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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
127/161

第122話 魔導転移装置

こんなに暑い北海道生まれて初めて…

 ーー

 日本国 東京都

 某日本旅館。

 ーー


 とある日本旅館の一室にて2人の男が向かい合っていた。


 1人は日本国内閣総理大臣の広瀬。

 もう1人は戦後から続く日本政府直轄の隠密組織。黒巾木組のリーダー格、田中一朗。


 2人は神妙な面持ちで会話をしていた。

 その中で広瀬は田中の口から驚くべき報告を受け、思わず半身を乗り出す勢いで問い詰めた。



「……それマジで言ってんの?」


「はい、別班からの報告です。彼らが虚言を申し上げることはまずないかと」



 そんな広瀬に対し、田中の口調は実に落ち着いたものだった。流石に長年国の隠密組織に身を置いている者の為、冷静沈着な対応に広瀬は改めて我が子ながら感心した。そして、そんな自分も我が子を見習おうとすぐに心を落ち着かせる。


 これも元隠密組織のリーダー格としての能力なのかと思わせる程の切り替えの早さだ。


 日本国のトップと日本国政府直属隠密組織の密会はここ最近頻回に行われていた。某国の工作員が何かしないとも限らない為、最近では密会場所をちょくちょく変えてもらっていた。



「そうかい。じゃあ、あまり無理しないでね♡って伝えといて」


「わかりました」


 何時もの軽い雰囲気で伝言を伝えた後、広瀬は茶をゆっくりと啜った。

 田中は深々と頭を下げるとそのまま奥の襖へと消えて行く。


 静寂の間に聞こえるのは、1人残された広瀬の茶を啜る音だけだ。



(別班でも潜入困難な国……レムリア。報告通りなら、あの国の密偵部隊がロシアのGRUとかに居ても不思議じゃないレベルか。いや、下手すれば上回るレベルかもな。でも必要最低限の情報を探る事が出来ただけでも良しとするか)



 広瀬は立ち上がり大きく背伸びをする。そのまま後ろへバターンと倒れると、心の声を思わず口にした。



「かーーーーーーっ!あの国(レムリア帝国)やりづらっ!」



 それから1ヶ月後、5大列強国のヴァルキア大帝国、サヘナンティス帝国、亜人国家連邦の3大国が緊急で日本国との会談の申し入れが来たのだ。


 その内容は第2世界から命辛々渡来した、異端国家群の代表者達によるものだった。


 それによって日本国の運命は大きく変わることになるとは、この時は誰も予想だにしなかった。






 ーー

 レムリア帝国聖教下第11領国

 首都郊外 聖国連軍基地

 ーー


 明朝。

 まだ陽も登らない。

 朝霧がかすかに地面を漂っている。


 しかし、基地はいつにも増して騒然としていた。

 薄っすら明るいはずの空は夥しい数の巨大な影で見えなくなり、地上を陰らせている。


 聞こえてくる大勢の足音。軍靴を履いた人間が一糸乱れない行進をしている兵達の足音だ。


 辺境派遣軍の兵士達の大軍勢は基地の大広場で悠々と移動し、定位置へ整列する。整えられていた基地の短い芝生は兵達の足で更に短く倒れている。



 レムリア帝国聖国連東方辺境派遣軍

 陸軍

 第1〜3連隊

 総勢10000弱


 破壊型重戦車ハヴァリーIII世

 20台


 強襲型軽戦車シエルーヴァV世

 50台


 制圧型装甲戦闘車オルミージョ

 30台



 航空軍

 第2主力艦隊

 ドロローサ級航空戦闘母艦 旗艦

 1隻


 テルメンタ級航空戦艦

 2隻


 レランパゴ級航空戦艦

 2隻


 エスパーダ級航空戦艦

 2隻


 ゲイル級航空母艦

 3隻


 パレディエロ級航空重巡洋艦

 5隻


 アセロ級航空軽巡洋艦

 5隻


 ポリーラ級航空駆逐艦

 10隻


 軍用輸送艦アトラス

 100隻



 東方辺境派遣軍の粋とも取れるこの軍勢が、陸空共に綺麗に整列している。


 ゴゥンゴゥンと軍用飛空艇の軍艦が微動だにせず停滞している。20㎝単装砲が艦艇に4基と並んでいる光景は、アレが自分たちへ向けられない事に陸軍兵士達は内心ホッとしていた。加えてドロローサ級には多数の降下用爆弾が備えられている。


 逃げられる気がしない。

 狙われたら間違いなく死あるのみ。


 逆にこれらが全て味方であればなんと心強い事だろう。そして現実、あれらは味方なのだ。


 その事実に皆が内心安堵している。


 そして、皆が整列を終えてから数分後、聞こえるのは朝吹く風の音と軍用飛空艇の魔導エンジン音のみ。そこへ整列している兵達の前に設置されていた台座へ1人の将校が黒いマントを靡かせながら上っていく。


 ゆっくりとした足取りでカツンカツンと上がり終えると、演説台にセットされていたマイクを取り話を始めた。彼の両サイドには同じようにマントを羽織った佐官クラスの幹部兵達が整列している。



『おはよう、諸君。レムリア帝国東方辺境派遣軍最高指揮官のツァーダ大佐である。先ずは早朝からの招集御苦労。皆も分かっている通り……今日は東方辺境地に蔓延る異端国家群の根城、ゴバ山脈及びその周辺高地を攻略する』



 ツァーダ大佐は細目のまま、淡々と言葉を続ける。そんな彼の会話を、ムーア中佐達は黙々と聞いていた。



『今作戦は北のアルハリル山脈の攻略と同時進行で行う。北方辺境派遣軍最高指揮官のスラウドラ大佐だ。よく知っているだろう? あの気高くも美しい彼女が指揮のもと、邪悪なる異端者共を薙ぎ払う……その事を想像しただけ私は……ご、ゴホン! ……失礼。えー、ゴホン! 今作戦が成功し且つ終了した時点で東方辺境派遣軍は解消とし、聖国連レムリア帝国東方軍へ名を変え、アズィム中将の指揮下となる。兵士諸君、君たちは幸運だ。長年我らの悩みのタネでもあるゴバ山脈と周辺高地。そこに住まう移転国家群を圧倒的火力と文明の利器を持って叩き潰せる、そんな機会を与えられたのだ。これも全て偉大なる神メルエラの思し召しである』


「神の御意志だ!」


「そうだ! 神の御意志だ!」


「「神の御意志だ! 神の御意志だ!」」



 ツァーダ大佐含めた指揮官達が揃えて声を荒げた。ムーアも続いて声を上げる。目の前で整列している大勢の兵士達も「おおおお!」と声を上げていた。


 更にツァーダは続ける。



『今我らの上で滞空している艦隊はハルドロクの魔導工作員達によって対ミスリルに改良された……正に神々の力を持つ究極の軍艦と化した! さぁ兵士諸君! 偉大なる神メルエラの名の下に、異端者どもを叩き潰そうではないか! 勝利は我らにあり! 神の加護は我らにあり!!』


偉大なる主に栄光を(エル・ラ・メルィーラ)!」


「「偉大なる主に栄光を(エル・ラ・メルィーラ)! 偉大な主に栄光を(エル・ラ・メルィーラ)!」」



 指揮官の1人が固めた右拳を空へ突き上げるような動きで声を上げる。それに続いて整列している大勢の兵士達も同じように固めた右拳を空へ突き上げる動作をしながら声を上げ続ける。


 途中不穏で関係のない話が出てきたが、大まかな中身については兵士達は理解出来た。皆の顔には不安など毛ほども現れていない。寧ろ、神々の名の下に異端者を殲滅する事だ出来る。そんな役目を得ることが出来た事を誇りに思っていた。





 ーー

 戦場において兵士達のメンタルと言うのは局面によっては大きく左右される。


 ほんの僅かな心の隙間、もとい、不安の種が残ると、それがやがては組織レベルにまで伝染し、取り返しのつかない事にもなり兼ねない。


 しかし、レムリア帝国に限りその様な事態はまず起こらないだろう。


 それは彼らが信じる神。


 聖神、唯一神、絶対神、女神……呼び名は様々だが共通して信じる神がいる。


 信仰する神がいること、信じる宗教があることは戦場の様に極限の精神状態を常に求められる場おいて大きな役割を果たす。


 その役割は様々だがその中の一つとして挙げられるのが『善悪の簡略化』である。


 信じる神がいる者といない者による戦場などにおける心理的実験は十何年も前にレムリアで行われていた。捕えた敵兵……無宗教の異端者を使っての人体実験の一つだ。

 その対比としてメルエラ教を信仰する、とある領国の年若い末端兵。


 先ずは双方にライフルを手渡す。

 無論、武装した警備員監視の下で行われた。


 2人の前に連れられた素っ裸の女性。


 研究員は2人にこう告げた。



「今、目の前にいる女性は異端者です。彼女を撃ち殺しなさい」



 そう告げてから間も無く領国の末端兵が銃口を女性へ向けて引き金を引いた。


 いとも容易く撃ち殺したのだ。


 怯えたように呆然と立ち尽くす敵兵に対し、末端兵は顔色一つ変わらない。


 撃ち殺す相手を女から男、老人、子ども、などを何日か繰り返した。敵兵はあまりにも引き金を引かなすぎた為、「次はお前が撃て。さもなければお前を撃ち殺す」と脅しをかけつつ、泣く泣く敵兵は無垢な子どもを何人も撃ち殺した。


 こうして残酷な心理実験は1年で終了した。


 結果として末端兵は実験終了後、何も変わらない日常を過ごした。対して無宗教の敵兵は精神的病を患い、日常生活に支障が出るほど苦しみ続け、最期は自ら舌を噛み切って死亡した。


 末端兵に話しを伺うとーー



「神の名の下であれば、異端者を殺す事に迷いはありません」



 ーーっと、素晴らしい言葉(・・・・・・)を残した。


 この結果から、どれだけ非情な行いを強行させても、信じる神さえあれば人は心を病むことなく実行出来やすい傾向にある、と分かった。


 無論、皆が必ずそうなるワケではない。飽くまでそういった傾向になり易いだけであって、中には同じように気を病む者もいた。


 それにレムリア教内でも先の末端兵の様な異端者に対し徹底的な撲滅を是とする過激派と、異端者でも従順なる者には恩恵を与え、手を取り合うべきと考える穏健派が存在する。


 気を病むのは、穏健派の者だ。


 今に始まった事ではないこの両派の違いは、この世界へ転移するよりも前から続いている。武力的衝突もおきていない。


 早急に解決すべき案件ではなかった。


 しかし、宗教によってある種恐怖の緩和は証明されている。


 皇帝バークリッドはある行動を数年前から実行していた。


 それは過激派増加計画である。


 比較的穏健派がやや多いレムリア帝国。2度目の共和国時代により増えた穏健派は、「腑抜け時代の負の遺産」と過激派は言っている。


 戦場に於いては過激派の者ほど頼もしい者はいない。余程のこと(・・・・・)が無ければ気を病む事などあり得ないほどに。

 いずれ帝国時代を再び築き上げる事を考えていた皇帝は過激派思想の兵力増強が必要だった。


 だから秘密裏に始まった過激派増加計画。


 穏健派の塊である聖典省にも息のかかった者を忍ばせ、目立たずに実行。結果、少しずつではあるがその数は年々増えつつあり、今では軍全体の6割を占めている。


 しかし、皇帝は穏健派を撲滅する気はさらさらなかった。軍内部の過激派をあと1、2割ほど増やし、それを維持できればそれでよかった。


 過激派ばかりでは意味がない。


 それこそ国の崩壊一直線だ。


 過激派が力の使徒なら、穏健派は智の使徒だ。

 脳筋ばかりの過激派のストッパー役としても穏健派の存在も必要不可欠なのだ。


 完璧なバランスを保つ国。


 皇帝が目指す理想国家のカタチだ。


 その事実を知る者はほんの極々僅かのみ。


 少なくともこの場にいる者たち、そんな事実を知るものはいない。これまでも、恐らくこれからも。

 ーー




 陸兵達が一斉に軍用輸送艦の『アトモス』へ搭乗していく。戦車などの軍用車輌も兵達の後に続いて行く。輸送艦アトモスは見た目は縦に長めのアイロンの様な形状をした艦だ。


 戦闘能力はほとんど持たない文字通り兵員や軍用車などの輸送だけを目的として造られている。武装は艦首下部と後部に機関銃座が一つずつ設けられているのみ。


 艦首部は左右に大きく開かれ、止めどなく兵達や車輌が乗り込んでいく。


 搭乗が完了した艦から魔鉱石と飛行石のエネルギーを利用した動力機関、魔導エンジンが作動。艦底と艦尾の基部の半球体が蒼白く発光すると、ゆっくりと上昇し始める。


 ゴゥンゴゥンと独特なエンジン音を唸らせながら既に滞空している戦艦群の中へと入り列を為す。


 その光景は地球側の人間からして見れば、某長編SF映画の宇宙船を見ている気になる事間違いはない。だが、そんな光景はレムリア人ら第2世界の者達からして見れば、もう見飽きたものだ。



「さて……皆も各々の持ち場へ行くとしよう」


「「ハッ!」」





 未だ大広場が兵や軍用艦の移動で騒がしい中、最高指揮官ツァーダの言葉にムーアを含めた指揮官達は一斉に踵を鳴らし敬礼をする。そして、各々が率いる隊の元へ向かって行った。


 その時、ツァーダは軽く手を挙げ数名をその場に呼び止めた。



「あぁ……ムーア中佐、ナスレス中佐、ルルプ中佐、ロベルソシアス中佐、マヴィ中佐。以上の5名は我が前へ」



 ムーアとナスレスは互いに顔を合わせ疑問を抱いた。何故自分たちが呼ばれたのか。特に不始末をやらかしたワケでもない為、何も分からない。他の3名も少し驚いた様子だが、オドオドする訳にもいかない為、5名は直ぐにツァーダの前へ移動した。



「うむ。呼び出して済まないね。悪いが君たちの持ち場は各々の隊では無い」



 5人は更に困惑する。

 本来自分たちが率いる隊以外の持ち場など、今作戦を考えれば考えられないからだ。部下を集めておいて基地へ待機などという雰囲気でも無い。


 そして、次に発した彼の言葉は耳を疑うものだった。



「諸君らは実に優秀な成績をおさめた指揮官だ。だからこそ、今作戦においては勉強の一環として、私が我が旗艦……ドロローサ級戦艦空母へ共に搭乗してもらう」


「「ッ!?」」


「君たちの隊には既に別の者が指揮を取っている。まぁ、戸惑う気持ちも分かるが必要なことだ。さぁ、行くぞ」


「「は、ハッ!」」



 ツァーダら一行は小型飛空艇へ乗り込むとそのまま、旗艦ドロローサ級戦艦空母へ搭乗する。ムーア達は未だに内心困惑していたが、同時に心踊る気持ちにもなっていた。

 上官から目利きにされ、そして上へと昇る為の経験を得られることに。


 ムーアとナスレスは何処か不穏な予感をしていたが、今さら「やっぱり」などと言える筈もなく、小型飛空艇は更に上昇していく。


 一行に影が落ちる。


 ふと上を見上げると、既に視界いっぱいに巨大な戦艦空母の艦底部が其処にはあった。


 艦底部のハッチが開かれると、小型飛空艇は開かれたハッチの中へ入って行く。ハッチの中は広く格納庫の様な場所となっていた。小型飛空艇一隻が中へ着艦しても有り余るほどの空間だ。


 ドックの中には既に乗組員である兵達が銃を掲げて出迎えての準備をしていた。左右一列に並んだその様は一本の道を形成している。


 その道の真ん中にひとりの年老いた軍人が立っている。


 彼はこのドロローサ級戦艦空母の艦長。


 小型飛空艇からツァーダ一行が降りて、兵達によって作られた道の真ん中を歩んでいく。その先で直立不動で立っていた老軍人が歩み寄ってくるとツァーダの前で止まり、その老年とは思えないキレのある敬礼をした。



「お待ちしておりました、ツァーダ大佐。第2艦隊旗艦ドロローサ級戦艦空母艦長ゼルタン・デュ・ガールスであります」


「出迎え御苦労、ガールス艦長」


「いえ。この様な名誉ある戦いに我ら第2艦隊をお呼び下さったこと、感謝の言葉もございません」


「なに、これも全て神メルエラの御導き。それから、ガールス艦長。階級で言えば私と君は同格なのだ。もう少し砕けた言い方でも構わんぞ?」


「何を仰いますやら。階級は同じでも貴方様は東方辺境派遣軍の最高指揮官。私はただの艦長。その差は歴然であります」


「やれやれ」


「では、早速艦橋(ブリッジ)へ御案内致します」



 ツァーダ一行は艦長ガールスの案内の元、ドロローサ級戦艦空母の艦橋へと向かって行った。







 ーー

 ー

 艦橋は広々とした空間だった。

 何十人もの乗員たちが其々の持ち場で各々の作業に集中している。


 半透明な画面に映し出される様々なデータ表示などを水晶玉が半分埋め込まれた様な固定操作端末を器用巧みに指や手を動かしている。


 それらは地球側でも似たようなモノもあれば、最早何に使うかも分からないモノも多々ある。


 正に異世界の軍艦。

 その艦橋。


 何度も言うようだが、これらの光景はレムリア人からしてみれば当たり前の光景なのだ。



「ではツァーダ大佐、御命令を」



 ガールスは頭を下げた。

 ツァーダは「うむ。」と答えた後、艦橋内の真ん中にある、周りよりも一段高い場所に設置された椅子へ腰掛ける。



「画面を映せ」


「ハッ」



 ツァーダが命令を下すと、普通ならば前方に広がる外の景色が見える大きなフロントガラスがある筈だが、この艦は外の景色が見えない。あるのは180度真っ暗な画面のみ。

 しかし、ツァーダの命令により数人の乗員が端末を操作すると、目の前の壁全体がスーッと透き通った透明なフロントガラスへと変化し、180度雄大な景色が目の前に広がった。



「艦底部の映像を映せ」



 スーッと壁が黒に染まると、すぐさま外の景色が映し出される。しかし、今度は艦首が向く方向ではなく、艦底部から見えた地上の景色が映し出される。


 丁度、最後の輸送艦が離陸していく光景が見えた。



「よし。では全艦に音声通信を」


「ハッ!」



 乗員が全艦に音声通信を繋げると、ツァーダは立ち上がり手を後ろに組んで話を始めた。



『これより魔導転移装置(ゲート)で東方辺境後衛基地まで移動を開始する。準備は出来ているな? では、魔導転移装置(ゲート)を繋げよ』







 ーー

 ー


「こちら管制塔。第2艦隊旗艦より入電。東方辺境後衛基地への魔導転移装置(ゲート)の接続要請あり」


「了解。これより後衛基地へ接続要請を送る」


「………後衛基地より通信。接続要請に対し了解の意を確認」


『こちら魔導動力管理塔。東方辺境後衛基地より当基地への魔導次元接続波を確認。座標地点との誤差ゼロ』


『これより当基地から魔導次元接続波を送信する。送信、両地点より波長確認。接続を開始する……5、4、3、2、1、接続』







 ーー

 ー


 ツァーダの命令後、基地内のとある一角。尖った塔のような機械的人工建造物が二つ造られている。高さは約200m。その二つの建造物の間には更に高い建造物が建っていた。


 真ん中の大きな建造物の頂上に巨大なリングが聳え建っている。


 左右二つの塔は真ん中の大きな塔の頂上に聳える巨大なリング状の建造物を支えるように繋がっていた。


 その為、アレは1つの建造物なのだ。


 かなり奇妙な形ではあるが、アレこそレムリアが誇る技術の結晶の1つと言っても過言ではない。




『2、1、接続』



 瞬間、その奇妙な建造物全体に紫に光る強大な魔導電流が走り始めた。強力な魔導電流がバチィバチィと大きな音を発しながら建造物を巡り周っている。すると、頂上の巨大なリングがゆっくりと回り始め、固定されていた3つの塔から浮き上がる様に離れ始めた。


 10mほど浮かんだリングは尚もゆっくりと回り続けていると更に魔導電流が激しさを増して巡って行く。そして、その電流がリング内側へと移動し、激しくも強力な電気を帯び始めた。


 すると突然、巨大なリング内側に電流の渦を巻く漆黒の空間が出現し始めた。


 それはまるでブラックホール。


 リングの向こう側にある景色が消えた。目の前にあるのは全てを飲み込む渦巻く漆黒の空間のみ。その空間からも電気がバチィバチィと発して来ている。


 リングは尚もゆっくりと回り続ける。



『接続完了。目標地点との魔導航次元路の構成率98%。データ数値安定』


『第2艦隊旗艦へ通信。接続完了。航次元の無事を祈る』




 ーー

 ー


「大佐、管制塔より通信。魔導転移装置(ゲート)準備完了。航次元の無事を祈る……との事です」



 艦橋の乗員の一人が椅子に座るツァーダへ報告する。ツァーダは満足げに頷いた。



「よし。では全艦魔導転移装置(ゲート)へ進め」


「目標地点到達まで2時間」


「2時間か……ふむ、では5人とも応接室へと移動しようか。到着までの間、一緒に紅茶でも飲もう」



 突然の誘いだが、ムーア達に断る権利などは無い。


 上司の命令は絶対。


 ムーア達は「ありがとうございます」と答え彼の後に続いた。が、直前、ムーア一人だけが彼に肩を掴まれた。そして、ツァーダは彼に耳打ちをした。



(今作戦では君たちに何かしらの命令を与えるつもりだ。そこでだ、ムーア中佐。今作戦でもし君が何かしらの名誉ある武勲を建てることが出来れば、出世の後押しをしてあげよう)


「え?」



 ムーアは彼の本質を知っている。

 冷酷で残忍な性格の彼が何故この様な事を言って来るのか…さっぱり理解できなかった。



(君には現地人の妻がいるのだろう? 居住区の家族達からは大層人気らしいじゃないか。そこで、君が出世すれば妻の評判も上がる。つまりそれは、今でも根強い問題が残る現地人への差別問題解決の糸口になるやも知れん)


「な、何故その様なー」


「私はね、ムーア中佐。君たちがレムリア人と現地人との深い溝を埋める1つの架け橋になってもらいたいのだよ、分かるね?」



 無論信じてはいない。

 しかし、彼の言っていることは事実だ。


 もしここで自分が何かしらの結果を残せば…妻をはじめとした現地人達の評価が上がるかもしれない。


 警戒はするがここは素直に頷くのがベストだ。



「はい。ありがとうございます」



 できる限りの自然な笑顔で答えると、ツァーダもニコリと笑みを向けて来た。


 もう既に日が昇りきった頃。


 レムリア帝国聖国連東方辺境派遣軍第2艦隊が複数の大隊と共に動き始めた。一糸乱れない列を成しつつ空を進むその光景は正に『空の王者達』である。


 全艦、巨大なリング状の建造物から創られた次元航路のブラックホールへ向けて進んで行くその様には一切の恐怖は無い。


 その次元に創られたトンネルの先に、未だ見ぬ栄光があると信じているからだ。


 そして、次から次へと次元のトンネルへ入り進んでいく。無論、その中へ入っても通り抜けられるワケは無い。目標地点まで続く次元のトルネル。中は漆黒だが引っ切り無しに稲妻が見えるそれはまるで電流の地獄である積乱雲の中を進んでいる気になる。


 しかし、外は荒々しくとも艦内は至って静かだ。魔導機器の音と乗組員達の話し声だけが聞こえる世界だけが聞こえる。


 ある魔導科学者は言った。



「この次元空間の中はどれほどのものなのか?」



 そしてその疑問は彼の命と引き換えに教えてくれてた。


 外へ出たら最期。


 人間の体など瞬く間に次元の奔流に呑まれ塵と化す。



 ムーア達はツァーダと同じように艦橋へと連れて来られ、一連の出来事を固唾を飲んで見守っていた。


 この先に新たな一歩が始まる。


 この時は誰もがその想いを信じ、疑いもしなかった。


 しかし、これはある意味実現する事となる。








 ーーーー

 東方辺境後衛基地

 作戦司令塔

 ーー


 元は酷い荒野だったこの場所は、今では聖国連軍の手により綺麗に整地化され立派な基地へなっている。しかし、微量ながらもミスリル鉱石が含まれている此処に飛空艇を持ってくる事は不可能である為、後衛基地に存在するのは1万弱の兵達と陸軍車輌のみである。


 その中に建てられた頑強な建物。

 作戦司令塔内の会議室では円卓の机を囲って複数人の将校達が話し合いを進めていた。



「ラフェウス大佐。今作戦のお陰でやっと野蛮人どもを駆逐できますな」



 機嫌のいい部下の言葉に後衛基地の司令官ラフェウスも清々しい表情で頷いた。



「まさに、だな。まさかミスリル地帯に対応できる飛空艇が出来るなど、ハルドロクのDr.スヴェン殿には感謝に堪えないな。これで今まで雪辱を晴らすことが出来るだろう。予定到着時刻まで30分……盛大に出迎えよう」



 ラフェウスの言葉に各指揮官たちもウンウンと頷いた。



「さて、偵察隊による報告ではゴバ山脈にいる奴らの様子に変わりはないらしいが、本当だな?」


「はい。間違いはございません」


「うむ。あぁ、奴らが恐怖に引きつる顔を観れると思うと楽しみだ」



 話し合いは次第に談笑へと変わっていく。

 気が付けば警備の兵達もクスクスと一緒に笑っていた。



「たしかに陸軍だけであの山々を潰すのは骨が折れますが、飛空艇さえ使えれば」


「然り。あの様な山、戦艦級が2、3隻もあればあっという間でしょう」


「こう、ドカーーン! って、なぁ?」


「ハハハハハ!」


「クッハハハ!」






 ーー

 ー

 30分後…


『こちら東方辺境後衛基地司令塔。魔導航次元路より第2艦隊の接近を確認』


『こちら魔導動力管理塔。了解。接続波の波長接近を確認。直ちに魔導転移装置(ゲート)を作動を開始する』



 ゴバ山脈に住まう者達の破壊の使者が今現れた。



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