第117話 天獄の最期
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明朝。まだ肌寒い朝霧が戦場跡と化した城下町を覆う時間帯に天獄一派の聖天衆達が、城門から少し離れた広場に整列していた。
「今日という日をどれほど待ちわびたことか! 亜闍梨・天獄様の導きのもと、唯一神メルエラの教えと栄光の為に我らは血の滲むような鍛錬を続けてきた! 素晴らしくも尊いメルエラの救い手を拒み、楯突くという大罪を犯す異端者達の魂を救済する為に! その第一歩がこのオワリノ国、オダ・ノブタケとその一派だ!」
聖天衆の1人にして天獄一派の最高戦力である四鬼王の1人、刄鬼の言葉を皆が使命感に満ちた目で聞き入っている。
「恐れる事はない! 我らは選ばれし集団! 異端者が振るう刃や弾丸を受けたとしても、我らに痛みや苦痛など無い! 痛みに悶え苦しむのは聖なる力を宿す我らでは無く奴等なのだ! さぁ、行くぞ! 異端者どもの魂を救済するのだ!」
刄鬼が腰に差していた刀を抜いて高らかに宣言すると、周りから銅鑼を叩いたかのようなけたたましい声が一斉に上がる。
(俺たちは陽動だ。別働隊を率いた眞鬼と剛鬼が例の通路を使って内部に入る。髏鬼と鬼亜羅の2人が要注意だが…問題は無かろう)
刄鬼を先頭とした城門侵攻部隊の聖天衆達は一斉に城門へ向けて駆け出し始めた。
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城門内側の見張り台に配置されていた兵が望遠鏡越しに迫り来る聖天衆を捉えた。
「来たゾォ!」
見張り台の兵の声を皮切りに城内が一気に騒がしくなった。敵襲を知らせる鐘が鳴り響き、いつでも配置につける準備をしていた兵達がガチャガチャと鎧甲冑の音を鳴らしながら刀や槍、弓矢などを持って駆けていく。
「作戦通りで行くぞ! 弓隊、鉄砲隊は城壁の上から狙い撃て! 残りは城門を打ち破ってくる敵を迎え討つ!」
オダ・ノブタケの腹心、三士の1人である髏鬼が指示を出す。兵達は無駄のない動きで命令通りの各々の場所へ向かっていく。
髏鬼自身は比較的軽装で、防御よりも機動力を重視した装備だった。その手に持つ一際立派な刀を握りしめて、城門内側前へと移動する。
(我々は我々にしか出来ない使命を果たすのみ)
「放てェ!」
指揮官の掛け声と同時に城壁の上から一斉に鉄砲玉と矢玉が迫り来る聖天衆向けて放たれた。火縄式の銃独特の弾かれた火薬の音と空を切る
矢の音が離れた所からでも聞こえてくる。
内側で侵入してくる敵を迎え討つ態勢を整えていた武将やその他兵士達は敵が断末魔の叫び声が聞こえてくることを期待していた。
しかし、聞こえて来たのは金属と金属がぶつかる音ばかりで、悲鳴は聞こえなかった。距離は間違いなく射程内の筈。多少外れる事は分かっているにしても全く当たらないと言うのはあまりにもおかしい。
地上にいた武将の1人が城壁上で鉄砲隊や弓隊の指揮をしていた指揮官に顔を向ける。城壁の上にいた指揮官は困惑した表情で下にいた兵達に向けて声を上げた。
「た、盾だ! 南蛮胴具を!」
「な、なに?」
先頭を駆ける刄鬼を始めとした聖天衆全員がその手に南蛮胴具を盾のように構えながら走って来ていた。鉄砲玉と矢玉を弾いた正体は盾のように使っていたあの南蛮胴だったのだ。
南蛮胴は前面中央部が鋭角に盛り上がっており、鉄砲玉や矢玉を防いでいた。
「あの鎧……六代目が好んで使っていた南蛮胴を上手く利用して来たか。おのれェ!」
城壁上からは矢継ぎ早に鉄砲玉を撃ち込む音が聞こえてくる。何度か敵側から短い悲鳴が聞こえてくるが、明らかにあの人数を十分に減らせるほどの数ではない。
「うわぁ!」
「ぎゃあ!」
今度はかなり近くから悲鳴が聞こえて来たが、その悲鳴は城壁上にいた兵士達だと気付いた。力無く城壁上から真っ逆さまに落ちて来た兵士達の体には無数の矢が刺さっていた。通常の矢と比べて半分ほどの短さから見て、敵は片手式の弩弓を用いて撃ってきていると分かった。
敵側の悲鳴に対し圧倒的にやられているのは此方側だ。
数では優っても質の面では聖天衆らの方が上なのは明らか。その事実を面と向かって思い知らされると悔しさでギリリと歯を噛んだ。
その時、周囲が急に喧騒を増した。反射的に城壁上へ顔を向けるとそこでは兵士達と聖天衆達が混戦していた光景が目に映った。ハシゴが見えないのは鉤爪付きの紐で登って来たからだろう。
城壁上に登って来たのはまだ14、5人ほどだが、殆ど無駄のない動きで既に多くの仲間を斬り殺している。刀と刀がぶつかり合う。肉が、鎧が切り裂く音、飛び散る血飛沫、断末魔の叫びが地上にいる者たちの耳に入る。
血の池と化した城壁上で倒れ臥すのは味方ばかり。
非常に、そう非常に憎たらしく無念であるが個の強さは圧倒的に聖天衆が上だ。
(まさかここまでに練度の差があるとは……)
今日まで聖天衆との直接的な衝突は殆どなく、あったとしても鬼亜羅の様な国境守備隊が侵入して来た聖天衆の偵察隊と時折ぶつかる程度だ。
ある程度の個々の強さはその時の報告で耳に入っていたが、それでもまだ此方の方が上だという自負があった。
それも今、目の前の光景を見て完全に消えて無くなってしまった。
(私はとんだ間違いを……)
その時、1人の兵士を斬り伏せた聖天衆の1人が此方へ顔を向けるや否や4、5メートル近くはある城壁から飛び降り、刀を構えながら此方に走り向かって来た。
「ひぃ!」
思わず短い悲鳴が情け無くも出てしまう。しかし、それは自分だけではなかった。周りの仲間たちはすっかり腰が引けてしまい、中には武器を捨て背を向けて逃げ出す者もいた。
自分は武器を構え逃げ出さないだけでも上等だと思った。そして、目の前の男が自身の首に向け刀を振るいながら「神の御元へ!」という叫び声が聞こえた。
「あ、終わった」
そう呟いた瞬間、目の前の男が突然仰け反り倒れた。そのまま自身の足元まで転がって来た時には既に事切れていた。
男の頭部は三分の一ほど吹き飛ばされており、脳髄と血がぐちゃぐちゃに混ざり合ったものがドポドポと流れて落ちている。
彼はふと背後の二段上にある石垣を見た。
そこにはボンヤリとだが、数人の人影が伏して此方を覗いているように見えた。
そして思い出した。あそこにはー
「ニホン国? ジエイ……タイ?」
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城内へ通じる唯一場所である正門よりも二段上にあたる石垣の城壁の上で、特殊調査隊の自衛隊員、狙撃手と目標観測員が二人一組で、城門を超えて来る聖天衆達を次々と確実に射抜いている。
一人また一人と、門や壁を超えて来た聖天衆達が城門前内側で待機している兵士たちと接触するよりも前に倒れていく。
「次、2時方向……」
「了」
目標観測員の指示のもと、狙撃手がその目標に向けて標準を合わせる。現場では突如、次々と倒れ伏す仲間に困惑する聖天衆達が多く見られた。
迷い無く進むその足は、驚愕と正体不明の恐怖によって立ち止まってしまっている。狙撃手に狙われている状況下では遮蔽物が無い限り、決して止まってはならない。
止まったら最期だからだ。
そんな事実など知る由もない彼らをスコープ越しで哀れに思いながら、狙撃手の隊員は引き金を引く。
「命中……お見事」
「いいから早く次教えろ」
「へへ、了解」
狙撃手達が次々と敵を撃ち抜く中、明らかに自分たちでないにも関わらず、城門へ向かっていた後続の聖天衆達が次々とドミノ倒しのように倒れ始めた。その僅か後に、左斜め向かいの石垣から乾いた破裂音が連続して聞こえて来た。
「お? 始まったな」
その音が聞こえた方向では設置していたMINIMI軽機関銃が城門へ向かって来ていた聖天衆達に狙撃手達と同じく高所から銃弾の雨を降らせていた。
「凄え……掃討作戦だよコレ」
「城壁を越えた敵影無し……残りはMINIMIだけで終わりそうだな」
「敵影撤退を確認……って、え?」
目標観測員がレンズ越しに信じられない光景を目にした。
「敵指揮官と思われる二刀流の男が、逃げる仲間を次々と斬り倒してる」
「撤退は許さず、か? おぉ怖いねぇ」
「男もいくつかMINIMIの弾を喰らってるな。ラクにさせるか」
「了解……」
聖天衆は数が残りわずかとなったところで撤退を始めたが、その後方では重傷の指揮官と思われる男が喚き散らしながら二刀を振るい逃げる仲間を斬っていた。やがて男は仲間殺しを止めると、今度は二刀を高く構えながら走って来た。
狙撃手はその男の頭部に照準を合わせ、引き金を引いた。
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誰も予想だにしなかった事態が目の前で起こっている。数では圧倒的に劣る自分たちは個々の技量と練度の高さを使って敵を蹂躙するはずだったのだ。
現に最初は正にその通りだった。
しかし、今はどうだ?
同胞達は次々と倒れているではないか。
各人装備していた南蛮胴具で敵の鉄砲玉や矢玉を防ぐ対策を取ってきた。最初はその効果がハッキリと現れた事で同胞達の士気は高まった。
しかし、今はどうだ?
対遠距離武器用の南蛮胴具をも容易く貫通してしまう何かが同胞の血肉を、臓物を無残にも抉り、斬り裂き、破壊していく。
同胞が倒れてから聞こえてくる乾いた破裂音。
何度も何度も聞こえてくる。
続け様に何度も。
更に正体不明の攻撃は更に激しさを増した。一定感は無いものの、単発的に聞こえていた破裂音は今度は連続して聞こえ始めた。
音が聞こえた頃には更に同胞達が大勢殺されていた。
そして自分もその攻撃によって身体を貫かれてしまった。
全く見えない攻撃に成す術もなかった。
鋭く、そして重い激痛が全身を襲い気が付けば自分に伏していた。最早立ち上がる気力も無くなりつつあったその時、後続の同胞達が武器を捨てて我先にと尻尾を巻いて逃げ始めた。
我らは神の使い。神に選ばれし存在。
(異端者どもの前から逃げることは許さん!)
自身を立ち上がらせたのは気力か、はたまた信仰心か、それとも憤怒か。
逃げ惑う同胞……否、堕落者達を己が手で斬り伏せる。
どれほど斬っただろうか。
気が付けば周りには自分しかいない。
血の池と骸が散乱する場で立ち尽くしていた。
目の前の城門は…まだ開かれていない。
何としてでも此処を突破しなくてはならない。
全ては神の御意志なのだから。
私は痛みに抗いながら門に向かって走り始めた。
「うぉぉぉぉ! 神の御元へェェ!」
その時、首が千切れるかと思うほどの衝撃が頭部を襲った。しかし、不思議と痛みは微塵も感じなかった。寧ろ、つい先ほどまで身体中を襲っていた激痛が消えていたのだ。
意識も遠退く中、やっと気付いた。
自分は撃たれたのだな、と。
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喧騒に満ちた城門は今ではすっかり静寂に包まれていた。兵士たちは敵味方の遺体を片付けながら、再び敵が来ても問題無いよう出来るだけ修復作業を進めていた。
調査隊の隊員達は持ち場から離れず、高所の石垣から周囲を警戒していた。
「指揮官の話じゃ、死者は50人以上だそうだ」
「あぁ、配置されていた数の三分の一があの短時間で殺されたらしい」
「……やっぱりあの時にこちらから強く申し出た方が良かったんじゃないか?」
「仕方ない。あれ以上言い出してたら頭の固い年寄り武士達に斬り伏せられていたって鬼亜羅さんが言ってたじゃねぇか。俺らは出来るだけの事はやった」
聖天衆が城門に攻めてくる数時間前。近藤はノブタケに城門前に罠の設置と隊員を城門近くの城壁上にも隊員を配置させる旨を進言した。
圧倒的に遠距離から高火力を叩き込むシンプルな作戦だが、これが効果的だと判断しての進言だった。何よりも犠牲が最小限、もといゼロに済む方法だと。
しかし、古参の武将連中からの猛反対が出て来たのだ。特に深い意味合いは無い。
「迫り来る敵は己の刀で斬り伏せる!」
「近接戦では此方の方が勝てる!」
「城下町では油断しただけだ!」
「余所者の力に頼らずとも我らの力だけで敵を撃退できる!」
要は城下町で敵にあっさりとやられてしまった事によってノブタケの信頼を失ったと思い込み、その潰された面子を取り戻そうとしていたのだ。
つまらない意地である。
無論、ノブタケはそんなことは毛程も思ってはいない。
最初は隊員達は城内で待機するべし、という意見が占めていた。しかし、聖天衆に襲われていた子どもを隊員達に助けられたという者達が、彼らの力は信頼に足るものだと進言してくれた事で二段上の石垣から、敵が城門を超えて来た場合のみ援護を受けると妥協してくれたのだ。
オマケに鉄砲隊や弓隊などの部隊を配置する事も反対意見が出ていたが、それは流石に受理する事は出来ず、渋々賛同してくれた。
「さて……ん?」
通信員の隊員が何処からか無線を受けてそれに出ていた。周りの隊員達がその様子を見守っていると、通信を終えた彼は笑顔で答えた。
「武士の里に侵入して来た連中の迎撃成功だ。幹部連中と思われる2人も仕留めたらしい。向こうの死者はゼロらしいが、その幹部の一人と一戦交えた鬼亜羅さんが負傷したらしい」
ホッとする反面、自分達に親切にしてくれた彼女が怪我をしたと聞いてざわついた。
「だ、大丈夫なのか?」
「命に別状はないらしい。安心しろ。ただな……ププッ!」
なぜか彼は必死に笑いを堪えていた。その様子に皆は首を傾げる。
「あぁ、悪い。実はその時、彼女を助けたのがウルフだったんだ。凄かったらしいぞ。鬼亜羅さんに怪我を負わせた奴はかなりの大男だったらしいが、ウルフがそいつを思い切り投げ飛ばしらしいぞ。盛大に投げ飛ばされた大男は近くの岩に激突したらしくてな。首がえらい方向に折れていたらしい」
「ヒュー!」
「最新型のWALKERに本気で投げ飛ばされりゃあ、そうなるか。」
「しかもそれがきっかけで……鬼亜羅さんはウルフにゾッコンらしい!」
「「えぇ!?」」
一同から驚愕の声を上げる。野生的な雰囲気を持つ肉食系美女を射止めたのがまさかの人型機械。その事実に単純に驚く者、そして嫉妬心を露わにする者が悲鳴に近い声を上げる。
そんな和やかな雰囲の中、再び通信が入った。
周りは余計な音が入らないよう一瞬で静まり返る。
今度はいつも以上に真剣な表情で応答していた事にただ事でないと周りは理解した。そして、通信を終えた彼は皆に聞こえるように、しかし大きすぎない声で伝えた始めた。
「隊長からだ。今から02:00後に上から指定された場所へ移動開始。里側の隊員達には連絡済み。」
「残りの隊員達の所在、生存確認はー」
「行方不明となっていた残りの隊員達は無事保護された。その指定された場所で合流する。以上」
淡々と真剣な面持ちで受けた命令内容を告げる彼に隊員達は驚いた。突然の任務や作戦変更は幾度も経験はしている。彼らが驚いたのはその中身だった。
「ほ、他の隊員達が無事って……それに上からの指定ってー」
「疑問に思うことは分かる。だが、隊長からの命令だ。勿論、本人確認も合言葉で済んでる。あの人が嘘偽りを言う人じゃない事は知ってるだろ。まぁこの状況下で虚言を口にするアホはいないが」
色々と皆が思うところはある。が、上の指令に逆らう選択はない。
隊員達は緊張感に包まれた時間をその時まで過ごすこととなった。
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数分前
武士の里で聖天衆の迎撃に成功した余韻に浸る中、近藤は人目のつかない里から少し離れた木陰に居た。そこには近藤の他にも数人の『それら』が立っていた。
『それら』はー
全てが『黒』だった。
ーーー顔。服装。履物。そして、雰囲気や気配までもが『黒』だと感じた。
そう、別班である。
身に付けている装備品や軽火器全てが一級品でかなり手入れもされている。しかし、近藤はその装備品よりも彼らの佇まいから装備品に頼らない超一流の猛者であると直感で理解できた。
「つまり、残りの行方不明になっていた隊員達は無事保護されたのですね」
近藤は額に脂汗を滲ませながら一人の男に話し掛ける。フルフェイス型のガスマスクを装着している為、その表情を読み取る事は不可能だったがレンズ越しにほんの…気のせいかと思うほど僅かに見えた眼からはゾッとするモノを感じさせられた。
「えぇ、そうです。聖天衆なる者たちの本拠地は我々で完全制圧させていただきました。首魁の天獄は後ほどオワリノ国の王、ノブタケ氏へ身柄を引き渡す考えです。御安心下さい……隊員たちは皆ピンピンしてましたよ」
立場上、近藤は彼らの存在について認知はしていた。しかし、面と向かって話す機会はこれが初めてだった。
同じ人間……なのに人間である気がしない。
まるで人の皮を被ったバケモノ。
自分は今そんな存在達と話をしている。
「彼らとの合流地点を印したマップデータを其方に送ります。その後は我々が先導して救助船が到着する場所まで移動します。色々と現地の方々に言いたい事もあるでしょうが、その点は我々にお任せ下さい……いえ、後の事は『全て』我らにお任せを」
「りょ、了解しました。しかし、救助船が来るのですか?」
「えぇ。霧の壁は後1時間もしない内に完全に消えます。天獄という者に尋問した際に聞き出した情報です」
「きょ、虚言の可能性は?」
その時、あのマスク越しでニヤリと笑ったような気がした。
「アレを受けて虚言を吐けるほど強い精神力を持っているとは思えませんけど……ねぇ?」
「……」
近藤はそれ以上言えなかった。聞けなかった。
聞いたらまずい。
長年の経験がそう呟いている。
彼はその経験を信じ、まだ色々と言いたい事はあるがこれ以上の深入りはせず素直にしたが事にした。少なくとも信頼に足る者達であることは確かだ。
「り、了解しました。指示の通りに行動します」
「しっかりと指示は伝えました。では」
そう言い残すと、別班達は森の中へと溶け込むように消えていった。そして、近藤は彼らが
居なくなるのを確認し、心の底から安堵した。
敵でなくてよかった、と。
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(な、何が、何が起きたというのだ⁈)
両手両足をしばられた天獄は今しがた目の前で起きた出来事に理解出来ず困惑していた。
突如として現れた無数の『黒い影』がこの聖地に現れたかと思えば、何の交渉もなしに次から次へと聖天衆達や使用人達を殺し始めた。
最初こそ抵抗したがその圧倒的な強さを目の当たりにし、一目散に皆が逃げ出し始めた。
私は置いてかれた。
そして、もぬけの殻と化した屋敷の中を隠れながら脱出を試みようとするも、まるでそこにいたのが最初から分かっていたかのようにすぐに見つかってしまい、現在に至る。
無理矢理に連れて行かれ中庭へと放り投げられると、そこには自分と同じように拘束されて
いる聖天衆の者や使用人達が1箇所に集められていた。
皆が命乞いをし、神に祈りを捧げている。
無論、私も奴らに命乞いをした。
しかし、返ってきたのは言葉ではなく容赦の無い蹴りだった。それを顎にマトモに受けてしまった一人が、下顎の歯をいくつか砕かれてしまった。
必死に痛みに耐えるソイツはそのまま息絶えてしまった。そして、余計な口を出す者は皆無となった。
彼らの身に付けているもの全てが黒に染まっており、一つ一つの行動…佇まいから只者でない事は容易に伺える。手に持つ武器類も、かの国々の武器と似たような形状をしている事から、この者達が仕えている国の力はかの国々とほぼ同等であることを指している。
(い、一体何者だ?)
1人が片耳に手を当てながら何やらブツブツと呟いている。耳を済まそうとするが小さ過ぎて聞こえなかった。恐らく、誰かとやり取りしているのだろう。もしかしたら、此処に集められた際、同じく捕らわれていた数人の同胞達が何処かへと連れて行かれた為、それに関わる事なのかもしれない。
男は連絡のやり取りを終えると此方へ振り向き、少し探すように見渡すと自分に目を合わせた。
その時、背筋に冷たい何かを感じた。
「なるほど……特徴的なツノだ。アンタが天獄で良いんだな?」
私は何度も頷いた。
虚言を言えばどうなるかはさっきの部下の最期を見た為に理解している。此処は正直に答えるべきだろう。相手に素直に答えないと殺すという旨を思い知らせる為に、その者を殺したとなれば流石と言わざるを得ない。
少なくともあの者達は、自らの使命の為なら例え相手が幼子であっても何も考えず殺すだろう。
「よし、連れて行け。コイツは首魁だ、殺すんじゃないぞ」
「わかってますよ、隊長」
「他の奴らはどうします?」
「天獄から必要な情報を聞き出したあと、特に必要性が無ければ……殺せ」
「了解」
そして私は引き摺られる様に屋敷の中へと連れて行かれた。
そこから先は思い出したくもない。
敢えて言うのなら、あの者達は心の無い冷酷な悪魔だったと言っておこう。
そして、私は既に殺されていた同胞達を初めて羨ましいと思った。
彼らはこれ以上、苦しみを味わうことなどないのだから。
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一週間後。日本国は東京都にある首相官邸。そこの会議室にていつもの面々……各大臣達がコの字に設置された椅子に腰を掛けていた。
「調査隊が任務を終えて戻ってから丁度1週間が経ちました。不幸中の幸い、隊員全員の無事は確認出来ましたが、同行していたハルディーク皇国の使者3人のうち2人が死亡。1人は行方不明という結果になってしまったのは既にご存知の通り」
副総理の南原が淡々と述べていたのは一週間前、調査隊が今は消滅した霧の壁の向こう側から救出された件についてだった。
「皇国からは『気に病む必要はない』と言伝を受けているが、後から何かしらの要求をしてくる可能性は? 既にマスコミからは調査隊に戦闘行為が起きたことや、その2名が死亡した件で持ちきりだぞ?」
「可能性は無くはないが、かの国は敗戦国のレッテルを貼られたばかり。キャサリアス皇女が何かを要求してくるという安易な行動をしてくるとは思えんのだが」
「そんなことは今はどうでも良い。重要なのは霧の壁が消えた事、つまりは第2世界の件だろう?」
官房長官の小清水の言葉に南原は頷いた。
「今現在、オワリノ国が第2世界で唯一国交が樹立出来る可能性が高いと言えるでしょう。もとより、その国の国王いや、魔王陛下は我が国との友好条約に対し非常に前向きですし」
「ノブタケ魔王陛下から属国申請が来た時はどうしようかと思ったが、上手く修正出来て良かったよ。流石だね、安住」
「恐縮です、小清水さん。でも本当に大変だったんですよ? まだ色々と事の整理が終わる前に向こうから一方的に言い寄って来て、ちょっとテンパりましたよ」
「ハハッ! あの時の安住は酷かったな」
「いや、ちょ、勘弁して下さいよ」
多少場の空気が軽くなる状況となったが、それは総理大臣の広瀬の一言でつい先程までの緊張した空気へと変わる。
「さて、話を戻すか。あれから一週間、オワリノ国以外で此方側と連絡を取ろうとした国は今のところは確認できていない。コッチも向こう側に接触したと言う国の報告も聞いてない。つまり互いに情報が殆どない中でどうするか模索しているってところか? 当然、何かしらの工作員は動いてると捉えた方がいいな」
「総理。既に沖ノ鳥半島含めてこの国の防衛態勢レベルを二段上げてます。アメリカも同様です」
「うむ。野党は過剰な反応と言うがこれくらいするのが当然だな。向こう側にはどんな国がどれ程の力を持っているのか全くの未知数だしな。下手な接触は避けて安全性が確認出来次第、使者を送ってその国と少しずつ関わっていく事にしよう」
広瀬の言葉に皆が頷いた。
ひと段落したとは言え、今現在日本国には数多の問題を抱えている。焦る事なく対応する事が重要であると皆が理解している。
広瀬は此処に愚者は居らず、賢者のみがいる事に心の底から安堵した。
(ま、コッチはすでに先手打ってるけど♡)
広瀬は内心満面の笑みを浮かべながら、自国を支える影の功労者達を考えていた。
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一方その頃、日本に知らぬところ、レムリア共和国では大きなニュースが飛び交っていた。
ーーレムリア共和国第103代大統領リグリーゼ・アル・ルデグネスの死去ーー
その僅か1ヶ月後、この国は200年振りの大変動が起きていた。
バークリッド・エンラ・ルデグネスが共和制を廃止したレムリアが帝政を復活させる事を宣言したのだ。
レムリア帝国の再誕……通称『第二帝国』である。
出来るだけ長ったらしくない様にする為、なるべく不自然にならない程度でまとめました。
まとめる前で投稿すると最低でもあと10話はオワリノ国編になってしまいます。( ;´Д`)