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日出づる国、異世界に転移す  作者: ワイアード
第7章 オワリノ国編
113/161

108話 運命の決断

長らくお待たせしました。

ーー 第2世界 某所


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ」



 もうどのくらい走ったのだろう。


 野山を駆け登っては降りてを繰り返す。


 途中で何度も転び、枝や草木に引っかかり、衣服は既にボロボロとなり、草履も気が付かないうちに無くなっていた。


 足は勿論、身体中がボロボロだ。


 もう立ち止まれるものなら立ち止まりたい。

 しかし、立ち止まれば私は……



「見つけたぞ、異端者だ!」



 そう遠くない場所で男の大声が聞こえた。


『ヤツら』だ。


 もう直ぐそこまで追ってきている。



(嫌だ……嫌だ……嫌だ‼︎)



 諦めかけていた時に聞こえたヤツらの声で、私の心の中に、死への恐怖心が再び溢れて出てきた。


 その時私はある変化に気付いた。



「潮の……匂い?」



 海だ。直ぐそこに海がある。海へ飛び込めば、一か八か逃げ切れるかも知れない。しかし、ここから先は確か崖になっていた事を思い出す。


 それでも彼女は藁にもすがる気持ちで、海を目指した。






ーー


「各員、避難射撃用意」



 近藤の命令で隊員達は一斉に20式小銃の安全装置を外し、100mは離れていないであろう高い崖とゴツゴツした岩肌が見える陸地を警戒する。


 未知の世界へ来て早々戦闘勃発寸前となった。



「土方、この状況どう思う?」


「正直言って、我々が想定していた最悪な展開になりつつあります。現地人との敵対、そして死傷者の発生……出来る事なら対立は避けたいところですが」



 近藤と土方は、この状況を冷静に分析していた。ハルディーク皇国がどのように接したかはあまり分からないが、我々は彼らとは違うことを教えなければならない。今後の第2世界へ影響を示す為にも、友好的関係を結ぶことが大事である。


 しかし、それは向こう側から何かしらの危害を加えてこなければの話である。例え第2世界側の人間との大事なコンタクトだとしても、黙って隊員を死なせるわけにはいかないからだ。



「ラルボックさん、一体何が襲ってくるんですか?」



 小型艇の隅で身を縮こませて震えているラルボックに、土方はポンと肩を叩いて尋ねた。すると彼は酷く怯えながらも、震える声で答えた。



「く、詳しいことはまだ調べられてませんが、ここは知ってます。ここはオワリノ国の……『蛮界国境守備隊』が管轄している場所です」


「ば、蛮界国境守備隊?」


「蛮界とは我々がいた世界のことで、オワリノ国側がつけた名前です。全く、原始的な種族のくせに我々を蛮族紛いの呼び方をするとは」



 今はそんな事を言っている場合ではない。そもそもそんなふうに呼ばれる原因は、お前達にあるのではないか。土方は呆れながらも、最早この男はあてにならないと踏んだ。



『土方陸曹。2時の方向、距離285m先の崖の上に、人型の生命体らしき存在を確認しました』



 ウルフの言葉を聞いた隊員たちに緊張が走った。土方は直ぐに双眼鏡でウルフの言っていた方向を確認する。



「アレは……着物を着た女の子だ」


「何?」



 近藤は土方の言葉に驚いた。



「間違いありません。着物を着た女の子が崖の上に立って此方を見ています」


「……斥候か?」


「正直言ってそうは思えません。傷だらけで、しきりに背後を気にしている所を見ると」


「誰かに追われているって事か?」


「多分ですが……」







ーーー

ーー


「はぁはぁ……な、何? あれは」



 少女は崖の上から見える小さな船を見つめていた。見たことのないその形状に、一瞬だけ追われている事を忘れていた。



「あんな船……知らない……ハルディーク人の船じゃない?」



 あの霧の壁を超えて来る者はハルディーク皇国の人間のみである為、いつもの船では無い事に少女は困惑していた。だが直ぐに自分は追われている身である事を思い出し、背後を警戒する。


 そこへ黒い頭巾を被り、素顔を隠した複数人の男たちが既に直ぐそこまで迫っていた。


 彼女はここから飛び込もうかと思ったが、あの船がハルディークのもので無いという確信も無く、『ヤツら』の仲間である可能性も否定出来ない。


 迷っているうちに、黒頭巾の男たちは直ぐそこまで近づいていた。彼らの手には日本刀に近い形状をした、片刃剣が握られれている。



「ようやく追い詰めたぞ」


「ったく手間掛けさせやがって!」


「ここまでだ……神の寵愛を拒む異端者め!」



 殺気に満ちた刃がギラリと光り、それが少女の中にある恐怖心を助長させた。



(死にたくない、死にたくないよ……お姉ちゃん……)





ーーー

ーー


 今にも女の子が謎の黒頭巾達に斬り殺されようとしている状況に、近藤を始めとした隊員全員が驚愕した。度重なる異常事態に、誰もが理解に追いつけないでいた。



隊長オヤジ!」


「どうしますか⁉︎」


「命令を下さい!」



 敵か味方かも分からない女の子が現れたと思ったら、また正体不明の集団が現れて、その女の子を殺そうとしている。また、未知の世界にいる事でその混乱がより一層強くなる。


 近藤は再度、双眼鏡を覗き込んだ。



(………ッ!)



 双眼鏡を覗き込んだ近藤は、ある事に気付いた。そして再び冷静さを取り戻し、静かに口を開いた。



「……ウルフ、M24を持っていたな?」


『ハイ、近藤一尉』



 近藤は見たのだ。

 あの双眼鏡の向こう側、自分へ向けた……助けを求める少女の目を。



「それであの黒頭巾達を撃て。少女を救う」


了解イエッサー。ですが、宜しいのですか? 下手をすれば国に多大な迷惑を掛ける事にもなりかねませんよ』



 近藤はウルフの言葉に鼻で笑って返した。



「ふんッ……今目の前で殺されようとしている少女1人救えねぇようじゃ、国も守れはしねぇよ」


『……素晴らしいです。今の言葉、貴重なデータとして保存しておきます』






ーーー

ーー


 黒頭巾の1人が片刃剣を頭上に振り上げて構えた始めた。



「これは魂の救済だ……神の御元へ!」


「イヤァァ!!」



 少女へ向けて片刃剣を振り下ろした。少女は瞬きの間に訪れる自身への死の恐怖から目を瞑り、身体を縮こませた。


 しかし、死が少女へ訪れる事はなかった。



「な、なん……だ……?」



 少女の目に信じられない光景が映った。

 ついさっきまで自身を殺そうとしていた男が、胸から血を撒き散らしながら、力なく背後へ倒れる姿を。



「え? な、何が起きたの?」



 他の黒頭巾の男達も、突然目の前で仲間が殺されたのを見て驚愕した。



「な、何が起きた……⁉︎」


「おい、まさか死んだのか?」



 男達の困惑は次第に少女への怒りに変わり、次々と片刃剣を抜いて、少女に斬りかかろうとした。



「この異端者め、一体どんな手を使いやがった!」


「殺せ! あのガキを今すぐ!」



 男達が斬りかかろうとした瞬間、また1人が力無く倒れていった。2人目が犠牲になった事で、男達はこの少女の仕業ではない事にやっと気付いた。



「違う、このガキじゃない!」


「何処だ、何処から攻撃しー」



 辺りを見渡すと、沖合に見慣れない船が一隻浮いている事に気付いた。いや、気付いた時にはもう事は終わっていた。


 1人、また1人と胸などの胴体を撃ち抜かれ倒れていった。その様子を海からは見えない場所で、待機していた別の黒頭巾達が遠くから覗いていた。



「な、何が起きたんだ⁉︎」


「あのガキが何かしたのか⁉︎」


「い、いや……そうは見えなかったが」



 少女自身、目の前で起きた出来事に驚愕していた。しかし、それでも分かったことが一つだけあった。



「た、助かった……」



 どうやったかは知らない。けれど、あの船にいる人たちが助けてくれたのだと少女は理解した。


 緊張の糸が一気に切れた少女は気を失い、そのまま海へ落ちてしまった。



「ッ⁉︎ ま、マズい……急いで小型艇を少女が落ちた場所まで移動させろ!」


「は、ハイッ!」



 小型艇のエンジンが動き出し、少女が落ちた場所へモクモクと黒い煙を上げながら急いで向かって行った。



「なぁ土方、俺ァ法律的に見てとんでもない事をしたな」


「後悔を?」


「ンなわけねぇだろ? どんな罪でも背負う覚悟だ。でもよぉ、俺1人ならともかく、お前らも巻き込んじまった事は申し訳ねぇと思ってる。いや、国そのものに逆らったようなもんか?」



 近藤の言葉に土方は微笑みながら返した。



「フフ、壁の外への通信手段が無いこの状況で、許可を得るまで待機する方が愚策だと思いますね。それに、この中で隊長オヤジの判断が間違っていた何て思っている奴はいませんよ」



 船に乗っている部下達を見渡すと、皆が笑顔で近藤を見ていた。



「へへ……有り難えェ事だな」


『近藤一尉の判断が、本当に間違いでない事を祈りましょう』





ーー オワリノ国 某所


 オワリノ国の中でも特に不気味さを漂わせるとある樹海。その先にある魍魎の谷を越えた先に、大きな洞窟がある。


 薄暗い洞窟を進んでいくと、広い空間へと辿り着く。そこにはユラユラと焚かれた篝火が複数設置されており、その淡い光から一層不気味さを感じさせていた。


 そして、此処には黒頭巾を被った者達が多数存在していた。此処は彼らのアジトの一つなのだ。



「……という事は、あのガキの始末は失敗に終わったという訳か?」


「は、ハイ……ま、誠に申し訳ありません、土瑠鬼ドルキ様。」



 黒頭巾の男達の中でも一番の巨体を持つ土瑠鬼ドルキと呼ばれた男が、土下座するように地面に頭をつけている部下と話をしていた。



「その小舟に乗っていた連中は何者だ?」



 土瑠鬼ドルキの問い掛けに、部下の1人が震えた声で話した。



「も、申し訳ありません。距離が遠く、また夜であった為、確認する事が出来ませんでした」


「それでノコノコと戻ってきた訳か?」


「は、ハイ……」


「フン……まぁいい。そもそも鬼阿羅キアラがこの罠に掛かるかどうかも怪しかったしな。もうこの洞窟は使えない。直ぐに『恵奠エデン』へ戻るぞ。鬼阿羅キアラの部隊が動き出せば、この隠れ家など簡単に見つけるだろうからな」


「は、ハッ!」


「それから、先に伝書鴉を恵奠エデンへ送れ。今回の件、蛮界から来た正体不明の集団を『亜闍梨アジャリ天獄テンゴク』様へ報告するのだ」




ーーー

ーー



「う、うぅん……あれ? ここは?」


「あ! 近藤一尉、女の子が目を覚ましました」


「おう、有り難うな、根津」



 少女は甲板の上で目を覚ました。初めは今自分が何故ここに居るのか、彼らは誰なのか、それから自分は何故生きているのか、色々な疑問と情報が頭の中を駆け巡り、うまく思考が回らなかった。



「大丈夫? これ、何本に見える?」



 根津が少女に指を一本立てて見せると、少女は「1本」と静かに答えた。



「有難う、じゃあ貴女の…自分の名前は分かる?」


「……羅鬼ラキ


「そう、羅鬼ちゃんって言うんだ。私は根津遥、宜しくね」



 根津は優しく羅鬼に手を伸ばし握手を求めた。しかし、未だに羅鬼の思考は上手く回っていない。



(まだ状況を飲み込めてないのね……無理もないわ。あんな所から落ちたんだからね)



「それにしても、さっきの黒い頭巾を被った連中は何者だろうな?」



 羅鬼は近くにいた隊員が何気なく口にした言葉を聞いた。



「黒い……頭巾?」



 次の瞬間、羅鬼は黒頭巾達に追われていた事を鮮明を思い出し始めた。



「い、イヤァ!」



 羅鬼は小さな悲鳴を上げて、怯えた様子で甲板の隅へと這うように逃げていった。



「あ、待って! 大丈夫、私たちは敵じゃない。落ち着いて……ね?」



 根津が優しく語りかけながら羅鬼に近付いていく。その優しく微笑む顔を見て、羅鬼の警戒心が少しずつ和らいだ。



「大丈夫、もう貴女を傷付ける人はいないから」


「う、うん……」



 根津が羅鬼を優しく抱き締めると、羅鬼もゆっくり腕を回して抱きしめた。



隊長オヤジ、あの羅鬼っていう子は大丈夫っぽいですね」


「あぁ、そうだな。にしても根津ってあんなキャラだったか?」


「はは……それよりさっきからずっと気になることがあるのですが」


「お前もか、土方」



 2人は揃って羅鬼へ目を向けた。そして、その視線はゆっくりと彼女の頭へ移った。



(アレって……『角』だよな?)



 羅鬼の額辺りから伸びている、2本の角が見えていた。


 その姿はまさに日本のおとぎ話に出てくる『鬼』そのものだった。

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