十七話
六月。試合があった。相手は野原西高校、アキラが行った学校だ。試合会場のグラウンドに、両校の生徒達ががやがやと集まってきた。白が基調のユニフォームは西高のものだ。慶人は水色のユニフォームに身を包み、黒のバッグを持って、先輩たちの後に続いてグラウンドに踏み込んだ。アキラを探しだしたが、目が合わない。慶人は声をかけるのは諦めて、自陣に席をとった。
対陣ではアキラと思われる人物がウォームアップを初めている。スタメンで出るのだろうか。アキラならそれも不思議ではない。慶人も補欠で入ってはいるが、今日はアキラと対戦することはないかもしれない。選手として、アキラとの距離がどれほど空いたのか、考えるのは嫌だった。中学時代には、今後離れていく二人の距離のことは不問に伏してうけいれたつもりだったが、こうやって西高のスタメンにアキラが居るのを見ると、自分が情けなく感じられた。
試合中、アキラは野犬のような走りを見せ、次々とディフェンスを切り裂いていった。星峰は押されに押されて前半で二失点、後半二十分あたりで、選手交代が告げられた。慶人だ。慶人がピッチに入る。慶人はすぅっと深呼吸をして、監督に背中を叩かれ、駆けて行った。むざむざ負ける気はない。慶人のポジションはMFだった。慶人はトリッキーな動きで相手ディフェンスを翻弄。敵フォワードのアキラとマッチアップすることはなかったが、相手チームのゴールに迫る活躍を見せた。慶人はまだ小さい。だが、小さいなりの戦い方を知っているようだった。慶人には余計なプライドがない。自分のプレイスタイルを変えることなんて造作も無いことだった。むしろ、遊び感覚でサッカーをしてきたケイトにとっては、今の変則的なプレイスタイルの方が性分に合っていた。星峰は後半三十分、慶人のループパスから一点を返した。盛り上がる星峰陣営。
結果、2-1で西高の勝ちだったが、陣の雰囲気は、まるで反対だった。西高の選手は柳監督に絞られており、ピリピリしている。星峰陣営は負けたにも関わらず、善戦したことを互いに褒めあっていた。
「(あー、やっぱ西高、厳しいんだな)」
慶人は心の中で思いながら、帰りはアキラに話しかけれるだろうかと考えていた。
帰り際、アキラと目があった。アキラは手を上げてくれたが、それきりだった。部活中の私事は良くないのだろうか。だが、久しぶりにアキラのプレイを見た慶人は、少し興奮気味に帰路についたのだった。
梅雨時、運動部が軒並み室内トレーニングをしているある日。音楽室からノイズとも取れるドラムやエレキギターの音が校舎に響いている。
「キィーン♪トレポロピローン♪ ドンドドン♬ドバシャラバシャン♫」
少し髪の長い男子生徒が、揚々と音楽に乗りながら、髪を振り乱している。夏生は遂に野球部を退部した。軽音部に入ったのだ。
「ドゥーンドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ♫」
ベースとドラムは特によく響く。その振動で、窓ガラスがジリジリと揺れている。
夏生には彼女が居て、よく軽音部の部室に顔を出していた。名を本山渡と言った。渡の言では、夏生は野球部のままでよかったそうだが、夏生が好きなことをしたいというのなら仕方ないと、そう思ったらしい。やはり女子にとっては、彼氏が何部に入っているとかそんなことが気になるものなのだろうか。慶人は内心くだらないことだと思いつつも、一定の理解は出来た。渡は美人だったが、少しぽっちゃり系だった。夏生はほっそりした美人が好きだと言ってたから、じゃあ、なんで渡なんだと尋ねると、人の縁とはそういうものだとか言う、含蓄のある言葉を垂れていた。ほんとうに意味を分かって言っているのか怪しいが、好きなタイプと実際に付き合うことになるのが稀だというのはよく聞く話だ。
この間のゴールデンウィークに、由宇、夏生、俺(慶人)とで街に遊びに行った時、逆ナンをされたという話をうっかり渡の前でしてしまった。渡はショックだったようで、それ以来、渡はダイエットに努めているそうだ。甲斐あって、渡のスタイルはぽっちゃり系から普通系に移行しつつあった。そのことで夏生からお礼を言われたが、失言だったと思っていたことでお礼を言われ、どうにも逃げ場がなかったので、お、おう。とだけ言って流しておいた。一方、俺や由宇の方は上級生から人気があった。その理由はもっぱら、かわいい、というものだった。俺としては不本意だったが、由宇はそう言われてモジモジなんかして、余計に、カワイイという賛辞を受けてしまうのだった。
昼食時、特にこの三人で集まることが多かった。文化系が二人もいるので、どうしても話はそっち系になってしまう。
「だからね、僕は未来に生きているんだと思えることもあると・・。」
由宇が独自の世界観を披露する。
「まぁ、そう思えなくもないかな。」
当り障りのない返事をする慶人。
「俺は、未来をつくるってところに楽しさがあると思うな。」
こちらは生き方を主張する夏生だ。
いつの間にか三人はトリオになっており、クラスでも少人数のグループとなってしまった。そして、夏休みを前に、林間学校が始まる。当然三人は、同じグループを編成した。しかしグループは一班六人。残りの三人は、女子だ。