五章 ライバル登場
月歌と雨田は新たな事件はないものか、まったりとニュースを観ていた。
「……まあ、怪盗は実在したんですね」
月歌が新聞を読んでいると、雨田がそれを横から視る。
「稀代の怪盗ソレイユ現る。だって?」
新聞を凝視し、わなわなと震える。
「そんなに震えて、どうなさったんですか?」
それを不思議に思って、月歌は怪訝な表情でたずねる。
「……怪盗は非科学でファンタジーチックだから。僕は認めたくないんだ」
と答えられ、月歌は納得。新聞に目を通す。
「【イケメンハーフ探偵、海外から帰国】【ボクが怪盗を捕まえますよ】」
「……」
月歌が口にした見出しの台詞に、雨田は吹き出しそうになっている。
「これは【探偵怪盗アセスルファム】よろしく、探偵が怪盗というパターンがくるかもしれませんよ?」
「ネット小説の読みすぎだよ」
「それにしても、なんといいましょうか……探偵なんていたんですね!」
「え……月歌さん?」
二人が和やかにお茶を飲んでいると、インターホンが鳴る。
雨田がドアを開くと、見知った男が、目を見開いて驚いていた。
「え?」
――――事務所を訪ねて来たのは警部の片瀬。
「来るなら連絡くらいしてください」
「すまん。まさか本当に事務所を持っていたとは……」
(どうするんですか、雨田さん。この事務所、無許可ですよ)
(平常心だよ、月歌さん)
「さっそくだが依頼を持ってきた」
片瀬が一枚の紙をテーブルに乗せる。
それには怪盗ソレイユの狙う絵画のイラストが載っていた。
「あら……私、一度でいいからvs怪盗をやってみたかったんです!」
「こんなに喜んでいる月歌さん初めてみた」
月歌は依頼を受ける気満々、珍しく嬉しそうな表情を見せた。
「やりますけど、ハーフ探偵も来るのでは?」
「ああ。イケメンハーフ帰国子女探偵の陽人<はると>だな」
――――――
単純明解、そんなものに価値はない。
何事も謎がなければつまらないのだ。
「どうも陽人さん!」
「あなたが雲松警部補ですか」
「そうです!ご存知いただけて光栄です!」
「優秀な新人だそうで」
「え?マジスか!?……あ片瀬警部?」
「なにかありましたか?」
「追加で探偵が二人来るらしいです」
「二人?ボクでは不足ですか」
「いやいやめっそうも!」
「その探偵の名前は?」
「えーあ……雨田なんとかと、その助手です」
「陽と雨ですか……」
「え?」
「いいえ、楽しくなりそうな気がしますね」
カツりカツり、立ち入る男の靴音。
「――――くくく……これがエジプストの女神鳥か。存外大したことのない絵だな」
―――男は準備を終え、展示場を後にする。
片瀬とともに月歌と雨田が現場へ着く。
「雨田清斗です。どこぞの高校生探偵のパクリキャラのような記事を新聞で読みました。今回はよろしくお願いしますよ」
「はじめまして陽人です」
ウェーブの入ったブロンドの青年が雨田の嫌味ともとれる発言を軽く流す。
「私は雷鳴我門月歌です。雨田さんに探偵の極意を学んでいます」
「――もしや、あの雷鳴我門ですか?」
陽人が名字にピクりと反応する。
「え、はい。たぶんそうです」
「それが何か?」
「いいえ。ではメンバーの確認も済みましたし、警備に行きましょう」
月歌、雨田、陽人は中へ入ると絵を観る。
「これはたしか、没落した西世家の屋敷から買い取ったものだそうですね」
陽人は手帳を開き、中を確認すると片瀬にたずねた。
「ああ、西世の屋敷には貴重な品々が数多く眠っているらしい」
「これはあくまで噂でしかないですが、ご令嬢は神隠しにあったという話を聞いたことがあります」
と陽人がいうと、月歌はぽかりとする。
「神隠しですか……」
頬に手を当て、訝しげに絵を眺める。
「神仏にはあまり興味がないですか?」
陽人が問いかけた。月歌は振り向く“ええ”とだけこたえる。
「あの二人、なんか美男美女でお似合いだよな」
雲松が独り言をいうと、片瀬はみた。
「お前出会って早々に彼女を逮捕しようとしたのに、意外なことを言うんだな」
「いや、それは……美人だからって逮捕しないわけじゃないんで……」
雨田はそんな四人を交互にみていた。
「ところで君は探偵になりたいそうだけど、何か好きな探偵小説はあるのかな?」
陽人が月歌にたずねると少し考える素振りを見せる。
「そうですね、狂魔先生の作品は全般です。最近では探偵怪盗アセスルファムが好きです」
「それはどんな話なのかな?」
雨田は先日からその作品を語るので、気になっていたと言った。
「主人公シェガンナは街を騒がせる怪盗アセスルファムでしたが怪盗をやめて探偵タレンスの助手になります」
「なぜ探偵になりたくなったのか気になるな」
雨田はネットを調べ始めた。
「それで、その後は?」
陽人は話の続きをたずねる。
「ライバル怪盗のグリシンが現れます。彼はシェガンナの正体を知っているのでバラされたくなければ怪盗を復帰しろと脅します」
月歌はわかりやすくかいつまんで説明する。
「やむを得ず復帰するシェガンナですが、更にピンチが訪れます。助手を志願するアハニエル君が現れてしまったのです!」
話の盛り上がりにあわせ少し大きな声でいう。
「アハニエルは絶対腹黒だね」
雨田は憎たらしい者でも見るようにする。
「それにしてもキャラの名前が面白いね」
「お気づきですか!?」
陽人の言葉に月歌がぴくりと反応する。
「名前になにか秘密でも?」
「ええ主人公シェガンナが怪盗時アセスルファムという名を使うのはなぜかわかりますか?」
月歌が嬉々としながら問う。
「わからないな」
「関連性が予測できないね」
「ヒントは甘味です」
月歌は二人ならすぐに解ける筈だと言う。
「シェガンナはなにかわからないけどアセスルファムは多分甘味料のそれだと思うが捻りがないね」
「グリシンはグリセリン、アハニエルは蜂蜜だね?」
二人は甘味料や甘いものなどを当てはめ、みごとに当ててみせた。
種を聞けばトリックも自ずと解けるのだ。
「シェガンナは結局なんなんだい?」
雨田は気になってしかたがなさそうにたずねる。
「そのまま、シュガーだそうです。あとがきに書いてありました」
「案外推理より頭を使った気分だよ。簡単そうに見えて捻ったかと思えばストレートだし」
「どうでもいいですがペットボトル紅茶のストレートティーって砂糖入りですよね」
――予告時間が近づき、皆は持ち場に集合する。
「さて、後は怪盗が来るのを待つだけです」
皆は緊張しながら絵を見ている。あたりは静寂に包まれた。
「あ、電話」
その空気を壊すように、警部補が鳴った携帯をとる。
「なんだ雲松、今は携帯を切ったほうが……いいんだろうか?」
雰囲気的に怪盗を捕まえる時に携帯は鳴ったらダメだろうが仕事をするにあたり電源を常に入れるべきだろう。
「警部、付近で事件があったそうです」
「案件にもよるが他の課に任せればいいんじゃないか?」
今にも怪盗が来るという時、さすがに現場を離れるわけにはいかないだろう。
「というかお二人は何課ですか」
「説明しにくい」
月歌の問いに雲松が言葉を濁す。
「それがコインロッカーで生まれたばかりと思われる幼児の遺体が発見されたと」
雲松の言葉に周囲は意識を持っていかれている。ふと月歌が絵の場所を見ると、もうそこにはなかった。
「絵がありません!!」
月歌の言葉に周囲は注目して混乱が起きる。
怪盗の騒ぎと事件に関連はないが、偶然にしてはタイミングが良すぎたのだ。
「怪盗は姿を現さず絵を盗みだしました。そして別の事件が起きて、どうしましょう!」
喜んではいけないことなのに胸が高鳴る。と月歌は罪悪感にさいなまれた。
「もう盗まれてしまったなら、もう一つの事件現場に向かうべきでは?」
雨田はこちらを検察に任せ、警部はあちらの様子をうかがう提案をする。
「ああ、なら雲松はこっちを頼む」
「はい!」
体よく置いていかれたのでは、彼以外の全員はそう思う。
「では雨田さんはそちらへ?」
「ああ、ハルト君も来るんだろう?」
雨田は月歌の問いに頷き、すかさず陽人のほうへたずねる。
「いえ、僕は怪盗を捕まえに来たので……そちらの事件は検察の方が鑑定すれば解る事ですからね」
親子鑑定をすればいいだけで、探偵の出る幕ではない。
「では私は絵が消えたトリックを推理します」
「え?」
「月歌さん!?」
雨田、陽人は彼女の選択にそれぞれ驚く。
「私がいたら、なにか都合でも悪いんでしょうか?」
「いや、美しいレディが行動を共にしてくれるなら」
「オレもいるぞ!」
雲松を無視し片瀬は外へ、雨田も同行した
「で、なにか気になる事ってなんなんだ?」
雲松は月歌は怪盗のトリックに気がついた点があるのではないかと察した。
「探偵モノなら近くに隠されているとかなんですが……」
「ベタに最初から本物と偽物がすり替えられていたパターンはないか!?」
雲松の言葉にあたりは静まり、誰も言葉を発する事なく作業を黙々と続けた。
「それにしても雲松さん、片瀬さんから離れても平気なんですね」
「なんだよ、バスに乗りたがらない幼稚園児みたいな言い方するな」
そんな言い方をした覚えはない。と月歌は反論した。
「まあまあ、何か発見はありましたか?」
「そういう陽人さんは?」
月歌の問いに困ったと後頭部をかく。
◆◆
一方その頃、コインロッカーでは調査が始まっていた。
遺体は第一の呼吸すらしておらず病院で産まれた可能性は低い。
つまり母親のデータなどを見つける際に子供のDNAだけでは鑑定できない可能性がある。
「なにやら機嫌が悪そうだな」
「そんなことはありませんよ。まあ怪盗が現れなかった事が不服ではありますけど」
雨田は怪盗が、この事件を予見していたのかと考える。しかし事件が起きたから予定を変更して姿を表さなかった。
もしくは偶々起きたから利用したのではないか、思いつく限りのパターンを考える。
「犯人の検討はつくか?」
「この近くに住んでいる可能性が高いと思いますが、こういう事件の操作は警察の仕事ですよ」
雨田の最もらしい指摘に片瀬は苦笑いをするしかなかった。
「じゃあ向こうの様子を見に行くか……」
片瀬は検察官に敬礼し、雨田は会釈しその場を去る。
◆
雨田が美術館へ戻ると現場の空気がますますピリピリしている事に気がつく。
絵画を盗まれた上に行き詰まる捜査からの焦燥は常人に理解しがたいだろう。
「どうだった?」
雨田は収穫がないことをわかっていて聞いている。
「よくあるパターンをことごとく否定されました」
探索に行き詰まり、月歌は肩を落とす。
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか」
「そうですね」
「なら月歌さん、ぜひ送らせてもらえませんか?」
陽斗は月歌へ右手を差し出す。
「その必要はないよ。彼女は僕と同じ家で寝泊まりしているから」
「なん……だって!?」
「マジかよ!くわし……もが……!?」
片瀬は騒ぐ雲松の口を塞ぎつつ生暖かい目で三人の様子を見ている。
「?」
上から気配を感じた月歌は後ろを向いたまま、靴を上部へ投げつける。直後に何らかに当たり、落下した靴を拾って履いた。
「いまなんかした……?」
「あの」
「くせ者がいたので」
恐る恐る問いかけた雨田達に、平然と言ってのける彼女。二人は何も聞き返せなかった。
「ははははっ!!」
程なくしていかにも怪盗の格好をした男が着地してきた。
「お前が怪盗ソレイユか!?」
「いかにも、私が怪盗ソレイユである!」
雲松が捕らえようとしたが、男はひらりとかわして暗闇へ姿を消した。
「マジでいたんだ怪盗」
「チョーやばい~」
ギャラリーが集まる前に一同は撤退する。
「雨田さん、彼女とはどのような関係なんです?」
「探偵モノのヒーローとヒロイン」
「付き合っているんですか?」
「さあ、これからどうなるかわからないし……」
雨田は月歌に好意がある素振りを見せる陽人を煽った。
「月歌さん、貴女がお付き合いしたい相手はどんな異性ですか?」
「私には曾祖父の決めた許嫁がいるので……」
「まさかの衝撃発言!」
雲松は三人のやり取りにこれでもかと茶々を入れる。
「雨田君、ヒーローにすらなれていなかったのか……」
片瀬は少し憐れんだ目で見ている。
「じゃあ許嫁だか婚約者だかしらないけど、もしも狂魔が一生君に推理小説を書くから結婚しようって言ったらどうする?」
「もちろんあの方に嫁ぎます。許嫁を決めた曾祖父はもういませんからね!」
月歌は考える間もなく即答したが、矛盾しているようなことを言っている。
おそらく、陽人を断るための口実だろう。
「それより片瀬さんや雲松さんは既婚者なんですか?」
「そうだったらいいのにな……」
嘆く雲松を聞くまでもないと雨田が冷めた目で見る。
「異性どころか人が寄り付かないんだ」
記憶力を気味が悪いと避けられるのではないかと指摘するのは憚れた。
「じゃあな」
――――五人は各自の帰路につく。