第123話 崩れゆく平穏
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第2世界 東方辺境地
ゴバ山脈
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子供たちが古い縄で大縄跳びをして遊んでいた。
「「牧っ場の、ヤッギさんが、柵をこーわしーて逃げちゃった!」」
「「いっぴーき、にーひーき、さーんびーき、よーんひーき!」」
緑豊かな森が生い茂る山々が連なる。
このゴバ山脈はレムリア帝国を始めとした聖国連からの魔の手から逃れる為の安息地帯の1つであった。
複雑な地形に深い森、高い山々が敵の行く手を阻む。まさに天然の要塞そのものでもある。
ここでは国を失い流浪の民と化したモノや今の第2世界では生きていくことは非常に困難な亜人族などが多数暮らしている。無論、ココ以外でもそういった安息地は複数存在するが、この東方に於いてここ以上の安息地は存在しなかった。
先ほど述べた様な理由の他に、もう一つ理由が存在する。
それは飛行石の力を無効化する魔鉱石。
ミスリルが豊富に存在する。
飛空艇は飛行石の力で浮かび、飛ぶことが出来る。故にその力が封じ込まれてしまえば、飛空艇を飛ばすことが出来ない。
僅かな量でも飛空艇はまともな飛行が出来なくなる。
敵の砲撃が飛んでくる事はあるが、地の利を持つ我らの地へは敵も迂闊に攻め込めない。故に砲撃は射程外。もし敵が侵入しようものなら容赦ないゲリラ戦略で追い詰める。
空からの脅威が消えた分、ありったけの兵力を地上へ送ることが出来る。
そして、地の利を活かせば敵も恐るるに足らず。
故に皆はここを安息地として長い間守り続けて来た。
300年も前からずっと……。
このゴバ山脈、その麓の美しい森は子供たちの絶好の遊び場と化していた。
大勢の子供たちが森の中で元気いっぱいに遊ぶ姿は、とても今敵に追い詰められている状況とは思えない程だ。今も子供たちは種族に関係なく一緒に仲睦まじく遊んでいる。
その光景を暖かく見守る一人の青年。
彼はド・ルギ。
赤い肌を持つ人間……ペルロジャ族の若き戦士だ。猟銃を背中にかけてレザーアーマーを身に纏うその姿は軽装備の野伏に見える。
「おい、ミフ。あんまりはしゃぐとまた転ぶぞー」
「大丈夫だよ! ルギおにいちゃん!」
モンゴルの民族衣装に似た衣服を纏ったペルロジャ族の女の子がはしゃぎながら木で作った遊具で無邪気に遊んでいる。ルギはそれをやれやれ、といった様子で眺めていた。
しかし、周囲への警戒は怠っていない。
今日はいつにも増して神経を研ぎ澄ませて警戒に当たっている。
(もうすぐ昼近くなのに、まだ聖国連軍からの砲撃がない。いつもなら夜以外バンバカ撃って来るはずなのに、一週間くらい前から砲撃の数が少なくなってる。今日に至ってはゼロだ)
何時もであれば聖国連軍重砲撃部隊の砲撃が朝から晩まで聞こえてくる筈だが、今日はめっきり聞こえない。何か不穏な予感を朝から感じていたルギは遊んでいる子供たちに声を上げた。
「おーーい! そろそろ山の中へ戻るぞォ!」
「えーー、やだぁ!」
「もっとあそびたーい!」
「言うこと聞かないと、昼メシは抜きにしてもらうからな。」
最初はブーブー不満を口にする子供たちだが、ご飯抜き、と口にすれば大人しいものである。素直なやつらだと思いながらも、自分でも同じように渋々言うことを聞くだろうな、と考え子供たちを連れて帰ろうとした。
「忘れ物は無いな? じゃあー」
「ねぇねぇ、ルギにぃちゃん。アレなぁに?」
「は?」
子供達が指差す方向へ顔を向けた。
聖国連軍の前衛基地や後衛基地が存在する方角の空に無数の『点』が列を成して此方へ向かってきているのが分かった。
まだ距離もあった事から最初は大鳥の類かと思ったが、スピードがあまりにも速い事からそれが大鳥では無いとすぐに気付いた。
「なんだアレは?」
背中にかけていた猟銃を手に取る。
それを見た子供たちも流石に何かを察したらしく、明るい表情が段々と不安の色で染まった。
「ミフ。お前、山の中までの道は分かるな?」
「え? う、うん」
「じゃあ子供たちを連れて先に行け。俺も後から行く」
「え、でも……うん、分かった」
「頼んだ」
ミフは子供たちを連れて山の斜面を登って行く。その様子を少しの間だけ見ていたルギは猟銃を手に森の中を駆け出した。
あの正体は間違いなく大鳥では無い。
まだ距離はあるが、ここまで到達するのも時間の問題だろう。
そう考えたルギはあれらの正体を確認すべく森の中を駆け続けた。
「クソ! 本当に何なんだアレは?」
まだ距離はあるが、なんとか望遠筒で確認できる距離まで近づくとルギは早速望遠筒を覗かせる。
「ウソ……だろ!?」
ルギは望遠筒で覗いた先にある光景を見て戦慄した。嫌な汗がドッと流れてくる。
それはこの地では決して見ることなどあり得ないモノだった。
「れ、レムリアの……聖国連軍の……飛空
艇…?」
飛空艇は飛行石という特殊な魔鉱石の力によって浮くことが出来る。そして、その飛行石の力を無効化させるのがミスリルという鉱石だ。
このゴバ山脈とその他近辺には膨大な量のミスリルが眠っている。故に飛空艇が此処を飛ぶことはありえない。
しかし、今目の前に映っているのは間違いなく飛空艇だ。それも多数の……軍用と思われる飛空艇。
「ヤバい……ヤバいヤバい!」
ルギは急いで引き返した。
今まで訪れる事などなかった脅威が此処へ向かって来ている事を仲間たちに伝える為に。
ーー
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ゴツゴツとした険しい斜面。
麓とは大きく違い山の斜面に生えてくる植物はせいぜい腰の辺り程度の草木程度のみ。
足場も見通しも悪い斜面を進んでいくと、人1人が通れるのがやっとな小さな裂け目が見える。
その裂け目に入り、細くゴツゴツした道を進むと、舗装された坑道のような道へと出られる。道は木の板が敷かれており、剥き出しの鍾乳石も綺麗に削がれ、落盤を防ぐための防護柵も行われている。坑道の一定距離毎に発光茸が設置されいて、暗い坑道は青白い光で常に照らされている。
その坑道をさらにどんどん奥へ進んでいくと、巨大な空間へ到達する。
中央部に大きな地底湖があるかなり広い空間だ。
そして、そこはゴバ山脈を住処としている異端国家群の流浪の民たちが大勢存在していた。
ペルロジャ族を中心とした様々な民族や亜人族が共同で暮らしている。大きなコロニーの様な場所である。
至る所に発光茸が設置されている為、地底湖は驚くほど明るい。一つの街…いや、都と言うべきだろう。
様々な用途に使われる水は地底湖から引かれ、鉄材などの資源もこの山には豊富に存在する。木材や野菜類、肉類などは麓から調達出来る。
人口は約10万。
ペルロジャ族が7万人。
その他亜人族が3万人。
亜人族はエルフ族やドワーフ族、石人族などが争う事なく暮らしている。
大まかなに5つの区に分けて管理している区長と、ペルロジャ族の長でありこのゴバ山脈の頭でもある大長老が存在する。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
息を切らしながら大慌てで都の中を駆け抜けていくルギは通り過ぎざまに辺りを見渡す。
民たちから何やら不安げな空気が漂っていた。
どうやら自分の他にもあれらの存在に気付いた誰かが先に報告してくれたのだろう。
ルギはそんな事を考えたが、だからと言って急がないワケにはいかない。
そのまま歩く事なく息を切らしながら、何とか大長老の屋敷へと辿り着いた。警備のモノ達に挨拶をする暇も無く、「緊急事態だ!」とだけ伝え、中へ入った。
屋敷の中にある広い空間。
祭事場には中央部に焚かれた焚火を中心に大長老を始めとした区長達が囲いながら座していた。そして、自分を含め肩で息を切らしていた戦士達が片隅で座っている。
「だ、大長老!」
自分が何かを言う前に、白く長い髭と髪を蓄えた腰を曲げた老人の大長老は手を挙げてそれを制した。
「わかっておる。まずはそこへ座れ。」
大長老の言葉は絶対。
ルギは頭を下げ、素直に他の戦士達と同じように並んでその場に座る。
それを見た大長老は視線を区長達へ移した。
「さて……皆も分かっているとおり、奴らが現れた。それも飛空艇に乗ってな」
その言葉に区長達が唸るように頭を下げる。
誰も言葉を発さず、大長老が話を続けた。
「ルギ。たしかにあの国の飛空艇なのだな?」
大長老の言葉に、ルギはまだ整っていない息遣いで答えた。
「間違い、ありません。あの船体に描かれた、2つの紋章。レムリアと聖国連の……モノです」
顔は青ざめ、冷汗をダラダラと流す彼の様子を見て、それが真実である事が伺える。
「大長老! どうにかならんのですか!?」
「この地へ逃れ300年、先祖達がやっと手に入れたこの平穏な地を棄てるなど……それに此処を捨てたとして新たに見つかる新天地が見つかるかどうか」
「いや、ここは戦うべきです! 我らペルロジャ族の誇りを思い知らせてやりましょう!」
「馬鹿者! そんな事をすれば民達も巻き込まれる!」
「じゃあどうすればー」
「静まれ……」
区長達による喧騒よりも小さく、しかし一番ハッキリと聞こえた大長老の言葉は、たしかに皆の耳を捉えた。それから区長達は驚くほどあっという間に静かになってしまった。
再び場が静かになり、聞こえてくるのはパチパチ! と鳴る焚火の音のみだった。
大長老は大きく溜息を吐いた後、少し震えた声で皆に告げた。
「奴らが……ミスリル地帯の攻略法を見つけ出すよりも早く……奴らへの対抗策を……見つける筈だったが……どうやら奴らの方が早かったようだ」
「だ、大長老?」
「使者の用意を。あと、ワシも出る」
それが何を意味するのか。
理解した区長達と戦士達は思わずその場を立ち上がる。
「まさか、大長老!?」
「降伏するつもり……なのですか?」
大長老は少し項垂れた後、再び頭を上げた。
「こうするしか他に手はない。戦えば皆死ぬ。……大人しく降伏しよう」
「大長老!!」
「御先祖達が最後まで戦わずに此処へ逃げ果せて来たのは……情けなくも、未来を担う子供達に我が民族を託す為だ。生きていればきっと……望みはあると信じて…かつての平穏な日々を取り戻せると信じて」
区長らや戦士達はその場で膝から崩れ、涙を流した。ある者は嗚咽混じりの声を吐き、ある者は拳が血で濡れるまで地面を殴り、ある者は声すらも上げる事を耐えながらポロポロも涙を流していた。
「今は……今だけはこの屈辱に耐えよう。レムリアは恭従の意を示せば、然程悪いようにはしないと聞く。無論、我らが先祖達……祖霊への信仰は排他されるだろう。しかし、例えそうなったとしても真に信仰心まで棄てる気はない」
区長達は大長老の言葉に頷いた。
大長老も涙を流しながら頷いた。
「すまない、皆。こうするしか生き残る術は無い。だが……我らのペルロジャの血筋が絶えることは無い。それは我らの信仰が無くなることがない、という事でもある。……さて、では使者の選別をー」
「大長老!!」
そこへ新たに戦士の1人が入ってきた。
大長老は手を挙げてそれを制し、それ以上の言は不要の意を伝える。
「分かっている。だが、もう腹づもりは決まった。これからワシを含めた数名の使者を送り、聖国連軍に降伏の意をー」
「そ、その聖国連軍なのですが! ここからでもその形状がハッキリと分かる距離まで接近してきております! 完全にこのゴバ山脈を包囲しております!」
「ふむ。もうここまで来ていたか……ならば移動の手間が省けたか。いや、奴らの使者が先に来るという事もー」
「そ、そうではありません! 奴らは軍用飛空艇の砲門を此方へ向けております! 使者を送る様子は毛頭見られません!!」
「なに!?」
この言葉に大長老も思わず立ち上がる。
そして、皆の顔が一気に青ざめた。
その中でもルギの表情は人一倍酷い。
「ミフ……あの子は一番遠い道しか知らない筈だ。まだ入り口まで来ていない!」
ルギは無礼とは承知の上でその場を駆けて出た。無論、周りはそんな事など気にも留めない。留める余裕など無いのだ。
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拡張された音声がゴバ山脈全体に響き渡る。
『さぁ、殲滅の調を奏でよう!!』
次の瞬間、地底湖全体に大きな地揺れと轟音が聞こえてきた。
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東方辺境後衛基地を出発したレムリア帝国聖国連東方辺境派遣軍第2主力艦隊及び第1〜3大隊は、そのまま前衛基地へと到着。そこで陸軍5大隊分の兵力を陸路でゴバ山脈へ向かうよう命令を出した。
その後、前衛基地陸軍を追い越し、積年の地であるゴバ山脈近郊まで辿り着いた。
陽はすでに真上まで昇っている。
「ツァーダ司令! たった今本艦隊はゴバ山脈近郊へ到達しました!」
「ん。そうか、報告御苦労」
乗員の報告を素っ気なく返したツァーダは紅茶の入ったカップへ口へ運ぶ。報告を終えた乗員は敬礼をした後に退室した。
「さて……楽しい時間は終わりだ。此処からもっと楽しい時間になるぞ」
「は、はい」
ツァーダは同席しているムーア達へ笑顔を向けた。
彼らは今、第2艦隊旗艦のドロローサ級航空戦闘母艦艦内にある応接室に居た。とても軍艦の中とは思えない程に美しいこの部屋はまるで貴族の部屋だ。普通の軍艦であれば先ず有り得ない。これは規格外の巨艇であるこの軍艦だからこそ可能なのだ。
「では諸君、目標地点までまだ少しだけ時間がある。作戦決行に向けて各員身嗜みを整えるように」
ツァーダは椅子から立ち上がり部屋を後にする。ムーア達も椅子から立ち上がり、部屋を去るツァーダへ向けて敬礼をする。
「ふぅ……魔導航次元で2時間、更に後衛基地から前衛基地まで2時間、そして前衛基地から此処まで3時間。合計7時間もの間、司令の紅茶に付き合わされたな」
「いやはや……暫くは紅茶を見るのもイヤですな」
「全く」
ムーアやナスレスの他に呼ばれた3人は苦笑いを浮かべながら軽い愚痴をこぼしあっている。
その点に関してはムーア自身も同意だが、部屋を去ったからと言って簡単に上官に対する愚痴を零すのは良くない。
例えそれが毛嫌いしている相手でも。
「なぁラゼフ。司令は身嗜みを整えろと言っていたが、お前はどうする? 俺は少し眠りたい」
「ん? …あ、あぁ…俺は少し艦内を見て回るよ」
「そうか? 確かに戦闘母艦に乗る機会なんて滅多に無いからな。分かったよ」
「悪いな」
「気にすんな。帰ったら家族に良い土産話のタネになるだろうさ」
ナスレスはケラケラと笑いながら手をヒラヒラと振って部屋を後にした。気が付けば他の3人も居なくなっている。
ムーアも軍帽をキュッと整え、部屋を後にする。部屋を出るとき、スーッと紅茶の香りが鼻に入った。
どうやら自分は今思った以上に紅茶の匂いに包まれているらしい。
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流石は航空戦闘母艦。
艦内は広大で、且つ清潔感が隅まで行き届いている。
既にいくつかの区域を見て周ったが、恐らく全体の三分の一も見ていないだろう。年甲斐もなく少しだけ少年の気分でもっと見て周りたい気がしなくもなかったが、流石に時間もない。
名残惜しいが、そろそろ艦橋へ戻る時間だ。
もし…もし機会があればまた見て周ろう。
そう考えながら長い通路を歩いていると、横へ抜ける少し狭めの通路にいた1人の乗員が目に入った。
その乗員は通路の点検口を外し、中にある無数の魔導配線や配管を1つひとつチェックしてながら片手に持ってる点検盤に記載していた。
その作業はとても真面目で真剣そのものだった。
無論、皆の命を運ぶ軍艦なのだ。真剣でなければ困るというもの。しかし、あの一生懸命さは見ていてとても嬉しい気分になる。
ムーアは思わず口元が緩んでしまう。
しかし、そんな真面目な乗員だが1つだけ他の乗員達とは違う点があった。
「あの若者は……第11領国の人間か」
それは肌の色。
ムーアたちレムリア人の肌は灰色で耳は少し長い。あの乗員は耳はヘルメットを被っている為、耳までは見えなかったが、肌の色は灰色ではなかった。
聖国連軍内の大半はレムリア人であるが、当然レムリアだけで全てを賄うには負担が多過ぎるために領国化した現地人を雇用している。
この東方辺境派遣軍内では少なくとも4割以上は第11領国の人間を徴用している。装備はレムリア人の兵たちと殆ど同じであるが、階級に関しては現地人が指揮官クラスまで上がることは滅多に無い。
良くて精々兵士長止まり。
殆どが二等兵〜上等兵で終える。
それでも現地人からの募兵希望は後を絶たない。それは他の職業に比べて給与が高いのもそうだが、1番の理由はやはり信仰心だ。
領国化している国の大半は、元々信仰していた宗教が失われ、帝国の方針により幼少期からメルエラ教を信仰の対象とさせ続けて来た事が大きい。
故に今の現地人達のメルエラ教に対する信仰心はレムリア人と大差ない。
神メルエラに対する信仰心。
レムリア帝国に対する忠誠心はホンモノだ。
(それは喜ばしい事だろう。だがそれでも……)
その時、別の通路から2人の乗員の姿が見えた。自分がいる場所は彼らの死角にいた為、気付かれる事は無かったが、そんな事はムーアは気にしない。
何となく2人を見ていたムーアだが、2人が一瞬立ち止まるのが見て取れた。2人の視線は間違いなくあの11領国の乗員だ。2人は何か耳打ちし合った後、あの乗員の元へ向かう。
ムーアは何か嫌な予感がしたが遠目ながらその様子を見守る事にした。
「よぉ坊主」
「精が出るねぇ」
2人の乗員は不敵な笑みを浮かべながら領国の乗員に向けて嫌みたらしい口調で声を掛けた。
そんな2人に対して乗員はペコリと頭を下げて挨拶をした。
「あ、どうも。お疲れ様です」
「……なぁお前、階級は?」
「え? じ、自分は整備班の一等兵で……す」
「そうかそうか! 実は俺たちもそうなんだよ」
「そ、そうなんですか!」
「あぁ。ところで……さっきからその態度はなんだ?」
「え?」
突如、1人が乗員の腹に蹴りを喰らわせた。
いきなりの出来事に困惑する乗員は、腹部に走る鈍い痛みに苦しみながらその場に蹲る。
その蹲った背中にもう1人が足で踏み付けた。
「軍としての階級云々よりも、テメェら三等臣民風情が純粋なるレムリア人である俺たち一等臣民に対してその態度はなんだァゴラァ!!」
「劣等人種の原始人が、栄えあるレムリアの民たる俺たちへの礼儀ってもんがなってねぇなぁ!」
2人は揃って無抵抗な彼を良いことに何度も足蹴りを喰らわせ続けていた。彼はただ蹲ることしか出来なかった。
しかし、黙っているわけにはいかなかったのか、彼は苦し紛れにボソリの呟いた。
「じ、自分は、れ、レムリア人、です!」
その言葉を聞いた2人は一瞬ポカンと呆けた面で互いの顔を見合わせた。そして、ゲラゲラと笑った後に憎らしげな目を向けて言った。
「はぁ〜〜〜? レムリア人ってのよぉ! この高貴なる肌、高貴なる耳、そして高貴なる血を持つ俺たちのことを言うんだよ!」
「テメェのはそのどれにも当てはまらなぇじゃあないかぁ!?」
「そもそもレムリア人っつったって…お前は三等臣民だろうが!」
「三等臣民の意味分かるぅ〜〜? 領国内でもな〜〜んの成果を上げられない能無しの劣等人種のことを言うんだよぉ〜?」
「二等臣民は軍人なり商人なり何なりである程度の功績を残した連中とその家族をさす意味だ! そして栄えある一等臣民は、俺たち純潔のレムリア人なのだ!」
「まぁ確かに……中には劣等人種のクセに一等臣民権を獲得した連中もいるにはいる。でもお前にはそれは当てはまらない! 何故ならお前はー」
「劣等人種、だからか?」
「そうだ! その通、り、だ……って、え?」
ムーアは2人の直ぐ後ろまで近付いていた。
2人が暴力に夢中になるあまり、上官の接近に気が付かなかったのだ。
「随分と賑やかな事をしてるじゃないか。」
「む、ムーア中佐!?」
「ち、中佐殿!」
2人は足蹴りをやめて、ムーアに向けて敬礼をする。2人の顔からは冷汗が滲み出ているのがハッキリと見て取れた。
しかし、それは彼を虐めていた事がバレたからと言うよりも、中佐の存在に気が付かなかった事に対する何かしらの処罰を恐れてのものである。
ムーアはそんな彼らの心情を理解した。
「どうした? さっきの続きをやったらどうだ?」
「「え?」」
「ただし私の妻はお前達が言うところの劣等人種だ。そんな私が不快に思わないと考えているのなら、続けたらいい」
「「ッ!?」」
2人は理解したのか、顔から血の気がサーッと引いていく。
「さっさと持ち場へ戻りなさい」
「「は、ハッ! 失礼しました!!」」
まるで逃げるように2人はその場を後にする。
2人が見えなくなったのを確認したムーアは、未だに蹲っている彼に手を貸した。
「キミ、大丈夫か?」
「ち、中佐殿。申し訳ありません……お見苦しいものを」
「気にするな。どれ、立てるか?」
「はい……何とか」
ムーアは乗員に手を貸して何とかその場に立たせる。見たところ大事怪我は無さそうだ。
「君、名前は?」
「て、テオ・ラハクです」
「そうか。よろしくな、ラハク。私はラゼフだ。ラゼフ・ロゥ・ムーアだ」
ムーアは彼に手を差し伸べて握手を求めた。ラハクは少し困惑したが、すぐに手を出して互いに固い握手を交わす。
「君はあの者たちを訴えるかね?」
「え?」
「一等臣民でも二等臣民でも……三等臣民でも関係無い。同じメルエラ教を信仰する、同じレムリア人だ。我が国は不当な暴力は違法なのだ」
「ありがとうございます。ですが、私は彼らを訴えません」
「それは何故だ?」
「彼らもいつかは己の過ちに気付く時が来ます。それを真摯に受け止める日が来ることを信じてます」
「『己が罪に向き合う事こそ贖罪』まさに神の教えだな。立派な信仰心だ」
感心した。
あんな目にあっても尚信仰に従い何もしないと言うのだ。訴える事でその信仰が失われるわけでは無い。寧ろ、あの様な場合では訴える方が多いくらいだ。
例え人種が違いからといっても今では同じレムリア人だ。彼のような存在がいる事に心の底から誇りに思えた。
「ですが……」
「どうした?」
「この様な扱いを受けても…なんとも思わないワケではありません。何故自分は11領国の生まれなのか。何故自分は真に神に愛されている純血のレムリア人では無いのだろうか、と。神を敬う信仰心は誰にも負けないつもりです。両親や兄弟も同じです。でも……やはり三等臣民というだけでこの扱いは悲しい思いになります」
「ラハク……」
「中佐、これは神メルエラが我らに与えられた試練なのでしょうか? この苦難を乗り越えよと言う神の思し召しなのでしょうか? 一等臣民以外の、二等、三等臣民皆に与えたもうた試練なのでしょうか?」
現地人……つまり領国人の聖教化および同化政策はかなり順調だった。
同化については多少の衝突が起きてはいるが全てが予測の範囲内。問題になる様な事はない。
100年以上領国化した国の二世、三世のメルエラ教信仰は何の問題もなく進んでいる。彼もその内の1つなのだ。しかし、そうした臣民制度故に己が生い立ちを恨む者も出て来ている。信仰心はあるのに、不当な扱いを受ける日々。そんな彼らの怒りの矛先はレムリア人ではなく己が生まれた国、故郷へ向けられるのだ。
今はまだ抑えられるが、下手をすればそれが暴走して領国が混乱状態に陥る。そうなれば破竹の勢いで広まるだろう。
そうなる前に帝政府も対策を施してはいるが、臣民制度そのものを無くす事は逆に一等臣民である純レムリア人の反感を買う事になる。
長年続いていたこの問題も、完全では無いが現皇帝の尽力あって何とか緩和化されてはいるが、それでも彼のような存在がまだ残っているのが現状だ。
幸いにもそんな境遇を試練と受け止める者も多く、彼もそれらに耐えている。
全くもって素晴らしい信仰心だ。
領国人は下手すればその辺のレムリア人よりも信仰心があるのやも知れない。
「ラハク……それについて私は何とも言えない。だが、信じる者は必ず報われる。コレは確かだ」
「中佐殿!」
「現地人の異動は頻回だと聞く。もし君が私の隊に異動になった時はよろしくな。安心しろ、私の隊にも現地人が何人かいるが皆仲良くやってる」
「ハイ! その時はよろしくお願いします!」
「あぁ、ではな」
「ハッ!」
ムーアは踵を返した。
長い通路を進む最中、彼はツァーダが言っていた言葉を思い出した。
(自分の活躍によって11領国の人々の価値が上がる、か。あの男の言動全てを真に受けるつもりはない。だが、その考えは十分に理解は出来る。あの様な若者や多くの人々の為にも……此処は私が体を張るしかない!)
ムーアは自分の手を見つめ、拳を固める。
その目には強い意志が込められた、覚悟を決めた者の目をしていた。
皇帝によって現地人への不当な差別問題は改善された。それでも純レムリア人と現地人との溝は深くわだかまりも多い。ならば今度は、自分の手でその溝を埋めよう。
それで多くの若者の未来が明るくなるのなら…自分は喜んで行動に移そう。
「恐らくそれが神が自分に与えたもうた使命なのだ」
ーー
ー
30分後。
ムーアはドロローサ級の艦橋へ戻った。既にムーア以外の副官達が揃っていた。ツァーダは一番最後にやってきた彼を特に気にする様子も無く、艦橋中央部に設置された艦長席に座っていた。
本艦の艦長ガールスは彼の隣に立っている。
「やぁ、ムーア君。遅れてはいないから安心したまえ。それよりも皆、見たまえよ」
ツァーダがほくそ笑みながら目の前の巨大なモニターへ指をさした。
そこには大きな山々が映し出されていた。
「ゴバ山脈、ですね」
「その通り。長年我らをコケにしてきたミスリル地帯の一つ……そこを根城にする異端国家群供がそこにいる」
目の前の映し出されているモニターが切り替わると、今度は地上部分が映し出された。地上は深い森で覆われており、地面などは全く見えなかったが木々の隙間から何かの集団が慌てて移動している姿が見て取れた。
「アレは?」
「ペルロジャ族だ。赤肌のな。あそこを根城にする連中の大半がそうだ。航空戦力は持たず、戦法はこの森林を利用した罠や奇襲などのゲリラ戦術……実に不快じゃないか? あの山は豊富な鉱物資源で溢れているのに、あの野蛮人どもが独占している。正に宝の持ち腐れというやつだよ」
ツァーダは艦長席から立ち上がり、ムーア達がいる方向へ振り返った。
「さて、諸君らに最初の命を与えようと思うが……それが何か分かるものはいるかな?」
ムーア達は互いに顔を見合わせた後、ロベルソシアスが口を開いた。
「降伏勧告……でしょうか?」
不安げな彼の答えにツァーダは満面の笑みで答えた。
「違います。答えは……『刮目せよ』」
「刮目、ですか?」
皆の目が点になる。
それもそのはず。
何故、此処へきて最初の命令が『刮目せよ』なのか…まるで理解出来なかった。
「そうです。神々に選ばれし我らに逆らう者どもが、どういう結末を迎えるのか」
艦長のガールスが報告する。
「ツァーダ司令。ゴバ山脈包囲網の構築が完了しました」
「うむ。では全艦へ告げろ。対艦攻撃及び航空戦力に警戒しつつ、全砲門をゴバ山脈へ向けろ」
「ハッ!」
モニターの画面が再びゴバ山脈の光景へ切り替わる。既にゴバ山脈の周囲には戦艦や巡洋艦などの軍艦が包囲する陣を取っていた。それら軍艦の砲門がゆっくりと動き、ゴバ山脈へ修正される。
「つ、ツァーダ司令! 申し上げてもよろしいでしょうか!」
敬礼し発言を申し出てきたナスレスに、ツァーダは一瞥もせず「何かね?」と尋ねた。
「規定によれば先ずは降伏勧告の使者を送り、敵の無力化を仰ぎます。もし既に敵が我らの艦隊を見て恐れを抱き、戦う意欲を失っているのであれば、これから実施しようとしている行動を無駄になるかと!」
ツァーダは彼の言葉を一考するように顎へ手を当てる。しかし、微笑みを向けて返した答えはー
「ダメだ」
「な、何故ですか!?」
「そ、その理由をお聞かせしても?」
今度はムーアとルルプが口を開いた。
ロベルソシアスとマヴィは3人の行動に顔が青ざめる。上官への具申など場合によっては懲罰ものだ。最悪、そのとばっちりを受ける可能性もある事を2人は危惧していたのだ。
気が付けば他の乗員達も何事かといった目線を向けていた。
しかし、ツァーダは笑みを崩さずに答えた。
「奴らには既に300年前……恭従か破滅かの選択を与えていた。しかし、奴らが出した答えは後者だった」
「な!?」
「分かるかね?……奴らは既に答えを出しているのだよ。仮にナスレス君が言ったように、既に戦意を喪失していたとしても、その愚かなる選択の報いは受けねばならない」
ツァーダは全艦砲撃準備が整ったことを確認すると、部下が持ってきた紅茶を一飲みした後、高らかに宣言をした。
「さぁ、殲滅の調を奏でよ!」
その瞬間、轟音と共に全艦の砲門が火を吹いた。
ゴバ山脈は一瞬で爆炎と爆発に包まれた。




