幕間 お嬢様
「カンフー映画ってスッキリしますよね」
月歌は特番で夜更かしをして、目はすっかりクマだらけになっている。
{――遺棄事件の……}
昨日の話がニュースになっていた。
{犯人である母親は黙秘を続けているそうです}
そこでニュースは違う話になる。
「依頼者は来ませんね」
「うちはそう人気があるってわけじゃないからね」
雨田はコーヒーを飲みブレイクタイムといった様子である。
「まあ暇な事務所がある間はそこそこ平和ってことで……」
「新作マカロンが発売されるそうなのでケーキ屋に行ってきます」
月歌は一人で外出することにした。
「じゃあついでにシュークリームも買ってきてくれない?」
雨田がシュークリーム代を月歌へ渡す。
「ええ、ところで皮は固いのと普通のどちらですか?」
「へー今って皮にも種類あるんだね。できたら普通のやつでカスタードオンリーのやつがいいな」
高いシュークリームには生クリーム入り、バニラビーンズ入りなどがあるので好みは事前に明確に伝えるのが望ましい。
「わかりました」
「ケーキ屋にカスタードオンリーはあまり無さそうだけどね」
無かったらスーパーに行ってみようと月歌は考えた。
■■
「テレビで事件でも調べようかな」
雨田がテレビの主電源をつけると隣国の勢力争いについて、この国へ隣国の暗殺者などが紛れているなど物騒な話をやっていた。
「銃撃とかドラマみたいなことが起きたら嫌だなあ……」
ますます探偵の出る場が減る。雨田はため息をつきながら2杯目のコーヒーを準備した。
■■
「よう、兄ちゃん金貸せよ~」
「や、やめてください!」
買い物を済ませると目の前で、ひ弱そうな青年が目の前でチンピラに絡まれていた。
「はっ!」
チンピラの背後にまわって足をはらい、青年の手をとって走る。
「あ、ありがとう」
茶髪にぐるぐる眼鏡、黒いシャツの青年はビクビクと震えながら礼を言った。
「いえいえ……?」
気にする必要はないんです。助けないと目の前で事件が起きるかと思っただけなのだから。
彼を見て、何らかの感覚をおぼえる。初対面なのに、どこか懐かしいのだ。
「私は雷鳴我門月歌と言います」
ぺこりと頭を下げて名乗る。
「僕は……」
彼がつられて頭を下げながら名前を名乗ろうと口を開くと――
「きゃーひったくり!」
「うわっ」
ひったくり男が青年にぶつかり、眼鏡が飛ぶ。男がそのまま近くの鞄へ手を伸ばしていた。
「ふげっ!!」
「あなたの鞄ですか?」
ひったくり犯から取り返した鞄を渡すと老婆は感謝して去る。
「眼鏡眼鏡……」
「レンズがついてないですが、どうぞ」
眼鏡を拾い、焦りながら探す彼へ手渡す。
「あ、重ね重ねありがとうございます」
青年の素顔を見ると彼は私自身に似ているのだと気がつく。
「……何か?」
「いいえ、貴方のお名前をまだ伺っていないなと」
名をたずねると、彼は少し考えながら答える。
「僕は雷陽と言います。一応日本人ですけど忌み子といわれ幼い頃に養子として出されました」
あまりに答えるまでの時間が長く彼の自己紹介は嘘で、さっきは何かの設定でも練っていたのだと内心は疑ってしまう。
「そうなんですか、忌み子ということは実は双子の兄がいてとか?」
「よく双子だってわかりましたね。ちなみに、僕が兄なんです」
彼は人格レベルで雰囲気が初めと変わっている。嘘であろうとなかろうと常に脅えていて、サラッと会話できるようなタイプでは無かった。
「では買い物があるので」
「すいません、ありがとうございました」
不思議な人だったけれど、もう会うことはない気がする。否……会ってはならないのだろう。
「月歌さんでは?」
見知らぬ同い年くらいの女子高校生に声をかけられる。布帽子をかぶっており、制服は所謂・名門校といった印象。
「どこかでお会いしましたか?」
「いいえ、直接はお会いしたことは……」
ありません。と言うことだろう。どうしてこういう方は、はっきりものを言わないのかしら。
「わたくし、法成王寺家の分家にあたります条王院マリエともうします。今度の土曜日にご長男の生誕記念パーティーを開きますので、当然雷鳴我門様もご参加なさいますでしょう?」
「そうでしたか、ここ数か月は家を離れておりまして、ご連絡はいただいておりません」
お迎えの車が来た様子の彼女は、再びこちらを向く。
「パーティーでは奥方候補ばかりが集まるそうで、きっと月歌さんもお呼ばれしているはずですわ」
「月歌さん」
雨田さんがこちらに歩いてくる。帰りが遅いから、きっと心配してくださったのだろう。
「そ、そちらは?」
「私が尊敬してやまない、名探偵さんです」
説明すると気を悪くしたのか、マリエさんがさっさと車に乗って行ってしまった。
「どうなさったんでしょう?」
「さあ?」
買い物は終えていたので、そのまま一緒に事務所へ戻ることになった。