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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
126/161

第121話 とある軍人

今回はレムリア側の主要キャラのお話です。

 ーー

 第2世界 東方辺境地

 レムリア帝国聖教下第11領国

 首都郊外 聖国連軍基地 居住地区

 ーー


 聖国連によって聖教化されたこの第11領国は、東方の辺境地に位置する田舎国家という事もあり、雄大な自然の中に存在していた。


 晴れ渡る陽の光……心地よい暖かさの篭ったそよ風……歌う小鳥達。

 道を行き交う戦車などの軍用車輌や青空を飛び交う軍艦が無ければ、完璧だっただろう。


 深い森の中に存在する広大な面積を持つこの聖国連基地は、東方辺境地に存在する異端国家群と隣り合っている事もあってほぼ四六時中騒がしい。


 異端国家群が拠点としている高地がある。

 その周辺はミスリル地帯である為、飛行石を動力源とする飛空艇では近づくだけで墜落してしまう。

 その為、この基地にあるのは飛空艇よりも陸軍車輌が圧倒的に多い。


 そして、基地の中でも兵士達や兵器類と10㎞以上も区分された場所がある。

 そこは軍将校や指揮官クラスの家族が住まう居住地区では特殊な魔法防音壁を張っているためそこまで気にはならない。





 ーー

 第11領国聖国連基地内

 第二指揮官執務室

 ーー



 中年軍人がデスクに向かい綺麗な姿勢でペンを走らせていた。彫が少し深めで若干の強面感のある顔立ちだがその目は穏やかなものだった。


 それは彼が今眺めている1つの手帳にある。彼が今その手帳に記載しているのは仕事とは関係のない、ごく普通の日記である。




 〜〜第4節ミズガル期 陽日15


 本日は快晴。

 心地よい春の風が肌を撫でる。


 これも神メルエラの加護があってこそだろう。

 偉大なる神に選ばれた民として誇りに思う。


 今日は特に急を要する仕事の予定は無かった。


 いつもの様に書類に目を通し、東方辺境地の異端国家群をどう対処するべきかの会議のみ。


 その後、空いた時間で部下達の訓練の様子を見ていた。皆祖国のため、我らが神のために日夜己を鍛えている。

 その訓練の成果はこれからの人生で必ず役に立つ時が来るだろう。


 それはそうと、実は今朝、妻から間食用のコーンブレッドを貰ったんだ。早速食べてみたがやはり美味い。ウチの妻の作る料理は全て一級品だ。


 ……今日はやたらとペンが進む。


 あと1節経てばアスガル期に入る。


 そうすれば暫くの間……1期分の有給休暇が貰えると思うと嬉しくて堪らない。


 さて……あと少しで今日の仕事が終わる。


 帰路に着くまでの間、休日中に家族と何処へ出掛けるか、その予定をそろそろ纏めようと思う。


 あぁ、もうすぐ家族水入らずの時間が出来る!

 妻と子供達の笑顔が楽しみだ!




 レムリア帝国第3軍団東方辺境派遣軍所属

 第11領国聖国連軍指揮官

 ラゼフ・ロゥ・ムーア中佐

 〜〜


「さて……」



 ムーアは習慣として欠かさず書いている日記帳を閉じると鞄の中へとしまい込んだ。軍帽をスタンドへ掛けた後、明日の予定を確認するために書類へ目を通そうとした。



 コンコンッ



 ドアをノックする音が聞こえた。


 ムーアは構わず「入れ」と言うと、1人の兵士が恭しく部屋へと入ってきた。兵は綺麗な敬礼を向け、此方も敬礼で返した。



「失礼します、ムーア中佐。東方辺境派遣軍最高指揮官ツァーダ大佐がお呼びです! 至急、司令執務室へ来るようにとの命令です!」


 

 兵の言葉に変な苛立ちを覚えた。


 無論、彼が悪いわけでは無い。

 単純に自身の上官であるツァーダが嫌いなだけなのだ。


 理由は色々あるが、やはり1番の理由として根本的に性格が合わない。


 ツァーダは自国民……つまりはレムリア人以外、メルエラ教徒以外の者に対してはかなり差別的かつ嫌味ったらしい態度を向けてくる。

 異端者であれば何の躊躇も無く引き金を引ける。


 冷酷かつ残虐な性格。


 しかし、彼の指揮官としての能力は本物である為、上の者達も彼を厳罰に処すことは無い。せいぜい、厳重注意が関の山だ。


 そんな上官からの呼び出し。


 そんな事は幾度となくあったが、特に呼び出しを受けるような事は無いはずだ。しかし、何か別の任務か仕事があるのかも知れない。訝しげに思いながらも目の前で崩れない敬礼を取り続ける兵へ問い掛ける。



「……呼ばれたのは私だけか?」


「いえ、ムーア中佐を含めた指揮官クラス全員であります!」


「全員? 分かった、直ぐに向かう。報告御苦労。」


「ハッ!」



 そう伝えると兵は敬礼を向けた後、部屋を後にした。ムーアの胸中は何か不穏な予感でいっぱいだった。


 このタイミングで呼び出してくるなど、間違い無く何かしらの異常事態が起きての事だ。しかも、指揮官全員を招集するなど、東方辺境へ進撃作戦を開始した時以来、一度も無かった。


 何か大きな出来事が起こる。


 そんな気がしたのだ。



「何はともあれ、行くしか無いか」



 やれやれと深い溜息をついた。

 軍帽を被り身嗜みを整えた後、司令執務室へと向かった。





 ーー

 ー

 長い廊下を進んだ先に一際立派な両開き式の扉へと辿り着いた。


 司令執務室だ。


 この部屋を使っているのは東方辺境派遣軍最高指揮官ツァーダ大佐のみ。


 扉の両脇には衛兵達が警備にあたっているが、そんな彼らを前にしてもムーアは再び溜息を吐いてしまう。衛兵達は自分に何か至らない点があったのかと思い、無意識に視線が動揺してしまう。が、気付いたムーアが「いや、君たちに非はない。気にしないで欲しい」と伝える。



「その気持ち、まぁ分からんでもないな」


「……ドラン」



 そこへ、右目に眼帯を付けた小太りの男性が声を掛けて来た。


 彼はムーアの同期であり戦友であるドラン・アオ・ナスレス中佐だ。見た目によらず人情に厚い男でムーア同様、部下達からの信頼も強い。



「やはり割り切って行かなくてはいかんぞ、友よ。俺はともかく、お前には家族がいるんだからな。身の振り方は考えた方がいい。ま、今更言わなくても分かるわな」


「いや、お前の言う通りだドラン、すまない」


「はは、お互い様だ」



 彼とは長い付き合いだが、彼のこういった明るい雰囲気には本当に助けられたことが多い。



「ところでラゼフ。お前んとこの上の娘さん、そろそろ誕生日だろ?」


「ん? あぁ、そうだが……また妙なサプライズはやめてくれよ。去年の出来事以来、子供達はお前が『プレゼントを運ぶ妖精さん』と信じ込んでるんだ」


「何がだ! 喜んでくれるなら良いではないか。何が不満なのだ?」


「真実を知った時のショックを考えるとなぁ……可愛らしいフワフワの髪が実はニセモノで、ピッカピカのハゲ頭なんてな」


「ぐぬぬ!」



 などの談笑をしていると、後からゾロゾロと他の指揮官達が集まってきた。ムーアは全員が扉の前で揃うのを確認してから、司令執務室の扉を衛兵達に開けさせて中に入った。




 ーー

 ー


「失礼します! ラゼフ・ロゥ・ムーア中佐及び以下15名の指揮官全員揃いました!」



 先ずはムーアが先頭を切って部屋に入ると目の前の男に敬礼をする。



「ん。入りたまえ」


「ハッ!」



 ムーアは再び踵を踏んで敬礼を向けると部屋の奥隅へと向かった。続けてナフレスと次々に指揮官達が部屋へと入室する。


 指揮官達が大きめなテーブルの周りへ集まり整列する。テーブルの上にはある地形の模型が作られていた。


 皆はデスクにいる最高指揮官へと目を向ける。


 椅子に寄りかかるよう深々と座りながら足を伸ばし組み。自身の爪を爪ヤスリで削っていた。

 部下達には一瞥もせず、自身の爪の磨き具合にのみ意識を向けていたのだ。



「ふむ……さて、と」



 ムーア達が入室してから3分ほど経ってから、漸く爪の手入れを終えたツァーダはマントをなびかせながら椅子から立ち上がる。そして、手を後ろに組みながらムーア達の前へと移動する。


 レムリア帝国軍所属東方辺境派遣軍最高指揮官

 リーメル・ナバ・ツァーダ大佐。


 金髪のオールバックでスラっとした細身の体。

 常に微笑を浮かべている様な細目の男だ。

 胸に付けている勲章も当然の事ながらムーア達よりも明らかに多い。


 ツァーダは皆が揃っている事に満足そうに頷くと口を開いた。



「諸君、呼び出したのは他でもない。東の山脈を根城にしている異端国家群どもに関する事だ。現在、我らはミスリル地帯と敵の地の利を生かしたゲリラ戦術に少々手を焼いている状態だ。陸軍を総動員すれば勝てなくはない相手だが、此方の犠牲者の数も馬鹿にならない。機械甲師団の重砲部隊による砲撃が関の山だった。ここまでは我らの現状だ」



 ムーア達は静かな上官の話に耳を傾ける。


 彼の言うとおり、ミスリル地帯があっては今出来る事はそれくらいが限界だ。基地の陸軍を総動員すれば殲滅は決して不可能ではない。しかし、多大な犠牲が出る事は確実だ。


 ムーア達は知っている。


 彼が陸軍総動員で敵を攻めないのは、兵達の犠牲に心を傷めるからではない。


 上の連中からの印象が悪くなるからだ。


 最小限の犠牲で敵を殲滅することが出来れば、上からの評判が上がるかのは間違いない。もしかすれば昇格だって可能かもしれない。


 だから彼は思い切った行動をせず、一進一退の攻防する作戦を選んだのだ。


 だが、それは分かりきっていたこと。


 なぜここでその様な話で出てくるのか。自分も含め誰もその真意を理解する事が出来なかった。


 ツァーダは話を続ける。



「ここからが本題だ。我ら東方辺境派遣軍は今から1週間後に奴らの根城を……ゴバ山脈へ大規模攻撃を仕掛ける。陸軍は第1から第3連団。残りの第4、第5連団は基地へ残る。そして、航空軍からは第2艦隊を送る」



 彼の言葉にムーアは驚愕する。

 ムーアだけではない。皆が困惑していた。


 何故イキナリ大規模攻撃を仕掛ける事になったのか。いや、それはまだ理解出来る範囲内だろう。1番の不可解な点は航空軍の派遣(・・・・・・)である。しかも、東方辺境派遣軍の主力艦隊だ。



「大佐、1つ確認がございます!」


「うむ。ルルプ中佐、申してみよ」



 掌を見せる様に腕を直角に上げた1人の指揮官がツァーダに質問を述べた。



「彼の地はミスリル地帯であります! そこへ飛空艇艦を送るのは自殺行為では?」


「ふむ……君の意見は尤もだな。まぁ私の説明不足もあったが、最早我らにとってミスリル地帯など障害では無いのだよ」



 ニヤリと笑うツァーダの言葉にどよめいた。



「入りたまえ」



 ツァーダはドアへ向けて声を掛ける。開かれた扉からは2名の魔導工作員が入室して来た。

 魔導工作員は基本、軽装な軍服だが他と違うのがニカブの様に目元以外をすっぽりフードで隠している。フードの口元にはレムリア帝国の紋章が刻まれている。


 2人は部屋へ入ると先ずはツァーダに、続いてムーア達に頭を下げてから口を開いた。



「私たちはハルドロク魔導技術開発局より参りました。此度の作戦に向けて、工作員達による対ミスリル地帯用の飛空艇へと改修させていただきます。期間は約5日ほど頂ければ可能です」



 説明を終えた魔導工作員達は再び頭を下げた後、一歩後ろへ下がる。



「っと言うわけだ。諸君には各々が指揮する部隊をまとめ、作戦へ向けた準備をしていただきたい。話は以上だ……神の祝福があらんことを」



 こうして司令執務室での出来事が幕を閉じた。

 各指揮官達は多少の困惑は見られたが、大半が異端国家群を叩き潰せる絶好のチャンスが来たことに喜んでいた。



「早速、我が大隊、中隊、小隊にも今回の件を知らせよう」


「まさかミスリル地帯を無効化できる技術を得ていたとは……流石はスヴェン長官だ。これも全て神メルエラ様の御導きだろう!」


「正にそうだ! 異端国家群どもめ……今に見てろ。神の鉄槌を食らわせてやる!」


「奴らの絶望に歪んだ表情が実に楽しみだ」



 離れた所からそんな会話を聞いていたムーアは、彼らの言葉一つ一つ…理解する事が出来なかった。寧ろ激しい苛立ちを覚えた。


 無意識に拳を握りしめている。



「なぁムーア、お前もそう思うだろう? 異端者どもを叩き潰せる絶好の機会なんだからな!」


「……!」



 突然話しかけてきた1人を思わず睨みつけてしまった。怒りに満ちたその視線は男を怯ませるのに十分過ぎる程だ。



「な、なんだよ」


「何言ってんだバカ、行くぞ!」



 男の友人と思われる人物が彼の肩を掴み、それ以上の言動を止めさせた。男は一瞬驚いたが、すぐに何かを思い出した様にそそくさとその場を去って行った。去り際に「えっと…す、すまない。」と申し訳無さそうに呟いていた。


 2人の姿が見えなくなって漸く、ムーアの怒りは治まった。ナスレスが彼の肩へポンも手を置いて話しかけた。



「……気にするな、親友」


「あ、あぁ。すまない」


「気持ちは分かる。どうだ? 一杯やるか?」


「いや、やめとくよ。今日はとにかく……早く家族に会いたい」


「そっか」


「あぁ……すまないな」


「バカ、気にすんな」



 2人は肩を組みながら廊下を後にする。


 ナスレスは彼の怒りの理由を知っている。


 だから下手な言葉は使わない。


 恐らく、此度の作戦は彼の人生に何かしらの大きな影響を与えるかもしれない。


 ナスレスは親友の今後を心配しつつ、廊下の窓から見える景色をふと眺めた。



(やっぱり殴ってでも退役させるべきだったな)




 ーー

 ー

 すっかり夜も更けた頃、ムーアは基地内居住区で帰路についていた。部下からは車で送ると言われたが「夜風に当たりながら帰りたい」と伝え断った。

 早く家に帰りたい気持ちはあったが、それと同じくらい今彼は悩んでいた。


 理由は言わずもがな、一週間後の作戦の件である。


 舗装された歩道を歩き、等間隔で設置された街灯に照らされながら辺りを見渡す。見えるのは昼間見ていた基地とは違う……暖かみのある家庭の景色があった。


 庭では鎖に繋がれた犬が帰ってきた御主人にお腹を見せて甘えている。飼い主はそんな犬のお腹をワシャワシャと撫でている。


 玄関を開けたと同時に飛びかかる子どもとそれを受け止める父親。家の奥から妻が現れ、「今日もお疲れ様」と笑顔で話している。


 周りを見ればそんな家庭ばかりだ。


 これから帰る家にもそんな家庭が自分にもある。


 気が付けば自分は速足になっていた。


 そして、辿り着いた我が家。


 玄関を開けるとまずは妻が出迎えてくれた。



「お帰りなさい、アナタ」


「ただいま、アリア」



 我が妻、アリアは女神の様な微笑みを向けて私をいつも出迎えてくれる。前掛けエプロンが少しだけ濡れているのは洗い物をしていたのだろう。


 私は妻をギュッと抱きしめた。妻も抱きしめ返した。互いに目が合い自然と唇が重なる。



「ん……」



 妻と結ばれてから10年になるが未だに妻はキスをした後、恥ずかしそうに頬を赤らめる。そんな妻が愛おしくてたまらない。思わず私は妻を押し倒したい衝動に駆られるがすぐに理性が働いた。



「子供たちは?」



 妻が答えるよりも先に奥からドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。私は鞄を妻に預け、腰を低く構える。


 すると廊下の奥から2人の娘たち(天使たち)が向かってきて、私の胸に飛び込んだ。



「パパー!」


「パパ、おかえりない!」


「アルフィ、アリシェ、ただいま」



 私は2人の娘たちを受け止めてそのままギュッと抱きしめる。2人は「えへへ」と笑いながら胸に顔を擦り付けてくる。


 それからは人生で唯一の安らぎである家族との時間を過ごした。


 一緒にご飯を食べて、風呂に入り、談笑して……子供たちが先に寝入った。


 リビングに残った私と妻が向かい合う様に椅子に座る。目の前に置かれた紅茶を飲みながら、私は妻にあの作戦の件を伝えた。



「……というわけなんだ。その後の処理を考えるとどうしても一節後を過ぎてしまう。すまないが、予定していた家族旅行は少しだけ延期になるんだ。本当にすまない」


「気になさらないで下さい。アナタは神に仕える軍人です。それも覚悟の上で私はアナタと結婚しました。……ちゃんと生きて帰って来てくれると約束さて下さるだけで十分です」



 妻はテーブルの上に置かれた私の手を優しく握りニコッと微笑んだ。私は「ありがとう」と答え笑みを返す。が、自分でも分かるくらい無理した笑顔だとわかる。


 それに妻が気付かないわけがない。



「……気に病んでいるのね。また誰かを傷付けることに」


「あ、あぁ」


「顔に書いてあるもの」


「……私は、神メルエラの為に戦いに赴く。私の信仰心に偽りはない。祖国のためにもだ。だが、やはり異端者というだけで相手を追い込むのは抵抗がある」



 私は妻の手を強く握った。



「君と結婚して子供たちが産まれてからその想いが更に強くなってるんだ。まるで君たちを傷付けている、そんな気になってしまうんだ」


「アナタ」



 私の妻、アリアはレムリア人ではない。

 この第11領国生まれの現地人である。


 つまり子供達はレムリアと第11領国人とのハーフという事だ。


 私がここへ赴任したのは15年前。

 長年本国で軍務に励んでいて私はその才能を買われて東方辺境派遣軍へ入ったのがきっかけだ。


 本国以外へは話に聞いた程度で、先輩たちからは「正にレムリア人こそが素晴らしい種族だと実感する」と嬉しそうに話していた。


 当時で既に45だった私はその言葉の意味が何を指しているのかは直ぐに分かった。が、実際見てみると思った以上に酷かった。


 まだ慣れない現地の首都を把握するためにナスレスと一緒に見て周っていた。その時の第一印象は過激な差別社会。


 軍人や現地在住の一般レムリア人達から第11領国の現地人たちが路地裏でリンチや恐喝を受けることも珍しくない。治安維持隊はいるのだが、やはり同じレムリア人である為か、彼らを捕らえることは殺人でもしない限りは滅多に無く、逆に不当な言い掛かりをつけて現地人を捕らえ懲罰する事もある。


 人通りの多いところでも普通に見えてくる。



「レムリア人以外お断り」の店看板


 現地人入店の際は一度足を洗ってから


 現地人専用価格、普通の値段の倍だ。



 聖教化された国の民は皆、メルエラ教へ改宗することになっている。つまりは同門なのだ。


 しかし、それだけなのだ。


 ただ歩いていただけでレムリア人に殴られる現地人。言い分を聞くと「現地人のくせに挨拶しなかった」とのことだった。幸い、その時対応していた治安維持隊の隊員がまともだった為、逮捕されたのはそのレムリア人だった。


 普通に歩道を歩いていた現地人。そこへ軍人たちが近づき、殴る蹴るの暴行を加えた後、ボロボロの現地人に対しこう言い放った。



「現地人は歩道を歩くな! 車道側を歩け!」



 勿論、そんな決まりなど無い。


 だが相手は軍人。

 ここで逆らえば命は無いだろう。


 現地人は足を引きずりながら車道沿いを歩き去って行った。その後ろ姿を軍人がゲラゲラと笑って見ていた。


 当時の私は不快にこそ思ったが、行動を起こそうとした事は一度も無かった。

 その時点で私もそいつらと大差ない存在なんだと気付き、自己嫌悪に陥った。


 そんな中、街中を歩いていると、路地裏で一般レムリア人から暴行を受けているひとりの現地人を見かけた。しかし、ここで動けば現在出世街道を進む自分の印象はある意味悪くなるだろう。


 心まで廃れかけていた自分はそんな事を考えていた。しかし、


『平等に手を差し伸べる慈悲深き神。その民ならば同じ様に手を差し伸べよ』


 かつて教会で聞いた神父の言葉をふと思い出した。気付いたら、自分の足下で一般レムリア人たちが蹲り倒れていた。


 暴行を受けていた現地人は女性で、服はボロボロに破けていた。


 どうやらコイツらは彼女を強姦しようとしていたようだ。取り敢えずまだ意識がある男の腹に蹴りを入れる。



「神の教えを汚す愚か者が!」



 怒気の孕んだ低い声で意識のない男たちにそう言い放った。



(こんな事したって……何も変わらないだろうに……何してんだか)



 そう思いながらその場を後にしようとした時、何かが脚に抱き付いてきた。下へ顔を向けると、そこには強姦されかけた現地人女性がいた。彼女は必死に自分の脚に抱きついてはなさなかった。



「な……」



 なんとか振り払おうとしたが、思ったよにも強く抱きついており全く解ける気がしない。流石に女性を殴る趣味はない為、どうしようか困り果てていた時、女性が涙ぐんだ声を必死に絞りだして言った。



「こわ、かった……怖がっだよぉ〜うわぁぁぁぁぁぁぁ!」



 彼女は大粒の涙を流しながらそう言った。


 その瞬間、何かわからないが、何故かは分からないが、心がスーッと浄化されていくような感覚を覚えた。


 気が付けば自分はポロポロと涙を零していた。


 それから少し経った後、偶々近くを通っていたナスレスが此方に気付いてやってきた。最初は彼も目の前の状況に驚いていた。


 それもそうだ。


 地面に倒れるレムリア人たち。


 ボロボロの服を着た現地人女性が友の脚に抱き着いてわんわん泣いている。


 そして一人呆然と立ち尽くす友は無表情で女性を見つめながらポロポロと涙を流していた。


 明らかに異様な光景過ぎる。


 それから暫く経ってアリアと結婚した。


 あの時助けた現地人がアリアだった。


 当然、両親からは反対された。

 野蛮人と結婚するなど認めない! って怒ってた。生涯を愛すると誓った女を野蛮人と罵る親を親と見れなくった私は、こっちから絶縁した。


 祝ってくれたのは親友と言える数人と部下たちだけだった。


 現地人と結婚する事は違法ではないし、認められない訳はない。しかし、実際に現地人と結婚するレムリア人は少ない。


 当然、世間からの声は冷たい。


 妻が居住区へ来てからは最初、近所の奥さん達からの無視や陰湿な悪口、根も葉もない悪い噂を流されたりもした。家の塀に『くたばれ野蛮人!』とも書かれた事も何回かあった。


 しかし、弱音一つ吐かない真摯な妻の姿に周りの人たちが段々と妻を認め始めた。それどころか、自分たちがしてきた扱いは酷いものだったと謝ってきたのだ。


 以降、妻は居住区では一番人気の存在となった。友達も沢山増えた。子供も産まれた。


 少し前なら考えられない光景だった。


 しかし、国や種族は違えども分かり合える時は来る。あの時の私の信仰心、そして行動は間違いではなかったと実感出来た。


 そして一年前、レムリアは帝国へと生まれ変わり、様々な法律の改正が行われた。


 その中の一つに現地人への不当な扱いや差別の禁止する法律が立てられた。


 更に、現地へ皇帝陛下が視察に来た際、基地での演説でこう言い残した。



『生まれや出で立ちは違えど、同じメルエラ教を信仰する同門である! 仲間である! 共に信仰する者を迫害する者は……神メルエラの教えを

汚す大罪人と知れ!』



 素晴らしい演説だった。


 これもあって、今ではあの時のような光景を見る事は少なくなった。


 自分の世界を救ってくれた神に。

 そして、醜い世を浄化してくれた皇帝に。


 ただただ…感謝する毎日だ。






 ーー

 ー




 〜〜第4節ミズガル期 陽22日


 あれから一週間。早いものだ。


 今日は明朝からの出撃だ。

 多分、現地では日記を書く暇はないだろう。


 激戦となるか、それとも呆気なく終わるか分からない。だが、一つだけ言えることがある。


 私はこれから……人を殺しに行くのだ。


 だが相手は異端国家群。

 言わば敵対武装勢力だ。


 異教徒であり牙を向ける敵であるならば、神の為、国の為、そして家族を守る為に武器を持って戦おう。


 しかし、どうしても考えてしまう。


 異端者に銃口を向けると、どうしても妻が重なる。違うと分かっていても、やはりこれはマズイ事なのかもしれない。


 でも引き返すわけにもいかない。


 まだ陽も上る前、寝入っている子供達にキスをした。これは私から子供達へのお祈りでもある。


 またここへ戻って来れるように、と。


 あまり長くは書き残さない。


 外に迎えの軍用車を待たせてしまっているからだ。


 今日の日記はここまでとする。


 これが最後の日記にならない事を神に祈ろう。



 〜〜



 軍服に着替え、いつもより荷物が入っている大きめの鞄を肩に掛け玄関へと向かう。


 起きているのは妻だけだ。


 妻は玄関まで見送るに来た。



「じゃあ、行ってくる。具体的な帰還日時が分かったら連絡するよ」


「はい……」



 不安そうにこちらを見つめる妻を見た私は、荷物を床に置き彼女を抱きしめた。そして、彼女の唇にキスをする。



「心配ないよ……必ず戻るから」



 妻は頷いたが不安の色は消えない。私はもう一度強く抱きしめようとした時、ドアがノックされた。



「中佐、申し訳ありませんがそろそろ……」



 ドア越しに急かしてくる部下の声がする。

 やはり少し時間を掛け過ぎたようだ。



「……じゃあ、行ってくる」



 そう言って荷物を拾い、踵を返した。

 その時、妻が背後から抱き着いて来た。

 まわされた妻の腕はほっそりしているが、力強く……そして震えていた。



「あの時以来……貴方が信仰や軍務に尽くしていたのは分かってます。そして子どもたちの父親としての役目も、夫としての役目も」



 震えた声で話す妻に、私は妻の手を握っていた。



「でもこれだけは忘れないで下さい。例えどれだけ信仰に、軍務に尽くしても貴方が、貴方の心が帰る場所はいつでも、どんな時でも、私や子供達がいる場所(此処)です。忘れないで。貴方の帰る場所を」



 私はその言葉に頷き返した。

 そうだ。此処が私の帰る場所だ。

 君がいて、アルフィがいて、アリシェがいて、みんなのいる場所こそが私の帰る場所。


 この時私は後にある言葉(・・・)を妻へ言わなかった事を深く僥倖と思う事となる。



 ーーーーーーすぐに帰ってくる。



 この言葉を伝えなくて、本当によかった。


なんとか1話分にまとめる事が出来て良かった。

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