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 遠くでは運動部の生徒たちの活気溢れる声が響き、目の前では部活に所属しない生徒たちが各々の帰路に着く。

 校門前、テンポの速い彼女の足音が消えた。ぐいっとズボンのベルトが引っ張られて自分の足も止められる。

 そして昴は呟くように言った。


「ねえ、今日はちょっと遠回りしたい」

「ひとりで寄ればいいじゃないか」


 何の気もなく昴を見ると、彼女と目が合うことはなかった。それは彼女がうつむいているからだった。


「……わかったよ。その代わりアイスキャンディ一本。バニラのヤツ」


 溜息を吐きながら言うと、彼女は顔を上げる。落ちかかった西日が彼女の瞳に入り、キラキラと輝かせて見せた。


「本当? じゃあこっちこっち!」


 昴はシャツの袖を引っ張る。


「わかったから、引っ張るなよ!」


 随分と開いた身長差。こんな風に彼女を見下ろすたびに何とも言えない苦い思いが胸を締め付けた。

 彼女の跳ねるツインテールを見ながら引きずられていく。

 あの頃と同じなのに視線だけが昴と違った。

 まだ、身長は伸び続けている。でも彼女は中学2年生の頃から変わっていない。

 173㎝と150㎝。何時からだろう、昴の顔を意識しないと見られなくなったのは。

 あのころは違った。同じ目線で同じものを同じ風に見ることができたのだから。




* * *




 夏休みの宿題、算数のドリルを引き出しにしまって二人は足を忍ばせる。


「絶対に足音、立てちゃだめだよ」


 二人で笑いながら息を殺した。部屋を出てまっすぐ廊下を進むとすぐに居間がある。その扉のすぐ隣にしゃがんで突撃するのを待っていた。

 それはサスペンスドラマで刑事が犯行現場に乗り込む前のような緊張に手にはしっとりと汗をかいた。


「しかし、あの子たちには言うべきか」

「いやあ、知らない方が幸せだろう。俺たちは親友、あいつらも兄妹みたいなものだ」


 それは、父親たちの声だった。僕は昴の方を確認する。昴もこちらを見て眉を寄せ、首を傾げた。

 さらに耳を澄ませて聞き耳を立てる。


「でもお互い知らないまま急に引っ越しだなんてね」


 これは昴の母の声だ。


「村上家はスイス、村田家は台湾かぁ。遠くなっちゃうよねえ」


――パンッ


 昴のクラッカーが鳴った。

 室内では椅子が動いたのだろう、ガタンとなにか避ける音が複数する。


「……昴?」


 昴はクラッカーの抜け殻を手にただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

 扉が開けられて両親たちはこちらを見つめる。その顔は泣きそうでもあれば怒りを抱えてそうでもあり、うまく表情を読み取ることはできなかった。


「ど、ういう…こと?」


 自分の乾いた声が親たちを射る。

 昴の父は入りなさい、と入室を促すと僕は昴の手を取った。


「仕事の関係で引っ越すのよ」


 母がゆっくりと話す。

 父たちは同じ系列の会社に勤めていて、海外に出張に行くことも多い。だが、今度は長期になるために互いに海外で生活することを決めたのだ。


「……海外で大変だけど頑張ろうな」


 そう言うお父さんはぽんぽんと頭を撫でる。


「夏休みが終わる前に一度梓を向こうに連れて行こうと思っているんだ」


 大人たちが楽しそうに会話に花を咲かせている。ぽかんとその様子を見ていると強い力で腕が引かれた。

 それは昴の力で、足をもたつかせながら昴についていく。


「昴! 梓!」


 大人たちは何度も叫んだが、昴は足を止めなかった。靴を履くこともせずに玄関から飛び出すと階段を下り街へと駆け出す。

 自分はただ、ああ、こうやって花嫁を攫うラブストーリーを見たなとぼんやりと考えながら腕を引かれるままに走る。

 近所の公園にある洞窟の遊具に滑り込むと、昴は息を整えながら話し出した。


「梓は、知らなかったよね」

「……?」


 その口ぶりはさっきの大人たちのようだった。


「梓は、自分たちがお互い遠くにいるのを知らなかったよね?」


 もう一度ゆっくりと昴は言った。


「し、知るわけない。なんで昴は知ってるの?」


 昴は遊具の中、土を気にせず座り込むとそこにあった木の枝を取り、土をいじり始めた。

 そしてぽつりぽつり、言葉を落とす。或る日何気なく聞いてしまったこと、なんとなく言えなかったこと。そして……


「もう、会えないかもしれないよね」


 昴は土にバツを書いた。


「なんで? なんでそんな理由で昴と離れなきゃいけないの? 今まで兄妹みたいに遊んでたのに……」


 まくしたてる自分を見て昴は分からない、を繰り返した。

 二人で少し泣いて日が暮れかかる頃、昴はこう言った。


「ここから……逃げよう」


 夕焼けに染まりだす公園を抜けて二人は走り始めた。

 迫りくる夜から逃げるように、昴だけを見て後を追う。

 少しだけ、自由になれた気がした。

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