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Realize  作者: レイン
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十六話

 五月、高校に入って初めての練習試合があった。県内決勝戦まで上り詰めた、上野原中のツートップの片割れということで、力を見るために、補欠でメンバーに入れられた。高校サッカーのスピードとパワーは、中学のそれに比べて段違いだった。幾ら中学で慣らした慶人とはいえ、一杯一杯になった。180cm近い敵チームの選手をかいくぐってパスやシュートを打つのは至難だ。なかなかの迫力だなとか思っている間に、慶人はピッチに下げられた。様子見としては十分だったんだろうか。その日の試合はそれきりだった。

 学内でも、当然ながら慶人の評価は変わった。中学では一応、カッコイイに分類されていたが、高校では、カワイイに分類されてしまったようで、不本意ではあったが、成り行きに任せていた。同級生の中では決して小さい方ではなかったのだが、今は一年生、上級生から見れば、カワイイ存在だったのだろう。慶人も少し、髪の色を抜こうかと考えたが、やめておいた。別に、それで両親に心配をかけてしまうからという理由はなかったが、中学時代から良い子で通してきたのだ。今さらそれを変えるのもな、と。

 入学してから一ヶ月が立ち、友だちもできた。一人は青井(あおい)由宇(ゆう)と言った。青井は美術部だった。話すことは宇宙のこととか、世界の景色のこととかで、如何にもの、ザ・文化系という感じの男子だった。青井の話は面白かった。宇宙の始まりについて、宇宙はたくさんあるとか、世界の広さについて夢を語り、また独自の哲学を持っているようでもあった。髪の毛は栗色がかったショートヘアをワックスで散らしており、運動もできそうな雰囲気だったのだが、案の定、運動の方はべたべただった。選択科目で柔道か剣道を選ぶのだが、二人して柔道を選んだは良いが、青井の弱さは不安が残るほどだった。柔道をしている途中に骨が折れないだろうか、そんな心配もした。

 もう一人は、宇田(うだ)夏生(なつお)といった。こいつは野球部で、ムードメーカー的な性格の男子だった。一方で、やることはきちんとやる、クールなやつでもあった。古い音楽が好きで、60’~70’のポップスやロックを聴いているということだった。慶人はハウスなどのクラブミュージック、電子音楽が好きだったから、対称的だった。夏生は五月にして既に、軽音部に転部しようかどうかと真剣に悩んでいた。夏生の背は高く、170cmほどあり、鼻筋も通っていて、髪は首筋まで伸ばした、男にしては長い方だった。制服は学ランをかっこ良く着崩していて、ファッションもうまかった。けっこう、ミュージシャンぽかった。軽音部に入りたいというのも頷ける。

 

「慶人ぉ、バンドやろうぜー。」

少し鼻にかかった、だるい声が後頭部に響く。

「やらねぇよ。部活どうすんだよ。」

慶人は突っぱねる。

「分かってるよぉ。言ってみただけ。でも、合間縫ってギターのコードぐらい抑えられるようになんじゃねぇかと思うんだけど。」

後頭部に視線を感じる。

「そんな時間・・。」

と言いかけた時に、女子の一人が話に入ってきた。

「えー、斑鳩、ギターやんの?聴きたい聴きたい。」

こいつは何を聴いてたんだか。どうせギターという単語しか聴いてなかったんだろう。

「じゃ、お前歌えよ?」

とふっかけてやると。

「えー、やだよぉー。」

と言って、パタパタと席を外し、側でたむろしてる女子のグループの中に入っていった。と思ったらまた振り返ってこちらへ来て、

「でも、ほんとにギターやったら聴かせてよ?」

ニマッと笑って、又女子のグループに消えていった。

 高校の机は中学と違ってそれほど窮屈ではなくなった。もちろん、一日の大半をここで過ごすのだから、もう少しリッチでもいいと思うのだが、そんなことに愚痴を割いても仕方ない。ここの校舎は比較的新しい。エアコンは付いているし、黒板も内側にゆるくカーブした合理的なデザインだ。ドアもプラスティックと金属で出来ている。ガラガラとうるさい木製の引き戸ではない。スッと開いてスッと閉まる。その扉がスッと開いて、一限目の教員が入ってきた。だが教室はすぐには静かにならない。教師が淡々と準備を始めるうちに、段々と静かになっていく教室。みんな余裕を持って授業をうけるようだ。厳しすぎず、なかなかアット・ホームな雰囲気が感じられて、慶人もここは過ごしやすいと思った。


中学の時、俊とアキラと自分とでトリオだったが、高校では由宇、夏生の二人とトリオになりそうだった。三人共違う部活だったし、趣味もバラバラで、近いのは出席番号ぐらいだが、異色の組み合わせだったことがかえって良かったのだろう。高校になって、街にもよく出るようになった。部活もあったが、中学時代ほど熱心ではなかった。慶人は、一年生の、一補欠部員としての枠に収まっていた。

三人での話は、基本的に馬鹿なものだった。呼んだ漫画のギャグとか、音楽の話とか、由宇の世界感の話とか。他愛のない、高校生の会話で、色恋の話はあまり出てこなかった。良くも悪くも由宇と夏生は個性派で、自分というものをしっかり持っていた。少なくとも慶人にはそう映っている。一方慶人はと言えば、今の今までサッカー一筋であり、あこがれの人を追いかけるためだけに進学先を決めた。サッカーを除けばアイデンティティというものは殆どなかった。慶人は二人を見ていて、時折、空虚な胸の内を覗かざるをえない時がある。中学の時は、一杯一杯になりながらも、アイデンティティというものは満たされていた。しかし今はどうだろう。高校生になって、体も心も少し大きくなったと思う。しかし、気持ち一杯でサッカーに打ち込むこともなくなり、その分生まれた心の余裕が隙間となって、慶人の心に穴を開けているようだ。涼のこともある。高校に入れば、いつも明るく、慶人を勇気づけてくれた涼はいなかった。どこ掲げが指し、煙草なんかを吸っている。少し弱々しい姿がまた愛らしく思われたが、慶人の追いかけていた涼の姿ではなかった。

 慶人は、五月早々にして行き詰っていた。別に、勉強についていけないわけじゃない。確かに難しくはなったが。そして、部活に飽きたわけでもない。サッカーは相変わらず楽しい。友人関係に悩んでいるわけではない。バカを言い合える友だちもいる。恋愛に苦しんでいるわけでもない。涼は少し、様変わりしてしまったが、涼は涼だ。少し、気持ち的に距離をおいて、見ている。しかし、それがいけないのかもしれない。もっと涼に詰め寄らなければならないのかもしれない。何故星峰に来たのか。それは涼がいたからだ。それを忘れていたのではないだろうか。涼は三年生だ。一緒に学校にいれる期間は一年しかない。慶人は、覚悟を決めるべき時なのではないかと考えていた。だが、勇気が持てなかった。突っ込んで、玉砕するのは目に見えてる。でも案外、そのほうがスッキリするのかもしれない。やるべきことをやったなら、後悔することもないだろう、そう思えた。もう子どもじゃ居られない。涼が居なくても、しっかり立てる自分でなければならない。そのためにも、涼には一度、しっかりと振られるべきかもしれない。そんな風に思いつめていたある日、帰りの電車で涼と遭遇した。テスト週間のとある平日だった。時間は午後四時頃。暖かくなってきた日差しが、やや傾いて市花川の川面をキラキラと照らしていた。川沿いにある上野原駅を降りて、しばらく河原を散歩した。暖かい風が、二人の肩をするりとなでて、水面に着水していく。部活のない午後は、開放感にあふれている。

「慶人、ちょっと座ろうか。」

涼が言う。

慶人は、よいしょっと言いながら、河原に腰を落とした。水色の空の彼方に、低く雲がかかっている。雲の上部は眩しく照らされていて、立体的に浮き出ていた。

 涼は鞄をゴソゴソしたかと思うと、二つある筆箱のうちの一つから、ライターと一本のたばこを取り出した。手で覆いをしながら、煙草に火をつける涼。そして、一息吸うと、安心したように、あどけない表情で空を見上げるのだった。

実においしそうにタバコを吸う涼を見て、少しほっとした慶人。昔よりも、幾分か複雑さを増した涼の表情に、一層惚れてしまう自分に気が付いて、恥ずかしかった。慶人は、傾斜した河原の草地にごろりと寝転び、空を見上げた。涼は右手にたばこを持って、くつろいでいる。このままでもいいか・・。慶人にはそう思えた。姉弟ではないが、姉弟のような関係で、恋人ではないが、あこがれの存在で、何も不服はない。むしろ幸せだ。涼の場合、もし慶人が告白しても、そして振られても、今のままの関係を維持してくれるだろう。そしたら、ただの自己満足でしかないとしても、気持ちを打ち明けるのもいいかもしれない。全面的に涼を頼っても問題あるまい。そんなよくない考えが慶人の頭に浮かんでいた。だが慶人はそれを忘れようと思った。涼に頼るのではなく、自分で立たなければ意味が無い、と。

そう思えば、気が張り詰めてしまった。胸がつかえて言葉も出ない。

「ははっ。」

つい笑いが出てしまった。それに気がついた涼が、?という感じで見てくる。緊張に耐え切れず吹き出してしまったなんて。

「先輩の好きな人って、どんな人なんですか?」

急に真面目になって、慶人は尋ねた。

「・・・普段は黙ってるけど、よく気が付いていて、全然優しくないんだけど、ちゃんと守ってくれるやつかな。」

先輩は寂しそうに中空を見つめながら、語った。

「硬派なんすね。」

と言った慶人に、

「ふふっ、硬派か。」

と笑う涼。

「俺みたいなちんちくりんじゃ、全然ダメですよね。」

と、慶人。

「慶人はちんちくりんじゃないじゃない。かわいいとこもあるけど、かっこよくなったよ。」

そう行って目を細めて笑いかけてくれたから、

「そんな風に言われたら、どんどん好きになってしまいますよ。」

と、本音が出てしまった。もういいやと、半分諦めの気持ちが入った言葉で。涼は目を少し開いて、真顔になって、慶人の顔を覗き込むようにしてささやいた。

「そんなこと言われたら、食べたくなっちゃう。」

慶人は急に赤面して、後退りするように起き上がった。

「な・・。」

「あははははっ。」

と笑う涼。

「冗談だよ、冗談。そんなふうに言ってくれるのは慶人だけだよ。」

と、また寂しそうな表情を交えて、微笑んだ。あしらわれたことに少し不機嫌になりつつも、慶人は赤面したまま、

「俺、本気で言ってますから」

と、俯いて言った。

「ちゃんと聴いてるよ。本気で。」

と、言いながら涼は寝転がった。五月の青草の匂いと、煙草の煙が混じる中、耳に残る涼のささやきがじんじんと熱かった。


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