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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第7章 オワリノ国編
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第115話 決戦に向けて

ーーオワリノ国 霧の渓谷



 一寸先も見えない深い霧の中を土瑠鬼達は進んでいた。足場の悪い場所を悠々と進む土瑠鬼は、この場所を熟知しているからこそ、迷いなく進めるのだ。



「ど、土瑠鬼様……また」


「むぅ……またか」



 部下の言葉を聞いた土瑠鬼は振り返る。そこには僅か数名の部下のみしかおらず、他には誰も居なかったのだ。



「気を付けろ……この霧は強力な魔力によって造られている。正規の道を通らなければ霧から抜ける事は出来ん。一生迷い続ける」


「じゃあ、逸れた同胞達は……」


「諦めろ」



 逸れてしまったら、土瑠鬼でさえ助けることは出来ない。霧を晴らす事が出来ても、その消えた霧と共にその物の存在も霧の中へと取り込まれてしまう為、どうしようもない。


 更に歩を進めるごとに1人、また1人と部下が消えていき、最後には彼だけとなってしまった。



「1人か」



 何を思うか土瑠鬼は、今まで来た道を振り返り眺めていた。



「俺はもう振り返るわけにはいかないんだ」



土瑠鬼は前を向き直し、目の前にある大きな洞穴へと進んで行った。


 長く広い洞穴を進んでいくにつれ、基礎的に風が洞穴の奥から吹いてくる。土瑠鬼はそれも構わずに前へ進み続けると、吹いてくる風が強くなる。


 そして最奥に辿り着くと、そこに居た巨大な存在へと目を向ける。



「お久し振りです……翁様」



 翼はボロボロとなり、かなりの老龍であることが見てわかる。大きな巨体は起こすにも一苦労で、殆ど地面を這う様な生き方しかできなくなった。しかしその目は決して死んでおらず、かつての威厳を感じさせる。


 土瑠鬼の言葉に古代龍はゆっくりと瞼を開ける。



《小僧が……我を殺しに来たか》


「申し訳ありません。これも天命と思い、往生願います」



 土瑠鬼は背中に備えた2本の大刀を抜き取る。



《そうか……友との約束を破る形になるが、これも仕方なしと彼奴は笑うだろうな。身内に裏切られるとは……同じ命運を辿るか》


「今日まで翁様はこの国を守り通して来た。約束を守る為に……しかしそれもこれまで。他の古代龍亡き今、最後の貴方はこれ以上の孤独を味わう事はないでしょう。どうかお休みください」


《……悲しきものよ。本来なら王を守るべき血を受け継ぐ者が王を、国を殺すか。》


「もう引き返せません……」


《何故こうなったのか……何処で間違えたのか……お主はあの時、ワシの忠告を素直に受け入れるべきだった。そうすればお前は、天獄の口車に乗せられることもなかった》


「しかし貴方の忠告を拒否した事で私は儚い幸せを得る事がー」


《そして失った。得ようとしなければあの2人も死ぬことはなかった。土瑠鬼よ、お前は誠の戦士ながら、心が優しすぎた》



 土瑠鬼は大刀を上段に構え始めた。

その手は小刻みに震え、そして振り下ろされた。特殊な魔力を帯びる事で絶対的な斬れ味を持つ巨大な刃が、朽ちかけた古い龍へ向けて……。






ーーオワリノ国 某所



 とある開けた山岳部へと挺身した集団は、直ぐにパラシュートを片付けた後、人目のつかない叢や木陰へと移動を開始した。一切の迷いのないその動きは、まるでここを熟知しているように見えた。



『……各員、降下完了。重軽傷者無し』


『端末機等問題無く作動』


『火器類異常見られず』


『酸素濃度21%。その他空気中に有害物質反応見られず』


蜂鳥(ハチドリ)5機を半径約2㎞に展開……周囲に敵と思われる存在認められず』



 各隊員が瞬時に周囲の状況確認と報告を行う。装備物品が問題無く動作出来るか、敵影の有無、毒素や妨害電波の発生の有無を未知の土地でも問題無く実施する。


一見すると特戦群の部隊と思われた。



『それら』はー

 全てが『黒』だった。

 ーーー顔。服装。履物。そして、雰囲気や気配までもが『黒』だと感じた。




「『蜂鳥(ハチドリ)』からの情報を端末にアップさせろ。先ずは近辺の地形情報を収集する」


『『了解』』




 数名の隊員が隊長の指示を受け、小型無人機『蜂鳥(ハチドリ)』からの情報を腕に装着していた小型端末へと送る。半径約2㎞以内の大まかな地形情報が立体的となって映像へ現れた。




「ふむ。意外と急な斜面や荒れた地形は見当たらないな。木々は多いが地形そのものはなだらかだ」


「隊長、一部映像が乱れている地点が」



 部下からの報告を受けた隊長は、その端末に立体マップが送られてきた。確かに映像が安定しない乱れた状態が、とある場所にのみ現れていた。


 隊長の鈴木は顔を顰めながら映像を見た。




「この現象……あの霧の壁と同じものです」


「そうか。先ずそこに何かあると見て間違いなさそうだ。流石に中まで入るつもりはないが……行ってみる価値はあるだろう」


「「了解」」



未知の、それも敵地かもしれない場所において下手に行動を起こすことは死に繋がる。しかし行動しない事には何も見つけられなければ始まりもしない。


 彼らは動いた。物音を立てず、漆黒の闇を移動する影の如く、全神経を周囲に張り巡らせ警戒しながら移動を始めた。







ーー霧の渓谷


 1人の大男が霧の中を抜け、湿地帯に現れた。その体は血に塗れていたが彼の血ではなかった。



「使命は……果たした」



 その大男、土瑠鬼は後ろを振り返り、大きな霧の壁へと目を向けた。そして深く深呼吸をした後、大声を張り上げた。



「おぉぉぉぉぉぉぉ!! やったぞォォォー! 俺はやり遂げたんだァァァァァ!! 最後の古代龍を…翁を殺したんだァァァァァ!! 直に霧は消え、聖天衆の精鋭達がオワリノ国を滅ぼすのだァァァァ! ハーハッハッハッハッ!!」



 沼地に降りていた鳥たちが土瑠鬼の大声に驚いて一斉に飛び立っていく。彼は湿気った大地に地団駄を踏みながらなお声を張り上げ続けた。


 しかしその目には涙が溜まっていた。



「もう俺は引き返せない! 俺は裏切ったんだァ! 仲間を……主を……!! もう俺には怖いもんはねェェ! 全てを失ったんだァ! 全てを……俺は……俺はなんだってやれるんだァァァァァ!!」



 悲痛な叫び声にも聞こえる大声が湿地帯全域に広がっていく。


 暫く叫び続けた土瑠鬼は歩み始めた。


その目指すところは……



「まだだ……土産としてはまだ足りん! 直ぐに西の安土城へ向かい、残りの三士……鬼亜羅と髏鬼、そしてノブタケを殺し、ニホン国の兵士を連れて行く!」



 土瑠鬼は紐にくくりつけて首に下げていた霧の角笛を引き千切ると、角笛を怪力で潰し、粉々に砕いた。



「さぁ……聖戦の始まりだァ!」


「成る程、西か……やはりここへ来て正解だ」


「ッ!?」



 何処からか聞き慣れない声が聞こえてきた。


 土瑠鬼は慌てて周囲を見渡すが、怪しい者は見られない。何処までも続く不気味な湿地帯しか見えなかった。



「何者だ!? 卑怯者め、姿を見せろ!」



 腰に備えた2本の大刀を抜き、感覚を研ぎ澄ませる。しかし、それでも姿を捉えることが出来なかった。



「姿を見せる必要は無いのだが……敢えてノッてやるか」



 再びさっきの声が聞こえその方向へ目を向けた。すると、湿地帯の地面に2つの足跡が浮かんでいる事に気付いた。



(そ、そこにいる! しかし何故だ……姿が見えない!)



 足跡はある。声からして距離的にもあの位置にいる事は間違いない。しかし姿だけが見えなかった。彼が再び姿を見せるよう声を掛けようとした瞬間、その足跡の正体が何もない空間から現れたのだ。



(何ッ!?)



 現れたのは別班の隊長、鈴木である。


 彼は光学迷彩(ステルス)で姿を隠していたのだ。光の屈折を利用した人類の夢、透明化する迷彩。無論、そのような事を鈴木が教えるはずもなく、冷めた口調で質問し始めた。



「我々の質問にいくつか答えていただきたい。此方から危害を加える気は毛頭ない。どうかその大きな武器を振るわずに大人しくしていて欲しい」



 鈴木の手には携帯小火器やナイフの類は持っていなかった。それを確認した土瑠鬼は少しだけ大刀の刃先を下へ向ける。しかし、しっかりと握られた持ち手を緩める気はなかった。



「……言ってみろ」



 土瑠鬼は目の前にいる得体の知れない人物をただ斬り伏せるのではなく、会話の中で探り得ようと決めた。姿を消せる術を持つあの人物が敵か味方か、有益か無益か。



「実は少し入り用で……東にある町へ向かいたいのですが」


「東だと? 東には何もない、海だけだ。西に城下町があるが」


「あぁ、思い出しました。北でしたね、すみません」



 その言葉に土瑠鬼は眉をひそめた。



「なんだと? 貴様そこに何のー」



 言いかかったところで、土瑠鬼はハッと気付いた。



(やられた、誘導された!)



 今までのやり取りで土瑠鬼は目の前の謎の人物に情報をまんまと取られた事に気付き歯噛みした。少なくとも彼は、北と西に何かある事を得たのだ。しかしそれは同時にこの辺りの、この国の地理情勢に詳しくない事を意味している。



(この男……やはり危険か。ここで始末するべきだろう)



 土瑠鬼は少し腰を下ろし身構えた。そして全神経を相手に向ける。彼はあの人物を容易く屠れるとは微塵も思っていなかった。


 見たことのない服装をし、何も持っていない。しかし、その佇まいは明らかに強者そのものだった。



(体格から見ておそらく人族……だが強い!)



 相手はかなりの修羅場を潜り抜けた猛者。それを立っているだけで分からせるあの男はかなり危険だと彼の中にある本能がそう叫んでいた。


 そして納得がいかなかった。


 何故彼はずっと立っているだけなのか。



(既に何かしらの罠をヤツ自身の周囲に? 飛び込んできた所で発動させる気か? それとも短筒の類でも持っているのか? この世界では連射式の短筒を持つ国はいくつもあるからな。それにしても見慣れん服装だ。何処の国のものだ?)



 土瑠鬼は少しだけ距離を取った。隙だらけな分、何してくるか分からない。


 それを見た鈴木はニヤリとほくそ笑んだ。尤も、フルフェイスマスクとガスマスクを装着している為、その表情が相手に伝わる事はない。



「私が何者なのか何を仕掛けているのか、さっぱり分からない……といった感じでしょうか?」


「……お前は『(さとり)』か?」


「息遣い、声、足跡、心拍……それらを聞いての結果です。あと息遣いからして、貴方は何かしらの被り物をしている……といったところでしょう。息と声、心拍を聞いても身長は2、いや2.5mですね」



 土瑠鬼は彼の言葉に驚いたが、同時に違和感もあった。



「被り物など、そんなもの見れば分かるはずだろう?」


見ること(・・・・)が出来れば……ね。だが私には必要ない」



 そう答えると、土瑠鬼の体から真っ赤な血飛沫が飛散した。大きく体勢が崩れた土瑠鬼は自分の身に何が起きたのかがサッパリ分からず、複数の小さな破裂音が後から聞こえて来た。


 濡れた地面に力無く倒れると、身体中から激しい痛みと熱を感じた事で、自分は撃たれた事に気付いた。



「悪いね。既に王手だったんだ」



 薄れゆく意識の中、彼は自分の過ちに気付いた。奇想天外な人物が現れた事で注意がそのものだけに向かってしまい、他にも仲間がいるだろうと疑問を抱くべきだった。



(昔の私なら……こんな過ちは……いや、もう)



 そして、彼の全てが闇の中へと消えていった。





ーー


目標死亡(ターゲットダウン)……よくやった」



 仄暗い湿地帯に横たわる大男の死体を無表情に見下ろしながら鈴木は無線に向けてそう呟いた。



『うっす』


『的がでかけりゃイヤでも当たりますよ』


『正直三方向からの同時狙撃は少しやり過ぎな気がしますけど……』



 其々の声を聞いた鈴木は特に気に留める事なく、次の命令を下した。



「これから北と西。其々半数ずつで向かい調査を行う」


『『了解』』


「場合によっては調査隊の救助及び敵勢力との戦闘になる可能性も高い。その場合、各員判断に任せる」


『え? 良いんですか? 撃っても』



 鈴木の命令に意見を出したのは新入りの坂部だった。鈴木の「必要なら撃ち殺しても構わない」と同じ発言に対しての発言だったが、その口調と様子からは誰かを殺める事に対する躊躇は一切見られない淡々としたものを感じさせていた。


 鈴木は彼の言葉に特に怒るわけでもなく普通に答えた。



「あぁ、バレなければ良い」


『向こうも俺たちを最初は敵だと勘違いするだけかもしれませんよ』



 ただでさえ怪しい見た目をした彼らが、更に武器を手にしていると分かれば、誰でも警戒なり攻撃的な行動を取るのは明白だった。


 しかし鈴木は相変わらず冷めた口調で答える。



「何を今更。俺たちは今までだってそうしてきただろう?」



 彼の言葉に隊員達は頷いた。


 表にも裏にも出てきてはならない存在。


 既に死んだ事になっている存在。


影として、闇として国の手足となり任務を遂行する存在。例え敵地であろうとも。


 彼らは『別班』。


住む世界は勿論、モノの考え、感性、性格……全てにおいて、一般人と何もかもが『違う』存在。


そんな彼らが今、未知の世界で猛威を振るう事になる。





ーー天獄領 恵奠(エデン)天鳳山 聖天鳳寺


 和風の広い内庭で亜闍梨(アジャリ):天獄が空を仰ぎながら歓喜の声を上げていた。



「お、おぉぉぉぉぉぉぉ……やり遂げたのですね、土瑠鬼!」


「て、天獄様!」



 彼が見ていた先にはオダ・タケノブが統治している城下町を覆う霧の壁があった。しかし、その霧の壁が少しずつ消えて行くのが見えたのだ。


 天獄は気付いたのだ。


 土瑠鬼が古代龍を仕留める事に成功した事を。



「良し! 直ぐに四鬼王達を呼ぶのです! 警備の者を残し、残りの聖天衆で一気にノブタケ一派を亡き者とするのです!」


「ハハーッ!」



 側近達が慌しく走っていく。


 天獄はもうすぐに悲願が達成出来ることによる歓喜の涙を浮かべながら、メルエラへ向けた祈りを捧げ始めた。



「偉大なる聖神にして唯一神メルエラ様。もうすぐこのオワリノ国はあなた様の聖教下へと入ります。あなた様の崇高なる教えを更に広める事をここに約束致します!」





ーー恵奠 聖天鳳寺 地下


 天獄一派の総本山『聖天鳳寺』の地下には、ある程度整えられた空間が備えられていた。立派とまではいかないが、牢獄というわけでも無い。


 床は全て畳で布団も敷かれ、定期的に温かい食事も天獄の部下が運んで来る。


 住むには不自由が無い空間と言った方が正しいだろう。


 そんな場所に、近藤達と逸れた残りの調査隊が暮らしていた。武器こそは所持していないが、服装はそのままであった。皆に怪我や体調の不良を訴えるものはおらず、比較的元気に過ごしている様子だった。



「村瀬一尉、なんか上が慌しくなってませんか?」



 隊員の1人が不安げに、今この場にいる中での指揮官である村瀬聡(むらせさとし)一等陸尉に声を掛けた。



「そうだな。まぁ俺たちにはあまり関係のない事かも知れん」


「まさか他の隊員達が見つかったのでは?」


「可能性は無くはない。だがその時は俺の襟元の裏に隠している小型無線機から応答が有るはずだ。あの人なら俺がそれを持ってることくらい分かってる。ここは地下といっても5、6m程度しか無い」



 村瀬は途中から小声で答えた。


 何かあった時の為に備えていた無線機だったが、これは発信機の役割も果たしている為、近藤達が霧の壁から出てこの恵奠へ近づくのならば、自動的に反応を送ることが出来る仕様となっている。


 その際、村瀬自身が感知出来る特殊な音波を出す事になっているが、その反応が無い。


 つまり近藤達に関する事では無い、と村瀬は考えた。



「ムラセさん。考えは変わりましたか?」



 そこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 上に繋がる階段をゆっくりと降りて来たのは、死人のような色白い肌をした1人の妖艶な女性が現れた。


 天獄一派、四鬼王が1人。眞鬼(マキ)である。



「眞鬼さん。私たちは宣教師紛いな役割を担うことは出来ません。私たちはこの世界でどのような国が存在するのかを調査する為にー」


「であれば、本国へ戻る時にはこう伝えて下さい。『オワリノ国は野蛮なオダ・タケノブの統治に民達は苦しまれている。そんな国を救済する為、天獄様と我ら聖天衆が解放と教化に向けて日夜戦っている』と、そう伝えなさい」


「……実際に会ってみない事には何とも言えません」



 眞鬼は不敵な笑みを浮かべた。



「私たちが優しいうちに大人しく従っていた方が良くってよ? まぁ、嫌でもそうなる時は来るでしょうけど。じゃあね、ムラセさん」



 そう言い残し、眞鬼は踵を返し階段を上がって行った。


 そして、四鬼王達を筆頭とした聖天衆の精鋭100名がノブタケ領地へ向けて侵攻を開始した。




ーー



『隊長。途中で怪しい黒頭巾の集団が隊長たちと同じ方向へ向かって行くのを確認しました』


『なるほど。だいたい察しがつく。了解した。多分そっちは大分戦力が減った事だろう。最優先は調査隊の救助だ』


『了解』





ーー翌日 タケノブ領 魔天・安土城



城内は朝から慌しかった。大間に集められた武将達の顔も神妙な面持ちで座している。その中には近藤と土方もいた。


 皆が早朝よりノブタケの命令で召集を受けたのだ。近藤達も聞いた方が良いだろうという事で集められたのだ。


 暫くしてから三士の髏鬼と鬼亜羅、そしてオワリノ国の若き魔王オダ・ノブタケが入って来た。彼らが大間に入った事で場の空気がより一層張り詰めた雰囲気となる。



「朝早くから我が求めに応じてくれた事に先ず礼を言う。だが、事は急を要する事となった。既に気付いた者もいるのやもしれんが、我が城下町を守っていた霧が消えかかっているのだ」



 ノブタケの言葉に皆はさほど大きなザワつきは無かった。


 ノブタケは話を続ける。



「そして土瑠鬼達を追っていた忍衆からの情報では、霧の沼地で土瑠鬼の死体を発見したとの情報も入った」



 この言葉には皆から動揺の声が聞こえて来た。



「そ、それは真にございますか!?」


「間違いない。死体も確認した。誰がやったのかは不明。自害ではない。火縄銃と似た傷が複数ヶ所見られた事から、仕留めた者は火縄銃を使ったのだろう。それが誰かも不明。そして……古代龍の死も確認された」



 静寂が場を呑み込む。霧が消えかかっている事はつまり、古代龍の死を意味する。だからこそ彼らは己の無力感を感じていたのだ。



「ノブナガ様に合わせる顔が無い……それは俺も同じだ。だが悲しんでばかりはいられない」


「ノブタケ様の言う通りです。天獄一派は霧が消えると同時に一気に攻め込んで来るでしょう」


「うむ。鬼亜羅の言う通りだ。敵は直ぐにでも攻め込んでくる。万全の状態で迎え討つ必要があるであろう。幸いにもノブタケ様の指示で民達の城内への避難は終えている」



 2人の話を聞いた後、皆がノブタケへ目を向ける。ノブタケは皆の覚悟に満ちた目を感じながら言葉を発した。



「先ずは城下町へ通じる関所櫓で迎え討つ。鉄砲隊も配置させ、狭間で狙い撃ちだ。それから竹や木材を使って出来るだけの補強を行うのだ」



 すると数名の武将達が立ち上がり、我こそが! と声を上げ始めた。



「ノブタケ様! ここは私めに!」


「私めも!」


「どうか!」



 皆敵を倒したくてウズウズしているのだと理解していたノブタケであったが、敵は此方を熟知した者達であるため、用心に用心を重ねる必要があると考える。



「よし、ならば関所櫓には200の兵達で固めよう。敵の詳細な数や戦法についてはオドゥオを始めとした我が忍達に任せるのだ」


「「ハハー!」」


「では次に城下町での決戦も踏まえ、ここには500の兵達で固めようと思う」



 すると今度はさっきの倍以上の武将達が名乗り出て来た。これで大半が出払う事になるか、最終決戦の地となる城内には髏鬼と鬼亜羅を始めとする残り数名の武将達とその部下約100名で迎え討つ事になる。


 戦に向けて大まかな作戦を終えると、ノブタケは近藤達へ顔を向けた。



「すまないが、近藤達には城内の守備に当たって欲しい。客人に対しこのような事はあってはならぬのだが、敵がどんな戦い方を仕掛けてくるか分からない今、少しでも仲間が欲しい……やってくれるか?」



 ノブタケの言葉に近藤は迷いなく答えた。



「我らは飽くまで調査が目的です。武装しているからといって、上からの許可なく勝手に他国の内戦に介入する事は認められません」


「むぅ……そ、そうか」


「ですが、仲間に何かしらの危害が起きた場合

にのみ、戦闘が認められています。今我々の仲間は私の部下達は勿論、この国の民達も含まれます」


「こ、近藤……」


「元より私たちは既にその聖天衆らを殺めています。既に時遅しです。……喜んで協力します。元より、隊員達も同じ腹づもりでしたので」



 彼の力強くも優しい言葉に、ノブタケは頭を下げて礼を述べた。



「すまない。恩に着る」


「ノブタケ様!? 一国の王である貴方様が頭を下げるなどー」


「戯け! 彼らは我らのイザコザに巻き込まれただけだというのに、手を貸してくれるというのだぞ! 一国の王として礼をするのは当たり前よ! だが、もはや二分していると言っても良いほどに混乱した国の王など、滑稽に過ぎんが」



 ノブタケは髏鬼を窘め、己の情け無さに苦笑いを浮かべる。近藤達は何か声を掛けるべきかと迷ったが、それよりも前にノブタケが口を開いた。



「先に言った通り、お前達は城内に侵入した敵勢力を迎え討つだけで良い。そうならないうちに事が済めば良いのだが」


「我々もそれを願います」



 数秒間の沈黙。


 近藤はその数秒間が長く感じた。


 国の安寧と平和を望んでいたノブタケの心情は計り知れない。髏鬼達でさえどんな慰めの言葉を掛ければ良いか分からない。



「……そう言えば近藤よ、何故土瑠鬼が裏切ったのか……その訳を話していなかったな。何故我が忠臣の1人が国を裏切り、祖先を裏切ったのかを」



 近藤はノブタケの話に耳を傾ける。


 髏鬼と鬼亜羅も静かに彼の話を聞いていた。



「奴が変わった大きな理由……それは家族の死だ。」


「家族の……死……ですか?」


「うむ。奴には美しい妻と子がいたのだ。それはもう仲睦まじい、幸せに満ちた家族だった。だが、数年前、2人とも流行病によってこの世を去ったのだ。以降、彼は悲しみに打ちひしがれる日々を送り、悪魔の囁きに耳を傾けてしまった」


「それはまさか」


「察しの通り、メルエラ教だ。奴は天獄の甘い囁きに惹かれてしまったのだ。恐らく胸中に渦巻く悲壮を忘れたいが為に、何かに縋りたかったのだろう。今となってはその事実も聞けぬのだがな。哀れよな……天獄に利用されているとも知らずに」



 結局、彼もまた利用されていた駒に過ぎなかった事になる。人の不幸を利用しての洗脳には怒りを覚えるが、今はその怒りをこれから起きる決戦に向けて抑えるしかなかった。



 そして翌日、遂に城下町を覆っていた霧が完全に消え始めた。


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