十二話
皐月の風薫る、空の下、燃えるような汗を流す部員たち。それをよそ目に仕事をこなす新旧二人のマネージャー。ふと呟くように、理花が言った。
「田中先輩って、本間先輩と斑鳩先輩と、どっち狙いなんですか?」
なんともド直球な、質問だ。ええっ?と臆しながらも沙雪は答えなければならなかった。
「私は、サッカー部の姿勢に惹かれてマネージャーになったんだ。勝っても負けても、同じように清々しいみんなを見て、自分もそんなふうになりたいって思えたのかな・・。」
沙雪は持てる真実をそのままに語る。
「えー、気持ちはわからなくもないですけどぉ、実際本間先輩とかめちゃくちゃかっこいいじゃないですかー。女子ならほっておけないと思うんだけどなぁ。」
こちらも至極素直な気持ちを惜しげも無く披露する。
「それに、斑鳩先輩だって飄々としてるけど、本気の時はかなりかっこいい方ですよね?」
押してくる理花に対して、少しうつむき加減に同意をせざるを得ない沙雪。
「ところで斑鳩先輩の鞄についてるあれ、どうしたんでしょうね?」
理花は話の矛先を少し変えた。
「あれって?」
「ほら、黄色いお守りみたいなのついてるじゃないですか。あんなのしてるってことは、絶対誰かにもらったんですよ、あれ。」
こと恋愛関係に関してはとても目敏い理花だった。
「ああ、あれ?うん、どうしたんだろうね・・。」
なんとも言えない沙雪。実は気になっていたことだった。
「今度聞いてみよっかな。」
どこまでもアグレッシブな理花だ。
「え?聞くの!?。」
その時、部員たちが練習を切り上げてクラブハウス前に戻ってきた。
「五十嵐、体の入れ方うまくなったな。」
俊が言う。
「まぁな。いつまでもファウルばっか取られるわけには行かねぇから。」
答える五十嵐。
「慶人、あの走りだったら全然行けるだろ。」
アキラが慶人の方を叩く。
「ああ。初動を思ったよりも早くしたら追いつけたよ。」
部員の皆が、それぞれに話したり汗を拭ったりしながら、水筒を手に取る。
慶人も、自分のバッグから水筒を取ろうとしていたその時、
「斑鳩先輩っ。これってどなたかに貰ったんですか?」
理花は、慶人のかばんの肩紐の付け根につけてある黄色いお守りを指して言った。
慶人は臆することなく、
「ああ、友だちにな・・。」
と、水筒を開けながら答えた。すると理花は、
「お友達ですかぁ?案外向こうはそうは思ってないんじゃないですかぁ?」
と、言葉のパンチを食らわしてきた。俺は、
「ゲホッゲホッ」と、飲みかけていたお茶を吹き出してしまった。
「アハハハっ、先輩分かりやすすぎー。」
キャッキャッと喜ぶ梨花の話を聞いて、周囲の部員も色めきだつ。
「おい~慶人、いつの間にそんな話になってたんだよー。」
五十嵐だ。奴が食いついてきた。
「ゲホッ、なってねぇよ。いいから、もういいから。」
と慶人はいなす。
「まぁ、慶人の周辺はその手の話が転がってることが多いから。」
五十嵐は理花に耳打ちする。
わかるわかる、といわんばかりに理花が頷く。
「こら、いらんこと言ってんじゃねぇ。」
いつも通り、慶人のネタで盛り上がる連中だった。
初夏。大会のリーグ予選が中盤に入る頃には、空気はちょっと湿っぽくなり、梅雨入りを示していた。部活が終っても、日はまだ残り、中空の季節は夏であるようだった。中間試験前、最後の部活日が今日であり、今日以降は二週間の休みとなる。慶人は体が鈍らないように、自主的にランニングをしていた。ほとんどの部員たちが何らかの自主トレを自身に課していた。そんなある日、田中沙雪は帰宅しようとする慶人を待ち伏せて、声をかけた。
「斑鳩くん、今度の土曜日、図書館でテスト勉強しない?」
無難な作戦だなぁと沙雪は思った。まぁ、手始めはこんなもんか。
「勉強?図書館で?なんでわざわざ・・。」
傘をカツカツと杖のようにして歩き出す慶人。暗い雲が垂れ込めて入るが、雨は降っていない。
「だってその方が集中できるじゃない?ね?」
何かを懇願するようにいう沙雪に押されて、
「あ、ああ、分かった。」
と生返事をしてしまう慶人だった。
当日。
「すまん、ちょっと遅れたわ。」
駅で数えて3つ目に、図書館はあった。この地域の中心街で、町役場などもあるところだ。図書館の机には、沙雪の他に、でかい人と小さい人がいた。すなわちアキラと理花である。要するにこういうことだ。アキラと親睦を深めたい理花が、沙雪に頼んで俺を図書館の勉強に誘うように仕向けた、と。
ニコニコと手を振る理花を見て、
「はぁ。」
と、ため息をついて沙雪の隣に腰掛けた。申し訳無さそうな顔をして、沙雪は
「おはよう。」
と言った。
成績の順番で言えば、慶人が一番、沙雪が二番、アキラが三番である。で、一年生が一人。
流れとしては、慶人がサユキに教え、沙雪がアキラに教え、アキラが理花に教える、そんな流れを予想したが、慶人が沙雪とアキラに教え、沙雪が理花に教えるという形が主流になった。理花がこの期に及んで積極性を失い、アキラに教えを請うことが出来なかったことが主な原因だ。
「だからさぁ、三角形の総和は180度じゃん?だからYイコール・・・。」
「いやw鎌倉幕府と鎌足は全然かんけぇねぇからw。」
「理花なのに理科は苦手なんだな・・。」
「・・・。」
理花が白けた顔で慶人を見る。
「斑鳩先輩はギャグの勉強が足りてないっすね。」
冷たい一言でアキラと沙雪がクスクス笑う。
くそ、二人共俺が教えてやってんのに。そう思いながら、
「ちょっと休憩してくるわ。」
と席を立つ。すると、私も、と言って沙雪も席を立った。
アキラと二人残された理花は急にしおらしくなってしまったが、構わず置いて図書館を出た。
「暑くなってきたねー。」
沙雪が言う。
「夏は溶けたりしないの?」
慶人がおかしなことを聞く。え?と答える沙雪に、
「雪だけに・・・。」
とか言う慶人。沈黙する沙雪。
「斑鳩くんて、こんがらがってるね。」
沙雪が言う。え?と答える慶人に、まさか!
「毛糸だけに・・。」
と、言ってしまう沙雪さん。
二人で沈黙し、その後吹き出してしまった。
「ははっ、田中は意外と親父だなw」
「ふふっ、斑鳩くんこそ。」
超くだらない会話を満喫する二人。もう、小さな入道雲が出始めている。好きな季節がやってくる。
一方その頃、理花とアキラはといえば、
「先輩、一年生の範囲だと、さすがに得意ですね。」
「そりゃそうだろ。」
何とか打ち解けたようだ。
なのに、唐突に理花は、
「先輩、好きな人とか居るんですかっ?」
と火蓋を切る。
「ああ?」
と驚くアキラ。
「なんだよ急に。」
しかし、妹に対する反応のように、アキラは余裕だ。
「大事なことだから訊いてるんですっ。」
いつになく真剣で、少し顔を紅潮させた理科が食いつく。それを見たアキラは、仕方ないなという風に、
「いるんだなぁ、これが。」
と、話しだした。
「ところがこいつは他のやつに夢中でな、俺はそれを傍目に見てるっていう状況なんだけど。」
と、ふと目線を下に泳がせて、らしくない表情をするアキラ。それを見て理花が、
「本間先輩をふいにするなんて馬鹿な人がいるもんですね。」
と、なぜか怒った風である。悔しさと恥ずかしさとがないまぜになって、怒るという表現になったのかもしれない。
「本間先輩、今年の市花川の花火大会、一緒に行ってくれませんか?」
ここでも、アグレッシブな理花だ。
そこに丁度、慶人と沙雪が楽しげに話しながら戻ってきた。
「よ、四人で。」
恐る恐る、指の数を四にして、理花は微笑む。
「四人で?」
慶人が言う。
「でもなぁ、俊とかも毎年一緒に行ってるからなぁ。」
アキラが言う。
「じゃあ、みんなで一緒に行きましょう!」
焦る理花。しかし、部のみんなで花火大会というのも悪くないなと思い、開き直る。
「みんなで花火大会、いいじゃないですか。」
「俺は構わないけど?」
慶人が賛同し、
「私もいいよ?」
沙雪も賛同する。
「じゃあ、今年は一年も入れて行くか。」
アキラが嬉しそうに、にかっと笑って言った。
その日は遅くまで図書館にいたため、理花を三人で送って帰った。