7目が覚めて
リアンは唐突に目を冷ました。一先ず何があったのか鮮明に覚えていることに安堵し、自分の身体に手当てがされているのに気がついた。そっと辺りを見回すと、自分は知らない場所に寝かされていた。ベッドといくつかの家具があるだけの小さな部屋、何故か窓がない。そのためどれくらい寝ていたか分からない。
離れた椅子に、一人の男が腰かけていた。赤茶色の肩まで伸びた髪を上半分だけ後ろで束ねて丸めている。スースーと、筋肉の引き締まったガタイに似合わない寝息が聞こえた。
リアンがしばらくじーっと見ていると、カクンと首が落ちた反動で男が目を覚ました。40代、少し強面の顔がショボショボと瞬きをし、目を擦り、リアンと目があう。
「お!気がついたかい?」
男は立ち上がると、恐る恐るといった感じでリアンに近づいた。何もない空を見つめていたが、はっとすると椅子を引きずってきて笑顔でリアンの側に座る。
「気分はどうだい?痛いところはないかい?意識ははっきりしてるのかな?ウィズ君から狼達と戦って疲れただけだって聞いたけど」
俺が倒れたのは奴に撃たれたからだったはずだが……まぁいいか、と内心突っ込みながら素直に頷く。どうやらここはあの二人が関係している場所らしい。
男はあからさまにほっとした顔をして、リアンの頭に手をのせた。一瞬体を強ばらせたが、ポンポンと一定に刻まれるテンポに張っていた緊張を解いた。おそらく敵ではないと、何か本能的なもので感じたのだ。
「そういえば名乗っていなかったね。僕はカール・クレイドル。ここは僕、それからウィズ君やジル君が暮らす家だよ」
クレイドルという名に聞き覚えがあったが、すぐには思い出せない。それよりウィズとジルが同居しているということに、多少勘付いてはいたが嫌気がさした。あの二人とずっと一緒にいるなんて、想像しただけで頭が痛くなる。
「もちろん、他にもたくさんの人がいるけどね」
カールは笑って付けそう加えた。
そして話題がなくなり、沈黙する。
カールは内心冷や汗をかいていた。こうしている今もリアンはじーっとカールのことを無表情で見ているのだ。確かに無表情なのだろうが、前髪が長いこともあってか不機嫌にも見える。どうしたものかと若干目を泳がせていると、リアンがゆっくり上半身を起こして口を開いた。
「リアンです。寝かせていただいてありがとうございました。手当ても」
カールは目を見開いてリアンを見た。確かに名乗ってくれ、その上お礼まで。言葉遣いも完璧だ。
いつもジルやウィズを筆頭に問題児に悩まされているため、これだけのことで大いに感動した。
「お礼なんていいよ。無事で何よりだ。あそうだ、ウィズ君から少し話を聞いたんだが……ジル君とは散々だったようだね」
「……ちっ」
あれ、今舌打ちしたね、この子。
カールは不機嫌オーラを惜しみなく放出して顔をしかめるリアンを、意外には感じたものの少し安心した。とりあえず感情を表に出してくれたのだ。
リアンには他人を威圧する眼力があった。決してつり目であったり、ジルのように普段から目つきが悪いわけではない。相手の奥底を見つめるような圧力があるのだ。それ故、無表情であると分かっていても不機嫌そうに感じてしまう。実際今は不機嫌なのだろうが。
こう不機嫌な顔を見ると何故か大人っぽく、ウィズと年が近いように見えない。この原因であるジルのことを思い出しながら、確かに合わなさそうだと思った。
「ジル君は短気なところがあるからねぇ。すまなかった。代わりに謝るよ」
「いえ、」
「ところで聞いてもいいかい?」
この言い方は、了承するまで解決しなさそうだ。いろいろ聞かれるのは面倒だが、粘られるのも面倒、それに……
「…どうぞ」
「リアン君はどうしてあそこに居たんだい?」
即座に聞くと、リアンは少し思い出すようにボーッとした後答えた。
「近くで助けを呼ぶ声が聞こえたので駆けつけたんです。手遅れでしたけど……」
あの夜、森の中で狼の足元に落ちた無惨なものを思い出して口をつぐんだ。
カールもそれに心当たりがあり、肩を落とす。狼に襲われた人間は元の姿が確認できないほどに噛み砕かれていた。
「そうか……あれは人間だったのか。被害を抑えてくれてありがとう。対処が遅ければ、あの狼は森を出て町を襲っていたかもしれない」
助けられなかったのにお礼を言われ、リアンは居心地悪そうに視線を逸らす。
「いや、別に……いつものことだし……」
「そうか……ん?いつものこと!?」
「え、はい……」
急に声を荒げられ戸惑うリアン。一方カールは動揺が隠しきれていない。隠そうともしていないのか体をベッドの上に乗り出し、リアンに詰め寄る。
「近くにいたというのは住んでいる場所がかい?それは具体的にどこに?いつものことってどういうことだい!?」
「あの、痛いっす」
気が付けばカールは両手でリアンの肩を力いっぱい掴み、揺さぶり、必死だった。そして顔が近い。その形相にリアンも若干どころでなく退いている。
「ああ、すまない。今は少しでもエレメントについて情報が欲しくて、ついね」
「……さっきのことですけど。俺はあの森にある小屋みたいなところに住んでいます。狼が現れたところからそんなに遠くない所で……エレメントが現れたと分かると、俺が殺していました」
「ふぅむ」
すんなりと答えてくれ驚きはあるものの、カールの中で一つ合点がいった。あの森は不思議と『エレメント』の発生が多い場所の一つだが、ここ数年は現れたと思ったら駆けつけた時には消えているというおかしな現象が起こる場所でもあった。その原因は、この少年だったわけだ。
しかしやはり納得できない。こんな子が存在するなんて。
「それはいつから?」
「あそこは2年ほど前からですかね」
「……あそこは?」
2年前というのはそんな現象が起こり始めた時期に一致する。しかしまた、新しい疑問が浮かんだ。
「ちなみにその前はどこに?」
「さぁ……いろいろですね」
さぁって……。
リアンは面倒になったのがありありの表情をしていた。一気にいろいろ聞きすぎたようだ、と反省したところで、リアンが再び口を開いた。
「俺が物心ついたときには師匠と居て、いろんなところを回りながらエレメントと戦っていました」
「師匠?」
「はい。名前は知らないです。そう呼べと言われていたので」
「そうか……その師匠は今どこに?」
「どこなんですかね。6年くらい前から消えました」
「じゃぁ他に家族や親戚は?」
「両親は死んだと聞かされました。他の親戚は知らないです」
カールはとっさに、しまった、と口をつぐんでリアンの様子を見るが、特に変化は見られない。古傷を抉るようなまねをしたくないのは本心だ。だがいろいろと聞かないわけにもいかない。
しかしそうなると、6年前に消えたという師匠についてもっと知りたくなった。
「その師匠がエレメントと君を戦わせたのかい?」
「いえ、俺は師匠がエレメントと戦っているのを見ていただけです。その側でずっと剣を振っていました」
「剣と言うのは、それ?」
カールはリアンの腰にささったままの剣を指差した。リアンは視線を剣に移して頷く。 そこでほんの少しの違和感からカールは訪ねた。
「振っていた、と言うのは、エレメントを使う練習をしていたということでいいのか?」
「?いいえ、言葉通り、ひたすら振っていただけです」
「剣技の特訓か。じゃあエレメントの使い方はどこで?」
「訓練……は、していません」
カールは頭に?を浮かべている。これはもう少し詳しい説明がいるんだな、とリアンは少し考え、カールが欲しいと思われる説明を探した。
「この剣にエレメントが憑いたのが、6、7年前に師匠が消えてた後のことで……」
「ちょっと待ってくれ!」
また掴みかかりそうなカールを必死に目で静止した。その威圧は無意識だったが、カールは我に返りゆっくりと腰を下ろすも、半分浮いた状態で眉を寄せている。元が強面なので、メンチ切っているようにしか見えない。リアンは、その顔のせいで勘違いされたりして苦労してるんだろうなと思った。自分のことは全く自覚していないのだ。
「と言うのはつまり、その剣には途中でエレメントが憑いたのかい?」
カールはリアンが頷くのを見て、考え込むように俯いた。
これは今までに無い事例だっのだ。ジルの殃芽もウィズの暝芭も、その他カールが把握しているものは全て初めからエレメントが憑いていた。途中で憑いたなんて事は聞いたことがない。
「すごいね……そんなことがあるのか」
「たしかその時師匠は、エレメントに選ばれてうんたらかんたら……意味がわかりませんでしたけど」
「エレメントが選ぶ……ふぅむ」
リアンは自分が言ったこと全てに反応するカールを見てふと笑みがこぼれた。こうやって"普通に"誰かと話すのはいつぶりだろう。
「師匠はどうしようもない人でしたけど、エレメントのことは何かと話してくれましたよ」
リアンは口元にうっすらと笑みを浮かべて一言。
「俺の知っていることでよければお話します」