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トレンチ22 作ってみた

 あれよあれよのうちにこの日が来てしまった。

 右を見ても左を見ても、見知らぬ人が並んでいる。そしてその後ろには、それぞれ作ってきた発明品が並んでいる。みると、日本でも江戸時代くらいに使っていた唐箕(空気の流れを作ることにより籾殻と米を分別する農具)に似た道具や、後家倒し(髪の毛を梳かすように稲を通してやって米を取るための農具)に似た道具等が並んでいる。どうやらここは農具のブースらしい。

 農具……? まあいい。

 確かに農具でもある。あえて否定するほどのものでもない。

 そうこうしているうちに、緑色の大きな旗を持った兵隊が、通り道を駆けた。それを見るや、ブースを構える人々がやんやと声を上げて手を叩き始めた。とりあえずこういう場面では訳が分からずとも同じことをやっておくのが正しい。そうして人々の拍手の音が鳴り響く中、冷かし客たちが雪崩れ込んできた。

 なるほど、あれは開会の知らせだったのか。

 納得するとともに、良平の内国技術博覧会が始まった。

 しかし、良平のブースはあまり盛況とはいかない。いや、ここ一帯のブース全体に閑古鳥が鳴いている。観客たちは良平たちのブースを素通りして奥へと走って行ってしまった。

 どうしたもんだろう、と突っ立っていると、ふいに声をかけられた。

「おいあんた、初めてだろう。そう朝から気張ってると疲れちまうぞ」

「え?」

 声を発していたのは、唐箕のような道具を展示している横のブースの主だった。年のころは五十ほど、ひげをはやしている。耳が尖っているのを見るに、この人はきっとエルフだ。

 折りたたみ椅子に腰かける中年エルフは、煙管のようなものを懐から取り出すと、帯につるしてある袋から緑色の葉っぱを取り出して煙管の先に詰め、短く呪文を詠唱して指先から炎を出した。そして何度かぷかぷかと吸い口から空気を吸いながら葉っぱに火をつけた。

「なんだ? これが珍しいのか? おかしな奴がいるもんだ……。ってなんだ、あんた、“旅人”かい」

「わ、わかるんですか」

 すると中年エルフは短く笑い、煙管を掲げた。

「これを知らないのは“旅人”くらいのもんさ」

「タバコ、ですか、それ」

「“旅人”はみんなそう言うんだ。そもそも、タバコってなんてもん、ブレインガルドにはないのになあ。こいつは薬草だよ」

 薬草! その発想はなかった!

 思えば、RPGの定番アイテム薬草、ヒットポイントをほんの少しだけ回復する程度のアイテムである場合が多いけれど、その接種方法は謎だった。シップのようなものなんじゃないか、とか、薬のように飲み込むものなんじゃないか、という意見が多かったような気がするけど、まさか焚いてやって煙を摂取するものだったとは! ブレインガルド物語の製作者、意外にやるじゃないか! 初めてこのゲームを作った人たちのオリジナリティを褒めたくなった。

「座んなよ」

 中年エルフは折りたたみ椅子を勧めてきた。見れば、周りの人たちが集まって車座を作っている。

「いいんですか」

「構わねえよ」中年エルフは笑う。「どうせ、俺たちは義務でここまで来てるんだ」

「義務?」

 折りたたみ椅子に腰かけながら訊く。すると、中年エルフは肩をひそめた。

「ああ、この祭りの参加は義務だからよ。あんたは旅人だから知らねえだろうが、ここにいる連中の多くは発明らしい発明なんてしてないのさ」

「そうなんですか」

「よく見ろよ。俺の出しているものだって、隣の連中が出しているものだって、使い古されてるだろう。発明品だったらぴっかぴかの新品だろうによ」

 よくよく見ればそうだ。唐箕に似た道具も、後家倒しに似た道具も、見ればずいぶん傷ついてへたれている。実際に使っているものをここに運んできました、と言わんばかりだ。

 でも、ここは発明品のブースのはず。なんで……?

 その疑問に答えてくれたのは、この車座の中にいた、一番の老人だった。

「惰性の産物じゃよ」

「惰性?」

「ああ。わしが子供の頃には、この祭りにも賑わいがあったよ。それこそ、このお祭りで金賞を得て貴族になった農民も見てきたよ。しかし今は――」

 そんなことも絶えてしまったのだろう。

 それはそうだ。このお祭りが何年に一度のものかは知らない。けれど、毎回毎回画期的な発明などあろうはずはない。しかも今は戦争中だ。戦争を遂行しているとき、どうしても民間の力が弱くなるのは自明のことだ。貿易は制限され、人々が戦争に費やされてしまうからだ。そうすると、民間から出てくるはずの自由なアイデアは封殺され、残るのは軍から出された、人を殺すための洗練された技術ばかりになる。

 このブレインガルドでどれだけ戦争が続いているのかは知らない。けれど、旧態依然とした農具を“発明品”として出さざるを得ないという状況が、既にこの国の有様を明確に語り出しているといえるだろう。

 横の中年エルフがタバコをふかす。

「たまったもんじゃねえや。それで、十年前から“なんでもいいからブースを埋めろ”とのお達しだよ。今はちょうど刈り入れで忙しいってのによお」

 ついには硬直化してしまった、ということだろう。

 よくある話だ。かつては意味のあったお祭りが、やがてその意味が失われて惰性のままに行われていることなどよくある話だ。日本でも明治時代に内国勧業博覧会というこのお祭りと趣旨の似た催し物があった(おそらく、ブレインガルド物語の製作者たちはこれが元ネタなのだろう)けれど、これも回を重ねるごとに“技術や芸術の発展”という趣旨が変わり、ただのお祭りと化してしまった。それを嫌い、やがて開かれなくなったくらいだ。

 どこも一緒だなあ、そう呟いていると……。

「おい、貴様ら何をしている」

 振り返ると、そこには緩やかなローブをまとった男が肩を怒らせていた。あのローブに見覚えがある。あれは勅任文人のものだ。それが証拠に、その男の左胸にはいつもジュが胸にしている勅任文人の略章が光っている。

「あーはいはい」

「そろそろ王様が参る。せめて王様がお通りの際くらいは威儀を正せ」

 そう命じられると、面倒くさそうにエルフのおじさんたちがブースの前に並びはじめた。

 しばらく待っていると、やがて入り口のほうから緑色のローブをまとう男がやってきた。緑は確かこの国の禁色。ということは、あのお人は――。

 一度まみえたことがある。王様だ。周りに勅任文人や近習たちを従えてこちらへとやってくる。コウコウの姿はない。

 それにしても、王様の目に生気がない。魚の死んだような眼をして周りを見渡し、つまらなげにため息をついている。が、ブースの前に差し掛かるや、王様は柔和に微笑んで居並ぶ農民たちに声をかけた。

「うむ、ご苦労である。そなたたちのような勤勉なる国民のいる予は幸せ者であるぞ」

「は、ははーっ」

 さっきまで面倒くさいと口にしていたおっさんたちが頭を下げている。

 建前だ。嫌になるくらい建前だ。王様は王様でこんなお祭りに興味はなく、このブースの参加者も無理やりに近い形で参加しておりやる気はない。どちらとも一致する本音を隠して、真逆の建前の筋書きを演じるしかない。

 そんな、反吐の出るような建前のじゃれ合いが続く。王様は国民たちに一言言葉を与え、その言葉をおし頂いた者は肩を震わせるふりをする。そんな三文芝居を続けながら、王様はこちらへとやってくる。そうしてようやく良平の番となった時、王様は、おお、と声を上げた。

「そなた、確かこの前勅任試験を受けた“旅人”ではないか」

「覚えておられたのですか」

 恐縮して頭を下げると、王様はかかと笑った。

「今年の勅任試験であれだけ荒れたのは、そなただけだからな」

「そ、それは恐縮です」

 と、王様は完全に良平に向き合った。

「で、そなた、なぜここにおる? もしや、発明品を作ったのか?」

 さっきまでのおざなりな対応とは違う。王様の顔にはある種の熱がこもっているのを良平は察知した。

「はい、実は」

「みせい」

 王様に言われるがまま、発明品を奥から引いてきた。

「む、なんだこれは。馬車、か……?」

「いいえ違います。これは……猫車です」

「ねこ……ぐるま、とな?」

 一般には手押し車と呼ばれるものだ。一輪の車輪と二つの取っ手がある運搬車。たぶん、工事現場なんかで見たことある人が多いのではないだろうか。工事現場などでは土砂を運ぶのに使われる。

「はい、これは、人が荷物を運ぶためのものです。馬車で入れないような隘路などで多くの荷物を運ぶための工夫がされています」

「ほう、面白いな」

 これが思い浮かんだのは、やっぱり発掘現場での経験のおかげだった。

 何かがおかしい、とは思っていたのだ。現実世界の発掘と、こちらでのそれに何かめちゃくちゃな違いがある気がしてならなかった。もちろんハイテクによる測量機械や重機が存在しないのはわかっていたけれど、それだけではない、何か見慣れたものがない、と。

 その結果、思いついたのが一輪の手押し車、いわゆる猫車だった。

 異世界での発掘では、発生した土は麻のような袋に詰め、背負って運んでいた。それはショクだけのことではない。遠藤教授によるギでの発掘でもそうだった。ということは、この猫車はブレインガルドにおいては発明されていないのではないかという可能性に気付いた。そうしてカトルに聞いてみた結果、まさにビンゴだった。

 そして、この発明は必ずしも考古学にのみ恩恵をもたらすでものではない。農作業においても活躍するだろうし(事実、現実世界の農業などでも堆肥を運んだりするのに現役で大活躍している)、インフラ整備にも大活躍するはずだ。

「これは面白いのう。これがあれば、歩兵が荷物を運ぶ際にも楽であろうなあ」

 王様はにたにたと笑う。群臣たちも目を見張りながら猫車を見つめている。

 感触は悪くない。

 良平は一人、ぐっと手を握った。

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