第6話 会談前の馬車の中にて
色々武装化した輸送艦『おおすみ』が登場します。あと、大まかですが異世界の情勢が見えてきます。
――5月20日 港町イシュメーヌ
多くの漁師と商人で賑わい活気溢れる港町イシュメーヌ。今日に限っては別の意味で賑わっていた。北東に現れた新興国ニホンの特使がこの港町にやって来るからである。そのため町ではニホンの噂で持ちきりだった。
「おい、聞いたかよあの噂」
「ああ。何でもニホン国のお偉いさんがこの港町に来るって話だろ?」
「ニホンってどんな国なんだ?」
「俺は角の生えた亜人族が住んでいると聞いたぞ!」
「獣人族の国っていう噂もあるぞ!」
「いや、女しかいない女人国だと聞いたぞ!」
町の人達は、謎の国ニホンの様々な噂をああでもないこうでもないと話していた。
――数時間後
ロイメル王国外務局局長のホムルス・マトゥは従者と兵士を連れて港町で日本の外交官が来るのを待っていた。
「……ニホン国か。一体どの様な国なのか」
「ホムルス様、ニホンがどの様な船で来るのか楽しみですね!」
「ホホ、そうじゃな。もしかしたら炎龍でやってくるかもしれぬぞ?」
「え!? ま、まさか」
彼はロイメル王国外務局員のザハナス・テュート。ポークパイハットのような帽子を常に被っているのが特徴で、今回の日本国外交官の案内と世話係に任命された若者である。
すると海の向こうから一隻の船がやって来た。
その船がだんだん近づいてくるにつれてホムルスを含め港町にいた全員がその巨大さに驚愕した。
ーー
海上自衛隊 輸送艦 『おおすみ』
全長178m、全幅25.8m、最大速力22ノット。
兵装はCIWSを2基、RAM近SAMを2基
、12.7㎜単装機関銃を5基。
憲法改正によりかなりの武装化が進んでいる。
ーー
(な、なんと巨大な船だ! 我が国の軍船の倍以上の大きさだぞ!? 帆も張ってないのに進んでおる!ん? まさかこの船、鉄で出来ているのか!?)
『おおすみ』は港から少し離れた沖合で停船した。ホムルスは港の水深が浅いため直接船を停めることが出来ないのだと気付いた。すると、2隻の小型船が現れこちらに向かってきた。あの小型船も帆が付いておらず、かなりのスピードでこちらに向かってきた。
小型船が港に着くと中から3人の人間が現れた。
(ほぅ、ニホンは人族の国なのか。それに奥の2人の服装が緑色のまだら模様……まぁ単に文化の違いだ、気にする必要は無いな。ん? 手前にいる黒い礼服の男が外交官かな?)
「わざわざお出迎い頂き誠に恐縮です。私は日本国外交官の堀内武久と申します。この度は我が国との会談を承諾していただき感謝に堪えません」
「(ふむ、思っていたより随分と礼儀正しいな)……私はロイメル王国外務局局長のホムルス・マトゥと申します。こちらこそ、今回の会談を提案して下さりありがとうございます。あちらに馬車を止めておりますゆえ、さっそく城へ向かいましょう」
こうして堀内、ホムルス、ザハナスは同じ馬車に、護衛の自衛官は別の馬車に乗る事となった。
馬車に乗ると外務局員のザハナスが被っていた帽子を脱いだ。その時堀内はある事に気付いた、彼の『耳』である。まるで犬の耳に良く似たそれに驚いた堀内はつい声に出てしまった。
「あ、耳が……」
「え? 耳がどうかしましたか?」
「あっ、いえ、そのぉ……」
「ん? まさかとは思いますがホリウチ殿、ニホンには獣人族は存在しないのですか?」
堀内はホムルスの質問にそうですと答えると2人は驚いた。この世界では亜人族は当たり前に存在し、その亜人族が存在しない国などあり得ないからである。
しかし、殆どの国では亜人族を差別や迫害、捕まえて奴隷にしている為、亜人族が人間と同じ様に暮らし、ましてや国政に関わる職に就くことが出来るのはこのドム大陸の中ではロイメル王国とクドゥム藩王国のみである。
「こ、これは失礼いたしました! 直ぐに帽子を……」
「いえ、そのままで大丈夫です」
「?」
「正直な話、私は今とても感動しています。今まではおとぎ話の世界の存在でしかなかった方とこうして出会い、会話する事が出来たことに、私は心から嬉しく思っています」
「あ、ありがとうございます」
ザハナスは堀内が何故自分に出会えた事に感動しているのかよく分からなかったが、悪い気はしなかった。むしろ嬉しく思っていた。
「申し訳ありませんが、王城に着くまでの間、この世界に付いて幾つか伺いたいことがあるのですが宜しいでしょうか? 日本はこの世界に来て日が浅く殆ど知識が無いのです」
「えぇ構いませんよ、私が分かる範囲でよいのなら」
「ありがとうございます。ではまず、この世界にはどのくらいの種族が存在するのですか?」
「そうですなぁ……」
ホムルスは以下の事を説明した。
ーー
この世界には大きく分けて8つの種族が存在している。
◇人族
・この世界で最も多い種族。肌の色と文化はそれぞれ違うが文字や言語は基本統一されている。(独自の言語を使う少数民族もいる)
・高度文明圏国家というものが存在し、その数は20ヶ国。(因みにこの世界の総国家数は57ヶ国)
ドム大陸内の国は圏外である。
・その高度文明圏国家の中でも高い文明力を持っている国が5カ国存在する。その国々を5大列強国と呼ぶ。
・5大列強国は『ハルディーク皇国』、『サヘナンティス帝国』、『レイス王国』、『ヴァルキア大帝国』、『バーク共和国』。また、5大列強国に関する情報は殆ど入ってこない為、どの程度の文明力なのか未知である。
・ドム大陸では現在、アムディス王国が覇を唱えている為、近隣諸国に対し侵略行為をしている。
◇エルフ族
・エルフ族は魔力に長けた種族。寿命1500年。各地の深い森の中に住んでいるが彼らの国は北西にある『アルフヘイム神聖国』。
・エルフ族には純血種のハイエルフとダークエルフがおり、この2種族は犬猿の仲である。理由は『価値観の違い』とのこと。
・混血種はハーフエルフと呼ばれ、人間との間に産まれたエルフ族である。エルフ族の中では一番人族と共存しているが、魔力は純血種よりも低い。
・エルフ族は皆綺麗な容姿をしている為奴隷市場では高値(特に女性)で取引される。
◇ドワーフ族
・採掘や加工、建築に長けた種族。身長は低いが力が強い、寿命は人族と同じくらい。彼らの国は北の地にある『ドルキン王国』。
・非常に頑固で欲深いため、他種族からの印象はあまり良いものではないが、人情に厚いところもある。
・世に出回っている宝石類や精巧な品々の殆どはドワーフ族が加工し作った物であるが、人族もドワーフ族と同等の物を作る事が出来る様になっている為彼らの仕事は年々減り続けている。
◇魔人族
・今は全くと言っていいほど彼らと出会った者はいない。また、魔人族は他種族から一番嫌われている。原因は悪魔的かつ凶暴的な容姿である。彼らの国『ガルヴァス王国』は太古の昔に災害に呑まれ滅んだ。
・オーガ族、オーク族、ゴブリン族、角人族がいる。
・オーガ族は魔人族の上位種で大きさは人間の3倍程。鋭い牙と目が特徴。
・オーク族は人間の1.5倍の大きさで筋骨隆々な体格、下顎から生える牙が特徴。
・ゴブリン族は魔人族の中で最弱種、身体能力は人間の子供と同じくらいで知能も低い。
・角人族は人族に角が生えた種族で、高い身体能力と魔力を秘めているが、繁殖能力はかなり低いため数も少ない。
・王国が滅んだ後、魔人族は500年前に地図にものらない遠い遠い西の地へと移り住んだらしい。
◇水人族
・魚人族と人魚族に分けられる。主に水中に生息し、海底国家『バルフォール海底国』を故郷としている。
・魚人族は水陸両用だが長時間水から離れると身体能力は半分以下にまで下がる。人魚族は陸地に上がると尾ひれが二つに割れ二足歩行になるが、24時間以内に水の中に戻らないと死んでしまう。
・主に真珠や魚介類などを売って生計を立てている。
◇龍人族
・龍人族はプライドが高く、他種族を見下す者が殆ど。東の地に『ドラグノフ帝国』という彼らの国がある。
・銀色の鱗の龍人族は出自に問わず王族貴族になれる。
・雷龍以外の龍となら会話は可能。炎龍とも可能だが十中八九上手くいかない。
・戦闘能力は高いが別に火を吹けるわけではない。
◇ドリアード族
・要は妖精でエルフ族に近い魔力を持っている。主に自然力を利用した魔法を使う。
・基本は友好的であるが気まぐれで約束事はすぐに破る。
・彼らの国『リリスティーグ国』と国交を結ぶ際、なにかしらの決まり事を付けるのであれば『血の契約』か『魔法締結』を進める。そうすれば気分屋の彼らも約束を守るしかない。
◇獣人族
・亜人族の中で一番人間と共存している種族でその種類は数百種と呼ばれている。
・彼らの国『ヴェルディル王国』は東の地にある。
・人間との混血種が非常に多く、純血種の獣人族は『ヴェルディル王国』の中であってもその数は少ない。獣人族の血を濃く受け継いでいれば、より獣に近い姿になり、人間の血を濃く受け継げば一部分(耳、鼻、尻尾など)以外は人間と同じ姿になる。因みにザハナスは狼の獣人族である。
・人間と最も共存していると言っても、迫害や差別は多く、普通に接し扱ってくれる国はこのドム大陸ではクドゥム藩王国とロイメル王国のみである。
ーー
「……とまぁ、種族についてこのくらいですかな」
「ありがとうございます。いやぁ思っていたより沢山の種族がいるのですね」
「もしかしたら、まだ見つかっていない種族もいるやも知れませぬぞ? ホホ!」
「そうだといいですね。では次に、魔法について聞いても宜しいですか?」
「……ッ!?」
その言葉を聞いた2人は驚愕した。この世界では魔法は無くてはならない存在であるため、魔法が存在しない国など彼らが知る中ではあり得ないからである。ザハナスは身を乗り出す勢いで堀内に詰め寄った。
「で、ではホリウチ殿が乗ってきたあの船はどの様にして動いているのですか? 多数の魔導師が風魔法で動かしているではないのですか?」
「い、いえ。我が国には魔導師は存在しませし、あの輸送艦『おおすみ』はディーゼル機関と呼ばれるエンジンで動いています。要は科学の力です」
「えんじん? でぃーぜるきかん? その科学と言うのは魔法科学と似たようなものですか?」
「そ、その『魔法科学』が何なのか分かりませんが、魔法の類いは一切使っていません」
その言葉を聞いた瞬間、ザハナスは力無くイスにもたれかかる。自分達の常識の一切が通じないにも関わらず、彼らは我らの遥か先にいるという事実に。
「あの……魔法について、そろそろ」
「え? あ、はい。そうでしたね! えっとー、まず魔法を使うには魔鉱石と呼ばれる物が必要です。魔鉱石は魔法を使う為の媒体で、その種類によって色々な現象を引き起こします。火を起こしたり、水や風を生み出したり、明かりを点けたり、治療にも使われます」
「つまり、その魔鉱石が無ければ魔法を使う事は出来ないという訳ですか? 私達にとって魔法は、杖を使って火炎や雷を生み出し、モンスターを召喚して隷属させるといったイメージが強いのですが……」
「まぁエルフ族やドリアード族なら魔鉱石を使わずに魔法を使う事は可能です。しかし、その様な神の如き魔法は例え純血のエルフ族でも不可能です。せいぜい、焚き木に火を点けたり、洞窟に小さな明かりを灯す程度ですよ」
「あと、魔鉱石があれば私達でも魔法を扱う事は出来るのですか?」
「いいえ。魔鉱石があれば誰でも魔法を使える訳ではありません、魔法は常人以上の魔力を持った者で無ければ魔鉱石は扱えないのです。その者たちを『魔術師』と『魔導師』と言います」
「その2種類の違いは?」
「『魔術師』は一般人より多少魔力が高い者達が名乗れることができ、平民達が唯一魔法を頼る事が出来る存在です。大体が占いや治療を行ってます。火や明かりを灯すといった事も可能ですが、それらは魔法で無くとも可能です。『魔導師』はエルフ族と同等の魔力を持つ者達がなれます。その数は非常に少なく希少な存在なので殆どが王族貴族に仕えています。主に重い傷や病の治療やまじない、船を速く進めるため風魔法を生み出すなどを行います。因みに普通なら最低でも船1隻につき5人の魔導師が必要ですが、ニホン国の船を見ると最低でも20人以上の魔導師が必要かもしれませんね」
「何故船1隻に対しそんなに必要なのですか?」
「魔法を使うと体力の消耗が激しいからです。故に複数交代で無ければ過労……魔力切れで死んでしまいます」
堀内は魔法が想像していたより、ずっと燃費と効率が悪い事に驚いた。
「その魔鉱石は魔法を使う為の媒体以外にも使い道はあるのですか?」
「もちろんありますよ。魔鉱石を職人に加工してもらい観賞用の宝石に出来ます。これは、宝石に触った人の魔力に反応し、宝石の中で火や電気、水が生まれ、それらが宝石に照らされ美しく輝くのです」
「おお! それは是非見てみたいのもです!」
「ホホ! 城に着きましたらお見せしましょう。後は、防具や武器に加工する事も可能です。これにより多少の攻撃や魔法を防ぐいだり、魔法を撃ち出す事も可能ですが、装備するだけでも大量の魔力を消耗するため、魔力が高く鍛えられた者で無ければ扱えません」
「あのドラゴンに乗ってた騎士達の鎧もそうですか?」
「翼龍騎士団の事ですか? 彼らの防具も魔鉱石を加工して出来てきますよ。あの防具を身につけているからこそ、騎士達は翼龍のスピードに耐えられるのです」
「つまり翼龍騎士団は魔力の高い者たちで構成されているのですか?」
「いえいえ。彼らは普通ですよ。魔力の消耗は翼龍が担ってくれているのです。翼龍はエルフ族以上の魔力を持っている為、騎士達の代わりに防具による魔力消耗を担ってくれています。それに魔力消耗で墜落した事も殆どありません。無論翼龍に乗っている間だけですが」
「なるほど……因みに翼龍の持続飛行距離は?」
「まぁ個体差もありますが、約1000㎞程です」
「ん?それでは以前、『禁断の地』からやって来た翼龍騎士団はどうやって帰ったのですか? 片道だけでも850㎞近くありますよ?」
「あぁそれは、魔鉱石を加工して作った特殊な餌を道中与えたからです。そうすれば、往復2000㎞程なら大丈夫です。しかし、問題もありますよ。お腹が一杯であれば餌は食べませんし、お腹が空き過ぎていては空も飛べません。出撃する前は常に腹八分目か五分目に保たなければいけないのです。それに翼龍も生き物、機嫌が悪かったり体調が良くなければ飛んでくれませんし、餌代もバカになりません。糞の始末も一苦労ですし」
「た、大変なのですね」
「えぇ、しかし翼龍は戦術的優位に立つ為には必要不可欠な存在なのです」
「お!もうそろそろ王都に着きますぞ」
堀内達は王都ロクサーヌに到着し、こらからロイメル王国との会談が始まるのだった。