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Realize  作者: レイン
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一話 

 グーグルアースで見ると、ほんと切なくなる。わが町は、何の変哲もないただの田舎町だ。この地をクリックして見る人が、世界にどれだけいるのだろうか。インターネット、グローバリゼーションと言えど、そこでも都市化、都市集中はグイグイと推し進められているのだ。

「はぁ~ぁ。やることねぇなぁ~。」そう思って斑鳩慶人(いかるがけいと)は深くため息を付いた。脳の中から吐き出された退屈が、秋空に舞う巻雲のごとく、天井に消えていった。

 今日は珍しく、学校をサボった。やることが無いのはその所為でもあり、半分は自業自得だ。

「部活だけでも顔、出そうかな。」一人の時間に早速挫けて、慶人は玄関まで降りてきた。カツっと靴のつま先を床に叩き、軽快に扉を開けた。冴え渡る、抜けるような青空。

「やっぱ人生はこうじゃないと!」

駆け出す足取りは子鹿のように、慶人は学校へ向かった。


「キーンコーンカーンコーン」これまたあくびの出そうな、錆びついたチャイムの音と同時に、校庭についた。まだ皆教室の中だ。一足先に、部室へと向かう。鍵はかかっていない。誰か居るのかな?少し駆けて来たので、上気した息が胸を突いている。

「アキラか?」慶人は小声で尋ねた。

「慶人か。なんだよ、お前もサボりか。」そう返したのはイレブンの中でもとりわけ仲の良いアキラだ。二人はイレブンのツートップなのだ。

「そういうお前こそ。珍しいな。」気持ちはわからなくはない、そんな風な当たり前な素振りで部室に踏み込んだ。ところが、目についたのはもう一人の人影だった。小柄で、髪が長い。女子だ。なんで?と思うが、目をそらせなかった。少し間抜けに口を開けていたと思う。

「こ、こんにちは。」彼女からたどたどしい挨拶があった。

「だ、誰?」どこかで見たことあるようなないような、これまたさらに変哲のない女子だった。かけているメガネまで平凡に見えてきた。そもそも男子の部室に女子がいること自体がおかしい。おかしいのだが、彼女の映えない風貌が、その疑問の体積を最小化していた。まぁ、いてもおかしくはないだろう、そんな風に。


「え?マネージャー!?」

アキラからの話を聞くと、どうも今日からマネージャー志望の仮入部をすることになっているらしい。サッカー部は、女子にもてる。もてるけれど、今までなぜか女子マネージャーはいなかった。抜け駆けと思われるからだろうか、暗黙のルールが女子の中であったという噂もあるが、とにかくいなかった。それがこの、田中紗雪という苗字まで変哲のない女子によって均衡が破られたのだ、なんて大げさな風に言ってみるが、その実は大したことはない。サッカー部がもてるというのも、部員たちの思いあがりである部分もあるし、まして女子たちのルールの噂など、何の根拠もない。まぁとにかく、女子マネージャーがサッカー部に入ってくることになったという事実だけは、受け止めておくべきだろう。

紗雪は、思ったよりも動けるマネージャーだった。風貌に見合ってほどほどにどんくさく、そのどんくささに何処か愛嬌もあり、すぐにサッカー部に馴染んだ。県立上野原中学校のサッカー部は、県大会に出るほどの、まぁまぁ強いチームだった。しかしながらこの秋の大会では中盤で敗退、県大会出場を逃している。チームの誰に責任があるか、なんてことは言わない。スポーツマンらしく、皆の努力を互いに尊敬していた。そんな潔さも、部活で育まれていたのだから、担当の教員も、試合に敗退はしたものの、概ね満足だっただろう。後になって聞いたことだが、紗雪も、敗退したのに明るさを失わないサッカー部に憧れて、マネージャーをやりたいと思ったらしい。


沙雪は冴えない女子だったが、友だち関係はうまく進めているようだった。女子の中でも、やや陰気なグループに属してはいたが、それはクラスの中でも5,6人の規模であり、いじめられるということはなかった。沙雪は田中さんで通っていた。

「田中さん、おべんと一緒に食べよう?」「うん」

「田中さん、一緒に教室移動行こう?」「うん」

田中さんは人気者というわけではないが、はぐれ者でもない絶妙のポジションを取っており、それは、能ある鷹の為せる業、というわけでもなく、ただ天然に、そのようなのであった。

紗雪にはアクというものがあまり感じられなかった。濁った言葉、たとえば嫉妬とか、憎悪とか、苛立ちとか、そういうものをあまり感じさせない性格であった。クラスの人気者は、人気者であることを鼻にかけたり、逆に気にしないことによって他者に何かしらの影響をあたえるものであるが、クラスの半端者である彼女にはそういう心配がなかったし、なによりも彼女自身が、取り立てるほどの向上心も、見下げるほどの怠慢も持っていなかったとか、見上げるほどの才能も、あたふたするような能力不足もなかったので、いろんな面から、凹凸のない人格を形成していたのかもしれない。彼女自身には、人並みにさまざまな悩みがあったには違いないだろうが。

沙雪が仮入部してきて三日目のことである。アキラのロングシュートがたまたまゴールバーにあたり、その反射が沙雪の方に飛んで行った。

「危ない!」

あわや顔面に直撃というところで、沙雪はなんと肘で顔をガードし、ボールを弾き飛ばしたのである。思わぬ運動神経を見せた沙雪であった。

「すまん、大丈夫か?」

駆け寄るアキラに

「あ~、怖かった」と答える沙雪。半笑いであった。やっぱり怖かったのは怖かったのだろうと、わかるような、少し引きつった笑顔だった。


沙雪にとっては、自分が凡才であり、なんの際立った点も認められないことが気になっていたらしい。しかし周りにしてみれば、その凡才であることが沙雪の個性でもあった。今どき珍しかった。こんなにアベレージなのは。彼女が部のマネージャーというポジションにつかなければ、間違いなく出会いはなく、通り過ぎた存在に違いなかった。しかし、マネージャーとしての彼女は、これまた凡な、ザ・マネージャーと言うにふさわしい働きをした。土曜日の練習にはおにぎりを作ってきていたし、日曜は試合がない限りはしっかり休んでいた。ランニングの時には自転車で付いてきたが先導することはなく、最後尾で最も足の遅いチームメイトを見守っていた。そんな彼女のささやかな母性に、部のみんなは気を良くしていた。いいマネが入った、誰もがそう思っていた。部の和を乱すことなく、足を引っ張ることもなく、程々に役に立つ沙雪には運動部マネージャーの才覚があったと言っても良かった。男子の部活ではなく、女子の運動部のマネをやっていたとしても、同じように活躍したであろうが、男子サッカー部においては紅一点ということもあり、大事にされていた。

ある日、そんな沙雪に春が来た。春が来たなんてのはダサい言い方だろう。巡り合わせがあった、と言い直そう。

沙雪は告白されたのだ。相手は同じ二年の見知らぬ男子生徒だった。その生徒はどうやら理科部の部長をしていたらしい、運動は大したこと無いが、頭の良い生徒だった。理科室からは運動場がよく見える。そこから沙雪のことを見つめていたのだろう、その男子生徒の心情を思うと、我ながら青春だなぁと思った。慶人達には沙雪に対する特別な思いなどなかった。守ってやりたいと思うことはあってもそれは自然な気持ちとしてであって、沙雪が只の女子であり、マネージャーであったからである。僕ら全員は盛り上がった。はじめに情報を持ち込んだのは五十嵐という部員だった。バックスを務める長身の生徒で、何かと校内のゴシップには敏感なやつだ。

「おい、田中が男に呼び出されたぞ。」

「え?それってどういう?」

「慶人、お前はアホか。俺らの年で女子が男子に呼び出されるって言ったら、理由はひとつだろっ」

五十嵐はニヤニヤしながら言った。五十嵐は関西から転校してきた唯一の生徒で、その口癖には所謂関西弁が含まれていた。

運動部のマネージャーとして頑張る姿、何の変哲もない一生徒だった沙雪に箔が付いたのだろうか。それに淡い恋心を抱いた理科部の少年、少年は病弱で色白で・・・なんて設定は嘘であるが、サッカー部員はそれぞれに恋愛のストーリーを頭に思い描いていたようだ。


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