5緊急事態
唸り声に囲まれ、リアンとジルはすかさず剣を抜いた。現れたのは先程リアンが相手をしたのと似たような狼達。数は数十匹。そしてどいつもこいつもでかい。あるものは尾が火だったり、耳が帯電したりしている。エレメント持ちだ。
「お前のせいで囲まれてんじゃねぇかよ!」
身構える二人をよそに、ウィズは焦る様子もなく何かを取り出した。
「瞑芭!よろしく頼むねー」
リアンが視線を向けると同時に、ウィズが腕を持ち上げた。
バァン、バンバァン!!!
響き渡る爆発音に一瞬たじろぐ。大きな音と共にウィズが放った何かは三人を囲むように空中で弾けた。狼達との間に青い膜のようなものが広がったかと思うと空気に溶け込むように見えなくなる。
何も起こらないのを確認し、狼達が一斉に突っ込んで来る。リアンは一体何だったんだと構えたが、目の前の光景に唖然とすることになった。
ドガンッ
「ギャンッ……グルルル」
ドガンッドドドンッ
狼は三人に噛みつく手前で何かに阻まれ、それ以上足を踏み入れることができずにいる。壁のようなものにぶつかった様子だが、そこには何もない。一度退き、目を凝らしても何もないものだから再び襲い掛かるがまたも何かにぶつかる。個々が持ったエレメントを使うも、意味が無い。力を込めれば込めるほど、その衝撃が自分に返ってきているようだ。
ウィズの手にあるのは一丁の拳銃だ。シルバーの本体に所々風か植物のツルのような模様が彫られ、赤く染められている。
ウィズはそんな狼を見てケラケラと楽しそうに笑っている。
「間抜けだねー。ジルそっくり」
「何か言ったか?言ったよな?馬鹿にしてんのかてめぇ」
「えー、幻聴じゃなぁっ!」
後ろから後頭部に拳骨を食らい、ウィズは頭を抱えて座り込んだ。「うっ、うっ」という声も聞こえる。この状況でなんて呑気なんだろうか。しかし見えない防壁が破られる気配は無く、リアンはその場に腰を下ろした。二人を放置して、じっと狼達を見る。
「……こんなの初めてだ」
「どうしたの?リアン」
ウィズが頭を押さえたまま見上げると、リアンの表情には当惑の色がみられた。意外と感情が出やすいよねー、と思いながらリアンの視線の先を見た。狼はうろうろしたり、時々突っ込んだりしながらこちらの様子を伺っている。
「今までこんなにたくさんのエレメントが同時に現れることなんてなかった」
「確かにねー。これは異常だ」
「何か知ってるか?」
ウィズもよっこらしょと腰を下ろす。んー、と少し考えてから、両手を地面に着いて足を伸ばした。完全にくつろいでいる。
「僕らもこんなの初めてだから、これは個人的な考えだけど……なんか臭いなぁ。人の匂いかな?リアンはどう思う?」
「……わからない」
「ははっ、そうだねぇんっ!?」
「何、見ず知らずの怪しいやつとナチュラルに会話してんだ?馬鹿か」
「ナチュラルって単語知ってたの!?それもジルに馬鹿って言われるとか、もうやってけない……」
「(ブチンッ)」
指をゴキゴキと鳴らし青筋を立て、ぶち切れ寸前のジルにニヘラと笑ってリアンを指差した。
「リアンはリアンでしょ?怪しくない」
「得体が知れないって言ってんだよ」
「それはこっちのセリフだ。綿毛」
そこにはまた互いに睨み会う二人の姿があった。もうこの短い時間で何度見た光景だろう、とウィズはため息をつく。さっき狼が現れた時は、一瞬だったが背中合わせで剣を構えたのだ。少しはましになるかもと期待したウィズはがっくりと肩を落とした。
「もう、それどころじゃないでしょー」
プイッと視線を逸らすとウィズの手に握られている物が眼に入り、今も自分たちを守ってくれているウィズの技を思い出す。
「それもエレメントなのか?」
「うん、そうだよ。僕の瞑芭」
瞑芭と言うのは銃の名前だ。殃牙もジルの剣の名前である。リアンは何故武器に名前をつけるのか理解できなかったが、個人の自由かと軽く受け流した。
ウィズはウインクしながら銃を持ち上げて打つ真似をしてみせた。『バキューン』という効果音付きでハートが出てくるのが見える。こんな状況でポーズ決める暇があるなら何か打開策でも考えろよ、とイラついてしまうのは仕方の無いことだろう。しかしまぁ、一先ず安全な状態ではあるらしい。
「……さっきのは?」
「あぁ、風の塊を銃で撃ったんだ。言うなら、今狼がぶつかってるのは風の壁ってとこかなー」
リアンは心のなかで「Β(ベータ)か」と呟く。
狼を見ていたウィズが思い出した、と言わんばかりの様子で目を輝かせながらリアンを見た。
「そういえば僕も葉っぱの風見たよー。あれってリアンのでしょ?その黒い剣もエレメントは【風】?」
「……【風】?」
突然の沈黙。
互いが互いに言っている事が理解できず首を傾げる。
とりあえず答えねばと、リアンは戸惑いながらも言った。
「俺のは……Γ(ガンマ)だけど……」
「……がんま?」
また両者首を傾げる。リアンはただ眉間にしわを寄せた。話が噛み合っていないことは明確だった。
ウィズは二、三度首を傾げた後、うーん、と考えてスッキリした顔をした。
「まぁいいや!」
「いいのか」
「そういうの考えるのは僕の役目じゃないしね。そろそろ来るかなー」
ウィズはキョロキョロと辺りを見回すが、狼以外の気配は感じない。何かを待っているようだが、リアンはそろそろこの状況に嫌気が差していた。
しかしそれより先にこの状況に痺れを切らしたのはご想像の通り、ジルである。
「だから何仲良くしてんだよ」
「もう、やきもち妬かないでよー」
「(ブッチン)」