第103話 一年後…
お待たせしました。
ーー中ノ鳥半島 『ウンベカント』
この街の活気は以前より大きく発展していた。日本が列強国となり、その存在が世界へ広まると、名のある商会がこぞってウンベカントへと集まり、商会施設などが爆発的に増えたからである。
また、人口も増えた事で現地住民の居住施設も
拡張し、小さな木造アパートなども点々と建つようになった。ウンベカントでの商いで成功を狙う者や仕事を求める者、国など追いやられ居場所を求める者、街の警備隊として仕える者を失った元騎士や傭兵くずれ、負け知らずの腕自慢達などが集まってくる。
法や規則などを守る者であれば、基本的にいかなる種族や人種も問わず受け入れるこの街に、外から誰かが訪れない日などは無かった。
ーーー
ーー
ー
ガヤガヤと賑わいを見せるウンベカントは、夜にもかかわらず眠る事を知らない街へと変わっていた。街に設置された電灯や提灯、ランタンが街を明るくしていた。
街行く人々は、その日の仕事を疲れを労い合うように食事処で飲み食いしている者や酔っ払ってフラフラと千鳥足で帰路につく者、友人や同僚達と共に夜の街を楽しむ者で溢れている。
「お疲れさん!」
「おう!お疲れ!」
酒場『ニシタニ』のオープンテラスで、ビールが並々と入ったジョッキをカチンッと鳴らし合う、2人の獣人族がいた。
「警備隊の仕事が忙しくなってから、この一杯が楽しみで仕方ねえよ!」
「全くだ!フラルカム王国にいた頃は、シミジミと温くて酸っぱい『エール』しか無かったからなぁ。」
上機嫌で酒を飲んでいた2人は、多くの人々が行き交う通りを見渡した。
「それにしても、だいぶ増えたような〜。」
大通りや細い路地には、人、人、人…人の数だけで言えば日本の銀座や渋谷などよりも多いと言っても過言では無い。多種多様な種族が行き交う様子は、どこか奇妙にすら感じる。
「確か…ニホンがハルディーク皇国を打ち負かした後から一気にだよな?」
「あぁ。まさか列強国を倒して、ニホンが新しい列強国に上がるとは…本当この国には驚かされっぱなしだぜ。」
「驚いた出来事って言えば……あ。」
「お?」
2人が通りの奥を見ると、煌びやかな服装で街を歩く者達が目に入った。彼らの側には護衛と思われる騎士が辺りを警戒しながら街を歩いていた。
「なぁなぁ、またアレか?」
「あぁ…あの服装にあの紋章…今度はフラルカム王国の貴族さん達だぜ。」
「良いねぇ〜…連中は優雅に観光かい。」
日本の存在感が強く広めると、各国の高貴な貴族や王族が、このウンベカントへ観光に来る事も最近では増えてきた。ホテルで家族と休暇を過ごす事も珍しく無い。
ドム大陸を始め、多くの国々に日本製品を取り扱う店が増えていくと、興味を持った王族貴族がその店を訪れるようになった。見たことの無い品の数々に魅了された彼らは、その店の日本製品を買い占めたり、独自の輸入ルートで手に入れようとしていた。
しかし、自国に売っている分だけでは足りなくなった彼らは、より多くの日本製品を求めて、日本観光として、ウンベカントへ訪れる事が据えて来ていた。
貴族の一行が商店通りのとある店へと入って行く。偉そうな髭を指でイジっている貴族の男が奥さんと思われる女性と一緒に店内を物色していた。
貴族夫婦が訪れた店は百均ショップであった。
多種多様な品々が安く手に入るこの店は、日本ではお馴染みであるが、異世界の人々から見れば、夢の様な物ばかりであった。
「ふむ、確かに見たことないモノばかりだ。」
「アナタ、この棚から向こうの棚まで全部買って下さいな。」
「そうだな。おい、店主を呼べ。」
貴族の男が店主と話をしていると、執事と思われる老人が金貨がパンパンも詰められた袋を店主に手渡した。袋を持ちながら困惑する店主であったが、貴族夫婦は品物を受け取ると、それをメイド達に持たせて次の店へと向かった。
その様子を街行く人々が驚きながら眺めていた。
「はぁ〜いい買い物っぷりだねぇ。」
「あんなに買って何に使うんだよ…。」
「ねぁ〜ダーリン♡私もアレくらい欲しいなぁ〜。」
「か、勘弁してくれよ、マリア。さっきニホンの店で指輪を買ったばかりだろ…。」
2人はそんな光景を呆れたように見ていた。そして改めて街の風景を見渡した。
現代と中世時代の街並みがミスマッチした世界は、相変わらずであった。しかし、ほんの少し前までは見なかった光景ばかりが目にうつる。
「…あの戦争からもう1年経つんだな。」
「あぁ…早えよな。」
2人はクピクピとビールを飲みながら、そんな事を話していた。
……日本が列強国入りしてから約1年の月日が流れた。この1年間、日本は他国と衝突する事なく基本的に穏やかな日々を過ごす事が出来た。日本が列強国に入ったことが平和に過ごせた理由の一つと考えられる。
この1年間、国内外で様々な事が起きた。
国内に於いては、列強国に入ってから日本はより多くの国々と国交及び貿易を結ぶ事が出来た。おかげで国内の食糧問題は大きく改善させる事となった。資源不足問題も改善の一途を辿っていた。日本は旭諸島の資源開発プログラムが本格的に進んだ事で、本格的な資源産出国へと生まれ変わっていた。
更に多くの諸外国から日本製品購買の要望があり、数多くの大手企業や中小企業の支店が進出した。家具、衣服、食品、医薬品、特産品etc…多くの日本の品々が異世界の諸外国へと渡った。
しかし、その要望の中には、頭を悩ませるモノも少なくはなかった。
その中の1つが『奴隷』である。
低文明国家の大半が差異はあれども、奴隷という存在に依存しているため…
「日本がここまで力をつけたのは奴隷のチカラがあったからに違いない。」
…と捉らえる国が多かった。そもそも低文明国家の情報伝達は魔伝石を用いているとは言っても、御伽衆や旅の語人からの情報も取り入れている為、日本に対する正しい知識が不足していた。
更にもう1つ厄介なのが『武器・兵器』の類である。
コレは低文明・高度文明両方からの多くの要望があった。
列強国の一角を崩すほどの力…つまり日本の武器・兵器類を、各国は喉から手が出るほど欲しがっていたのである。
中には王族の美しい娘を日本国の王族に嫁がせる代わりに武器を譲って欲しいと言ってくる国もいた程だった。
無論、日本政府は丁重にお断りし、武器・兵器類の輸出は禁じられている旨を伝えている。しかし、この要望は未だに後は絶えずに続いている。
しかし、色んな国々との交流が増えた事で日本が豊かになっているのもまた事実である。ドム大陸にある『禁断の地』と呼ばれた場所…現在の『中ノ鳥半島』は、更に開発が進み、異世界の国々との玄関口である『ウンベカント』は倍近くにまで大きくなった。
勿論、人口も増えたのだがそれと同時に増えたモノがあった。
ーーウンベカント 物資流通センター
輸出入品用荷馬車の停泊場
ドム大陸や諸外国から船で送られて来た輸入品や、そんなありとあらゆる国々へと輸出する日本の品が集うこの場所で、事件は『また』起きた。
「ど、泥棒だーー!!!」
停泊場で働いている作業員の声が響くと同時に、突如として一台の荷馬車が、物を跳ね避けながら暴走していた。
「ハッハッハー!!!どけどけぇ!!!」
ガラの悪い荒くれ者達が日本の品が積まれた荷馬車を奪い、逃走しようとしていた。
「ヨッシャ!このまま仲間のところへ落ち合うぞ!」
「「ヘイ、親分!!!」」
爆走する荷馬車が停泊場から出ようとした。
『強盗及ビ窃盗容疑ト断定 《RedPhase》ニ切リ替エマス』
何処からか聞こえてきた不気味な声。明らかに生物の声では無い。荒くれ集団が恐る恐る後方を振り向くと、そこには凄い速さで荷馬車を追い掛ける『WALKAR』が居た。
「おおおお、オヤブーーーン!!!て、鉄の人形兵ですゼ!!!」
「何ぃ⁉︎お、応戦しろバカどもが!!!」
「「へ、ヘイ!」」
下っ端連中がボウガンや弓を使い、走り迫ってくる『WALKAR』に向け、矢を放った。しかし、放たれた矢は、無慈悲にも超合金で作られた装甲に跳ね返されてしまう。
「おおおおおおおおお、オヤブーーン!!!」
「全然効いてねぇです‼︎」
「は、ハァ⁉︎」
荒くれ集団のリーダーが後ろに気を取られていると、前方から先回りしていたもう1機の『WALKAR』が現れた。
「へ?う、うぉぉ⁉︎」
リーダーが驚きのあまり手綱を引いてしまう。荷馬車は急旋回し、乗っていた荒くれ集団を振り落としてしまった。
「「どわぁぁぁぁ⁉︎⁉︎」」
派手に地面に落とされる荒くれ集団達は、そのまま『WALKAR』に取り押さえられてしまい、遅れてやって来た警備隊により留置所へと連行されて行った。
何とかケガ人も無く事が済んだ事に作業員達はホッと胸をなでおろす。
「いやぁ〜助かったよ、『鉄の人形兵』さん。」
『……見回リヲ継続』
『WALKAR』は何事も無かったかの様に歩いて行った。その無愛想で仕事を淡々とこなす様は、やはり機械的と言うか、人形的の様に感じる。
「っにしても、本当に最近はゴロツキどもの犯罪が増えて来ましたね。」
「本当にな。警備や『鉄の人形兵』を増やしてくれたとしても、減らないもんだな。」
人口と比例して増えたもの…それは『犯罪』。
高い品質を誇る日本製品を狙った盗賊や荒くれ集団による強盗及び窃盗事件がその大半である。中には『ウンベカント』で暮らしている希少種族を狙った奴隷商人も現れている。その為、ウンベカント内における『WALKAR』の配備も倍に増えた。
「この前なんか、東通りの喫茶店で働いてるエルフ族のネエちゃんが、危うく奴隷商人に捕まるところだったってよ。」
「中央商店通りの強盗被害もあったよな?」
「はぁ〜…豊かになるのは良いんだが、物騒な事件は起きないで欲しいモンだよ。」
「全くだ…この街にしか居場所が無い奴らだって多いのによ。」
ーーフォーデン公国
ドム大陸の西側に位置する中規模の大陸『ベルマ』。複数の国々が存在するこのベルマ大陸の王者が、フォーデン公国である。高度文明国家の中でも徐々にその頭角を現そうとしている国である。
鉱脈資源国であるフォーデン公国は、金銀銅などを輸出するとこで莫大な富を得ていた。その為、首都パレスホルムを始めとする多くの街々は、その恩恵により発展と繁栄を築いてきた。
ーーフォーデン大公国 大公の館
「ど、同盟は出来ないだと⁉︎」
「は、はい…申し訳ありません、ドゥーク大公。」
フォーデン大公国の大公の館にて、アルマンド・ドゥーク大公は、ニホン国と同盟を結ぶ為に送った使者からの報告に耳を疑った。
「な、何故だ⁉︎何故ニホンは我が国と同盟を拒否する⁉︎我が国には豊富な鉱脈資源がある事をニホンには伝えたのであろう?それに我が国の総兵力は15万!必ず役に立つとー」
「に、ニホン国は、我が国の事情を知っていました。」
ベルマ大陸は金銀銅の鉱脈はあっても、魔鉱石の鉱脈はとても少ない。その為、大陸内では魔鉱石が採れる土地を巡っての戦争が後を絶たないでいた。
ファーデン大公国は現在、貴重な魔鉱石の鉱脈地を巡り、同じ高度文明国家であるスティナ王国と戦争をしていた。
フォーデン大公国は、日本を味方に引き入れて、その圧倒的な軍事力を利用してスティナ王国を一網打尽にしようと企んでいた。しかし、結果は失敗に終わり、ドゥーク大公は苦渋の表情を浮かべる。
「困った…困ったぞ。我が国の採掘権の3割を献上すると言っても動じないとは……資源が乏しいと言われているバーク共和国やハルディーク皇国なら受け入れてくれただろうに。」
「はい…大きな誤算でした。」
「うぅ…ニホン国は資源が乏しい国という情報はどうなっているのだ。ワザワザ高い金を出して調べさせた情報の筈だぞ。」
「あの情報屋達の腕は確かですが…。お、恐らくではございますが…に、ニホン国の資源不足問題は、もう解決の一途を辿っているのでは?」
日本が今現在、頭を悩ませている問題の1つがコレであった。
ハルディーク皇国を敗った国、日本。リトーピアにて行われた、あの世界規模の会談の後、その存在が一気に世界へ認知されると、多くの国々が行動を起こし始めた。
日本国への諜報活動である。
異世界国家の多くは、他国の機密情報を探る際、諜報部員や工作員、暗殺者、流浪の情報屋に御伽拾遺使、旅芸人を雇うことで敵対国などの機密情報を集めている。
そして、多くの国々が少しでも日本の弱みを握ろうと躍起になっている。しかし、やっと手に入れた情報は古いものばかりで、とても役に立つモノでは無かった。フォーデン大公国が雇った情報屋が手に入れた、「資源が不足している」という情報もその1つである。
「スティナ王国はどうなっている!あの国に何か変化はあったか⁉︎」
「か、彼の国には、未だ大きな動きは見られません。」
ドゥーク大公はその報告にホッと胸を撫で下ろした。万が一、スティナ王国が日本の弱みを手に入れたとしたら、最悪の結果になっていただろう。
各国が密かに日本の情報を得ようとしている理由は、フォーデンやスティナと同じである。
ーー自国が抱えている問題を強力な後ろ盾を得る事で解決するーー
ここでいう問題とは、国同士のいざこざ…領土や利権、資源を巡った戦争である。弱小国が、激しい戦乱の中で生き残る為には大国の力が必要になってくる。でなければ、風に吹かれて飛ぶ灰の様に消えて無くなってしまう。
そんな国々にとって、日本はまさに後ろ盾に欲しい存在であった。兵力だけなら列強国並みのテスタニア帝国に、新技術により格段に軍事力が向上した列強国の一角であったハルディーク皇国を敗ったのだ。ヴォルキア大帝国の様に怪しい噂も殆ど聞かない。
「そ、そうか…向こうも苦労してる様だな。」
「やはり…バーク共和国に頼み込んだ方がよろしいでしょうか?…いくらかの対価は求めれるとは思いますが…。」
ドゥーク大公は大きな溜息を吐いた。
「バーク共和国は半年前に列強国の席から降ろされたであろう。そもそも、あの国は今、他国の後ろ盾が出来るほどの余裕は無い。」
バーク共和国は半年前に列強国では無くなっていた。レイス王国の協力の元、リトーピアの査問官を派遣した。厳正な調査の結果、極秘裏に奴隷売買が行われていた事が発覚。また、原住民との関係が最悪の状態で、ほぼ内乱状態であった。
最早列強国としての威厳と役割を担う事は不可能と判断し、バーク共和国は列強国から降格された。
「アルサレム王国がいれば、幾分かは楽だったのだが……。」
ベルマ大陸は元々、アルサレム王国の領有地であった。統治されているとは言え、列強国の下でそれなりに平和は保たれていた。しかし、アルサレム王国がヴォルキア大帝国に敗れてからは、首輪の外れた闘犬の様に大陸中の国々が野心剥き出しで争いが始まった。
「はぁ……これならこの大陸はどうなってしまうのだ。」
ドゥーク大公は数十年…いや、数年後にこの国が存在しているのか。それとも向こう側が消えるのか。はたまた別の国が我等を滅ぼしに来るのか。先行きが見えないこの大陸の未来に、ただ頭を悩ませていた。
ーー中ノ鳥半島 内陸側国境付近 第2国境検問所
青々と広がる見渡す限りの草原。燦々と射し込む陽光と穏やかな風が吹くこの場所には、とても不釣合いな高い金網フェンスと高さ8mの鉄筋コンクリート性の壁が国境を沿う様に建てられていた。壁には所々に監視カメラや上空には監視用ドローンが飛行している。
中ノ鳥半島へ入るには、出入国管理施設であるこの検問所を通る必要がある。検問所はここを含めて5箇所存在する。
そこでは昼夜問わず、自衛隊や現地で雇った警備隊と合同で管理していた。堅牢なゲートを少しずつ進みながら検問を受ける商隊や旅人達がいた。
「はーい、止まって下さい。」
荷馬車を引いていた一行がゲート前に来た。見たところ、商隊の様であった。商隊の代表者が馬車から降り、帽子を脱いでペコペコと頭を下げながら、検問にやって来た自衛官達に挨拶をする。
「ど、どうもどうも。私はフラルカム王国から遥々、奇跡の街ウンベカントを目指しやって来た『ルッコル商会』の者です。」
「えーっと、ルッコル商会ね…。」
自衛官がタブレットを操作していた。
商会や商人などが、ウンベカントへ通るには事前通告を行う必要がある為、国からの許可を得た後に国の伝来兵から、その商会の一団が来ることを伝える事となっている。自衛官は、その事前通告と国からの許可があるのかどうかを確認していた。
「あぁ〜有りましたね。ルッコル商会のミコスさんですね。」
「は、はい、ミコスです。」
「じゃあ、そのフラルカム王国紹介状を見せて下さい。」
ルッコル商会のミコスと呼ばれる男性が、懐から大事そうに包まれている書状を取り出した。自衛官はその書状を真剣に確認する。
「では、次にパスポートカードを見せて下さい。」
パスポートカードは国からの許可を得た商会に渡す事になっている認証カードである。そのパスポートカードには登録された本人の顔もデータとして入っている為、これを使用する際は必ず、本人でなければならない。
ミコスがパスポートカードを取り出すと、自衛官に手渡した。自衛官は認証装置を使い、そのパスポートカードをスキャンする。
ピピッ
タブレットに映し出されたデータに目を通す。ミコスは緊張のあまり汗が滝の様に流れ落ちいた。
「はい、ルッコル商会のミコス様ご本人ですね。」
「はい!そ、そうです。」
慣れない検問を受けたからか、ミコスはホッと一安心していた。その後、自衛官にウンベカントへの滞在目的とその期間について、詳しく話をする為、検問所の建物へと入っていく。
その間、数人の自衛官と警備隊が一台一台の荷馬車を調べていた。荷台や積まれている荷物は勿論、馬車の底部なども念入りに確認していた。
「馬車の底部および車輪に異常は見られません。」
「コッチも異常無しです。」
その後、話を終えたミコスは緊張した面持ちで点検の様子を眺めていたが、1つまた1つと点検をクリアしていく度に安堵の表情を浮かべる。
「念のためもう一度確認しますが、荷物の木箱は全て果実類なのですよね?」
自衛官が確認のため、ミコスに積荷について伺うと、彼はウンウンと頷いた。
「は、はい!はい!あの木箱の中身は、南の大国で採れた、それはもう一級品の果実でしてー」
「中身を開けてもよろしいですか?」
「へ?中身ですか?ま、まさか、盗人が入ってるわけがありませんよ。勿論、開けて確認して頂いても結構ですが……品質が落ちますので、なるべく早めにお願いしますよ。」
自衛官達は木箱1つ1つを慎重に開け、中身をチェックする。木箱の中にはギュウギュウに詰められた果実が詰め込まれいた。すると自衛官達はその果実が詰められた木箱の中へ手を突っ込んだ。それを見たミコスは、ギョッとした。
「な、何をなさるのですか⁉︎」
「落ち着いて下さい!中に変なものが無いか確認してるだけです。」
「果実が傷付いてしまうじゃないですか⁉︎やめさせて下さい!」
「品物には傷付けさせませんから落ち着いて下さい。」
ミコスは止めようとするが、すぐに止められてしまった。自身の商品が傷付いて品質が落ちてしまう事を恐れての事なのか、木箱の中身を用心深く確認する彼らの様をただオドオドと眺めるしかなかった。
すると警備隊の1人がとある木箱のフタを開けると、ある違和感に気付いた。
中身が他と比べて少し盛り上がっている。
「ん?…な、なんだ?」
いつでも剣を抜ける様構えながら、恐る恐る中身へ手を伸ばす。するとー
ガタッ
「ッ⁉︎⁉︎な、中に何か居ます!!!」
まだ触れてもいないのに突然音を立てて揺れた木箱を怪しいと判断した警備隊は剣を抜いた。
すると木箱の中から汚れた衣服を来た盗賊が、勢い良く飛び出して来た。
盗賊は驚いていた警備隊員を殴り倒した。
「オラァ!」
バキィ!
すると他の木箱からも盗賊達が出て来始めた。
「野郎ども!お宝の街は目の前だぁ!!!」
「「ヒャッハァーー!!!」」
突然の異常事態にミコスだったが、直ぐに周りにいた他の隊員達が、盗賊達を取り押さえようとする。
「うわ!」
「くそっ!」
「後方にいる隊に連絡しろ!盗賊だ!」
盗賊団は勢いのまま第2ゲートへと向かう。
第2ゲートで待機していた隊員達が取り押さえようと身構える中、すると1人の自衛官が腰のホルスターから拳銃を抜いた。
「止まれぇ!!!止まらんと撃つぞ!!!」
焦点を真っ直ぐに向かって来る盗賊団に向けながら警告を発するが、一向に止める気配が無い。そもそも『銃』というモノを知っているのかどうかも分からない。
「くぅ!」
自衛官は拳銃を少し下げた後、引き金を引いた。
パァンッ!
放たれた1発の銃弾は地面に命中した。突然の強烈な破裂音に盗賊団は一瞬驚きのあまりすくみあがる。
「わ⁉︎な、何だ!」
「もしかして鉄砲か⁉︎」
「あんな形の鉄砲なんてしらねぇぞ!」
そこへ待機していた十数体の『WALKAR』が盗賊団を取り押さえ始めた。盗賊団は剣や槍、ボウガンなどを使って必死に抵抗を行うが、『WALKAR』に敵うはずもなく。次々と無力化されていく。
「ぐ、ぐぅッ」
「ウワッ!」
「畜生が!離せ!」
現場が鎮圧されつつある中、気付かれない様に隠れていたであろう数人の盗賊が、ゲートの突破を試みようとしていた。
するとそこへ剣を構えてながら彼らの元へ突っ込む1人の警備隊員が現れた。
「な、何だぁテメ!」
「邪魔すんな!」
「叩き潰せ!」
盗賊達は突っ込んで来る警備隊員に向けて一斉に隠し持っていた武器を振り下ろそうとしたが、振り下ろした武器が警備隊員に当たる前に、盗賊達は地面に倒れこんでしまう。
「安心しろ、峰打ちだ。」
警備隊員は片刃剣の『カトラス』を思わせる剣を鞘に納め、踵を返した。
ポカンとした表情で眺めていた他の隊員達は、すぐ我に返り、気絶している盗賊達を取り押さえる。
現場は完全に鎮圧され、少しずつ何時もの状況に戻りつつある中、ミコスの元へ数人の自衛隊員が歩み寄る。
「詳しく話をお聞かせ願います、ミコスさん。」
「……は、はい。」
その後の取り調べで、ミコスは盗賊達を匿い、ウンベカントへ入るための手引きをしていた事が分かった。また、ルッコル商会が裏組織や奴隷商会とも繋がっている事も判明し、日本はルッコル商会を『入国禁止対象企業』とした。
ーーー
ーー
ー
一瞬で盗賊達を無力化させた警備隊員は、検問所の物陰で休憩をしていた。そこへ1人の自衛官が訪れる。
陸上自衛隊一等陸尉の近藤勇巳である。
「先程はお見事でした、エドガルドさん。」
「いえ、それほどでも…コンドウさん。それに、私の今の名前はエルヴェです。」
その警備隊員の正体は、元クアドラード連邦国家大統領の長男、エドガルドであった。
あの後、エドガルドはそのまま日本国へ亡命。名前を変えて生きていた。本来であればもっと安全な居場所を政府で用意できるのだが、本人たっての希望でこの国境検問所の警備隊員として働いていた。
因みに彼の弟であるアガルドと将兵のスミエフは、ウンベカントの中央役所で慣れないながらも懸命に勤めている。
「……こんな物騒な所じゃなくても、弟さんと一緒に働いても良かったのでは?」
「…コンドウさん、こんな血に汚れた私にどう真っ当な生き方をしろと言うのですか?これで良いんですよ。エドガルドは死にました。今はエルヴェとして、ニホン国の安全の為にこの命を賭す考えです。」
「弟さんの事は?」
「…今回をきっかけに彼には真っ当な人生を歩んで欲しいと思います。もともと私たちは、国を背負うなんて事は柄じゃないんです。」
もはや彼らの知っているクアドラードではない事は確かであるが、ここまで自身の人生を割り切って、新しい事に向けて進む事ができる者はそうはいない。近藤は彼の精神的な強さに脱帽した。
「……貴方は強い人ですね、エルヴェさん。」
エルヴェはフッと笑った。
「どうでしょうか…強がってるだけかもしれません。」
ーーー
ーー
ー
日本国 首相官邸 会議室
各大臣達が向かい合う様に座っている中、いつもの様に会議の進行を務めていたのは、副総理である南原であった。
「……っでは、今後はより一層、中ノ鳥半島の国境に無人偵察機と無人機の投入を進めるという方針で宜しいですね。」
各大臣達が頷いた。それを確認した南原はタブレットを操作し、会議室中央に立体スクリーンを展開した。スクリーンには、異世界側の国名がいくつも表示されていた。
「では次に、現在我が国との国交を望んでいる国々についてです。我が国が列強国入りしてから、我が国と国交をを結ぼうと望む国は増える一方です。現在要望を出している国の数は34ヶ国。その大半が低文明国家と呼ばれている国々ですね。」
渋川大臣が手を挙げて南原に質問をする。
「その要望を出している国に共通している点は今回もあるのか?」
南原は渋川の言葉に頷いた。
「はい。ほぼ全ての国が内紛や敵対国と戦争状態もしくは休戦状態ばかりでした。」
この言葉を聞いた久世大臣は舌打ちをする。
「チッ、また威を借る狐さんか?」
「まぁ異世界側でもかなりのイケイケだったハルディークを潰したからなぁ。今のうちに仲良くしたいと思ったんだろ。」
「当然断ったんだろうな?」
南原はタブレットを操作し、表示されていた国名に次々とバツ印がつき始めた。
「無論です。丁重にお断りさせていただきました。」
「現在、日本が正式に国交を結んでいる国は12ヶ国。取り敢えずはこれだけでも十分なのだがなぁ…そんな事とは御構い無しに、力の弱い国は強い国の威を得ようと必死ってわけか。」
渋川大臣がほくそ笑みながら呟くと、官房長官の小清水が睨む様に話し掛ける。
「渋川……下手に日本が強い国だと慢心するのは良くねぇな。まだまだこの世界には知らねぇ事だらけなんだぜ。ましてや第2世界の件もある。」
「わ、わかってますよ。」
南原は話を続けた。
「コホンッ…宜しいですか?次に2ヶ月ほど前に送られてきたリトーピアからの書状についてですが、此方をご覧下さい。」
立体スクリーンが切り替わると、薄茶色をした一枚の羊皮紙が表示された。羊皮紙には以下の様に書かれていた。
ーー
・各列強国は、バーグ共和国の後釜となる新たなる推薦国を半年後に行われる会談までにあげる事を求む。
ーー
「……簡単に言ってくれるよ。」
「だが、バーグ共和国の影響力を受けていた諸外国地域は、良くも悪くも平和が保たれていたわけだ。そのバーグ共和国が力失った今、影響力を受けていた場所では戦乱が拡がりつつある。コレは衛星でも確認済みだ。」
「とにかく、どの国を推薦させる?」
「推薦……って言われてもなぁ。」
「まだ我が国周辺の国すら完全には把握出来ていないのに…推薦かぁ。」
大臣達はどの国が良いか話し合いを始めた。しかし、日本がマトモに知っている国は数えられる程度であった為、果たしてその国が世界を統治するに相応しい国力を持っているのかと聞かねると頷くのは難しい。大半が低文明国家である。
「ここはやはりアムディス王国をー」
「いや……言っちゃ悪いが、あの国は兵力だけが取り柄で後は他の低文明国家とさほど変わらない。」
「…じ、じゃあフラルカムは?あの国はドム大陸内では一番、魔法化学が進んでいるが…。」
「いやいや。高度文明国家から見れば、笑われるレベルだろう。そもそもドム大陸とその周辺諸国は全て低文明国家ばかりだ。」
「確かに…列強国と呼ばれる国は、最低でも高度文明国家レベルでないと話にならんのでは?」
「ではどの国が良い?」
大臣達はああでもないこうでもないと進まない会議を続けていた。そんな中、総理大臣の広瀬が頬杖をつきながら口を開いた。
「推薦に相応しい国が……1ヶ国だけ存在するじゃないか。」
この言葉を聞いた大臣達は怪訝な表情で広瀬に注目する。
「……ドラグノフ帝国。」
龍人族の国、ドラグノフ帝国。
龍王であるバハムートが統治している国である。龍人族は基本的に他の種族と比べて繁殖能力が低く、数も決して多い訳ではない。しかし、戦闘能力は高く、軍事力でも並大抵の高度文明国家では敵わない。
広瀬の言う通り、それだけを見れば推薦国として申し分ないかも知れない。しかし、それ以前の問題があった。
「ッ!…そ、総理それはッ。」
「分かってる、分かってる。亜人族って言うんだろ?」
個としては優れている亜人族が、圧倒的な数と高い文明力を持つ人族からの侵略や迫害を大昔から現在まで受けている。奴隷市場で売られている種族と大半が亜人族である様に、一部高階級の貴族や王族からは商品として扱われている事が多い。
「人族こそが優れた存在であり、劣った存在である亜人族は使役される立場にある。」
人族は太古からコレを信じられてきた。
「亜人族っていう点を除けば、ドラグノフ帝国も十分に列強国としての器だろう?」
ここで小清水が広瀬の考えに待ったをかけた。
「広瀬よぅ…確かにドラグノフ帝国は強力だ。だがその亜人族っていう点が問題なんだよ。俺は別に差別するつもりはサラサラねぇが、ハッキリ言ってこの世界の人間が抱いている亜人族への認識は想像以上に酷いもんだ。」
外務大臣の安住も小清水と同じ意見を述べた。
「万が一、ドラグノフ帝国を推薦し、列強国に選ばれたとなれば、多くの国々からの反発は避けられません。特に準列強国のクアドラード神国やバリシアン皇国、サナ王国が黙っていないでしょう。そうなれば、戦争の火種になりかねません。」
「…なぁ広瀬、もう一度よく考えようや。」
2人の言葉を聞いた広瀬は素直に頷いた。
「あぁ、そうだな。悪かった、ちょっと考えりゃあわかる事なのによ。」
小清水は広瀬の様子がいつもと少し違う事に気付いた。しかし、会議はそのまま進んでいく。
「取り敢えず、まだ期間はあります。それまでゆっくり考えていくという事で、この件は一時保留とします。…では次に、第2世界への調査隊派遣についてですが……反対意見が無ければ、1ヶ月前の計画通りで進むという形になりますが、よろしいでしょうか?」
各大臣達が静かに頷いた。それを確認した南原は、少し息を整える。
「……分かりました。では、陸上自衛隊一等陸尉の近藤勇巳を始めとする現地特別調査隊を、ハルディーク皇国からの協力者と共に派遣するという事で…決定させていただきます。」
全員に緊張が走る。全くもって未知の世界である場所に調査隊を送ることのリスクがどれほどのものか…もし向こうで出会う者達が、ココとは違い、好戦的であれば死傷者が出る可能性も十分過ぎるほど考えられる。
しかし、ここで尻込みする訳にもいかない。ネイハム氏の話が正しければ、遅かれ早かれ第2世界の国々との接触は避けられないからである。
「……皆さん、ある意味ココからが正念場です。」
ーー
ー 数時間後
会議を終えた後、広瀬はさっさと部屋を後にして、寂しく廊下を歩いていた。そこへ小清水が声を掛ける。
「おい、広瀬。」
「…小清水。」
明らかに活気が以前より無い。しかし、陽気な彼がここまで元気がない理由を小清水は理解していた。
「……臼井か?」
「はは…参ったねぇ、分かってたのかい。」
進民党党首の臼井太一。彼は与党とは対なる存在である野党側の人間だったが、裏の顔は超一級極秘組織『黒巾木組』の1人にして広瀬総理の腹心であった。戦後から続く与野党のバチバチした関係は、全てフェイクである。何もかもが予め作られた茶番劇、一種のパフォーマンスで、臼井もその役割を担う人間の一人であった。
そんか彼が亡くなって既に一年にもなるが、時折広瀬はあの時の事件を思い出し、元気が無くなっていた。
「アイツとは……若い頃から苦楽を超えて来た仲でよぅ…ツマラねぇ事もあったが…大事な仲間だったんだ。」
「…分かってる。だが、ショックを受けてる場合じゃねぇ。第2世界の件もそうだが、『幻狼会』が動き出してきたんだ。何とか奴らを抑えねぇとエライことになるぜ。」
臼井は、世界中で暗躍している中国マフィア『幻狼会』によって殺された事が分かった。しかし、それ以降連中のアシが掴めない状態が続いていた。もともと中国を始めとする色んな周辺諸国に裏で影響力を与えている組織である為、一筋縄ではいかない相手である事は分かりきっていた事ではあったが、『黒巾木組』をフルで活用しても、アジトどころか一人の構成員の居場所さえ不明である。
国内にどれほどの構成員がいるのか?
どんな規模で動いているのか?
全くの不明である。
「日本が異世界に1年以上経つが、都市部や街並みが一層賑わいを見せてる。それ自体はいい事なんだが、問題はそのあと……同時に不良や半グレ、愚連隊や在日外国人による犯罪が爆発的に増えた。」
「……それも幻狼会が絡んでると?」
「臼井が殺されてから1ヶ月足らずで、一気にワル共が出て来やがった…関係ねぇ事は無えだらうよ。警察組織に潜伏してた仲間がパクった奴らを片っ端から事情聴取したんだが、幻狼会に関する情報は出てこなかった。」
「下っ端連中に汚い仕事をやらせてるってわけか。」
「特に一番酷いのが薬物売買だ。」
「コカインや覚せい剤か?」
「おうよ。この世界に来てから…それら地球産の葉っぱが超貴重品扱いになったらしい。一般的には1gで15万、混ぜ物ナシもあってか高い。」
「……どっかで薬の元になる葉っぱも多量に栽培してるってわけか。だがコレだけ見れば、悪質な暴力団の犯行程度にしか見えん。もっとヤバイ何かを狙ってる筈だ……例の武器製造工場の件もある。」
2人はあらゆる最悪な事態を予測するが、今はそれを考えるよりも『幻狼会』の手掛かりを得る事が重要だった。
「とにかくよぅ…連中の情報を集めるていこうや。警戒心の強い奴らが簡単にシッポを出すとは思えんが…。」
広瀬は先程までの落ち込みが消え、闘争心溢れる強い眼へと変わった。
「あぁ…分かったッ。」
ーーー
『……続いてのニュースです。亡くなった進民党党首の臼井氏に代わり、新たな党首である後藤田泰弘氏が次期党首確実となりました。続いて無所属で頭角を現し始めた木戸口永一氏が民自党への移籍を表明しーー』
いよいよ…ていうかやっと第2世界に入っていきます。