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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第8章 接触編その2
123/161

第118話 帝国御前会議

 

 第103代前レムリア共和国大統領リグリーゼ・アル・ルデグネスは国のトップに立つには余りにも欲がなく、平凡そのものだった。悪政を働いたわけではないが、特に大きな成果を上げたわけでもない。


 彼の国民からの支持率は決して低くはない。しかし、元老院を始めとした軍上層部や国議員の評判は頗る悪かった。国の発展の為、様々な案が会議の中で出てくるが、彼はその殆どを是とせずに見送るか廃案で通してきた。


 自国には不可能を可能にする能力が、国力がある。しかし彼はそれを存分に振るわなかった。


 優柔不断、臆病者……陰ではそう呼ばれていた。


 しかし、そんな彼はもういない。


 もともと患っていた心臓病が悪化。治療の甲斐虚しく一年前に他界したのだ。


 彼の国葬が行われた。


 臆病だのと言われていてもこの国を支えてきたトップである事に変わりはない。国民全員が喪に服した大きな国葬は一週間続いた。


 棺の前で涙する親族。


 しかし、涙を流さない親族がその場に数人いた。


 その中の1人が次男バークリッド・エンラ・ルデグネスである。彼は白い花を棺の中に手向けながら心奥底で静かに呟く。



(父上……私が貴方の跡を継ぎ、この国を更に発展させてみせます。必ず)



 棺の蓋が閉められる。黒塗りの国葬車の中へと運ばれて行く父の姿を遠目で見送った。


 自らの手で謀殺した父の最期を。




 ーー

 ー


 オワリノ国の出来事から一年後。


 第2世界最強にして最大の国が大きな変貌を遂げていた。


 共和制から帝政へと変えたレムリア帝国こと第二帝国。その首都であるティル・ラ・ノーグは『神都』へと変わった。他にも政治的、軍事的な面でも様々な改革が帝政と共に大きく変化したが、人々はいつもと変わらない日々を送っていた。


 これは第二帝国初代皇帝バークリッド・エンラ・ルデグネスが長い年月を掛けて国の改革に向けありとあらゆるルートを通じて、根回しに根回しを重ねた結果、そして国の発展と繁栄、それと共に国民の生活環境や雇用率の向上、公共福祉施設やインフラの更なる充実化を実行してきた事による、国民からの圧倒的な支持率を有していたからこそである。


 故にレムリア帝国は国の中身が大きく変わったにも関わらず、大した混乱もなく過ごすことができていたのだ。





 ーー

 第2世界 レムリア帝国(第二帝国)

 神都ティル・ラ・ノーグ

 ーー


 魔法と科学が発展した世界。

 一年前までは巨大な霧の壁に囲まれていた未知なる世界。


 それが第2世界である。


 その世界の頂点に君臨する第二帝国ことレムリア帝国。その中で最も富と発展、そして繁栄が成し遂げられたと言っても過言ではない神都ティル・ラ・ノーグは、光の精霊が住まう神秘の都市と呼ばれている。空を仰げば神都を丸ごと覆う巨大なドーム型の対害魔導障壁が常時展開されている。


 魔導障壁を形成させている東西南北で分けられた四つ聖塔の頂上。其々赤、青、黄、緑色の巨大な魔導石が装飾が施されたひし形の囲いの中で光り輝いている。


 空には飛び交う多くの飛空艇。中には国旗を高らかに掲げ風になびかせる砲艦も少なくない。


 高層建築物が建ち並び、道路は凹凸が無く整備されており多くの自動車や蜥蜴車が滞ることなくスムーズに行き交う。道路の両端には柵が設置されており歩道も確保されている。


 富と繁栄、栄華の結晶とも言えるこの国、この都市の中枢、大聖城エル・ディオス。建国時に建てられたこの巨城は昔と変わらず華美かつ神聖で享楽的な雰囲気を漂わせる造りは初めて見る者を圧倒させる。







 ーー

 ー



 そんな神都内に佇む一軒の喫茶店。アンティークな作りは時代を感じさせ、尚且つ落ち着いた雰囲気に溢れている。


 店の中はテーブル席やカウンター席も客で一杯になっていた。席に着けなかった人々はその場で立ってカップに注がれた飲み物を口へ運びながら談笑していた。


 しかし、このような店は神都内では特に珍しくはない平凡な店の一つである。ではなぜ、ここに人々が集うのか。皆がモーニングカフェを楽しむ為ではない。



「おい、そろそろじゃないのか?」


店長(マスター)! ラジオラジオ!」


「フフフ、はいはい」



 店長が店に唯一置いてあるラジオを調整すると、そこから美しい鐘の音が聞こえてきた。その鐘の音はラジオからだけでなく、外からも僅かながらに聞こえてくる。


 客たちは一切に談笑を止めて、持っていたカップをカウンターやテーブルに置いた。



「神に祈りを……尊き大神官アルシェラ様による聖書の朗読に耳を」



 皆が目を閉じ、両の手を組んだ。その組まれた手を静かに額へと当てる。中にはメルエラ教のシンボルである教紋を象ったロザリオを握っている者も少なくない。


 ラジオから美しい女性の声が聞こえてきた。



『偉大なる神メルエラは言った。〝如何に眼前の悪魔が恐ろしくとも目を背けてはならない。如何に眼前の悪魔が誘言を口にしても惑わされてはならない。我を信じ、我を敬う者に我は手を差し伸ばそう。我は常にあなたの側にいる。……メルエラ聖書 イェネルフの伝言』



 思わずウットリとしてしまう程の甘く美しい

 声は、ゆっくりと丁寧に聖書を朗読していた。


 10分、20分、30分と時間が過ぎていく。聞こえてくるのは僅かな風の音と大神官の彼女の美声のみ。



『神の目には無垢なる信仰者が尊く、愛おしい存在に映る。何も恐れることは無く、神は常に側に在る。全ての木々は人なのだ。その木々を彩るは花であり、花は栄光と誇りを意味する。主が息吹くその風が木々を育て、花々を美しく靡かせる。我らは枯れ果てる……しかし、神々の寵愛たる息吹は変わること無く我らに吹いてくるだろう』



 誰1人として私語を口にする者は、少なくともこの店内にはいない。中には静かに涙を流す者もいる。


 店の外へ出て見れば多くの人々が祈りを捧げているが、皆が立ち止まり祈りを捧げているわけではなかった。


 神都中に聞こえてくる聖教放送に耳を傾けてながら黙々と仕事をこなす人や忙しく走り回る人、車を運転する人などは例外だった。


 静かに祈りの体勢で放送を聞く者は余裕のある人のみで、それ以外の人々は心の中で祈るか放送を聞くだけでも信仰であるという。尤もこれは物理や仕事効率の低下防止、更に事故防止の為でもある。



『ーー多くの生きとし生けるものに神の恩寵があらんことを……』



 再び鐘が鳴り響くと人々は何時もの日常へと戻り始めた。皆の心には絶対にして唯一の神であるメルエラに対する信仰心で満たされていた。








 ーー

 レムリア帝国(第二帝国)

 神都ティル・ラ・ノーグ

 大聖堂

 ーー


 神都の中でも大聖城の次に目立つ大きく聳える建物。中央に建てた鐘の塔。その左右には鐘の塔よりも少しははがり大きい塔が建てられている。


 ステンドグラスが張られ、壁や入口などには精匠な造りの装飾や神メルエラの像が見られる。


 出入り口へと繋がる大階段には多くの人々が行き交っている。彼らがそこへ訪れる目的はただ一つ。


 神メルエラに最も近いとされる場所で、その神に祈りを、信仰を捧げる為である。


 大聖堂。


 レムリア帝国が古来より誇る神聖なる建物だ。





 ーー

 ー


 余計な装飾品や美術品は一切ない。しかし、その部屋は確かに上品で高級感あふれる雰囲気を感じさせる。


 大聖堂の大神官室。


 レムリア帝国聖典省最高責任者兼聖レムリア教大神官のアルシェラは、マイクが置かれたデスクに座り、開かれた厚い聖書にその優しい視線を向けながら丁寧な口調で読み上げていく。



「……神の恩寵があらんことを」



 聖書を読み終えたアルシェラは静かに聖書を閉じ、マイクのスイッチを切る。



「お疲れ様でした、大神官様」


「お疲れ様です」



 教服を纏った聖堂員たちが労いの言葉を掛けてくる。アルシェラは彼らに対し優しい笑みを向けた。



「ありがとうございます。あら? 今時間は……」


「既に9時を過ぎております」


「まぁ大変! 今日は9時半から帝国御前会議がありましたのに」


「ですが、聖典省と魔道科学省は会議参加には多少の遅れても構わない、と皇帝陛下が仰っていたではありませんか?」


「そうはいきません。この国の民達の未来を守る為の大事な会議なのです。急いで蜥蜴車の用意を」


「もう既に裏手の方で待機しております」



 アルシェラは身なりを整え、急いで聖職者たちが移動の際に利用する事となっている伝統の乗り物『蜥蜴車』に乗って移動を始めた。


 蜥蜴車の中では何度も読み返してきた聖書を開き、大聖城へと向かう。



(今日の議題の中には、確かニホン国についてもあった筈。まだあの国について知らない事が多すぎる。でも、きっとメルエラ教の素晴らしさをニホン国に伝えてみせる。聖メルエラこそが万物を救済する唯一の神であり、導きであることを)



 アルシェラの胸の中は未知の国にメルエラ教を布教し、その国を正しき道へと照らすという希望に溢れた想いで満たされていた。






 ーー

 レムリア帝国(第二帝国)

 帝国議事堂 大広間会議室

 ーー



 その城内中心部の大庭園に建てられている巨大なドーム型の建物。


 帝国議事堂。


 此処では皇帝と元老院議員たちを始め、様々な国議員たちの会議・会談の場として古来より使われ続けている。


 そして今日も各省庁長官や元老院、国議員といった帝国中の要人達が集い、帝国の行く末を決める大会議が始まろうとしていた。




 ーー

 ー



 大広間の中央。その真ん中に切り抜いたドーナッツ型の大きな円卓。切り抜かれた空間には大きな水晶玉が台座の上に置かれていた。


 そこに並べられた無数の豪華な椅子に座る各省庁長官と元老院達。円卓の四方には其々階段状の壇が置かれており、そこに国議員たちがザワザワと軽い談話をしながら座していた。


 そして、円卓に設置された椅子の中でも一際目立つ豪華な椅子に向かい1人の男が護衛を連れて現れる。その男の登場に周りの談合は一斉に止まり、静寂の間が大広間を包み込む。


 その男こそ、この国の頂点に立つ存在。レムリア帝国(第二帝国)初代皇帝、バークリッド・エンラ・ルデグネスが口を開いた。



「では皆、祈りを捧げよ」



 ゆったりとした口調で皇帝は皆に告げる。周りは一斉に立ち上がり静かに目を閉じて両の手を組んだ。組んだ手を額に付けて祈りを始める。



「真にして全なる聖主メルエラよ。主は偽りなき御方にましますが故、我らは聖主が公教殿に垂れて、論し給える御教えを曇りなき御心で信じ永遠に奉らんことを……メーラム」


「「メーラム」」



 祈りの言葉を終えると何処からか甲高い鐘の音が3回響いて聞こえた。鐘の音が聞こえなくなるまで皆は祈りの態勢を崩す事はなかった。


 そして、音が完全に聞こえなくなると全員が席に着いた。



「これより帝国御前会議を始める。今回の議題は大きく分けて3つ。各省庁の状勢確認、来月

 に控えた『聖教国家連盟会議(聖国会議)』の件、最後は未だ大した接触のないニホン国について、だ。では先ず各省庁長官から現状に関する状勢を聞かせてもらうとしよう」



 会議は椅子から立ち上がった国防省長官の言葉から幕が上がった。



「では、国防省長官のラザムから報告させていただきます。現在第二帝国は改革前と以前変わらぬ治安を維持しております。辺境の町や村に至るまで暴動の類が起きたという報告は一切出ておりません。続きましては国家防衛体制についての見直しを計り、神都を始めとした重要拠点都市を優先的に防衛体制を強化を実施しました」


「ふむ。具体的にはどのような都市だ?」


「ハッ。商業交易都市の『アルケ』、『ガブリラ』、『ルエミカ』。工業産業都市の『アルヒャイ』、『プリシパル』。軍事都市『ヴァッチェス』、『デュナメイ』、『ミスナデュ』。港湾都市『ニオミド』、『キュリオス』……以上十都市です」


「うむ。素晴らしい働きだ。流石だなラザム」


「ハッ! ありがとうございます」


「では国防費を3%増量し、更なる軍備増強に取り掛かるのだ」


「ハッ!」



 ラザムは胸に片手を当てて恭しく頭を下げ、席に着いた。



「では次に財務省長官のラミートが。現在我が国が更なる強大国へ遂げた事で聖国連でも我々との距離を置きつつあった多数の国家が我先にと我が国との国交強化に出てきました」


「……無闇やたらと相手にしたわけではあるまい?」


「無論でございます。外務省長官のカリアと共に厳選した国のみ対処しました。インフラ設備に輸出入の増強。お陰で我が国の雇用率、国家経済成長率は右肩上がりでございます」


「うむ。引き続き頼むぞ。分かっているとは思うが、甘い汁ばかりを与えてはならんぞ?」


「ハッ! 心得ております……ラザム」


「ふふ……ハイ」



 不敵な笑みを向け合う2人を見て、皇帝は満足げに頷いた。



「次は私、外務省長官カリアが報告させていただきます。大まかなところはラミートと同じです。霧の外、外界の国との国交も数える程度ではありますが第三国の仲介で少しずつその目処が立ちつつあります。ですが、未だに外界の列強国とは国交はおろか接触の機会もありません」


「焦る必要はないぞ、カリア。機会を見るのだ。今はまだ無理に接点を得ようとする必要はない。良いな?」


「ハッ!」


「うむ。では次は……」


「皇帝陛下。申し訳ございません。魔導科学省のスヴェン様と聖典省長官のアルシェラ様は、まだ御到着されておりません」


「む? そうなのか。ならば仕方あるまい。2人の報告は後ほど伺うものとー」


「失礼致します。陛下、魔導科学省のスヴェン様が御見えになられました」



 従者の言葉に大広間の出入り口に多くの視線が集まる。暫くしないうち、重厚な扉が軋むような音を立てながらゆっくりと開いた。


 カツンカツンッと靴音が聞こてくる。


 周りの国議員達の表情はどこか不快染みていた。いくら長官の座を得ているとはいえ、国内最重要会議である御前会議に堂々と遅れて来ることが納得いかなかった。


 しかし、だからと言ってそれをどうこう言う資格がない事は重々承知済みだった。何故なら、彼……魔導科学省長官のスヴェンは栄誉賞を数度受賞した帝国発展の貢献人だからだ。噂では皇帝とも個人的な関係を持っているとも言われている。


 帝国の英雄。そんな彼を咎めることができる者など、同格の役職を持つ者でもほんの数人しかいないだろう。だからこそ、皆が彼に対する険悪感を胸中にしまっているのだ。



「魔鉱石から発生するエネルギーを分子レベルまで解明すれば何かしらの糸口がみつかるのか? そう遠からずこの国は深刻な魔鉱石不足に陥る。ではそれを回避する為にするべきことは魔鉱石に代わる新たなエネルギーの開発を本格的に進めるべきではないか? そうだ、それが良い。ではその代わりのなる燃料とは何だ?魔鉱石に足るエネルギーなどこの世に存在するのか? 遥か彼方の天空…漆黒の世界への到達すら後一歩のところで頓挫しているのだ。否、後一歩のところまで魔鉱石の可能性を引き出した事を喜ぶべきか? いやいや、そんな事よりも新たなエネルギー資源を見つけることが何よりも重要だ。敢えて大昔のエネルギー資源を活用する手は……ダメだ悪手過ぎる。ではー」



 胸くらいまである長い髭を撫でながらブツブツと独り言を話す白髪の老人が現れた。身につけている衣服は立派だが、所々に機械油に近い汚れが見られる。その姿はハッキリ言ってこの場には相応しくない薄汚れている。が、当然のことながらそれに文句を言う者は1人もいない。


 彼こそこの国の至宝と言われている大魔導科学者。レムリア帝国魔導科学省長官兼ハルドロク魔導科学技術開発局局長のルシッド・タブラン・スヴェン。



「そうだ、そうだとも。我々人類がやらずして誰がやる。いずれ世界に轟かせるのだ。人類はこのような狭い世界ではなく、遥か彼方の天の果てまで進むことが出来ることを。証明するのだ。人類には無限の可能性があることを」


「流石だな、スヴェンよ。お前のその天井知らずの探究心には敬服する」



 皇帝の言葉でようやくスヴェンは独り言をやめて初めて誰か(皇帝)へ視線を合わせた。



「やぁバークリッド、我が友よ。相変わらずその服似合わんな」



 あまりにも馴れ馴れしく、あまりにも無礼極まる彼の発言に一瞬場の空気が凍った。あの男がいくら高官の人間でも言って良いことと悪い事がある。あの男が不敬罪で死刑宣告を受けるのは間違いないだろう。


 っと考えていたのはまだ国議員としてはまだ若い者だけだった。


 長くこの仕事に就いている者達は知っている。


 例えどれだけ無礼な口調でもあの男が皇帝から死刑宣告を受ける事はまず無い。



「フッ。相変わらず手厳しいな、スヴェン。私とて好きでこんな堅苦しい服を着ているわけではない。もっと動き易い服の方が好みだ。まぁ、国のトップに立つ者として身なりに気を付けなければならないのは重々承知の上だが」


「ハハハハッ! お前も苦労が絶えんなバークリッドいや、皇帝陛下。流石にこの場では敬う口調で話すべきであったな。申し訳ありません」


「ふふ、そうだな。頼む」


「『頼む』など勿体無い。陛下はたんと命じてくれださらばそれで良いのです」


「むぅ、そうか……ふふふ」


「ふふふ、ハーッハッハッハッハッ!」



 2人のやり取りはまるで酒場で出会った友人同士の様な砕けたやり取りだった。長官級の者達は特に気にも留めずに2人のやり取りを眺めていた。


 皇帝陛下は有能な者には例え平民であっても相応の役職と報酬を与えて下さる御方。改革後、皇帝陛下へ直接意見できる高官が数名おり、スヴェンもその1人である。



「さて早速だが、君の報告を聞かせてもらえるかな?」


「……では此方を見ていただきたい。」



 スヴェンは懐から小さな筒型の容器を取り出した。中には淡く光るひし形のクリスタルが入っていた。彼はそれを円卓に備えられていた窪みに容器を嵌め込んだ。


 すると、くり抜かれた円卓の中心部に置かれた球体の水晶玉が輝きを増し、光の粒子となって立体映像が浮かび出てきた。



「先ず此方を見てもらいたい。このグラフは我が国で毎年消費される魔鉱石の数です」


「ふむ……確かに膨大な数だ。が、規定量を超えているモノは一つもないではないか?」


「確かに。数は増えてはいないが減ってもいない。数十年前から変わらない量だが」


「えぇそうです。では次のグラフを」



 立体映像の表示が流れる砂のように変わる。



「これが一体何のグラフか、分かる人はいるかね?」



 そこに映し出されたグラフは先ほどとは打って変わって何かが減少している(・・・・・・・・・)グラフだった。周りの国議員や長官達は一体何を表したグラフなのかが分からず、無駄にザワつくだけだった。



「答えを聞きたい……スヴェン」


「ハッ。これは採掘された魔鉱石から発生するエネルギー量のグラフです」


「なんと!」



 周りのざわめきが一気に強くなる。



「採掘量は変わらないというのに、エネルギー量が減少しているのか」


「しかし、その減少率は微々たるもの。今すぐに魔鉱石を主力エネルギーとしているほぼ全ての国に問題が起きるほどではー」


「ラザムよ、貴方のその考え方は危険意識の無い愚考であると言っておこう」


「なに?」



 スヴェンが呆れたようにラザムに一瞥しながら彼の言葉を遮る。突然の辛辣な発言に思わず不快感をあらわにするラザムであったが、何故自身の発言が愚考なのか分からなかった。


 彼の意見に素直に耳を傾ける。



「良いですか? このグラフを見て分かる通り、これは過去10年以内に起きた出来事です。魔鉱石のエネルギー活用はこの国がこの世界へ転移してから50数年後から始まりました。その時から長い年月を掛けて今日まで、その採掘量及び消費量は4度にも渡る大戦を経てかなりの数となりました。更に、魔鉱石を主力エネルギーとして活用する国も増え続けています」


「それは理解出来る。歴史書では魔鉱石は以前我らがいた世界には存在しない鉱物。それに秘められた高エネルギーは正に人類の未来を築く為に必要なー」


「その人類の未来を築く鉱物の力が10年前から急速に衰え始めているのです」


「「ッ!」」



 会議室にいるほぼ全ての者が言葉を失った。ここにきて初めて彼の危惧している事態に気づいた者も多い。



「その減少率はグラフの結果だけを見れば微々たるものと捉えるでしょう。しかし、これがここ10年前から始まった確実な劣化を示すグラフと分かれば、事態が如何に深刻か御理解いただけるものと思われます」


「つ、つまりこれは」


「そう遠くない未来……この国を始めとした多くの国が深刻な、そう極めて深刻なエネルギー不足に陥るでしょう。魔鉱石の劣化スピードは不規則的且つ確実です。その未来は早ければ10年いや、最悪もっと早い時期に訪れるでしょう。そうなれば人類の発展どころではありません」


「僅かな資源を求めた醜い争が起きるというわけか」



 皇帝は神妙な面持ちで口に出す。誰かが唾を嚥下する音も聞こえるほどの静寂が大広間を覆った。



「それでスヴェン、お前達は何かしらの対策を始めているのか? 無論、此方はエネルギーの節約という面で協力をするが」


「エネルギー量の節約、という面では些か同意しかねます。聖国連の国々に何かしらの懸念や不安感を与える可能性が高いでしょう。最悪、異端国家(ヘリジア)に知られればただでさえ手を焼いている激戦地が更に激しさを増し、魔鉱石の輸入ルートや採掘場の襲撃も本格的に視野に入れて来るでしょう」


「ふむ。下手な弱みは見せられない……か」


「対策としましては私の管轄下である魔導技術開発局……テベリア研究所にて、魔鉱石のエネルギーの劣化を防ぐ為の研究から人工的に魔鉱石を産み出す研究、更に魔鉱石に代わる新たなエネルギー資源となる可能性を持つモノの研究を行っております。期待に添えるような結果はまだ出ていませんが」


「よい。そのまま研究を続けよ。必要であれば予算を増やすことも視野に入れ検討する。他にはあるか?」


「ハッ、聖鋭騎士団(クルセイダーズ)の件ですが、最終試験を見事にクリアいたしました」



 この報告に皇帝は今日一番の笑みを浮かべ満足そうに頷いた。周りの高官や国議員達からも期待に胸を膨らませる報告に笑みを見せる者も少なくない。



「それは最高の報告だ。遂に我が国は1世紀以上前から計画していた最強の特殊部隊、聖鋭騎士団(クルセイダーズ)を設立し、完璧なモノと化す事が出来た。これで更に我が国の軍事的優位性が1つ増した事になる」



「おぉ!」という希望に満ちた声が聞こえて来る。更に付け加える様にスヴェンが口を開き、別の立体映像を映し始めた。



「では最後に…この世界の近代文明国であれば必ず、そう必ずぶつかる障害の1つ……『ミスリル地帯』。飛空艇に必要不可欠な『飛行石』の効果を無力化する魔鉱石ミスリル。これを利用した異端国家(ヘリジア)供の戦法には中々苦しめられてきたが、もうその心配は御座いません。対ミスリル用飛行石は既に量産体制にまで進める事が可能となりました。これで奴らが幾らミスリル地帯を利用した戦法を立てたとしても、此方は圧倒的に有利な飛空戦艦で絨毯爆撃を敷く事が可能となりました」



 周囲から喜びの声が上がる。この反応にスヴェンも満足したように僅かだかほくそ笑んだ。



「実に……実に素晴らしい功績だ、Dr.スヴェン。お前の頭脳と行動力をどういうわけか危惧した父上の考えはやはり分からない。改めて言おう、スヴェン。お前に魔導科学省長官の役を与えた時と同じ言葉を、だ」



 皇帝は椅子から立ち上がり彼の元へ歩み寄る。それに気付いたスヴェンは直ぐに片膝を付けて跪いた。



「お前の力はこの国をさらなる高みへ、さらなる栄光へと導く! 正にお前はこの国の至宝! 偉大なる神メルエラに感謝を!」


「勿体無き御言葉……ありがとうございます」



 気が付くと周りからは拍手喝采の音で満たされていた。中には感激のあまりに泣き出す者もいる。「それもその通りだろう」と皇帝とスヴェンは思った。


 この国を始めとする聖国連の国々が脅威とみなしている異端国家群に対し王手とも言える手段を手に入れたのだから。


 しかし、この拍手喝采の間は1人の女性の声でかき消された。



「Dr.スヴェン、何を愚かなことを言っているのです!!」



 一瞬で静まり返る大広間。皆が声の聞こえたドアの向こう側へ恐る恐る顔を向ける。その声の主は皆の耳にしっかりと記憶された…よく聞く声だった。



「例え異端国家群が相手だとしても、救いの手を差し伸べる事が神メルエラの御意志である事が解らないのですか!?」



 声の主は煌めく純白の法衣を身に纏う美の化身とも言える女性。


 レムリア帝国聖典省最高責任者兼レムリア教大神官のカミーラ・レ・アルシェラが、静かであり急いでいる様な足取りでスヴェンの元へと歩み寄る。すぐ側に居る皇帝に軽く頭を会釈するだけで、その前を通り過ぎる。皇帝はやれやれと言わんばかりに軽い溜息を吐いた。


 この場に慣れていないもの達はこのやり取りで初めて気付いたのだ。


 彼女もスヴェンと同格の、皇帝の信頼を得ている存在なのだ、と。



「聞こえているのでしょう、スヴェン! Dr.スヴェン!」



 その顔は間違いなく怒っているのだが、あまりにも美しい女性ではその怒った表情すら愛おしくも尊く感じてしまうほどの魅力がある。


 彼女が自分に近付いてくる事に気付いたスヴェンは、片膝を床に付けた状態から立ち上がると周りに聞こえない程度の舌打ちをする。



「Dr.スヴェン!」


「これはこれは、大神官殿。今日も相変わらずお美しい。また会議に随分と遅れましたな。いやなぁに、私も同じでー」


「遅れて来た事に関しては陳謝します。しかし、貴方の発言は聞き捨て出来ません」


「はて? 一体、何のことやら。」



 スヴェンはワザとらしく首を傾げた。あまりな態度に呆れたアルシェラは深い溜息を吐いてしまう。



「力に対し力で対抗してはまた更なる力で返されるだけです。異なる文化や価値観も持っている者には心と心、言葉と言葉、つまり血を流さない『対話』という方法こそ、神メルエラが我らに与えられた使命なのです。それを貴方はー」


「世間知らずのお嬢様はこれだから困りますなぁ。例え聖典省のトップに付くものがこれでは部下に示しがつかないのではないのかね? 宗教に御熱心なのは別に構わないが、それで国の発展を阻害するような発言は控えていただきたい。そもそも、『力に対し力で対抗してはならない』というのは未だ神官達や学者達からも諸説ありの不確定な内容ではないのかね?」


「私の出自は関係ありませんし、神官や信者達からの絆は堅固です。貴方の言う諸説については否定しませんが、そうではない、という根拠もありません。貴方のそのような発言は信者達を酷く惑わせるものです。撤回を求めます」


「撤回? 御冗談を。私は事実を申したまでです。それに貴方の言う『対話』に関しても意を唱えさせて頂きます。『対話』とは相手と同じ場、つまりは同格以上の実力を有した時のみその効果を発揮します。相手と拮抗した実力、もしくは下の時は効果は発揮されません。要は『力』が全てなのです。私の行動はそれに繋がるもの。大神官殿、分かっていただけましたかな?」

 


 大神官が何か反論するより前に皇帝が2人の間に入り諌める。



「やめよ。全く騒々しい。お前達は出会うたび、会話をするたびに言い争いをするな」


「しかし!」


「その続きはまた今度にせよ。宗教観念を無視するつもりも神メルエラを軽んじるわけでは毛頭ないが、重要な事が何なのかを見誤るな」


「も、申し訳ありません」



 大神官アルシェラは膝を付けて頭を下げる。彼女に続きスヴェンも膝をつく。一先ず、何時もの言い争いが終わったことにホッと胸を撫で下ろす一同。


 2人に席に戻るよう促し、皇帝は大神官に報告の有無を確認する。



「それでアルシェラよ。何か報告はあるか?」


「聖典省としてはとりわけ問題は御座いません」


「ふむ。数ある省庁の中でも聖典は比較的平和だからな。何か問題が起きること自体殆どないだろう」


「ハッ。ですが、陛下にお願いしたい議がございます」


「む? 申してみよ」


「ハッ。聖典省から数名、外界へ宣教師として送りたいと考えております。外界では未だに醜い争いが、此処よりも多いと聞いております。一刻も早く、メルエラ教の素晴らしさと平和への祈りを伝え、多くの罪なき者達を救いたいのです」


「ふむ。お前の気持ちは十分に理解出来る。が、却下だ。未だあの世界は未知数。あまり出すぎた行為は却って不味い事に繋がりかねない。しかし、外務省の働きでいくつかの弱小文明国家との間接的な繋がりを得ている。そこからであれば良いだろう。ただし、逐一私までの細かな報告を行う事だ。重要な件から街の噂レベルまでの報告を、だ。良いな?」


「ハッ。ありがとうございます」



 大神官は頭を下げ皇帝に礼を述べる。



「では次……聖国会議についてだが、これは異端国家群への対処の一環として、スヴェンの研究成果を試させてもらう点で行こうと考えている。アルシェラ以外で異論のある者は?」



 誰も手をあげることは無かった。大神官は何かを言いたげな視線を向けてくるが皇帝はコレを無視し、話を続ける。



「ふむ。では最後の議題……同じ転移国家、ニホン国についてだが、未だ我が国はニホン国はおろかその他の列強国とすら国交を得ていない。向こうから何かしらの接触があれば此方も出て対処はするが、今は静観し且つ情報収集に専念せよ」


「「ハッ!」」


「言わずもがな……敵国と捉えるのは早計だ。格下であるという事も、だ。相手を知らずして己の優位性を勝手に見出す行為は愚者であると知れ! では各々のやるべき事に尽力を注げ!全ては我が国の栄光の為! そして、神メルエラの為に! 偉大なる主に栄光を(エル・ラ・メルィーラ)!」


「「エル・ラ・メルィーラ!」」


「エル・ラ・メルィーラ!」


「エル・ラ・メルィーラ!」



 大広間中に熱気に満ちた声が一斉に響き渡る。皇帝が皆に向けて手を挙げ高らかに宣言すると、周りは一斉に立ちあがり右手を胸に当てる。


 未だ祈りの言葉で大広間が覆う中、皇帝の背後の影から片膝を付く1人の人影が現れた。皇帝はそれに一瞥するわけでもなく呟くように話しかける。



「アルシェラとスヴェンには私から伝える。一時間後に他の者たちを私の書斎室まで来るように伝えてくれ」


「ハッ」


「それから、一年前から外界から現れたとされる隠密部隊については何か分かったか?」


「……申し訳御座いません。未だ正体は掴めておりません。が、かなりの手練れのようで……道具、足跡、排泄物すら残しておりません」


「そうか。一人でも捕らえることが出来れば最高なのだが……お前達でさえ一年以上かけても足取り1つ掴めない程だ。仕方がないとはいえ、早急に何かしらの情報を得よ。もうじき何かしらの変化がこの世界に起きてもおかしくはないのだからな」


「必ずや捕らえてみせます」



 それは深く頭を下げるとまるで最初から何もなかったかのように消えていた。周りの熱気は未だに冷めやらない。



(ヴァルキア大帝国を滅ぼす事は決定事項として……ニホン国、か。情報が足りん。あまりにも未知数。しかし僅かな情報だけで考察すれば、かなり手強い国のようだな。最低でも我が国と友好関係、最高の結果としては属国か? いずれにせよ、あの国と有利に事を進める為には情報が必要だ)



 そして1時間後、皇帝書斎室に彼の腹心達が集う事となる。


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