再会
宇宙船から降りたった宇宙人は我々人類とそっくり、兄弟と言ってもおかしくない姿かたちをしていた。ただ、顔がイヌ面だったことを除いては。
イヌ面宇宙人は、思ってもみなかった形のファーストコンタクトにまだ戸惑っている我々に、まさにイヌが示すであろう親愛の情タップリの挨拶をした。
さらに驚いたことに、と言うより信じられないことに言葉の問題は生じなかった。宇宙人たちは何と完璧な日本語を話したのだ。(そこで急きょ、日本人が地球代表団に加わった)人類は宇宙人をもっと違ったものと考えていたのに、それが何と日本語を話すイヌだったなんて。
「あなた方はどこから来られたのですか? お言葉から察するに、我々地球人のことをよくご存知のようですが?」
今度は宇宙人が地球人の言葉にショックを受けたようだった。
「この質問から察するに、あなたたちはすっかり記憶をなくしてしまわれたようですね?私たちは戦友ですよ」
そういうと彼らは宇宙船内の図書館から自分たちの歴史書を引っ張り出してきて、人間に指し示した。本の中の文字まで日本語、と言う訳にはいかなかったが、多くの写真や絵があり、意味するところは容易に理解できた。
最初のページにはカプセルの傍らに立つ一人の人間がいた。次のシーンでは、人間のそばにイヌが一緒にいた。さらにそこにサルが加わった。次の絵にはキジが写っていた。一人と三匹は船に乗り込み、醜悪な怪物の基地を攻撃した。激しい戦いの末、彼らは怪物を倒し、帰還した。
「これはひょっとして桃太郎の話ではないですか?」
地球人の一団の中にいた日本人代表が恐る恐る声を上げた。
「やはり記憶に残っていましたか」
イヌ人は喜びの声を上げた。意味がわからずキョトンとしている他の国の人間に、日本人は「桃太郎」の話を聞かせた。
しかし、なぜイヌ型宇宙人たちの歴史に桃太郎が登場するのであろうか。
「ひょっとして桃太郎の話とは、人間とあなた方が一緒になって敵と戦った歴史的事実が、昔話に姿を変えて日本人の間に伝わっていたというのでしょうか」
アメリカ人代表が問いかけた。
「そのとおりです。そしてこれは我々イヌ人誕生の歴史でもあるのです」
「それはつまり、桃太郎の鬼退治に登場したイヌがあなた方の先祖だと言う意味ですか。でも一体どのようにしてあなた方は人間になったのですか。そして何故、あなた方は宇宙を飛び回っているのですか?」
「やはり、あなたたちはこの話の後半を忘れてしまったようですね。桃太郎は怪物退治に協力したイヌ、サル、キジにご褒美として進化処置を施し、人間化してくれたのですよ。我々はその後、新たなる冒険を求めて宇宙に乗り出しました。今年は、あなた方の昔話に言う「桃太郎の鬼退治」から五万年の記念の年なのです。それで我々は誕生の地、この地球に戻ってきたのです。やがてほかの仲間も姿を現わすでしょう」
人間たちはこの話に仰天した。
我々人間はかつてイヌに進化処置を施せるほどの科学を持っていたのに、そのイヌが宇宙に飛び出していった後で、逆に退化してしまったと言う訳だ。銀河を自由に旅行する今の彼らの科学力は明らかに人間を凌駕している。
まったく情けない話だ。しかし、過ぎたことは仕方ない。もう一度頑張って力を蓄え、イヌ、サル、キジたちを従えなければならない。人間たちは密かにそう、心に誓った。
そうこうするうちに、地球上空に新たな宇宙船が現れた。中から現れたのはキジ人たちだった。キジ人は人間の前でイヌ人と固い抱擁を交わした。そこで人間たちも同じようにキジたちを抱きしめた。
全く人間は何をしていたと言うのだ。五万年の間、地球にへばりついて何の進歩もしていなかったなんて。かつて、イヌ、サル、キジを従えて宇宙の平和を守る活躍をした我々が今は家来たちと同格であるかのように振舞わざるをえないなんて。
人間たちは屈折した気持ちからくるやや傲慢な態度で、歴史的再会をリードしようと試みた。
「君たち、今年は人間の鬼退治五万年記念だ。我々人間のほうは記憶を失ってしまったが、君たちのおかげで自分自身の過去の栄光を思い出しつつある。我々も早く君たちの主人にふさわしい知恵と力を復活したいと思っている」
突然の人間の言葉に、イヌ人とキジ人たちは意味がわからないと言うように首をひねった。しかし人間は彼らの態度の変化に気付かず、精一杯、胸を張って続けた。
「イヌとキジがそろったんだ、じきにサル人もここに現れるはずだろう。なつかしい再会になるな」
桃太郎の下にイヌ、サル、キジと揃えば、否が応でも人間のかつての栄光が輝くに違いない。ところが、彼らは呆れたように人間を見返すだけだった。
やがてイヌ人が口を開いた。
「なにを言っているのだ。我々お供のものはすでにここに揃っているじゃないか。五万年間、何の進歩もみられなかった愚かな同輩よ」
そう言ってイヌ人は憮然としたように人間たちを指した。
「まさか、サルと言うのは……」
人間たちは絶句した。
その時、キジ人たちが空を見上げて叫んだ。
「あっ、桃太郎様がお見えになったぞ」