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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
129/161

第124話 殲滅の調

今回はちょい長めです。

 艦橋のモニターに映し出される光景をムーアは青ざめた表情で見ていた。



(こんな事……間違ってる!)



 もはやそれは聖戦でも何でもない。


 一方的な殲滅だった。


 レムリア帝国聖国連軍東方辺境派遣軍第2艦隊。東方地区に配置されている艦隊の中では一二を争う実力を誇る艦隊だ。


 その艦隊が今の今まで航空不可能だったミスリル地帯を克服し、ゴバ山脈に住まう異端国家群の民達へ向けて無慈悲な砲撃を浴びせている。


 テルメンタ級45㎝三連装砲塔2基、レランパゴ級45㎝三連装砲塔3基、エスパーダ級戦艦45㎝三連装砲塔2基。そして、第2主力艦隊の旗艦であるドロローサ級45㎝三連装砲塔2基の計27門の主砲。


 艦底部に設置された15㎝単装砲と20㎝単装砲塔。

 計19門。


 これだけでもとんでもない破壊力を持つ第2主力艦隊は重・軽巡洋艦からの砲撃も容赦無く振るわれていた。


 雄大な自然。

 聳え立つ山々。


 そんな光景がものの数分で爆炎と黒煙に包まれた死の世界へと変わった。


 麓の森からは多くの鳥達が逃げ惑う。


 砲弾が直撃し、無数の岩が周囲に弾け飛ぶ。



 ドドドドドドドドドォォォー!!


 ボゴォーー!!


 ドォーーン! ドォーーン!!


 ズゥゥ……ン!



「撃ちまくれ。ゴバ山脈を更地と化すのだ」



 艦長席に座りながら紅茶を楽しむツァーダはそう命令を下した。


 その言葉はすぐに通信士が各艦へ伝達する。



「使用している砲弾は6式か?」


「ハイ。新型でございます」


「ならば結構。」



 使われている砲弾は最近ハルドロクで開発された『6式魔導弾』は新型の徹甲弾だ。

 6式の優れた性能は遅動信管という最新機能である。

 これはよって厚い装甲部を貫通した6式は、非装甲部である内部から炸裂、破壊する事でより壊滅的なダメージを敵艦に与える事が可能となった。



「6式ならば頑丈な山の内部にも大ダメージを与える事が出来るだろう。野蛮人どもが根城にしている山は恐らく一部分は空洞だ。このまま砲撃を続けていれば………ほら!」



 突如としてゴバ山脈の一部斜面が、ここからでもはっきりと見えるほど大きく陥没し始めた。


 そして、砲撃は十数分にようやく止まった。

 未だに黙々と黒煙をあげるゴバ山脈は見る影もなくなるほど形状が変わってしまっていた。


 その光景を満足げに眺めていたツァーダは更なる命令を下す。



「本艦及びゲイル級空母艦載機を発艦させろ。山脈麓にある周囲の森にいる生き残りどもを殲滅せよ」


「ハッ!」



 空母としての機能を果たしている本艦の第二艦橋室及び各空母へ通信士が先ほどの下された命令を送った。


 その後、間も無く2隻のゲイル級空母から計30機に及ぶ艦載機『エストレーラ』が飛び出して行く。

 ドロローサ級も後部に備えられた飛行甲板から次々とエストレーラが発艦して行く。


 戦闘機『エストレーラ』はレムリア帝国の主力戦闘機で、動力源である魔導エンジンによるエネルギーにマッハ1.0(最高1.3)。機底部には対地爆弾が備え付けられていた。装備は18㎜機銃が機首に2基。更に魔導エンジンに反応して敵艦を追尾する対空魔導ミサイルを左右の主翼に2つずつ装備している。また、今作戦に限り底部には航空機搭載型の対地爆弾も付け加えられている。


 エストレーラーに加えて攻撃機『ガリアンテ』も出撃し、普段ならば対艦魔導ミサイルを搭載しているのだが、今作戦に関しては対地魔導ミサイルを搭載している。更に畳み掛けるように山脈への攻撃に空雷撃機『デェルギーノ』が編隊を組んで飛んだいる。装備された6式魚雷が山脈に狙いを澄ましていて。


 そんな攻撃機部隊は編隊を組みながらゴバ山脈周囲を少しばかり飛び回った後、周辺の森林帯へ向けて一気に急降下を始めた。



『第1編隊……対地爆弾投下用意』


『第2編隊も対地爆弾投下用意』


『第3編隊対地爆弾投下用意』



 戦闘機のパイロット達が一斉に取り付けられた対地爆弾の投下用意に入った。各編隊は既に急降下から水平飛行へ変わり、あまり離れないない地上の上を飛んでいる。


 そして、降下カウントが切られた。



『3、2、1、投下』



 各戦闘機が一斉に対地爆弾を投下した。



 ドドドドドドドドォォォォォォ!!



 激しい爆炎と爆発が森を飲み込む。


 さらに続けざまに各編隊は対地爆弾を次々と投下し続けた。その中にはガリアンテ含まれる。デェルギーノは山脈部は向けて6式魚雷を次々と発射している。



 ドドドドォォォ!!

 ボォォォン! ボボォォォン!



 ゴバ山脈麓周囲の豊かな森は瞬く間に火の海と化した。


 上空にはエストレーラとは別の艦載機。偵察機『クスロフォ』が地上周囲を見渡しながら飛び回っていた。


『クスロフォ』は攻撃を目的とした軍用機ではない為、18㎜機関銃塔1基のみ。しかし、魔波レーダーには捉えれにくい特殊な妨害魔波を探知出来る為、レムリアでは特に改良することなく非常に重宝されてきた。



『こちらオウル01。火の海と化した森に現地人の遺体を多数確認するが、僅かな生き残りも確認出来る。少なくとも数は200。かなり狼狽えている』



 クロスフォからの報告を受けたツァーダは次の指示を送る。



『こちら旗艦ドロローサ。各戦闘編隊は機銃で地上を這う野蛮人を駆逐せよ、との事だ』


「了解」



 偵察機を通じて各戦闘機が急降下を始め、機首に備え付けられた機銃が火を吹いた。



 ガガガガガガガガガガガガガガ!!

 ガガガガガガガガガガ!!

 ガガガッ! ガガガガガガガガガ!!



 放たれた機銃。

 18㎜機銃の雨が閃光となって、森の中で逃げ惑う生き残り達へと襲い掛かる。



「うわぁ!?」


「グァ!」


「ぎゃん!」



 機銃弾はいとも容易くその者の体を貫き、命を奪って行く。


 1人、また1人と。


 バタバタと糸が切れた糸人形の如く倒れて伏してゆく。


 まさに光輝く死の雨だ。


 森は次第に火の手が上がり逃げ場もなくなっていく。追い詰められて行く生き残り達は、火の手が届いていない場所へ集まるが、それこそ攻撃機の狙いの的となった。



『タラス、見えるか? 奴らぁあんなとこに集まってやがる』


『あぁ見えるぞ、デリッシュ。馬鹿だよなぁ。格好の的にしかなねぇってのに』


『仕方ねぇよ。未開人だからな。それに、火の手が広がってるからまだ火が届いてない場所へ行くのが普通だろ。ま、結局は焼け死ぬか貫かれて死ぬかの違いだな』


『ハハッ! だな! こちらエストレーラ08。これから03と共に密集している野蛮人どもを駆逐する』



 エストレーラ08の操縦士タラスは母艦であるゲイル級空母1番艦へ通信する。母艦からは『了解』の意が返ってくると、ニヤリと口元を歪ませた。



『待ってろよォ! 神メルエラに逆らう未開な野蛮人ども! いくぜェ、デリッシュ!』


『おうよ、親友!』



 2機の戦闘機が密集している生き残り達へ向けて急降下を始めた。自分達の元へ戦闘機が迫って来ていることに気付いた生き残り達が慌てふためく様子が遠くながらに見えた。


 その光景を見たタラスは、昂った。



(ハハハーー! 死ね死ねぇ!!)



 2機の戦闘機の機首から機銃が火を吹いた。



 ガガガガガガガガガ

 ガガガガガガガガガガガガ!



 弾丸が襲い掛かった場所に土煙が舞い上がる。

 2機は目標地点を通り過ぎると旋回し、再び同じ場所へ機銃掃射を開始する。


 先ほどよりも濃い土煙が舞い上がる。


 それを何度か繰り返した後に掃射を止める。土煙が晴れたその場所には死体の山が出来ていた。


 まともに原形を留めた死体はないだろう。



『ハッハーー! 神は偉大なり! 神は偉大なりィィ!!』


偉大なる主に栄光を(エル・ラ・メルィーラ)!!』



 互いの無線から聞こえる神を讃える声は母艦へも聞こえた。


 母艦の艦橋にいた乗組員らは彼らの神を讃える意に深く同意しながら、各々の作業をこなし続ける。



「ふむ、そろそろか。掃討終了。各機は速やかに母艦へ帰投せよ」


「ハッ!」



 森が炎によって燃え尽きかけた時、ツァーダは次の命令を下した。


 ツァーダの命令を受けた通信士は各空母艦へ通信を送る。


 間も無く空を飛び交っていた戦闘機群は各母艦へと帰投し始めた。



「輸送艦アトラスを地上へ降ろし、陸軍を展開させろ。生き残りを探せ。武器を持つ者は撃ち殺して構わんが、女は出来るだけ殺さずに捕らえた後、10-5地点へ集めさせろ」



 ツァーダの命令によって、次々と輸送艦が地上へ降下を始めた。



「本艦と各戦艦及び巡洋艦、駆逐艦は周囲の警戒せよ」



 いよいよ作戦も終盤へ差し掛かろうとしていた。皆の顔から分かるように気を引き締め直し、実行に移している。


 その時、ツァーダは艦長席から立ち上がるとムーア達の元へ歩み寄る。


 

「ん? どうした? 何人か顔色が優れないようだが……」



 あの虐殺を見せられたらまともな者であれば気分を害すのも無理はない筈だ。


 ムーア、ナスレス、ルルプは冷汗を流しながら無言で司令長官であるツァーダに目を向け続けていた。



「ふむ、まぁいい。とにかくこれで神に逆らう愚か者の末路がどんなものか、改めて理解出来たろう? さて次だが、君たちには各々が率いていた隊へ戻り、敵の生き残りを見つけてほしい」


「生き残り、をですか?」


「その通り……ただし女だけだ。男は例え武器を持たずとも子供だろうが構わず殺せ」


「し、しかし……彼らは既に痛いほどの報復を受けております!」


「そ、そうです! 何もそこまでしなくとも、彼らには最早我々に歯向かう牙は既に折られております!」


「何卒、哀れなる異端者に御慈悲を!」



 ムーア、ナスレス、ルルプが厳罰覚悟で司令長官たるツァーダへ進言する。ロベルソシアスとマヴィは呆れ気味で3人を横目で睨んだ。



「フフフ、お優しいのですね、3人は。ふむ、そうですね……確かに哀れなる者へ最後の慈悲くらいは与えるべきかもしれませんね。分かりました、一考しておきましょう。各隊へ通信、抵抗の意思ない者たちは老若男女問わずに捕らえよ」



 顎へ手を当て考えたツァーダはウンウンと頷きながら微笑み、3人の意見を汲み取った。そして、通信士へ命令の変更を伝える。


 3人は少しだけ安堵の表情を浮かべる。

 しかし、ロベルソシアスとマヴィは何処か不快な顔で3人を睨みつけていた。



(えぇ、一考はしますよ。しますとも)



 ツァーダは正面のモニターに映る地上の様子を眺めながら不敵な笑みを浮かべる。


 画面には陸兵たちに次々と捕縛される、命辛々に生き残ったペルロジャ族の様子を映し出されていた。






 ーー

 ー

 火の手は完全に鎮まり、灰の世界が広がっていた。もはや緑豊かな森など存在しない。


 灰にまみれた世界に即席で作られた拓けた場所へ生き残ったペルロジャ族たちが一箇所に集められていた。


 その数は100人いるかいないか。


 戦士たちは戦闘機による爆弾投下と機銃で殆どが死に、民間人たちは最初の一斉砲撃による山の崩落によって大半が圧死。そして、何とか外へ逃げ出しても砲撃によってバラバラに吹き飛ばされてしまった。


 生き残りの殆どが火傷などの怪我を負っており、武器を持つ者や戦う意思を持つものは存在しなかった。


 聖国連軍による一方的な蹂躙により心は完全に折れてしまい、皆の目は不安と恐怖に染まっている。


 彼らの周囲には1万弱のレムリア帝国聖国連陸軍。無数の戦車。空を飛び交う軍艦。


 逃げ場など無い。


 勝ち目など無い。


 しかし、奇跡的に生き残っていた大長老は彼らが今しがた自分たちにした対応に僅かな希望を見出していた。


 我々の殲滅が目的ならわざわざ生き残りを見つける手間を取るはずがない。ならば、降伏の意思を示せば、ここに居る者たちは生き残る可能性がある。


 大長老は首に掛けていた巾着袋を一度握り締め、前へ出た。



「ワシはペルロジャ族の長にして、ゴバ山脈に住まう者たちの纏め役をしている者。名はバ・ダルフと言う。レムリアの者達よ、我らは完全降伏の意を示す」



 そう言うと大長老は両膝を付けて、額が地面は付けるほど深く頭を下げた。


 大長老に続き他の生き残り達も屈辱の涙を流しながら同じように頭を下げた。



「……」


「……」



 レムリア側からの返事が来ない。


 この重圧とも取れる空気の中、大長老は脂汗を滲ませながら頭を下げ続けた。



 ザッザッザッザッ



 そこへ数人の足音が近づいて来た。


 その足音は自分の2、3メートル離れた向かいで止まった。



「大長老バ・ダルフ……面を上げよ」



 言われた大長老はゆっくりと頭をあげた。

 脂汗によって額には土と灰がくっ付いている。



「私はレムリア帝国聖国連東方辺境派遣軍最高指揮官のリーメル・ナバ・ツァーダだ。あぁ、別に覚える必要はない。……さて、大長老殿、何故我らが君たちに容赦ない攻撃を仕掛けてきたか、分かるね?」



 スラッとした細身で金髪のオールバックの男が微笑を浮かべているような細い目を向けながら話かけて来た。



「は、はい……」


「ならば結構。かつての君たちペルロジャ族の国……大ゴルモン帝国は我らが神メルエラの救いの手を、尊い導きを無下に拒んだ。そして我らと戦を交え、滅びた。実に愚かで無様で、滑稽なものだと思わないかね?」



 大長老はギリリッと歯噛みするも「はい」と答えるしかなかった。



「君たちペルロジャ族の答えは既にその時出ていた。我らとの敵対の意思を、破滅への道を……だ。だから蹂躙した。それだけのことだ」


「……ですから、こうして、こ、降伏の意をー」


「ふむ。我らに降伏する、とはどう言う意味か……分かっているのかな? いやなに、『皆殺し』という事は無いさ」



 大長老は困惑した表情を浮かべる。

 それを見たツァーダは後ろに控えていた衛兵へ首を動かすと、衛兵は大長老の元へ近づいた。


 すると、衛兵は大長老の胸倉を掴むと首に掛けていた巾着袋を引き千切り奪った。



「な、何を!?」


「黙れ!」



 巾着袋を奪った衛兵は大長老を突き飛ばすように掴んでいた胸倉を離した。


 豪快に後ろへ倒れた大長老へ数人の同族たちが慌てて近寄り手を貸した。


 衛兵は巾着袋をツァーダへ手渡すと、ツァーダはそれを摘み上げてながら観察する。



「君たちの信仰の対象は祖霊だろ? 自分たちの先祖を守護神と捉え、一族の繁栄と安寧を願う。そして、この巾着袋には自身の先祖の

 骨の一部分が入っている。祖霊は我らと共にあり……か? 実に野蛮な信仰ではないかね?」



 そう言うとツァーダはその巾着袋を地面へ落とし、思い切り踏み潰した。何度も。何度も。


 パキィ!

 メキメキ!



「あぁ!!」



 大長老は悲痛な声を上げた後、蹲るようにオウオウと泣き始めた。


 他の同族たちからも悲鳴に近い声か聞こえ、激しい憎しみと怒りの視線をツァーダへ向けて来るが、ツァーダは気にする様子も無く話を続けた。



「我らへの降伏は自分たちが今までに信仰していたモノを完全に棄て去るコトを意味する。それすらも出来ず、こうしてそれをここへ持ってきた時点で……我々に対する抵抗の意思有り、と受け止める」



 ニヤリと邪悪な笑みを見せたツァーダにペルロジャ族たちは顔から一気に血の気が引いた。



「ロベルソシアス中佐、マヴィ中佐。あとは任せましたよ」


「「ハッ!」」



 ツァーダはマントを靡かせながら踵を返し去っていく。彼と入れ替わるように2人の副官が自身が指揮する隊を連れて前へ出て来た。



「ま、待って下さい! 長官、これはー」


「ルルプ君。私の彼らへの温情はここまでだ。まさか、私の慈悲をここまで裏切る真似をしてくるとは全く予想外だったよ。実に心痛める。残念極まりないが、抵抗の意思を示す輩にかける慈悲はもう無い。君たちの願いは叶わぬものとなったのだ。いやはや、実に悲しいことよ」



 前へ出たルルプをツァーダが制した。


 そして、目を手で覆いながら悲しむ、といった如何にもワザとらしい演技を見せながら戻っていく。



(ウソだ。最初から彼らを助ける気などはなかった)



 ムーアは怒りに心を燃やしていた。それはツァーダに対するものは勿論、彼の言葉を少しでも信用した自分たちの甘さによるものあった。


 怒りで握り固められた拳からは血が滲み出ている。


 震える彼の肩を誰かの手がポンと置かれた。



(落ち着け、ラゼフ)


(ドラン!)



 彼の親友であるナスレスは一見平静を装っているように見えるが、彼の口元からは血が滲んでいた。


 彼もあの男の行いに対する怒りは同じなのだ。


 しかし、それでも何も出来ない。

 自分たちには何もする事は出来ない。


 ただ目の前で無抵抗な命が散っていくのを見守るしかないのだ。


 その時、ペルロジャ族たちから悲鳴が聞こえて来た。


 聖国連兵達は一纏めになった群衆の中から女と子供を無理やり連れて運び出していた。



「いやぁ! やめて離して!」


「つ、妻をどこへ連れていく気だ!?」


「うわぁーーん、お母さーん! お父さーん!」


「サラ!」


「あ、アナタ!」


「やだぁぁ! お父さん! おとうさーん!!」


「クソぉ! 娘を返せぇ!」


「この悪魔ども!!」



 阿鼻叫喚の中、次々と女子供は連れて行かれ、残ったのは年寄りと男だけとなった。


 男たちが連れていかれた妻や子供を取り返そうと向かってくるが、既に満身創痍の彼らが聖国連兵たちに敵うはずもなく押し返されてしまう。



「さて……準備は整ったな。マヴィ中佐。女子供は奥へ連れて行け。せめてもの慈悲だ」


「任せろ」



 マヴィ中佐率いる隊が女子供たちを連れて奥へと連れて行った。その姿が見えなくなった頃、未だに罵詈雑言を飛ばしてくる男年寄り連中へ向けて声を上げた。


 連れて行った女子供と残った年寄りや男たちでほぼ半々の数となった。



「貴様らが信仰する祖霊はその遺骨を肌身離さず持つことで常に側にいて守ってくれている、と言っていたな!!だがこれからはもうそんな薄気味悪いモノを持つ必要は無い!!」



 ロベルソシアスが手を垂直に上げると、彼が率いる隊の兵士達が一斉に自動小銃や機関銃が構える。そして……



「良かったな。これで祖霊の元へ行けるぞ……撃てェェェェェェ!!」



 ドドドドドドドドドドドド!!

 ガガガガガガガガガ!!

 ババババッ!!

 ドドドドッ! ガガガッ!



 兵士達が構えた自動小銃や機関銃が一斉に火を吹いた。血飛沫を撒き散らしながら力無く倒れていくペルロジャ族の年寄りや男たち。


 皆の悲痛な絶叫が聞こえ、銃声が止むとそれも止まった。


 多数の銃口が向けられた先に立っている者は1人もいない。死体の山と血の海だけが残った。


 遠くから女性や子供の悲鳴が聞こえてくる。


 恐らく彼らの絶叫と銃声が聞こえ、察したのだろう。



(こんな……あまりにも残酷過ぎる!)



 ムーアは長年軍に勤めていたが、ここまで酷い虐殺は初めて見た。少なくとも共和国時代では考えられない行為だ。


 それはナスレスやルルプ、周りを見れば一般兵たちからも驚愕と衝撃を受けた顔をした者も少なくない。


 中にはその場で膝をついて嘔吐する者もいた。


 その一方でニヤニヤと笑う兵達も多く、愉快的な感情を抱く者もいる。目の焦点が合わずにヘラヘラと笑う者は恐らく自身が行為に心を壊したのだろう。


 そんな中、満面の笑みでパチパチと手を叩く男が1人……ツァーダ司令官だ。



「いやいや、全くもって素晴らしい働きでしたよ、ロベルソシアス中佐。これで純血なペルロジャ族は絶えるだろう。神に逆らう種族の純血は残してはならない。……分かるね?」



 彼の元へ歩み寄り、肩をポンと叩いた。


 緊張した面持ちのロベルソシアスはホッとした表情で敬礼をする。



「は、ハッ! ありがとうございます!」


「うんうん。これは君の素晴らしい働きを上に進言する必要があるね。」


「か、感激であります! ところで…この死体は如何いたしますか? よろしければ、このまま燃やしても?」


「ふむ、ではそうしてくれ。マヴィ中佐は女子供を前衛基地の捕虜収容所へ連れて行くよう伝えて置いてくれ」


「ハッ!」



 ツァーダは今度はムーア、ナスレス、ルルプの3名の元へ歩み寄った。



「君たちにはもう少し目立った功績を残して欲しいね。これでも君たちには期待しているんだ」


「は、ハッ。申し訳ありません」



 3人は敬礼し項垂れた。



「さて……まだこの辺りにも生き残りがいないとも限らない。君たちには各々の隊を率いて周囲に生き残りがいないか探して欲しいんだ」


「そ、それはー」


「言っておくが、もう生き残りは必要ない。女だろうが子供だろうが関係ない。見つけ次第、殺せ。これは命令だ。レムリア帝国聖国連東方辺境派遣軍最高指揮官リーメル・ナバ・ツァーダ司令官兼大佐としての……な」



 普段微笑を浮かべていた顔が雰囲気を変え、鋭い視線が向けられた。そして、彼の肩へ手が置かれる。



「頼むよ、ムーア中佐。君には期待している」



 何も言えなかった。


 ムーア達は敬礼で了解の意を向け、隊を率いて周囲の捜索を始めた。





 ーー

 ー


「ん……んん……ここ……は?」



 崩壊した山の中で僅かに残った隙間で倒れ伏せていた1人の男……ペルロジャ族の若き戦士、ド・ルギは目を覚ました。


 そして、なぜ自分がここにいるのか。

 必死に頭を回転させ、思い出した。


 先に逃がしたミフや子供たちを安否を心配したルギは慌てて子供たちの元へ駆け出した。しかし、激しい砲撃を浴びていたゴバ山脈はその衝撃と破壊力に耐えられず遂に崩壊してしまった。


 そして、気を失った。


 ルギは痛む体を鞭打つように急いで起こした。


 手足がまだ残っている。


 所々に傷は見られるが大事ないものであると分かると、瓦礫の隙間を這う様に外へ出た。


 砲撃は既に止んでいる。


 しかしー



 ゴォォォーー!



 ルギは咄嗟に瓦礫の影へ身を隠した。


 恐る恐る覗き込むと、上空には聖国連軍のアセロ級軽巡洋艦とポリーラ級駆逐艦が飛び去っていくのが見えた。



(まだ敵はいる)



 気休め程度でも銃を無くした事は痛いが、それよりも先ず優先すべき事は子供達の安否を確認する事だ。


 ルギは瓦礫に身を隠しながらミフたちが通る筈の道を探し進んでいく。



 ーー

 ー


 情け容赦ない激しい砲撃を受けた山はスッカリその地形を変えてしまい、大まかな場所しか分からない。それでも、それだけでも分かるだけで良いのだ。


 ルギは小さな声で呼びかけながら慎重に周囲を探した。



(ミフ! どこだ、ミフ!)



 子供達の足なら、麓の中腹であるこの辺りにいる筈だと考えたルギは必死に探し続ける。それでも見つからない事に段々と焦り始め、気が付けば普通の大きなの声で呼び続けていた。



「ミフ!  ランバ!テッサ! 何処だ! 返事をしてくれ!」



 悲痛な呼びかけ。


 しかし、ルギは内心理解していた。


 子供たちがいると思われる此処も酷い有様だ。


 とても生き残っているとは思えない程に……それでもルギは探し続けた。



「頼む。頼むから返事をしてくれ……頼む。」



 どれだけ探しても見つからない。


 諦めかけた。


 その時ー



「……ギ……ぃちゃん?」


「ッ!?」


「ルギ……にぃちゃん?」



 聞き慣れた子供の声が僅かだが、ハッキリと聞こえた。ルギは必死に声の元を辿ると、崩れた山の斜面から落ちてきた瓦礫の山から聞こえる事に気付いた。


 ルギは瓦礫を少しずつ下ろすしながら隙間を除くと、そこにはペルロジャ族の少女ミフがいた。



「ミフ! 無事か!?」


「う、うん。私ね……手……離さなかったよ。」


「手? あぁ、ちゃんと他の子達を引っ張ってくれてたんだな! 偉いぞ、ミフ! 他の子もそこに居るのか!? い、いや待て、まずはお前を助ける! そこを動くなよ!」



 ルギは瓦礫を退かし続けた。

 それから30分経った後、ようやく開いた隙間からミフを助け出す事が出来た。



「ミフ!」


「うわぁぁぁん! ルギおにぃちゃーーん!」



 2人は抱擁し、互いの無事と再会を喜んだ。


 ミフは幸いにもかすり傷程度で大事には至っていない。


 しかし、他の子どもたちはどこにも見当たらなかった。やはり此処にはいないのだろうかと考えていると、ミフがボロボロと涙を流しながら話し始めた。



「る、ルギおにぃちゃん! あ、あのね、おっきなね、船がね、爆弾落としてね、ヒックヒック! ……テッサのね、手をね、引っ張ってね、みんな危ないから、早く逃げよう、てね、言ったんだよ。よしたらね、地面がね、ドンってね、爆発してね、上からね、岩がね、落ちて来たの……」


「そうかそうか! でもよく無事……で……」



 この時、やっとルギは気付いた。


 ミフが右手に強く握っているソレを。



「わたしね、テッサの手をね、離さなかったんだよ! 離さな、かったんだよ! でもね…テッサね…いなくなったの……うぅ、うわぁぁぁん!」



 彼女の右手に握られたもの。

 それは手だった……小さい子供の手。


 しかし、手首から先の無い……子供の手だ。



「ミフ……お前はちゃんと握ってた。握ってたんだ。流石、大長老の孫だな」



 ルギはミフの右手からその手をゆっくりと離して、それを自身のポケットへ入れた。そして、彼女を優しく抱きしめた。



「ルギおにぃちゃん……お父さんとお母さんは? じぃじは? 皆に会いたい……」


「うん……探しに行こう。でも、まだ周りに怖いのが沢山いるから、慎重に探そう」


「うん」



 2人は焼け野原と化した麓の森を炭化しかけた倒木に身を潜めながら進んでいった。





 ーー

 ー

 生存者の捜索及び抹殺の命令を受けたムーアは自身が率いる大隊に招集をかけていた。


 ナスレス、ルルプも同様である。



「ツァーダ司令官の指示により、これから生存者の捜索及び抹殺の任務を遂行する。ナスレス中佐、ルルプ中佐の隊との合同任務だ。先ずは横長蛇の列を作り、各隊員の間隔5mで進んでいく。何か質問はあるか?」



 ムーアが一通り任務の説明を終えて質問意見を問うと1人の隊員が手を挙げた。



「それは例え女子どもでも、でしょうか?」


「あぁ、そうだ」



 周りが少しだけ騒ついたが、副隊長の鋭い睨みですぐに静まり返る。



「中佐。大丈夫ですか?…顔色が優れませんが……」


「あ、あぁ、大丈夫だ」



 気遣い声を掛けて来たのは彼の片腕的存在である副隊長のデリス・マギ・ドナツェフ中尉。


 身長は190㎝は優に超える巨躯を誇るが、性格は基本的に温厚で顔も何処かで優しさがある。

 しかし、怒るとかなり怖い人物で隊の規律を乱す者には容赦無い。


 実は年若く齢は30代後半。


 優しさ溢れる顔ではあるが逆に老けて見えるのが地味にコンプレックス。しかし、それに負けないよう日々精進し、今では中尉にまで登りつめた。


 彼は軍人を目指していたわけではなかった。

 彼の本当の夢は作家だった。

 実際彼が作成する報告書はかなり分かりやすく、一部上官たちからも一目置かれている。


 だが、この巨躯の故に家族からは「その恵まれた体に適した職につけ」と言われ続けて来た。次第にそれが彼を追い込み、そして、自暴自棄になった彼は無気力気味で軍隊へ入隊した。


 初めはその恵まれた巨躯に多くの期待を寄せていた上官たちであったが、それに似合わないポンコツぶりに落胆し、誰も見向きしなくなった。


 そんな彼に声を掛けてきたのがムーアだった。


 人徳のある心優しい彼の元へ付いてからは、気力を取り戻し、今では片腕と呼ばれる存在になった。




「全く……どこが大丈夫なんですか? どう見ても大丈夫じゃあありませんよ」


「はは、お前には敵わんな。ヴェレン曹長」



 ムーアに対し呆れ気味に話す中年男性。

 彼はムーアのもう1つの片腕的存在であり、大隊の父親でもあるロドリーゴ・ヤナ・ヴェレン曹長。


 体格は特別良いわけではなく小太りな体形ではあるが、本人曰くこれは年齢的な問題で昔はムキムキだったとのこと。


 年齢は地球換算で約60代。


 通常なら佐官クラスにまで行ってもおかしくない年齢だが彼の場合は、その問題行動で降格に次ぐ降格を繰り返して今に至っている。


 無謀な命令を下した時…自分の部下を捨て駒扱いする無能上官をブン殴る。


 当時彼が率いる隊に所属していた領国民の兵士が、今で言う過激派の上官に目をつけられて悪質なイジメを受けていると知った時、その上官を公衆の面前でブン殴る。


 部下の妻がとある上官に寝取られた事に知った時、その上官をブン殴る。その後、股間を踏み潰し二度と使い物にならないようにした。


 などなど、様々な伝説を残した準老兵。


 まずここまでの事をすれば間違いなく牢獄行きは確定であったが、彼の場合は何故か降格及び減給で済んでいた。


 それは彼の戦友が己のツテを使って彼の減刑に裏で助力していた。

 無論、その事実をヴェレンが知る事は無かった。


 そして、その戦友は今では更なる高みへと登りつめている。



「すまないな……皆はさっきの出来事を見て、どう感じた。」



 隊員たちは互いの顔を見合わせた後、ドナツェフを始め次々と口早に答えた。



「不愉快極まりない光景でした」


「良い気分はしません」


「いくら異端者でも、アレはやりすぎです」


「じ、自分は領国民ですから……そのぉ、他人事の気がしなくて、こわかったです」


「腹立ちました。純粋に」


「自分……吐きました」



 あの一連の出来事に対する否定的な言葉が次々

 と出てくる。そして、最後にヴェレンが口を開いた。



「全くもって許されない事です。神メルエラもあれが神の御意思などと言うはずがない! 本来ならブン殴りに行くところですが、さすがにもう自分1人で責任を負える役職ではないので……えー、ゴホン……大隊長殿! 貴方が指揮官としての責務を果たしたいと言う気持ちは理解出来ます。しかし、悩みを抱えていたら嫌でも他の隊員たちに伝わってしまいます! だから、もっと我々を頼ってください!……っとまぁ、これが元教官たるワシの本音だ」



 ヴェレンはニカッと笑み向けた。


 ムーアは苦笑いを向けた後、俯きながら口を開いた。



「すまない。皆知っての通り、私には現地人の妻がいる。2人の娘もだ。だからああいった行為を見ると、3人の姿が重なってしまう。本当に……見ていて辛かった。そして見ることしか出来なかった自分が許せなかった」



 静まり返る場にムーアは直ぐに気持ちを切り替えて話を続ける。



「我ら東方第103大隊こそが祖国に恥じない働きをする誠の武人(・・・・)である事を示そうではないか!」


「「ハッ!」」


「うむ。では出発だ!」



 これの言葉の意をドナツェフ達は瞬時に汲み取り、何人かが頷いた。そして、ムーア中佐率いる第103大隊は生存者抹殺の任務を遂行すべく行動を開始した。





 ーー

 ー


 ミフとルギは灰の世界と化した麓を歩き続けていた。時折、それを飛び交う軍艦の目を物陰に隠れながらやり過ごしつつ、仲間達を探していた。



「ルギおにぃちゃん……皆どこに行ったのかな?」



 不安げに尋ねてくる少女にルギは繋いでいた手を強く握り微笑みを向けた。



「大丈夫……きっとみんな無事だ」


「……うん!」



 彼の笑顔を見て少し安心したのか、ミフの顔に少しだけ笑顔が見えた。しかし、ルギ自身、心は不安と恐怖で一杯だった。ミフがいるからこそ、彼は彼女を守ると言う決意を持って立つ事が出来ていた。


 ミフがいなければ、彼は死に物狂いで逃げていたかもしれない。



「ッ! ミフ、こっちだ」



 何か気配を感じたルギはミフの手を引いて物陰へと隠れた。


 息を殺し身を潜めていると、複数の人影が現れた。現れたのは聖国連軍の兵士たちだった。その手には自動小銃やライフルが握られている。


 見つかれば間違いなく殺されるだろう。


 ルギたちは何とかやり過ごし、身を屈めながら移動する。






 ーー

 ー


 その数は麓側へ進めば進むほど多くなるばかりだった。兵達の他に戦車や装甲車も行き交うようになり、移動も満足に出来ないほどに増える一方だ。


 ルギ達は僅かな望みをかけて仲間達を探し続けていたが、見つかるのは原形を留めていない性別不明な仲間の焼死体ばかりだった。


 その時、少し離れた所から煙が上がるのが見えた。まだ焼け残っていた木か何かの煙かと思われたが、後から漂ってきた臭いでそれが生き物の焼ける臭いである事に気付いた。



(ま、まさか!)



 ルギ達は急いでその場所まで移動を始めた。


 敵の数は多かったが、それでも何とかやり過ごしてその煙の発生源まで近づく事が出来た。


 念の為にミフは少し離れた木の陰に隠れさせて、ルギだけで向かった。


 そして、彼は目を疑う光景を目の当たりにした。



(そんな……皆が!)



 それは山積みとなった仲間達の死体。

 それが今まさに焼かれている光景だった。


 死体の中にミフの祖父、大長老の死体も見て取れた。



(みんな……殺されたのか! うぅッ!)



 あのニオイが人の、仲間の焼けるニオイと分かると、鼻の中に残ったそれから一気に吐気が込み上がる。


 僅かな望みは絶たれた。


 生き残ったのは自分とミフの2人だけなのだ。


 そう理解した。



「る、ルギおにぃちゃん? 何のニオイだったの?」


「み、ミフ!? ダメだ! ここは危険だ! すぐに離れよう!」



 気になったのか、心細かったのか、はたまたその両方か、ミフはこっそりと後ろに付いて来てしまっていた。


 ルギが見ている光景を覗こうと出てきたが、すぐにルギがそれを止めて、彼女を抱えてその場から離れた。



(あれをこの子に見せるわけにはいかない! 早くここから逃げなければ……だが、何処へ行けば)



 ルギは来た道を戻りながらこれからどうすればいいか必死に頭を回らせた。少なくとも此処は危険だ。何処かへ身を潜めようにも肌の色ですぐにバレてしまう。



(人気のない、山の中でミフと暮らす、か。)



 最早それしか方法がない。


 そんな事を考えていると、近くで人が歩く気配を感じた。その数は多く、それもすぐ近くにいる事まで理解できた。


 考え事をしていたせいで、その気配にすぐ気付かなかった。



「ミフ、伏せるぞ!」


「う、うん」



 ルギとミフは盛り上がっていた灰の中へ静かに身を潜めた。入る際に灰が殆ど舞う事なく何とか身を隠すと、予想通り大勢の聖国連兵達が一定の間隔をあけながらゆっくりと近づいて来る。



「大隊長、この辺りが最後の捜索区域です」


「あの砲撃の雨で生き残る者は、流石に居ないのでは?」



 部下達の言葉に第103大隊隊長のムーアが答える。



「分からんぞ。生き残っているかもしれない。何事も絶対はない……だが、もし俺たちの捜索区域に生存者がいた場合は……わかってるな?」



 部下達は頷く。


 ムーアも部下の答えに満足げに頷いた。



(このまま過ぎて行くのを待つしかないな)



 ルギは音を頼りに彼らが今現在どの辺りにいるのかを探っていた。自分たちは今、隊が間隔を開けながら進んでいるその、間隔部分にある灰の山の中に潜でいる。


 つまり今は敵のど真ん中にいるのだ。



(このまま気付かれないでくれ……)



 そう願っていると、数人の足音が列から離れてこちらを向かって来るのが分かった。



(まさか、気付かれたか!?)



 心拍数が跳ね上がる。

 バクバクとその脈動を感じながら、その足音へ耳を澄ませる。


 そして……止まった。

 自分が隠れているすぐ近くに。


 しかし、止まったままだ。


 何か言うわけでもなく、ただすぐ近くで立ち止まっている。



(気付かれて……ない?)



 そう考え少しだけ安心しきったのも束の間ー



「出ろ」



 低く、そして迫力のある静かな声だった。


 気付かれた……間違いなく。


 そして、瞬時に行動に移した。


 未だ灰の中で身を潜め、自身の手を握るミフの手をそっと離し、彼女の掌に小さく字をなぞった。



(このまま動くな……生きろ)



 そう伝えると動揺したのかその小さな手がカタカタと震え始めた。


 ルギは覚悟を決めて灰の中から身を起こした。


 舞い上がる灰。


 そして灰まみれの自分。


 ゆっくりと目を開けたそこにいたのは、灰色の肌をした一際背のデカい大男の軍人だった。


 その手に握る自動小銃の銃口は自分に向けて構えられている。


 気が付けば周囲の兵達もこちらへ銃口を向けていた。



「生き残りだな?」



 そう問いかけ来た大男の軍人にルギは静かに頷いた。



「お前だけか?」



 その問いかけにもルギは頷いた。


 どうやらまだ灰の中にいるミフの存在に気付いていないようだった。


 まさに不幸中の幸い。



「やはりいたか……ドナツェフ」


「ハイ。大隊長の言った通り、この灰の中に隠れていました」



 そこへもう1人の軍人が大男に話しかけて来た。

 隊長という事は彼がこの場にいる者達の指揮官なのだとルギは理解した。



「フッ……衣服も肌も灰まみれだな」


「ええ。そのようで」


「まだ……若いな」


「恐らく、20超えるか超えないか、と言ったところでしょうか?」


「……灰にまみれたら、我らと大差はないな」


「ええ、そうですね」



 隊長は何やら悲しそうな顔で大男の部下、ダナツェフという男とコソコソと何かを話していた。



(俺を哀れんで、どう始末するかを相談してるのか?)



 そんな事を考えいると、隊長は此方へ歩み寄ると肩に手を置き、灰の大地に片膝を付けてきた。その目には全く敵意を感じ取れない、優しさがあった。



「腑に落ちない事も、困惑する事も分かるが時間がない。単刀直入に言うぞ……早く此処から逃げろ。」


「え?」



 真剣な表情で言ってくる言葉にルギは困惑する。その言葉に対し、隣にいたドナツェフや他の兵士達は何も言わない。


 気が付けば自分に銃口を向けている兵は殆どいない。皆が自分以外の周囲へ目を向けている。


 まるで誰か来ないか見張っているようだった。



「これで赦して貰えるとも、自分の罪悪感が薄れる事もない……だが、君を助けたい。その気持ちはホンモノだ」


「25分後に軍艦が巡回で此処を通る。東北へ進めば兵も手薄で切り抜けられるだろう。信用できないかもしれないが……まぁアンタ次第だ」



 ドナツェフは軍艦の巡回時間と抜けられるルートを教えてきた。


 確信はない……しかし、ルギは信じたかった。

 生き残れる可能性を。



「大隊長! ナスレス大佐の102大隊と、ルルプ大佐の96大隊への連絡完了です。此処から東北のルートには出来るだけ他の兵達を近づけさせないとの協力も得られました!」



 小太りの老兵が小走りで近くなり、大隊長へ報告する。



「御苦労、ヴェレン」



 大隊長はルギの手を握り、立たせる。



「さぁ、早く行け! 行くんだ!」



 彼の部下達も彼の言葉に同意する様に頷いた。


 この時、ルギはこの男を心から信用したい……そう思った。思ったからこそ、伝えるべきだと思った。



「じ、実は……まだ仲間がー」



 仲間の…ミフの事を話そうとした瞬間、ルギは仰向けに倒れていた。


 倒れる瞬間、彼の目に映った光景は曇りがかった空に血が飛び散ったものだった。





 ーー

 ー

 ムーアは目の前で起きた出来事に暫く理解出来なかった。それは彼の部下達も同じである。


 目の前に立っていたペルロジャ族の青年。

 生き残りを捜索中に見つけた彼は、上からの命令により殺さなければならなかった。


 しかし、彼らはその青年を逃がす事を選んだ。


 上官の命令に背いた。


 それは許されない行為である事は理解できる。


 それでも、彼らはその青年を生かす道を選んだ。


 だがその青年が目の前で倒れた。


 その1、2秒後から聞こえてきた銃声ですぐに我に返り、部下達へ指示を出す。



「伏せろォ! 何処からか狙撃している! 物陰に隠れー」


「その必要はない、ムーア中佐」



 慣れたくはないな聞き慣れた声。

 その主が彼らが通ってきた道から聞こえてきた。



「つ、ツァーダ司令、官!」



 現れたのは自分たちの上司にして、東方攻略における作戦の最高指揮官リーメル・ナバ・ツァーダが手を後ろで組みながら、何時もの細目の微笑顔で歩み寄って来た。


 背後には数人の兵士達を引き連れている。



「敬礼は不要。そのままで良い。……はぁ、全く私の期待を裏切ってくれましたね、ムーア中佐。貴方にはレムリア人と領国民の間にある溝を埋める……まではいかなくとも、その架け橋となる存在になってくれればと思っていたのですが、それは叶わぬ夢だった訳ですか。いやはや、こんなに心苦しい事はありませんね」



 ツァーダはわざとらしく目頭を押さえながらそう話した。



「まぁ所詮……野蛮人の灰色ではない肌を待つ者を妻にする様な輩は信用出来なかった、という事ですね。さてと、何故私が此処にいるのか疑問を抱いているようですね」



 微笑顔で詰め寄ってくる彼にムーアは目を逸らさずに視線を向ける。



「ロベスソシアス中佐がペルロジャ族の半分を

 始末した際、貴方とナスレス中佐、ルルプ中佐の顔色がかなり優れなかったので、心配で後をつけて来たのですよ」


「狙撃銃の……スコープ越しからですか!」



 ムーアは怒気を孕んだ声で問いかけるが、そんな事など気にもしない様子でツァーダは答えた。



「貴方は特にお優しいですから。それに付け込まれて敵の不意打ちを受けてしまったら大変です。だから、いつでも対処できるよう優秀な狙撃兵を使ったのです。しかし、まさか敵を逃がそうなどとは……酷い裏切りじゃあないですか? しかも、ナスレス中佐やルルプ中佐も肩を貸すとは……」


「し、証拠は何処にもー」



 ツァーダは懐から片手程の大きさのある正方形型の機械を取り出した。その機械に取り付けられた突起物をガチャッと押した瞬間、その機械から音声が聞こえ始めた。



『単刀直入に言うぞ……逃げろ』



 そこから流れてきた音声は先ほどの青年と自分とのやり取りの会話だった。



「録音した会話です。この任務を与える前、貴方の肩に聴声機を取り付けてました。あぁ、別に貴方を疑ってたわけではありませんよ。貴方のメンタル面を心配して、その会話を聞く必要があった為、そうやらざるを得なかったのです。不幸中の幸い、裏切り者を見つける形になりましたが」



 ムーア達は彼の言葉が嘘であると理解した。

 間違いなく、あの男は彼を陥れる為にコレを狙っていたのだ。そして、それに感化されたナスレスやルルプもまとめて片付けようとしている。


 彼がこの様な行動を起こす理由はただ一つ。


 自分が領国民と結婚したレムリア人で、妻は基地内居住区では高い人望を得ている。


 それが気にくわない。


 ただそれだけなのだ。


 ツァーダはレムリア第一主義の人間。

 つまり過激派の1人である。


 祖国のため、神メルエラの為なら、いかなる姑息な手段でも非道な行いも躊躇いなくこなす。


 それこそが正義であると信じて疑わない男なのだ。



「その青年だが……ふむ、どうやら即死みたいだね。あの狙撃兵には後で褒美を与えねばなるまい」



 ツァーダは満足げに頷いた後、腰のホルスターから銃を引き抜き、ムーアの脚に向けて引き金を引いた。



 ダァン!


「ぐあッ!?」



 右の大腿を撃ち抜かれたムーアは脚を抑えて倒れ込む。周りの部下達が慌てて駆け寄ろうとするが、ツァーダが引き連れていた兵士達が銃を向けて立ち塞がる。



「ラゼフ・ロゥ・ムーア中佐、他2名は命令違反、及び反逆行為により現時点をもって本作戦から除外! 前衛基地の魔導転移装置(ゲート)経由で第10領国内レムリア帝国東方基地本部にて軍法会議へ送る! 各3大隊の隊員達は同所の軟禁収容所にて待機命令を下す! 以上だ!」



 そう声を張り上げた後、丁度良いタイミングで複数の輸送艦アトラスが現れて来た。明らかにこうなることを見越した準備である。



「東方辺境派遣全軍へ告げろ。本作戦を完了とし、全艦前衛基地まで引きあげよ。後始末は後援隊へ任せる」


「ハッ!」



 彼らの頭上を複数隻の輸送艦アトラスが飛び去って行く。あれらの艦はナスレスとルルプを後送させる為のものなのだと担架で運ばれているムーアは激痛の中、そう考えた。


 そして、思う事が一つ。



(すまない、リリア……愛しき娘達よ。暫くそっちへは……帰れそうに、ない)



 最愛の家族。

 その姿を思い浮かべたムーアはそのまま気を失った。



「さて……哀しき出来事だったが、最悪の展開にならずには済んだ。我らも旗艦へ戻るとしよう」



 部下達にそう伝え、迎えに来た小型飛空艇へ搭乗する。しかし、いざ足をかけようとした時、青年の……ルギの死体へ顔を向けた。


 数秒、彼は動かずに彼の死体をただジッと見つめる。部下達が何事かと思い、声をかけようとした。


 その時、ツァーダは再び腰のホルスターから銃を引き抜き、死体に向けて撃ち始めた。



 ダァン! ダァン! ダァン!



 弾丸は死体に直撃し、僅かに血を飛ばすだけだった。


 突然の出来事に部下達はビクリと体を震わせる。


 ツァーダは銃口を死体へ向けたまま動かない。

 銃口からは発砲煙が少し漏れている。

 そして、更に数秒経ってようやく彼は銃をホルスターへしまった。



「僅かに死体が動いた気がしたのだが……ふむ、気のせいか?」



 そう呟いて、ようやく彼は小型飛空艇へ乗り込み、旗艦へ向けて飛び立って行く。他の輸送艦も次々とその場を離れ、彼らが居た場所は静寂に包まれた。


 すると、ルギの死体が動き出した。


 しかし、彼は死に絶えている為、動いたのは彼というより彼の下に居た者だった。



「ヒック……ヒック……うぅ、ルギ、おにぃちゃん……ルギおにぃちゃ〜ん……うぅぅ……」



 彼が倒れた場所は彼が隠れていた灰だった。

 その下に居たミフが彼の死体を動かし、灰の中から涙目で這い出てきたのだ。


 ミフはぐずりながら彼を揺するが、当然彼が目を覚ますことはない。既にコト切れているのだから。


 そして、ミフはようやく彼が本当に死んだ事に気付いた。


 その瞬間、彼女は声を上げて泣いた。



「う、うぅ…うわぁぁぁぁぁぁぁん!! うわぁぁぁぁん!! おにぃちゃ〜〜ん! お母さ〜〜ん! お父さ〜〜ん! ジィジ〜〜! うわぁぁぁぁぁぁぁん! うわぁぁぁぁぁぁぁん!」



 少女は泣き続けた。

 日が暮れるまでただ泣き続けた。







 ーー

 ー

 翌日。


 事後処理として現れた後援隊がゴバ山脈へ訪れた。


 彼らが訪れた時、ルギの死体はそのままだったが、その傍らにはまだ新しいと思われる無数の血痕が残っていたという。







 ーー

 ー

 更に一週間後、ニホン国へ送る特使団の選別を終えたレムリア帝国は行動を開始した。


いつも誤字報告をして下さる皆様へ!

本当にありがとうございます!

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