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トレンチ18  さあ、発掘だ

「それにしても、見事なものですね」

 ジュが目を細めながら目の前の光景を見遣っていた。それにつられるようにして、良平も目の前の光景に視線を添わせる。二人の視線の先には、多くの作業員が行き交って土を掘る、現実世界と変わらない発掘現場の光景が広がっていた。

 ここは、最初にブレインガルドで試掘を行なった貝塚だ。ようやくここに戻ってくることができた。その喜びでいっぱいだ。

「発掘から半月程度だったかと記憶しています。そんな短期間でここまで作業を仕立ててしまうとは」

「いや、それはジュさんのおかげですよ」

 これは決してごますりではない。

 発掘を行なうにあたって大変なのは、人と金と資材集めだ。しかし、その三つをすべてジュが手配してくれた。そのおかげでまったく差し障りなく発掘事業に向かうことができた。良平がやっているのは作業員たちへの教育や指導、発掘計画の策定という“おいしい”ところだけだ。

 しかし、それをジュが否む。

「いや、けれど、人を使役するということは予想外に難しいはずです。にも拘らず、あなたは難なくやってのける。もしあなたのこの才が軍の側に露見でもしようものなら、きっと軍に引き抜かれてしまいますよ」

「そんなのは嫌です」

「はは、冗談です。――しかし、まんざら冗談と言い切れないところが怖ろしい」顎に手をやったジュは、白っぽい土を足で蹴りながら続ける。「しかし、この……貝塚、でしたっけ? これは一体なんなのですか」

「もしも僕らの住んでいた世界と同じだとするなら」良平は続けた。「これは、古代人のゴミ捨て場ということになるでしょう」

「ご、ゴミ捨て場?」

「ええ。恐らく当時のブレインガルド人は集落の周りに貝殻を捨てていたのでしょう」

 これは現実世界にも例がある。明治期、お雇い外国人であるモースが発見、発掘した東京の大森貝塚などはまさしくその代表格だ。当時大森の辺りは海が迫っており、海で採った貝を蛋白源としていたのだろう。そして、食い遺した貝殻は集落近辺に捨てて層を為した。きっと当時、集落近辺はとてつもない悪臭がしたことだろうけれど、当時の人たちはその悪臭こそが故郷の匂いだったはずだ。それをいい臭いと見なしていたか悪い臭いと顔をしかめていたのかはわからないにせよ、だ。

「そうですか、それは汚いですね」

「ええ。それに、やっぱり当時の人たち、貝塚に人を埋葬していたようです」

「え、ゴミ捨て場に人を埋葬ですって? それに、やっぱり、とは?」

「ああ、僕らの世界の貝塚でもそうだったんです。僕らからすれば訳の分からないことかもしれませんが、もしかすると貝塚に骨を埋めるのには何か意味があるのかもしれません。現代の僕らが理解できないだけで」

「そ、そういうものですか……」

「ええ。僕らの常識なんて、たかだか五十年程度のものですよ」

 どうやらブレインガルドでは故人は手厚く葬るのが供養であると考えているようだ。それは道すがらよく見る祭壇が据えられた盛り土、そしてその盛り土に掘られた人工洞穴などにも明らかだった。そんな文化の中で生きているジュにとって、ゴミ捨て場に遺体を埋葬するという古代人の心象はまるで理解できないのだろう。

 それが証拠に、ジュはこう切り出してきた。

「その骨、見せて頂くことはできませんか」

「ええ、もちろんお見せしますよ」

 良平はモンゴルの移動式家屋であるゲルのような丸いテントにジュを案内した。ここはこの発掘現場の本部に使っており、主要な発掘品はここに収めている。話に出た人骨は既にあらかたの調査を終え、こちらのテントに運び入れてあったのだ。

「はい、こちらです」

 菰を払ってやると、地面に横たえられたそれが眼前に現れる。

 ほぼ完形で残った人骨だ。

「身長は3キュビット(150cm)あまり。骨の状態も、現生人類とあまり変わらないようです。恐らく成人男性だと思われます」

「根拠は?」

「性別については骨盤の形状から判断しました。女性の方が比較的幅広になる傾向があります。が、この骨盤は幅が狭い。ですので男性であろうとしました。また、成人である証拠としては、頭蓋骨や肋骨の癒合が進んでいること、また頭蓋骨その物の大きさや歯の摩耗具合から判断しました」

 一応王立図書館の医学書も参考にした。この世界では戦争が長いせいか外科関係の知識もかなり蓄えられているようで、骨格などはかなり研究が進んでいるようだった。それを参照した感じだと、現代日本で知られている骨に関する知見を横滑りさせることができそうだと判断ができた。

 ふむ、とジュは唸る。

「ところで、この骨には“獣骨”はありましたか」

「いえ、ありません」

 この“獣骨”というのは、このブレインガルド特有のものだ。しかし、この世界の現生人類には既にないものだとされている。

「ということは」ジュは心なしか浮かない様子だった。「これは、オークの骨ではないということですね」

 そう。獣骨はオークに特有の骨だとされている。

 神話などを参照することを許してもらえるのならば、オークの専横に頭を悩ましていた人類は、習合が進んでいたエルフと共にその征伐に乗り出したという。オークを斃した際、腹の中央にある“獣骨”を取り出し魔除けとし、いくつも首にぶら下げてきたという勇士の伝説もあるくらいだ。いずれにしても、“獣骨”が出ていないということは――。

「この被葬者は、僕らと人類だと考えていいと思います」

「ふむ……。けれど、ゴミ捨て場に同朋の骨を捨てる野蛮人が私たちと同質の存在だとは到底思えないのですが」

「ですから、そういう感覚は変わる物なんですって」

「いや、それはあなたがたの世界の人類はそうでしょう。しかし、我らは決してそのようなことは」

 ああー。良平は惨憺たる気分になった。

 ジュは間違いなくこの国一番の歴史学者だろう。そんな碩学、しかも歳も若く柔軟な思考が十分できるはずだろうに、そのジュを以てしても相対的に物を見ることができていない。――とは申せ、良平だって2000年代の日本の研究者だったわけで、当然そのバイアスはかかっている。一方それでも過去歴史学にかかってきたバイアス(思い込みと言い換えてもいい)は先輩方の蓄積のおかげで払うことができている。伝統というものが大して深い根を持たない場合があるというのもその一つだ。

 まあ、それはそのうちに意識を変えていくように促していけばいい。

 と――。

 良平のGショックから電子音が鳴り響いた。

 おっと。もう昼の三時か。

 時計を見てそう心中で頷いた良平はジュに会釈してゲルから飛び出し、ゲル近くであれこれと作業員たちに指令を飛ばしているユエに声をかけた。

「今日の作業は終わりです」

「そうか」

 ユエはゲルの横に建てられた十メートルほどの高さがある掘立の物見をするすると登り、その頂上に取り付けてある鐘を思い切り鳴らした。がらんがらん。発掘現場に鐘の高らかな音色が響いたそのとき、地面に座り刷毛を動かしていた作業員たちや、土の入った麻袋を運んでいた作業員たちが一斉に作業を止めて、一様に肩を回し始めた。

 いつの間にかゲルから出てきていたジュが、うーむと唸る。

「仕事を終わらせるのが早くないですか? まだ日も明るいではないですか」

「ええ。作業員の皆さんに聞いてみたんです。朝から晩まで働いてお金をその分受け取れた方がいいか、それとも適当な時間で切り上げたほうがいいか」

 実は良平は『きっと作業員さんたちは長い時間働いた分、金を稼げた方がいいのだろうなあ』と踏んでいた。しかし、実際にアンケートを取って見ると全くの逆だった。ほとんどの作業員さんたちは拘束時間の低減を求めてきたのだ。思えば、この発掘作業に参加してくれている人たちの多くは農民だ。きっと家に帰ってもなお仕事はあるはずだ。

「それに、早めに切り上げているのには理由があるんです」

「へえ?」

 ジュが首をかしげる。と――。

「先生!」

 発掘現場から、埃まみれの青年たちがやってきた。一日外での作業に従事しているというのに、まったく目の輝きは失われてはいない。それどころか、さっきまでよりずっと活力にあふれているくらいだ。

 その中の一人が口を開いた。

「今日も読み書きを教えてくれるんでしょう? お願いします!」

「ああ、もちろんですよ」

「やったあ」

 手を叩き合う青年たち。

 その様子に怪訝な顔を浮かべるジュは、良平の袖を引いた。

「どういうことですか」

「ええ、彼らに読み書きと考古学を教えているんです」

「なぜ?」

「なぜもなにも、そうでないと発掘ができないからです」

 考古学の発掘というのは、作業員さん一人一人の責任も重い。作業員さんの気づいたことが発見につながることだってある。現実世界でトイレ遺構を研究している学者さんによれば、トイレの跡であるピッド(穴)を発掘していると、一瞬だけ饐えた臭いがするという。こういう細かいことを何らかの形で報告してほしいとなれば、作業員一人一人に日報を書いてもらうのがいい。日本においては識字率ほぼ100%を達成しているゆえに可能なことでも、ブレインガルドでは随分と事情は異なる。作業員さんほぼすべてが文字の読み書きができない。最初は聞き取りで作業員さんたちの報告をまとめていたものの、これでは負担が大きすぎるため、いっそのこと――、と思い立ち、作業員さんたちに読み書きを教えて今に至っている。

 しかし、ジュは変な顔をした。

「――良平さん。読み書きを教えるのは、あまり表立って行なってはなりませんよ」

「へ、どうしてです」

「コウコウに嗅ぎつけられると面倒です。彼は読み書きできる士を内心で嫌っていますからね。この発掘とて、『国家転覆を狙う者どもによる策動』と見なしてくる恐れすらあります」

「そんなの」

 めちゃくちゃだ。そんな言い分を言い切る前に、ジュは頷いた。

「ええ、あまりに理不尽です。しかし、コウコウはそこまでやる男です。――私個人はあなたの行ないを支持するものです。けれど、隠れてやったほうがいいに越したことはありません。わかりましたか」

「わかりました」

 ジュの言うことだ。間違いはあるまい。

 けれど、ジュは先ほどまでの怪訝な顔を引っ込め、途端に笑みを浮かべた。

「ところで、その講義、わたしが聞いてもよいのですか」

「ええもちろん。でも、読み書きは――」

「いえ、コウコガクの話を聞きたいのです」

「ああ、そういうことでしたら!」

 すると、ジュは満面に笑みを浮かべて、作業員さんたちと一緒にゲルの中に入っていった。

 この世界に考古学を根付かせるには――。何度も考え続けて、良平が考えたのはこれだった。読み書きを浸透させて、考古学を一緒に教えることだけだ。いや、教える、なんていう柄じゃない。こちらの世界の皆と、頭を悩ませながら考古学を突き詰めていくしかない。

 この、ジュを名目上の団長にした貝塚発掘は、その第一歩という意味がある。

 何が何でもやり遂げなくては。そんな思いを新たにした良平はゲルの入口をくぐった。

発掘らしい発掘が復活したものの……。

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