で理解の意を伝え返して来た。


 同じ志を持つ者が近くにいる事の何と心強いことか。カリアッソは何故かニヤついた顔をしているが、ロクでもない事を考えているのだと思い気には留めなかった。




 ーー

 ー

 部屋を後にした一行は安住らの案内の元、建物の外へと出てきた。待機していた護衛たちも伴い建物の裏側にある、更に奥へと続いている舗装された道を車に乗って移動する。


 彼らが乗る車は、日本では要人向けに使われる事の多いセンチュリーロイヤルと言う黒塗りの高級車だ。前部に付けられた小さな日本国旗が風によりはためいている。


 一方、レムリアの使節団らは初めこそ多少の警戒心を抱いていたが、乗ってからはその車の快適性に大層満足していた。



(これは……何と見事な自動車か)



 無論、レムリアにも自動車は存在する。

 一般家庭に広く使われる程に浸透はしており、政府要人向けの高級車もある。それでも、自国の高級車と今乗っている日本の車とでは乗り心地に大きな違いが出ていた。否、実際はその見た目……外観から既に表れていたのだ。


 黒塗りだというのにまるで鏡のような光沢を醸し出すそれは、一種の芸術的美しさを感じさせた。ボディスタイルは水平基調で無駄な曲線など一つも見られない。レムリアの高級車は白塗りの車体にこれでもかと言うくらいに飾られた金の装飾で豪華なデザインとなっている。また、そのボディは前部のヘッドライト側が僅かに斜め上へと伸び、逆にヒップ側は少し斜め下へとボディラインが下がっている。


 レムリア側の美的感覚からすればそれは紛れもなく美しく豊かさの象徴でもあった。しかし、日本の車は一切の無駄を除いた造りで且つ美しさを十二分に際立たせるモノとなっていた。


 それは控え目な、謙虚美人とも言える美しさ。


 一番の驚きはやはり車内だ。


 座席シートは触り心地さは勿論、柔らか過ぎず固過ぎずで非常に快適。また、フロアマットにより心なしか乗降性もかなり良い。少し狭い空間をイメージしていたが意外にも中は広々としていた。天井部分が一段程上へ凹ませている為かやはり広々と窮屈さを感じさせない。更に天井部には何かしらの上等な織物があしらわれており、内装部の美しさにもかなりのものがあると感じた。


 他にも自分たちが良く知る車にはまず取り付ける事がない、よく分からない装飾が付けられているが恐らく何の意味もないワケはないだろう。


 日本にある一種の、たった一種の車を見ただけでその技術力の高さを実感したノリスらは、首筋から垂れる冷や汗に不快感を感じながらより一層注意して日本を観察する必要があると改めて認識した。


 彼の国は思っていた以上に高レベルな国であると。カリアッソは勿論、何人かの使節団は自国の車とは少し違う造りだな程度の認識しか受けていないだろう。



「まぁ、悪くはない座り心地だな。」


「所々の細かな差異はあるが、まさか此処まで我が国の車と構造が似ているとは……不思議なものだ」



 特にカリアッソに至っては何の危機感も感じない様子で座席に深々と座るなどリラックスモード全開で、魔導科学省副長官補佐のハーソンは国や世界が違えど車の基底構造がほぼ同じである事に高い関心を抱いていた。



(ノリス、日本国の技術力の認識を今一度改める必要があるように私は感じます)


(えぇ、そのようですね。正直驚きを隠せませんよ)



 席が隣り合っていたスラウドラと密かに談合をするノリスは、これから先自分たちはどんな国と会談をする事になるのか……未知数な相手にただ不安感を抱くばかりだった。



 ーー

 ー

 15分ほど舗装された森の一本道を進むと、拓かれた草原へたどり着いた。草原といっても車両が走る分には何の問題もないコンクリートで舗装された場所だった。プロのサッカー場2つ分ほどの広さを持つ広場の真ん中に巨大な鉄の塊が停まっていた。



「彼方に乗って中ノ鳥半島まで向かいます」


「「おぉ!」」



 使節団は車窓からハッキリと見えるソレを見て驚愕した。


 ーー

 大型輸送機『山鯨(やまくじら)

 全長約50m。

 高さ22m。

 積載量75t。

 最大持続飛行距離12000㎞

 動力ウランベースタービン

 ーー


 主に有事に於ける特務機の一種で普段国内上空を飛ぶことは訓練時以外ほとんど無い。しかし、この機体は通常の山鯨とは大分外観が変わっていた。


 先ず迷彩柄の機体は白と赤を基調とした明るいボディで、積載スペースは大幅に削り、その削った部分に動力機を追加する事で航続距離を20000㎞まで無理矢理上げている。また、来賓専用として残している積載スペースを改良。並大抵のホテル以上に快適な空間となっている。安全面も及第点でテスト飛行済みである。



「ほう……形はだいぶ変わってますが、ニホン国にも飛空艇を造る程度の技術力はあるようですな」



 使節団らは山鯨を車窓からマジマジと眺め、特に魔導科学省のハーソンや国防省のルガリカーは興味深く観察をしていた。2人は勿論、皆の心中に「日本国は飛空艇建造技術を有している」と言う評価がプラスされる。この時点で彼らの日本に対する警戒度がまた1つ上がった。


 対第2世界用の国賓専用機として改良された山鯨の初任務の出だしは成功。次は使節団を中ノ鳥半島まで無事に連れて行く事となった。


 その頃、安住らは別の車両に乗っていた。

 車窓から見える国賓用山鯨を眺める。



「馬子にも衣装だな。それっぽく改造すればそれっぽく見える」


「安住大臣、山鯨を……本当によかったんですか?」


「ん? 何がだ?」


「あの山鯨……改造にアホみたいなコストが掛かったらしいじゃないですか。もっと低コストで行くなら船の方が良くはないですか?」



 安住は同じ外交官とは思えない疑問に溜息を吐いた。



「決まってるだろ。面子だ面子」


「面子? 要は、見栄(みえ)ですか?」


「そうだ。監視人工衛星『うきは』から送られて来た第2世界の写真を見ての判断だ。お前らも見たろ? あのSF感満載の船……いや、艦を」



 彼は使節団が来るときに乗っていたあの船、ガルマ帝国のゼギーグ級戦艦を思い出した。ああいったモノがこの第2世界では当たり前の様に存在しているのを監視人工衛星からの情報から安住は知っていた。



「話を聞く程度でしかないが、レムリアはあまり平和主義な国ではない、と上は認識している。ここで日本が飛空艇なるものを造れない国と思われれば、下に見られるのは明白だ」


「な、なるほど」


「だから向こう側でも理解の範疇に及ぶくらいに此方のレベルを伝えるんだ。正直会談は……その為のオマケ程度でしか考えてない。まぁ、本気で取り組むには取り組むんだけどな。お前も外務官として席を置く人間ならこれくらい事は汲み取ることだな。ましてや此処は異世界だ。まだまだ知らない事は腐るほどある」


「は、はい」



 外務官に檄を飛ばした安住は後ろを走る使節団を乗せた車へ目線を動かす。



(相互理解の友好関係を築けるのが一番なんだが、無理だろうな。それはきっと向こうも考えている。あの使節団もそう考えているのかは不明だが。向こうの情報を人工衛星やら別班やらを使って集める為の時間はいくらあっても足りない……)



 その時の安住はいつも以上に鋭い顔つきをしていた、と外務官は答えた。強面の顔から取れる優しさなど毛ほども感じない。無慈悲なモノを感じていた。


 この時の安住は既に覚悟を決めていたのだ。


 母国を……日本を守る為であれば、友好的関係を築ける可能性を持つ国の手を……振り払う覚悟を。



(今回の示威外交、上手くいけば恩の字だな)


コーヒー飲み過ぎて腹を下した今日このごろ…


皆さんも飲み過ぎ注意です。

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