第106話 黒巾木組
ーー深夜 東京 裏路地の中華街
日本に住まう貧しい中国人が集う東京都郊外にある裏路地の中華街。そこでは出稼ぎに来た不法滞在者や犯罪に手を染めて国から追われている者、マフィアなどが多数暮らしいている。
不衛生な環境、時折聞こえてくる喧嘩や喧騒もこの裏路地で暮らす人にとっては日常的な光景である為、気にする者など殆どいない。
人を隠すなら人の中…犯罪者にとっては絶好の隠れ場所である。
そんな裏路地で暮らしている1人の男がいた。彼は歳の離れた弟妹達と仲良く暮らしていた。
その男の名前は楊文海。幻狼会日本支部のNo.2である。
楊はカバンを片手に持ち、迷路の様に入り組んだ裏路地の街を進んでいく。するとそこで1人の小汚い男に出会った。
〈よう、旦那ァ……今夜もご機嫌麗しゅう。〉
〈…李か。〉
彼はこの裏路地中華街の住民の1人で名前は李と言う。彼は楊に雇われている情報屋で、様々な情報を提供してきた昔ながらの友人である。
〈変わりはねぇか?〉
〈へへ、相変わらず平和だよ。アンタの弟達も元気だ。ったく子供の成長は早いなぁ。〉
〈アイツらも今日で10歳だ。〉
〈おっと、じゃあプレゼントを後で用意しねぇとな!〉
〈それよりも先にお前へのプレゼントだ。〉
そう言うと楊は手に持っていたカバンから、ブ厚い封筒を手渡した。
〈へへ、こいつぁどうも。〉
〈今後もよろしく頼むぜ。〉
楊は彼の肩にポンと手を乗せた後、そのまま奥へと行ってしまった。李は彼の後ろ姿が見えなくなるまで無言で見送る。
〈…悪いが今日でアンタとの関係は終わりだ。〉
すると彼の背後から1人のホームレスの男が現れた。
「……アイツはこれから隠れ家に行くんだな?」
「あ、あぁ……間違いないヨ。」
「周りの住民達は?」
「もうとっくにココから逃したヨ……い、言う通りにしたんだ……なぁ?」
李が卑しい目付きでホームレスの男を見ると、男は無言で一枚のメモを渡した。
「ここに約束の金がある。」
李はそのメモを手に取りその場を後にする。そして楊が向かった方向を見ながら静かに呟いた。
〈アンタの事は結構気に入ってんだがなぁ…まぁ長い物には巻かれろって言うだろ?〉
ーー
ー
楊はとある汚いアパートの一室の前に立ち、最初に2回と次に間を空けてから1回のノックをする。
コンコン……コンッ
すると玄関のドアが開いた。
そのドアの先に居たのはまだ幼さが残る男の子と女の子が楊を出迎えた。
〈兄ちゃん!〉
〈ただいま、浩然、美帆。〉
2人は楊の弟と妹で、弟の名前が浩然、妹の名前が美帆である。3人の母親は貧乏人相手の娼婦で、父親違いの兄弟である。2人を産んだ後、母親はとある客とそのまま行方不明となり、以降は楊が2人の兄であり親としての責務を果たしている。
2人は兄の楊が大好きで彼が居ないときは弱音も吐かずに協力して生活しているが、楊が帰ってくると今まで我慢していた想いをぶつける様にベッタリくっついて甘えてくる。
〈えへへ、兄ちゃん!〉
〈今日は早かったねぇ!〉
生粋のマフィアである楊も2人の前では優しい1人の兄へと変わる。
〈ハハハッ!さぁ〜て2人とも……今日は何の日か分かるかなぁ〜?〉
〈えーっと……あ!〉
〈私たちの誕生日だ!!!〉
その通り!と叫ぶと、楊はカバンからケーキの入った箱を取り出した。それを見た子供達は更にハシャいだ。無邪気に喜ぶ弟達を優しく見守る彼の姿は兄と言うよりは父親に近いものだった。
〈それだけじゃあないゾォ〜。プレゼントまであるんだ!〉
〈本当に⁉︎〉
〈わーい!!!〉
そこへドアをノックする音が聞こえた。
コンコンッ
その音が聞こえた瞬間、楊は一瞬で警戒態勢に入った。それを察知した弟達も直ぐに息を殺しながら物置きの奥へと身を隠した。楊は懐から拳銃を取り出し、ドアの表側に設置していた監視カメラのモニターを確認した。
モニターにはドアの前に立つ同じ住民の中国人男性が1人立っていた。彼は楊の留守中に良く弟達の面倒を見てくれていた王であった。彼の手にはプレゼント包装してある箱を持っていた。
確かに弟達の誕生日はこの街の住人なら大体の奴が知っている。プレゼントを持ってくる事もたまにあった。今玄関の前にいる人も以前プレゼントを持ってきてくれた人だった。
警戒心が解けかけた楊は拳銃をしまい、ゆっくりとドアを開けた。そこにはいつもの様に優しく笑っている王の姿があった。
〈やぁ楊さん。ゴメンねこんな夜分に。〉
〈どうしたんですか?〉
〈ハハハ…これをあの子達にと思ってサ。〉
そう言って王は手に持っていたプレゼントを彼に手渡した。
〈い、いやぁ〜いつもすみま……〉
すると楊は手渡されたプレゼントの上に小さな紙が挟まっている事に気付いた。最初はプレゼントカードの類かとも思ったが、そうでは無かった。紙には震えた字でこう書かれている。
ーー逃げてーー
これを見た瞬間、楊は全てを悟った。
直ぐに懐に入れていた拳銃を再び取り出そうとしたその時ー
突然、居間の窓が勢い良く割れた。黒い何かが窓から侵入したのだ。驚いた楊が目を向けようとした瞬間、背中から強い衝撃と激痛が襲い掛かる。
楊は自分が撃たれた事に気付くのに時間はかからなかった。膝の力が自然と抜けた彼は、そのまま床に膝を付けてしまう。
その時彼は再び前を見た。そこには驚愕の表情でこちらを眺めている王と彼の背後から突然現れた1人のホームレス風の男がいた。何も無かった筈の彼のすぐ背後から現れた男を見て、楊はそれが光学迷彩によるものである事に気付いた。
しかし、気付いた頃には全てが遅かった。
「物事がスムーズにいかないってのはどうも……腹が立つよなぁ。」
ホームレスの男が呟く。彼の背後から黒い特殊装備を身に付けた集団が入って来た。窓から入ってきた部隊も銃を構えながら辺りを警戒する。
彼らの特殊兵装は全身が装甲化されたボディスーツで、強化外骨格と人工筋肉を組み合わせた事で戦闘能力向上も兼ねている。ヘルメットはフルフェイスで通信機能や暗視機能も備われており、他の装甲部位も少し独特であった。
彼らが手に持っているP90にはサプレッサーが取り付けられており、それは真っ直ぐ楊の方へと向けられていた。
膝をついている楊の前にホームレスの男がしゃがみながら顔を近づける。
「裏世界の人間なら、いつかこうなる日が来る事は予想してたろ?」
見下す彼の目を睨みながら楊は歯噛みした。
「……く!」
そこへ2人の間に王が割って入って来た。
「ちょ、チョット待ってヨ!楊さんは捕まえルって言ってたヨ!何デ殺そうとする⁉︎」
カタコトの日本語で必死に彼を庇う王であってが、ホームレスの男は持っていた銃を彼の顔面に向けた。
「ったく、余計な事してくれたな。あれだけのカネ受け取っておいてコイツらを逃がそうとしたな?お陰で予定よりも2分早く隊を突撃させちまった……黙ってカネ持って逃げてれば良かったのに。」
「お、お金は返す!わたしはどうなっても良いから…この人は見逃してあげー」
空気の様な発砲音と同時に王の顔面は砕かれてしまった。グチャグチャになった顔面から無数の頭蓋の欠片と鮮血が飛び散り、彼は力が抜けた様に倒れてしまう。
〈わ、王さん……!〉
続けざまにホームレスの男は楊に向けて引き金を引いた。数発の空気が掠れた音が鳴ると同時に彼の右腕、右脚、そして腹部に命中する。
〈ぐわっ!〉
楊は床に蹲る様に倒れてしまう。彼が横たわる場所は既に血の池と化していた。
「ロクでもねえ人生だったんだ……まともに死ねるとは思ってねえだろ?」
それは自分自身に対して言っている様にも聞こえる。彼はトドメの一撃を刺そうと彼の頭部に銃口を合わせ、引き金に指を掛けた。
ガタッ
すると物置から音が聞こえてきた。誰も物置には触れていない。ホームレスの男は何のためらいもなく物置の扉を開いた。
するとそこには涙と鼻水で顔がグシャグシャになっている男の子と女の子がいた。
2人は酷く怯えていた。
「あれ?誰だこのガキどもは?」
彼の疑問に隊員の1人が答えた。
「恐らく楊の弟と妹ではないかと…。」
「ふーん……。」
「如何致します?」
ホームレスの男は少し考えた後に答えた。
「いや、殺しとこ。怨恨は残さねえで全部摘むに限る。」
「しかし相手は子どー」
「関係無えよ。どうせ生きててもしょうがねえ……今ここで殺して兄ちゃんと一緒の方がいいだろ。」
〈や…やめろ……。〉
男の足首を楊が掴んできた。血だらけで虫の息の状態の彼は慈悲を求める目で男に訴え掛ける。
「アイツらは……見逃してクレ……何も知らないんだ……ただ俺に付いてきた…だけなんだ…た、頼む……頼むヨ。」
男は彼の身体に手を乗せて優しく微笑みながら頷いた。
「あぁ…分かったよ。」
その顔を見て安心したのか楊は少しだけ笑ってみせた。
しかし、男は銃口を子ども達へ向けて躊躇無く引き金を引いた。
ブシュッ!ブシュッ!ブシュッ!
サプレッサー特有の発砲音が鳴り響くと同時に物置からガタンッと倒れる音が聞こえる。
そして直ぐに赤い血がタラタラと流れて出てきた。
それを見た楊は絶望に打ちひしがれた何とも言えない表情を浮かべ、声にならない叫び声を上げる。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!!」
床に頭を何度と叩きつける楊をただ無表情で見下ろす男はゆっくりと立ち上がり口を開いた。
「慈悲をかけると思ったか?…オメデタイやつだ。敵にとって最も傷つけられたくない…失いたくないモノを狙うのは当然だろ。」
楊は悲痛な叫び声を上げながら身体を起き上がらせようとしていた。
その眼は怒りと殺意で満ち溢れている。
「ンンーーッ!ンンーーッ!ン、ンァアァァァァァーーーー!!!!!!この腐れ外道がァァァァァーーぶっ殺してやるゥゥ!!!」
手には窓から突撃した際に落ちていたガラスの破片が握られていた。彼はそれを男に目掛けて振り上げた。
しかし、男は彼の背後にい隊に避ける様に目で合図を送った後、静かに命令を口にした。
「撃て……。」
楊の前にいた隊員達がP90の引き金を一斉に引いた。途切れることなく聞こえる空気を切る様な発砲音が連続して鳴り始めた。そしてほんの1、2秒の後、その音が聞こえなくなった。
男の前にはもはや見分けがつかない状態となって絶命した楊の死体が転がっていた。
「駒門さん……」
「こらこら、コードネームと言っても誰が聞いとるか分からないんだから無闇やたらと名前を口にするな。……任務終了…これより事後処理に入る。」
ーー
ー
同時刻 東京都 某所
郊外にある大きなマンションの上階にある一室に張はいた。彼は小さなソファに腰掛けながら電話を掛けた。しかし、電話の相手が一向に出ない事に違和感を感じていた。
プルルルル プルルルル
(何故だ?……何故出ない、楊。)
彼は自身の右腕であり親友である彼を呼んでいるのだが、一向に返事が来ない。
彼の頭の中である最悪のシナリオが浮かんできた。
(ま、まさか……見つかった…ば、バレた⁉︎)
そう考えた張は跳ねる様にソファから立ち上がると、バックに入れていた拳銃を取り出し始めた。
(もし日本の隠密に勘付かれたとしたら…ヤベェ…マジでヤベェぞ!)
彼は親指の爪を齧りながらどうすれば良いか考え始めた。そして、思い出した様に急いで別の場所へ電話を掛け始めた。
(そ、そうだ、アジトッ!……工場はどうなんだ⁉︎無事なのか⁉︎)
直ぐにアジトにいる仲間に電話をかけた。しかし、電話に出るものは1人もいなかった。耳の中で聞こえてくるコール音が続けば続く程、彼の不安は大きくなっていた。
ーーー
ーー
ー
某鉱山跡地 幻狼会アジト
パパパパパッ
パンパン!
プシュ!プシュ!
パパパッ!パパッ!
周りには人っ子一人居ない山奥に存在する廃鉱山跡地は、今では幻狼会の武器・麻薬製造工場として利用されていた。ここもそのアジトの1つである。しかし、今この場所は戦闘地帯へと変わっていた。
〈う、撃て撃てッ!〉
〈クソ!なんなんだアイツらは!〉
〈姿が見えねぇ、光学迷彩か畜生⁉︎〉
幻狼会の構成員達が必死に応戦していた。相手は光学迷彩機能が備えられている部隊……黒巾木組の実行部隊である。
『2時の方角に3人…。』
『了解。』
『右斜めから敵が接近している……ドラム缶が3つ積まれた所だ。』
『あぁ見えた。』
実行部隊は遠方から敵の位置を知らせる目標観測員とその指示に従い行動する近接戦闘部隊と更に別の位置からは目標を狙撃する狙撃手で確実に敵を排除していた。
地の利では有利のはずの幻狼会構成員達が次々と頭部や腹部などを撃ち抜かれてゆく。構成員達は何とか身近な遮蔽物に身を隠そうとするが、構成員側からは目視困難な地点にいる実行部隊の狙撃手からすれば格好の標的であった。
〈うわ!〉
〈ぎゃあッ!〉
1人また1人と確実にその数を減らしていく幻狼会構成員達で、辺りは一瞬で死屍累々と化していた。
〈クソ!だ、誰かボスに……ボスに報告をー〉
1人の構成員が近くにいる仲間に声を掛けるが、もう周りには自分以外生きている者は1人もいなかった。そして、1発の銃弾が自身の頭蓋を砕いていった。
ーーー
ーー
ー
プルルルル……プルルルル……
〈クソ!クソクソ……クソ…クソッ!!!〉
張は苛立ちのあまり近くの椅子を蹴飛ばした。
〈なんだよ…何なんだよ……全部のアジトが奴らに襲われてんのかッ⁉︎全滅かよ!〉
急いでこの場所から離れないといけない。そう考えた張はすぐに必要なデータが入ったUSBメモリを持ってマンションから出ようとした。その時ー
突然ベランダの窓が開いた音が聞こえた。まさかと思った張は、一瞬そのベランダの窓へと目を向けた。
シャーーッ
ベランダのカーテンが開けられ、そこからサプレッサー付きの拳銃を持った小汚い男が現れた。
「なッ⁉︎」
予想もしない所から現れた異質な存在に張は驚愕するが直ぐに銃を構えた。しかし、その一瞬の驚きが彼の動作を遅らせてしまう。
プシュ!プシュ!プシュ!
小汚い男が彼よりも先に銃を撃った。
張は放たれた銃弾の内の1発が自分の頭部へと直撃し、真っ赤な脳髄を撒き散らしながら仰け反るように倒れてしまった。
「上の階に住む人って……戸締りが甘いんですよね。マフィアのボスがそんな不用心じゃいかんでしょ?ってもう事切れてたか。」
小汚い男はベランダに戻り、吊るされていたロープを回収し始めた。恐らくこのロープを使ってベランダに侵入したのだろう。
更に男は一度部屋から出ると駐車場に停めていた軽ワゴンから大きな荷物をいかつか持って部屋に運び戻って来た。
「さて……事後処理しますかね。先ずは死後硬直が起きる前に死体を片付けて、壁に空いた弾痕を誤魔化すっと。」
すると張の携帯にメールが届いた音が聞こえた。男はその携帯を手に取りメールを確認する。
「……おやおや、運良く攻撃から逃れた連中からメールが来てますよ、ボス。えーっと…〝どこで落ち合いますか?〝だそうですよ。じゃあ代わりに送っておきますね。」
男はメールを返信した後、GPSをオフにする。
「さてと、これで後から生き残りを一網打尽に出来ますし、この状況なら例えボスがGPSを切っていても誰も怪しがりません。あと落ち合うまでは連絡しないようにとも伝えておきましたよ……ってもう事切れてましたね。」
ーーー
ーー
ー
マンションの出入り口から出てきた男の荷物は、運んで来た時よりも大きな荷物が1つ増えていた。軽ワゴンに向かう最中、前から酔っ払った2人の若者がフラフラと歩いてやって来た。
「あんれぇ〜?こぉんな時間にそんな荷物もってえ〜…これから旅行か何かですかぁ〜?」
「いいなぁ〜〜俺も行きたいなぁ〜〜!」
変に絡んでくる2人の若者に男は軽く舌打ちを打つが、愛想笑いを向けて答えた。
「えぇちょっと……海までね。」
ーーー
ーー
ー
2日後 日本国 某所
ホームレスの溜まり場となっている荒れた空き地にある小さなトタン造りの建物に数人のホームレス達が集まっていた。無論、彼らは黒巾木組の人間である。
「幻狼会がアジトにしていた場所は全部潰しました。工場内で働いていた不法滞在の外国人達は変にこれ以上国内で混乱を起こさないように取り敢えず『処分』はしておきました。」
「不法滞在者だからなぁ、行方不明になっても誰も困りゃしないしバレもせんだろ。素人なりに身分は隠してただろうしな。」
「あの後幻狼会の生き残りを拷問しましたが、どうやら構成員5万人と言うのは現地で雇った小物たちを含めたもので、正規の構成員は100人だそうです。」
「2日前のドンパチで亡くなったのが90人。」
「捕まえてるのが10人……全員だな。」
「あぁ…これで幻狼会は終わりだ。田中さんと佐藤は?」
「佐藤?……あぁ、木戸口の事か。アイツもやりよるのう…まさか身内にバレずにあの任務をやり遂げるとはなぁ。」
「田中さんと佐藤は例の廃屋にいるよ。捕らえた10人もそこに集めてる。」
「…始末するんだな。」
「あぁ…その方がええやろ。」
物騒な話を終えたホームレスの姿をした黒巾木組の構成員達は、小屋から出てそれぞれの任務に戻って行った。
ーーー
ーー
ー
日本国内 とある山奥の廃屋
獣道をかき分けて進むことで辿り着くそこは、何年も使わていない廃屋であった。ここは廃墟マニアやホームレス、地元の悪ガキでも近づこうとしない不気味な場所である。そういった廃墟は裏世界の人間にとっては絶好の隠れ場所や誰かを始末する場所として使われる事が多い。
無闇にそういったところに近づかない事を強く勧める。最悪の結果になる可能性もあるからである。勿論、アッチ側の人間としても余計な犠牲は増やしたくないのが心情だ。始末した人を埋めたり事故偽装する作業はかなり骨が折れるからである。
「田中さん、生き残りの幻狼会構成員達はこれで全員です。」
木戸口もとい佐藤と他2人の黒巾木組の人間が小汚い服装でその場に立っていた。彼らの手にはサプレッサー付きのサブマシンガンが握られていた。更に目の前には両手足が縛られた10人の幻狼会構成員達が1箇所に集められている。
「おう、ご苦労さん。」
そこへ現黒巾木組の組頭の田中が現れた。
「麻薬売買における顧客データや武器製造及び密輸ルートのデータが入ったメモリはきちんと回収してあります。もうコイツらを生かす理由はありません。」
この言葉を聞いた生き残りの幻狼会構成員達は血相を変えて叫び出した。
「や、約束が違うぞ⁉︎」
「データを渡したら解放するって言ってただろうが!」
彼らの必死の訴えを田中は一蹴する。
「お前らみたいなモンを生かして何の得がある?」
すると田中の指示で佐藤を含めた3人の黒巾木組構成員達がサブマシンガンを構えた始めた。
「せめてもの情けだ、ひと思いにやってやれ。」
「「はい。」」
彼らは引き金に指を掛ける。必死に命乞いをする彼らの阿鼻叫喚など一切耳を貸さずに……
引き金を引いた。
シュカカカカカカカカカカカッ‼︎
放たれた多数の弾丸が身動きの取れない彼らの身体や頭部などを砕き、貫いてゆく。ピクリとも動かなくなり、血だまりがゆっくりと広がっていた。
「あとは山中に埋めて終了だ。」
「はい、あとは任せて下さい。」
「おう。」
こうして大きな野望を秘めた幻狼会の目論見は表側の人間には殆ど知られる事なく、完全に沈められてしまった。
彼らは日本が異世界に転移した後、悪行から足を洗い真っ当に生きる道もあっただろう。しかし、彼らは自らのマフィアとしての生き方を変える事なく、それどころか更に大きな力を得ようとした。
そして狙われてしまったのだ。
日本で一番敵にまわしてはならない組織に。
その組織の名は『黒巾木組』。
この組織に狙われて無事で済んだモノはいない。
ーーー
ーー
ー
中ノ鳥半島 ウンベカント 酒場『ニシタニ』
国内の裏で行われていた騒動から数日後。ウンベカントはそんな事など関係無しに活気溢れる賑わいを見せていた。
その中でも1日の仕事の疲れを労う憩いの場としての人気の高い場所である。その人気の理由としては種族云々関係無く利用ができる事とそこで働く人たちの暖かく丁寧な対応、そして独特で可愛らしい仕事服である。
「「いらっしゃいませ!!!」」
ヒト族、獣人族、エルフ族、その他希少種族などが可愛らしいフリルの付いたメイド服を着ていた。男性客からの評判がすこぶる高い為、客足が途絶える日は無かった。
「ニシタニ店長ー!『カラアゲ』と『ビール』2丁ずつ入りましたー!」
「はいよ!!!」
この酒場の店主にして陸上自衛隊二等陸士である西谷正弘である。上からの命令で現地住民との信頼関係を目的としてこの酒場の店主に任命された。
因みにあの娘達の仕事服は彼が決めている。
「ねぇ西谷、今度入ってくる新しい子の仕事服何だけど〜……こういうのはどうかしらッ‼︎」
彼女は西谷と同じ酒場で働く陸上自衛隊二等陸士の根津である。ショートヘアーが特徴的な彼女はちょっとした趣味もとい性癖が原因でなかなか彼氏が出来ないでいた。
根津は西谷に新しく入ってくる子専用の仕事服を見せた。しかし、メイドオタクの西谷でも少し引くぐらい露出の高い服だった。
「…これはダメだろ。」
「えーーー⁉︎絶対似合うのにッ!だってエルフ族よ!間違いないって!」
「尚更ダメだ!ってかどう見ても女性用だろこれ!次くる子は150歳の男だぞ!」
「でもエルフ感覚で言えばまだまだ子供です!だから絶対に似合います!」
「いやそうじゃなくて……ってか何が『でも』だよ。何の根拠にもなってねえよ。」
彼女は重度の年下好きで特に可愛い男の子に目が無いのだ。多少愛でたい気持ちがあるのは分かるが、彼女の思いは本気である分ややこしい。
「っていうか、土方陸曹にドヤされるのは目に見えてるだろ?」
「……それでも私は夢を諦めなー」
「なぁにやったんだ、根〜津ゥ〜?」
もはや捨て身の覚悟を決めた彼女の頭をワシ掴む短髪頭の大男が現れた。彼は2人と同期で陸上自衛隊二等陸士の川口である。同じ職場で働く根津の暴走を止める役割を果たしている。
「あ、あらやだ〜…いたんだぁ〜川口♡」
「この…アホゥ!」
川口の頭突きが根津に頭部に命中する。ゴツンッ!と鈍い音が聞こえ、根津はフラフラと身体をよろめかせている。
しかし、周りは全然気にも留めていなかった。もはや日常的な光景へと変わっていたからである。
「全く、コイツは本気で犯罪者になるんじゃないか?」
「まぁ、そうならない様にしっかり見ていてくれや川口。」
そこへ1人の従業員が慌ててやって来た。
「に、ニシタニ店長!」
「んー?どうしたの。」
「今、ジエイカンのヒジカタさんが来てて、ちょっと話があるそうです。」
「……へ?」
予定していた内容とは言え、これで異世界情勢に専念出来るので正直ホッとしてます。