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トレンチ21 発明家になろう

「なるほどねぇ……。ユエちゃんがね……。それにしても、あの丞相殿はやることがいちいち陰険ねえ」

 カトルが顔をしかめる。それをジュは頷いて肯定して見せた。

「ええ。そんなわけで、カトル殿にもご協力願えればと」

「もちろん協力は惜しまないつもりよ。けれど、コウコウの言うことも一理あるわ。今回のユエちゃんの件は勅令として発されている人事異動、しかも軍の人事と来てる。つまり、私たちからすれば、軍と王様の二つと談判しなくちゃならないってこと……」

「ええ。実に面倒です」

 なんだか相当ややこしいことになっているようだ。

 けれど、ジュは顎に手をやった。

「いえ、軍はどうにかなると思います。フェイ将軍は引退して居酒屋の店主であるとはいえ、未だに軍に強い影響力を与えています。フェイ将軍に今回の件をねじ込めば、きっとあの人は協力してくれるはずです」

 あのう……。良平が割って入る。

「なんであの人、ユエさんに肩入れを?」

「フェイ将軍はユエ殿のお父上、ショウゲン殿の弟子ですから」

「あのフェイさんの?」

 あの虎髭の筋肉お化けが? どうして?

 けれど、人に歴史あり。いろいろあるのだろう、と考えなおしてこれ以上の詮索はあきらめた。というのも、ジュもカトルも面倒くさそうに顔をしかめていたからだ。

 つまり――。カトルは面倒そうな顔を引っ込めて顎に手をやった。

「軍の意向そのものはほぼ押さえているってことね。けれど問題は――。王様かしらね」

「ええ」

 二人は下を向いてしまった。

「そ、そんなに難しいんですか? 王様を翻意させるのは」

「ええ、大変よ」カトルは頷いた。「だって、王様と接触するルートがないんだもの」

「どういうことですか」

「うーん。それは三十年前の先代王のゴ国外征にまでさかのぼる話なんだけど、この話したほうがいいわよね」

「待ってください」ジュが制止する。「どうせそれを語り出したら半日コースです。僕から説明します。カトル殿は黙ってください」

「ちえー」

「ちえーじゃありませんよ。――三十年ほど前、先代の王がゴに向けて兵を差し向けたことがあったんですよ。ある不幸な事故によって、先代王の股肱の臣が亡くなりましてね。それに絶望した先代王が独断でその原因を作ったゴを攻めたんです。しかし、まあその……大敗したんですよ。それ以来、ショクにおいては王たりといえども延臣たちの承認なくば勅一つ出すことができないという体制になったのです」

「ええと、つまり?」

「我が国は、三つの機関の総意によって成り立っています。文人、軍人、そして王宮の三つです。この三者の協議や根回しによって国の方針が決まり、執行される仕組みになっているのですよ。けれど、この国の最高権力者が王である以上、王の周囲を固める王宮の連中の発言力が増すのは仕方ないことです」

 日本の三権分立に慣れていると今一つピンとこない仕組みだが、運用思想はまったく三権分立と同じだ。最高権力を分散させることによって特定の機関の暴走を防ごうという考え方は何も突飛なことはない。ただ、この国の“三権分立”は、必ずしも完全な形では機能していないらしい。

「ええと、つまり……、カトルさんやジュさんが文人で、コウコウが王宮の人間ってことですよね。それで、コウコウが王様に入れ知恵をして勅令を出させた、それで勅令というのは王様からの命令だから曲げることが難しい、と」

「ああ。王様に勅令を出し直してもらうべく奏上するしかない」

「けれど、その奏上も、コウコウが内容を確認するために、めったなことでは通らない、と」

「そういうことです。物分かりがよろしいですね」

 聞けば聞くほど設計上の欠陥のあるシステムだと断じざるを得ない。たとえば王宮が権威だけはあってお飾りの機関と化しているのであればさほどの問題は起こらないのだろう。けれど、過渡期である故か、それともコウコウが暗躍している故か、結局王宮の権力が大きいままだ。

 けれど、ということは、取るべき術策も決まってくる。

「つまり、王様を確保できればこっちの勝ちってことですね」

「人聞きは悪いですが、そういうことです」

 ジュも苦笑しながら頷いた。

 王の権力が強い。ならば、王を抱き込んでしまえばいい。常道といえば常道だ。けれど、これにも懸念がある。結局これは権力闘争に他ならないのだ。そして、権力闘争が大きくなればなるほど混乱も大きくなる。さあ、どうしたものか……。

 けれど、ジュは満面に笑みをたたえた。

「実は、既に考えはまとまっています」

「え、そうなんですか!」

「ええ。それがため、“旅人”であるあなたの力が必要なんです。―-カトル殿は“内国技術博覧会”をご存知ですよね」

「もちろん。当たり前でしょう。大きなお祭りだもの」

 もちろん良平は知らない。なんですかそれ、と声を上げようとしたその時、ジュが先回りした。

「我がショク王国主催の催しものです。発明家や技術者たちが自分の作ったものを持ち寄って展示するのです。そして、優れたものや発明には賞を与えて国内の技術の発展を奨励するという趣旨のものです」

 明治時代の日本にあった内国勧業博覧会みたいなものか。

 カトルも補足する。

「この博覧会、その性質上、“旅人”が賞を取ることも多いの。“旅人”たちは私たちとは全く違う常識の持ち主だから、私たちからすればアッと驚くようなものをもたらしてくれる場合も多いから」

 それに、この世界の技術レベルも関係しているだろう。

 ブレインガルドは現実世界とは違って魔法が存在する。だから、こちらの世界に来てからというもの、ライターやマッチ、火打石といった火をつける道具を見たことがない。かがり火に火をつけるときやたばこに火を灯すときも、魔法使いとは思えないような人が指先から炎を発して火をつけているのを何度も見ている。どうやら攻撃手段として魔法を遣えるまでに研ぎ澄まされた能力者を魔法使いと呼ぶという慣習があるらしく、指先に炎を出すくらいの魔法なら、自転車に乗るくらいの勢いでできるらしい。魔法がこれだけ浸透している文化だと、技術の一部がそこまで発展しなかったというのも頷けるところだ。高度な文明を有しながら、現代人が技術の面で寄与できる部分があるということだろう。

「そこで、良平殿にはこの博覧会に出ていただきたいのです」

「は?」

「実は、この博覧会は、毎年開催初日に国王陛下が上覧なさる通例なのです。たいていは国王陛下が発明者や技術者に一言何かお言葉を下される。この時が機です。ここで王様にユエ殿の異動の撤回を願えばよろしい」

 ジュの提案にしては、いささか偶然に頼りすぎるきらいがある。というか、これは直訴だ。この国で直訴をすればどうなるのかはわからないけれど、かつて日本では直訴は死刑ものだったはずだ。

 それに……。

「あのう」

「なんでしょう」

「僕、考古学者なんですけど」

「いや、それがなにか?」

「考古学者にそんなこと期待しないでくださいよ」

 言うまでもなく、考古学者はド文系だ。現実世界でも古生物学や人類学と一緒くたにされて誤解されるのだけれど、考古学は遺物の変遷などから当時の社会構成や心象風景を復元しよう、という、自然科学とはアプローチの違う人文科学なのだ。

 あらら、カトルが声を上げる。

「困っちゃったわねえ」

 大丈夫です。力強く宣言したのはジュだった。

「きっと、あなたならできますよ」

「なんでそう思うんですか」

「だって、あなたはショウゲン殿にそっくりなんですから」

「え?」

 その言に口を挟んだのはカトルだった。

「え、この子がお師匠様に? 何を言っているのよ、全然違うじゃない」

「いいえ、最後の弟子として言わせていただきます。良平殿は、師匠によく似ている」

 良平の前に立ったジュはにこりと笑う。しかしその表情がどんな計算を秘めたものなのか判別がつかない。どう答えたらいいものか悩んでいると、ジュは肩を叩いた。

「大丈夫です。私が保証します。それに、あなたは“旅人”。きっと、あなたの世界とこちらの世界の非対称性に気付くはずです」

「非対称性?」

 カトルが口を挟む。

「要は、あなたの世界にあったのに、こちらの世界にはないもののこと。それを見つけて形にすればいいわけよ。たとえそんなに技術を使うものでないとしても、コンセプトさえしっかりしていれば十分新しい発明品になるわ」

「なるほど……」

 あっちの世界にあってこっちの世界にないもの……。メートル法の尺。だめだ、こっちではキュビット法の尺が既にある。シャープペン……。あれば便利だろうけど、どうやって作ったらいいのかわからない。懐中電灯。あれば便利だろうけど(以下略)。

 うーむ。どうしたものか。

「良平殿なら、発掘現場を思い浮かべるとよいのではないですか」

 ジュの助け舟を得て、良平はまた物思いに沈む。

 発掘の光景を思い浮かべる。昨日までやっていた発掘だ。屈強な男たちが土を掘り、土嚢にその土を入れて外に運び出す。休憩時間にはみんなしてタバコを吸い、ブレインガルド麦の麦茶を飲む。そしてその輪の端っこには、満足げに薄く笑うユエの姿が……。

 ユエさん。

 気づけば、ブレインガルドでの日々は彼女がすべてだったといっていい。彼女がこの世界のチュートリアルをしてくれた。一緒に考古学者として生きる道を見つけてくれた。一緒に発掘を始めた。なのに……。

 と、良平の頭に、あるものが浮かんだ。

「あ、もしかして……」

「どうしたんですか」

「いや、もうこっちの世界にもあるかもしれませんし」

「言うだけ言ってみてください」

「あ、はい」

 そうして良平が思い浮かんだそれを説明した。するとジュもカトルも目を丸くした。

「聞いたことないわ。そんなもの。っていうか、話を聞いただけじゃあ、なんだか不安定なもののようにも思えるけど……」

 ジュは顎に手をやりながら、独り言つように頷く。

「けれど、向こうの世界で使われているということは、こちらでも十分使えるということですね。―-で、それは何でできているんですか」

「一応金属です。けれど、車輪のシャフト以外は木製でもいけると思います。……こちらには車輪はありますよね」

「あまり馬鹿にしてはダメです。こちらの世界にも車輪くらいありますよ」

「なら、日曜大工でも作れるんじゃないでしょうか」

「そうですか。なら、図面を起こすことはできますか? そうすれば、宮廷に出入りしている職人に作らせることもできるでしょう」

「図面くらいだったら」

「じゃあ、決まりですね」

 こんなとんとん拍子に決まるものなのか……? 疑問がわかないではない。けれど、ジュがゴーサインを出すのならOKだろう。

 そんなことよりも。

 ユエの顔が浮かぶ。

 何がなんでも、助けなくちゃ。

 その思いでいっぱいだった。

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