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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
131/161

第126話 各国の思惑

誤字報告感謝感謝です!

 中ノ鳥半島での緊急会談から数日後。


 アルフヘイム神聖国聖王ウェンドゥイル・アルヴァーナは玉座に腰掛け大きな溜息を吐いた。



「第2世界のレムリア帝国、か……」



 頬杖をつき、太い根っこが張られた天窓に顔を見上げる。天窓から降り注ぐ陽の光、小鳥のさえずり、森の匂い……全てが心地よい。


 そこへ漂うように鼻を優しく刺激する芳ばしい香り。アルヴァーナが匂いの元へ顔を向けると、従者の1人が木杯に注いだお茶を運んで来た。



「良い香りだな」


「はい。ニホン国経由で輸入したイール王国の特産茶葉です。一般市民から高官達まで高い人気があります」


「うむ。ではいただこうかな」



 差し出されたお茶を一口啜る。

 その瞬間、お茶独特の芳ばしい香りと苦味、そして旨味が口と鼻一杯に広がる。


 ついさっきまでの気疲れなど吹き飛ぶほどの心地良さだ。



「美味い……実に美味い。こんな美味い茶葉が存在していたのだな。ほんの数ヶ月前までは想像だにしなかった」



 エルフ族の国、アルフヘイム神聖国は日本国との国交時からもそうであったが、亜人国家連合として列強国へと名を馳せてからは更に大きく発展を遂げていた。


 尤も、未だに受け入れている他国の者は亜人族を除き日本国の人間だけであるが、それでも目覚ましい成長がそこにはあった。




 ーー

 アルフヘイム神聖国

 聖都アルファーム

 ーー

 巨木の森の中に作られた幻想的な都。

 そこに住まう多くのエルフ族達は日夜、ハルディーク皇国との戦争後の復興に勤しんでいた。


 そんな都の中にどうにも似つかわしくないモノが行き交っている。




「いやぁ〜〜ニホン国の人間が来てから大分暮らしが楽になったなぁ」


「えぇ、ホント。朝早くから畑仕事に向かう必要も殆ど無くなりましたしね」


「お? 噂をすれば……ニホンのクルマだ」



 数台の工事用車両が聖都の大通りを進んでいく。エルフ族の人々はそれらをいつも不思議そうに眺めていた。



「それにしても、あれはどういった原理で動いてんだ?」


「さぁ? 魔法的な力は一切頼ってないらしい」


「本当か? 見栄張ってるだけじゃないか?」



 多くの日本企業の支店が国内に展開し、更に物流の活性化の為にインフラ整備を進んでいる。勿論、自然を重んじるエルフ族に考慮し、必要最低限の開拓と建設を心掛けているため、現地のエルフ族とのいざこざは今のところは起きていない。



「ホント、ニホンのお店って便利ねぇ〜。何でも揃ってるから助かるわ」


「えぇホント。いつでも新鮮な食材が手に入るし、この時期でしか採れない野菜だって置いてあるんだもの」


「ウチの庭にあった畑、今は花壇にしているの。ニホンのお店があればもう作る必要もないと思って」




 数ある支店の中でも特に人気が高いのは大手スーパーやコンビニである。

 新鮮かつ安全で美味しい食材が安価で手に入る事も勿論だが、見たことも無ければ考えたことすらもない便利な日用品の数々に大きな感銘を受けていた。


 また、人々に人気が高い……と言えば少し可笑しな話ではあるが、日本の附属病院などの医療施設もエルフ族達には高評価である。尤もこれに関してはエルフ族に限らず、多くの国々が日本国の医療に多大な信頼と評価を得ているのだ。



「ニホンの病院が出来てから体の調子が大分良くなったよ」


「全くだ! もう貢物を魔術師達へ贈る必要も無くなったしな!」


「ワシの腰痛もニホンの病院へ来てから何ともなくなったワイ!」


「私の妻もこの前、ニホンの病院で出産しました。いやぁ〜設備が整っているからなのか、何の心配もなく無事に事なきを得ましたよ」


「ニホン国の医療技術なるものがあれば、どんな怪我や病も怖くは無いな!」


「いやはや、全くその通りだ! あの国に万能薬があったとしても私は驚きませんぞ!」



 このアルフヘイムでは不治の病として恐れられていても日本側からしてみれば取るに足らない治療可能な病が多い。未だに人間とエルフ族との遺伝的な体の仕組みについて精査中であることもあって、使われる薬剤や治療には限りはある。

 しかし、それでもエルフ族にとっては魔術師や自作の薬草を作るよりも遥かに効果的かつ信頼出来る確実な治療であることは間違いなかった。



「このアルフヘイムの未来は明るいぞ!」


「これも全部、ニホン国のお陰ね」


「今じゃ俺たちも列強国だ! もう周りの国にデカい顔されることも無くなるぞ!」



 アルフヘイムの国民達は明るい表情で聖都内を行き交っている。


 そんな光景を王樹(ユグドラシル)高階のテラスから優しげな、しかし何処か不安げな表情で眺めるアルヴァーナ聖王の姿があった。





 ーー

 ー


 聖都内は勿論、深く生い茂る大森林に点々と建てられている日本の建物がテラスからも一望出来る。そんな自国の光景を少しばかり不安げに眺めるアルヴァーナがいた。



「我が国が戦後、目覚ましい発展と復興を支援してくれたニホンには感謝している。だがそれによって我らエルフ族古来の伝統や文化までも廃れてしまうのでは無いかと。たまにだが不安に感じる事もあるのだ」



 アルヴァーナは従者の1人に呟いた。

 従者は恭しく頭を下げながら口を開く。



「陛下の国を思う心労、御察しします」


「ありがとう。今まではその日の暮らしが出来れば十分、と慎ましい生き方をしてきた我らだが、暮らしが豊かになるにつれ、それらから離れられなくなる者も少なくないだろう。ニホンは『貴国の文化や環境に影響を与えない範囲で』とは言っていたが、その範囲内すら危険なのではないか?」



 実のところ、アルヴァーナ自身ニホンから取り寄せた様々な生活用品や電化製品、紅茶などの嗜好品に心を奪われていた。


 奪われていながらもそんな危機感を日々感じていたのだ。否、感じることしか出来なくなったのだ。


 日本から取り寄せた電化製品の1つであるマッサージチェアは実に快適なものだ。身体中の疲れという疲れがじわりじわりと(ほぐ)れていくあの快感に囚われている。



(政務官らや各町村区の長老達からも高評価なだけあって……あれは堪らん)



 最早日課となった湯浴み後のマッサージチェアを思い出しながらあの時の快感に浸るが、すぐに我に返る。



「そう言えば……今朝からフレイヤの姿が見えないが?」


「陛下。姫様は早朝よりニホン国の植物科学研究団(PRT)なる方々と黒森へ」


「む? あぁそうか……ダークエルフ族がいた黒森は、今ではニホン国への借用地となっていたな」



 少し前まで悩みのタネであったハイエルフ族とダークエルフ族の争い問題。

 しかし、それは日本が協力者としているダークエルフ族を敗戦国であるハルディーク皇国の監視役として、元皇国領土で唯一の自然の恵み溢れた土地、バロバレスコ地方へ移住させた。


 これによりアルフヘイム神聖国内にいたダークエルフ族は居なくなり、ハイエルフ族は歓喜した。一方のダークエルフ族達も、黒森にいた頃は勿論、かつての故郷よりも広大で豊かな森林まるまる1つを手に入れた事で大変満足した。


 その後、日本はアルフヘイム内には、未知の植物類が多数存在している事や気候や環境によっては育たない植物や野菜、果物類もアルフヘイム内であれば気候に関係なく育つ事が判明。


 更には糖尿病、ガン、エイズに効果的な薬用植物も多数発見された事で、日本は国を上げてアルフヘイム神聖国への植物科学研究団派遣及び食用・薬用植物資源研究センターの設立を実行した。


 アルヴァーナ聖王へその件について伺い、政務官らや各町村区の長達との話し合いが始まった。初めは難航するかに思えたが、意外にも政務官らや長達は二つ返事で了承の意を返して来た。


 しかし条件があり、それらを実施する場所はダークエルフ族がいた黒森のみ、である。


 ハイエルフ族からしてみれば、ダークエルフ族らが暮らしていた森は今では穢れた森という認識が強いらしく、下手に自然を破壊せず且つ借用としてなら使っても良いとのことだ。


 日本国政府はこれを了承。


 そして、アルフヘイム神聖国内の黒森は現在、食用・薬用植物資源研究センターとして日本国家の広大な借用地となっている。



「まぁ……どちらせよ活用方法のない土地をどうするか悩んでいたところだ。大恩あるニホン国の助けとなるならば良しとしよう」


「それにしても、姫様がニホン国との友好大使を願い出た時は驚きましたね」


「あの子はニホンを一度じっくりと見ている。あの国の強大さは彼女もよく分かっているだろう。同盟国と言えど、気を緩めることは出来ない。だからより親密な友好関係を築く為にあの子は動いているのだ」



 戦争後、フレイヤは程なくしてアルフヘイムへ帰国した。保護されている中で見た日本の姿を見た彼女は興奮気味に父であるアルヴァーナへ伝えてきた時を聖王は思い出す。


 あの時は母親に似た男勝りな粗野口調で乱れ打ちの如き休みのない会話だった。


 彼女自身あの時、ニホンとの交友が如何に重要になってくるのか、それを理解したのだろう。

 アルヴァーナはそう捉えた。



「だが、あの子の粗野な口調がニホン国の者たちに向けられると考えると……」


「陛下……彼の国の方々は既に許容されておいでです」


「つ、つまりは……もう遠慮なしなのだな」


「従者や衛兵を供にしているので……気を付けてはいる筈ですが……ははは」



 アルヴァーナと従者は互いに苦笑いを向ける。その時、従者はふとある事を思い出していた。



「そう言えば……その黒森では研究センターなるものの他にも、大きな鉄の建物がー」


「ん? あぁ……今月中にも我が国の若者数百名がそこで働くことになっている」


「あそこで造られている物は……あの鉄の人形兵と……ほ、本当でしょうか?」


「龍王の息子、ファヴニールを通したニホン国からの進言でな」


「アレが本当に人間の手で造られているとは……到底信じられませんが」


「だが現に我が国の治安維持や国防に多くの鉄の人形兵――WALKAR(ウォーカー)だったか? がいるだろう。信じるしかあるまい。まぁアレがもしや我らの知らぬ、ニホン独自の魔法学術で生み出したものであると睨んでいるが……気にしても仕方ない」



 そう答えながらアルヴァーナはテラスから聖都の一角を眺める。行き交う国民や移住して来た日本人とは別に、生命を感じさせない無機質な人形が人間と何ら変わらない滑らかな動きで聖都内を巡回している。


 その無機質な人形、日本のWALKAR(ウォーカー)、頭頂部に赤いパトランプを付けた『PATROL(パトロール) WALKARウォーカー』が巡回していた。


 エルフ族の国民達がPWに笑顔で挨拶をすると、PWも電子音混じりの声で『オハヨウゴザイマス』、と多分明るめに挨拶を返した。



(ニホンの軍隊、ジエイタイが来てくれたおかげで、我が国の兵士たちの大勢を復興に送る事が出来たが……)



 贅沢で恩知らずと理解していながらもアルヴァーナが最も懸念している事、それは国防事情である。


 ハルディーク皇国との戦争でアルフヘイムの人口は3分の1が減ってしまった。中でも深刻なのが兵員の数である。国を立て直すには復興は急務である。しかしハルディーク皇国程ではないが、エルフ族を狙う強国は周囲にも存在する。


 弱体化した自国へそんな輩が攻めてこないとは限らない。また、多くを失い自暴自棄となる国民も少なくはないだろう。

 そこで日本は自衛隊の駐在を提案して来た。

 国防と治安維持を日本が負担し、アルフヘイムは復興へ注力するという提案だ。


 政務官らは喜んでその提案を呑むべきだと具申して来た。しかし、聖王アルヴァーナは難色を示した。



(本当に……ここまで頼ってしまって良いのだろうか? 復興支援まででよかったのではないか? 何もかもをニホン国からの支援に頼るなど、それでは我が国は未来永劫彼の国に依存する事になるのではないか?)



 しかし、当時はそんなことを選んでいられる時間は無く。聖王は半ば懸念を抱いた状態で日本からの提案を全面的に受け入れた。


 監禁されていたテスタニアの奴隷達の家族が臨時で使われていた場所を現在の自衛隊基地へ変わっている。


 奴隷達とその家族の大半は、各々の故郷へと無事に帰っていったが、行き場のない者も少なくは無い。日本は彼らを中ノ鳥半島へ一時的に引き入れたと聞く。



(各亜人族国家にも小規模ながらジエイタイ基地が設置されたと聞くが、国防面ではどうなのだろうな。まぁ被害を受けたのは我が国だけであるなら、我らほどニホン国の軍事力に頼る事はないだろう。 WALKAR(ウォーカー)の製造工場なる建物は各国に造られていると聞くが、そこまで必要なのか?)



 アルヴァーナは自国の未来に僅かな不安を抱きながら、日本からの様々な支援に喜びと幸福感を得ている笑顔の国民達の姿を眺めた。




 ーー

 ー

 王樹(ユグドラシル)内のとある廻廊。


 そこで数人の政務官達が談話していたのだが、その顔は決して明るい者ではなかった。



「全く……厄介な連中を招き入れたものですな」


「しかし、誰が予想出来る? 第2世界からオンボロの木造船で使者が現れるなど」



 彼らの話題となっているのは先日、アルフヘイムへ漂流して来た第2世界の異端国家群の使者達の件だ。彼らは現在、国内の附属病院から退院した後、王樹内の客間にて過ごしている。


 しかし、彼らが此処にいる事に対し難色を示す者は役職に問わず多い。政務官らは勿論、従者や衛兵達も同じだ。アルヴァーナ聖王も内心は溜息をつきたい問題事でもある。



「今我らエルフ族は神スアールの加護の元、大きな発展を遂げつつある」


「左様。ニホン国からの援助のおかげで我らの社会的地位は安泰。復興も順調だ」


「軍事面でもニホン国が面倒を見てくれる分、我らがやるべき仕事も一点に集中できるというものよ」


「それなのに、あの連中ときたら……」


『レムリアを始めとするメルエラ教を打ち倒し、世界に真の自由をもたらす為にもニホン国らの軍事的支援をお願いしたい』……などと。


「ふざけるな! と言いたいな」


「我らに余計な火種を持ち込まないでほしい」



 異端国家群の使者からの嘆願。


 それは日本国を始めとする列強国らの力を借りて、聖教化を拡めつつあるレムリアへ対抗する為の軍事的支援の要請である。


 これを聞いた時、その場にいた多くの者が怒りに震えた。


 少なくとも何ら関係のない自分たちを巻き込もうとする彼らの考えが許せなかったのだ。


 確かに彼らの境遇を考えれば気の毒という他ない。しかし、現実問題それを受け入れるわけにはいかず、拒否の意を伝えるしかない。


 先日、緊急の会談から戻ってきた聖王が直接彼らに、日本国は現段階において諸君らの意に沿う考えは持ち合わせていない事を伝えてはいる。しかし、彼らは諦めずに請願して来た。



「奴らめ……終いには『ニホン国からの直接返答を受け取らない限りは認められない』などと抜かしている」


「何が何でも彼らはニホンを始めとする多くの国を自分たちの問題に巻き込もうとしているのだよ」


「出来る事なら追い出したいが……出来るはずもないか」




 厄介者。

 陰で皆が彼らをそう呼ぶ。

 彼らにとって日本はまさに負んぶに抱っこの相手なのだ。嫌なこと、面倒なこと、危険なことすべてを請け負ってくれる。自国にしか出来ない細かな所を自分たちは取り組めばいい。


 そんな相手を余所者に奪われるのではないか?


 そんな心情になりつつあった。



「しかし、ニホン国は何の関与もしないと聞く」


「うむ。そこは安心するな」


「早くキッパリと断りの意を伝えて頂きたいものだ。そしてさっさと帰ってほしいね」


「いやはや全く」



 アルフヘイムの政務官たちの高笑いが王樹の根っこで作られた廻廊に響き渡る。





 ーー

 ー

 王樹内の客間。

 馬鹿でかい巨木の幹を精巧に彫り加工した綺麗な一室。普通であれば他国の使節団に使用される部屋なのだが、第2世界から来た使者で元々は日本国を目指していたと聞き、急遽この部屋を用意することになった。


 そんな慣れない豪華な部屋に異端国家群の使者たちはどうにも落ち着かない。



「こ、こんな見事な……!」


「目立つ住処、そして豪華な部屋。我々とは大違いですな」


「我らがいた世界なら間違い無くレムリアに見つかり、殲滅されていたことでしょう」



 それぞれバラバラの民族衣装を身に纏う数人の男女、異端国家群の使者たちは物珍しそうに部屋を眺める。



「ここ来て数日経つが……未だにこの部屋は慣れない」


「そんな事はどうでも良いのだ! ニホン国、彼の国が我らの嘆願に協力的ではないと言われたのだぞ! どうする!? 正式な声明は後日だそうだが、絶望的だ! このままでは我らの自由が!」



 1人が声を荒げるがもう1人がそれを落ち着かせる。



「落ち着いて下さい。最初はいわば第三者を介したに過ぎません。直接懇願するとしないとでは違うかと」


「然り。我の正義のためにもニホン国を何としてでも我らの長きに渡る戦争に参加させねばなりません。それに今一番警戒すべきは連中が我らより先にニホン国と接触するという事です。そこでニホンが聖教化を受け入れるとなると、絶望的でしょう」


「既に北と東の拠点はお終いです。両方の同志達が殲滅されるのも時間の問題でしょう」



 先ほどまで声を荒げていた人物がもどかしさと苛立ちを壁へ向けて拳をぶつける。



「クソ!……時間が……時間が無い!」


「えぇ、それが一番重要です」


「随分と落ち着いてるじゃないか。ホランド、貴様は何とも思わないのか?」



 ホランドと呼ばれた、先ほどまで淡々と説明をしていたうちの1人が顔を向ける。



「焦ってますよ、これでも。しかし全ては神々が決めること。そうですね? カルス」


「分かっている!」



 声を荒げていたカルスと呼ばれる男がそう答えると、周りの2人も頷く。



「兎に角待つしかないか。ツライな、ジョデ」


「全くです、ディマ」



 彼らは兎に角祈るしかなかった。

 ニホン国との謁見が早く訪れる事を。


 今日も彼らは祈り続ける。


 同志たちの安寧と、レムリアの終焉を。







 ーー

 日本国 首都 東京

 官邸内会議室

 ーー

 内閣総理大臣の広瀬を始めとした各省庁の大臣達が集い1つの大きなテーブルを囲み座っている。



「――以上で、ローナム王国からの同盟申請は拒否するという方向で進めていきます。」



 進行役の副総理大臣、南原の言葉に皆が頷く。

 南原はそれを確認すると、タブレットを操作し、テーブル中央部に設置されている立体映像装置から別の議題が浮かび上がる。



「続いての議題ですが……先日、中ノ鳥半島にて行われた三大国からの緊急会談の件です。此方は安住さんが不在だった為、現地勤務だった舛添が対応しました。その内容は……」



 再びタブレットを操作するとその内容が切り替わるように表示された。



「……『第2世界の異端国家群からの使者らが、聖教化を拡めるレムリアに対抗する為、日本の軍事的支援を求める』というものでした」



 これを見た各大臣達から深い溜息が聞こえてきた。疲れたように目頭を押さえる者もいる。



「舛添ちゃんはこれに対してはなんて言ってたの?」



 広瀬が尋ねると南原は丁寧に説明した。



「はい。正式な返答は後日という事を伝えた上で、援助は期待出来ない旨を伝えたそうです」


「そっか……おっけおっけ、それでオッケー」



 広瀬は親指を立てて彼女の対応に問題が無いこと確認するが、その表情はどこか腑に落ちない雰囲気があった。



「なぁ、南原。連中はどうやってアルフヘイムまで辿り着いたんだ?」


「なんでも小型の木造船だったとか」


「木造船……異端国家群の使者か。ふーむ……まともな造船技術どころか全体的にも色々と遅れてる可能性が高いな」



 防衛大臣の久世が難しい顔で頭をかく。



「そんな事はどうでも良い。問題は引き受けるか引き受けないかだが……皆の意見を率直に聞きたい」



 官房長官の小清水の言に皆から次々と各々の答えが返ってきた。



「反対、ですね」


「反対」


「私も反対で」


「デメリットしかないな。反対」


「何故介入する必要がある? レムリアは危険という意見はよく聞くが、我が国に直接的なダメージを与えたわけではない。ぶつかる必要はない。反対だ」



 各々の意見を聞いた小清水は次に自身の答えを口にした。それは……



「フッ……大反対だ」



 反対だった。

 その答えには広瀬も頷く。



「まぁ気の毒と思えないこともないけど、こっちまで犠牲になる義理はないからなぁ。友好的関係を築けるならそれに越した事はないだろう」


「ククク……そう言うが広瀬よぉ、お前さん結構オッカナイ準備してるじゃねぇか?」



 小清水の言葉に広瀬はニッカリと笑みを向ける。



「万が一よ。ま・ん・が・い・ち♡備えあれば憂いなしって言うでしょ?」


「まぁな……自衛隊基地も何カ国かに設置もしてる。自衛隊に限らず、日本の人材不足問題は昔と変わらず深刻だ。もはやWALKAR(ウォーカー)無しでは成り立たないほどにな。テスタニア帝国やハルディーク皇国の件みてぇに、自衛措置が必要な事態になれば色々と面倒だ」



 気難しい顔の小清水に追い打ちをかけるように、久世が一言口を挟む。



「それでも何とかやって来れたのは、相手の技術力の明確な差があったからだ。もし相手が近代文明レベルの実力を持っていたらどうなる? いや、今の日本と互角かそれ以上のレベルだったら? おぉ〜想像するだけでもゾッとするね」



 多くの大臣達は脂汗を滲ませ固唾を飲んだ。

 小清水の深い溜息が静まりかえる会議室に響く。



「そういった事態を想定しての大量生産だろう? WALKAR(ウォーカー)製造に必要な資源がドワーフのドルキン王国から多量に輸入出来た事は本当に良かったよ」


「まさかオリハルコンやアダマンタイトが我々で言うレアメタルの一種だったとはな」




 日本はテスタニアおよびハルディークから無数の鉱山の採掘権を獲得し、それら鉱山の開発を急ピッチで進めていた。鉱山からは地球でも確認されている鉱物資源が多量に採掘されていた。その中でも特に目を見張るほど価値の高いものも存在していた。


 それがレアメタルまたはレアアースである。


 WALKARを製造する上でレアメタルは必要な資源である為、それらの供給源を確保する事が転移当初から死活事項の1つとして挙げられていた。更に第2世界が霧の壁から解放された事で、未知の国々の存在も明るみとなった事で、更なるレアメタルの供給が必要となったのだ。


 その時、希少鉱物が豊富と言われているドルキン王国から多量の鉱物資源が輸入されてきた。それらを科学解析班に調査したところ、この世界で言うオリハルコン、アダマンタイト、レインボルコンなどがレアメタルと同等の性質を持っている事が分かったのだ。


 ドルキン王国では腐るほど採掘されるレアメタル類を高値で買い取ってくれる日本はまさにお得意様で、他国への輸出よりも日本国を優先的に輸出してくれている。


 その代わり、ドルキン側からある鉱石を此方へ輸出してほしい旨を申請して来た。


 それは翡翠石である。


 翡翠は太古の宝石とも呼ばれ日本の国石でもある。特別価値が高い訳ではないが、多量に取れるとも言い難い為、無尽蔵の数を送る事は難しい事を伝えるが、ドルキン側はそれでも構わないと応えた。


 駐日ドルキン王国大使の1人から事情を聞くと、ドワーフにとって翡翠とは太古の王が至宝として扱ってきた鉱石でその価値は最高硬度を誇るレインボルコンの約5倍。

 しかし、翡翠はドワーフの国では滅多に取れない希少中の希少石である。見つかったとしても色合いが悪い、欠けている、ヒビが生えている、小さいなどのものが殆どだ。


 一年前、鉱王ドルキンが日本国の資源博物館を訪れた際、日本の見事なまでの翡翠を見て発狂レベルに歓喜したほどに、ドワーフでは翡翠はまさに超高級鉱石なのである。



「現在、製造工場の稼働率及び生産数は予定よりも少し遅れてはいるが、その遅れも取り戻せる位の目処は立っている」


「久瀬さん。例の件は?」



 皆の目が一点に久瀬へと集まる。



「海王サリヴァーン氏の協力のもと、計画は順調です。完成率は3割ほど。稼動レベルにまで建設が進めば、稼動実験を実施していく予定となってはいますが、これについては後日修正があるものと受け止めてください。」



 久瀬は読み上げた資料を乱暴にテーブルの上へ放った。その資料の表紙には『プロジェクトAO(アー・オー)』と記載されていた。



 プロジェクトAOとは前世界、つまり地球でアメリカ合衆国が実行可能段階まで調整を進めていた計画である。


Arsenalアーセナル Oceanオーシャン』略して『AO』。


 これはアメリカが開発した次世代型汎用ミサイルシステムを海底に設置する計画である。

 この次世代型汎用弾道ミサイルシステムは弾道ミサイル防衛システムとは対を為す存在。


 イージスが盾ならばコレは矛。


 通称『グングニル』。

 グングニル汎用弾道ミサイルシステム。


 テスタニア帝国戦後、在日米軍のとある幹部が政府に接触して来た。

 彼は激しい不安に心を蝕まれていた。

 異世界に来た事は勿論、前世界と違い簡単に戦争が起きるという考えられない世界常識によるものだ。

 彼は家族と共に日本に移住している為、大切な家族が野蛮な異世界人に襲われる事だけはなんとしても避けたいという願いから、極秘の軍事情報を渡して来たのだ。


 日本を強くすることは自分と自分の家族を守る事を意味する。


 その後、彼は精神的不安定という問題から軍を退職。日本の静かな土地で家族と共に幸せに暮らしているらしい。


 アメリカとしては今現在、順調に在日アメリカ人を中心とした国創りに取り組みつつあるが、食料や資材、資源、人材ともに日本からの支援が無ければ成り立たないレベルである。一応、異世界の国々からの輸入品もあるにはあるが、日本国を経由した間接貿易である。


 アメリカが国としてしっかりと建てていくまでは日本が全面的に支援する形になるのだ。軍事的然り、経済的然り。

 日本政府とても同盟国であるアメリカにひもじい思いをさせるつもりは無いため、色んな面(・・・・)で協力していく考えもあり、それはアメリカ側も同じだった。



「グングニルシステム……改めて見るととんでもないものですね」


「汎用だから迎撃システムも組み込まれて入るが、その分実戦配備となればその建設及び設置は尋常じゃないレベルで困難だ。資材はあっても人材、特にエンジニアが不足してる。不可能ではないが時間は掛かるだろう」


「アメリカ製ではない、純和製のミサイルシステムか。不安がないと言えば嘘になるな。だがそれを言ったら護衛艦のミサイルも同じだ」


「四菱重工らはウハウハ気分だろうな」



 時折冗談めいた話も聞かれるが、それほど日本は防衛力強化を急ピッチで進めなければならない状態になっている。


 国民の意識調査、さらには与党内や一部野党内部からも第2世界が切り開かれた事で、また日本が戦争に巻き込まれるのでは? という強い不安感が現れていた。


 しかも、レムリア帝国は第2世界最強の宗教国家。某過激派テロリストによる活動が前世界でもあった事から、最強の宗教国家が出て来た事でその魔の手が向けられる事に対する不安感だ。


 野党からは「戦前に戻す悪逆与党」、「軍国主義の再臨だ!」、「人殺しを正当化させる為の口実だ!」などの発言も多く聞かれるが、国民がそれに耳を傾ける事は無かった。



「計画はそのまま進めよう。表面上は新しいイージスシステムの配備で通すように。あと、近日中にアルフヘイムへ行って、その異端国家群の使節団との面会だな。そこは安住、頼んだよ」



 会議の結果を一通り纏めた広瀬が外務大臣の安住へ声を掛ける。強面の安住は深々も頭を下げて了解の意を伝える。



「分かりました。では明日にでもアルフヘイムへの訪問に向けて日程調整を行いたいと思います」


「ありがと♡」



 広瀬が彼にウインクを送るが、丁度良いタイミングで安住は内ポケットから日程手帳を取り出し広げた為、スルーされてしまう。おっさんのウインクを受けても誰の得にもならない。


 小清水らはそんな広瀬の気色の悪いお茶目な一面を見て大きな溜息を吐いた。


 その溜息の中には安住の溜息も混ざっていた。

 しかし、その溜息は彼らに同調したものではなく、またとんでもない仕事が来たことに対する気疲れである。



(はぁーあ……胃が痛い)




 ーー

 北方、東方辺境地攻略から3日後

 レムリア帝国

 神都内 大聖城前の演説大広場

 ーー


 都市1つ丸ごと覆う巨大な魔導障壁がシャボン玉の様に表面部が虹色に歪んでいる。それが太陽の光に照らされる事で非常に神々しい陽の光が都市全体に降り注ぐ。


 建ち並ぶ高層建築物。

 飛び交う飛空艇と鳥たち。

 地上には大小様々な車が行き交う。

 都内は灰色の肌を持つレムリア人たちで溢れていた。


 しかし、今日ばかりは少し違う。


 多くの臣民達が大聖城前の宣説大広場に集まっていたのだ。ざわつく臣民達の顔は明るく希望に満ちている。

 ポールやロープで区切られた場所に集まった臣民達は収まるがその数は10万人と尋常ではない。

 周囲や臣民達の中を多くの警備兵が巡回するが、今日の様な特別な日をぶち壊す様な輩は先ずいないだろう。いたとしてもそれを見分けるのは容易い。


 そんな馬鹿な行為をする者は異端国家群の者。


 つまり、肌の色を見れば一発で分かる。


 警備兵はライフルを肩に掛けながら辺りを巡回するがそんな輩など見つかる筈は無いと思っていた。しかし、何事も絶対はないのだ。異端国家の人間がいつ何処に潜んでいるか分からない。だからこうして警備兵が巡回している。それでも、警備兵達はそんな事は起きないと信じている。何故ならこの神都に居るのは一級臣民のみ。それも純レムリア人しか住まうことが許されない場所なのだ。


 警備兵達は巡回する。


 晴天の空を飛ぶ真白い鳥達を眺め、暖かなそよ風を肌に感じ、定位置に建てられたポールに掲げられている複数のレムリア国旗が風に撫でられてはためく。今か今かとソワソワする臣民達を見て、彼らは思う。


 今日が非番だったら良かったなぁ……と。


 そして、10万を超える臣民達から離れた場所。目の前にある大広場の階段の上は演説場にもなっている。その演説場にはマイクと演説台が設置されており、本日の主役達はそこに移動することになる。



「まだかな? な、なぁ? まだかな?」


「まだ時間まで3分ある」


「も、もう3分か! くぅ〜緊張するなぁ!」


「おいおい、お前が贈呈されるわけじゃねぇのになんで緊張するんだよ?」


「ねぇねぇ、お母さん! 英雄さまはまだ来ないの?」


「ふふふ、もう少しで来るわ」


「父さん、父さん、肩車して! 向こう側が見えないよ!」


「はは、分かった分かった」


「すげぇよな!ホント!」


「あぁ……なんたって攻略困難な野蛮人どもの根城を同日同時に陥落させたんだ!」


「やはり神メルエラは、我らレムリアの民を祝福して下さっている!」



 期待と緊張を胸に、多くの臣民達が前方にある演説場に目を向けていた。

 演説場と臣民達がいる場所では20メートル程離れており、何もない中間部には警備兵達が演説場を背に二列で立っていた。


 そして、大聖堂の鐘が鳴り響く。


 何処までも響き渡る美しい鐘の音と共に、演説場の両端で待機していた音楽隊が一斉に合唱を始めた。


 多くの管楽器と打楽器が見事に協調し合った演奏が多くの臣民達が聞き入る。


 遂に始まったのだ。

 今日は特別な日。


 北方、東方の辺境地攻略、そして激戦地である西方の情勢安泰化という偉業を成し遂げた英雄達を讃える日。

 レムリアの最高功労勲章であるメルエラ勲章が3人の英雄達へ授与される日なのだ。聖メルエラ勲章は転移後に授与されたルシッド・タブラン・スヴェン以降初となる3名同時の授与は多くのレムリア臣民達の注目のマトとなっていた。


 大聖城の巨大な魔導正門が開かれる。

 大聖城を普段出入りしている役員や国議員達は魔導正門とは別の警備面を除けば特に珍しくも無い出入り口を活用している。あの正門は特別な式典以外で開く事はないのだ。故にそれを見るだけでも大変価値あるだった。


 臣民達がいる観覧席最後方からでもその巨大な両開きの扉が開く様子はハッキリと見て取れる。無論、あれは人力ではなく魔導動力炉によって発生したエネルギーによって機械操作的に開いているだけである。


 魔導正門から伸び敷かれた幅が広く長い真紅の絨毯が演説場まで真っ直ぐ続き、その上を歩いて現れたのはレムリア帝国の将官クラスの幹部達だ。周囲に帝国親衛隊の護衛の元、彼ら将校の証でもあるマントを靡かせながら演説場へと辿り着き、演舌台の横に設置された各々の精巧な椅子へと移動する。その間、彼らは臣民達からの大歓声を浴びながらそれに応えるよう笑顔で手を振るなり、挙げるなりをする。


 1人1人がこれほどの大歓声を受けるのも当然の話。此処へ現れた者達は数ある将官達の中でも名高い武勲や功績を残した英雄ばかりなのだ。


 国の英雄。

 誠の志士。

 皆の憧れ。

 皆の目標。


 男女問わず多くの若者達が彼らを尊敬の眼差しで見上げていた。中には警備などそっちのけで憧れの存在を前に目を輝かせる警備兵も少なくない。


 演説台の横左右に設置された10ずつの椅子へ将校達は腰掛ける。皆が腰掛けた後、更に盛大に音楽隊が奏で始めた。


 広いレッドカーペットの真ん中を悠々と歩く人物。彼が纏う衣服は上等な生地で創られており、真紅のマントは一部金属糸も編まれ太陽の光でキラキラと輝いている。また、身体のあちこちに装着させた金属類はまるで服と鎧を足して二で割った格好である。


 その威厳ある格好と歩き姿はまさに『王』そのものの姿である。頭部に飾られた冠がそれを更に強調させる。


 レムリア帝国(第二帝国)初代皇帝

 バークリッド・エンラ・ルデグネス。


 彼は階段上がり、演説台へと辿り着くと今日一番の大歓声が聞こえてくる。

 手を大きく降る者、小さな国旗を降る者、祈るように地に膝をつける者など様々だ。


 一向に鳴り止まない歓声を皇帝ルデグネスはスッと手を軽く上げて鎮める。あれほどの大歓声が徐々に止んでいく。


 ルデグネスは台に設置されたマイクに向かい演説を始めた。



『私は今日という日を迎える事ができたことを心の底から嬉しく思う。何故なら今日は、新たな英雄たち3人が聖メルエラ勲章を受勲する日だからだ』



 大広場から拍手が起きる。

 拍手の音が止むとルデグネスは演説を続けた。



『では主役たちに登場していただこう』



 ルデグネスがマントをはためかせる様に腕を振るうと、盛大な合唱が始まった。神都の空を舞う小型飛空艇から積まれていた多量の花びらが舞い落ちる。演説台の後方に一隻の輸送艦(アトラス)が着陸する。一般的に軍で使われているアトラスと比べるとかなり綺麗に整備され純白の艦である。


 着陸したアトラス前面部の両開き式ハッチが開かれた。そこから、マントをなびかせる3人の軍人が艦を降り、レッドカーペットを歩いて行く。階段を上りその姿が臣民たちの目に映ると、大きな歓声と拍手が沸き起こる。



 レムリア帝国軍東方辺境派遣軍最高指揮官

 リーメル・ナバ・ツァーダ大佐


 レムリア帝国軍北方辺境派遣軍最高指揮官

 カトレア・メル・スラウドラ大佐


 レムリア帝国軍西方辺境派遣軍最高指揮官

 ラドリッジ・ドゥ・バミール大佐



 今日、聖メルエラ勲章を授与される3名である。3人ともいつものと比べかなり綺麗に整えれられた軍服を身に纏い、いたって落ち着いた雰囲気で臣民達へ手を振った。


 歓声と拍手が更に高揚する。


 ある程度の臣民向けサービスを終えると、3人は皇帝であるルデグネスの方へ体を向ける。

 ルデグネスは台の前へと移動し、横一列に並ぶ3人へ向けて声を掛ける。



『諸君らの多大なる功労によって、邪悪なる異端国家群の巣窟が消え、メルエラ教の聖教化は更に広まる事だろう。それは霧の壁が消えたことにより、我らレムリアが新たな世界への第一歩へ踏み込む事を意味する』



 後方からリングピローの様なものを丁寧に持った礼服の従者が現れ、皇帝のすぐ側で待機する。



『レムリア帝国軍東方辺境派遣軍最高指揮官、リーメル・ナバ・ツァーダ大佐。前へ』



 皇帝の呼名にツァーダは敬礼をした後、一歩前へ出た。皇帝は従者から聖メルエラ勲章を取って、それを彼の右胸へと付けた。更にもう一つ別の勲章も取り付ける。



『偉大な功績を残した君には聖メルエラ勲章と、二階級特進の少将とする』


「光栄の極みであります!」



 ツァーダはその功績により大佐から少将の階級まで特進した。大歓声の中、彼は皇帝と握手を交わした後、元の位置へと戻った。



『レムリア帝国軍北方辺境派遣軍最高指揮官、カトレア・メル・スラウドラ大佐』



 スラウドラも先のツァーダと同じように聖メルエラ勲章とまた別の勲章を受け取った。



『数ある異端国家群の本拠地の中でも難攻不落と呼ばれたアルハリル山脈を攻略した君の偉大なる功績を認め、聖メルエラ勲章と…三階級特進の中将とする』


「ハッ!」



 スラウドラは難問題であるアルハリル山脈攻略を成し遂げたという偉業から三階級という異例の特進で、大佐から中将まで昇級した。


 皇帝と握手を交わしつつ、臣民達へ向けられたその優しい笑顔は多くの男女を悩殺した。あまりの魅力に卒倒した臣民達が続出し、警備兵達が慌ててその人達を運び出す。



『レムリア帝国軍西方辺境派遣軍最高指揮官、ラドリッジ・ドゥ・バミール大佐。』



 拡声器を負かすほどの一際デカイ声で返事をする彼は胸を張って前へ出る。はち切れんばかりの胸板により、新調したての軍服が破けないかとヒヤヒヤした目線を送る将官達もいた。



『一番の激戦地である西方の安定化および領国内の二等、三等レムリア臣民達からの多大なる信頼と友好を育み、聖国連軍全体の士気と結束をより深めた功績を認め、聖メルエラ勲章と……特例中の特例とし、4階級特進の大将とする』



 一瞬の動揺とざわめき、それは次第に大きな大歓声と拍手へと変わった。大佐クラスの人間がいきなり上級将官の大将にまで上り詰めたのだ。正に英雄に相応しい待遇。他の将官らも納得した様子で拍手を送る。


 勲章の授与が終わり、3人の英雄達は演説台の真横に設置された椅子へと座る。


 皇帝ルデグネスは演説台へと戻り再び演説を始めた。



『このレムリアが異世界へ転移してから500年の歳月が経った。多くの混乱があった、多くの悲劇があった、多くの争いがあった、多くの犠牲があった……神メルエラを信仰としない蛮族たちがこぞって我らを討ち滅ぼさんとその邪悪な魔の手を伸ばしてきた。それは今も変わらず我らに襲い掛かっている。愛すべき臣民たちが恐れや不安を抱くのも無理はない。しかし、我らは神に選ばれた誇り高き種族だ。異端なる蛮族どもを我らは500年前から現在まで返り討ちにし、逆に我らが彼奴等に浄化の鉄槌を振るった。数多の聖戦、数多の勝利を手にし続けた。神の加護を持つ我らに敵う存在などある筈がないのだ』



 ところどころで手振りを、言葉も強弱を加えより一層臣民達へその想いが伝わるように演説を行う。しかし、これらは決して偽りの言葉ではない。その動作一つ一つは芝居だとしても言葉の中身は本物だ。


 銀の舌などと呼ばれる輩が巧みな話術で人々を騙す話は聞くが、完璧に騙すことなど不可能だ。かならず何処かにボロがある。


 何故ならそれは偽りだからだ。


 では偽りない者の真なる言はどうだろう?


 答えは騙す云々関係なく人々を信じさせ、信頼を得ることが出来る……ではないのだ。


 悲しいかな例え真実だとしても伝わらないことも多い。


 それが現実である。

 それが人間である。


 人間とは偽りを述べる事が出来る存在。


 故に信じ切ることは困難を極めるだろう。


 だがしかし、それも仮定の問題に過ぎない。


 元々絶大な支持を得ていたら?

 元々絶大な権威を持っていたら?

 元々絶大なカリスマ性を持っていたら?


 騙す者でもここまでの要素を持っていれば騙せるだろうが、それでも偽りである事に変わりはなくいつかはボロが出る。それらも踏まえた計画を練らねばならないそれは余計な労力となり己の足枷となる。


 しかし、騙す必要のない真実であらば問題はない。今この場で話すそれが真実なのだから。


 あとは更にその信頼が堅固なるものとなるよう一工夫加える。それが今彼が行なっている言葉の強弱、そしてジェスチャーである。


 やり過ぎは禁物。

 過剰な演出など偽りを述べるに等しい行為だ。


 より自然に且つ熱く語らう。


 それが重要なのだ。


 それはこの場にいる大勢の臣民たちは勿論、放映局のテレビクルーやラジオ局のクルーを通してテレビやラジオで聴いている臣民たち。将官や警備兵たち。そして、新たなる3人の英雄たちもそうだ。


 ツァーダはともかく、スラウドラやバミールに至ってはそれがそれが一つの『術』に等しい行為である事と自覚していても、新鮮な気持ちで聴き入っていた。


 この人についていけば良いのだ。


 この人は自分たちを導いてくれる。


 まさに神メルエラが遣わした代行者。



(抜きん出た人心掌握術……フフフ、流石は我が弟よ!)


(臣民たちも、将官たちも完全に心を掴まれてるわね。私の弟ながら恐ろしいわ。私まで心が新鮮な気持ちで揺れ動くんだもの)



 腹違いの弟をそんな気持ちで観てしまう。





『愛すべき臣民諸君よ、どうか信じてほしい。我が名誉と誇りに掛けて、諸君らに安寧と希望ある未来を約束する。皆に神々の恩寵があらん事を……メーラム』



 皇帝が右手を胸に当て頭を下げる。

 その瞬間、途轍もない大歓声が湧き上がった。

 座っていた将官達も立ち上がり、万雷の拍手を送る。



「「帝国万歳(レーヴェ・レムリス)!! 帝国万歳(レーヴェ・レムリス)!!」」


「「偉大たる主に祝福を(エル・ラ・メルィーラ)!! 偉大たる主に祝福を(エル・ラ・メルィーラ)!!」」



 将官たちも椅子から立ち上がり拍手を送る。


 皇帝ルデグネスは笑顔で手を振ると踵を返しその場を後にする。ルデグネスが魔導正門をくぐりってもなお歓声は止まない。


 臣民たちの大喝采は、その場を収めるべく動いたスラウドラの一言があるまで永遠に続いていたという。




 ーー

 大聖城内


 大回廊の一角

 ーー

 豪華絢爛な城は当然の事ながら内部まで精巧な作りだった。大回廊は正に芸術の通路である。

 通路の片側は神都を眺めることが出来るガラス張りとなっている。


 そこから見える景色を眺めながら、皇帝ルデグネスは呟く。



「これから英雄たちは神都を凱旋か。忙しいものだな。しかし、これは必要な事だ。霧の壁が消えたことで臣民たちの外界に対する不安と恐怖が湧き上がりつつある。そのタイミングを見計らっての2方面の辺境地攻略と英雄の誕生は臣民たちの心の拠り所となるだろう」



 彼の独り言だと思われていた言葉に対し何処からともなく言葉が返ってくる。



「ハイ。聖メルエラ勲章授与の式典が行われる情報が広まっただけでも、臣民たちの不安はかなり薄まっていました。この式典による精神的不安の緩和は大きいでしょう」



 ルデグネスから少し離れた背後で片膝を付けて跪いている1人の男性。真っ黒なバトルドレスユニフォームを着込み、薄汚れたタクティカルブーツを履いていた。その素顔は灰色に塗られた仮面を嵌めており、中央部に赤い宝石が埋め込まれている以外は何も描かれていない地味なものだった。見えているのかどうかも分からない仮面が赤い宝石以外何もない顔を上げてルデグネスを見入る。


 ルデグネスは気にするわけでもなく話を続けた。



「私も情報局や宣伝省を使って意識調査を行うつもりだが、その役割の一端も手伝って貰うぞ?」


「御意」


「それから……スヴェンから何か言伝は受けていないか?」


「ハイ。賢王石の件で伝えたい事があると仰っておりました。直接会って伝えたいとの事で……テベリア研究所で待つ、と」


「なるほど……少しは解析が進んだと見るべきかな?」


「それから……」


「む? どうした?」


「ハイ。霧が晴れて以降、こちら側でウロついていた連中なのですが……足取りは未だ掴めません。精々好き勝手させないように目を光らせるくらいが精一杯です」


「そうか……」


「奴さんら優秀ですね。多分、自分らの事も気付いてますよ。付かず離れず実力を見抜いて、下手に深追いはしない。聖教化した国が多い分、この世界全土に目を光らせるのは難しいですが、本国には一歩たりとも踏み込ませんよ」


「それでいい。無理をせず可能な範囲でアンテナを張れ。本国は勿論、領国内の中で重要拠点を絞り出し、そこへ部隊を展開させる事も視野に入れておけ」


「御意」



 仮面の付けた謎の男は立ち上がり、物音一つ立てない足取りでその場を後にした。


 ルデグネスはそんな彼を一瞥もせず、ガラス張りの壁から見える、賑わう神都を眺め続けた。



(『(ライズ)』をここまで手こずらせるとは……中々やるじゃないか。ハルディークの(スキアーズ)やサヘナンティスのプレゼントバーズ、ヴァルキアの死の風(ヴィエント)でないことは明白。やはりニホン国か。まぁいい

 ……それよりも今は使節団の件だな)



 ルデグネスはつい先日、『根』から受けた報告を思い出していた。それは異端国家群の使節団がニホン国へ助力を求めに行ったという。しかし、そこまでの情報を掴んでいながら、彼は阻止しようとしなかった。


 日本がそこで彼らに手を貸すというのなら此方の情勢を理解し得ない、打ち解けることの無い国という決定打となる。そうなれば話し合いに出る必要はない。ルインを引き取った後は戦う姿勢で向き合うだけだ。


 しかし、もし日本が彼らを手を振りほどき、我らとの友好を望むのなら聖教化の道へと誘うのみ。事実上の無血開城を要求するのだ。誰も犠牲にならない最も平和的な方法だ。



(まあそれもスラウドラ達がニホンを見てからだな。果たしてあの国は我らにどれほどの発展をもたらしてくれるのか……楽しみだな)



 ルデグネスはそんな事を考えながら思わず口角を上げてしまう。


 神都は相も変わらず賑やかで活気溢れている。


 それがこの先もずっと続く事を皇帝は心の中で祈り、そして実現させると強く誓った。

イージスあるからその逆もありかなぁって思いましたハイ。

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